あれだけ騒いでいた少女たちも、明日に備えて睡眠をとる為早めに寝ており、喧騒など嘘のように静まっている。
仁も当然寝れる時に寝ようと睡眠を取っているのだが、その場所がこの別荘に転移してきた時に乗っていた魔法陣のある、手すりのない橋の先にある細い塔の中腹という、これまたとんでもないところに座って寝ていた。
理由は他人の寝言やいびき、寝返りの音で目を覚ましてしまうからと、人が他にいると寝つきがさらに悪くなる為なのだが、だからといってこんな所に座って寝なくてもいいと思う。・・・というか、
彼の場合は、ペタペタという人の足音でも目を覚ますため、この場所のほうがいいということもあるが、波の音で目を覚ましたりはしないのだろうか。
だが、仁が『本当に寝静まった』まさにその時、かすかな爆音が彼の耳に届き、やっぱり彼は目を覚ましてしまう。
(・・・んなろ)
幸い爆音はその一回だったが、響いてから十数分後、今度は人の声が仁の真上から聞こえてきた。
「さて、だいぶお待たせしたな仁。今から、お前を呼んだ本当の理由を説明する・・・というか、なんでそんなところで寝てるんだ」
「・・・エヴァン○リオンか・・・」
「エ・ヴァ・ン・ジェ・リ・ンだ!!」
頭をガリガリ掻きながら、仁も宙に浮かび、エヴァンジェリンのと並ぶ。
「・・・そんで・・・俺を呼んだ理由って何だ? エヴァンジェリン」
「それはこれから説明する。とにかく付いて来い」
言いながら既に目的地へと進み始めているエヴァンジェリンを、渋々といった感じで仁は追う。別荘である塔の螺旋階段を降り、誰が使うともしれない客室や倉庫を横切り、明らかに塔の高さよりも長い距離を降りたあと、エヴァンジェリンは魔法陣の前に立ち仁の方に振り向いた。
「説明はこの先で行う。黙って魔法陣に乗れ」
面倒臭さから逃げようかとも仁は思ったが、やっぱり後々の方が面倒臭くなりそうなのと、まだ二十四時間立っていないので出ることができないという理由の為、首を2回振ったあと魔方陣に乗る。
「Convocavit hac terra, et ad terram meam perniciem」
そして何かをつぶやくと視界が暗転。次の瞬間には、まるで殺人鬼や悪霊が出そうな大きな屋敷の屋根部分に、仁とエヴァンジェリンは居た。
「・・・ここは?」
「これは私が作った最高傑作の魔法球の中―――――強度、隠蔽力、充満している魔力、そのどれもが、ほかのものとは桁違い・・・比べるなぞ烏滸がましいにも程があるぐらいの、『世間一般での』最高傑作魔法球を遥かに凌ぐ代物の中だ」
この時点で、仁は嫌な予感が当たった事を確信する。ただ話をするだけならこんな場などに連れてこないし、戦いたいとしても態々『全てが桁違い』な魔法球の中に入ってまで戦うだろうか。
つまり、エヴァンジェリンの目的とは・・・
「ここなら全力を出そうとも外には漏れない。普通の魔法級とは違うから、いくら強大だとて押さえ込めるんだ。・・・だから――――――
“封印” の術を解いて全力で私と戦え。仁」
仁に、本当の力を出させる事、だったのだ。
めんどーせぇと仁は返そうとするが、それを見越していたかのようにエヴァンジェリンが追撃の言葉を口にした。
「そうだ、この魔法球は他のと違ってな、強力が故に私の許可無しでは出入りなど出来んからな?」
「・・・」
彼女が呆れるまで逃げ回ってやろうかと、最後の悪あがきを考えていた仁だったが、その前にエヴァンジェリンが仁とは関係ない方向に手を向け詠唱を始めた。
「契約に従い我に従え氷の女王! 疾く来れ静謐なる千年氷原王国! 咲き誇れ終焉の白薔薇!」
「・・・?」
「千年氷華!
と、その手に魔力の塊を出現させたかと思うと、握りつぶすようにして取り込み、エヴァンジェリンはまるで吹雪を纏ったような姿となった。
「これが私の固有
「・・・!」
魔法など知らぬ存ぜぬの素人でもわかる大きな力に、仁は思わず目を見開いた。エヴァンジェリンはそれに少し嬉しそうに笑い、次いで右手を軽く掲げると、
「早いとこ “封印” を解かねば死ぬぞ。私は、お前を本気で殺しにいくからなぁ!!」
振り下ろすと同時に氷の大剣を数十と出現させ、仁に向かって投げつける。
が、やはり氷は相性が悪いのか、仁の[飛]の力によって逆に支配下に置かれ、同士討ちさせられるどころか数本エヴァンジェリンに向かってきた。
「同じ魔法は効かんぞ!!」
そう言いながら氷剣を投げつけるエヴァンジェリンだが、次にその表情が強ばった。
なんと、同じ強度を持つはずの剣なのに、
「・・・そうか、そういうことか」
「・・・」
何故相殺ではなくエヴァンジェリンの方が砕け散ったのか? ・・・・・・単純な話だ、[飛]の力は『飛ばしている物を強化』する事も出来るということだ。
《飛来してくるものには、まず危機や脅威を抱く》ことが元となっているのだろうか。
「ハハッ!! 隠しているうちの一つが露見したな! そしてやはり異世界の力[独器]は反則じゃないか!」
「・・・るせぇ」
仁は多少苛立ったように、
魔法障壁を貫いてきた数発は魔法で、余波が飛んでくる数発は普通に移動して躱し、最初の時とは比べ物にならないほどの物量で、氷の剣、槍、大槌、球体、吹雪、雪崩を仁と同様に乱射する。
「・・・チッ!」
物量で圧倒的に負けながらも、[飛]の力で『移動しながら』砲撃を撃ち続ける仁に、エヴァンジェリンは言霊混じりの大声を向けた。
「どうした仁! ここでは全力を出そうとも誰も気がつかんし外は揺れもしない! まだ怖いのか紬が! ぼーや達を巻き込むことが! 怖いだろうなぁ・・・だが、お前の本音はそうなのか!」
「・・・るせェんだって――――」
「お前は面倒くさがりだ、だが『偽りではない本当のお前』は求めているはずだぞ! 全力を出す機会を、自分の力を本当に鍛える場を! 真っ黒に染まった、ぼーやとは違う甘え遠慮一切ない『復讐心』は、望んでいるはずだぞ!!」
「・・・・クソッ!?」
ただ乱射するだけという単純な手でも、『本気を出して』放たれたそれらを受ければタダでは済まない威力を誇る。それを繰り出せるエヴァンジェリンは流石だが、砲撃で何十発を一度に砕いている仁も、すごいと言えた。
しかし、時間の問題だという事は目に見えている。
「本気を出さぬならそれでもよしだ! 潰えろ・・・契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが。全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也」
普段ならば余裕を持ってよけられる攻撃も、向かってくる魔法の雨霰の中では思うように逃げ場を作れない。仕方無しに仁は砲撃で無理やり逃げ場を作り、魔法をいくつか受けながらも脱出する。
「――――『こおるせかい』!!」
「うおぉっ!」
なんとかギリギリで氷漬けの刑を免れた仁だったが、
「甘い!
「うぐっ!?」
凍り付きはしなかったものの、凍らせる際の魔力の衝撃波によって仁はダメージを負いバランスを崩した。
たとえバランスが崩れようとも[飛]の力は一斉速度を落とさずに飛行できるが、しかし凍系統の魔法弾幕の前ではその手は悪手だった。
「・・・・うがっ!」
「はははは! ほら、もっともっともっとだぁ!! 闇の吹雪!!」
二十四に及ぶ闇を内包した吹雪が仁に殺到し爆裂する。
「断罪の剣!!」
「ぬ・・・・ぐっう!!」
が、仁もただ打たれているだけではなく、飛んでくる弾幕を地震の背後に流すように『飛ばし』、剣のような魔法を蹴り返して、エヴァンジェリンへと肉薄した。
「
「魔法の射手! 氷の1000矢!!」
ネギの技の模倣・・・その圧倒的上位バージョンを繰り出し、仁の蹴りに対応した。拮抗はしたようだが、弾幕により仁は再び距離を離される。
「氷爆!」
と、エヴァンジェリンが全く関係無い方向に魔法を放ち、仁はその方を思わず向いてしまう。・・・・それは、普段の彼なら決してしない愚行であった。
「終わりだ・・・解放!」
「!?」
それと同時に渦を巻くような氷柱が出現し、仁は物の見事に閉じ込められてしまった。
「『こおるせかい』」
エヴァンジェリンは呆れた声で呟き、仁の方を見やった。その顔には落胆がはっきりと浮かび、もはや興味がないという感情をありありと受け取れる。
「フン、ガキの姿だから本調子ではないと言っていたのはお前だろうに。結局、こいつもリスクより安全をとるか」
爺になにか言われたら困るし、一応出しとくかと、エヴァンジェリンは氷柱に手をかざした。
まさにその瞬間、百八十度空気が変わった。
「あぐっ・・・!?」
冗談抜きで押しつぶされそうな程の、しかし受けた事のない・・・魔力でも気でもない『別物の圧力』が、崩れた屋敷の広がる魔法球の中を満たす。
その圧力の出処は――――――氷柱の中からだった。
「ま、さか・・・?」
エヴァンジェリンが気付いて顔を上げると同時、標柱が木っ端微塵に砕け散り、圧力の密度がさらに濃くなる。
「あ・・・ああ・・・ぁ」
エヴァンジェリンは感じた。
「・・・もしテメェの言葉が嘘だったらよ、この街ぶっ飛ぶからよ・・・」
久方ぶりに、本当に何百年ぶりに、強く、強く感じた。
「・・・ぃ・・・」
「・・・テメェが言い出したことだ・・・『面倒臭ぇ』から文句は言うんじゃねぇ・・・」
純粋な “死” の恐怖を。