能舞台、試合会場付近の屋根、選手席、塔部分の屋根の上、観客通路、その何処にも仁の姿はなかった。
なら何処に居るのかというと。
彼は若者向けではなくそれそこかなり古くて本格的なコーヒーショップで、苦みが中心の味のコーヒーをテイクアウトで頼み、それを片手に街を歩いているのだ。
本格的な店を選んだのはそういう趣味があるから―――ではなく、たまたま見つけ『もう面倒臭いからここで』という趣が強いのはいつもの通り。
コーヒーを飲みに来た理由もまた単純。見ているだけでは余りにもつまらなく暇だったらしい。
しかし決勝戦の結果だけは見逃すまいと、彼はコーヒーを啜りながら再び龍宮神社の方角へと歩き出す。
(・・・決勝戦はネギか半デコのどちらかが、クッチャネと戦うんだーたか・・・どっちにしようと、誰がが勝つかなんざ明白だが・・・)
「ねぇ、あの子って」
「うん!子供先生と激闘を繰り広げた、馬鹿力の謎の少年!」
「投票で負けちまったんだよな・・・悔しいだろうに」
「にしては落ち着いてるよな~」
「デスメガネみてぇな技の足技バージョンを使ったって噂もあるぜ」
「って事は、高畑先生の弟子だったりして・・・」
コーヒーを再び啜り、ゆっくりゆっくり歩く仁は、周りから囁かれる噂話の声を聞き、
(・・・大会終わーたらメンドーセぇ事になんな、こりゃ・・・)
割と的確で、そしてやっぱり何時も通りの事を考えていた。
さて、ネギVS刹那がどうなったかは知らないが、それも決勝戦を見れば分かることだろうと少し歩く速度を速めた仁は・・・再びささやくような声を聞き取る。が、それは噂ではなく、試合の結果報告だった。
「おい! 子供先生が決勝進出だってさ! ・・・しかも」
「しかも、何だ?」
「子供先生が試合に出場した理由、それは行方不明のオヤジが、25年前のこの大会で優勝したから、らしいぜ」
「マジかよ・・・よく見たら日本に来た理由も、オヤジを探すためって書いてるな」
「こうしちゃいられねぇ! 試合会場に急ぐぞ、違反してでも見てやる!」
「お、おいおい! 俺も乗らせろ!」
騒がしくなっていたのは彼らだけではなく、周りの格闘大会に興味を持っていた人たちも皆、ネギの過去を聞いて驚き涙し、試合会場へと走っていく。
(・・・バラしてよかったのか? ・・・まぁ、過去ぐらいならいい、のか? 分かーね)
取り敢えず『どうしようもないことは放っておく』という何時ものスタンス(?)で、仁は歩く速度を少し速めたのみでそのまま焦ることもしない。
やがてコーヒーを飲み終えカラになったカップを捨て、手持ち無沙汰になった左手を右手と同様にポケットに入れて歩き、だるくなった首を一回転させて―――――そこで遥か後方に見知った人物を見つけた。
「・・・エヴァ○ゲ○オンか? 何焦ってんだ・・・」
その人物・・・エヴァンゲ――――じゃなくエヴァンジェリンは、まるで何かに急かされているように息を切らせて走っている。
「これを逃したらっ・・・悔やみきれないっ・・・奴の、アーティファクトはっ・・・」
「・・・」
彼女が仁の目の前を通り過ぎ掛けたその時、静かに、だが確かに聞こえる声で呼び止めた。
「おい」
「! な、何だ仁! 私は今急が――――」
「・・・急いてんなら、俺が送っていってやる」
「しい―――――何?」
・
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・
・
舞踏会の能舞台。
そこでは決勝戦として、ネギ・スプリングフィールドと、クウネル・サンダースの戦いが行われている。
―――――はずだった。
ネギは確かに敵と戦っている、しかしそこにいるのはフードをかぶったクウネル・サンダースではない。
「まだまだ行きますよ! 父さん!」
「おう! 来な、ネギ!!」
それはネギに似ている、赤髪の男・・・サウザンドマスターとも呼ばれた最強の魔法使い、ナギ・スプリングフィールドだったのだ。
実は、このナギはクウネルのアーティファクト『イノチノシヘン』の能力により発言した、いわば幻にも近いものなのだが、半生の書と呼ばれる個人の情報を綴った書物を作った時点での性格・記憶・感情・能力――――いわば全人格をを再現、いや再生するため、いわば生きた遺言とも言える。
ただの都合のいい幻ではないのだ。
どうやらナギとクウネルは知人だったらしく、何かあった時のためにこれを残しておいたらしい。
ナギが行方不明となった今、その判断は正しかったといえよう。
幻とはいえ憧れた父親、その父親との戦いでネギの心は踊っていた。しかし、『イノチノシヘン』による完全再生は十分程度。加えてその後はただの人生記録書になってしまう為、次がない。
その上、未だ見習いのネギに対してナギは世界を救った英雄。五分以上ももつはずがなかった。
しかしその短い時間に、ネギは全てを捧げたといっても過言ではない。それほどのありったけの知力と力を注ぎ込み・・・地に叩きつけられた。
『1! 2!』
「よくもたせたな、ネギ」
「・・・父さん」
『5! 6!』
「でも、浮遊術・・・いや、虚空瞬動くらいは使えるようになっとけ。じゃないときついからな。ま、俺がガキの時にゃどっちも出来てけどな!」
「へへっ、強いなぁ・・・」
「ん?」
「やっぱり・・・やっぱり父さんは、僕の思っていた通りの父さんでした」
「そうか・・・息子の期待に添えられたようだ。良かったぜ」
『10! クウネル・サンダース選手の優勝だーっ!!』
わっと歓声が上がる中、先程までの明るい表情の中に寂しさを混ぜたナギが、ネギの手を取って立ち上がらせ、呟く。
「さてと、もう時間だなネギ」
「・・・あ」
「だが、ここでこうやって話してるって事は・・・本当の俺は死んじまったのか」
「・・・」
「悪りぃな、何もしてやれなくてよ。せめて元気に――――」
「違う!」
「・・・違う?」
「生きているんです、父さんは! 6年前に僕を助けてくれたんです!」
「何? それは――――」
ナギが改めてネギに聞こうとした時、突如として上から声が聞こえてくる。
「ナギ!!」
「「ん?」」
二人して上を見上げると、そこにはエヴァンジェリンを肩に乗せた仁が、上空から落ちてくるところだった。
ズガン! という音を立てて、二人(というか実質一人)は能舞台に着地する。
「到着」
「ご苦労だったな」
仁は肩に乗せたエヴァンジェリンを下ろすと大きく欠伸をし、その後ボソリと言葉を口にした。
「・・・荷物担ぎの方がもっと速いってのに・・・」
「お断りに決まってるだろうが!? ・・・だが、お前の
「・・・まぁテクニック次第だ」
「フッ、おかげでいい登場の仕方ができたよ」
軽い会話を終えてナギに近づくエヴァンジェリンに驚いたネギは、呆けた顔で呟く。
「
「マスタぁ? ってこたぁ――――へぇ~~ぇ」
「うるさい、時間の無駄だ。それで―――」
「おぉ・・・お前を連れてきたあっちの男、すげぇ強いじゃねぇか。魔力も気もねぇのにすごい “強さ” を感じるぜ。幻じゃなかったら手合わせしてみてぇのにな」
「こっちの話を聞かんか」
少しキレ気味なエヴァンジェリンに、ナギは苦笑しながら頷いた。
「へいへい。・・・・・・それで、何だ」
「時間はないんだよな?」
「ああ、もう少ない」
「・・・では抱きしめろ」
「嫌だ」
「チッ・・・なら、頭を撫でろ」
「それでいいのか?」
「抱きしめるを断った奴が何をいまさら」
「ははっ、だな」
ナギは声を出して笑い、エヴァンジェリンの頭へ自身の手を持っていく。彼女の頭を撫でながら、ナギはネギの方を向き、話し出す。
「ネギ、幻に過ぎない俺には、お前がどう生きて来てどんな目にあったのかはわからない。だがな」
「・・・」
「若くして英雄となった、天才且つ強靭で、超絶クールな最強無敵のお父様に憧れるのも無理はないけどな」
「ぶふっ」
(・・・何処がクールだ、何処が・・・)
「笑うなっての・・・いいかネギ? 俺のあと追うのはそこそこにしておけ」
「え・・・」
「お前はお前に、お前自身になりな」
「ぁ・・・とう、さん」
だんだんと上がっていた光の束は一層強くなり、ナギは包まれていく。
「じゃあな。あんまり泣くんじゃねえぞ」
そしてその言葉を最後に、光の奔流とともにナギは消えていき、元のクウネルの姿へと戻っていった。
「・・・オイ」
「なんでしょうか♡」
「終わったならさっさと手をどけろ! エロナスビ!!」
「ハハハ、アバラは大丈夫で?」
(・・・終わって早々緊張感ねぇ奴ら・・・)
アンタにだけは言われたくないと思うが、彼らの騒ぎに対してネギは俯いたままだった。
「と・・うさん。・・・うぐっ、ぐす・・・ひぐっ」
「・・・」
(・・・)
すすり泣く声を上げるネギに、会場は静寂が支配したままになる。
彼の方に手を置いたあと、朝倉はマイクを取り、彼女の声が神社響いた。
『・・・それでは皆様! 授賞式へと移らせていただきます!!』
「オイ仁」
「んぁ?」
「もう一回飛べ。適当な場所に降ろしていけ」
「・・・俺、タクシーじゃないんだが」
「ここに居るともみくちゃにされるぞ? 面倒くさいことが嫌なら早くせんか」
「・・・へぇ~よ」
渋々仁はエヴァンジェリンを肩に乗せ、観客通路の屋根を飛び越えて去っていくのだった。
クウネルの余計な一言に、エヴァンジェリンがツッコミを入れた事も、一応記しておく。
仁のエヴァンジェリン肩乗せは、(多分)この一話限りです。