季節は巡り、仁が笙狼老人との同居を始めてから1年半以上の時が経った。
老人はあまり変わらないものの、仁はより筋肉が付き背が高くなっており、実年齢である13歳よりも上の年に見えてしまうほどだ。
「・・・本当に行くってぇのか? めんどーせえなぁ・・・」
「またそれかい」
「・・・どーでもいいだろ・・・ほれよ」
「うむ承知。・・・ってこれはお主の分の荷物じゃろうが!?」
まあ、根本は変わっていないようだが。
それどころか、殆どの荷物を笙狼老人に押し付けようとしているあたり、寧ろ悪化しているようにも見える。
さて、今しがた仁の言った『本当に行くのか?』と言うセリフで、彼らがどこかに出かけようとしているのはわかるだろう。
・・・しかし背の鞄には、殆どの荷物を詰めている。
明らかに旅行などという雰囲気ではない。
ではどこに行くのかというと――――
「・・・爺さんの故郷へなら一人で行きゃあいいのに・・・」
「まだ目的も決まっとらん奴が世界へ出たところで、野垂れ死ぬだけじゃろうが」
「・・・そういうアンタも大往生のために故郷へ行くんだろうが」
「違うわ!? 何故に死ぬのが前提になっておるんだ!!」
今彼らの口から出たとおり、笙狼老人の故郷へ行くのだという。
元々、独器研究者ということで変わり者として見られていた為、嫌になって故郷を飛び出したらしいのだが、三十年以上も離れていれば流石に恋しくなってくるらしい。
出て行ったのは自分の所為なのだから、余計に帰ってみたいのだろう。
「何をボサッとしておるか、お主が荷物もワシも飛ばして移動するんじゃよ」
「・・・爺さんだけ頭のみ飛ばすか」
「殺す気か!? 首がちぎれるわ!」
「・・・冗談だっての、・・・めんどーせぇ」
もはやお決まりとなった、ブラックすぎるジョークの後。
直後、何の予兆も無く荷物も笙狼老人も飛び上がり、次いで仁も空中に浮く。
そこからそれなりの速度で飛翔していき、本当にあっという間に老人の故郷である村近くへとやってきた。
「いやー本当に独器はすごいのぉ。普通なら路銀も時間も掛かる移動を、たった数時間で終えてしまうとは」
「・・・ついでに離れた場所のモノも取れーぞ」
「地味じゃのぉ、その使い方。・・・おっと、ここで良いぞ」
「あ? まだ村までぁ距離があるんだが」
「大丈夫、ここで良いのじゃ」
そう言われた仁は渋々地面に降りる。心配するなと言いながら、老人はある一転を目指して歩き始める。しばらく歩くと、何やら古ぼけた小屋が見えてきた。
「うむ、流石『維持』の術式じゃな。古ぼけていながらもちゃんと暮らせる程ではあるわい」
「・・・アレかよ」
『維持』の術式とは、物質の保存期限を緩やかに伸ばす・・・つまり時間経過で腐ったり壊れないようにするために使うものなのだが、“何もしていない状態”の品質が保存されるだけなので、激しく振り回す武器に掛けた所で、戦闘となればすぐに効果は切れてしまう。
結果、しばらく利用しない家の保存や、食料の保存ぐらいにしか殆ど意味はないのだ。
現に、老人が家を開けた途端に家を包んでいた微弱な光は消え去ってしまう。
「内装も完璧じゃな」
満足そうに頷く老人を見た仁は、さっきから気になっていたことを聞くことにした。
「・・・爺さん、なんで爺さんは村を出たんだ・・・・つーか、なんでこーな場所に家があるんだ?」
老人は少し沈んだ表情となり、しかし話しておくべきだと思ったか、顔を上げて真剣な表情で語りだした。
「わしが、独器研究のチームに入っておったことはもう話したな?」
「・・・あぁよ」
「実はな、わしが独器の研究を始めて一週間ぐらいか―――――
村の者から、『頭大丈夫か?』と沈んだような声で話しかけられたのだ。しかも、『いい医者がいるよ』だの、『高位の偽器があるからって御伽噺だろうに』だのと、揃いも揃って馬鹿にしてきおったのだ」
「・・・は?」
「しかもそれがしつこいしつこい。わしの隣に住んでおった幼馴染などは、心配そうな顔を装ってまで話しかけてくる始末・・・それに耐えられず、わしはこの村を出ていったのじゃ」
「・・・」
「・・・こういうことじゃ」
「・・・なぁ爺さん―――――❘若《わけ》ー頃、自意識過剰って言われたことあるか?」
「ああ、そういえばあったのお」
「・・・・」
別段シリアスでもなんでもなかった。
本当に心配して声をかけてきた人達を、彼は研究に熱中するあまり馬鹿にしていると(妄想として)受け取り、村を出て言ってしまったのだ。
おそらくは『独の傷跡』を見たばかりの『ジアルーザス時代』の仁と同じ心境で研究に入ってしまったのだろう。
仁の場合は拒絶だったのに対し、老人は良心からの心配という、対応の違いはあったが。
その思い出は自意識過剰が身を潜めた今でも、馬鹿にされたものだとして残っているらしい。
仁は何をやっているんだと呆れたが、同時にやはり自分の国は異常だったのだと再認識する。
・・・あのあと国がどうなったか、その事については仁は調べてもおらず、さりとて罪悪と恐怖から調べる気が起きず、結果から逃げ続けている為彼らの醜い末路は知らない。
しかしそんな多少深刻な事とは裏腹に―――まだ色々と考えていた仁は、その内いろいろ面倒臭くなったので、今まで頭に浮かべていた事柄も消して、考えるのをすぐやめた。
「それじゃあ、わしは家に入って休む。お主は体力を消耗していなくとも、わしは消耗しておるからな」
「・・・村見てきていいか?」
「好きにせい」
「・・・あぁよ」
何とも微妙なカミングアウトを受け、仁は面倒臭いさとダルさがより一層ました気がした。
初対面でいきなり、ある意味ショッキングな光景を見せる訳にも行かないと感じたか、仁は『超』低空飛行で歩くふりをしながら、のんびりと村へ向かった。
村は意外と広く、村というよりは高い建物がない街に近いと、そう仁は思った。屋台もあり、人もけっこう居て、それなりに賑わっている。
仁は超低空飛行をやめて、村の門らしき場所から中へと入っていく。
「おや? ギルド・・・じゃねぇな、事件なんざないし。じゃ、旅人かい?」
歩いてから数分と経たないうちに、気の良さそうな恰幅のよい中年男性が、肉屋のカウンターから話しかけてきた。
「・・・そんなとこだ」
「まだ十代後半から二十代前半ぐらいか? 若いってのに旅とは好きモンだな」
イヤミで言ったわけではないらしく、感心したといった感じでグワハハハ! と大笑いする男性。道行く人達も気分良く挨拶してくる様子からするに、この村は来る者は拒まずといった感じの村のようだ。
・・・ちなみに、仁は年齢を間違えられたことについては(実年齢は13歳程)黙っておいた。
この村に来たばかりのなので本当の事は仁にも分からないが、少なくとも見た限りでは、笙狼老人の言ったことはやはり被害妄想でしかなかった、そうとしか思えない。
(・・・爺さんの事言っとくか? ・・・んにゃ、やめとくか。めんどーせぇ事んなりそーだ・・・)
早々に笙狼老人の帰郷報告を取り止めた仁は、別の人をつかまえて、老人に関係はある他の事を聞くことにした。
村の人がどう思っているか、本人の前では言わないだろうが、ただの若い旅人の様な仁なら、少しばかり本音が聞けるかも知れない。
なるべく歳を取っている人物に当たりをつけるべく探し、一人の老人に話を聞くべく仁は近寄っていった。
「・・・ちょっといいか?」
「はい、何でしょうかい」
「・・・笙狼って人を知ってるか?」
「! 笙狼・・・ショウさんの事か・・・!」
老人は驚愕の表情を浮かべ、今度は仁へ自分から詰め寄っていった。
「お若いの、その名前をどこで?」
「・・・一時は世話になったからな、その人に関係ある場所に来たんだが・・・」
老人の言葉に取り敢えず適当にことを取り繕って説明すると、老人は溜息を吐いてつぶやき始めた。
「ショウさんは昔っから頑固な部分と自意識過剰な部分があってなぁ・・・三十代ぐらいの頃、[独器]なんて御伽噺の産物を本気で調べようとした際も、わしらの言葉に耳を傾けず出て行ってしもたからなぁ・・・」
「・・・」
「だがな、お若いの。わしらも別に独器を全否定しとるわけじゃあない。[独の傷跡]然り、偽器然り、あってもおかしくないとは思っておったんじゃ。・・・じゃが、いざ言われるとやはり馬鹿らしくもなってきてしまうものでな、もう少し地を固めて年を得てから研究すればよいと進言したんじゃよ・・・結果は、先程言ったように出て行ってしまったがな」
「・・・・なる程」
苦笑いだが悲愴の漂う表情で語る老人は、仁から見て嘘偽りなど無いように思えた。
それから幾人と聞くものの、帰ってきた答えはほとんど同じ・・・『笙狼老人を心配している』という事だった。
(・・・・なんで出て行ったんだか・・・愛されてんじゃねぇかよ、オイ)
《自分は愛されなかったのに》。
と少し妬ましく、しかしとても羨ましく思いながら、仁は一旦笙狼老人の待つ小屋へと帰ることにした。
飛ぶ速度は何時もより少し速かったという。
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本当にそうだと言えるか、かなり微妙な帰郷から数日。
『封印』の術式をかけたままで、体術と独器の能力の鍛錬を積んでいた仁は、小屋に戻って茶を飲み一息つく。
そして、窓際で新聞を読んでいる笙狼老人へ、言い出そうと思っていたことを口にした。
「・・・めんどーせから、ごまかさず言うぜ」
「なんじゃ?」
「・・・帰ってきたってアピールしたらどうよ」
この言葉を笙狼老人はどう取ったのか、新聞を読む手が止まって顔も若干伏せられている。やっぱりダメか・・・そう考え、仁は続きを口にする。
「まぁ、別に良いか。行くぞ仁」
「・・・・(オイ)」
前に笙狼老人が、1年半前の大地持ち上げのごとくアッサリと肯定を口にした。微妙にやるせない表情をする仁へ、笙狼老人はにやりと笑った顔を見せる。
「ワシが飛び出したのは三十年前じゃぞ? もう頭もとっくの昔に冷えとる。わしのやっていた事が間違いだとは思わんし、他人は何を考えておるか分からんから少しは疑いもするが」
「・・・なら俺も疑うか?」
「お主は小僧じゃろうが。プラスで面倒くさがりのな」
「・・・・そりゃそーだ」
確かにそうだと、仁は脱力した。
何十年も前の『ある意味』自業自得に、復讐のごとく執着しているはずなど、無いのが当たり前なのだから。
「あれから三十年も経っておるが、言い換えればまだ三十年。生きとる知人もおるじゃろう」
「・・・」
真面目に悩むなんてめんどーせー事せず、唐突且つ率直に聞いてよかったと仁はこの時思ったという。
歩くのが面倒臭いと相変わらずの低空飛行で進む仁に笙狼老人が安易に楽をするなと怒る一幕を得て、仁にとっては数日ぶり、笙狼老人にとっては実に三十年と数ヶ月ぶりの村へ歩を進める。
――――が、
「雨、降ってきたの・・・」
「・・・降ってきたな」
タイミング悪く雨が降ってきた。しかもかなりの土砂降りである。これでは村に行くことなど出来ないだろうし、行った所で人も殆ど居ない。雨の強さからいって、店も閉めてしまうだろう。
「仁、雨雲を退ける事は出来るか?」
「無理」
「即答か!? しかたない・・・」
「雨も無理だ。流動体とか不定形ぁほとんど飛ばせねぇ。雨が俺の体を避ける様には出来るが・・・」
「それをはよ言わんか!!」
「・・・言われなかったから、言わなかったんだってーの」
いらない所で飛ぶ力の思わぬ弱点が判明したが、状況は好転するどころか寧ろどんどん悪化していき、バケツをひっくり返したか、或いは滝そのものが真上にあるかのような、ひどい大雨になってしまった。
「・・・アレだ、こりゃ見送りだな」
「仁、地面をくり抜いて傘にすることは出来んか? 独器の力も示せるし一石二鳥だ」
「・・・目立つどころの騒ぎですむか? それ」
結局この日・・・どころかまる三日間も降り続いた雨のせいで、村への本当の帰還は先送りになるのだった。
・
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■
・
・
「はぁ、やっと帰れる日が来たのぉ。地面もビショビショじゃわい」
「・・・全くだ、靴が濡れちまう」
「地面に足つけずに歩いとる奴の言うセリフか」
他愛ない会話を交わしながら、仁と笙狼老人は村の入口まで歩いていく。だが、あと数メートルといったところで、不意に老人が立ち止まった。
「・・・おい爺さん、どうした」
「いや、なんだかの~・・・ちょっと・・いや、なんだかなぁ」
「・・・めんどーせぇな、はっきり言ってくれ」
別段イラついている様子もないが、長引かせる理由もなかったので、仁は言い渋る笙狼老人へ、強引に言葉の先を促す。
「若い頃は何事も顧みなかったモノじゃが・・・もう老年となれば先にも言ったように頭も冷えるし、知り合いもおるから、いざとなると足がすくんでのぉ」
「・・・めんどーせぇなぁ・・・」
ようするに、今更ながらに自分の行動が恥ずかしくなり、周りの人たちから本気で愛想を尽かされたのではないかと言う思いから、足が止まったらしい。
そんな笙狼老人を、仁は[
門番のいない村の入り口を通り過ぎ、人を探そうと顔を動かした・・・・・その時。
「ん? ・・・何じゃ、地響きか」
「・・・」
ズゴゴゴゴ・・・という不気味な音が響き、は少し大人し目な地響きが起こる。それは2分程で収まったがそれから数分と経たずに、音のみの地響きが聞こえてくる。何じゃ? と笙狼老人が振り向き・・・その地響きの現況が目に入った。
山を高速で下ってくる、その自然現象――――
「あれはまさか!?」
「・・・土石流かよ・・・!?」
土石流を。それは、岩石や大木を含み、大河の激流の如く押し寄せてくる陸地の大波。三日三晩降り続いた雨の所為で地盤が緩み、先程の地震で一気に崩壊したのだろう。
「な!? なんでいきなり!?」
「逃げろ!! 早く逃げろーっ!!」
「気付いていない奴はどうするんだ!?」
「早く! 荷物は置いていけーっ!!」
パニックに陥りながらも、必死に避難を促す村入り口付近に居た村人達だが、非難しようにも唐突だったからかまだ気付いていない者も多く、加えて土石流の規模も速度も尋常ではない。
笙狼老人も慌てて何とかしようとするも、所詮単なる老人の身。自然災害に対抗できるすべなど有る筈もない。
・・・そう、単なる老人の身には何とか出来る筈もない・・・だが、『人を超えた者』ならば・・・?
その考えに至った老人は仁の方を向く。仁も黙って見ていた訳ではないらしく、何時もの表情とは違う真剣な顔で、土石流が通過するであろう大地の前を睨んでいる。
「仁、わしが合図する。お主は力のみに全てを注げい」
「・・・まだ大雑把にしか出来ないからな、たのむ」
予定地まで後十メートル、八メートル、五メートル、そして・・・一メートルに差し掛かった瞬間、
「今じゃあっ!!」
「・・・っおらあっ!」
笙狼老人の合図と同時に、より力を込める為か足を思いっきり振り上げる仁。
それと連動するかのように、幅は土石流の二倍以上はありそうな湾曲した岩壁が、地面からせり出して来たのだ。
更にそれらは低く滑空し、土石流と真っ向からぶつかり合う。
その壁にに土石流はせきとめられ、勢いが収まっても岸壁にはひびすら入っていない。[飛]の力による強化が、自然災害の威力にも勝ると言う結果だ。
しかし、それで終わりではない。
「・・・後かたずけだ。もういっちょ行くか」
仁が瞳を鋭くした直後、岩壁と繋がった形で余りにも大きな椀が現れ、仁も飛びあがるとはるか先にあった湖へ土石流を運び、元の位置へ岩壁を戻した。
「いやはや・・・改めて見ても物凄い力じゃのう」
「・・・『封印』の術式は解除してやった。念のためにな」
何がともあれ災害から村を救う事が出来た。土石流のまれる事を逃れた村人達が、次々と村入り口周辺に集まってくる。
信じられないといった具合に、目を丸くしている様子からするに、一部始終を皆見ていたようだ。
「い、今のは・・・?」
「何だよアレ、次元がちげぇ・・・」
「・・・偽器でも、ありえないわ」
呆然としていた村人達だったが、いち早く我に返った男性が仁に声を掛けてくる。その男性は、仁が村に入ってはじめて話した、肉屋を営む中年男性だった。
「今のは・・・兄ちゃんがやったのか?」
「・・・・・・・・・あぁよ」
何時も以上に間を置いて、仁は呟くように返した。
自国を飛び出す要因となった、宗教騒動。アレから年月が経ったと言えど、受けたショックが軽かったと言えども、まだ闇は心にこびり付いている。
顔にも態度にも出さなかったが、笙狼老人の時も、力を目にして驚くだけだった老人を見て、実は仁はホッとしていたのだ。記憶そのものよりも、独器を否定されると言うその状況、仁にとってはその恐ろしさが、まだ残っているのだから。
面倒臭さが表に出た所為か、それを読み取る事は出来なかったが。
仁の返しにしばらく沈黙が走る。次に彼等の出てきたのは―――――
「すげぇ・・・すげぇじゃねぇか兄ちゃん!!」
「まさか、アレって独器なの!?」
「ああ、御伽噺だと思ってたけれど、アレを見ちゃ否定できネぇな」
「村が救われたんだ! 凄い力だ!!」
「良くやってくれた! 旅人さん!!」
「・・・うおっ・・・」
地響きの如く地を揺らさんばかりの、仁を歓迎する歓声だった。ブリキの人形の如く笙狼老人の方を向くと、明らかに此方への呆れも込めて苦笑いしている。
「ほら、言うたじゃろ? 偽器を否定する国なんぞ、一年前に滅びた小さな国ぐらいだと。 デカい力は偽器で見慣れておるし、それ以上デカかろうと自分達に害が無ければ受け入れてくれるものだ。それに村を救ってくれたんじゃぞ? 歓迎せん者がおるかいな」
「・・・まあ、な」
自分の力を試し、夢を見つけるまで鍛える。そればかりに集中し、加えて常時寝不足による面倒臭さも合わさってか、ただ我武者羅に進んできた仁。
そして、一番最初は否定されてしまったからからこそ、自分の力を好意的に受け取ってくれたのは、大なり小なり嬉しかった。表情には殆ど出ていないが、てれ隠しからか頬を掻いている。
村人の口から口へとこの出来事は伝えられ、僅か数分で歓声が更に大きなものとなる。その光景を見て、仁は嬉しさと共に別の思いも頭に浮かべるのだった。
(・・・爺さんの帰郷、この調子だと軽くあしらわれちまいそうな・・・)
それは、結構当たっているかもしれない危惧であった。
そして、仁が村を救った日の夜。
ちょうど祭りと重なったらしく、村は大賑わいであった。特に仁は、大災害から村を救った恩人として、それなりに上等な歓迎を受けている。
何か騙されているんじゃないかと、少しばかり失礼な事を考えながら、それでも素直に差し出された料理を口にした。
「いや! 凄かったな兄ちゃん! あんた、この村の大恩人だぜ!!」
「・・・いてっ、いてっ」
本当は別に痛くはないのだが―――というか叩いているおっちゃんの方が痛い筈だが、酔っている為気付いていない―――鞄などを物にぶつけたりしても反射的に痛いと言ってしまう事と同じように、条件反射で呟いているだけだろう。
さて一方、この村に本当に帰郷し、自分の帰還と存在を旧友達に伝えた笙狼老人はと言うと・・・・・
「ほーら言ったじゃろ!? 独器は存在したじゃろ!」
「いや、感服したよ! アレほどの力があるとはのお!」
「あんなすごい力を排他的にしていた嘗ての国はどんな頭だったのやら・・・」
「私達の村の恩人ですわい」
ちゃっかり、と言うかあっさり元の環に戻っていた。
元々、笙狼も旧友達も絶交していたり、仲違いを起こしていた訳ではないし、お互いに年を置けば頭も冷えるのだから、寧ろこうなるのも不自然ではないだろう。
勿論、この宴の前には涙を流す一幕もあったのだが、酒を飲み顔を真っ赤にしている彼等を見ると、如何もそれが幻覚の様に見えてきてしまうだろう。
「ったく・・・めんどーせぇ奴等・・・」
仁は酒が飲めない為、(別に独器と偽器以外では死なないのだから、飲んでも酷く酔うか、合わずに吐くだけなのだが)この村特産の竹の香りと緑茶の風味を持つ[竹舞茶]を飲んでいる。
・・・仁の実年齢を聞いて、肉屋のおっちゃんが色んな意味でひっくり返ったのは、少しばかり余談となる。
目の前に置かれた大好物であるホットドッグを彼は頬張りながら、完全に打ち融け合った笙狼と旧友達を見て、ホットドッグを竹舞茶で呑み込んでから溜息と呟き一発、呆れた様子で口にした。
「そう言うな兄ちゃん。互いに会いたいと思っていた友人に出会えたんだぜ? しかも彼等からすれば出て行った友人が生きていた事に、笙狼さんからすれば友人達は全員生きていた事に、喜びを隠せなくても仕方ないだろうに・・・な?」
「・・・まぁ、そうだな」
再びホットドッグを齧り、仁は老人達から目を離さぬまま、幾つか間をおいてゆっくりと頷いた。
騒がしく、派手派手しく、楽しい宴もあっという間に終わり、二次会と称して別の場所に向かう者達や、もう遅いからと言えに帰る者達、そして仁と笙狼ろうじんの三組みに分かれ、それぞれの目的地へ向かっていく。
ベロンベロンに酔った笙狼老人を浮かせて(途中で吐いていたが気にしない)運び、家のベッドに寝かせるとすぐさま寝息を立て始める。
笙狼老人が眠ってから数分後。
何時もの修行場所へ仁は赴き鍛錬を行い、そして彼は今日あった事、今までの事、全てを頭に思い浮かべて、ある二つの事柄を自分の中に生み出し、内一つの事柄を『非常時以外は破らない』と固く決意した。
その『非常時以外は破らない』と決めた事とは――――――ズバリ『飛ばす物の選択を、利が無い時生物には行わない』事である。
食料として運んだり、本当に止むを得ない場合は兎も角、飛ばす物の選択をホイホイと行ってはまずい事を、仁はそれとなく察していた。
(この力は封印を解けば・・・飛ばす物の重さにも数にも、限界点が今の所分かっていない。封印している今でさえ、人の体内なら何とかなっちまうだろうしな・・・)
仁の力の真骨頂は『飛ぶ・飛ばす』事。中々にシンプルではあるのだが、シンプルだからこその残虐な応用法が数々あるのだ。
外側を選択して押しつぶす、内臓器を外側へぶち抜く、何か所に分けて選択してバラバラにする・・・他に幾つも上げられてしまう。
しかもそれらの技は、仁が相手を見るか聞くか、つまり認識してしまえばそれだけで発動可能なのである。
勿論聞くだけでは正確な位置が判別不能で致命傷になりえるかも分からないし、修行中の今こそそれなりの集中力が必要となるが、このまま鍛えていけばどうなるのか・・・そんな事、仁にだって分かる筈も無い。
面倒臭いことから逃れたり、解決したりする為にも彼は鍛錬を止める事はしないが、だからといっておいそれと使いまくるのも非道すぎ、また凶悪すぎる。
だからこそ『非常時以外は使わない』事に決めたのだ。
そして、第二の決意。
(・・・爺さんが起きて、酔いがさめていたら・・・話すとするか)
それは、笙狼老人に向き合って伝えるべき事。即ち老人にも関係のある事の様だ。
しばらく修行を続けてから、仁は殆ど寝れはしないが一応と言う事でねぐらに入り、座ったまま目をつぶるのだった。
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宴の日の翌々日。
「・・・・めんどーせぇな、まだ酔いが取れねぇか?」
「すまんのお、あいたたぁ・・・」
「・・・起きんな、寝てろ」
何かの薬らしきものの入った瓶を、簡素なベッドの横の棚に置いた仁は、二日酔いに苦しむ笙狼老人へ目を向けて呆れた顔をしていた。まあ、呆れといっても建前の様な物で、内心では彼が舞い上がる気持ちであり、騒いでも仕方なかったのをよく知っている。
「ところで・・・この薬は何じゃ? 昨日持ってきたもんとは違う様じゃが」
「・・・昨日よりも強力な、酔いを醒ます薬だ。あんたの知り合いに聞いて、体調に合わせたもんを持って来たんだよ。昨日のは急ごしらえだったからな」
「おお、すまんな」
飲んでも良いかとジェスチャーで老人に聞かれ、仁は良いぞと同じくジェスチャーで返す。薬を飲み干した笙狼老人は薬の味の為か苦い顔をし、しかし数分も立つと効き目の良い薬だからか顔色が良くなっていった。
「ほお、これは凄いのお。痛い事に変わりはないが、それでも十分楽だ」
「・・・身体に合ったもんだからな、効き目も良いだろうに」
気分爽快とまでは行かずともだいぶ良くなった笙狼老人に、仁は数瞬間だけ口角を上げるとすぐ戻し、瓶を台所へ持っていく。
そして彼のベッドの前にあるいて行き、彼にも話すべきである『第二の決意』を言うべく、まずは前置きとして、こんな事を口にした。
「・・・爺さん。独器の文献の古代語、勉強させてくれねぇか?」
「別に良いが、いきなりじゃな。何かあったのか?」
「・・・知らないのもめんどーせぇと思ってな」
「なるほどな。わかった、酔いが治ったらすぐに取り入れるとしよう」
「・・・・おう」
そこでいったん会話を切り、それから再び口を開く。
「・・・爺さんよ。前、俺あんたに言ったよな・・・目的がねぇって」
「言うたの」
「・・・一昨日出来た、目的がな」
「ほほう? 決めたのはよいが・・・して、その目的は一体何なのじゃ?」
「・・・俺は、よ――――――
旅に出る事にしたよ。世界を見にな」
仁の発言は少し予想外だったのか、笙狼老人は目を見開いて少し乗り出したような格好になった。それはすぐに収め、代わりに質問をする。
「旅に出る、それにも目的が必要じゃが・・・あるのかの?」
老人のその質問に仁は目を伏せ、いつもよりも面倒くささが薄れた顔を向けて、静かに話しだした。
「・・・この前の災害で、俺は大いに感謝された。翌日から力を振るって人助けしても、怯える事は無く寧ろ大喜びしてくれた。・・・俺の居た国とは、何もかもまるで違う」
「・・・」
「・・勿論それは、災害から命を救ったからかもしれない。けれど、その温かみは、俺の知らない物で・・・俺がかつて、欲しくてたまらなかった《評価》と《賛辞》だ」
「ふむ・・・」
「・・・俺の知っている常識と、この生活を始めた常識は違った。俺の国とこの村の建物も暮らしも違った。力を見せた際の規模は段違いで、反応も段違いだった・・・なら他はどうだろうかと思った・・・他の国を見てみたいと思ったんだ」
「それで?」
「勿論怖がられるかもしれない。それでも・・・見てみたい。他の世界を、独器やかつて憧れた偽器を。そして・・・昔の俺の様な奴を、救う為にも」
「・・・」
旅先全部で、そうそう悲劇が転がっている訳でもないし、笙狼老人が言った通り排他的だったのは自分の国だけで、他の国の反応は似たり寄ったりかもしれない。
けれど、狭い世界しか知らなかった仁にとって、この村での思い出はかなり衝撃的だったのだ。
それに彼はまだ十三歳。
他の場所はどうだろう?
他に独器はあるのだろうか? 高純度の偽器とは?
同じ目にあっている人が居たりするのだろうか? ・・・そういった疑心や、好奇心を持っていても何ら不思議ではない。
「なるほどの・・・それで、古代語を勉強したいと言いだしたのか」
「・・・あぁよ」
「一朝一夕で出来る物ではないぞ?」
「・・・今までと同じだ、めんどーせぇながらやり遂げて行く」
「そうかい、そうかい。そうじゃ、なんなら時々でいいから物資も届けてくれい。如何も頑固癖が抜けなくて、若い衆には食ってかかってしまう事もあってのぉ」
「・・・考えとくわ」
何じゃそら、と言いたげな表情で仁はうなだれ、すぐに顔を上げて手を軽く掲げた。
「それじゃ・・・今日も鍛錬に行ってくるわ」
「おう、気ぃつけてな」
扉に向かってのんべんだらりと歩き出した仁は、不意に扉を開いて止まり、笙狼老人の方を向く。そして・・・小さく呟いた。
「爺さん」
「なんじゃ?」
「拾ってくれて、鍛えてくれてありがとな」
それだけを表情も変えず言うと、彼は出て言ってしまう。だが、付き合いの長い笙狼老人は見過ごさなかった・・・・彼の眼の中にあった『ある気持ち』。
「何じゃい仁。何時も何時も文句言ったり、めんどーせぇと抜かしおって―――本当は、感謝しておったんじゃな、お主」
表しきれない『感謝』の気持ちを。
そして、それから半年経ち・・・・・・仁は言った通り、老人の村を出たのだった。
次回、とある少女と出会いの物語です。