こことはまた違う世界の、ある晴れた日の午後。
仁は、何時ものように
仁は広い村の端の、崖の上にある荒屋の前に降り立ち、その中途半端に古い家の戸を叩く。
「爺さーん、生きてーかー?」
「生きとるわい、いい加減その挨拶をやめんか」
「……あぁよ」
「信用ならんのぉ……まぁええか。それよりも――――」
「あぁ、今月分買ってきた」
「いつもすまんの、こんな老いぼれ相手に」
「めんどーせぇけどよ……でも、あんたにゃ世話んなってーし、こんなトコに来れる余裕を持ってる奴ぁ、俺ぐれーだろうに」
「確かになぁ。……ところで」
「んぁ?」
「その間を伸ばしたような喋り方をやめんか。気が抜けるんじゃ」
「めんどーせぇ」
「はっは! じゃろうな、言うてみただけじゃ」
しばらく他愛のない会話をした後、仁は老人に手を振りその場を去った。
続いて仁は村の方へ飛び、自分の家らしき、これまた中途半端に最新の文明が混ざったような家の中に入ろうとする。と、そんな彼を呼び止めるものが一人。
「おう、仁の坊主じゃねぇか! 久しぶりに帰ってきたんだなあ!」
「……よう、おっちゃん」
髭面小太りな中年の男は大笑いしながら仁へと近づくが、ふと彼の背にあるあまり中身の入っていないリュックサックを見ると、苦笑した。
「本当に物好きだなぁ坊主も。確かに恩はあるんだろうが、何もそこまでしなくたっていいだろうに」
「まだ恩は返しきれてねぇよ。だから止めるつもりもねぇ」
「あの爺さんは頑固な時は頑固なだけで、別に変人て訳じゃねぇしな……ま、頑張れや!」
「何をだよ……」
「さあな! わっはっは!!」
「……ダルぃ…」
其れから仁の帰宅に気づいた知り合い達が挨拶に来たので、彼はいつもどおり適当に返し、村人たちに苦笑され……何時も通りに部屋に寝っ転がった。
…………彼は気がつかなかった。
「ミ~ツケタァ♥ モウ逃ガサナイヨッ、仁♥」
この、広い村に近づいてくる、黒い意思を持つ者に。
・
・
・
・
・
・
仁は、自分の “飛” の独器の力を皆に―――――――――実は話していた。
『独器使い』はそこにいるだけで、人や場所によるが恐怖の対象ともなるため、仁は面倒くさいことにならぬよう、言うのを止めていたのだが、バレた時も村人たちは怯えるどころか、逆に自分の村からとんでもない奴が誕生したと大喜びし、元はこの村の生まれで無い仁にも、今までどおり快く接してくれたのだ。
自分の故郷から 『独器』のせいで追い出された仁にとって、それは何よりも暖かく、何よりも幸せなものだった。……だからだろうか、今まで街を転々としていた仁だったが、認められてからはこの村を拠点として各地を回るようになったのだった………が、彼はそれを後悔する日が来るとは、露ほどにも思って居なかった。
そして、その日は今日訪れるとも、思ってはいなかったのだ。
彼はいつもどおり簡単に夕飯をすませると、人気のない荒地におもむき、鍛錬を開始する。面倒臭いとかカッタルイだとかだるいとか、そう言っている割には意外と真面目なところもあるのが、彼のわからない部分だ。
「……ッ!!」
仁が重心を落とし、僅かながらに力を込めると――――――なんと真正面にあったかなりの大きさを誇る巨岩が、何の苦もなく浮かんだのだ。
「……ラッ!!」
次いで、その巨岩に蹴りを繰り出し、木っ端微塵に砕いてしまった。
鍛錬はそれだけにとどまらない。
先ほどの大きさを超える巨岩を三つも浮かせると、メリーゴーランドのようにクルクルと回転させ、その勢いを活かすかのように遠くに放り投げる。巨岩は地響きを立てながら地面に衝突し、周りの物を風圧で吹き飛ばした。
(……まだまだ行けーか?)
じゃあ次は…………と、彼が再び岩を持ち上げようとした、まさにその時。
「! こいつぁ……!?」
脳にピリッと走る
「この方角ぁ……爺さんの村の!?」
仁はいつものダルそうな表情をある程度打ち消し、空中を走り飛んで村の方角へと向かう。
やっと付いた村についた仁、そんな彼の目に入ったのは―――――
「アハハハッ! ハハハハハハハハッ!! ハハッアハハハハハハハハハハッアハハァ!!」
建物は原型など留めておらず、地面は隆起し燃え上がる、人の気配すら二つしか感じない……文字通り崩壊した村の姿だったのだ。
「――――ッ!!!」
仁の表情には、もはやダルさなど浮かんでおらず、“表” の彼を知る者ならば見間違えるほど鋭い目と、真剣な顔をしていた。
中央で笑っている黒衣の人物に今すぐにでも駆け寄り、蹴撃一発首をもいでやりたい衝動にかられたが、ぐっとこらえて残っている気配の方向へ向かう。
「爺さん!?」
そこにいたのは、息も絶え絶えといった感じの老人……仁が毎月物資を届けていた、荒屋の老人だったのだ。
「爺さん! おい爺さん! しっかりしろ!」
「……仁、か」
「何があった!?」
「……黒衣の女が……お前を探しに、来たとゴホッ!! ……いって現れ、た。知らんと言った途端に、不気味に笑い、出して……ゴホ! ……気がついたらこうなっておったん、じゃ……」
「!! 俺の……」
「なぁに、心配するな。この村、に嫌われようとも、わしはぬし、の味方じゃから……の」
「…………喋らせてすまん……安静にしててくれ」
「……フ、気負う、なよ……」
わしはぬしの味方、その言葉が偽りであれ真実であれ、ほんの僅かに…ほんの少し心が軽くなった仁は、未だ笑い続けている黒衣の人物に歩み寄り―――――再び驚愕した。
「つむ……ぎ、か?」
「ア! ジ~ン、遅ッソ~イ♥ 今カ今カッテ待ッテタノニィ♥」
それは彼もよく知っている人物で、そしてどこか狂ってはいたものの、コレだけの事を起こす人物には見えなかった……同じ『独器使い』の女がいた。
仁は驚いたものの、後悔と憤怒が先に立ったのか、並の者なら気絶してもおかしくない程の殺気をまといながら、彼女に聞く。
「何で……こんな事を……」
「? 決マッテルジャン?」
飛び出しそうなほど殺気を湛えていた仁だったが、
「仁トォ、相思相愛ニナリタイカラァ……オ邪魔虫ニ退場シテ貰ッチャッタノ! コレデェ――――」
「……」
「仁ト私ハ、理解シ合ウ者ガオ互イノミ。ツマリィ、フ・タ・リ・キ・リ☆ ……キャッ♥」
「テメエぁ、そんな事の、為に……!!」
次に飛び出した言葉で――――――
「ゴミ虫ナンテ、コノ世カラ居ナクナッタッテ大事無インダカラ、ソレ悲シム人ナンテ痛イヨォ?」
憤激は限界を超えた。
「紬ぃぃぃぃい!!!!!」
「アハッ♥ ジーーィィイインクゥウウン!!」
・
・
・
■
・
・
「……また、この夢かよ」
仁は汗びっしょりになり、浅い眠りから目を覚ます。
暗く静かなところで、次の試合まで仮眠を取ろうとしていたのだが、それが仇になったようだ。
仁は拳を握り、静かに呟く。
「もう二度と……あんな思いァ…………、恩返しぁ“決めた事”だから覆す気なんざもねーけど……力抑えんのが、離れてんのが、適当がちょーどいい……」
その顔は、何時ものダルそうなものではなく、どこか物悲しいものとなっていた。