一人で悩んでいても仕方がないので、同期アイドルの水谷絵理、秋月涼に相談することにする。事務所の会議室に二人を呼び出し、自分の疑問をぶつけた。
※舞さんは出てきません。
愛「って呼んでましたよね」
涼「ん、何の話?」
愛「前にママが事務所に来た時に、武田プロデューサーのことを『武田クン』って呼んでたんです」
涼「事務所に…って。ああ、舞さんがクレーン車に乗ってやってきて、事務所の壁に大穴開けたときのこと?」
絵理「凄い…説明口調、有難う?」
愛「その節は母がご迷惑を…」
涼「ああっ、そういう意味じゃなくて!」
絵理「でも、それなら覚えてるかも」
涼「え?」
絵理「なんかその舞さんの呼び方が印象的だったから。うん、覚えてる」
涼「そうだっけ?」
愛「そうなんですっ」
涼「そう言われれば、武田さん…舞さんの仕業だって聞いたら何となく嬉しそうだったけど」
絵理「でも、それが?」
愛「考えてみてください、どういう相手を『クン』付けで呼ぶかというと…」
絵理「…年下?」
愛「そうです! 武田プロデューサー20代疑惑ですっ!!」
涼「!?」
愛「仮にママのひとつ下の28歳だとします」
絵理「高卒でこの世界に入ってきたとして…約10年」
涼「10年でテレビ局に私室を持てるようになるのか…」
絵理「でも高卒ってことはないだろうから、もっと短い?」
愛「ですね」
涼「うーん…武田さんのことは僕もあんまり知らないからなぁ」
愛「ママは何か知ったふうでしたけど」
絵理「舞さんは現役時代から知ってたのかな?」
愛「…さぁ、そこまでは」
涼「でも舞さんが現役ってことは、10数年前だよ」
愛「…うぅ…頭がこんがらがってきました」
絵理「あ、前提が間違えてるとしたら?」
涼「前提っていうと、舞さんと武田さんが知り合いってこと?」
絵理「ううん、そうじゃなくて」
愛「あっ、ママより年が下ってことが間違えてるかもってことですね」
絵理「うん」
涼「あ、そっちのこと」
愛「でも…ママが年上の人に『クン』付けするかなー? ママってばいい加減だけど、そういうところは五月蝿いから」
絵理「うん、それはわたしも同感。つまり年齢は武田さんの方が年下だけど」
涼「業界での年数は舞さんのが上ってこと?」
愛「だから武田プロデューサーを『武田クン』と呼ぶ…んですね」
涼「それなら、なんとなく」
絵理「納得?」
愛「ですねっ」
絵理「あ、でも舞さんのデビューって確か…」
愛「あたしと同じで13歳です」
涼「引退は16歳だよね」
愛「はいっ」
涼「あれ?」
絵理「…となると『業界での年数は舞さんの方が上』っていう説は無理がある?」
涼「うーん…でも20代であの服装は…」
武田「派手すぎるかい?」
絵理「ひぅ!?」
涼「た、武田さんっ!?」
武田「そう、僕だ」
愛「おはよーございますっ!」
武田「ああ、おはよう」
絵理「びびびびび、びっくり、した」
涼「武田さん、どうしてここに? あ、もしかして愛ちゃんが呼んでたの?」
愛「へ? あたし、そんなことしてませんよ?」
絵理「だって普通に挨拶してるから」
愛「多少びっくりしましたけど、ドッキリ系はいつもママに鍛えられてますから!」
武田「常に不測の事態に備え、冷静に対処する。いい心構えだ」
愛「えへへー、褒められちゃいましたっ」
絵理「…ついていけないかも」
涼「そもそもついていく必要があるのか…じゃなかった。それよりも武田さん、何か御用ですか?」
武田「ん?」
涼「いえ、あの…。ここは876プロの会議室なんですけど…」
武田「ああ、石川社長に用事があったんだが…興味深い話題が聞こえてね」
涼「…すみませんでした」
武田「なにを謝るんだい?」
絵理「興味本意で、その…ごめんなさい」
武田「ああ、そういうことか。気にすることはない、確かに日高舞と僕は…」
愛「ママとは?」
武田「…そうか、君は何も聞いていないのか」
愛「はい、なんにも」
武田「しかし…本人が話していないものを、僕が話していいものか」
愛「じゃあ別のことを聞いても良いですか?」
武田「僕が答えられることでなら」
愛「武田さんっておいくつなんですか?」
涼「あ、愛ちゃん…失礼だよ…」
武田「なるほど…質問を返すようで悪いが、何歳だと思う?」
愛「そーですね…29歳ぐらい?」
武田「ならば、それくらいなんだろう」
愛「教えて頂けないんですか?」
武田「君が見たまま、感じたまま出した答えに比べれば、実際の僕の年齢がどうだとかは些細に感じるがね」
愛「はぐらかしてません?」
武田「ほう」
絵理「愛ちゃん…やけに突っかかる?」
涼「そうだね…」
武田「…さて、どうしたものか」
愛「…」
涼「…」
絵理「…」
武田「とある昔話をしようか」
今から十数年前の、とある新人プロデューサーの話だ。
彼は夢を見ていた。彼は夢をもって小さな芸能プロダクションへと就職した。
そして彼には生まれつき欠陥があった。自身の感情を表現する機能が無かった。
嬉しいと感じても、それを表現する能力が無かった。
ゆえに常に無表情で、他者から感情のない変人扱いされることが多かった。
だから、そんな彼だからこそ、他者が笑顔になることへ執着した。
他者を笑顔にしたい、それも自身のプロデュースする歌手によって。
それが彼の夢だった。
性差の区別なく、誰もが愛し、誰からも愛される歌。
しかし現実は彼の夢とは真逆であった。
歌の良し悪しに関係なく、宣伝ばかりに力を入れた歌がヒットし、事務所の力関係によって売り出されていく歌手達。
自己の研磨ではなく、他者を出し抜き、より抜きんでようとする努力をしたものが、より多くの脚光を浴びる世界。
その状況に我慢がならず、正そうと行動した。しかし彼は逆に孤立してしまう。
誰からも共感や協力を得られず、排除され、これまで以上に孤独で孤立した毎日が続いた。
自身の夢が大きかった分、失望するのも早かった。
半年もすると彼の心は腐り、抗うことに疲れ、夢を忘れ、他者と同じく権力に屈し、怠惰へと流されていった。
彼は優れた才能を持っていたが、それを眠らせたまま日々を無作為に過ごしている内に、一人のアイドルを担当することになる。
そのアイドルは新人同然であったが、ダンス、歌、ビジュアル、度胸、偶像性、全てにおいて完璧であり、全てにおいて誰よりも優れていた。
しかしアイドルとしての能力に反比例するかのごとく、彼女の社会性はゼロに等しかった。
敬語を使わないことや誰に対しても不遜な態度をとるのは勿論、時間は守らない、約束は破るためにあるもので、自分が気に入ったことのみを優先する。
納得できなければ仕事をドタキャンするなんて日常茶飯事。世間は自分を中心に回るものだ、と彼女は豪語していた。
しかし、それだけ好き勝手やっていても、テレビやラジオ、雑誌、ライブ等々、出演のオファーは途切れることは無かった。
そうなると大変なのは彼女を担当する人間、ということになる。
早朝から深夜にかけて数分置きに刻まれたスケジュールを調整し、彼女の破天荒な行動の後始末を行いつつ 、気が休まる間もなく次の仕事へ向う毎日に耐えられる人間はそう多くない。
実際、過去に彼女を担当したプロデューサーやマネージャーは皆、潰れるか逃げ出すかしていた。
ただプロダクションの経営陣にとっては利益が出ているなら何でもいいという話であり、それならばと使い捨てても構わない人間を担当として押しつけるのが現場サイドの通例となっていた。
いつしか彼女の所属する事務所には彼女を担当したがる人間はいなくなり、彼女の活動はプロデューサーを外注するという形で継続されることとなった。
そのうちに彼の所属する小さな芸能事務所にも声が掛かり、彼にその担当が回ってきた。
彼はアイドルをプロデュースするつもりは無かったが業務命令とあれば従った。
世の中にこんな滅茶苦茶な人間が存在していたのか、というものが初めて彼が彼女に会ったときの感想だった。
自身の持っている常識というものが崩れていく音を彼は確かに聞いた。
それは腐っていた彼の心にほんの少しだけ光が差し込んだ瞬間でもあった。
そして彼女にとっても彼との出会いは驚愕に値するものだった。
自分が笑顔に出来ない人間が存在するなんて、と彼女は独り言のように呟いた後、絶対に笑顔にしてみせると悔しさを隠さずに彼に言った。
すぐに潰れるだろう、という周囲の予想に反し、彼は彼女のプロデュースをそつなくこなしていった。
彼女の殺人的スケジュールを消化するマネージャー的な役割だけでは飽き足らず、新曲なども積極的にプロデュースしていった。
そして彼女もまた、彼を笑顔にしようと躍起になり、完璧である能力を更に成長させていくこととなる。
天才プロデューサーとアイドル神、いつしか周囲は彼と彼女をそう呼び始めた。
しかし物事の終わりというものは、じつにあっさりとやってくる。
彼女が突然、引退を表明したのだ。
理由はなんだ、と彼が問う。
もともと決めていたのよ、と彼女が答えた。
何故言わなかった、と彼が問う。
聞かれなかったから、と彼女が答えた。
約束はどうする、と彼が問う。
またいつか戻ってくるから、と彼女が答えた。
それ以上、彼は追及することなく彼女が業界から去っていくのをただ見送った。
そして彼は今でも待っているらしい…彼女が約束を叶えてくれるのを。
自分との約束を叶えに戻ってくることを。
武田「という話があったとさ」
愛「ママが想像以上にメチャクチャだった…」
涼「表情が変わらないのにはそんな理由が…」
絵理「これが本当のパーフェクト、メモリー…?」
おしまい。