狙撃銃は女神の懐   作:荒井文法

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エピローグ

 広場で遊んでいる子供たちを見ながら、高宮イリカは待っていた。

 隣にはわん太郎が伏せの格好で寝ている。わん太郎が自ら子供たちのところへ行くことは少ないが、子供たちから離れることもない。きっと、子供たちを守ってくれているのだろう。

 今日は月本志朗が来る日。何を伝えれば良いだろうか。何も伝えない方が良いだろうか。でもきっと、月本は知りたいだろう。知りたいからここに来るのだ。

 広場を囲んでいる木々の枝に、緑色の小さな葉が隙間を空けて生えている。芽吹きの季節から新緑の季節へ移り変わる。誰にも意識されずに移り変わっていく木々の姿は、清見と喜与奈を思い出させた。

 清見も喜与奈も、気付いたときには移り変わっていた。

 蕾が葉になり、葉はいつの間にか地面に落ちていた。あとに残るのは朽ちた幹と枝だけだと思っていたが、月本が現れたことで再び芽吹き、鮮やかな緑色を取り戻そうとした。清見と喜与奈が朽ちたまま終わらずに済んだことを、それが月本のおかげであることを、月本は知らない。月本の誠実な行動の積み重ねが、清見と喜与奈の命を救ったのだ。

 

 月本とサアラがわん太郎に会いたがっている、と柳外から連絡があったのは一ヶ月前。柳外は時々ここに来ていたが、月本とサアラは一度も来ていない。私たちがずっとここで暮らし続けていることすら、二人には伝えていなかっただろうな、と高宮は考える。

 

 少子対策法で日本に入国し、虐待を受けた子供たち。そんな子供たちの受け入れ先が、すぐに用意できるはずもなく、テロが起きたあとも、高宮は、子供たちと一緒に生活を続けている。高宮と虐待を受けた子供たちの存在は、マスコミには伝えられていない。高宮も、その方が有り難かった。好奇の目に晒され、表面だけの同情を押し付けられるのは耐え難い。

 

 わん太郎の耳が動く。少し遅れて、車が砂利道を走る音が聞こえてきた。

 わん太郎は頭を上げて、広場の奥の方を見つめる。わん太郎の視線の先には砂利道があり、そこから車が出てくることを、わん太郎は知っているのだ。

 わん太郎は立ち上がると、尻尾と前足をピンと伸ばしながら海老反りして、大きく欠伸した。わん太郎の寝起きのストレッチだ。ストレッチが終わると、わん太郎は舌を出して口の周りを舐め回し、お出迎えモードでスタンバイする。

 広場で遊んでいる子供たちも、車が近付いてくる音に気付いた。以前は、敷地内に車が入ってくるだけで、家の中に逃げ込んでいた子供たちだったが、最近は車が来ると、じっと待っている。怖いものが来ることは無いことを学んだのだろう。誰が来るのか見極めている。

 

 砂利道から車が現れた。広場の中に車が入ってくる。

 初めて見る車だが、ここに決まった車で来る人間は清見だけだった。これまで複数回ここに来ている柳外は、いつも警察車両で来ていたが、今日はレンタカーのようだ。公務ではないということだろう。

 フロントガラス越しに柳外の顔が見える。助手席には誰も座っていない。後部座席に月本とサアラが座っているのだろう。

 広場に停車した車のエンジンが止まると、勢いよく後部座席のドアが一つ開いて、車の中から女の子が一人飛び出した。

 

 「わん太郎、お久しぶりです! 会いに来ましたよ!」

 

 女の子が、わん太郎に向かって叫んだ。わん太郎の尻尾が、勢いよく宙を舞っている。

 太陽を隠していた雲が晴れていく。彼女たちの再会を祝福するように、空から降り注ぐ光が地面を照らし始めた。

 女の子とわん太郎の間の距離は、およそ五十メートル。その中間地点で、彼女たちは再会するだろう。

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