Game of Vampire   作:のみみず@白月

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三年目の終わり

 

 

「納得できないわ! 不当よ!」

 

寮の自室で苛々とトランクに私物を詰め込むハーマイオニーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは苦笑いを浮かべていた。詰め込むというかは『投げ込む』に近いな。分厚い本が望遠鏡の部品に激突してるぞ。

 

学期末パーティーも終わり、ついにホグワーツから離れる日が訪れたのだ。もちろんハーマイオニーが怒っているのは優勝杯と寮杯を同時に持ったウッドが嬉しさのあまり過呼吸に陥った一件ではなく、パーシーがぶっちぎりの首席になった一件でもなく、ルーピンがホグワーツの教師を辞職した一件である。ウッドのは不当じゃなく順当な結果だった。誰も焦ってはいなかったし。

 

ルーピンは自分が人狼であることを、ブラックの裁判やクィブラーの取材でカミングアウトしたのだ。ブラックの無実を証明するためには、当然ながらペティグリューが動物もどきであることを公表しなければならなかった。無論、ブラック自身やジェームズ・ポッターについてもだ。

 

その部分をウィゼンガモットの評議員に責め続けられるブラックを見兼ねたのか、彼らが無許可の動物もどきになった理由として、ルーピンは自分のためであることを主張したのである。人狼への差別、それを乗り越えた友情、叫びの館で過ごした時間。訥々と大法廷で全てを語ったルーピンは、その後ダンブルドアへと辞表を押し付けたらしい。

 

まあ、無理もなかろう。イギリス魔法界の人狼差別は未だ根強い。数人の保護者からは引き止めの手紙が届いたようだが、残念ながらそれを上回る抗議の手紙が届いてしまった。ダンブルドアのかなりしつこい説得も虚しく、ルーピンはホグワーツを去ることを決めたようだ。

 

「キミが怒っても仕方がないだろうに。本人が辞めると言っているんだ。どうにもならないよ。」

 

「でも、ダンブルドア先生に迷惑をかけないためなのは目に見えてるじゃない。昔と違って今は脱狼薬だってあるのよ? それなら教師をするのに何の問題もないわ。三年生の私に分かるようなことが、なんだって馬鹿な親たちには分からないのかしらね!」

 

今度は着替えをべしんべしんトランクに投げつけながら言うハーマイオニーに、私もトランクへと物を投げ込みながら返事を返す。中の階段を物が転がっていく音がするが……まあうん、壊れたら直せばいいのだ。いちいち小部屋まで往復するよりかは面倒が少なかろう。

 

「誰もがキミほどは賢くないのさ、ハーマイオニー。……そんなに気に食わないなら、いつかキミが魔法界を変えたまえよ。人狼への差別がない魔法界にね。」

 

「……そうね。そういう目標を持つのもいいかもしれないわ。そのためにはもっと勉強を頑張らないと。」

 

「おいおい、それ以上何を頑張るんだい? 四年生の予習も終わらせてるじゃないか。」

 

「じゃあ五年生のをすればいいのよ。」

 

イカれてるな。どうやら彼女だけは二年先の時間を生きているようだ。ようやく落ち着いた手つきに戻ったハーマイオニーに背を向けて、ドアへと向かいながら肩越しに言葉を投げかける。

 

「それじゃ、私は先に談話室に行ってるよ。忘れ物をしないように気をつけるんだよ、ハーミー。」

 

「わかってるわ、ママ。」

 

軽口の応酬を終えてから談話室へと入ってみれば、既に準備を終えたハリーとロンがソファを確保してくれていた。ロンは退屈そうにソファに寝そべり、ハリーは分厚い本にのめり込んでいる。……ハーマイオニーの『病気』が移ったか? 感染するとは知らなんだ。

 

「やあ、そっちは余裕で終わったらしいね。随分と早いじゃないか。」

 

「僕たちが早いんじゃない、そっちが遅すぎるんだよ。マリサやサクヤもまだだし、女子ってのはなんだって荷物が多いんだ?」

 

「知らないのか? ロン。お砂糖やスパイス、それに素敵な何かが入ってるのさ。」

 

物凄く適当に答えてやると、ロンは訳が分からないという顔になってしまった。ふん、洒落の通じないヤツめ。マザーグースくらい読むべきだぞ、少年。ここはイギリスなんだから。

 

不勉強なロンを無視して、ハリーが読んでいる謎の分厚い本を覗き込んでみると……ふむ? マグルの法律の本か? 私は全然詳しくはないが、そんな感じの本を熱心に読んでいるようだ。時折羊皮紙にメモまで取っている。

 

「ハリー、キミは弁護士を目指すことにしたのかい? しかもマグルの。」

 

「違うよ、リーゼ。シリウスの勝訴が殆ど決まったんだ。もう外出許可も出てるみたい。だから……その、一緒に住めないかと思って。名付け親なんだから、不可能じゃないはずでしょ?」

 

「さてね。魔法界じゃいくらか聞く話だが、マグルの法律はさっぱりだ。ハーマイオニーに聞いた方がいいと思うよ。」

 

「うん、後で聞いてみるよ。それに、自分でも色々と調べないとね。……ダーズリー家から離れられるなら、どんな努力だって苦じゃないさ。」

 

希望に満ちた表情で言うと、ハリーは再び小難しい本へと視線を戻す。……残念だが、叶わぬ願いだろう。リリー・ポッターの残した魔法がある以上、成人するかトカゲマンが死ぬまではあの場所に居なければならないのだ。

 

ブラックは既にそのことを知っているはずだし、きっと適当に断りの返事を……いや待て、知らない可能性があるぞ。フランかダンブルドアあたりが教えてそうなもんだが、一応釘を刺しておいた方がいいかもしれない。

 

真剣な表情で必死にメモを取っているハリーを見ていると、さすがに一度承諾された後に断られるのは可哀想だ。想像するだけで哀れな構図ではないか。レミリアにでも言って伝えてもらう必要があるな。

 

ソファの空いているスペースに座り込みながら考え始めたところで、マザーグースの謎を放り出したロンが話しかけてきた。魔法界には魔法界の寓話があるのだろうか? 三人兄弟の物語みたいなやつが。

 

「なあ、リーゼはチケットを取れたりしないのか? バートリ家は凄い家なんだろ?」

 

「バートリ家が『凄い家』なのには同意するが、チケット? 何の話だい?」

 

「何って、クィディッチだよ! 三十年ぶりにイギリスで開催されるワールドカップだ! ……さすがにワールドカップがあるのは知ってるよな?」

 

「ああ、知ってるよ。レミィも行くそうだしね。そりゃまあ、チケットは取ろうと思えば取れるだろうが……私が観に行くと思うかい? わざわざクィディッチを?」

 

行くわけないだろうに。チケットなんぞはレミリアに頼めばダースで手に入るはずだが、私は箒遊びのワールドカップなどには一切興味がないのだ。選手どころかどの国が参加するのかも知らんぞ。

 

私の表情からそれを汲み取ったらしく、ロンはかなり残念そうな表情に変わって口を開く。

 

「まあ、リーゼは興味ないよな。分かってたよ。……それなら、チケットを取るのだけでも頼めないか? 倍率が高すぎてどうも手に入りそうにないんだよ。その、なるべく安い席で。お小遣いを貯めてる分で足りればいいんだけど。」

 

「そのくらいなら別に構わないよ。さすがに確約はできないが、レミィにでも頼んでみよう。金も必要ないさ。あいつが一言呟けば、ご機嫌取りどもからどっさり贈られてくるはずだ。」

 

「本当かい? リーゼ、君は、君は……最高の友達だよ! 幸運の女神だ! 天使だ!」

 

「吸血鬼だよ、ロン。この美しい翼が見えないのかい? 女神やら天使やらに怒られちゃうぞ。」

 

女神のことは知らんが、お堅い天使どもは吸血鬼なんかと一緒にされたら激怒するはずだぞ。とはいえ、私の冷たい訂正も今のロンには届かなかったようだ。ぴょんぴょん飛び跳ねながら全身で喜びを表現している。脳みそを弄られたうさぎのモノマネはマルフォイといい勝負だな。

 

……まあ、ロンにもちょっとくらい幸運が訪れて然るべきだろう。ネズミ男事件は吸血鬼にとっても同情に値する事件だったのだから。チケット一つでご機嫌になってくれるなら安いもんじゃないか。

 

しかし、ロンだけにってのは体面が悪いな。そうなれば双子も欲しがるだろうし、引率役も必要なはずだ。仮にウィーズリー家の全員分となれば……うーむ、本当にダースで必要になりそうだぞ。魔理沙と咲夜の分もあるし、レミリアにはちょっと多めに確保してもらった方がいいかもしれない。

 

魔理沙に関しては元よりチケットを贈るつもりでいたのだ。なんたって彼女は咲夜の恩人なのだから。チケットどころかスタジアムをプレゼントしたっていいくらいだぞ。あるいは賢者の石の二十四色セットでもいい。

 

一応本人にも何か欲しい物がないのかと聞いてみたものの、友人の命を救うのは当然だと言って頑として受け取ろうとしなかったのだ。拍手を送りたい台詞だが、身内を救われて礼もしないなどバートリの名が廃る。魔理沙がどうこうというか、こうなってくるとこっちのプライドの問題だ。

 

報酬を押し付けようとする私とそれを拒否する魔理沙。押し問答の末に導き出した妥協点こそが、咲夜と一緒に行くクィディッチの観戦というわけである。ちなみに引率はレミリアがする予定だ。あの親バカ吸血鬼は休みの期間中、咲夜から離れる気はないらしい。

 

順調に親離れしつつある十二歳と子離れできない五百歳。紅魔館の銀髪二人について考えていると、喜びまくっているロンを見ていたハリーが口を開いた。……とうとう向こうのソファにダイブをかましたぞ。さすがに喜びすぎじゃないか?

 

「羨ましいよ。……バーノンは絶対に許しちゃくれないだろうからね。クィディッチって言った瞬間、部屋に閉じ込められるに決まってる。もちろん鉄格子付きで。」

 

自嘲げに笑うハリーは儚い諦観の雰囲気を纏っている。なんともまあ、哀愁を誘う表情だ。アンニュイな表情が良く似合うヤツだな。

 

「……ハリー、良いことを思いついたぞ。ブラックに迎えに来てもらえばいいのさ。マグルの世界でもあの男は指名手配犯だったんだ。キミの叔父が文句を言えるか見ものだと思わないか?」

 

咄嗟に出てきた考えだが……ふむ、我ながら良い案じゃないか。玄関を開けたら凶悪殺人犯がこんにちはだなんて、中々面白いことになりそうだ。その場面だけは見てみたいな。

 

私の提案を受けたハリーは、徐々に元気を取り戻しながら返事を返してきた。彼にとっても見てみたい情景だったようだ。

 

「それは……良い考えだよ、リーゼ。バーノンたちはきっとびっくりするぞ。」

 

「『びっくり』で済めばいいけどね。……それじゃ、レミィにはキミとブラックの分も頼んでおこう。十二年間も離れ離れだったんだ。一緒にクィディッチの観戦をすれば話も弾むだろう?」

 

「ありがとう、リーゼ。……ロンの言う通りだね。キミは天使だよ。」

 

「吸血鬼だ、ハリー。キミたちは皮膜と羽毛の違いを学習すべきだね。あんな鳩人間なんかと一緒にしないでくれたまえ。」

 

どんどん増えていくチケット数に、レミリアの困ったような顔が一瞬浮かんでくるが……ま、構うまい。『出来ないのか?』とでも言ってやればムキになって確保してくれるに決まっているのだ。喜んでチケット生産装置になってくれることだろう。

 

───

 

「そろそろ着くわね。荷物を降ろしときましょう。」

 

ハーマイオニーの号令と共に、ホグワーツ特急が速度を落とし始めた。今年もようやく家に帰れるわけだ。……ふむ、もちろん嬉しいのだが、一年生の時ほどではないな。吸血鬼も人間と同じく、慣れる生き物だったようだ。

 

思えばホグワーツでの生活もそこまで苦ではなくなってきている……ような気がする。昔は監獄などと呼んでいたのが嘘のようだ。きっと咲夜がいるからだな。そうに違いない。

 

そのまま列車がキングズクロス駅に到着すると、ハーマイオニー、ロン、ハリー、魔理沙、ルーナ、私、咲夜の順でゾロゾロとホームに降り立った。来年からは絶対にコンパートメントを二つ確保しよう。絶対にだ。もうギュウギュウ詰めの旅は御免だぞ。

 

そのまま出迎えを探してホームを見渡してみれば……おや、元凶悪殺人犯殿のお出迎えか。ブラックがモリーやアリスと一緒に突っ立っている。浮浪者のような見た目ではなく、洒落た中年にイメージチェンジしているところを見るに、彼はとうとうカミソリを手に入れることに成功したようだ。

 

「シリウス!」

 

「ハリー! その、君を迎えに来たんだ。……迷惑でなければ嬉しいんだが。」

 

「迷惑なわけないさ! とっても嬉しいよ。」

 

『犬コロおじさん』へと満面の笑みで駆け寄っていくハリーを他所に、私たちもアリスの下へと歩き出す。若干余所余所しい感じはあるが、あの二人は随分と打ち解けたらしい。ダーズリー家との対比が功を奏したな。

 

「お帰りなさい、リーゼ様。咲夜と魔理沙もお帰り。……無事に出迎えられて嬉しいわ。」

 

「ああ、ただいま、アリス。」

 

「アリス、ただいま!」

 

「ただいまだ、アリス。」

 

笑顔のアリスへと私たちが挨拶を返すのと同時に、残りの面子もそれぞれの両親へと合流していった。……ルーナの父親なんかはもう一度ブラックを取材したくて堪らないようだ。やる気満々でメモ帳を片手に、ハリーと話しているブラックの方へとにじり寄っている。例の独占取材の回がよほどに好評だったのだろうか?

 

「紅魔館でお帰りなさいパーティーがあるんだけど……魔理沙もどうかしら? 咲夜を助けてくれたお礼もしたいし、参加してみない?」

 

「あー……ありがたいが、やめとくぜ。家族の団欒を邪魔する気はないさ。今日はもう人形店の方に戻ってゆっくりしとくよ。」

 

「そう? それなら家まで送ってくわ。」

 

アリスと魔理沙が会話している間にも、ブラックはラブグッドの取材攻勢を切り抜けたようだ。……代わりにハリーが質問責めに遭っているのを見るに、ラブグッドは生き残った男の子にも興味があるらしい。もう何でもいいんじゃないか。

 

そのままブラックはロンに何かを言いながらふくろうの入ったカゴを渡すと、今度は私たちに話しかけてきた。

 

「やあ、バートリ女史……じゃなくて、バートリ。」

 

「構わないよ、魔理沙も咲夜も事情を知っているんだ。普通に話してくれたまえ。」

 

「おっと、そうでしたか。それじゃあ、バートリ女史。今年は随分と世話になりました。」

 

「私はあんまり活躍できなかったけどね。礼ならレミィとフランに言いたまえ。……ああ、それと、ハリーがキミと住みたいと言ってくるだろうが、きちんと断るんだぞ。ちょっとした事情があるんだ。」

 

私の忠言を聞いたブラックは、心底残念そうになりながらもしっかりと頷く。この様子だと誰かから既に話を聞いていたようだ。

 

「リリーの魔法のことですね。スカーレット女史から話は聞いています。……だから今日はせめて、ハリーの親戚に『挨拶』しておこうと思って来たんですよ。」

 

「んふふ、良い考えじゃないか。お手柔らかにいきたまえよ?」

 

「ハリーが一緒に住むんです。きちんと対応しますよ。……それじゃ、フランドールにもよろしく伝えておいてください。サクヤとマリサも良い夏休みを。」

 

苦笑しながら言ったブラックは、最後にアリスに一礼してからハリーの下へと帰っていった。どうやらダーズリー家の災難は案外早めに訪れるようだ。

 

「身嗜みってのは大事だな。途端にまともな人間に見えるぜ。」

 

「貴女も気をつけなさい、魔理沙。私がいなくなってもちゃんと髪を梳くのよ? 服もちゃんと畳むの。いいわね?」

 

「おいおい、お前は私の母ちゃんかよ。」

 

咲夜と魔理沙が日頃の行いを感じさせるやり取りを始めたところで、我が友人たちはそれぞれの家へと帰って行く。ハリー、ハーマイオニーはそれぞれブラック、拷問夫妻と一緒にマグル側のゲートへ、ロンは赤毛の集団に紛れて暖炉の方へ、そしてルーナは取材を終えて満足げな父親と共に付き添い姿くらましで。

 

それらに挨拶を返した後、私たちも暖炉に向かって歩き出す。

 

「それじゃ、私は魔理沙を送ってから帰りますから。二人で先に戻っておいてください。」

 

「別に一人でも大丈夫だってのに。……そんじゃ、咲夜、リーゼ、またな!」

 

「ええ、遊びに行くからね。」

 

「良い夏休みを過ごしたまえ、魔理沙。」

 

アリスの実家へと消えて行く二人を見送ったところで、私たちもフルーパウダーを投げ入れた暖炉へと入る。ようやく帰れるぞ。……よし、決めた。帰ったら死ぬほどゴロゴロしよう。アイスでも食いながら休暇を楽しむのだ。

 

「それじゃあ……ふむ、一緒に行くかい? 咲夜。」

 

「はい!」

 

かわいいヤツめ。元気よく答えてきた咲夜の手を取り、アンネリーゼ・バートリは懐かしの我が家の名前を口にするのだった。

 


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