Game of Vampire   作:のみみず@白月

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誤算

 

 

「……チェックだ。」

 

ホグワーツ特急のコンパートメントの中で、アンネリーゼ・バートリはロンのキングを追い詰めていた。……あっぶなかったぞ。これでなんとか勝ち越しで終われる。

 

事件の後の一ヶ月は一瞬で終わった。私にとっても早かったし、ハリーたちにとっては尚更だろう。なんたって、再開されたクィディッチでは見事にグリフィンドールが勝利したのだから。ドビーは宣言通りにハリーの命を助けようとはしなかったようで、彼は殺人ブラッジャーに邪魔されることなくスニッチを取れたのだ。

 

ウッドは滂沱の涙を流しながら優勝杯に頬ずりしていたし、そのお陰で寮杯も手に入れることが出来た。聞けばグリフィンドールにとってはかなり久々の連覇だったらしい。優勝杯も、寮杯もである。愛しの期末試験抜きになったハーマイオニーですら狂喜乱舞していたほどだ。

 

そしてご機嫌な気分のままでホグワーツ特急に乗り込み、一行は大好きな夏休みへとたどり着こうとしているわけだが……ハリーの顔は徐々に憂鬱を帯びてきてるな。残念ながら、こればっかりは毎年恒例の現象になりそうだ。

 

「あー……ダメだ、また負けだよ。惜しかったんだけどなぁ。」

 

「ここのルークがマズかったね。あれで何とかひっくり返せた。」

 

「やっぱりか。打ってから気付いちゃったんだよな……よし、もう一回やろうぜ。」

 

やる気満々のロンに、何故か一緒に乗り込んできたルーナが口を開く。この子は未だに友達が出来ずじまいなのだ。チビリドルをやっつけたアリスですら、この難題は解決できなかったらしい。

 

「ンー、やめたほうがいいよ。もうちょっとで着くから。ほら、ビルが沢山見えてきたもん。」

 

「あれ? もうそんな時間か。トランクの準備をした方がいいかもな。」

 

確かに車窓にはロンドンの風景が映っている。早速とばかりにトランクを下ろし始めたロンに続いて、ルーナもゴテゴテとステッカーの貼りついたトランクを下ろし始めた。ハリーもロンも決闘クラブでルーナの奇行には慣れたようだ。今では普通に喋っている。……いやまあ、最初は困惑していたが。

 

「そうね、そろそろ着くわ。」

 

本を読んでいたハーマイオニーも立ち上がって準備をする中、ハリーだけが沈んだ顔のままで黙り込んでいる。なんともお可哀想な姿だ。学期末パーティーとの落差が凄いぞ。

 

「ハリーは家に帰りたくないの?」

 

ルーナのザックリとした質問に、ハリーは苦笑しながら返事を返した。

 

「うん。家の叔父さんや従兄が意地悪なんだよ。だから、夏休みは憂鬱なんだ。すっごくね。」

 

「ン、それなら……これをあげる。『しかえし貝』の貝殻だよ。憎い相手を想像しながら砕けば、相手に不幸が訪れるんだ。」

 

「あー……うん、ありがとう。」

 

なんじゃそりゃ。かなり困惑しながら巨大な目玉付きの貝殻を受け取ったハリーは、ルーナの期待の瞳に耐えかねたか、ブツブツとバーノンだのダドリーだのと呟きながらそれを砕き始めた。……普通に呪詛だよな、それ。闇の魔術にカウントされないのか?

 

何にせよルーナの中ではこれで解決したようで、ご満悦の表情になって言葉を放つ。

 

「それで大丈夫だよ。きっとハリーを虐めるどころじゃないもん。」

 

「……うん、助かったよ、ルーナ。」

 

絶対に信じてはいないだろうが、それでもハリーはルーナに笑顔でお礼を言う。まあ……気持ちの問題さ。少なくとも気遣いは伝わったようだ。

 

「ン、何か困ったらまた言ってよ。」

 

うーむ。ちょっとだけ嬉しそうな顔を雑誌で隠したルーナは実に可愛らしいと思うのだが……同級生にはどうも見る目がないらしいな。将来美人になって後悔するタイプの案件だ。

 

哀れなレイブンクローの男子生徒たちのことを考えている間にも、列車はゆっくりと速度を落としながら駅へと到着した。全員で忘れ物がないかと確認して……よし、ようやく娑婆に帰れるぞ。

 

五人でホームへと出ると、まずはルーナが出迎えを見つけたようで、私たちに別れの挨拶を放ってくる。

 

「お父さんだ。……それじゃあね、みんな。色々話せて楽しかったよ。バイバイ。」

 

「ああ、良い夏休みを、ルーナ。」

 

私が返事をするのと同時に、残りの三人も言葉を返す。嬉しそうに頷いたルーナは父親の元へと走っていった。……あの娘にしてこの父あり、だな。ピカピカ光るシルクハットを被ってるぞ。

 

そしてロンはモリーを、ハーマイオニーは拷問夫妻を見つけたらしい。私とハリーに別れの挨拶をしてくるが、そこでハリーが思い出したように羽ペンと羊皮紙を取り出した。三つに裂いたそれに書いているのは……数字か?

 

「忘れるとこだった……これ、僕の家の電話番号。ハーマイオニーは分かるよね? ロンはお父さんに説明したし、リーゼは──」

 

「知ってるよ。間違いなくロンの父親よりは正確にね。」

 

幾ら何でも電話くらいは知っているぞ。壁にくっついていて、受話器を耳に当てながら送話菅に向かって喋るんだ。ずっと昔に見たことがある。

 

「よかった! それで……その、良かったら電話をかけて欲しいんだ。夏中バーノンたちしか話し相手がいないなんて、ちょっと辛すぎるよ。」

 

三人にそれぞれ数字を書いた羊皮紙を渡してくるハリーに、ハーマイオニーが首を傾げながら口を開いた。

 

「それは勿論だけど……でも、貴方が今年やったことを話せば叔父さんたちだって煩く言わないんじゃない? クィディッチで優勝して、命を懸けてジニーを救ったのよ? いくらなんでも褒めてくれるでしょう?」

 

「有り得ないよ。クィディッチの『ク』の字も嫌いだろうし、僕が死ななかったことを悲しむはずさ。」

 

自虐的に言うハリーは見事な諦観の表情を浮かべている。残念ながら私もハリーに賛成だ。死ななかったのを悲しむかはさて置き、叔父たちはクィディッチの勝利になど欠片も興味はあるまい。自分の家の芝生の方がよっぽど重要なはずだ。

 

あまりにも儚い表情をするハリーを見かねたのか、ハーマイオニーとロンが口々に言葉をかけ始めた。

 

「あー……うん、元気出して、ハリー。絶対に電話するから。」

 

「そうだぜ、ハリー。パパに頼んで、僕も『話電』を借りるよ。」

 

うん、少なくともロンはダメそうだな。……とはいえ、ハリーにとっては充分嬉しい言葉だったようだ。少しだけ笑顔になって頷きながら、二人に別れの挨拶を告げた。

 

「うん、嬉しいよ。それじゃあ……また九月に!」

 

「ああ、また来学期に会おう、ハーマイオニー、ロン。良い夏休みを。」

 

私も続いて挨拶すると、二人は手を振りながらそれぞれの家族の元へと向かっていった。

 

それを見送ったところで、羊皮紙の切れ端をヒラヒラさせながら私もハリーに言葉を放つ。紅魔館に電話機など無いわけだが……まあ、レミリアに頼むか。ピコピコがあるんだ。電話機があったっておかしくないだろう。

 

「私も電話するよ。キミの従兄が出てくれれば嬉しいんだが……私のことを覚えてるかな?」

 

「絶対に覚えてるよ。去年はテレビにロボットダンスが映る度、必死でチャンネルを変えてたしね。」

 

「おや、それは嬉しいね。今度はブレイクダンスでも試してみようか?」

 

「あの身体じゃちょっと……無理そうかな。」

 

どうかな? 私の見立てでは中々に才能があるはずだぞ。益体も無い話をしている間にも、マグル側のゲートへとたどり着く。

 

「それじゃ、暫しのお別れだ、ハリー。二ヶ月なんとか耐え切れることを祈っておくよ。」

 

「頑張ってみるよ。……それじゃあね、リーゼ!」

 

手を振りながらゲートを抜けていったハリーを見送って……さて、私の迎えはどこだ?

 

キョロキョロと辺りを見回すと、見慣れた銀髪の少女と……おいおい、パチュリー? 引きこもりのもやし魔女が一緒に立っていた。珍しいこともあるもんだ。

 

近付いてみると、咲夜がこちらを見つけて走り寄ってくる。うーん、かわいいヤツめ。

 

「リーゼお嬢様! お帰りなさいませ!」

 

「ただいま、咲夜。それに……どうしたんだい? パチェ。図書館が吹っ飛んだのか?」

 

めんどくさそうに佇むパチュリーに問いかけてみると、更にめんどくさそうな顔になりながら返事を返してきた。巣から引き摺り出されたニフラーみたいな表情だ。

 

「アリスはまだホグワーツ。レミィと妹様は日光でアウト。美鈴は心配だし、顔を広めたくないから却下。小悪魔は咲夜をいかがわしい店に連れて行きそうだから論外。消去法で私が引率に引っ張り出されたわけよ。」

 

「そりゃまた、ご苦労様だね。」

 

「まったくだわ。早く帰りましょう。本は無いし、太陽が眩しいし、虫とかいるし、最悪よ。」

 

「ちょっとは懐かしんだりしないのかい? ホグワーツ特急はキミの世代から変わってないんだろう?」

 

私が苦笑しながら問いかけてやると、パチュリーはチラリと赤い車体を見た後……鼻を鳴らしてからどうでも良さそうに肩を竦めた。

 

「本の方がいいわ。」

 

ダメだこりゃ。生粋の魔女だな、コイツは。ゲラート、ダンブルドア、リドル、アリスは多少の『寄り道』をしていたが、パチュリーだけは薄暗い図書館で真理へと向かい続けている。見た目はともかく、ぶっちぎりで人間やめてるのはコイツだろう。

 

「はいはい、それじゃあさっさと帰ろうじゃないか。」

 

「素晴らしい提案ね。本が私を待ってるわ。」

 

咲夜と手を繋いでから、パチュリーに続いて暖炉へと向かう。……む? 咲夜はちょっと恥ずかしそうだな。もう手を繋ぐような歳じゃないか。

 

紅魔館の小さなメイド見習いの成長を感じながら、アンネリーゼ・バートリは我が家へと足を進めるのだった。

 

 

─────

 

 

「残念じゃのう。教師たちも、そして生徒たちも残って欲しいと言っておるのじゃが。」

 

ホグワーツの校長室で美味しい紅茶を飲みながら、アリス・マーガトロイドはダンブルドア先生へと別れを告げていた。

 

「ありがたい言葉ですし、この仕事は嫌いじゃないんですけど……ちょっとやり甲斐がありすぎますね。私には向いてなさそうです。」

 

この一年は私の人生でも指折りの長さだったのだ。こんなのが毎年だなんて無理に決まってる。私は教師じゃなくて魔女。そのことが良く理解できた一年だった。それに、今は研究に没頭したくて仕方がない。広がった景色をもっともっと見てみたいのだ。

 

苦笑いの私の言葉に、ダンブルドア先生はクスクス笑いながら頷いた。

 

「確かに今年は大変じゃった。……今年も、じゃな。」

 

「うーん、来年はそうならないことを祈っておきます。……後任の候補は見つかったんですよね?」

 

「うむ、リーマスに頼もうかと思っておる。」

 

なるほど、リーマス・ルーピンか。フランの悪友の一人で、元騎士団のメンバーだ。彼なら能力は確かだろう。人当たりも柔らかいし、良い教師になるはずだ。『ほんの小さな』問題を除けばだが。

 

「私は良い選択だと思いますが……保護者から文句が飛んでくるのでは?」

 

「ほっほっほ、黙っていればバレやせんよ。セブルスが脱狼薬を調合できるしのう。」

 

パチリとウィンクをしながら言うダンブルドア先生は、悪戯小僧のような笑みを浮かべている。それでいいのか? ……まあいいか。少なくとも私には不満などないのだ。

 

苦笑しながら紅茶に口をつけ、喉を潤してから口を開く。

 

「まあ、フランは喜びそうですね。咲夜の教師にはもってこいでしょう。」

 

「うむ、そうじゃな。そしてハリーにも良い影響があることを祈っておるよ。リーマスの方にも色々と思うところがあるじゃろうて。」

 

頷き合って紅茶を飲む。なんにせよ、クィレルやロック……なんとかよりは遥かにマシだ。私も気合を入れて引き継ぎ用の書類を作った甲斐があったぞ。ルーピンなら有効活用してくれるはずだ。

 

話がひと段落したところで、最近考えていた疑問を口に出してみた。

 

「そういえば、一つだけ分からないことがあるんです。リドルは……彼は、どうして私をあの場所に誘ったんでしょう? ハリーだけでも良かったような気がするんです。」

 

リドルはハリーとの決闘を望んでいた。未来の自分が負けたのが悔しかったのか、はたまた今の自分を助けようと思ったのかは分からないが、とにかくハリーを殺そうとしていたのは確かだ。

 

だが私は? あの場所に私を連れて来る必要などなかったはずだ。リドルはそれまでは慎重に計画を進めていたのに、最後に余計なリスクを背負い込んだ。もしハリーが私に声をかけなければ、リドルはハリーを殺せていただろう。

 

私には見つけられなかった答えを、ダンブルドア先生は遠くを眺めるような眼差しで口にする。

 

「無論、彼の気持ちは彼にしか分からんことじゃが……きっと、認めて欲しかったのじゃよ。他の誰でもない、君に。」

 

「認める?」

 

「さよう。そうじゃな……つまり、褒めて欲しかったのじゃ。自分はこんなにも上手くできたのだと。わしを、バートリ女史を、そして君を出し抜いたのだと。そう自慢したかったのではないかのう。」

 

「それは……そんなの、子供じゃないですか。リドルが自慢? 私に?」

 

私の疑問顔を見て、ダンブルドア先生は悲しそうな顔で頷いた。

 

「恐らく、彼は君に勝ちたかったのじゃよ。だからこそ自慢気に計画の全貌を語り、これ見よがしにバジリスクを見せびらかした。トムは君の反応を楽しんではいなかったかね?」

 

「……はい、楽しんでいました。私が質問すると嬉しそうに答えてましたし、ずっと私の反応を窺ってたんです。……でも、学生時代のリドルは私より優秀でしたよ? それは成績を見ればよく分かります。」

 

「そうかもしれん。しかし、トムにとってはそうではなかったのかもしれん。君が気付いているかは分からんが、トムは誰より君を羨んでいたのじゃ。自らが持たぬものを持っておる君を。自分が切り捨てなければならなかったものを持ち続ける君を。だからこそ今回、君をどうしてもあの場所に招きたかったのではないかね? 嫉妬か、羨望か、それとも……友情か。彼の抱いていた感情が何なのかは、今となっては分からずじまいじゃのう。」

 

少しだけ残念そうなダンブルドア先生の言葉を聞いて、思い出すのはあの顔だ。私とテッサがリドルと距離を置くようになった頃、彼が取り巻きたちに囲まれながらしていたあの顔。何かを諦めたかのような、それでいて何かを決意しているかのような、あの不思議な表情。

 

かつてテッサが言っていた。リドルが独りぼっちにならなければ、こんなことにはならなかったんじゃないか、と。

 

……分からない。リドルはいつから『ヴォルデモート卿』だったんだ? ホグワーツ特急で初めて会ったあの時? それとも五年生の事件の時? それとも……もっとずっと後の話なのか?

 

頭の中でぐるぐると回る思考を、ダンブルドア先生の優しげな言葉が止めてくれた。

 

「過去なのじゃ、アリス。過ぎ去った時を気にしてはいけないよ。わしにも多くの後悔があるが、それに囚われては前に進めなくなってしまう。君もテッサも精一杯やってきたではないか。」

 

「私は……間違えたんでしょうか?」

 

「それは定かではないのう。じゃが……そう、間違わぬ者などおらんよ。わしも、ノーレッジも、そして偉大な吸血鬼たちでさえも。時に迷い、時に間違ってしまうのじゃ。恐ろしいのは間違うことではない。そこで諦めてしまうことなのじゃよ。しかし、君は──」

 

そこでダンブルドア先生は私の杖へと目をやり、少しだけ微笑んでから言い直した。

 

「──君『たち』は前に進んでおるではないか。きちんと向き合い、戦おうとしておるではないか。それを誇りなさい、アリス。それが出来る者は多くはないのじゃから。」

 

ブルーの柔らかな瞳に射抜かれて、思わず杖へと手を当てる。

 

……参ったな。この歳になってもこの人には敵いそうもない。私にとってダンブルドア先生は、ずっと『先生』のようだ。

 

一度だけ瞑目して、そしてゆっくりと目を開けた。うん、余計なことは考えないことにしよう。ダンブルドア先生の言う通り、過去に囚われていては身動き出来なくなってしまうのだから。

 

「……そうですね。ちょっと元気が出ました。ありがとうございます、ダンブルドア先生。」

 

私がお礼を言うと、ダンブルドア先生は照れくさそうにクスクス笑いだす。この人は本当に……粋な人だ。

 

「おお、アリスよ、この老人めをあまり褒めないでおくれ。恥ずかしくってどうしようもないのじゃ。」

 

「そういうところはパチュリーに似てますよ。彼女も褒められるのに弱いんです。」

 

「ほっほっほ。照れたノーレッジか……ううむ、見てみたいのう。」

 

難しいことではない。なんたって、咲夜とセットならいつでも見られるのだ。魔女や吸血鬼たちのことを翻弄する小さな少女のことを考えていると、やおら立ち上がったダンブルドア先生が戸棚を開けて……リドルの日記帳? 穴の空いてしまった日記帳を取り出した。

 

「忘れるところじゃった。老人は忘れっぽくなってしまっていかんのう。……これを照れ屋のノーレッジに渡してくれんかね?」

 

「えっと、それはもちろん構いませんけど……日記帳にはまだ何か秘密があるんですか?」

 

「さよう。わしの考えが確かならば、この日記帳はリドルの不死の秘密を暴く重要な鍵となるはずじゃ。……しかし、わしでは確たる答えを得るには時間がかかってしまう。これを紐解くには、あまりにも深い知識を要するのじゃよ。」

 

言葉を切ったダンブルドア先生は真剣な表情を一変させ、悪戯気な表情になって続きを話し始める。まるで自慢するような感じに。

 

「じゃが、わしの友人には『知識』の名を冠する魔女がおってのう。トムにとっての最大の誤算は彼女じゃろうて。彼はわしや君、そして吸血鬼たちを警戒するあまり、一人の偉大な魔女を計算から外してしまったのじゃよ。ノーレッジのことをよく知っていれば、恐らく日記帳を奪われるような危険は冒さなかったはずじゃ。」

 

「それはまた、酷い誤算ですね。他の誰より警戒しないといけない相手なのに。」

 

「ほっほっほ、いかにもその通り。ノーレッジならばすぐさま答えを導き出してくれることじゃろう。……彼女にわしがそう言っておったことを伝えておくれ。そうすれば尚のこと早くなるはずじゃ。」

 

顔を見合わせて笑い合う。間違いあるまい。ブツブツと文句を言いながらも、期待以上の早さで終わらせるために奮闘するはずだ。どうやらダンブルドア先生はパチュリーのことをよく知っているらしい。

 

脳裏に浮かぶ威張りたがり屋の魔女に微笑みつつ、日記帳を手にゆっくりとソファから立ち上がった。

 

「わかりました。必ずパチュリーに伝えます。……それじゃあ、私は行きますね。」

 

「うむ。気をつけてお帰り、アリス。そして、またいつでもおいで。ホグワーツは君にとっても第二の家なのじゃから。君が望む限り、ホグワーツの門はいつでも開かれておるよ。」

 

「はい。それでは失礼します。」

 

校長室のドアを抜けて、ガーゴイル像も抜け、ゆっくりと三階の廊下を歩き出す。本当に長い一年だった。

 

でもまあ、たまにはいいさ。私は魔女なのだ。長い、永い人生の中で、こういう年があってもいいだろう。……たまになら、だが。

 

顔に浮かんだ苦笑はそのままに、アリス・マーガトロイドは家族の待つ館に向かって一歩を踏み出すのだった。

 


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