Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

 

 

「んー、悪くなかったと思うけど……極悪人エグバートと戦ったのは奇人ウリックだよな?」

 

魔法史の試験会場から大広間へと向かいながら、霧雨魔理沙は隣を歩く親友に質問を放っていた。どうも人名系は苦手だな。こればっかりは言語の差を感じてしまう。

 

つまり、ラデュッセルからは命からがら逃げ延びることができた私たちも、期末試験の魔手からは逃げ果せることができなかったのだ。他の生徒たちと同じように一年間学んだことを必死に思い出して、なんとか地獄の試験期間を乗り切ろうとしている。

 

私たちの頑張りは……まあ、無駄にはならなかったようだ。ハリーはシリウス・ブラックの真実を知り、ロンもピーター・ペティグリューの真実を知ることが出来た。お陰で最近はずっと落ち込んでいるが。

 

とはいえ、失ったものもある。鍵こそ取り上げられずに済んだものの、我らが星見台は残念ながら秘密基地とは言えなくなってしまったのだ。事件から少し経った後、アリス、校長、そして紫の陰気な魔女の手によって根掘り葉掘り調べられてしまった。……あの魔女はなんだって本棚が無いことに激怒していたのだろうか? アリスと校長が止めなきゃ星見台が吹っ飛んでたぞ。

 

それに、地図の行方も結局分からず終いだ。恐らくペティグリューがそのまま持っていってしまったのだろう。事情を聞いた双子は笑って許してくれたが、やっぱりあれを失ったのは痛い。まだまだ調べてない場所も沢山あったのに。

 

そういえば、あの偉大な五人の先輩方の正体も発覚した。プロングズはハリーの父親、パッドフットとムーニーはブラックとルーピン。そしてピックトゥースが金髪の吸血鬼……フランドールで、ワームテールがペティグリューだったらしい。咲夜の見舞いに来たフランドールが教えてくれたのだ。

 

その時五人組の因縁についてもフランドールが教えてくれた。……ふん、思い出すだけでムカつく話だぜ。友達を裏切るだなんて、クソ野郎だ。そんなことをするくらいなら私は迷わず死を選ぶぞ。

 

ただまあ、私やハリーが怒っている反面、咲夜やフランドールにとっては別に思うところがあったようだ。ペティグリューが必死に咲夜を庇った一件である。フランドールによれば、コゼット……咲夜の母親を思い出したんじゃないかということだった。

 

罪悪感か、一抹の良心か、はたまた僅かに残った友情か。実際のところはペティグリューのみぞ知ることだが、二人にとっては何かを考えさせられる一件だったらしい。

 

私がオドオドした小男のことをぼんやり考えていると、咲夜が呆れたように問いの返事を放ってきた。顔の横には取り戻した緑のリボンが揺れている。

 

「違うわよ、魔理沙。悪人エメリックでしょ? 昨日散々予習したとこじゃないの。奇人ウリックはクラゲを被ってた人だってば。」

 

「あー……しくじったな。極悪人やら悪人やら、ウリックやらエメリックやら、あの辺は引っ掛けが過ぎるぜ。」

 

「まあ、あの感じだと大した配点じゃないでしょ。……それより午後の試験勉強をしておかなくちゃ。変身術の実技だなんて、絶対に難しいのが出てくるわよ。」

 

間違いあるまい。魔法薬学の実技と双璧をなす難易度のはずだ。脳内に変身術で習った呪文のリストを並べ始めつつ、死屍累々の大広間へと足を踏み入れてみれば……おやおや、ハリーたちも酷い有様だな。余裕綽々で昼食を取っているのはリーゼだけのようだ。

 

「よう、そっちは何だったんだ?」

 

隣に座り込みながら落ち込んでいるハリーに声をかけてみれば、彼はどんより顔で答えを放ってきた。楽しい試験じゃなかったのは確かだな。楽しい試験なんてもんが存在するかは謎だが。

 

「魔法薬学の筆記だよ。……マリサ、頰を抓ってくれないか? もしかしたら目覚まし薬と爪伸ばし薬を逆に書いたのは夢だったのかもしれない。」

 

「諦めろ、ハリー。現実さ。試験はまだまだ続くんだ。落ち込んでる暇なんか無いぞ。」

 

「その通りだぜ、ハリー。終わったことは忘れちまえよ。それより、午後の呪文学の実技を心配するべきだ。……元気の出る呪文が心配だな。試したらダメかい?」

 

杖を取り出しながら言うロンに、ハリーは首を振って返事を返す。うんざりしたような表情だ。

 

「嫌だよ、ロン。どうせ試験でもかけられるんだよ? 使い過ぎるとシェーマスみたいに耳から煙を出す羽目になるのがオチさ。」

 

「ん、まあ……そうだな。煙を出したままで天文学の試験を受けるのは賢い選択とは言えないな。」

 

「その前に、終わらせ呪文の復習をしておくべきね。使用頻度の高い呪文なんだから、絶対に出てくるわよ。」

 

「ああ、それもあったか。……フリットウィックめ。またリンゴが歩くのを止めさせるに違いないぞ。今から当てる練習をしとかなくちゃな。」

 

なんだそりゃ。アホみたいな試験だな。ハーマイオニーの提案を受けたロンが朝食のリンゴを転がし始めたのを他所に、教科書を見ながらうんうん唸っているハリーへと質問を飛ばす。

 

「なあ、ブラックの裁判はどうなったんだ? 悪い状況じゃないんだろ?」

 

現在のブラックは冤罪を晴らすための裁判の真っ最中なのだ。ラデュッセルの証言もあるし、勝訴は堅いと思ってたのだが……違うのか? 質問を受けたハリーは苦い顔をしている。

 

「うん、悪くはないよ。スカーレットさんも頑張ってくれてるみたいだし。でも、決め手になる証拠が足りないんだって。肝心のペティグリューが逃げちゃったからね。……それに、無許可の動物もどきだったことも問題視されてるみたい。」

 

「いやいや、それとこれとは別だろ? 冤罪おっ被せてアズカバンに十二年も入れてたのはどうなんだよ。」

 

「本当にね。……多分、魔法省は自分のスキャンダルを隠したいんじゃないかな。論点をすり替えてるんだよ。」

 

「そりゃまた……酷い話だぜ。」

 

何とも嫌になる話じゃないか。落ち込む私たちに、向かい側で肉に巻いた肉を頬張っていたリーゼが声をかけてきた。見てるだけで胸焼けしそうな料理だ。

 

「ブルズアイだ、ハリー。キミの予想は大当たりさ。奇妙な話だとは思わないかい? うんざりするほど騒いでた予言者新聞が、今やブラックの『ブ』の字も載せなくなっただろう? 東部の魔法使いが岩とトロールを見間違えて大騒ぎしたとか、ドラゴン保護団体が抗議のためにドラゴン花火をぶっ放したとか、下らない記事ばかりだ。」

 

「揉み消してるってことか? でも、魔法省に関しての悪い記事は何度か見たぞ。なんでブラックの件だけは書かないんだよ。」

 

「さぁね。何か取引があったのかもしれないし、自分たちが散々悪人扱いしてたから体面が悪いのかもしれない。……まあ、その辺はレミィにでも聞きたまえ。私には分からないよ。」

 

うーむ……何かこう、納得いかない話だな。魔法界の新聞も天狗のそれと同レベルってことか? 私が嘘八百を並べる『ケツ拭き紙』のことを思い出している間にも、ハリーは首を振りながら話を続ける。

 

「シリウスは手紙で負けはしないだろうって言ってた。……でも、この分だときっと冤罪が晴れたことも書かれないんじゃないかな。そしたら意味ないよ。誰も無罪になったことを知らないんじゃ、毎日のように通報されるのが目に見えてるでしょ?」

 

「まあ、人混みには苦労しない生活になるだろうね。大量殺人鬼どのがダイアゴン横丁を歩けば、誰もが道を開けるはずさ。シリウス・ブラック閣下のお通りだ。」

 

「そして義憤に燃えたどっかの馬鹿魔法使いが襲いかかってくるんでしょうね。不愉快な話だわ。魔法界の報道は腐ってるのよ。癒着よ、癒着!」

 

リーゼのジョークにもならん言葉に、ぷんすか怒るハーマイオニーが反応したところで……おっと、ルーナ? ルーナがリーゼの隣からひょっこり顔を出した。今日も物凄いヘアピンだな。ネギを持つタマネギがモチーフになっているようだ。哲学を感じるぜ。

 

「こんにちは、みんな。今日はいい天気だね。」

 

「やあ、ルーナ。吸血鬼的にはいい天気だが、人間的には良くないんじゃないかな。ドン曇りだよ、今日は。」

 

「曇ってるとアンガビュラー・スラッシキルターが上手に歩けないんだもん。だからいい天気なんだよ。試験中に城に入ってきたら困るでしょ?」

 

「あー……そうだね。それは困りそうだ。」

 

適当に流したリーゼは元より、他の全員もアンガ……何とかに関しては詳しく触れないで挨拶を返す。きっと試験を受ける魔法使いを食っちまうとか、そんな感じの生き物なのだろう。

 

「それで、どうしたの? ルーナ。試験で不安なところがあったのかしら? 私に分かるところなら教えてあげられるわよ?」

 

ハーマイオニーに『分からないところ』があるのか? 世話焼きモードのハーマイオニーが心配そうに問いかけると、ルーナは首を振りながらハリーに向かって言葉を放った。

 

「ううん、違うよ。今日はハリーに渡すものがあって来たんだ。……はい。パパがハリーに渡せって。」

 

「僕に?」

 

言葉の途中でルーナが取り出したのは……あー、それは手紙か? 蛍光色の緑色で、カラフルに光るシールで封がされている。ルーナの父親は名刺いらずだな。手紙だけで人柄が分かるぞ。

 

みんなが『ラブグッド的な』手紙を見て微妙な表情になる中、オズオズとそれを受け取ったハリーは封を解いて読み始めた。カリカリに焼かれたパニーニを食べながらそれを見守っていると……急にハリーが立ち上がって大声を放つ。何だよ、トマトが落っこちちゃったぞ。

 

「ルーナ、受けるよ! 君のパパに受けるって伝えてくれ! シリウスには僕から伝えておくから。」

 

「何だよ、ハリー。なんて書いてあったんだ?」

 

疑問顔の全員を代表して私が問いかけてやると、ハリーは嬉しそうな表情で手紙の内容を話し始めた。もはや元気の出る呪文は不要だな。

 

「シリウスの件を記事にしてくれるらしいんだ。冤罪のこととか、ペティグリューのこととか……とにかく全部を。渡りに船だよ!」

 

「あら、それって……とっても素晴らしいことだわ! それこそ正しい報道ってもんよ。ペンは権力に屈してはならないの!」

 

「クィブラーは報道誌じゃないけどね。それに、二年前に『クズ』とか言ってたのはどこのどなただったかな? キミは覚えてるかい? ハーマイオニー。」

 

「もう、蒸し返さないの、リーゼ!」

 

キラキラした瞳で報道の在り方を叫んだハーマイオニーに、隙を見逃さない性悪吸血鬼が突っ込みを入れたところで、ずっと行儀よくサンドイッチをハムハムしていた咲夜が口を開く。顔にはちょっと心配そうな表情を浮かべている。

 

「でも、大丈夫なんですか? ルーナ先輩のお父様が魔法省に目をつけられちゃうんじゃ?」

 

「そうだよ、予言者新聞に圧力をかけるようなヤツなんだ。何してくるか分かんないぞ。」

 

ロンも神妙な顔で同意するが……ふむ? ルーナはあんまり気にしていないようだ。涼しい表情で首を振っている。

 

「ン、大丈夫だよ。もう百通くらいは警告状を受け取ってるし、今更何通か増えてもパパは気にしないんじゃないかな。むしろ喜ぶと思うよ。」

 

「えーっと……喜ぶの? 警告状を?」

 

「パパは警告状が暗号になってると思ってるんだ。警告文の最初の一文字を並べ変えると文章になるはずだって言ってた。多分ヘリオパスの軍隊の在処を、魔法省内部の人がこっそり知らせようとしてるんだよ。」

 

「それは……うん、そうかもね。すっごく遠回しな内部告発ってとこかしら。いつか文章になったら教えて頂戴。」

 

警告状を書いてるやつに教えてやりたい情報だな。きっと仕事を辞めたくなるに違いない。ハーマイオニーが引きつった顔で同意のような何かを放つと、ルーナはぴょこりと立ち上がって頷いてきた。

 

「うん、暗号を解読出来たら一番にみんなに教えてあげるよ。……それじゃ、パパに返事を送ってるね。ありがと、ハリー。」

 

「こっちこそありがとう、ルーナ。君のパパにもお礼を言っておいて。」

 

ハリーの返事にもう一度嬉しそうに頷いたルーナは、そのまま大広間の扉の方へと消えて行く。……試験中なのにあんなんで大丈夫なのだろうか? リーゼが何故かルーナに気を遣う気持ちがちょっと分かったぞ。なんだか心配になっちゃうな。

 

恐らく私と同じことを考えているのだろう。リーゼ、ハーマイオニー、咲夜が私と同じ表情で扉の方を見ていると、ハリーが鞄から羊皮紙を取り出して何かを書き始めた。ブラックへの手紙か?

 

「ラブグッドさんが直接取材に行ってくれるらしいんだ。シリウスに伝えて面会許可を取っておいてもらわないと。」

 

「問題はどのくらいの魔法使いが見てくれるかだよな。……少なくともうちのママはクィブラーを取ってないぜ。『週刊魔女』と『おしゃれ魔法便』は取ってるけど。」

 

ロンが難しい顔で言うのに、ハーマイオニーが腕を組みながら答える。今まで気にしたこともなかったが、魔法界の雑誌ってのは結構種類があるのだろうか? ダイアゴン横丁に戻ったら調べてみようかな。特にクィディッチ関連のには興味があるぞ。

 

「大丈夫よ、書店になら売りに出されてるはずだから。……えっと、出されてるわよね? いくらなんでも。」

 

「残念ながら、殆どの書店で取り扱い停止になったらしいね。前にルーナが言ってたよ。」

 

「あー……それじゃあ、クィブラーを購読してる人しか読めないってこと? つまり、グリフィンドールだとリーゼだけが?」

 

「そして信じるかどうかも微妙なんじゃないかな。しわしわ角のスノーカックやら、ブリバリング・ハムディンガーの隣に載るわけだしね。厳密に言えばあれは『空想雑誌』だぞ。」

 

何とも言えない表情で語るリーゼに、ハーマイオニーは勢いを失って黙り込んでしまった。……まあ、それは確かに頼もしいとは言えないな。シリウス・ブラックが空想上の生き物になる日も近そうだ。

 

微妙な沈黙に包まれた場を、手紙を書き終わったハリーの声が破る。何かを思い付いたような表情だ。

 

「あのさ、リーゼ。それならスカーレットさんに頼めないかな? ……えっと、クィブラーを宣伝してくれないかって。スカーレットさんが絡めばみんな興味を持つでしょ?」

 

「レミィがクィブラーの宣伝? 極悪非道な大嘘つきの老婆扱いされているレミィが? ……それはまた、凄まじく面白そうな提案じゃないか。いいぞ、ハリー。あのポンコツはめちゃくちゃ嫌な顔をするに違いない。だったらやる価値はあるはずだ。」

 

ニヤニヤ顔になったリーゼは、いきなり立ち上がると足早に扉の方へと去って行く。恐らくスカーレットに手紙を出しに行ったのだろう。……うーむ、ルーナの時と違って誰も心配そうにはしていないな。表情がいけなかったのかもしれない。明らかに悪巧みしてますって顔だったし。

 

その背が扉の向こうに消える前に、慌てた様子のハリーが手紙片手に席を立った。彼はリーゼがスカーレットを『煽る』のは賢明な選択だと思っていないようだ。

 

「あー、僕も行ってくるよ。シリウスに手紙を出さないとでしょ? ……それに、リーゼを『制御』する人間が必要なはずだしね。あの感じだとスカーレットさんを怒らせちゃうよ。」

 

「そうね。あの顔のリーゼが穏やかな文章を書けるとは思えないわ。クィブラーを廃刊にしたくないなら早く行った方がいいわよ。」

 

ハーマイオニーの声を背に、ハリーもまた廊下の方へと向かって行く。うーむ、次々とふくろう小屋へと人が消えていくな。試験期間中だってのを忘れそうだ。試験の合間の昼休みに手紙を送ろうとするヤツなんてそういないぞ。

 

まあ、これで一応は解決だな。スカーレットがどんな方法でクィブラーを宣伝するかは知らないが、多かれ少なかれ気にするヤツは出てくるはずだ。そしたら口コミででも広まってくれることだろう。噂ってのはどこの世界でもすぐに広まるものなのだから。

 

そして私も私の問題に戻らなくてはなるまい。私たちにどんな事情があろうが、期末試験は手加減してくれたりはしないのだ。誰にでも平等に降りかかってくる災難なのである。

 

思考を忌々しい試験の内容へと戻しながら、霧雨魔理沙はもう一口パニーニを頬張るのだった。

 


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