Game of Vampire 作:のみみず@白月
「霧雨魔理沙だ。よろしく頼むぜ。」
漏れ鍋のカウンターを背に立つ変な口調の小娘を眺めながら、咲夜はニッコリ微笑んでいた。笑顔、笑顔。崩しちゃだめだぞ、咲夜。
使用人たるもの内心を隠せ。そう本に書いてあったのだ。まあ、エマさんや美鈴さんは全然隠していないように思うが……ううむ、わからん。奥が深すぎるぞ。
「サクヤ・ヴェイユです。よろしくお願いしますね、霧雨さん。」
「サクヤ? 耳慣れた発音だな。イギリス人じゃないのか?」
「イギリス人ですけど、日本風の発音も兼ねてるんです。漢字だと……こうですね。」
「咲夜、ね。いい名前じゃんか。」
ヴェイユを名乗るのはホグワーツ入学後ということになっているが、この小娘も私と同じ学年になるのだ。こう名乗っておいた方がいいだろう。
私がぺこりとお辞儀をするのと同時に、隣のアリスも自己紹介を始めた。
「アリス・マーガトロイドよ。今日は案内させてもらうわ。よろしく頼むわね。」
「ああ、助かるぜ。何を買ったらいいのかとか全然わかんなくてな。困ってたんだ。」
ふん、無礼なヤツだ。もっと丁寧に話せないのか? 英語が下手くそだというのはリーゼお嬢様から聞いていたが、発音自体はそこそこ流暢なだけに無礼さが目立つ。口調に癖が残ってる感じだ。
内心でそんなことを考えながらも、もちろん顔はニコニコを保っている。紅魔館の使用人が無作法を晒すなんてとんでもないことなのだ。そんなことになれば、お嬢様方に顔向けできん。
「それじゃあ、早速行きましょうか。質問があるなら道中で聞くわ。」
アリスの先導に従い、漏れ鍋の裏口に向かって歩き出す。優しいアリスは小娘の口調を特に気にしていない感じだ。うーむ、私の周りには同世代の子供なんていなかったからわからんが、もしかしたら普通の子たちはこんな感じなのかもしれない。……あんまり馬鹿っぽい子たちに交ざるのは嫌だな。
ホグワーツに行くのがちょっと不安になりながらも、アリスに続いてアーチを抜ける。もちろんダイアゴン横丁には何度も来たことがあるが、今日はいつもとは違う店に行くはずだ。なんたってホグワーツの学用品を買いに来たのだから。
私はお下がりでいいと言ったのだが、誰一人として賛成してはくれなかった。ちょっと申し訳ないが、ちょっと嬉しい。
内心の喜びを隠しながらアリスの背に続いて歩いていると、隣を歩く霧雨が声を放った。
「そういえば、あんたたちは霧雨を上手く発音できるんだな。こっちじゃ殆どのヤツが無理だったんだが。」
「日本語を勉強していますから。上手く発音出来てるなら嬉しいです。」
「まあでも、魔理沙でいいぜ。他のヤツが困るだろうしな。」
「あら、それなら私も咲夜で構いませんよ。その方が言いやすいでしょう?」
ニコニコ微笑みながら言うと、急に霧雨……魔理沙がニヤリと笑いながら口を開く。
「……それと、その猫っかぶりもなしでいいぞ。上手くやってるみたいだが、私から見れば不気味だぜ。鳥肌が立っちまう。」
思わず立ち止まった私を見ながら、魔理沙がしてやったりとばかりの顔で笑い始めた。こいつ……ムカつくヤツだ!
私がジト目で魔理沙を睨みつけていると、先頭を歩くアリスが振り返って苦笑混じりに話しかけてきた。
「ほら見なさい、咲夜。自然体でいるのが一番なのよ。わかる人にはわかっちゃうんだから。」
「……わかったよ。もうやめる。」
頰を膨らましながら言うと、アリスは満足そうに頷いてから再び歩き始める。くっそー、どこで分かったんだろう? 鏡の前で何度も練習したのに。
「どこで気付いたのよ。」
「おっと、それが素か。……まあ、私の師匠が筋金入りの大嘘つきだからな。そういうのには慣れてるんだ。最初から違和感はあったさ。」
「ふん。私、貴女のことが嫌いだわ。」
「へっへっへ、私は気に入ったぜ。よろしくな、咲夜。」
ニヤニヤ魔理沙から顔を背けて鼻を鳴らしてやると……むう、逸らした先では、アリスが肩を震わせていた。笑ってるのか? もう!
コイツとは相性が悪い。短時間で理解した答えを心に刻みながら、荒い歩調で歩き続けるのだった。
───
「へえ、こっちも錫を使うのか。魅魔さ……じゃなくて、師匠は銀も使ってたんだが。」
「用途にもよるわ。まあ、錫は昔から使われてたから、伝統みたいなものよ。頑丈な金属だから汎用性もあるしね。」
先に一番厄介な教科書を購入した後は、魔法薬学の器具を買うことになった。魔理沙とアリスの会話を聞きながら、私もズラリと並んだ鍋を物色する。
パチュリー様によれば小さい鍋は平さを、大鍋は頑丈さを重視すべきとのことだった。むむ、違いがさっぱりわからん。鍋は鍋じゃないのか? 全部一緒に見えるぞ。
魔法薬学は向き不向きがハッキリ分かれるとのことだったが……この時点で向いてない気がしてきたな。パチュリー様は大得意で、アリスと妹様は不得意。リーゼお嬢様はどちらかといえば得意って感じらしい。
しかし……魔理沙はどうやら向いている感じがする。鍋をきちんと選んでいるし、アリスとの会話から察するに基礎的な知識もあるようだ。
負けたくない。アリスに任せれば間違いないのかもしれないが、私も自分で選ぼう。勝負はもう始まっているのだ。
「むむっ……。」
鍋は後回しで、天秤を見比べる。見比べるが……そもそも何を見比べればいいのかの基準がわからん。受け皿の大きさとか? それとも吊り下げている紐の長さ? お料理で使う秤ならわかるのだが、こんなのさっぱりわかんないぞ。
「ああ、秤はそれがいいと思うぜ。どうせしばらく使うと狂うから、調節機能が付いてた方がいいしな。」
迷う私に、後ろから魔理沙が助言をしてきた。ぐぬぬ……ナメられている。余裕綽々の態度ではないか。
「……ふん!」
鼻を鳴らして言われた通りの秤に決め、次なる品物へと歩き出す。悔しいが、アリスが頷いているところを見るに恐らく正しい選択なのだ。
お料理だったら負けないのに。何故ホグワーツには料理の授業が無いのかと怒りを燃やしながら店内を歩いていると……ナイフだ。
そうだった、ナイフも必要なんだった。……よし、勝ったな。ナイフなら簡単に目利きできる。意気揚々と近付いて、並んでいるナイフから一番切れ味の良い物を探していると……。
「おっと、ナイフもいるのか。んー……これだな。」
するりと私の横から出てきた魔理沙が……ふん、素人め! それはあんまりいい物じゃないぞ。私にはわかるのだ!
ほくそ笑む内心を隠しながら、澄ました笑みで話しかける。
「あら、魔理沙? こっちの方が切れ味がいいわよ。もしくは……これとか。こっちもそうね。」
どうだ! 魔理沙は私が選び出した三本のナイフを自分の物と見比べていたが、やがて納得したように頷いてから口を開いた。
「切れ味ならそっちだが、刃が広い方がすり潰すのに使いやすいんだ。それに、芽を取るための輪っかが付いてるだろ? これが有ると結構便利だぜ? 買ってからきちんと研げばいいのさ。」
「……へぇ。」
私の気のない返答を気にする様子もなく、魔理沙はガラス瓶の並んだ棚へと歩いて行く。
おのれ……おのれ霧雨魔理沙! よくも私をコケにしてくれたな! 理不尽な怒りだとは自覚しつつも、どうしても悔しさが溢れてくる。私は紅魔館の使用人として、誰にも負けるわけにはいかないのに。
お嬢様方もアリスもパチュリー様も。みんな私を優秀だと褒めてくれていた。だからきっと、私は一番になれるのだと思ってたのに。学年首席とかになって、みんなに良くやったねって言ってもらえるはずだったのに。
……負けるもんか! もしダメなんだったら、もっともっと勉強すればいいのだ。絶対に一番になって、みんなに褒めてもらわねばならないのだから。
悔しさにぷるぷる震えながらも、咲夜は次なる勝負へと歩き出すのだった。
─────
「えーっと……後は杖だけかしら?」
一応持ってきた学用品リストに目を通しながら、アリス・マーガトロイドは小さな後輩たちに問いかけていた。
「んー……そうだな。」
「そうだよ、アリス!」
立ち並ぶショーウィンドウを見ながら気楽そうに言う魔理沙に対して、咲夜はスピードを競うように答えを放ってくる。いやはや、可愛らしいもんだ。
少なくとも咲夜にとってはいい経験になったらしい。例えどんなモノにしたって、競う相手がいなければ上達しないのだから。一人で完結できるのなんてパチュリーくらいだぞ。
これは紅魔館では決して得られない経験のはずだ。飛び抜けて優秀なこの子に良いライバルが得られたことだけで、今回の買い物には大きな意味があったと言えるだろう。
「それじゃ、杖屋に行きましょうか。」
言い放って歩き出すと、魔理沙が歩調を合わせながら話しかけてくる。恐らくまた疑問が生じたのだろう。この子はあらゆる物事について質問を飛ばしてくるが、年齢に見合わぬ理解力でそれを吸収し続けている。まるでスポンジみたいだ。生徒としては百点満点だな。
「杖ってのは、あのワンドのことだろ? あれって絶対に必要な物なのか?」
「これよ。必要かどうかは……ふむ、議論が分かれるわね。代用品もあるし、無くても魔法を使う方法はあるんだけど、イギリス魔法界じゃこれを使うのが常識よ。」
杖を手渡してやりながら説明すると、魔理沙はそれを興味深そうに見ながら更なる質問を飛ばしてきた。
「ただの補助装置ってことか? 見ただけじゃよく分からんが……。」
「うーん……もうちょっと大事な物かしらね。杖には魂が宿ると言われているわ。時に持ち主を諌めたり、時にその身を賭して手助けしたり。その杖は私の親友の形見なんだけど、一度助けてもらったことがあるのよ?」
私がそう言うと、途端に魔理沙は慎重な手付きに変わる。うん、根は良い子なんだな。思わず微笑む私の手に杖を戻しながら、小さな魔法使い見習いは好奇心に満ちた顔で口を開いた。
「……興味深いぜ。」
ポツリと呟くと思考に耽る。魔女向きの性格をしているな、この子は。理解力と好奇心は十分に合格点だ。あとは慎重さがあれば完璧だが……余計なお世話か。もう師匠がいるとのことだし、お節介はやめたほうがいいだろう。他所には他所のやり方があるのだ。それが魔女なら尚更である。
内心でケリをつけたところで、今度は咲夜が疑問を放ってきた。その顔には私も話に加わりたいと大きく書かれている。うーむ、かわいいな。嫉妬する咲夜というのは初めて見るかもしれない。
「アリス、私も杖を買わなきゃダメなの? お父さんとお母さんのがあるのに。」
「それはそれ、これはこれよ。まあ……話を聞く限り、問題なさそうなんだけどね。そっちはスペアとして使いなさい。普通は自分の杖を持つものよ。」
いや、テッサのを使っている私が言っても説得力はないだろうが……何にせよ、スペアがあるというのは大事なことだ。そのことはこの前の事件で身に染みて理解できた。
「んー……でもちょっと申し訳ないかな。杖って結構高いんでしょ?」
咲夜の妙な心配に、思わずクスリと笑ってしまう。なんとまあ、おかしなことを心配するもんだ。レミリアさんなら咲夜がおねだりすればビルだって買ってくれそうだというのに。ダースで。
「妙な心配をするんじゃないの。私やパチュリーはお金に困ってないし、リーゼ様やレミリアさんなんてあり過ぎて困るくらい持ってるのよ? 杖の一本や二本じゃ痛くも痒くもないでしょ。」
実際問題として、紅魔館ではお金の心配は皆無に等しい。私は人形をちょくちょく売りに出したり、教員の時のお給料もそのまま残っているわけだが……ん? よく考えたら、リーゼ様やレミリアさんはどうやってお金を得ているんだ?
全然気にしたこともなかったが、紅魔館の生活だってタダではあるまい。特にレミリアさんなんかは政治活動に莫大なお金を使っているはずだ。『あの』ファッジが大臣になれるほどに。
私の内心の疑問を他所に、咲夜は曖昧に頷きながら返事を放ってきた。
「んー……それはそうかもだけど。」
「大体、子供がそんなこと考えなくてもいいの。ほら、店に着いたわよ。」
ま、深く考えない方が良さそうだ。なんかちょっとキナ臭い気もするし、気にしないでおこう。二人に声をかけてから、オリバンダーの杖屋へと入って行く。
何回も来たせいで見慣れ始めた店内で、これまた見慣れた店主が声をかけてきた。また一段と老けたな。
「おお、いらっしゃいませ、マーガトロイドさん。」
「お邪魔するわね、オリバンダー。今日はこの子たちの杖と……これを見て欲しくて来たの。」
先に私の用事を済ませておこう。魔理沙は壁にかかる杖の方へと行ってしまったし、咲夜もキョロキョロと店内を見渡している。それを横目に私が取り出した杖を見て、オリバンダーは目を細めながら口を開いた。
「おお、イトスギにユニコーンの毛、29センチ。ヴェイユさんの杖ですな。……実に勇敢じゃった。杖も、そして持ち主も。」
「非常に残念なことに、私の杖はこの前折られちゃったのよ。ホグワーツでちょっとした事件があったのは知ってるでしょう? その時にね。」
「それはまた、残念でしたな。まっこと、まっこと残念なことです……。ブナノキに不死鳥の羽根、24センチ。良い杖じゃった……。」
本気で悲しそうなオリバンダーに、ちょっとだけ苦笑しながら話を続ける。私よりも遥かに悲しんでいそうだ。
「それで今はテッサの杖を借りてるの。使った感じは問題なさそうなんだけど……一応専門家に調べてもらおうかと思って。」
こと杖に関してはイギリス……いや、世界一かもしれない男なのだ。こればかりはダンブルドア先生やパチュリーですらも敵うまい。血筋がそうさせるのか、努力がそうさせるのか、それとも積み上げてきたオリバンダー家の経験か。いずれにせよ大したもんだ。
そのオリバンダーの保証があれば安心だろう。杖の細やかな不調から起こる大事故なんて日常茶飯事なのだ。私はバカげた事件を起こして予言者新聞には載りたくない。念には念をというわけである。
「ふむ。振ってみていただいてよろしいですかな?」
「ええ。」
ほんの少しだけ魔力を込めて杖を振ると、杖先から元気良く赤い火花が飛び出してきた。まあ……ちょっと元気は良すぎるが、このくらいは杖の個性の範疇だろう。悪戯娘め。
「ほう、ほう。……もう一度、次は何か呪文をお願いいたします。」
「それじゃあ……レデュシオ!」
店の隅に置いてあった椅子に縮小呪文を放ってみると、椅子は問題なくミニチュアサイズになる。途端に魔理沙が駆け寄ってきて弄くり回し始めたぞ。
オリバンダーはそれには目もくれず、私の握る杖を見ながら興味深そうに呟いた。
「これはまた、非常に珍しい現象ですな。この杖の忠誠心はヴェイユさんに向いたままです。……しかしながら、呪文の行使には問題が生じていない。不思議じゃ。実に不思議じゃ。」
「えーっと……つまり、問題ないのよね?」
「是であり、否とも言えます。この杖は貴女に従ってはおらぬが、手助けしようとしている。つまり……そう、対等な立場として。もしもマーガトロイドさんが杖の考えに背くようなことをすれば、杖はきっと抵抗してしまうでしょう。」
「それなら心配ないわね。その時は私が間違ったっていうことよ。」
そんなことをするつもりは無いし、諌めてくれるなら万々歳ではないか。安心して杖をしまい直すと、オリバンダーは目頭を緩めながら口を開いた。
「うむ、貴女なら心配は無用ですな。そんな貴女だからこそ杖も惜しまず手を貸すのでしょう。……家族に受け継がれる杖は多いですが、友に受け継がれる杖は多くはありません。フィリアの杖を見れるとは、長生きはしてみるものです。」
柔らかい微笑みを浮かべたオリバンダーに、私も同じ表情で頷く。そもそも心配はしてなかったが、オリバンダーのお墨付きがあるなら間違いあるまい。
対等、ね。悪い気はしないな。なんだかしっくりくる言葉じゃないか。心に温かいものが広がっていくのを感じながら、気を取り直して口を開いた。
「……安心したわ。それじゃあ、あの子たちの杖をお願いね。良い出会いを期待してるわよ。」
「その杖を見せられた後だと少々自信が無くなりますが……うむ、精一杯頑張りましょう。」
しっかりと頷いたオリバンダーが咲夜と魔理沙に声をかけるのを横目に、手元の杖をしっかりと握り直す。私は一人じゃないのだ。そのことがなんとも頼もしく思えてしまう。
よし、頑張ろう! 杖選びが終わったら、魔理沙を私の実家に案内して……おっと、食料品とかの店も教えねばなるまい。それにノクターン横丁には入らないようにしっかりと教え込まねば。好奇心の塊みたいな子なのだ。ふらふらと入って行く姿が目に浮かぶぞ。
メジャーに纏わりつかれている小さな少女たちを見ながら、アリス・マーガトロイドは苦笑いで決意するのだった。