Game of Vampire 作:のみみず@白月
「おや、こんな所にいたのかい、ハリー。」
ホグワーツの廊下を歩くハリーに、アンネリーゼ・バートリは声をかけていた。私がスネイプと……違うな。スネイプ『で』暇潰しをしている間に話は終わったらしい。
今は余裕たっぷりだが、数時間前は滅茶苦茶焦ったものだ。談話室でハーマイオニーとのんびり過ごしていると、アリスの指人形がいきなり飛んできて必死に何かを訴え始めたのである。
ハッとしてハリーの気配を探れば寮に居ないし、アリスの部屋は無人な上に、人形や折れた杖が転がっていた。ゾッとする光景だったぞ、あれは。今後の悪夢はあの光景で決まりだ。
その後人形の案内に従って、全速力の飛行で駆けつけたからなんとかなったものの……人形の知らせが無かったらと思うと背筋が震える。ハーマイオニーにシリアルを投げつけている間に二人が死んだなど冗談にもならん。馬鹿馬鹿しすぎて自刃ものだ。
私の内心での大反省会も知らずに、ハリーは嬉しそうに私に向かって駆け寄ってきた。
「リーゼ! 僕、色々あったんだよ。話すことが沢山あるんだ。」
「ふぅん? それなら、寮に戻りがてら聞かせてもらおうじゃないか。」
まあ、私は既にアリスから詳細を聞いているわけだが……いいさ。今日のハリーは頑張ったことだし、話に付き合うくらいはしてやってもいいだろう。
「えーっと……そう、僕がリーゼとチェスをしてる時、蛇の声が聞こえてきて──」
ジニーを人質に取られたこと、アリスと禁じられた森へ向かったこと、リドルの『自慢話』のこと、そして話が無言呪文を使った決闘のことに差し掛かったところで、やおら進行方向の階段から人影が上がってきた。
「──それで、言われた通りに無言呪文を試してみたんだ。お陰で上手く……どうしたの?」
「ほら、嫌なヤツが上がってくるぞ。」
急に立ち止まった私へと問いかけてくるハリーに、階段の方を指差しながら答えを放つ。上がってきたのは長いブロンドの青白い顔。ルシウス・マルフォイだ。それに……おやおや、どうやら私はロンに謝らなくてはいけないな。純血狂いのドブネズミに付き従っているのは、私のよく知るしもべ妖精だった。
「マルフォイの父親と……ドビーだ。それじゃあ、ドビーはマルフォイ家のしもべ妖精だったってこと?」
「どうもそのようだね。いやぁ、初めてロンの推理が当たったらしい。後でみんなで謝ろうじゃないか。」
向こうも私たちに気付くが、私の翼を見て少し怯みながらもそのまま歩いてくる。冷たい微笑を浮かべて睨みつけていると、隣のハリーがそっと囁いてきた。
「助けられない? ドビーは僕を助けようとしてくれたんだ。僕もドビーを助けたい。」
「手紙を止められ、壁に激突して、ブラッジャーで襲われたのにかい?」
「あー……そうだけど、少なくとも僕の命を救おうとしてたんだよ。自分に罰を与えてまで。」
「んふふ、まあいいさ。私もあの男の吠え面は見てみたいしね。……そうだな、小さめの『洋服』を準備しておいてくれ。去り際にやるぞ。」
しもべ妖精が雇い主から解放される条件はただ一つ。洋服を受け取ることである。通常のしもべ妖精はこれを嫌がるものだが、ドビーに関してはそうでもなさそうだ。何たって今も自分の纏うボロ切れやら親マルフォイやらを指差して必死にアピールしているのだから。
私の言葉にハリーはコックリ頷いて、靴を履き直すフリをしながら靴下を脱ぎ始める。それを横目に、私は近付いてきたマルフォイに向かって言葉を投げかけた。
「これはこれは、ルシウス・マルフォイ。レミィから話は聞いているよ。」
「吸血鬼か、小娘。嘆かわしいことだ。いつから魔法界には貴様らのような存在が蔓延るようになったのやら。今ではホグワーツにまで住み着いている始末か。」
どうやら私の服装を見て生徒だと思っているようだ。まだまだ甘いな、ルシウス坊や。見た目に左右されていると痛い目に遭うぞ。レミリアお姉ちゃんから学ばなかったのか?
「キミのようなドブネズミがうろつくよりかはマシだろうさ。コソコソと動くのが随分とお得意のようじゃないか? まあ……レミィに手痛いしっぺ返しを食らったようだが。」
いきなり喧嘩腰の馬鹿に、こっちも皮肉で応戦してやる。親マルフォイは査問会が上手くいかなかったことにお怒りらしい。……ハグリッドを追い出すことに熱心になっていたことといい、こいつはどこまで事情を知っているのやら。非常に疑わしい人物じゃないか。
「……卑怯な手段は吸血鬼の十八番のようでね。君もそうなのかね? だとすれば息子に悪い影響がないかと心配なのだが。」
「おいおい、キミの家には鏡がないのかい? ……ああ、だからそんなに無様な髪型なのかな? マグルの技術には『植毛』ってのがあってね。調べてみるといいよ。きっとキミもマグルを見直すに違いない。」
「礼儀知らずにも程があるな、小娘。犬だってもう少し礼儀を知っているぞ。目上の人間を敬おうとは思わんのかね?」
「私が『目上』の『人間』を敬う? ジョークのセンスはあるじゃないか、ルシウス・マルフォイ。それに……キミはドブネズミに礼儀を通すのか? 『こんにちは、何処のドブからやって来たんですか?』ってな具合に? おいおい、聖マンゴに行ったほうがいいぞ。」
冷たくニヤニヤ笑う私と、無表情のマルフォイが睨み合う。しばらくそうしていたが……おっと、次はハリーに狙いを定めたか。
「それに……ハリー・ポッター。君は友人を選ぶセンスが無いようだな。所詮は半純血か。程度が知れるというものだよ。」
「貴方の息子も同じことを言いました。そして同じ返事を返します。僕は友人選びのセンスにだけは自信がある。少なくとも貴方や、貴方の息子なんかよりもずっとね。」
「……ふん、どうやら時間の無駄のようだな。私は忙しい。君たちとは違ってね。」
言うと私たちの間をマルフォイが通り過ぎて行く。ドビーがチラチラとこちらを見ながらそれに続いていったところで、背を睨みつけているハリーにこっそり囁きかけた。
「合図をしたら、奴の背中に丸めた靴下を投げつけたまえ。いいか、右寄りにだぞ。コントロールには自信があるだろう?」
「任せてくれ。いつでもいいよ。」
奴の杖腕は右だ。なんたって馬鹿げた装飾付きの長い杖を右手に持っているのだ。そして、ドビーは使用人の決まりをきちんと守っているらしい。マルフォイの右後ろでピッタリと歩調を合わせている。頃合いを見計らって……。
「今だ。」
私の合図でハリーが靴下ボールをぶん投げるのと同時に、本気の殺気をマルフォイに当ててやる。なぁに、難しくはないさ。本気で殺したいヤツなんだから。
「……ッ!」
反射的に親マルフォイが無言呪文で弾いた靴下は、私の妖力の僅かなアシストを経て……んふふ、目を大きく見開いたドビーの手元へと収まった。
「何のつもりだ? 私はガキの──」
「……靴下をくださった。」
「……何? 何を言っている? しもべ。」
「ご主人様がドビーめに靴下をくださった!」
困惑の瞳で自分のしもべを見る親マルフォイに、ドビーは輝く笑顔でボロボロの靴下を広げて突きつける。
「ご主人様がドビーめに洋服をくださった! 自由だ! ドビーは自由だ!」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねているドビーを前に、マルフォイは一瞬理解出来ないと言わんばかりの顔を浮かべた後……おや、怒ったか? 憤怒の表情でこちらに向かって杖を振り上げた。
「貴様ら! よくも私のしもべを──」
「やめろ、この方たちに手を出すな!」
残念。振り下ろすことは叶わなかったようだ。私とハリーの前に立ち塞がったドビーが、指を鳴らして親マルフォイを吹き飛ばす。おお、革命だ。レボリューションだ。使用人を気遣わないからこうなるんだよ。私とロワーを見習うんだな。
そのまま廊下に倒れ込んだマルフォイに向かって指を突きつけながら、ドビーが高らかに言い放った。
「去れ! ドビーはもう容赦しないぞ!」
親マルフォイは悔しそうに顔を歪めた後、鼻を鳴らしてから立ち上がって歩き去っていく。そりゃそうだ。幾ら何でも本気のしもべ妖精と戦いたくはあるまい。
ドビーはそれを見送った後、大事そうにハリーの靴下を抱きしめながら話しかけてきた。
「ハリー・ポッターと吸血鬼のお嬢様がドビーを自由にしてくださった! ドビーめは何とお礼を言ったらいいのやら!」
「あー……うん。お礼はいいから、もう僕を助けようとしないって約束してくれる?」
苦笑して言うハリーに、ドビーはクスクス笑いながら頷く。いいお願いだ、ハリー。ドビーに命を救われていては、命がいくつあっても足りないのだから。
「かしこまりました、ハリー・ポッター。でも、ドビーめは良い屋敷しもべ妖精なのでございます。ご恩は必ずお返しいたします!」
「ま、しばらくは自由を満喫したまえよ。一人くらい自由なしもべ妖精がいたって、誰も困りやしないさ。」
「ありがとうございます、ハリー・ポッター。ありがとうございます、吸血鬼のお嬢様。ドビーは自由だ! 自由なしもべ妖精だ!」
ぴょんぴょこ飛び跳ねてからご機嫌なドビーは消えていった。これにて一件落着だ。唯一の心残りがあるとすれば、親マルフォイの吠え面を写真に収められなかったことだろう。クリービーを連れてくればよかった。
ハリーはドビーが消えた場所を微笑んで見つめながら、チラリと私を見て口を開く。
「やったね、リーゼ。」
「ああ、見事な靴下捌きだったよ、ハリー。」
顔を見合わせて苦笑したところで、ハリーが思い出したように疑問を投げかけてきた。
「そういえばさ、リドル……ヴォルデモートが君のことを凄く気にしてたんだよ。バートリがいるから僕に手を出せなかった、みたいな感じに。どうしてだろう?」
「ふぅん? 大方バートリの家名を恐れたんじゃないかな。スカーレットと同じ、吸血鬼の名家だからね。……いやはや、勘違いも甚だしいよ。私は小さな小さな『雛鳥ちゃん』だっていうのに。」
「そっか。フランドールさんとかと見た目はそんなに変わらないし、勘違いするのも無理ないかな。……でも、ちょっと間抜けだね。あいつ、十二歳の女の子を怖がってたんだ。」
「んふふ。レディの歳を間違えるだなんて、失礼しちゃうよ、まったく。」
クスクス笑いながら言ってやると、ハリーも同じ表情で歩き出す。すまんな、リドル。キミは無垢な少女にビビってたことになってしまった。
だがまあ、文句は言わせんからな。こっちだってこの一年間は苦労させられたんだ。小さな復讐をする権利くらいは私にもあるはずさ。
余計なことばっかりするトカゲ男に鼻を鳴らして、再び二人で談話室へと歩き出すのだった。
───
一体誰が広めているのかは知らないが、ハリーとアリスが真犯人を『やっつけた』ことは一瞬でホグワーツでの常識へと変わった。正に瞬く間に。
談話室でさえお祭り騒ぎだったが、夕食の大広間でそれはピークを迎えたらしい。グリフィンドール生たちは双子を中心として狂ったように喜びの声を上げているし、レイブンクローは自寮の卒業生が活躍したことで鼻高々だ。
ハッフルパフは言わずもがなの協調性を見せ、静かなスリザリンのテーブルでさえも多少安心したような生徒の姿がチラホラ見える。一年生襲撃事件は蛇寮の生徒にとってもよろしくない事件だったようだ。
そして……おっと、前言撤回だな。まだピークではなかった。マクゴナガルが期末試験の免除を伝えた瞬間、本当のピークを迎えたのだ。
「そんなのってないわ! せっかく平和になったのに!」
顔を覆うハーマイオニーだけが悲しみの叫びを上げる中、ロンが大広間のドアを指差して口を開いた。
「ハグリッドだ! ハグリッドが帰ってきたぞ!」
これはこれは。まだお祭り騒ぎは続くのか。グリフィンドールやハッフルパフの歓声の中、何故か既にほろ酔いのハグリッドが照れくさそうに進んでくるのが見える。彼のアズカバンでのバカンスは終わったようだ。
騒がしい夕食だが……まあいいさ。教員席のアリスを見れば、彼女は生徒たちの方を楽しそうに見ている。アリスにとってはどうやら良いきっかけになったようだ。どんな心境の変化があったかは分からないが、以前よりもずっと明るくなったような気がする。
この慌ただしい一年間の対価がそれなのだとすれば、私の苦労も報われるというものだ。私にとってアリスの笑顔にはそれだけの価値があるのだから。
二枚目のステーキを引き寄せながら、アンネリーゼ・バートリはそっと微笑むのだった。