吾輩の名はレナンユーグ。魔王である。
王の子として生まれてこの方、純粋な力にも権力にも魔力にも知識にも不自由しなかったため、母上と父上から魔界を譲り受けてから吾輩が暇つぶしに選んだのは人間で遊ぶ事だった。
これがなかなか飽きないもので、あの手この手で吾輩を倒そうとしてくる人間は見ていて楽しかった。吾輩としてもそれに対抗する配下を制作する楽しみが生まれるので、生物観察と手製の駒での陣取り遊戯が一度に出来る我ながら素晴らしい趣味であったと考えている。
今回の人間達の策は、勇者と呼ばれるやたらと強い人間の襲撃だった。これは過去にも数回あったな。しかし此度の勇者はなかなかのものだった。勇者と呼ばれる存在でも吾輩の元までたどりつけた者は少ないのだから、健闘したと言えよう。
が、実際に戦ってみると期待外れ極まりなく憐れなほどに勇者は弱かった。
これは配下をもっと強くしなければと考えさせられたな。人間の力量も強化した配下に対抗できるよう成長を促して、強さの底上げをしなければ。……一方的な遊戯など、つまらぬだけだ。検討しておこう。
そろそろ襲撃の頻度を下げ、適度に人間が繁殖したところで再び進軍を始めようと考えていたから丁度良い。次までの課題だ。
しかし今回は予想外の展開に見舞われ、それにより私に"次"が訪れる事は無かった。
なんと魔界で隠居していたはずの母上が人間界の魔王城へやってきたのだ。しかも勇者の母親だと言う女を連れてきて、それを友達だとのたまい、その息子を殺すのは許さぬなどと言う。
当然吾輩は反発した。しかしそんな実の息子である吾輩に対して、母上の対応は魔界の広大な塩酸の海のごとしだった。
「親離れして立派な魔人になれ」
それが母上の下した、吾輩への処分である。その内容とは、この世界から吾輩の魂を追放するというものだった。
たしかに人間で遊ぶのに夢中で魔界の統治を怠っていた吾輩にも非はあろう。だが、あまりにも酷ではないだろうか。
何より衝撃だったのは、世界追放という処分よりも母上が吾輩よりも愚かで脆弱な人間の友を選んだことだ。母上は今までもたしかに恐ろしいお方であり吾輩も頭があがらなかったが、最終的には息子である吾輩を愛してくれて、どんな事があっても吾輩の味方だと信じていたのに。酷い裏切りだ。
…………まあ、追放されてしまったのなら仕方がない。大人しく母上の指示に従おうではないか。
しかしその追放の方法だけはとにかく最悪だった。
自身を神と名乗っている、いけ好かない吾輩の人間ゲームの仮想敵の男。そいつが母上と手を組んで、吾輩を殺して異世界に転生させたのだ。
奴は他の世界から別の世界へ無理やり異物を割り込ませる術に富んでいるからな。吾輩を倒そうとしてきた勇者も奴が自分の駒代わりに送り込んだのだが、まさか吾輩自身が奴の術にかかるはめになろうとは。
まったくもって屈辱だ。刑を終えて元の世界に舞い戻ったら、真っ先に嬲り殺してくれようぞ。
さて、そんなこんなで異世界に生まれ変わった吾輩。
母上は吾輩を裏切ったが、嘘をつかないところは昔から変わっていないようだった。
『虫から転生を繰り返して、立派な魔人になるまでこの世界へ戻ることは許さぬ』
母上はたしかそう言った。うむ、まったく間違っていない。
ですが母上。虫は虫でもミドリムシからではあんまりではないですか?
そして正確にはミドリムシは虫ではなく藻類です。
ミドリムシに生まれ変わった吾輩は、小さい命ではあるが懸命に生きた。細胞を伸び縮みさせたり、くねってみたりしてなんとか生きているという実感だけで自我を保ち、一生懸命生きていた。だがすぐ死んだ。ミジンコに捕食される屈辱など初めてだ。
ミドリムシの次はゾウリムシだった。単細胞生物から抜け出せない。
次はダンゴ虫だった。やっと自由意思で移動できる姿になった吾輩は歓喜した。しかし人間の子供にもてあそばれて殺された。
次はアメンボだった。子供に水に洗剤を入れられて溺れ死んだ。
次はオケラだった。子供に掴まって餌も無い場所に一晩放置されて死んだ。
知ってるか、オケラは運動量と代謝量が高いのだ。水分が無ければ一晩で死ねる。
次はミミズだった。子供に魚の餌にされて殺された。
転生し続ける事で地味に生物として明確な形を手に入れていったが、一生懸命生きている吾輩をあざ笑うかのように人間の子供は吾輩を殺すのだ。げに恐ろしきは勇者などより子供である。
奴らは無邪気に吾輩を翻弄する。いきものはみんな一生懸命生きているというのに、子供とは残酷だ。魔王時代だったら魔王軍に勧誘していたくらいの残忍さだ。……いや、しよう。元の世界に戻ったら子供はみんな吾輩の配下に加えよう。よし、吾輩決めた。
さて次だ。
芋虫になった。未だ虫から抜け出せない。空を飛ぶのを楽しみにしていたのに成虫になる前に鳥に捕食された。
次は蝉だった。7年も土の中でじっとしていて鬱になった。そして交尾する前にまたもや子供に捕獲され、死ぬまで籠の中で虚しく子供を満足させるためだけに鳴いていた。
次はメダカだった。魚類か、新鮮だなと思っていたら大型の魚に捕食された。
次はマグロだった。前世の腹いせとばかりに小さい小魚を喰いまくり「ふはははははは! 見たか! 真の捕食者とは吾輩の事よ!」と調子にのっていたら漁師に掴まって殺された。きっと喰いまくって肥えていた吾輩の体は美味かっただろうよ……。
次は蛇だった。久しぶりの陸上だったが、トンビに攫われて殺された。啄まれるというのはなかなか鬱になるな……。おい美味かったか、吾輩の肉は。何故毒のある蛇でなかったんだ吾輩。毒があれば、死んだ後もあの忌々しい鳥をのたうち回らせてやれたものを。
次はワニだった。「やっと生物としての格が上がってきたか、これなら人間だって食えるぞ」と思っていたら人間の狩人に囲まれて殺された。きっとよいワニ革のバッグが出来たに違いない。ふふっ、吾輩は身綺麗にしていたからな……。
…………はあ……。
次は鶏だった。雄鶏だったので卵を産むまでも無く絞殺された。きっといい肉が(略
次はウサギだった。メスだったから年中発情したオスに追いかけられて初めて自分から死にたくなった。吾輩と追ってきていたオスを射止めた狩人よ、褒めて遣わす。吾輩の貞操は守られた。ええい、うさぎなどに吾輩の処女をくれてやるものか!!
次はライオンだった。やっと食物連鎖の上位者らしくなったではないかと喜んでいたら、他のオスにメスを全部もっていかれて死ぬまでぼっちというやつだった。寿命まで生きたが一番の苦痛だった。かつての配下でさえ恋しい。
モテない苦しさ、辛い。
そして現在、吾輩IN人間!!!!
手足が自由に使えて二足歩行出来るって素晴らしい。下等生物だと思っていたが、人間とはずいぶんと進化した生物だったのだな。
そして人間に転生した吾輩は現在魔王城に攻め入っている。
何を言っているかと聞かれれば、そのままの意味だ。この世界の魔王城へ吾輩は現在単身攻め入っている。
転生を繰り返している間、吾輩は母上の言う立派な魔人とはどういうものかと考え続けていた。力が強いだけでは認められぬと言うことは理解出来たが、ならばその定義は何処にある?
そして幾度となく転生を繰り返した吾輩はひとつの結論にたどり着いたのだ。
人間とは無駄に進化した生物だ。だが、魔人は更にその上を行く存在である。
人間はすぐに繁殖し、世界各地に様々な文明を築いていた。効率化され画一的な魔界とはずいぶんと違い、生活、食事、衣服、住居、宗教など違いを上げればきりがない。しかし今ならばわかるが、それはけして無駄なことではない。生物が一歩一歩進化し成長していった軌跡なのだ。
かつての吾輩は潰すと新しいのが出来て面白いな、と定期的にぷちぷち文明ごと人間を潰していたが、その文明を築き上げるために人間達がかけてきた労力を考えると、もったいないことをしたと思う。保存しとけばよかった。
そのような進化の証たる人間達の歴史とその文明だが、魔界にはそれ……進化が無い。常に不変だ。
進化しきった高潔な存在と言えば聞こえはいいが、生物として上位である魔人がここで進化を止めても良いのだろうか? 吾輩は魔王として考えた。そして出た答えは
母上の言う立派な魔人とは、生物としての格を更に上げた存在。
そういうことだと仮定した。
なれば元の世界に帰れぬ現在、それを実証するためにはこの世界の魔族たちを利用する他あるまい。魔族が居たことは誠に幸いであった。
吾輩はこの世界で、魔人は更に生物として上に行ける事を立証する。
となれば、今の魔族の頭であるこちらの世界の魔王を潰して、吾輩がその頂点に立つ必要がある。色々都合がいいからな。
幸い人間に転生した時点で魔王時代の力が半分程度戻っていたため、雑魚を蹴散らすのは容易かった。
そしてこちらの魔王のもとにたどり着いたわけだが……。
「私を是非とも配下にお迎えください、我が君!」
「貴様、仮にも魔王であろう。それでいいのか? 恥ずかしくはないか、無様だとは思わないのか、誇りは無いのか。答えよ」
「はい! あなた様にお仕えできることこそ、我が最大の幸福であり栄誉となりましょう! 恥ずかしい奴だと嘲ってください、無様だと罵ってください! それでもいい! どうか私をあなた様のお傍に置いてはくださいませんか……! それこそが、今この瞬間から私が抱く誇りにございますれば!」
「うーむ、まあそこまで言うのなら……。……よし、許そう。せいぜい吾輩に尽くすがよい」
「ありがたき幸せ!」
現在吾輩の目の前で地面に額をこすりつけて懇願しているのは、この世界の魔王だ。ちょっと撫でてやっただけで瀕死になりおって、鍛え方が足りんわ。回復してやったら懐かれたが、まあ良い。前の魔王としてこの世界の魔族の中では格が上であるし、愛玩動物くらいにはしてやってもいいか。吾輩としてもライオン時代の非モテというトラウマがあるから、ちょっとだけ気分がいい。ちょっとだけだが。
だが足に縋りつくのはよせ。気持ち悪い。
ああ、そういえば今の吾輩は人間のメスである。ゆえに華奢な乙女の足に縋りつく大の男と言う構図は実に見苦しいな。後で仕置きをしてやろう。愛玩動物には躾が必要だからな。
そして別世界で新たに魔王として君臨した吾輩は、人間と争っていた魔族を全て呼び寄せて改革を行った。この世界の魔族はそもそもが文化水準が低かったから、やりがいだけはあったな。うんざりすることも多かったが。
有象無象が魔王という大きな力で寄せ集められただけの現状を整備し、国を作った。そして文化圏を広げ、圧倒的な魔力資源の活用方法によって世界の国土の半分を魔王領とすることに成功する。
と言っても、征服した後も人間でも使える者は使うことにしていた。長い転生経験の中で、吾輩なりに人間を尊敬する部分はあったし。
優秀な者にはそのまま国を統治させている。脳みそまで筋肉な魔人に政治を教える者が必要だったため、それに関しても人間は適任だった。もちろん吾輩も勉強した。ただ力を振るうだけでは前世となんら変わり映えしないからな。
研究機関を作り、学校を作り、文化の発展を促した。何度か人間側から攻め入られたが、捕えて丁重に魔王領で接待してやったらすごすごと帰っていきおったわ。そのあと和平交渉だの配下にしてくれだのと書状が山のように届いたので、恐らく魔王領の発展にひれ伏したのだろう。
……なんというか、凄まじく気分が良いな。それは多分、今まで虫けらとしか思っていなかった人間を吾輩が認めたからであろう。認めた相手からの反応とは、なかなかに嬉しいものだ。きっと前の吾輩だったら、なんの感慨も浮かばなかったに違いない。
う~む、しかしそうなると実質世界征服というものは完了したことになるのか……。ほとんど武力を行使していないと言うのに、前世より容易だったな。
さて、すっかり道筋を整えてしまったので最近少々暇だ。魔法で寿命の短い人間の体の時間を止めてから、もうかれこれ二百年ほどか。時が過ぎるのは瞬く間である。
そこで吾輩はまた一つ経験を積むために、せっかく女の体になったのだし子供でも産んでみようかと思い実行した。種馬には前魔王が是非と申し出てきたので、まあいいかとその申し出を受けることにした。こいつもなかなかに成長したが、吾輩にとってはいつまでも従順な可愛い愛玩動物である。
そしてうまいこと妊娠したのだが、二人分も入っているからか体が重くてかなわぬ。……妊婦の苦労も想像以上だが、まさか双子だったとは。
思った以上に辛かったので、一人担当しろと前魔王の体に一人移して孕ませた。魔法とは便利だな。
前魔王が泣いていたが、そうかそうか! そんなに嬉しいか。ふっふっふ、何しろ吾輩が更なる進歩、進化を遂げるための妊娠という新しい試みを男の身で受ける事が出来たのだからな。それはそれは嬉しいだろうよ。感謝するがよい! はーっはっは!
そして更に時が過ぎ、吾輩の子供たちが生まれた頃。思いがける来訪者が訪れた。
「ほほう、これで我も祖母となるのか。双子とはでかしたぞ、レナンユーグ!」
「は、母上!?」
「な、レナン様の母上ですと!?」
「ああ、お前が婿か。自ら一人産むとは、なかなかどうして大したやつよ。褒めて遣わす」
「は、ははあー! 光栄にございますお母上様!」
数百年音沙汰の無かった母上が、吾輩のもとに訪ねてきたのだ。娘に父乳(出産する時これも分担作業として割り振った。魔法とは便r(略))をやっていた前魔王は畏まった様子で母を迎えた。吾輩も息子を抱えなおすと、孫を母上に見せるために差し出す。
「ほお、
孫を抱き上げ愛しそうにあやす母上を見て、吾輩も昔はこうされていたのだろうかと考える。……妙な気分だ。
そして母上はキャッキャと笑う息子を抱いたまま、どことなく感慨深そうな視線をむけてきた。そして口に出されたのは、吾輩が今までずっと聞きたかったはずの言葉。
「……しかしまあ、お前も虫からよく頑張ったな。女に転生したからとはいえ、子供まで産むとは驚いたぞ。そこまでされたら、仕置きもそろそろ終いじゃ。次に死んだらもとの世界へ帰してやろう」
元の世界への帰還の許可。それは望んでいた言葉だったはずなのに……吾輩の口から出た答えは是ではなく否だった。
「いいえ、母上。吾輩は帰りません」
「うん?」
怪訝そうに眉根を寄せる母上に、吾輩は予てより考えていたことを提案した。
せっかく育て上げたこの世界を離れるには、あまりにも惜しい。ならば子供たちが育ったら、二人のうち一人に元の世界の魔王の座を継がせようと。
「なるほどのぉ……。半魔じゃて寿命は心配であるが、それはそれで限られた時間で育める物もあるか。うむ、承知した」
「ありがとうございます」
「ああ! まだこの世界に居てくださるのですね、我が君よ! 私は、私はとても嬉しい……! うぐぅ……!」
「泣くな気持ち悪い!」
「で、ですが……!」
前魔王が無きむせびながら娘ごと吾輩を抱きしめてくるので、鬱陶しいので娘を確保してから蹴とばしてやった。魔王城の壁を突き破って何処かへ飛んでいったが、まあその内戻ってくるだろう。……まあ、喜ばれたこと自体に悪い気はしなかったが。
……次に吾輩が生まれかわったら、次はいよいよ魔人か。今度はそろそろ男がいいな。もし吾輩が男になったら、今度はあいつを女に転生させて抱いてやってもいいかもしれぬ。再び
「はっはっは! 仲が良いな!」
母上が愉快そうに笑い、吾輩もなんとなく笑う。……そういえば、こんな風に母上と笑いあった事などなかったな。これも親になり、母上と同じ立場になった事で得られた一つの経験だろうか。
……こんな単純な経験を得るために、ずいぶんと長い旅をしてきたものだ。しかし、それが嫌ではないと感じる自分が確かにここに居る。
まったく、生きていくとは奇妙な事の連続だな!! 終わりが見えん! だが、なかなかに楽しいものである!
こう思えただけで、転生してきたかいはそれなりにあったのだろう。吾輩はそう思う事にした。
まあ、そんなわけで吾輩はミドリムシからやり直して、異世界にて再び魔王となった。
この先吾輩が人生か魔生か転生生のどれを生きていくのかは、まだ分からぬ。しかしこれだけは言えよう。
もうミドリムシは勘弁だ!!
こちらも過去に書いたものを直したもの。
謎の疾走感があるコメディが書きたくて………………コメディになってただろうか(自問自答