Game of Vampire 作:のみみず@白月
「アズカバンから脱獄だなんて、シリウス・ブラックはどんな手を使ったのかしら?」
予言者新聞を読むハーマイオニーの問いにわかりませんと首を傾げながら、アンネリーゼ・バートリはイチゴのソルベを頬張っていた。
ブラックの脱獄からは数週間が経過しているが、件の殺人鬼は捜査の手を掻い潜って逃げ続けているのだ。ピリついた紅魔館に居辛さを感じた私は、ハーマイオニーの買い物の誘いに飛びついてダイアゴン横丁へと逃げてきたというわけである。
怯えるレミリアからブラックの脱獄を知らされたフランの反応は……なんというか、微妙な感じだった。能面のような無表情になって私たちに何かを言いかけた後、結局何も言わずに地下室へと戻ってしまったのだ。想像していた反応よりかはマシだったが、少なくとも喜んでいないのは確かだろう。怖かったし。
結果として心配そうになった咲夜に『おねだり』されたレミリアは、今も不眠不休で捜索の指揮を執っている。手配書がベタベタ貼られてる上に闇祓いを総動員しているというのに、ブラックはどうやって逃げ続けているのやら。ここまでくると魔法省の無能さよりもブラックの有能さが光るな。
ため息を吐きながらソルベを片付けると、ハーマイオニーが待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。忌々しい夏の太陽もなんのその。彼女はショッピングが楽しみで仕方ないようだ。
「それじゃ、行きましょうか! 先ずは本屋よ!」
「はいはい、行こうか。」
クソ暑いであろう外にうんざりしながらも、彼女に続いてカフェを出る。さすがに今日はいつものテラス席を使う気にはならなかったのだ。干し吸血鬼になっちゃうぞ。
ちなみに待ち合わせ場所となった漏れ鍋では、『ちょっとした事件』を起こしたハリーとも顔を合わせている。なんでも遊びに来た叔父の妹を、あー……膨らませてしまったらしい。つまり、風船みたいに。あまりにも意味不明で、知らせを受けた時は私もレミリアもキョトンとしてしまったものだ。
その後『ナイト・バス』とかいう胡散臭い乗り物で無謀な逃避行を企てたハリーは、漏れ鍋であえなくファッジに保護されることとなった。うっかり魔法大臣、唯一の功績というわけだ。……いやまあ、追跡してたのはスクリムジョールたちだが。
そして現在。ブラックに狙われている可能性のあるハリーは、漏れ鍋に泊まって闇祓いたちの手厚い警備を受けているのである。本人は気付いていないだろうが、八人体制で昼夜を問わず警護されているらしい。
そんなハリーは既に教科書を揃えてしまったようで、夕食の約束をすると箒を担いで何処かへ行ってしまった。どこへ行ったのかは知らないが、バーノン無しの夏休みを満喫しているのは確かなようだ。
当然ながらハリーはブラックと両親の関係を知らない。いつかは感付かれることだろうが、ここ数年の彼の態度を見る限りでは両親の仇打ちに燃えないとは言い切れないのだ。ホグワーツに『監禁』できるようになってから伝えた方がいいだろう。
……ああもう、面倒くさいな! フランのことも、ハリーのことも、魔法省のことも。厄介な人物が脱獄してしまったせいで私の周囲はしっちゃかめっちゃかだ。今だけは忘れてしまおうと思考を切り替えてから、隣を歩くハーマイオニーに話しかける。
「それで、今日は何を買うんだい?」
楽しそうに歩くハーマイオニーに問いかけてみれば、半分は予想通りで半分は予想外の返事が返ってきた。
「もちろん教科書よ。それと……ほら、凄いでしょ!」
言いながら満面の笑みで見せてきた財布には……なんだ? 何が凄いのかがさっぱりわからん。普通に金貨が入っているようにしか見えんぞ。
「ふむ?」
疑問符を浮かべながら首を傾げると、ハーマイオニーはちょっと残念そうな苦笑いで答えを教えてくれた。
「そういえば、リーゼはお嬢様だったわね。まあ……つまり、普通の十三歳はこんなに沢山のお金を持ってないの。パパとママがちょっと早い誕生日プレゼントってことで、お金を余分にくれたのよ。」
「ああ、そういうことか。それじゃあ……本を多めに買うわけかい?」
「それも素敵だけど、私もハリーみたいにふくろうが欲しいの。ホグワーツの貸しふくろうも悪くないけど、やっぱり自分のが一番でしょ? それに家からはふくろう郵便局が遠いしね。みんなに手紙を出す時はパパに車で連れてってもらってるのよ。」
「ふぅん? ま、ある意味実用品だしね。いいと思うよ。」
自分で選ぶ誕生日プレゼントって感じではないと思うが……本人が納得しているなら是非もない。好きにすればいいさ。
喧しい悪戯専門店を通り過ぎながら考えていると、ハーマイオニーが別の話題を繰り出してきた。
「まあ、その辺はペットショップで考えるわ。それより教科書よ! 山ほど買わないといけないんだから。」
「結局、本当に全部の授業を取ることにしたのかい?」
「もちろんよ! マクゴナガル先生にも許可をいただけたんだもの。今年は頑張らないといけないわ。」
どうやらハーマイオニーが十二ふくろうを合格する日も近いようだ。私なら授業塗れの生活など絶対に御免だが、彼女にとっては夢いっぱいの新生活らしい。ニッコニコで気合を入れている。
「そりゃまた、ご苦労なことで。過労死しないことを祈ってるよ。」
肩を竦めて答えると、ハーマイオニーは逆に私の選択授業の少なさを心配してきた。
「リーゼこそ、本当にルーン文字だけなの? せっかく色々揃ってるのに、ちょっと勿体ないと思うわ。」
「幸いにも吸血鬼は就職の心配をしなくていいのさ。それに、これから先に時間は幾らでもあるんだ。気が向いたらその時学ぶよ。」
「もう、羨ましいわね。さすがは長命種だわ。」
ハーマイオニーはちょっとだけ戯けたように頰を膨らませて、クスクス笑いながら言ってくる。リドルと比べて彼女の反応のなんと可愛らしいことか。この子がトカゲになる心配は不要だな。
益体も無いことを考えながら歩いていると、いつの間にか本屋の前へとたどり着いていた。毎度おなじみのフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店。今日はどこぞのバカがサイン会を開いていないようで何よりだ。
そのまま店内に入ってみれば……檻? 立派な鉄製の檻が本棚の間に鎮座しているのが見えてくる。おいおい、魔法生物ふれあいフェアでも始めたのか? 本屋でやるもんじゃないだろうに。
「何かしら? ブラックが脱獄したから、囚人の本が流行ってるとか? 気合の入ったディスプレイね。」
「だとすれば、考えたヤツはロングボトム級のバカだね。あの隙間からじゃ本を取り出せないよ。」
何が入っているのかと二人で近付いてみると、檻の中では、あー……本がお互いを食い合っていた。なんだこれは? いくら魔法界にしたって妙ちきりんな光景ではないか。『闘本』なんて初めて見たぞ。
壮絶な本同士の殺し合いに顔を引きつらせていると、同じような顔をしているハーマイオニーが解説してくれた。彼女は状況を理解したようだ。
「『怪物的な怪物の本』だわ。今年の飼育学の教科書なの。ケトルバーン先生がお辞めになるみたいで、教科書が新しくなったのよ。」
「……四ヶ月前の私を褒めてやりたいね。よくぞ飼育学を切り捨ててくれたもんだ。英断だったよ。」
良くやったぞ、リーゼ。こんな教科書を選び出す教師がマトモなはずなどないのだ。ムーディ並みにイカれてるに決まってる。
それはハーマイオニーも同感のようで、少し困ったような顔をしながら口を開く。
「ハグリッドが休み中に贈ってくれたんだけど……新しい先生は知り合いなのかしら? 何というか、センスが似てるわよね。」
「約束しよう、ハーマイオニー。キミは飼育学を取ったことを後悔する。必ずだ。」
「やめてよ、リーゼ。ダンブルドア先生が選んだのよ? だからまあ……大丈夫なはずよ。」
「クィレルもそうだったけどね。」
後頭部に『小さな』問題を抱えていた教師の名を出したところで、店主が私たちに気付いて近寄ってきた。その顔は客に見せていい顔ではないし、とうとう片方をバラバラにし始めた怪物本を止めようともしていない。まるでこの世の全てを呪っているような表情だ。
「当ててみせましょう。お嬢さん方はホグワーツの生徒で、この忌々しい本を買いにきたんですね? ちょっと待っててください、今準備しますから。」
儚い諦観の笑みを浮かべながら防護用の分厚い手袋を嵌め始めた店主を、ハーマイオニーが慌てて止めにかかる。哀れなもんだ。この分では大損に違いない。なんたって本同士が勝手にバラバラにし合うのだから。
「いえ、それはもう持ってるんです。三年生の、それ以外の全部の教科書を買いにきたの。」
「三年生の、これ以外の全部? ……ああ、お嬢さん、貴女は素晴らしいお客さんだ。すぐにご用意しますよ。『これ以外の全部』だなんて! 最高の響きじゃないですか。」
途端に満面の笑みになった店主は、嬉しそうにハーマイオニーの教科書を準備し始めた。どうやらこの本にお目にかかれる機会はもう無さそうだ。少なくともこの店は二度と仕入れまい。
……パチュリーの図書館には複製されていないだろうな? いや、されてるか。こうやって店頭に並んでいるのだ。されていないはずがない。
ま、あそこの魔道書に比べればかわいいもんさ。この怪物本なら、最悪腕を噛み千切られるくらいで済むだろう。魔道書だと腕以外を全て噛み千切られているところだ。怪物本はこの店の食物連鎖の頂点に君臨しているようだが、パチュリーの図書館ではそれは叶うまい。書店の怪物本、パチュリーの図書館を知らず、だな。
私がどうでもいいことを考えている間にも、店主が集めてきたハーマイオニーの教科書がどんどん山を作っていく。袋一つには間違いなく収まらない量だ。
「ハーマイオニー? あの量を持てるのかい?」
「大丈夫よ……多分ね。」
二つ目に突入した袋詰めを見ながら、ハーマイオニーは自信なさげに言うのだった。
───
「ごめんね、リーゼ。」
しょんぼりしてしまったハーマイオニーに向かって、苦笑しながら口を開く。結局一度漏れ鍋に荷物を置きに戻ったのだ。重い本の山を持った状態で外をウロつくのは賢い選択とは言えなかったのである。
「そんなに気にしないでくれよ、ハーマイオニー。いい運動になったさ。」
ジリジリという太陽の中、あの量の本を運ぶのは中々に面倒な経験だったが……まあいいさ。わたわたしているハーマイオニーは面白かったし。
私が本当に気にしていないことが伝わったのだろう。ちょっと元気を取り戻したハーマイオニーは、顎に指を当てながら話し始めた。
「それにしても……学校に行ったらあの半分くらいは持ち歩かなきゃいけないわけだし、対処策を考えないといけないわね。」
「リュックでも買うべきかもね。もちろん馬鹿でかい登山用のやつを。」
「うーん、先にいい魔法がないか調べておくわ。それで見つからなかったら……登山リュックね。」
後で拡大呪文のことを教えてやる必要がありそうだ。でなきゃハーマイオニーのあだ名が『アルプス』になってしまう。……もしくは『ヒマラヤ』か。
それもちょっと面白そうだと考え始めたところで、ようやく第二の目的地へと到着した。
「これはまた、多種多様じゃないか。小さな動物園に近いね。」
「まあ、ダイアゴン横丁で一番大きなペットショップだもの。……すごい臭いね。」
ハーマイオニーの言う通り、ペットショップである。彼女のふくろうを買いにきたわけだが……確かにすごい臭いだ。周辺に飲食店が一切ないのはこのせいか。
店内に入るとその臭いは更に強くなった。所狭しと並ぶケージには、ネズミ、蛙、ふくろう、蛇、猫、カラスといったよく聞くペットの他にも、イグアナや猿、孔雀やペンギンといった滅多に見ないヤツまで勢揃いだ。多種多様なのは店先のケージだけではなかったらしい。
「さっさとふくろうを買って出ようじゃないか。動物臭くて堪らないぞ。」
私にあっかんべーをしてきた無礼な猿のケージをぶん殴りながら言うと、ハーマイオニーはキョロキョロと店内を見渡しながら嬉しそうに口を開いた。
「そうね、そうなんだけど……猫も可愛いわ。うーん、目移りしちゃう。」
おっと、マズいな。ハーマイオニーが『目移り』し始めたぞ。このセリフが出るということは、長くなる可能性が高いのだ。
ちょっと焦り始めた私を他所に、獲物を見つけたとばかりの表情を浮かべている店主らしき魔女が、物色するハーマイオニーに話しかけてくる。やめろ、余計なことをするな。
「あら、お嬢さん! ペットをお探しなんですね? 何がお望みかしら? 手紙を運ぶふくろう? それとも薬の材料を生み出してくれる蛙かしら?」
「ふくろうを買いに来たんだけど……猫もかわいくって。ここにいるので全部なんですか?」
「まさか! まだまだいますよ。さあさあ、こちらにいらっしゃって!」
決まりだな。ぐいぐい引っ張られていくハーマイオニーを見送って、買い物が長くなるという予感を確信へと昇格させる。あの様子では根こそぎ見せられるぞ。そしてハーマイオニーも根こそぎ見るだろう。
ため息を吐きながら再び店内を見回すと……おや、コウモリもいるのか。残念ながらあまり人気はないようで、店の隅のケージにまとめられているのが見えてきた。窮屈そうでちょっと可哀想だ。
私がケージへと近付いていくと、コウモリたちもケージにしがみついて私の方へと寄ってくる。ふむ? ちょっと可愛いじゃないか。
「やあ。」
何とは無しに声をかけてみれば……おお、揃いも揃ってキッキッキと応えてくれたぞ。礼儀正しい連中だな。『くちばし付き』の馬鹿どもとは大違いだ。
小さな身体に大きな耳。口にはかわいい牙を覗かせて、くりくりと首を傾げながら『なぁに?』という表情で私を見つめている。やめろ、そんな目で見るな。欲しくなってきてしまう。
こいつらを可愛らしく思ってしまうのは吸血鬼特有の感情なんだろうか? 実のところ、吸血鬼とコウモリの関係についてはよく分かっていない。翼を見ればそっくりだし、吸血をする種類が存在しているのも確かだ。
しかしながら別に祖先というわけでもないだろうし、もちろん人間とコウモリの合いの子というわけでもない。吸血鬼は吸血鬼として生まれたはずだ。
うーむ、考えれば考えるほど不思議な関係性じゃないか。紅魔館にもコウモリは住み着いているし、古くからコウモリと私たちは助け合って生きてきたのだ。彼らが監視の目となり、私たちは対価として餌を提供する。特に疑問を持たずに行ってきた行為だったが……まあいいか。こういう疑問はパチュリーにでもぶん投げてやればいいのだ。
思考に決着をつけたところで、それを見計らったかのようにハーマイオニーから声がかかる。
「リーゼ、決めたわ! この子を連れて帰ろうと思うの!」
元気よく言ってきたハーマイオニーの方を振り返ってみると……猫、だよな? ぶっさいくな潰れ顔の猫もどきを抱いているのが見えてきた。悲しいかな、ハーマイオニーの美的センスは私と少々違っているようだ。
微妙な表情で猫らしきオレンジ色の毛玉を見つめている私に、ハーマイオニーが嬉しそうにそいつを突き出してくる。近くで見ると尚のことぶっさいくだな。
「クルックシャンクスよ! ほら、クルックシャンクス? 私のお友達のリーゼよ。ご挨拶は?」
やる気無さげににゃぁおと鳴いたクルック……毛玉に、私もやる気無さげに返事を返す。
「どうも、毛玉ちゃん。それじゃあ……ふくろうはいいのかい? ハーマイオニー。」
「毛玉ちゃんじゃないわよ。クルックシャンクス! ふくろうは……残念だけど、お金ももうないし。諦めるわ。」
「そんなにしたのかい? 随分と高い毛玉じゃないか。」
「クルックシャンクス!」
ふむ。それなら……ふふん、いいことを思い付いたぞ。脳内に浮かんだ考えを実行に移すべく、コウモリのケージを指差してハーマイオニーに話しかける。
「それなら、私からも少し早い誕生日プレゼントを贈るよ。この可愛いオオコウモリをプレゼントしよう。手紙だって運べるぞ?」
実にいい考えじゃないか。あのオオコウモリは窮屈なケージで可哀想だし、ハーマイオニーだってふくろうを欲しがってたんだ。まあ、ふくろうもコウモリも変わるまい。どっちも手紙を運べるわけだし。
私の提案を受けたハーマイオニーは、何故かちょっとだけ顔を引きつらせながらもゆっくりと口を開いた。
「あー……なるほど。それは、うん。とっても嬉しいわ、リーゼ。ただ……コウモリはパパとママが困ると思うの。それにホグワーツのふくろう小屋でイジメられちゃうかもでしょ? 周りはみんなふくろうだから。そうなったら可哀想よ。」
「ふむ? ……それもそうか。残念だったね、おまえ。」
ハーマイオニーの言葉を聞いて、ちょっと元気のなくなってしまったオオコウモリに話しかける。確かにふくろうにイジメられる可能性はありそうだ。なんたって羽毛の翼を持つヤツにロクなのはいないのだから。天使の連中は言わずもがなだし、ハリーの白ふくろうやダンブルドアの焼き鳥も無辜の私を突っついてこようとするのだ。きっと美しい皮膜が妬ましいのだろう。
「うん、だから気持ちだけ受け取っておくわ。私、お支払いを済ませてくるわね!」
何故か急に急ぎ出したハーマイオニーを見送って、哀れみを誘う声でキューキュー鳴いているコウモリたちから離れ、離れ……ああもう、わかったよ! わかったからそんな声で鳴くな!
「……キミたちは実にアピールが上手いね。買ってやるから、しっかり働くんだぞ。」
途端に嬉しそうに鳴き始めたコウモリたちに苦笑しつつ、店員に話を通すため私もカウンターへと向かう。紅魔館には沢山いるんだ。少しくらい増えたって問題あるまいさ。
久々の無駄遣いになる予感を感じながら、アンネリーゼ・バートリは店主へと言葉を放つのだった。