狙撃銃は女神の懐   作:荒井文法

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 「最高点、三十七。こうなるよなあ。難しすぎるよ」スーツ姿の眼鏡が言った。
 「お前何点とれた?」スーツ姿の薄毛が言った。
 「二十三」スーツ姿の眼鏡。
 「あ、日本人失格」スーツ姿の薄毛。
 「お前は?」眼鏡。
 「二十六点」薄毛。
 「日本人合格おめでとうございます」眼鏡が笑った。
 「うっせ」薄毛も笑った。
 「ボーダー二十五にして、最高点三十七で、合格者が十三人……。さすがにそろそろ方法変えないと、ホントばれちゃうよ、これ。合格者少なすぎ。いや、逆か。満点多すぎ」眼鏡が嘆いた。
 「満点、何人?」薄毛が訊いた。
 「二十二人」眼鏡が答えた。
 「変態ども大喜び」薄毛は真顔。
 「一人いくらぐらいなんだろうな」眼鏡も真顔。
 「二千万とか?」薄毛が眼鏡を一瞥。
 「もうちょっと安くね? 後進国だよ?」眼鏡が薄毛を一瞥。
 「彼ら彼女らの希望に満ちた未来をぶち壊させて頂くんだから、そんなに安くしたら可哀想だ」薄毛が立ち上がる。
 「何様ですか」眼鏡が薄毛を見上げる。
 「これからお骨を二十二人分用意しなければならない大忙しの事務官様です」薄毛が眼鏡から離れていく。
 「どこ行くの?」眼鏡の目が薄毛を追う。
 「便所」


第五章 薬莢(2)(3)

 少女が生まれて初めて見た飛行機の周りには、小銃を持った迷彩服の日本人が何人もいた。その日本人の脇を通って、少女と通訳の男が飛行機に向かって歩く。通訳の男は、少女をタラップの下まで連れてくると、別れの挨拶をした。

 「君と出会えたことは、私の人生の中で一番の誇りになるだろう。どうか、ニホンで様々な知識を得て、この国に帰ってきてほしい。君の故郷が、君を待っている。君を必要としている。神よ、この子に幸甚を齎したまえ」

 通訳の男は、神に祈りを捧げ終わると、タラップの上へ行くように少女を促した。タラップの上には、スーツ姿の日本人が立っている。その日本人と目が合った少女は、胸騒ぎがした。とても悪いことが起こりそうな予感を感じながら、少女は通訳の男に別れの挨拶をして、タラップを上り、飛行機の中に入った。

 飛行機の中には、スーツ姿の日本人の他に、六人の子供がいた。六人の子供の身なりはとても綺麗で、少女が一番見窄らしい格好をしている。少女の格好は村から逃げてきた時と同じ民族衣装である。六人の子供は全員洋服を着ており、髪も整えられている。殆どの子供が笑顔ではしゃいでいる中、一人だけ無表情で窓の外を眺めている女の子がいた。少女は、その女の子に挨拶しながら隣に座り、自己紹介する。相手はマーノーシュと名乗った。

 「綺麗な服。素敵ね」少女がマーノーシュの服を見ながら言った。

 「あんたは、売られたんじゃないんだね」マーノーシュが呟く。

 「売られた……? あなたは、何か売られたの?」

 少女が不思議そうな顔でマーノーシュを見ていると、マーノーシュは悲しそうに笑いながら「あんたの服も綺麗だよ」と言って、少女の肩を優しく叩いた。

 飛行機の中で十時間以上過ごしている間に、少女とマーノーシュは、お互いの身の上を語り合った。マーノーシュもテロが原因で故郷に戻れなくなってしまったということが分かり、二人の故郷の思い出話をした。

 「ニホンでいろんなことを学んで、いつか故郷に帰りたい。お父さんとお母さんと一緒に」

 少女が言うと、マーノーシュは「あたしは帰れない」と言って、目を伏せた。

 「どうして?」

 「父と母はあたしを売った。帰る場所が無い」

 マーノーシュの話の内容を完全に理解できない少女だったが、マーノーシュが言おうとしていることのイメージが朧げながら浮かんできた。見知らぬ男に買われていった山羊を思い出す。マーノーシュの父と母にとって、マーノーシュよりもお金のほうが大事だったということになる。マーノーシュは、普段から山羊と同じように扱われていたのだろうか。少女の悲しみが膨らみ、涙が溢れる。

 「……優しい人だね。ありがとう」マーノーシュが笑顔で言った。

 

 日本に到着すると、七人の子供たちは飛行機から降りた。飛行機の周囲には六台の車が停まっている。少女とマーノーシュを除く五人の子供たちは、一人ずつ別々の車に乗せられて、先に出発した。寄り添って立っていた少女とマーノーシュに、スーツ姿の日本人が近付いてくる。その日本人は、少女とマーノーシュの背中に手を添えて、二人に同じ車に乗るよう促す。

 「こいつは違うだろ? 何かの間違いだ」

 マーノーシュが訴える。しかし、マーノーシュの言葉は日本人に通じない。飛行機の周囲には、少女とマーノーシュとスーツ姿の日本人の三人しかいない。通訳の姿は見えない。マーノーシュは訴えるのを諦めて、少女の手を握り、少女と一緒に車に乗った。車の中でもマーノーシュは少女の手を握り続ける。

 「あたしがあんたを逃がす」

 少女にしか聞こえないくらい小さな声で、マーノーシュが言った。マーノーシュの話の内容を理解できていない少女だったが、自分が置かれている状況が悪くなっていることは感じていた。通訳の男が説明してくれたことと全く違うことが起きている。笑顔で少女を迎えてくれる日本人は誰もいない。車を運転している日本人は、終始無表情でハンドルを握り続けている。通訳の人間もいない。保護者となる日本人もいない。少女は、買われていった山羊を再び思い出した。見知らぬ男に連れられていくときに一度だけ振り返り、こちらを見て鳴いた山羊も、こんな気持ちだったのだろうか。

 少女たちの乗っている車が到着した場所は、豪邸前のロータリーだった。ロータリーには笑顔の中年男性が一人立っており、少女とマーノーシュを出迎える。車を運転してきた日本人は、少女とマーノーシュを車から降ろしたあと、中年男性と短く言葉を交わすと、すぐにロータリーから出て行った。ロータリーには、少女とマーノーシュと中年男性の三人だけが立っている。

 中年男性は自分を指差しながら「瀬川」と何度も言った。少女は、中年男性が自分の名前を伝えようとしていると気付き、セガワと発音しようとしたが、上手く発音することができない。マーノーシュは黙って、中年男性をじっと見ている。

 笑顔の瀬川が、少女とマーノーシュを家の中に招き入れる。少女とマーノーシュは、手を繋ぎながら並んで歩く。広い玄関。広い廊下。広い部屋。たくさんの部屋。家の中の全ての場所が眩しかった。対照的に、マーノーシュの表情はどんどん暗くなっていった。マーノーシュの様子を見て不安になった少女は、マーノーシュと繋いでいる手に力を込める。マーノーシュも、少女の手を強く握り返した。

 眩しい部屋の一室。大きなテーブルの上に様々な料理が並んでいる。笑顔の瀬川は、テーブルに近付いて、二つの椅子を引き、少女とマーノーシュに座るよう促す。二人が椅子に座ると、瀬川はテーブルに置かれているスプーンを指で示しながら、少女の肩に手を乗せた。少女は、料理を食べろと言われていると理解し、食事を始める。隣のマーノーシュも、暗い表情のまま食事を始めた。笑顔の瀬川は、二人が食事を食べる様子を見ながらワインを飲んでいる。

 二人の食事が終わると、笑顔の瀬川が二人を浴室に連れていく。浴室の中には、少女とマーノーシュが見慣れている物は一つもなかったが、浴槽やシャワーヘッドの形から、この部屋が浴室であると分かった。笑顔の瀬川は、水栓のレバーハンドルを引き上げて水を出す様子を二人に見せたのち、服を脱ぎ始める。

 突然、少女は手を引かれた。少女の手を引いたマーノーシュは「走れ」と短く囁き、玄関に向かって走り始める。少女もマーノーシュの後を追う。少女は、マーノーシュが走っている理由は分からないが、瀬川から逃げていることだけは分かった。

 マーノーシュと少女は、一度も振り返らずに玄関のドアへ向かう。マーノーシュが玄関ドアの前に立ってノブを掴むが、ドアは開かない。マーノーシュは鍵を開けようとするが、玄関ドアの解錠方法が瀬川の指紋と虹彩の二重認証であることをマーノーシュが知る由もない。

 マーノーシュは玄関を開けることを直ぐに諦めて、近くの部屋に入った。部屋の中のガラス窓を開けようとするが、填め込み式の窓であるため開けられない。マーノーシュは、部屋の中に飾られていた壺を持ち上げて、ガラス窓に投げつけた。鼓膜が痛くなるような不協和音。壺が粉々に砕け散る。ガラス窓は無傷。

 マーノーシュの行動を部屋の外から見ていた少女が横を向くと、無表情の瀬川がこちらに向かって歩いてくる。少女は慌ててマーノーシュの近くに行き、瀬川が来たことを伝える。マーノーシュは少女の手を引いて、部屋の窓側の壁際に移動させる。マーノーシュは、砕け散った壺の破片の中から一番大きなものを手に取り、部屋の入口側の壁際に移動する。

 瀬川が部屋に入ってくる。瀬川は、部屋の外から見えていた少女に視線を取られ、少女とは逆方向の壁際にいるマーノーシュに気付いていない。マーノーシュは、瞬時に瀬川の足元に近付いて、持っていた壺の破片を瀬川の太股に突き立てる。瀬川は呻き声を上げながら、持っていた黒い筒状の物をマーノーシュに向けて突き出す。マーノーシュは手を出して、瀬川の突き出した黒い物を払い除けるための動作をする。刹那、鳥が囀るような音とともに、マーノーシュの体が不自然に脱力し、動きが緩慢になる。

 痛みに顔を歪めている瀬川の右手にはスタンガンが握られている。瀬川は、脱力しているマーノーシュに、再びスタンガンを押し付ける。マーノーシュは床に倒れて、動かなくなった。

 「くそガキ」瀬川はマーノーシュを一瞥し、少女を見る。

 少女は恐怖で全身が硬直している。その様子を見た瀬川は、少女にスタンガンの先を見せながら、笑顔でスイッチを入れる。けたたましい放電音。スタンガンのスイッチを切り、少女をエスコートするように左手を差し伸べる瀬川。

 恐怖に支配されている少女に、瀬川の左手を握る以外の選択肢は無かった。

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