空立つ”飛”の独器と男   作:阿久間嬉嬉

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没落した悪魔

「うごおっ!?」

「きゃあっ!?」

「……!」

 

 

 麻帆良学園女子寮。

 

 本来ならば学生達が、食堂や自室で夕餉を味わっているのどかな頃合いの筈――――しかし、聴こえてくるのは、打撃音と痛みに唸る声……そして悲鳴。

 

 

「少年よ、瓶を素直に渡しては貰えんかね? これからネギ少年と出会うのに、その瓶に再封印されては元も子もないのだよ」

「んなろ……」

 

 

 拳を振り抜いた格好で語る帽子をかぶった壮年の男は、クローゼットにぶつかった黒髪の少年に言い、少年は睨みで答える。

 傍から見ている少女と女性は、何がどうなっているのかまだ把握できていないようだ。

 

 

「ネギ……やて?」

「思い出したかね、少年よ」

 

 

 額を抑え、何かを必死で思い出そうとしている黒髪の少年に壮年の男は更に詰め寄ろうとする……が、そこで勇敢にも女性が男に声をかけた。

 

 

「どなたか存じませんが……名乗りもせずに土足で人の部屋に上がりこみ、あまつさえ子供を殴りつけるなど、まともな殿方のすることとは思えませんが?」

「おっと日本ではそうだったな、これは失礼した、お嬢さん。――――私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。まあ、伯爵とは言っても没落貴族なのだがね」

 

 

 意外にも壮年の男性は素直に応じ、帽子を胸に当てお辞儀をした。その間に回復したのか、黒髪の少年が立ち上がる。

 

 

「お前何なんや……何が目的なんや」

「先程から言っているはずだよ、少年。瓶を渡して欲しいとね」

「そんなもん知らんわ。それにたとえ持っていたとしても―――――お前みたいな奴に絶対渡すかいな!!」

 

 

 吠えると同時に少年は飛び出し、常人にはありえない速度の拳打で肉薄する。

 

「む」

 

 男性・ヘルマンはそれに慌てず一発は払い、二発目は交わすことで凌いだ。

 ヘルマンはカウンターで拳を繰り出すが、少年はそれを真正面から受け止め、出来た隙に入り込もうとする。

 しかし。

 

「フン! ハァッ!!」

「チ……!」

 

 続けて放たれた拳の押収に対応しきれなくなり、一発食らって再びクローゼットへと叩きつけられた………かに見えたが少年は見事に受身をとって逆に足場とし、猛烈な速度で飛び出す。

 

「オラアッ!」

 

 一旦足を付き、タイミングをずらして拳を打ち込もうと接近するものの、

 

「甘いぞ」

 

 先程よりも速度の速いストレートで少年は吹っ飛ばされ、階段へぶつけられてしまった。

 

 

「きゃああ!?」

「へっ……このっ(早くて重いとはな……このおっちゃん、かなりのやり手や)」

 

 

 壮年に見合った技量と、スピードとパワーが両方備わった攻撃……見た目だけの色ものではなく、立派な強敵であった。

 それと同時に少年は、ヘルマンから人間ではないなにかも感じる(・・・・・・・・・)

 

 

「ふむ、君は年齢の割に筋がいい……もう一度言おう、瓶を渡してくれんかね? 才能ある若者を潰すのは、私とて不本意なのだよ」

「はっ、潰すやと?」

 

 

 ヘルマンの言葉にカチンと来たのか、よりいっそう目を鋭くした少年。と、彼の姿が段々とぶれていく。

 

 

「ほざくな!!」

 

 

 ブレ幅が大きくなったと思うと、次の瞬間に少年と同じ姿の者が、数人増えていた。実態を持った分身……所謂“影分身の術“である。

 

 少年は人数的有利を利用し、ヘルマンへと四方八方から襲いかかり、優勢へと持っていった。

 

 

「影分身とは……! これぞ、正しく東洋の神秘……!」

 

 

 その多方向からの攻撃をさばいているヘルマンの技量は見事だが、しかし物量で次第に押されていき、分身によるフェイントにまんまと引っかかってしまった。

 その隙を見逃さず、少年は正拳突きを男の腹に浴びせる。

 

 

「ぬっ!?」

「へっ、どうや! ……これで終わらせたるでぇ!!」

 

 

 叫ぶと同時に少年は、手を僅かに後方へと持っていく。

 そこでぐっと手に力を込めるが……手からは何も出ず、場を静寂が支配した。

 

 

(な!? なんで『狗神』が出ぇへんのや!?)

「やはり素晴らしいな、少年よ……だが “術” を使えない事は、忘れたままだったようだね」

「しもたっ……!」

 

 

 今度は少年が隙を突かれ、片手を掴まれ動きを制限されてしまう。

 間髪入れず、お返しだと言わんばかりに腹部へとストレートを打ち込み、足で固定して少年を地に伏せさせる。

 

 

「こ、小太郎くん!!」

「ぐっ……そが……!」

「これも任務、恨まないでくれたまえ」

 

 

 ヘルマンが帽子を抑え、不気味に光る口内から何かを放とうとした。

 まさに、その時―――――

 

 

「っ!!」

「はぷっ!?」

 

 女性に横から思いっきり平手を食らわされ、結果不発に終わった。

 

「ちょ……ち、ち、千鶴さん!?」

「どんな事情かは存じません。ですが、貴方のソレは子供に対してすることではありませんわ」

「千鶴ねぇちゃ……やめ、ろっ…」

「これはこれは、気丈なお嬢さんだ、実に珍しい。……気に入った、君も一緒に来てもらうことにしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大雨の中を、先程買ったらしい傘を手に住居へと走っていた仁は、住居近くにある大学部のステージの、外壁近くの影に身を潜めていた。

 

 

(なんだ、あれぁ……?)

 

 

 仁が気配を殺して見つめる先。

 そこには半球状の水球に囚われた少女達らしき人影と、ステージ中央に両手を上からの紐で縛られ、立ったまま拘束されているオレンジ髪の少女の姿があったのだ。

 先程も言ったが仁の住居としている場所はこのすぐ近くにあり、何かの気配がするので壁からそ〜っと覗いてみたら……その光景が目に映ったのである。

 

 

(どー見てもアレだ、捕まった様にしか見えねーよなぁ……侵入者にやられたのか……)

 

 

 されど彼女ら以外は影も形も見えず。暫くは降りしきる雨音のみ響く。

 

 が、突然だった。

 

「!? ……きめぇ……」

 

 粘着物質が蠢いたような音がしたかと思うと、ステージ中央の少女近くにスライムのような水球が盛り上がり、壮年の男・ヘルマンと小さな幼女三人が姿を現したのだ。

 

 ヘルマンの腕の中には、おそらく二十代半ばであろう女性の姿もある。

 彼は幼女達に何かを命令し、幼女達は応えるように甲高く叫ぶと水球を作り出して女性を閉じ込めてしまった。

 

 

 それから数秒して、ステージ中央に立ったまま繋がれていた少女が目を覚ます。

 

 

「う、うん……? って何よこの格好!?」

「おや、お目覚めかね」

「誰アンタ!? アンタがこんな格好をさせたの!?」

「いや~、囚われのお姫様がパジャマ姿というのは映えないだろう? だから少し趣向を凝らさせてもら―――――」

「こんのエロジジイがーっ!!」

「ふがぁ!!?」

 

 

 少女の纏っている物は大変扇情的なデザインであり、揉め事が起きるのも当たり前。

 打撃音が聞こえたので、少女の足までは縛られていないのだろう。だからといって、逃げ出せるわけでもないのだが。

 

 

「アスナーっ!!」

「アスナさん!」

「え!? み、皆!? それに刹那さん、那波さんまで!」

「ネギ君のお仲間だと思われた少女達は、全員観客として招待させてもらったよ。……退魔師のお嬢さんは危険だから、そちらの長髪のお嬢さんは成り行きでね。まぁ、理由は異なるが眠ってもらっているよ」

「というか、何でそっちの皆……このか以外スッポンポンなの?」

「風呂場で襲われたんだってば!」

「文句言いたいなら、そのオッサンに言てくれアルヨ!」

 

 

 仁はわずかに顔を動かし、再び少女達の方を見やって人数を数える。

 

 

(合計で8人……内二人は睡眠状態、内一人は水球外……ん?)

 

 

 だがそこで少しおかしい、と仁は考えを巡らせた。

 何故、オレンジ色の髪の少女だけを、水球の外に出したのだろうか?

 無力化したいなら、一緒に水球の中に放り込めばいいだけの話ではないか。

 

 ……なにか理由があるのか、それともただ単にあの男が変態なだけか。

 

 

(後者ぁだったら、ある意味ものっそいめんどーせぇよなぁ……)

「アンタ達! 目的は一体何なのよ!」

「ん? いや、とある仕事でね……この学園を徴させて欲しいと頼まれたものだから、この都市へと足を運んだのだよ。他にも、『ネギ・スプリングフィールドとカグラザカアスナが今後脅威となりうるか』といったモノも含まれている」

「ネギはともかく私って……一体どういうことよ!?」

 

 

 兎も角聞くことは聞いたのだ、後は学園長にでも連絡して彼女達を救い出すか……。

 と、そこから離れて携帯を取り出そうとした仁は――――不意に上空に気配を感じ、空を見上げる。

 

 

 未だ止まぬ暗い雨空の影響もあり見えづらいが、確かに此方に近づいてくる者たちが見えた。

 

 

(あれぁ……白ネギか……!?)

 

 

 仁がその人影に、見覚えのある者の姿を重ねるのとほぼ同時、そこから魔法の矢らしきものが射出され、一斉にヘルマンへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 ―――数秒前―――

 

 

「何や!? あのでっかい木は!?」

「あれがこの年の名物『世界樹』だぜ!」

「みんな捕まってる……助けなきゃ!」

 

 自身のクラスの生徒がさらわれたと知り、ネギはヘルマンと戦っていた少年・小太郎を杖に乗せ、共に世界樹前のステージへと向かっていた。

 

 

「アニキ、先制攻撃だ! 一発ドカンとかましてやれ!!」

「で、でも―――」

「牽制と考えいやネギ! それにやっこさんもどうせこっちに気付いとるやろ!」

「……わかったよ! ラス・テル・マ・スキル・マギステル―――

風の精霊17人《セブテンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス》、

縛鎖となって(ウィンクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)………魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 

 呪文を叫び、ネギは束縛の矢をヘルマンと放つ。

 

 

「うむ、早速来たか!」

 

 

 ヘルマンはたじろぐ事なく静かに手をかざす。すると、魔法の勢いが嘘のように消え去り、魔法自体もかき消されてしまったのだ。

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)が!?」

障壁(バリア)に弾かれたんか!」

「ありゃ防がれたってより、かき消されたようにも見えたぜ?」

 

 

 防がれた事に驚きながらもネギがカモを肩に乗せ、小太郎が杖で飛んできた際の勢いを殺しながら着地した。

 

 

「言われた通りに来たで!!」

「生徒の皆さんを返してください!!」

「ネギ君!!」

「弟子ヨ、来てくれたネ!」

「あれ? あっちの黒髪の子は確か……?」

「小太郎君……!」

 

 

 ネギと小太郎は声のした方向に目を向け、無事だという事に安堵したあと、再び表情を引き締める。

 

 

「あなたは一体誰なんですか! 何故こんな事をするんですか!」

「うむ、少々手荒な真似を使ってしまったすまなかったね。だが、こうでもしないと君は本気で来てくれない、と思ってね。………さてネギ君、なぜこんなことをするのかと私に問うたが……この誘拐は仕事では無く、私自身の目的の為でもある」

「目的?」

「私はただ、君たちの全力が知りたいのだ、全力を感じたいのだよ。もし、全力を出し私を倒すことができれば、彼女たちは解放してあげよう」

「な、何故全力を―――」

「これ以上話すことはないよ、ネギ君」

 

 

 ヘルマンはそう言い、上げていた手を下ろし―――

 

 

―――たかと思うと再び上げた。

 

 

「―――と、言いたい所なんだがね。後一つだけ言っておくことがある」

「……言っておくこと?」

「それはなんやねんな」

 

 

 ネギ達が聞いた直後、突如としてヘルマンはネギ達とは関係ない方向を指さし、高らかに声を上げる。

 

 

 

「……そこに隠れている者!! もうすでにバレている!! 大人しく出てきたらどうかね!?」

「え?」

「なんやて?」

「はえ?」

「な、何?」

 

 

 ネギ達も少女達も突然の宣言に驚き、ヘルマンが指さした方向を見やる。そしてきっかり十秒経った後、観念したように現れたのは――――

 

 

「バレてたんかよ……めんどーせェ……」

 

 

 

 今、麻帆良で噂になっている、白髪混じりの謎の少年―――仁だった。

 




どう足掻こうとも “風の精霊17人“ のところがルビ付きにできなかったので、カッコのみにしてあります。ご了承ください。
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