もし衛宮士郎が大火災で足が動かなくなったらというifルート

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これはifの物語


衛宮士郎の足は動かない

あの時のことはこの目が覚えている。

身体が覚えている。

脳髄が、自身を司る全てがソレを覚えている。

 

「――――」

声は出なかった。余りにも非常すぎる現実に脳が理解を放棄した。

―――全てが燃えた。

地獄。ソレを表すならばその言葉が一番正しい。

今までの歩みを、今まで生きてきた証を突如現れたソレは全て燃やしていった。

俺はソレから逃げるように必死に走った。ソレが生み出した火災の中で、父親と母親の最後の言葉。

あの時のことは明確に覚えている。

目の前で死んでいったかつての肉親が、それでも最後には笑顔で言った言葉。

お前だけでも生きろ、と。その遺言を聞いたからには死ぬことは許されなかった。

 

だから、必死に、必死に必死に必死に必死に…。ただ、走り続けた。

現実から、世界から逃げ続けた。

逃げ続ける途中何度も死体を見た。かつて人だったモノを見た。それを見たからには―――

 

「―――――」

言葉は出ない。胸が痛い。空気を吸えば、それだけでこの身体の中が燃えていく。

元より脆い子供の身体。それがこの地獄で生きていける道理はない。

だから、必死に走った。地獄から逃げるため、生きるために。

それでも――――周りからは助けてくれ、と。せめて、この子だけでも、と。そんな声が聞こえたけれど

 

―――――それでも、そんな声を無視して走り続けた。

そうしなければ生きていけないと、かつての両親の言葉を守らなくてはいけないと、そう思い込んで。

 

 

 

そんな事をしたからなのか、それとも元から決まっていた運命だったのか。

 

―――逃げること。それを許されなかった。神様は人に平等に不幸を与えるらしい。

気づいたら、燃え尽きた巨木が俺に降りかかって

「あ――――――」

 

それを見た俺は意識を、どこからか生まれた喪失感とともに――――否。それを感じることすら出来ず。

 

大きな音が響く。

バキリ、バキリと。何かが折れていった。

目がグルグルと回り、世界を認識できなくなっていった。

気づいたら俺の身体は地面に倒れていて。

ボロボロに燃え尽きた自身の肺は、周りの空気を満足に得ることも出来ず。

身体は血にまみれて、動かすこと敵わず。

 

動かない。身体はまともに動かない。

ガチガチに固定されている。十字架に張り付けさせられたかのような感覚。これがお前の罪だと、俺の身体はそう言っている。

顔は、空を向いていた。だから、それを見ることしかできなかった。

空に浮かぶ黒い月。アレが何かは分からない。

余りにも遠いソレは、手を伸ばしても届くことはない。

けれどそれを、その全てを飲み込むような悪意の塊のような月を見て。

ほほに涙が伝う。まるで俺の人生は偽者で、救いようがないと。その月は言っているようで。

自分の無力を突きつけているようで。

 

 

だけどそんなものを見ても現実は変わらなくて。そうして、意識が欠けそうになり。

 

もうダメかと思った時に――――

 

「生きてる!この子はまだ、生きている!」

その男は老けていた。まるで世界全てに絶望したような顔が張り付いていた。けれど、それを上塗りするような笑顔がそこにあった。

そんな男が何かをして。そうして、俺は救われた。

でも、今でも思う。

あの時の男の顔を。あの、本来誰も救えなかった状態で、ただ一つ。それを救えたような目をした男を見て。

先ほどみた月がどうでもよくなるくらいに。

 

――――どうしようもなく、憧れた。

 

 

 

 

 

それは、とある可能性。

衛宮士郎が絶対に正義の味方にならない。否―――なれない、世界の一つ。

英霊エミヤは生まれない。錬鉄の騎士は生まれない。そんな世界。

それは、滅び行く世界の一つ。否定された歴史の一つだった。

 

 

 

 

 

 

――――あの日から10年。

「先輩?ご飯できていますよ?」

 

「―――ああ、今行く。」

後輩の桜から一言。それまでしていた作業を終えて、俺はゆっくりと前を向く。

そうして、自身の身体の一部となったタイヤを力強く握り締める。

車椅子は、あの日から俺の必需品となった。

 

――――あの日から俺の脚は動かない。あの時振り落ちた巨木が足に当たったらしく、神経がズタぼろになって感覚がなくなった。今現在、俺の目の前に足はある。あの時の傷も癒えている。外から見たら何の違和感もない。ただ、感覚がなく、少しも動かすことが出来ない。医者曰く、治る見込みもないらしい。

 

ソレを知った時、俺は世界を綺麗に見えなくなった。

―――無力。俺には何もない。この足では、正義の味方になることすら出来ない。

余りにも―――ふがいない。

何度も心が欠けそうになった。何度世界に絶望したか分からなかった。正義の味方になれない衛宮士郎など存在する意味がないというのに。それでも―――この足では、何も変えることが出来ない。

現実。それはあの時の地獄以上に俺を苦しめる。あの地獄で得た苦しみ、哀しみ。それを超える胸の痛みが、何度襲ったか分からない。

 

 

それでも俺は生きている。

こんな俺に生きる価値なんて存在しないのに、今を生きている。

 

ふと、思うことがある。

今を生きている。生を謳歌している。何もなく、平和を享受している。

それは――――それは、なんて、自分勝手で身勝手なんだろうか、と。

あの時、全てを失って。それでも俺は生きた。

数多の死を見てきた。それを振り切って、逃げ続けて。ソレをしたからには彼らに、死んでいった人達に報いなければならないと。

あの泣き叫ぶ人達。家族を、隣人を失い全てに絶望した人達。否。その中には俺も含まれているのだろう。

その人達のためにも、報いなければならないと。

そのために正義の味方にならないといけないと思ったのに。

 

 

俺の脚は動かない。これでは正義の味方を目指せない。被害者役が精々の人生。

 

こんな俺に生きる価値なんてないのに。

 

 

それでも俺は―――――生きている。

胸にモヤモヤが。黒い霧のようなものが溢れ出たような気がした。

それを振り払うように。

そんな感情を振り払うように、力強くタイヤを以って漕ぐのだ。

その一歩一歩が、どこに向かうか分からないとしても。

それでも、一つ一つを進んでいく。

 

 

そこに血塗られた未来が待ち受けていようとも――――それでも、彼は。

 

 

 

 

「召喚に従い参上した。問おう、アナタが私の、マスターか」

蒼い色の理想の少女の言葉には、力があった。けれど、何も変わらなかった。自分を変えることは出来なかった。

 

 

 

そこに、哀しみが、無力があったとしても。

 

 

 

 

「正義の味方になれない衛宮士郎に生きる価値はない。理想を抱いて――――溺死しろ」

赤い弓兵。ifの自分。正義の味方を目指し歩き続けた愚者。その男の過去をしって、自分では絶対たどり着けない極地を知って。

どうしようもなく、嫉妬して―――――憧れた。

 

 

 

 

 

 

それでも、衛宮士郎は進み続ける。

 

 

 

正義の味方という、あり得ない理想を追い求めて。




衛宮士郎が正義の味方を目指せない(確定)状態だったらどうなるのか、私、気になります!けどねーな→書いちゃえ。

…書いた後見つけちゃったんだけどね!


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