Game of Vampire   作:のみみず@白月

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天文塔の隠し部屋

 

 

「ここは通さんぞ、邪悪な吸血鬼め! 太陽の加護を我に! 闇の眷属は闇へと帰れ!」

 

剣をぶんぶん振りながら喚き散らす騎士を前に、アンネリーゼ・バートリは苛々と足を踏み鳴らしていた。今ならブラックの気持ちが良く分かるぞ。なにせ肖像画を引き裂きたくて仕方がないのだから。

 

現在目の前で喚いている馬鹿騎士は、太ったレディに代わって談話室を守ることになった肖像画だ。その名もカドガン卿。もう名前からしてお察しではないか。

 

既にこいつが設置されてから数週間が経っているが、こいつは私が談話室に入ろうとする度に鎧をガチャガチャ鳴らしながら『威嚇』してくるのだ。正義の騎士どのは悪しき吸血鬼がお嫌いらしい。

 

いつもなら鼻で笑って皮肉でも飛ばしてやる余裕があるが、残念ながら今は天文学の帰りである。あの授業で疲弊した私にそんな余裕はない。

 

フリバティジベット(軽薄)。」

 

「無礼であろう! ええい、卑怯なり、吸血鬼! 尋常に勝負せよ!」

 

もはや構うのも面倒で合言葉を口にしてやれば、自分で設定した合言葉に怒りながらもカドガン卿は扉を開けた……というか、開いた。多分勝手に開く仕組みになっているのだろう。ダンブルドアはグリフィンドールに何の恨みがあってこんなヤツを選んだんだ? ここはおまえの出身寮だろうが。

 

「人物画なんて腐る程あるだろうに。こいつに門番をさせるくらいなら犬の絵でも置いといたほうがマシだぞ。五階のヨークシャーテリアの絵とかを。」

 

ブラックだってこんなヤツよりかはそっちの方が怖いはずだ。談話室に足を踏み入れながら後に続く三人に吐き捨てると、ハーマイオニーが困ったような苦笑で返事を寄越してきた。

 

「一応、円卓の騎士の一員だったらしいわよ? 『正気の沙汰ではない勇気』でワイバーンを倒したんだって。何かの本で読んだことがあるわ。」

 

「ふん、ハチドリの間違いだろうさ。それだって取り逃すのがオチだろうがね。」

 

「違いないな。あの爺さんが乗ってるのはロバだぞ? 『小ちゃなノーバート』にだって追いつけないよ。」

 

ロンから懐かしい名前が出たところで、ハーマイオニーがさっさと女子寮の階段へと歩き出してしまう。天文学で疲弊したのは私だけではないようだ。

 

「何にせよ、騎士問答は明日に回しましょう。今日はもう疲れたし、ふかふかのベッドで寝たいわ。」

 

「そうだな。あんなに複雑な星表を書かされるとは思わなかったよ。右手が腱鞘炎になっちまう。」

 

欠伸をしながらロンも男子寮へと歩いて行く。ふむ、今日はみんな夜のお喋りを楽しむ気分ではないようだ。チラリと談話室を見回してみるが……うーん、面白そうなのは居ないな。咲夜と魔理沙は寝てしまったようだし、パーシーが双子とゴブストーンで楽しんでいるくらいだ。

 

「しかしまあ、パーシーも変わったね。」

 

唯一残っているハリーに呟いてみれば、彼は赤毛の三人組を見ながら返事を返してきた。その顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。

 

「うん。なんて言うか……穏やかになったよね。口煩くなくなったし、勉強以外にも色々やるようになったみたいだよ。就職先も決めたんだってさ。」

 

「ふぅん? やっぱり魔法省かい?」

 

「ウィーズリーおじさんと同じ部署に行きたいんだって。マグル製品不正使用なんちゃら局に。」

 

「それはまた……こう言っちゃなんだが、随分と勿体無いじゃないか。出世ルートとは程遠いぞ。」

 

去年の騒動で監督生からこそ外されたが、成績は今でもトップ集団の一員のはずだ。あんな超窓際局ではなく、もう少し良い部署も狙えると思うのだが……。

 

少し驚いた顔の私に、ハリーが曖昧に笑いながら口を開く。

 

「去年の事件があったせいで色々と考えさせられたんだってさ。どんな話があったのかは知らないけど、もう決めてるみたいだよ。前にロンが言ってた。」

 

「へぇ。……まあ、別に私たちが気にすることじゃないか。本人も幸せそうだし、好きにすればいいさ。」

 

少なくともウィーズリー家にとってはそう悪くない選択だったのだろう。あの三人の顔を見ていればそれがよく分かる。去年の今頃じゃ考えられないような雰囲気だ。

 

「そうだね。ジニーも最近元気だし、良い方向に進んでると思うよ。」

 

「大いに結構。この寮じゃ赤毛は目立つからね。彼らの雰囲気が良ければ、寮の雰囲気も良くなるってもんだよ。……それじゃ、私も寝るとするかな。」

 

今日はもう夜のお散歩をする気分ではない。私もすり減らされた精神を回復しようと階段へ向かって歩き出したところで……おっと? ハリーが慌てた感じで呼び止めてきた。まだ何かあるのか?

 

「ちょっと待って、リーゼ。その、お願いがあるんだ。」

 

「お願い?」

 

聞き返してやると、ハリーは大きく頷きながら真剣な表情で『お願い』とやらの内容を口にする。

 

「僕に守護霊の呪文を教えて欲しいんだ。」

 

「……なるほど。」

 

まあ、予想していなかったと言えば嘘になる。ハリーは二回も吸魂鬼関係で失態を演じているのだ。当然ながらその対策なのだろうが……三年生で守護霊の呪文はちょっと厳しいように思えるぞ。あれは大人でも難しい呪文のはずだ。

 

黙考する私を見て、ハリーはなおも言い募ってきた。

 

「もう吸魂鬼にやられっぱなしでいるのは嫌なんだよ。今日の防衛術で僕だけ残らされたでしょ? そのとき守護霊の呪文の話になって、ルーピン先生が教えてくれるって約束してくれたんだけど……。」

 

「それなら私が教えるまでもないじゃないか。本職が教えてくれるならそっちの方がいいだろう?」

 

「でも、あんまり時間は取れないみたいなんだ。だから先に基礎だけでもと思って。……ダメかな?」

 

ふむ。それならまあ、構わないか。難しい部分はルーピンに丸投げすればいいんだし、初歩を教えるだけなら大して苦でもない。霞のような守護霊もどきを出すだけならばさして難しくもないのだ。

 

「ま、基礎だけならお安い御用だよ。だが……この呪文は難しいぞ、ハリー。実体なしの守護霊ならともかく、有体守護霊を作り出せるようなヤツは大人にだってそう居ないんだ。」

 

「でも、リーゼは出来てる。そうだろう?」

 

「あー……吸血鬼は守護霊の呪文に適性があるのさ。私たちが使う分には、そこまで難しい呪文じゃないんだよ。」

 

確か一年の頃にそんな設定を作った気がする。懐かしの『本で読んだわ』状態のハーマイオニーを思い出しながら言ってやると、ハリーは少し驚いたように返事を返してきた。

 

「そうだったの? ……人間のと同じ呪文なんだよね?」

 

「基本的には同じかな。」

 

「それなら問題ないよ。それじゃあ、早速お願いできるかな?」

 

おいおい、今からやる気か? ……まったく、仕方がないな。やる気満々なハリーを目立たない隅のソファへと誘導して、杖を取り出しながら口を開く。

 

「いいかい? 守護霊の呪文において最も重要なのは『幸福』だ。つまり、幸せな記憶だよ。恐怖と対になるそれを実体化することで、恐怖を体現する吸魂鬼に対抗するってわけさ。」

 

「幸福な記憶……思い浮かべるだけでいいの?」

 

「言うほど簡単じゃないぞ、ハリー。生涯で一番幸せだった瞬間を強く想像するんだ。生半可な記憶じゃ、有体どころか煙一つも出せやしないよ。」

 

「わかった。そしたら?」

 

この様子だと多分わかっていないが、やらねば理解もできないだろう。習うより慣れろ。とりあえず先に呪文を教えた方が良さそうだ。

 

「そしたら円を描くように杖を振って……エクスペクト・パトローナム。こんな感じだ。」

 

呪文を唱えてやれば、私の杖先から小さな銀色のコウモリが飛び出してくる。パタパタと忙しなく飛び回るそれを見ながら、ハリーは真剣な表情で私の動作をなぞり始めた。

 

「……エクスペクト・パトローナム!」

 

呪文を唱えたハリーの杖先からは……うーむ、ギリギリ煙と言えなくもない銀色の何かがふんわり出てきた。これでは吸魂鬼どころかレタス食い虫すら追い払えまい。マグルに見せたって驚かなさそうだ。

 

ハリーにもそれがわかったようで、かなり残念そうな表情で口を開く。

 

「まあ……うん、失敗だね。守護霊の形とかはイメージしなくていいの?」

 

「しなくても大丈夫だ。嘘か真か、守護霊は使い手の本質を映し出す鏡らしいよ。つまり、キミの本質に近い動物が勝手に形作られるはずさ。」

 

「じゃあ、記憶が弱かっただけかな?」

 

「恐らくそうだね。……説明するのは難しいが、守護霊は魔力ではなく幸福そのものを使って作るものなんだよ。だからこそ、魔力の豊富な魔法族でも使い熟すのは難しいわけだ。」

 

私の言葉を受けて、ハリーは腕を組んで幸せな記憶を探し始めた。これまでの魔法とは本質的に違うのだ。習得には時間がかかることだろう。……というか習得できるか微妙なほどだ。

 

「それじゃ、私は寝る。キミも数回試したら眠りたまえよ? この呪文は精神の深い場所にある力を使うんだ。やりすぎると酷い虚無感に襲われるぞ。」

 

「もう寝ちゃうの? その……これだけ?」

 

「なぁに、後は練習あるのみさ。」

 

ひらひらと肩越しに手を振りながら、寝室に向かって歩き出す。基礎は教えたんだ。後はルーピンにでも任せればいいだろう。

 

コツコツと女子寮への階段を上りつつ、アンネリーゼ・バートリは欠伸を一つ放つのだった。

 

 

─────

 

 

「……。」

 

深夜。ルームメイトたちが寝静まったのを確認して、霧雨魔理沙はゆっくりと寮の部屋を抜け出していた。当然ながら忍び足で。

 

つまり、今日も夜の探検を始めるのだ。忍びの地図を手に入れて以来、こっそりと夜のホグワーツを歩き回るのは私の日課となっている。……まあ、仕方なかろう。こんな地図を手にして大人しくベッドでお寝んねしてられるやつがいるか? 少なくとも私には不可能なこった。

 

「我、よからぬことを企む者なり。」

 

女子寮の廊下でいつものように地図を広げて、杖を置きながら合言葉を唱える。先ずは談話室に人が居ないことをチェックして、それから──

 

「何をしてるの?」

 

「うぉっ……何だよ、咲夜か。」

 

ビビった。バクバクと鳴り響く胸に手を当てている私を見て、寝間着のままの咲夜がかなり怪訝そうな顔で口を開く。足音が全然しなかったぞ。

 

「昨日もいなくなってたでしょ。夜中に喉が渇いて起きちゃった時、貴女のベッドが空っぽだったわよ。」

 

「あー……それはだな、ちょっとした用事があって……。」

 

どうする? 話しちゃうか? 迷う私の脳裏に、医務室で涙目になっている咲夜の顔が過ぎった。あのクィディッチでの『墜落』の後、コイツは本気で心配してくれたのだ。

 

口調こそは呆れているような感じだったが、あの顔は明らかに心配していた。ポンフリーに何度も傷が残らないかを聞いていたくらいだ。苦笑しながらも丁寧に説明していたポンフリーのことが印象に残っている。

 

……うん、話そう。双子しかり、偉大なる五人の先輩方しかり。悪戯は一人でやるものじゃないはずだ。一緒に楽しめる友達がいたほうがきっと良い。

 

「よしよし、わかった。説明してやるからついて来いよ。」

 

腕を組んで私の説明を待っている咲夜を、人差し指を口に当てながら談話室へと誘導する。怪訝そうな顔の彼女と暖炉の前のソファに座り込んでから、地図を見せて説明を始めた。

 

「コイツを試してたのさ。忍びの地図っていってな、双子から貰ったんだ。」

 

「忍びの地図? ……これ、ホグワーツの地図なの?」

 

「それだけじゃないんだぜ。コイツはな──」

 

ひと通り説明を終わらせると、咲夜は眠気も吹き飛んだという様子で興味深そうに地図を突っついている。こいつも地図の魔力には抗えなかったようだ。

 

「……凄いじゃないの。きっと信じられないほどに高度な魔法がかかってるんだわ。」

 

「いいか、咲夜。このことはリーゼにも言うなよ?」

 

「リーゼお嬢様にも? でも、それは……。」

 

む、迷ってるな。途端に顔を下げてモジモジ悩み始めた咲夜に、しっかりとした口調で言い募る。リーゼに言えば面白がって取り上げられちまう可能性が高いのだ。そして取り上げられれば二度と戻ってくることはなかろう。鬼ってのはそういう生き物だ。

 

「お前と私、二人だけの秘密だ。」

 

「二人だけの? ……うん、わかった。聞かれない限りは言わない。」

 

「おいおい、聞かれたら言うのかよ。」

 

「だって……嘘をつくのは嫌よ。っていうか、無理。黙ってるのが精一杯だわ。」

 

まあ……仕方ないか。こいつの『お嬢様方』への依存っぷりは重々承知している。黙っているだけでもかなり譲歩してくれてるはずだ。この辺が妥協点だろう。

 

苦笑して頷きながら、談話室の扉を指差して口を開く。

 

「それじゃ、着替えてこいよ。早速探検に行こうぜ。今日は天文塔の辺りを調べようと思ってたんだ。」

 

「でも、見つかったら減点よ? それに罰則も食らっちゃうわ。」

 

「おいおい、そうならない為の地図だろ? 行こうぜ、咲夜。一緒に夜の冒険だ!」

 

ニヤリと笑って誘ってやると、咲夜は一瞬だけ逡巡した後……コクリと頷いて立ち上がった。そうこなくっちゃな!

 

───

 

「ぬ、既に闇が訪れているぞ、少女たちよ! 我の守護する城へと戻るのだ!」

 

「あー……探索に向かうんだぜ。栄誉と真理を探しにな。」

 

「おお、探求者であったか! これは失礼した、小さな賢人たちよ。旅の幸運を祈る! 闇夜を切り拓く者たちに幸あれ!」

 

咲夜が着替えた後、いつものようにカドガン卿に適当な言い訳を放ってから、二人で夜の廊下を歩き出す。あいつはボンヤリとした返事をしてやれば勝手に勘違いしてくれるのだ。太ったレディには悪いが、こいつが設置されたのはラッキーだったな。

 

毎度のことながら薄暗い廊下はちょっと怖いが……うん、一人の時よりはずっと楽しい気分だ。やっぱり誘ってよかった。

 

咲夜はキョロキョロと不安そうに辺りを見回しながら、私を見てポツリと呟いた。

 

「リーゼお嬢様と鉢合わせたりしないわよね? 何処にいるか分かる?」

 

「リーゼ? ちょっと待ってな、リーゼは……。」

 

歩きながら地図を確認するが……むぅ、見当たらないな。女子寮の部屋にも居ないし、何処ぞの廊下でも歩き回っているのか? これまでの数回の探検の時もあいつは意味不明な場所に表示されていたのだ。正に神出鬼没である。

 

「……見当たらないぞ。校外にいるのかもしれんな。」

 

「吸血鬼は表示されないってことはないんでしょうね? 罰則も減点も我慢できるけど、リーゼお嬢様に怒られるのだけは嫌よ?」

 

「大丈夫だ。この前表示されてるのを見たし、近付いてきたら逃げればいいのさ。」

 

「リーゼお嬢様から逃げるだなんて……こんな日が来るとは思わなかったわ。」

 

ちょっと微妙な顔で言う咲夜と、長い螺旋階段を上っていけば……天文塔の天辺に続くドアが見えてきた。あそこを抜ければいつも天文学の授業をやってる天文台だ。ドアの周囲はかなり大きな踊り場になっている。

 

踊り場に到着したところで、窓から月を見ている咲夜が口を開いた。今日は雲が少ないせいで月が綺麗に見えるな。

 

「それで、何を調べに来たの? 見事な三日月だけど……普通に夜空を見に来たわけじゃないんでしょ?」

 

「こっちだ。踊り場の隅っこに隠し部屋があるっぽいんだよ。」

 

「へぇ? 全然気付かなかったわ。」

 

広い踊り場の隅へと歩いて行き、二人で辺りを調べてみると……ふむ、これが怪しいな。壁にひし形の窪みのようなものがある。そこだけ何故か緑がかっているし、明らかに自然に出来たものではない。

 

同じく気付いた咲夜がコツコツと窪みのある壁を叩いてみれば、確かに他の場所とは違う音が返ってきた。つまり、この先に空間があるということだ。

 

「どうやって開くの?」

 

「地図の同じ場所を杖で叩いてやれば、文字が浮かび上がってきて開け方を教えてくれるのさ。見てろよ?」

 

地図上にある私たちの点のすぐ側を叩いてみれば……ありゃ? 短く『不明』とだけ浮かび上がってきた。つまり……。

 

「開けられないってことじゃないの?」

 

「あー……そうみたいだな。この地図を作った先輩方でも無理だったらしい。」

 

咲夜の言葉にちょっと残念に思いつつ同意する。いつもなら合言葉やら開け方やらが浮かび上がってくるのだが、こんなのは初めてだ。

 

「隠し扉自体は見つけられたけど、開け方が分かんなかったのかもな。」

 

「そうかもね。でも、そう言われると俄然気になってきちゃうわ。この窪みが怪しいと思うんだけど……。」

 

そう言うと咲夜は、何処からか取り出したナイフで窪みをゴリゴリし始めた。まあ、開けるのは難しかろう。先輩方でも無理だったとなれば、ちょっとやそっとじゃ開かないはずだ。

 

諦め悪くゴリゴリを続ける咲夜に苦笑したところで、何となく地図に目を落としてみると……やっば。螺旋階段を上ってくる点があるぞ。

 

「おい、ヤバいぞ、咲夜。誰かが来る。どっかに隠れよう。」

 

「ちょ、どっかって何処よ。」

 

「あー、えーっと……あそこだ。向こうの戸棚。あの中に隠れるぞ。」

 

小声でやり取りを終えた後、二人で戸棚に入り込んで扉を閉める。天文学で使う器材が置いてある戸棚だ。……っていうか、狭いな。ぎゅうぎゅう詰めだぞ。

 

「ちょっと、もっと詰めてよ、魔理沙。望遠鏡が私のお腹に突き刺さってるんだけど。」

 

「こっちも限界なんだよ。私なんて折り畳み椅子に頭を小突かれてるんだぞ。タンコブになったら……静かに。来たぞ。」

 

わちゃわちゃと位置調整を繰り返していたが、近付いて来る足音で二人とも息を潜める。戸棚の僅かな隙間から踊り場を覗いてみれば……ラデュッセル? 歓迎会以来、殆ど見たことのない陰気男が見えてきた。

 

「ラデュッセルだ。……こんな所で何してんだろ?」

 

小声で咲夜に問いかけてみると、彼女は何故かドン引きした様子で口を開く。

 

「知らないけど……あの髪飾り、女物じゃない。女装して夜の校舎をウロついてるわけ? さすがに特殊な趣味すぎるわ。」

 

「こっからじゃ良く……本当だ。全然似合わんぜ。女装して星を見にでも来たのか?」

 

おまけに髪飾りの下にある顔はいつもの能面みたいな笑顔ではなく、完全なる無表情だ。むちゃくちゃ不気味だな。小声でボソリと呟いてみれば、咲夜も声を潜めて返してきた。

 

「きっとロクなことじゃないわ。リーゼお嬢様はあの男がお嫌いみたいなの。つまり、嫌なヤツなのよ。」

 

「その判断基準はどうかと思うがな。」

 

私たちが小声で話をしている間にも、ラデュッセルは先程私たちが調べていた壁でゴソゴソ何かをやり始める。……おいおい、アイツも隠し部屋に興味があるのか?

 

そのまましばらくの間はラデュッセルが何らかの器具を使う音だけが踊り場に響いていたが、やがて彼は舌打ちを鳴らすと思いっきり壁を殴りつけた。いきなりなんだよ。こえーよ。

 

「……忌々しい。」

 

憎々しげな呟きを残した後、ラデュッセルは身を翻して螺旋階段を下りて行く。地図で彼が遠ざかったのを確認してから、戸棚を出て怪訝そうな咲夜と顔を見合わせた。

 

「……なんか、怖い雰囲気だったわね。興味から調べてるって様子じゃなく、もっと必死な感じだったわ。」

 

窪みの方を見ながら言う咲夜に、コクリと頷いて返事を返す。確かに怖かった。ラデュッセルは調べている時も、壁を殴りつけた時も、ずっと無表情のままだったのだ。人間としての大事な何かが抜け落ちているみたいだった。

 

「何だか知らんが、リーゼの言うことは正しかったみたいだな。アイツはどうも……あんまりいいヤツじゃなさそうだ。」

 

ラデュッセルはあの窪みの先に何があるのかを知っているのだろうか? あの必死さを見るに、咲夜の言う通り興味本位ということはなかろう。

 

咲夜と二人でひし形の窪みを見つめながら、霧雨魔理沙は双子にも聞いてみようと決意するのだった。

 

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