空立つ”飛”の独器と男   作:阿久間嬉嬉

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 前も書いたとおり、過去話での老人編を二つにまとめました。・・・・一万文字超えました。

 それではどうぞ


過去話・老人と名前

 国を飛び出したはいいものの、ジアルーザス少年は国と買い物へ立ち寄る街以外に地理を知っておらず、何処をどう行けば良いのかなど勿論分からない。しかも、携帯食料すら持っていないときた。あるのは、自分の分だとポケットに入れた小さな菓子が2個のみ。それ以外は水すらない。

 

 焦っても仕方がなく、一先ずは休憩するため少年は木の根に腰掛けた。

 

 

 今更ながらに辺りを見回せば、やはり知らない土地らしく彼の住む地にはなかった大河が流れ大林が広がっており、地をゆき枝を渡る小動物や、空を翔る鳥も見たことがない種類ばかりだった。

 

 それらの光景は子供心を刺激し、ジアルーザス少年の精神を高ぶらせたが、やはりあまたの憎悪を受けた影響が残っているからか、表情は半分も明るくならない。

 

 

 

「取り敢えず水を・・・ぐっ!?」

 

 

 

 傷そのものは深くなかったものの、どうやら刺激痛を走らせる薬が塗ってあったらしく、錆だらけの刃物だったこともあって痛みも強い。這うようにして何とか大河の辺にたどり着き、自分の国に流れていた物よりも格段に綺麗な水をすくい、喉を鳴らして飲み続ける。

 

 

 水分補給を終えた少年は、これからの事を考えるため岩に体をあずけて楽な姿勢をとった。

 

 

 

「サバイバルなんてしたことねぇし・・・水筒もないし、どうしろってんだよ・・・」

 

 

 

 お金すら抜き取られてしまっているため、食料も買えない。だが、このまま黙っていては脱水症状や飢餓で死んでしまうのがオチ。

 飛んでまで逃げたのだから、ここで死にたくはないと、自アルーざす少年は必死に頭脳をフル回転させる。

 しかし、所詮子供の頭脳での知恵、何かも浮かんできさえしない。

 

 

 やがて考えるのに疲れてきたのかごろりと寝ッ転がった。少し休憩を取り、明るいうちに待ち近くまで移動しようという算段らしい。

 

 

 しかし、傷が疼くのか録に眠れず、眠れないなら無駄な事をするより移動した方がいいだろうと、再び空へ舞い上がって、大河伝いに飛び続ける。

 

 

 

 大河がかなり太くなってきた頃、もうそろそろ街が見えないかなと気を少し抜いた・・・その時だった。

 

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 

 今までで一番強い痛みが走り、飛行はおろか浮遊すら停止させてしまい、結果落下してしまう。再び舞い上がろうにも、今まで経験したことのない痛みと不意に浮かび上がる憎悪の罵声のせいで、うまくコントロールできない。

 

 

 

(クソッ・・・タレが・・・!)

 

 

 

 心の中で悪態をつき、ジアルーザス少年は為す術もなく大河へ吸い込まれていってしまった。

 

 

 

 あたりには、激流の音と獣の遠吠えが響くのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が響く。

 

 

『『『死んでしまえ!!!』』』

 

 

 決して心地よくない声が響く。

 

 

『『『消え失せろ!!!』』』

(やめろ・・・!)

 

 

 声の響きが大きくなると共に、人の形をとったモヤが段々と近づいてくる。

 

 

『『『お前は地獄へ落ちるのだ!!!』』』

(くるんじゃねぇ・・・!?)

 

 

 人の形をしているが、顔はまるでケダモノのごとく。

 

 

 

『『『人の皮をかぶった悪魔なんだ!!!』』』

(くるな・・・くるなぁっ!?)

 

 

 

 振り払おうにも振り払えない。置き去りにしようにも追いついてくる。

 

 

 

(こうなったら空を飛んで・・・な、無い!? 足枷が無い!?)

『『『お前を――――』』』

(やめっ・・・・・)

 

 

 

 その手が悍ましい何かに変わり、人形のモヤが周りを取り囲む。そして・・・・・

 

 

『『『滅ぼしてやる!!!』』』

(う――――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああっ!!!??」

 

 

 絶叫しながら頭を抱えたジアルーザス少年は、ふと柔らかなものに寝かせられているのを感じ、不思議に思って辺りを見回す。

 どうやらログハウスの中らしく、木で作られたためか仄かに良い香りが漂う。日用品から娯楽品は揃えているらしく、端っこにTVもあるので一応の電気も通っているのだろうことが推測できる。

 

 

 問題は、何故大河へ落下したはずの自分が、ログハウスの中に居るのかという事だ。

 

 

 まさか、ここはあの世の中なのか? あいつら同様死んでしまったのか? そう思い始めた矢先、ログハウスのドアが空いた。

 

 

 

「ん、起きていたかの、少年」

 

 

 

 入ってきたのは髪の毛は無いが立派な髭を蓄えている、筋肉質な体を持っている為まだまだ健在と伺える老人だった。

 

 

 

「あんたは・・・」

「うむ、寝ておったから知らんじゃろうし、改めて自己紹介と行くかの」

 

 

 こほんと咳払いをしたあと、老人は改めて話しだした。

 

 

 

「ワシの名は笙狼(しょうろう)。この森林の中に住んでおる、物好きな老人じゃよ」

「・・・」

「それにしても坊主。御主、何故あんな事になっておったのだ?」

「あんな事?」

「革で飲み水の調達を行っておったら、川上からいきなり少年が流れてきたから驚いたわ。しかも傷だらけじゃったしな」

 

 

 

 老人の問いに、しかしジアルーザス少年は答えない。

 その沈黙をどう感じたのか、やがて老人・・・笙狼が自ずから再び口を開く。

 

 

 

「言いたくないなら言わずともよい。誰だろうとも胸の内に、辛い出来事は持っておるものだしな」

「・・・あぁよ」

 

 

 ひと呼吸おき、笙狼は続けて聞いた。

 

 

 

「それでだ坊主。お前、名前は一体なんというのじゃ? ワシも教えたのだし、小僧という呼び方はわし自身も好きではない。だから出来れば教えて欲しいのだが」

「・・・」

 

 

 

 『ジアルーザス・ハールマン』。そう口にしようとして―――少年は不意に止まる。

 

 心の中に渦巻く、“彼ら” に対する嫌悪と怒りが、その名を口にするのを止めているのだ。

 そして少年自身も、この名前を負の感情から名乗りたくなかった。

 無論、”彼ら”のことだけではない。まだ十数人ならば助けられたかもしれない人々を、見捨てた自分が、まだ残る僅かなつながりを示しても良いのか―――そういった己に対する『羞恥』もまた、口が開くのを妨げている。

 

 

 ならば別の名前を言おうと考えるも、偽名・・・いや、新しい名前など早々に出てくるはずもない。

 なにかヒントでもないかと辺りを目線のみで見回し、部屋のTVがある場所とは逆の隅にあった、現代で言えば和風な茶の間に掛けられていた掛け軸の、遠くからでもわかるような文字に目がいった。

 

 

 外国の言葉を勉強している際、字の形と発音が気に入ったことから覚えていたその文字を、少年は口にする。

 

 

 

「俺の・・・名前は・・・」

「名前は、なんじゃ?」

「名前は――――――― “仁”(じん) 。俺の名前は仁、だ」

「ふむ、仁か。良い名だ」

 

 

 

 老人は本当に良い名だと思っているらしく満足気に頷き、ジアルーザス少年・・・否、“仁”少年も、自身の新しい旅立ち、門出だと少しばかり口角を上げる。

 

 まだ暗雲は募るが、それでも最初の一歩には、間違いないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジアルーザス少年・・・改め仁が、笙狼老人と出会ってから早数日が経過した。

 

 

 傷が治らないうちに旅へ戻るのは危険だろうと判断したため、笙狼老人の厚意もあって、しばらくの間厄介になることにしたのだ。

 

 

 

 そうして数日経った後、仁の体には変化が起きていた。

 

 

 代表的なモノとして、あの “悪夢” の事も含めて殆ど眠れなくなったのである

 。寝付きは悪いし眠りは浅いし、運良く眠れても悪夢は見るしでロクなことがなく、必然的に仁は寝不足状態となってしまっていた。

 

 しかし眠くてだるいことを除けば別段健康・・・つまり、寝不足なのに不健康ではないという異常な状態なのだ。

 もちろん、やる気がおきないことに変わりはない。

 

 

 そのせいもあってか、何処か弄れているが快活だった少年が一変。

 眠気も相まって快活がなくなり、代わりに面倒臭さが入った・・・つまり弄れている上面倒くさがりという、どうしようもない性格へとチェンジしてしまったのだ。

 

 だが、元からの気質が根本から変わっているわけではないらしく、ただ前よりは積極的に動かなくなり面倒くさいと常時口にするようになった、と言えばいいだろうか。

 

 

 次に、回復力が上がっている件だ。

 

 笙狼老人が言うには、怪我の度合いからして普通は完治までに2週間はかかるらしい。だがそんな傷も、数日で痛みすら消え去っているのだ。異常にも程がある。

 

 その原因となる要因は、いくら考えようと1つしかない。―――空を飛び、モノを浮かせる力を持った、群青色の足枷・・・ただ1つである。

 

 

 外しているのに効果があったあたり、どうやら体の根本から組み変わっているのかもしれない。寝不足の件から言って、それは確実であろう。

 

 どうせならそういう事は、もっと早めに発現しておけば慣れる事が出来たのにと、仁は愚痴ったという。

 

 

 

 そして最も影響が小さく、しかし最もわかりやすく変わったのは・・・・髪だった。

 

 数多の人の敵意と、憎悪とも等しき感情を称える目、希望が絶望に変わった奇劇。

 ・・・それらを受けたせいなのか、彼の髪は率で言って3分の1ほど《白髪》となっていた。

 これには仁も普通に驚き、そして自分へ向けられ膨れ上がった、彼らの有り得ぬほふぉの憎しみの強さを再認識したという。……それほどまでに、『異能排他』は浸透してしまっていたのだ。

 

 一応外見の変化程度だったうえ、笙狼老人はこの姿しか知らないので普通に接してきた為、数日と立たず慣れはしたのだが、鏡を見る度過去を思い返してしまうためか、仁にとってはこの上なく嫌なものだろう。

 

 

 

 何日かの休息を経て体力も元に戻った仁は、卓に置いてあった食事を頬張り、常時寝不足でダルイ頭を抱えてガクリとうなだれる。

 別に何か落ち込んでいる訳ではなく、普通にダルいからの行動である。

 

 

「面倒くさいな・・・ちくしょうめ」

 

 

 座ったまま呟く仁は、隈と三白眼も相まって少し怖い。見た目的にも少年というものではない。

 

 と、気持ちではなく物理的に項垂れる彼の耳に、扉を開く音が聞こえてくる。

 

 

 

「おや、仁。起きとったか」

「・・・寝れないんだよ」

「眠りも浅いみたいだしのぉ・・・原因は何かわからんのか?」

「・・・悪夢を見るってのもあるが・・・一番はコイツかもな」

 

 

 

 扉を開けて入ってきた笙狼老人の、睡眠の事柄についての質問に、仁は対して悩むこともなく足枷を叩きながら答えた。

 

 その答えを聞いた笙狼老人は眉をしかめ、続けて質問してくる。

 

 

 

「その足枷には・・・何か特別な力があったりはせんか?」

「・・・・」

 

 

 

 その質問に、仁は答えず睨んだまま黙る。

 

 笙狼老人はその様子で何かを悟ったか、苦笑いで付け加えてきた。

 

 

 

「安心せい。遥か離れた小国にあった “独器と偽器を憎むべし” なんて宗教は、アソコでしか流行っとらん。術式も持っておいたら損はない程度じゃし、偽器が無くてはならん時代になった今では、寧ろ鼻で笑われとるのじゃぞ」

「・・・なら、信じて話すか」

 

 

 笙狼老人が悟ったこと、それは恐らく仁の出自に付いての事であろう。しかし前に話したくなるまで待つと言った手前、それを深く追求せずに批判しただけに留めたようだ。

 

 

 仁は呟いた後、自身の力のことを口にし始める。

 

 

「俺の足枷は、空が飛べるようになったり、物を浮かせたりできる。そんな代物・・・世間で言う『偽器』だと思う」

「ふむ、飛行と浮遊の力か・・・他には無いのか?」

「他?」

「眠りが浅くなり怠くなる。そんな欠点ではなく、何か利点のような効果じゃ。……そもそも眠気の件は、関係なさげにも思えるしのう」

「利点・・・」

 

 

 確かに、と仁は頷いて考え始める。

 常時怠いという、ぶっちゃけて足枷(これ)絡みで付いてきた欠点にばかり気を取られていて、そんな事を考えもしていなかったのだ。

 されど、いざ見直してみると利点と思わしきものはいくつも浮かんできた。

 

 

「えっと・・・これを手に入れてから成長速度が格段に上がったな。身長とか筋力とか」

「ふむ」

「あと、飛んでいる時に余り抵抗を感じたりしないな。前に高い所から水の中に飛び込んだ時みたいな、落下の時の変な衝撃もほとんどないな。それに、自動車が急ブレーキ掛けたみたいに止まっても、ピタッと止まりたい位置で止まる事が出来るな」

「速度にかかわらずか?」

「おう、速さはそんなに関係ないみたいだ。それと、どんな方向でも自由自在に飛べる。鳥なんか目じゃねーくらいにな」

 

 

 

 思い出すように語っていく、仁の怠さの混じった能天気な表情とは裏腹に、笙狼老人の表情は真剣なものへと変わっていく。

 

 

「他には、もう無いのかの?」

「後は・・・」

 

 

 すると、今まで能天気だった彼の雰囲気と、面倒臭そうだった表情が一変、苦いものへと変わった。そして数秒程の間を置いたあと、静かに口を開く。

 

 

「・・・ここに来る前に刃を急所へ当てられた・・・だけど、“殆ど斬れず” に跡だけしか付かなかったな・・・傷は傷だから、治す必要があったけどな・・・」

「・・・!」

 

 

 『急所へ当てられたがほぼ無傷だった』。

 その言葉を聞いた笙狼老人の表情が、驚愕に彩られる。

 ・・・老人は仁の驚異的な回復力にある二つの『推論』を立てていた。

 内一つは “人間ではない” という物だったが、表情からするに “人間ではない” 推論はハズレであり、もう一つの考えが正しいという結論に至ったようだ。

 

 

「無意識で、偽器の力が働いたのかもな」

「違う」

「・・・? 違う?」

 

 

 首を傾げる仁へ笙狼老人は、真剣な表情のままそのもう1つの推論を口にした。

 

 

「お主の付けておるその足枷・・・それは偽器等ではない」

「偽器じゃない? だったら何なんだ?」

「それは、本当に恐らくではあるが―――――

 

 

 

 

 [独器]じゃ」

 

「・・・え?」

 

 

 笙狼老人の思わぬ発言に頭が付いていかない仁。そんな彼に、老人は次々と言葉を投げかけていく。

 

 

「まず第一に、肉体への大きな影響だ。偽器は自身の性能に耐えうる体を持たせるためか、使い手を他の者達よりも強くするべく、肉体を改造する。

 しかし、それは飽くまで “肉体や伸び白の強化” であって、そこまで行き成り人を外れすぎた行動はできない。

 ・・・つまりお主のように幼いのに急激に成長したり、“飛行の際に抵抗が殆どない”、“急発射や急停止停止、落下の際にGがかからない” 等といった影響が及ぶのは『有り得ない』。

 飛ぶ方向によって性能が変わらないのなら尚更にの」

 

 

 実際の所飛ぶことの出来る『偽器』はある。

 だが、長距離飛行は無理な上にスピードを出しすぎると身体へ小なり危険が及ぶ。

 着地の際も、衝撃に気をつけなければいけない。

 

 それが彼の『足枷』には無いのだ。

 

 

「そして第二・・・回復力と丈夫さの事。これが最も重要だ」

「・・・最、も・・・?」

「うむ。いくら一騎当千の実力を持つ偽器使いでも、急所への不意打ちや毒薬を喰らわされれば最悪死んでしまう。しかし、お主は急所に当たったにも関わらず『かすり傷で済んでいる』。これが偽器使いと独器使いの一番大きな差じゃ」

 

 

 

 いくら刃が錆びていても、勢いよく真上からギロチンが落とされれば骨ぐらいは折れてしまう。

 それが仁の場合はかすり傷。十二歳とは思えない体付きだから・・・そんな理屈などで流せる事態ではない。

 大の大人でも偽器使いでない限り、鉄の塊の落下には耐えられないのだから。

 

 

 更に笙狼老人は、驚くべきことを口にする。

 

 

 

「ワシもこの目にするまでは、あまり信じてはおらんかったのだが・・・その様子を見るに真実なようじゃな」

「真実って・・・何が・・・」

「よいか仁。独器使いはな―――――『独器、もしくは偽器での攻撃以外で “殺す” ことは不可能』なんじゃ。否、双方の地力を考えれば、そんじょそこらの偽器では実質不可能かも知れん。

そしてな、これだけならまだしも・・・ある程度武器に馴染んだ独器使いは、『独器か偽器ではない武器での肉体面、精神面への攻撃に対する防御力が跳ね上がる』といった、反則的な効果も持っておるらしい」

「な・・・!?」

 

 

 自分自身、足についた足枷、そして笙狼老人。それぞれへと順々に目線を向け、仁は目を見開いて絶句する。

 

 

「じゃあ・・・俺の “これ” は・・・あの御伽噺の中にしかない・・・[独器]・・・なのか?」

「そうとしか、考えられん。偽器では相当の慣れが必要じゃしのぉ」

 

 

 

 唇を震わせながら仁が思わず、信じられないと声を出したのは、それから一分も経ってからの事だった。

 

 

 

 自身の持つ足枷が、偽器ではなく御伽噺の彼方のような存在である[独器]であると知った仁は、一言呟いたあと何も言わずに黙っていた。

 自身の持つ能力の強さを再認識し、そのあまりの反則ぶりに驚愕したという感情が半分。そしてもう半分は―――予てより憧れていた、そしてこれまでを覆してしまった力が今時分の手の中・・・脚の中にあるという動揺が半分。

 どちらの思いも衝撃も大きすぎ、次の言動に移れないのだ。

 

 

 その沈黙をどうとったか、笙狼老人は一つの提案を切り出してきた。

 

 

「仁よ。お主、何処か行くあてや、目的はあるのか?」

「・・・いや、何も、ねぇな」

 

 

 元いた故郷の国から文字通り飛んで逃げ、その国も他国により攻め滅ぼされ、当初より持っていた『偽器・独器は危険なものではないと教える』目的も潰えた。

 川伝いに飛んでいたのも目印目的であったため。このあと何か目的があるのかと言われれば・・・仁にそれに応えられる返答は、“何もない”しかなかった。

 

 

 

「ならば、暫くここで過ごしていかんかの?」

「・・・けどよ、もう数日も世話になりっぱなしで・・・」

「若いもんがそんな事を気にするな。それにワシとて、単なる良心で言っておるわけではない。足枷が関わると、そういえば分かるじゃろう?」

「・・・」

 

 

 

 つまり笙狼老人は、どこで得たかは分からないが、独器の情報を幾つかは持っているのだろう。しかし、今まで実物がなかったので、半信半疑のまま過ごしていたに違いない。その半信半疑が希望に変わるか失望に変わるかのキーとなる者が目の前にいる。良心だけでなく、興味・・・探究心にも近いものが、今の笙狼老人の提案にはあるのだ。

 

 

 

「基本的な体術も教える、生き抜く術も教えよう。その対価として、お主の独器の力と成長の程を見せてもらいたい・・・どうじゃろう?」

 

 

 

 信用してこの場にとどまるか、あてもなく彷徨うか・・・仁は考えた末答えを出す。

 

 

 

「・・・わーったよ。他の選択しも考えるのがめーどーせぇし、しばらく世話になる」

「うむ。では明日より修行を開始するとしよう」

 

 

 

 こうして、森の中に住む老人・笙狼と、独器使いとなった少年・仁の、修行生活が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行の初めにまず行われたのが、仁がどの体術に向いているか見極める、という事だった。

 笙狼老人は森の中に住んでいる道楽老人のようにしか見えないが、その実独器だけではなく様々な体術にも精通しており―――仁はなぜそんなに詳しいのか疑問に思ったが、面倒臭くなって聞かなかった―――一つの道を行くものよりも練度は低いが、より仁にあったものを選択できるようだった。

 

 ヤマトと呼ばれる島国の体術から、リカメア等の先進国の軍隊式体術、果てはネアーシドの様な南国の独特な体術まで様々なものを一通り試し、やがて答えが出た。

 

 ・・・とは言っても、それは“この体術!”という明確なものではなく・・・様々な国の『蹴り技を主体とした体術』の、何と『足技のみ』を重点的に鍛えることにしたのだ。

 地球で言うならば、ムエタイやサバット、テコンドーにカポエイラのような格闘技の、蹴り技のみ選んで鍛えるといった感じである。

 

 

 笙狼老人が言うには、何でも今の仁は面倒くさがりで横着する癖がつき始めており、あまり複雑なものは覚えられない可能性があるためと、独器である足枷を十分に活かすために、意外と体に馴染んだ様子もあった蹴り技を選んだのだ。

 

 

 

「・・・う~ん・・・俺ぁ、別に足技を習っていた訳じゃねぇんだけどなぁ・・・」

「もしかしたら[独器]が関係しておるのかものぉ。謎だった事が解明されるのは良い事なんじゃが・・・使い手のやる気を失わせたり、鍛え方を強制したりと何かと厄介で我儘なもんじゃな」

「・・・人事とは言え、当人の前でそれ言うかよ」

 

 

 

 ともかく『蹴り技』の基礎と基本技を教えてもらった仁は、笙狼老人の家に住み始めてから数日後、特訓を本格的に開始した。

 

 

 回し蹴り、踵落とし、膝蹴り、フロントキック、ローリングソバット。地面に居ながら、時に飛びながら、仁は様々な蹴り技を繰り返し繰り返し打ち出し、反復練習を積み重ねていく。

 

 

 才能があったのかそれとも独器のおかげかは分からないが、様になるまで暫く掛かる技を3時間足らずで覚えている事に、笙狼老人は驚きを隠せない。

 ・・・尤も、試しに蹴り以外の技をやらせてみた所、様になるどころか単なる子供の喧嘩に使う拳骨、その超パワーアップバージョンの様な状態になってしまっていた。

 

 この事には仁も驚き、面倒臭いと言いながら(休みながら)何度か繰り出したが、彼の年齢でもやらないような駄々っ子パンチ擬きは治らなかった。

 本人も苦悩している事から、つまるところ “蹴り以外の才能は失われて” しまっているのだろう。

 

 

 しかし、先ほども言ったように蹴りの才能はかなり並外れているもので、足で引っ掛けて投げ飛ばしたり、バランス感覚がよほど良くないと繰り出せない蹴りの連続技も、難なくこなしてモノにした。

 とは言え、モノにできているだけで、錬度などはまだまだの域。鍛える事を疎かにし、調子に乗れば痛い目を見るだろう。

 

 

 

 そして蹴りの修行が早い段階で一段落着いた現在、今度は笙狼老人の支援をつけて、[独器]使いこなす練習へ入ることにした。

 

 

 

「・・・で、爺さん。試すったって何をする気だよ・・・?」

「ああ、まずはこれじゃ」

 

 

 

 そういうと、笙狼老人は箱をひとつ取り出した。置いた時のドスンという音から、箱は空洞ではなく中身が詰まっているもののようだ。

 

 

 

「この箱はちょいと特殊でな、コイツの中はリンゴ一個分の空洞しかない。そこに文字通りリンゴが置いてある」

「は?」

「その中のリンゴだけを上に飛ばしてみるんじゃ。蓋は緩いから勢いよく飛ばせば開くぞ」

 

 

 つまり笙狼老人が言いたいのは、“見えないものを飛ばす事が出来るか” というものだった。

 普通ならば持ち上げられる物の大きさや重さの限界を試したりするものだが、未知の部分が多い独器の実験だからこれを選んだのかもしれない。

 

 

 言われた通り、仁は中に入っているであろうリンゴに意識を集中させた―――――途端に、何とリンゴが“箱を突き破って、仁の方向へ向かってきたのだ。

 

 

 

「あぶねっ」

 

 

 

 他の物を飛ばせると認識したのは最近で、しかも国での脱出時以外は使わず、加えて今まで自分が飛んだり蹴り技の練習ばかりだったため、どうやら久しぶりで操作を誤ったらしい。

 危ないと言いながら、それでもちゃんとリンゴをキャッチした仁だが、笙狼老人は呆気にとられているようだった。

 

 

「信じられん・・・箱は厚い上に木で出来ておる訳ではないのだぞ・・・!? まさか、飛ばしたものを強化する力もあったというわけか・・・!?」

「・・・思わぬ収穫かもな」

 

 

 怪我の功名というべきか、思わぬ所で思わぬ性質が判明したが、語られる独器の凄まじさを考えるに、もしかしたらトンでもない力はこの他にもあるかもしれない。

 いや、きっとあるだろう。

 

 その後何回か内部の物を飛ばす実験をしたが、咄嗟の即席ではだめで、且つ認識が甘いと如何にもならない事も判明した。

 戦闘で役に立たないわけではなかろうとも、便利とも言えない。

 

 だが、だからと言って反則性を否定できるかは、はっきり言って微妙である。

 

 

「・・・やろうと思えば、相手の頭ん中とか内蔵とか飛ばして、引き千切ると同時に体ぶち抜くのも出来そうだがよ」

「確かにできるじゃろうが・・・おっかないのう、その考え。まあ極度の集中が必要そうじゃしまぁ・・・」

 

 

 仁の発言にちょっと冷や汗をかきながら、笙狼老人は次のことを試すべく、何かを取りに小屋の中へ入っていく。・・・が、何も持たずに出てきた。

 

 

 

「・・・何しに戻ったんだよ」

「次は簡単な事を試そうと思ってな」

「・・・簡単だぁ?」

「そう、とても簡単な事じゃ・・・どれだけ自由自在に飛べるのか、それを実験して欲しい」

「・・・どれだけってのは、後ろ向きで飛ぶとか、そんなのを試せってことか?」

「そんなところじゃな」

 

 

 それだけならお安い御用だと、仁は思いつく限り様々な飛び方を実行した。

 

 

 普通に飛ぶ、直立不動で飛ぶ、浮遊しているように飛ぶ、切り裂くかのごとく飛ぶ、横向きで飛ぶ、後ろ向きで飛ぶ、様々な曲線を描いて飛ぶ、急停止と急加速を繰り返す、逆さまでユックリと。その全てが難なく成功し、大雑把な動作から細かい動作まですべてクリアーできたのを見て、笙狼老人は満足そうに頷いていた。

 

 

 

「よもやここまでとは思っていなかった・・・飛ぶことの出来る“偽器” より断然高性能じゃあないか・・・飛ぶ・飛ばすことに特化した能力とはな」

「・・・俺もここまで特化してるたぁ知らなかったけどな」

「手に入れてそこまで経っとらんし、仕方なかろうて」

 

 

 

 自分の力が解るのは仁にとってもプラスになることで、彼もそれを理解しているのか何処と無く面倒くささが表情から抜けている・・・とは言っても、実は検証の合間合間に面倒臭くなったと、何度も寝っ転がってはいたが。

 

 

 宙に浮きながら、仁はちょっと試したくなり、空中で足を動かした。しかし、足の動かし方を変え、歩くように動かした。

 しかし、仁が一瞬《地面を歩いているさま》を想像した瞬間、動きがその格好のままで止まった。

 

 

 

(何だ? 今一瞬何かが引っかかったような・・・?)

 

 

 

 訝しみながら、今度は本当に歩くべく、地面の上にいるかのようなイメージで歩き出す。

 すると―――――まるで、“本当にそこに地面があるかのように” 歩くことが出来たのだ。地面があるということをイメージしながら立ち止まると、今度も成功で本当に浮くのではなく立つことができていた。

 

 

 何やらブツブツと呟きながら考えている笙狼老人をよそに、仁は様々な格好で “地面” が作れるかを試す。結果、どの方向でもよく、動きながらでも出来ることが判明した。

 

 

 

(・・・自分専用の“空中土台”を作れる・・・って所か。蹴り技を安定させる時ぐらいにしか使わなそうだがよ)

 

 

 

 又もや偶然判明した力に仁が感心していると、下から笙狼老人の呼ぶ声がし、その方向に顔を向ける。

 

 

 

「おーい! 次やる事が決まったぞ! 一旦降りて来い!」

「・・・めんどーせぇ、今日はここまでにしようぜ」

「何言うとるかぁ!? まだ夕時近くじゃろうがい!!」

「・・・めんどーせぇなぁ・・・」

 

 

 

 休みながらやっているのに面倒臭いと言いう仁。

 彼の表情は気力が削がれたようになっており、もう本当にやりたくないのだろう。

 独器を手に入れてから、かと滝も離れられぬゆえに過去を不意に思い返し、結果悪夢へ繋がり―――益々寝付きの悪さと眠りの浅さが加速しているため、最近ではクマも深くなっている。

 

 

 その顔を下に向けたまま、本当に降りずにここに居ようかと、下からの大声を聞きながら仁は思うのだった。

 

 

 

 

「早う降りて来いというとるじゃろうが!」

「・・・やだっての」

「これでも食らえい!―――って返ってきぶごっ!?」

「・・・めんどーせぇ」

 

 

 

 放り投げられた石を飛ばして投げ返しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 足枷の力を解明するため、仁と笙狼老人はだだっ広い野原で2回目の検証を行っていた。・・・前回から、蹴りの修練も含めてざっと二週間ほど間が空いたのだが・・・。

 

 

 

「今回は何すんだ?」

「おや、意外と積極的じゃの」

「積極的にやれば、メンドーせぇ事もすぐ終わらせられるからよ・・・あ~、でもやんのがめんどーせくなってきた」

「不純な理由じゃのぉ・・・そして早々に決心が揺らいでおるがな・・・」

 

 

 

 まぁ、常時寝不足の辛さは本人にしか分からないし、ここでやいのやいの責め立ていても仕方がないので、笙狼老人はさっさと今回の検証内容を口にする。

 

 

 

「今回やってもらうのは、『持ち上げられるものの質量の限界はどれぐらいか』、『飛行の最高速度はどれぐらいか』、基本はこの2点じゃな」

「・・・あいよ、さっさとやっちまうわ」

 

 

 

 言うが早いか仁は飛び上がると、それなりの速度で離れていき、やがて豆粒ぐらいにしか見えなくなる。静止したのを確認した笙狼老人は、特殊な炸裂弾を上空めがけて放り投げた。

 

 それはすぐに破裂して、大きな音を響かせ派手な色の煙を撒き散らす。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 ―――――と、同時に爆音に近い音が轟き、何かが空気を切り裂いて、瞬く間も・・・それすら無くカッ飛んでいった。しかも後から“超” がつくほど物凄い衝撃波のおまけ付き。

 

 

 

「ぬぶおおおおおっ!?」

 

 

 

 嵐でも通ったかと錯覚するような暴風で、木の葉が大量に舞い、老人は転がりに転がる。そこらにあったものも、残らず吹っ飛んでいった。

 

 

 

「・・・大丈夫か、爺さん」

「大丈夫ではないわ! ・・・まあ、今回ばかりはお主の所為ではないわな」

「・・・・まさか、最高速度があれほどたぁ・・・」

「文明の利器すら目でないわ・・・周りは見えとるのか?」

 

「ああ、不思議なことに“ハッキリ”とな。障害物にも普通に対応できそうだ」

 

「飛ぶ事に関しては追従を許さんからのぉ」

 

 

 

 次は持ち上げられる物の、大きさや重さの限界を試す事を始めた。だが、ここへ持ってくる際に、鉄球だの角材などは既に楽々と浮かせてしまっているので、他の物で試すこととなる。

 

 

 

「試すとは言うても・・・ちょうどいいものなぞ、そうそう転がっている訳で無し・・・あ! そうじゃ!!」

「・・・あん?」

「あの抜けかけの木を引っこ抜いてみろ。出来るやもしれん」

「・・・なる程」

 

 

 

 先ほどの衝撃波をモロに受けた木々、その中の何本かは地形の影響は樹齢の影響か根の張りが浅かったらしく、笙狼老人の言うとおり若干抜けて根が見えている。

 

 それを持ち上げられるかどうか、試すことに決めたようだ。

 

 

 早速仁は《飛ぶ》力を木々へ―――傍目からは、ただポケットに手をいれ、突っ立っているようにしか見えないが―――送り込み、鉄球や角材と同じように、土を掴む根など無いかのように軽々持ち上げて浮かせてしまった。

 

 ・・・そこで、仁は少し奇妙なことに気がつく。

 

 

 

(何だありゃ? 根っこが中途半端な位置でちぎれてやがる・・・)

 

 

 

 幾つか同時に持ち上げた木のうち、もっとも深く根を張っていたらしい木の根が、本当に中途半端な位置でちぎれていたのだ。

 

 様子からするに最近だろうが、太さもそれなりにあるので食いちぎられたとは考えにくい。

 

 

「む? 何処へ行く仁」

「・・・ちょっと確認だ」

 

 

 

 どうも歩いて行くのが面倒臭かったらしく、立ったまま地面ギリギリの位置を、超低空飛行で滑る様に移動しながら、今さっき抜けた木があった場所へ行く。

 

 

 そこにあったのは・・・こちらも中途半端な位置でちぎれた、それなりに太い根っこだった。

 

 

 

(・・・見えていた部分だけ飛ばしたから、見えてない部分は浮きもせず根を張ったままだったのか・・・まてよ?)

 

 

 

 根を張ったまま地面から離れず、しかし飛ばした部分はいとも簡単に浮き上がった。その事柄から、不意に1つの可能性が仁の頭の中に生まれる。

 

 とある漫画でそれに似たものを見たため、簡単とはいかずともすぐにイメージがいた。元々予想外な部分の多い “独器” なのだから、もしかしたら出来るかもしれない・・・仁は決意し、別の木へ力を向ける。

 

 

 

「どうしたんじゃ仁、イキナリ。木のぬけた穴なんかに入りおって・・・」

「・・・あれ見てろ」

「あれ? ・・・む」

 

 

 

 笙狼老人は仁に指さされたほうを向くが、そこにある気は動きもしない。だが、何か感づいているらしく、見たまま視線を外さない。

 

 やがて視線の先にあった木は・・・・・・・驚くなかれ。《根を張っていた周りの地面ごと》くり抜かれて、空中へと浮き上がったのだ。

 

 

 

「おお!? こ、これは・・・!」

「・・・茶碗のイメージで力をかけて、地面くり抜いて飛ばした」

「見りゃわかるわい。して、どうやって、その可能性に至った?」

「・・・あれ、見てみろ」

 

 

 

 言われた通りその場へ行き、中途半端な位置でちぎれた根っこを見た笙狼老人は、先の仁の言葉も合わせてなるほど、といった感じで頷いた。

 

 

 

「そういう事か。イメージしていない部分は飛ばせないか。見えているのは持ち上げた根の部分だけだったしの」

「・・・逆に言えば、地面に埋まっていることが分かるなら、大まかでもいいらしい」

「独器の力で強化もされるし、周りの地面から切り離すのも可能となるか。じゃが、根っこ“そのもの”は複雑じゃから・・・」

「・・・ああ、無理だ無理。それにイメージもしねぇ」

「理由は?」

「・・・めんどーせぇ」

「じゃろうな」

 

 

 

 思った通りの答えに、笙狼老人は思わず苦笑いする。仁は変わらない表情で、頭をボリボリと掻いている。2週間前に続いて思わぬ収穫だが、今回は力の応用がわかった以外にも別の収穫があった。

 

 

 

「これは絶好の機会じゃな・・・仁! どれだけの距離くりぬいて飛ばせるかやってみてくれんか!」

「・・・あいよ。んじゃ、さっさと済ませる」

 

 

 

 またも飛び上がって少し進み、手頃な位置に静止すると茶碗のイメージで大地へ力をかける。

 途端、ズゴゴゴゴゴ・・・という効果音が似合うような、重々しい感じで土を撒き散らし大地が浮かぶ――――――

 

 

 

 

 

 

「あっさりいったの」

「・・・あっさりいったな」

 

 

 

―――――なんて事はなく、空のコップを持ち上げるよりも容易く、擬音語で表すならば “スッ” といった感じで、地面がくり抜かれ持ち上がった。

 ・・・されど、次の瞬間。

 あっさり持ち上がったことに驚いていたため、気が付けなかった事実に、老人はようよう気づくと同時に心底驚愕する。

 

 

 

「・・・ってちょっと待たんか!? この大地どう見ても集落ほどの大きさはあるぞ!? どんだけ持ち上げとるんじゃ!?」

「・・・テキトーにやったんだが」

「これでテキトーとな!? しかも、持ち上げた様子からするに、まだまだ余裕が有り余っとるじゃと・・・!?」

 

 

 

 そう。

 《百数人は暮らせそうな》長大な大地が、呆れるほど普通に持ち上がっていたのだ。

 誰だって驚愕するだろう。余りにあっさり持ち上がったので、気づくのに少々遅れたらしい。

 

 独器の力、そのポテンシャルの程が、益々分からなくなってくる。

 

 

 

 黙って考え込んでしまった笙狼老人に、仁は流石に考えなしに行動しすぎたかと、ちゃんと地面に降りて老人へ歩み寄った。

 

 

 

「・・・まぁ、これ程とは思わなかったけどよ・・・あんま悩むなよ、めんどーせぇなら忘れるに限る」

「・・・・・」

 

 

 

 その言葉にも反応せず、しばらくブツブツ何かを呟いていた老人だったが、やがてゆっくり顔をあげて仁の方へ向けた。

 

 

 余りに真剣な表情のため、仁は少したじろぐ。

 

 

 

「よいか? おぬしに言うておく事がある。聞き流すでないぞ」

「・・・お、おう」

 

 

 

 気合をなんとか入れようとして、眠気の気だるさと面倒臭さに負けそうになっている仁へ、笙狼老人は表情を変えず言い放った。

 

 

 

「独器の検証は一旦中止、これからお主は再び基礎力強化に入ってほしい。そして、もう一つ・・・」

「・・・もう一つ?」

「お主には、“術式” を覚えてもらう」

「・・・術式って・・・基本の奴なら俺も―――」

「基本ではない。知っての通り、術式何ぞ戦闘行為そのものには役に立たんが・・・『特別な術式』を覚えてもらうぞ」

 

 

 

 その言葉に少しだまり、仁が次に出した言葉は・・・・・・・・

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 これだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで・・・ぐおっ!?」

「ダメじゃダメじゃ! 抑えきれておらん! もう一回じゃ!」

「もうメンドーセぇよ! やめさせーや、俺を!!」

「何言うとるか!?」

 

 

 

 数日後。

 

 

 森に中にある小屋のそばで、パチンという弾けるような音と、何かが穿たれ倒れるような音が、相次いで聞こえる。

 

 そこにいたのは言わずもがな・・・『特別な術式』の練習をしている、仁と笙狼老人だ。

 

 

 

 ここで “術式” について補足しておくと・・・・術式とは、いわば “戦闘行為には役に立たない魔法” のようなもの。

 色をつけたり小さく軽いものを浮かばせたり、予備の燃料替わりにしたり・・・と、便利ではあるが、直接的に戦闘には役立たないものばかりなのだ。

 

 

 仁も、国にいた時に少しは覚えたのだが、今教わっているのは“術式” の基本は変わらないものの、戦闘行為そのものを生業とする者でも、ストイックでなければまず用がない『特別な術式』を学んでいるのだ。

 

 

 何故そんな事をあんたが知っているのかと、仁は勿論笙狼老人にその時問う。そして帰ってきた答えは・・・結構、至極単純なものだった。

 

 

 

『云うておらんかったな。ワシはかなり前になるが、〔独器〕が実在するかどうかを調べる、研究者のチームに入っていたことがあったんじゃよ。御伽噺とされる国も少なくないが、偽器では考えられない現象に独器を自明のものとして認識している数少ない国、そして[独の傷跡]に偽器の存在そのもの、過去の文献・・・もしかしたら御伽噺ではないのかもしれないと、そう思い立って研究しておった事があったんじゃ。知識はその時えたものじゃな』

 

 

 それを聞いて、仁は納得した。

 独器を求めて研究していたものならば、実ぶにが目の前にあるなら検証したいと思ってもしょうがない・・・否、当然の行動だったかもしれない。

 他の人でも、恐怖がなければいろいろ試したくなるだろう。

 

 

 説明が終わり、いよいよ本格的に『特別な術式』を学ぶことになり、一番初めに老人が口にした術式に内容は・・・『封印』というものだった。

 

 何でも、独器使いは常人はおろか達人でも、鬼才であろうと決して到達は不可能な領域まで、身体能力的に踏み込めるらしい。

 ・・・のだが、問題は集落すら持ち上げる独器の力だけではなく、その“身体能力自体”にもあった。

 

 

 よく漫画で3割の力だの、半分のパワーだの、50%だのといった、所謂手加減や遊びだという意味の言葉があるが、実際現実でそんな風に制限したら、戦う事など不可能である。

 手にした紙細工のコップをできるだけ潰さないようにして、人をよろめかせる威力のあるパンチを放つ―――何て事ができたのならば、それも可能だろうが。

 

 独器使いにも勿論当てはまり、イライラしていてうっかり握りつぶしたとか、使い手になってからもなる前の力加減で行動していて物を壊した、などといった事が劣化版である“偽器”でも、強さのクラスに関係なく起こり得てしまう。

 ・・・なのにこれが独器使いならば、どれだけの物になるか想像もつかないだろう。

 

 

 それを防ぐ為にも笙狼老人は、『封印』の術式を会得させようとしているのだ。

 これは対象者の力だけでなく“独器の力”をも押さえ込めるモノらしく、肉体的には変化がないので鍛えた分はちゃんと成果が現れるらしい。

 言ってしまえば、本来の伸びしろを越えて鍛える事が出来る為、ストイックな者が使う事も普通に在り得るのだ。

 欠点と言えば、力量を見誤ると《本来なら勝てていた相手》に負けてしまう可能性もある事か。

 

 ―――ちなみに本来の使い方は勿論、敵や罪人を無力化しての搬送に使う事なのだが。

 それを修行に転化してしまうのだから、人の発想力とは恐ろしい物である

 

 

「ぬ、ぐぐぐぐ・・・!」

「集中! 集中じゃ!」

 

 面倒くさい事にならない為にも、そうと決まれば早速――――と、練習を始めて早数日。

 結果は御覧の通り、全く成長が見られない。

 

 成果といえば、先程仁が焦れったくなってイライラを募らせたまま、虚空に向かって思いっきり蹴り出したとき、衝撃波が木を穿ったことぐらいか。

 

 ・・・力を抑える術式を学んでいるのに、新たな攻撃方法がわかってもしょうがない。

 

 

「ほれ! もっとがんばれい!!」

「・・・あぁクソ!! めんどーせェ!!」

「しっかりせんかい!!」

 

 

 

 嫌に熱のこもったやり取りが地上と空中の間で交わされ、その度に木が倒れたり地面が凹み、また言い合いになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 愚痴も言わずに寝っ転がっている仁。様子からするに、またもや失敗らしい。

 ところで・・・始めてから丸三週間半になる『封印』の術式の修行は、術式をかけたままそれを保持することを意識して動き回るという、これまた簡単なものだった。

 

 

 ぶっちゃけてしまうと、術式自体を身体にかけるのはさほど難しくない。問題はこのあと・・・その術式を体になじませる事、と術式の出力強化が重要になってくるのだ。

 

 

 こればかりは慣れるしかないと、基礎力強化(という名の憂さ晴らし)と並行しながら、術式の修行も行っている。笙狼老人が言うに、これさえクリアできれば後のものは意外と簡単らしい。寧ろ、『封印』以上に難しい術式はないという。

 

 

 ・・・が、難しいという安直な難易度は、しかし伊達ではなく、失敗しながらもやっと進展を見せたのが、実は今日の先ほどだったりもする。

 難易度が高いのにたった三週間半で進展したのかと思う人もいるかもしれないが、老人いわく『お前は結構遅い方、しかもそんな奴見たことない』らしい。

 

 端的に言って〝才能がない”と告げられているも同然で、これには流石の仁も、多少なり心に傷がついた。

 何だかんだ言って男なのだから。

 

 

 

「・・・めんどーせぇ・・・けど、確かに力は弱まってたな・・・完成すりゃ、役に立つわな・・・」

 

 

 進展した際に受けた感覚を覚えるかのように手を握ったり開いたしして、立ち上がることなく寝っ転がったまま、大きくあくびをする。・・・真剣なのか面倒臭いのか、分かりづらい男である。

 

 

 再び立ち上がると『封印』の術式を使用して、その状態で特訓を開始する。

 

 

 

「・・・集中、集中・・・あ~、めんどーせぇ・・・」

 

 

 

 

 自分で言って自分で否定するという、可笑しな一言を口にしてから、やっとこさ彼は動き始める。

 ・・・先ほどの“殆どは失敗”が結果的に功を奏したのか、保持時間をゆっくりとだが伸びていくのを、仁は感じていた。

 

 

 

(・・・あと少し、もう少しか)

 

 

 

 一度コツをつかめばもう楽勝だとばかりに、保持時間を短時間の内に大幅に伸ばしていく。笙狼老人曰く「完璧に覚えればそれこそずっとかけたままでもいられる」この術式は、面倒ことを避けるために覚えておいて損のない、得の来るものだと改めて仁は認識した。

 

 

 

 

 

 そして修行開始から三ヶ月と少し・・・ようやく術式は完成し、独器の修行も行えるようになったという。

 

 




 独器が一番チートなのは、“独器使い以外では殺せない” 部分だと自分は思っています。技の規模や威力など、色んな作品を見て回れば、独器使いが霞む人達は大勢いますしね。

 問題児しかり、Dragon Ballしかり。
 他所まで手を伸ばせば、某怒りの日やらしかり。
 素のままじゃあ到底、死ななくても勝てません。
 ……恐ろしや……。


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