Game of Vampire   作:のみみず@白月

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馬鹿騒ぎ

 

 

「……あら?」

 

テントのバルコニーで月を見ながら血を飲んでいたレミリア・スカーレットは、遠くで揺らめく明かりに首を傾げていた。何だろうか? 結構大きいぞ。

 

ワールドカップの決勝戦からは数時間が経過している。興奮で疲れ切ってしまった咲夜や魔理沙のために、帰りは明日の明け方にしようと決めたのだ。アーサーやブラックも今日は子供たちを寝かせて、明日の昼前に出発することに決めたらしい。

 

そのため優雅に月見血で忌々しい朝日を待とうと思っていたわけだが……また日本のサポーターがテントを燃やしたのか? もうとっくに零時を回っているというのに、夜勤の警備班が泣きそうだな。

 

ぼんやり考えながら遥か遠くの明かりを眺めていると、徐々にその規模が拡大していくのが見えてきた。……ふむ? これは個人じゃなさそうだ。どっかのアホどもがお得意の馬鹿騒ぎを始めたのだろう。煽られまくって怒りに燃えたブルガリアサポーターかもしれない。

 

ま、知ったことではないか。文字通り対岸の火事なのだ。……それより、つまみを準備すべきだったな。スモークチーズとか、ジャーキーとか。ううむ、考えてたら小腹が空いてきたぞ。

 

キッチンから拝借してこようか? ……よし、ついでにニンジンも焼却処分しておこう。あんなもんを明日の朝食に出されたら堪らんのだ。人間がどうなのかは知らんが、あれは吸血鬼の食べ物じゃないぞ。

 

ゆるりと立ち上がってキッチンへ向かおうとしたところで、いきなりテントの前に姿あらわししてきた……ビル? ウィーズリー家の長兄が私を見つけて大声を放ってきた。いつもポニーテールに纏められている長髪が流しっぱなしだ。

 

「ああ、よかった。スカーレット女史! 緊急事態なんです! 死喰い人が!」

 

よく見ればビルは右腕からボタボタと血を流している。……しかし、死喰い人? おいおい、馬鹿騒ぎしてたのはあの胸糞悪い仮面集団なのか?

 

「落ち着きなさい、ビル。何が起こったのか詳しく説明して頂戴。」

 

バルコニーから飛び下りて近付いてみると、ビルは使命感に燃える瞳で詳細を説明してきた。さすがに呪い破りをやってるだけあって、緊急事態には慣れっこのようだ。

 

「はい。私たちのテントの方で、黒ローブの仮面集団が騒ぎを起こしているんです。マグルを四人人質に取って……多分、キャンプ場の管理人一家だと思います。パパからスカーレット女史に報告してこいと言われまして。」

 

「相手の人数は? こちらは苦戦してる?」

 

「相手は三十人ほどの集団で、有志の魔法使いや魔法省の方々がなんとか食い止めようとしているんですが……人質の安全が確保できないために苦戦しています。非戦闘員も避難させなければならないし、今は足止めで精一杯という感じです。」

 

「……分かったわ。準備をしたらすぐに私も向かうから、アーサーには無理せず足止めに徹するように伝えてくれる?」

 

「わかりました!」

 

言うや否や再び姿くらまししたビルを背に、先ずはテントの中へと戻る。何よりも優先すべきは咲夜なのだ。相手が本当に死喰い人なのか、それとも模倣しているだけの愉快犯なのか。詳細は不明だが、私のテントを狙ってくる可能性だって少なくはない。先ずは咲夜と魔理沙を避難させる必要があるだろう。

 

しかし、何故このタイミングで騒ぎを? ワールドカップで気が大きくなっての馬鹿騒ぎなら大したことはないが、リドルお得意の陽動の可能性もある。……テロか? 最終日とはいえ、要人は少なくないのだ。狙ってくる可能性も考えられるぞ。

 

思考を回しながら咲夜と魔理沙の部屋に入り、スヤスヤ眠る二人に向けて声を放つ。申し訳ないが、叩き起こさせてもらおう。

 

「起きなさい、二人とも!」

 

「んぅ? ……お、お嬢様? どうしたんですか?」

 

「んー? ……なんだよ、レミリア。まだ夜だぞ。」

 

「いいから来るの!」

 

寝ぼけ眼の二人の手を掴み、階下のリビングまで強引に引っ張る。移動のために煙突ネットワークを繋いでいてもらってよかった。私は付添姿あらわしは出来ないし、ポートキーも作れないのだ。……杖魔法もちょっとは勉強するべきかもしれんな。

 

「おい、何だよ! 寝間着のままだぞ!」

 

「あの、この格好で外に出るのは恥ずかしいんですけど……。」

 

文句を言う二人に、フルーパウダーを投げ入れながら説明を返す。

 

「死喰い人の襲撃よ。貴女たちは紅魔館に避難なさい。パチェとアリスもいるはずだから、彼女たちにも状況を伝えて頂戴。」

 

「死喰い人……?」

 

「それって、ラデュッセルのお仲間だよな? ……ハリーたちは? 無事なのか?」

 

尚も質問を放とうとする二人に、しっかりと目を見て語りかける。色々と話してやりたいのは山々だが、今は時間が惜しいのだ。

 

「貴女たちは私の数少ない弱点なの。すぐに安全な場所に行ってもらわないと、私が自由に動けないのよ。……分かってくれるわね?」

 

私の言葉を受けた二人は、質問を飲み込んでしっかりと頷いた。……ふむ、さすがは我が娘とその友人だ。その辺の魔法使いなんかよりもよっぽど肝が据わってるじゃないか。

 

「分かりました。アリスとパチュリー様に伝えます。」

 

「……悔しいけど、私たちは邪魔だな。ハリーたちのことを頼むぜ。」

 

「ええ、任せておきなさい。」

 

そのまま緑の炎と共に消えていく二人を見送って、テントから出て空へと昇る。これで私を縛る鎖は無くなった。恐らくハリーの方はアーサーが避難させてるだろうし、後は胸糞悪い問題を解決すれば完璧だ。

 

さて……バカどもが。月夜に吸血鬼のお膝元で騒ぐだと? 自分たちがどれほど愚かな選択をしたのかを教えてやらねばなるまい。ホグワーツの校章にもちゃんと描かれてあるはずだぞ。『眠れるドラゴンをくすぐるべからず』。そのことを思い出させてやることにしよう。

 

トップスピードで明かりの方へと飛んで行くと……なるほど、確かに死喰い人だ。懐かしき仮面を被った黒ローブの集団と、寝間着の魔法使いたちが対峙しているのが見えてきた。死喰い人どもの上空にはマグルが四人浮いている。つまり、あれが人質か。

 

ふむ、さすがに人質ごとやっちゃうのは外聞が悪いな。多数の魔法使いたちが見ている以上、『吸血鬼的』な解決法をゴリ押すのはいただけまい。アーサーは……いた。ブラック、ビル、チャーリー、パーシーと共に相手方の呪文を防ぐのに専念している。ブラックだけが何故か笑顔だ。とびっきり獰猛なやつだが。

 

「アーサー、状況を教えて。それと、ハリーたちは?」

 

そっと側に下り立って聞いてみると、いつもの数倍は凛々しい顔で戦っているアーサーが返事を返してきた。うーむ、惜しいな。モリーがこの場に居たら惚れ直しただろうに。写真でも残しとくべきか?

 

「プロテゴ! ……スカーレット女史! 厳しいですね。先程数人で協力して人質を降ろそうとしたのですが、妨害で中々上手くいきませんでした。ハリーたちは既に森の方へ避難させてあります。」

 

「んー……私が死喰い人を一気に吹っ飛ばすから、落ちてくる人質をキャッチして頂戴。できる?」

 

「それは……分かりました。知り合い連中に話を通してきます。少し時間をください。」

 

「結構。迅速にね。」

 

すぐさま寝間着戦士たちに声をかけに行くアーサーを見送っていると、前線に躍り出た巨大な影が……オリンペ? 彼女も観戦に来ていたのか。オリンペ・マクシームが死喰い人たちの魔法を一手に引き受けて防ぎ始めた。

 

これはまた、凄まじいな。ホグワーツの校長がそうであるように、ボーバトンの校長も一線級の魔法使いのようだ。滑らかな杖捌きで襲いくる呪文を見事に凌ぎ切っている。三メートルを優に超える巨体のせいもあり、まるで巨大な壁が立ち塞がったかのようだ。動く城壁みたいだぞ。

 

『城壁』を前にした死喰い人たちが歩みを止めたところで……アーサーがこちらを見ながら頷きを送ってきた。よしよし、私もちょっとは良い所を見せねばなるまい。

 

弾幕ごっこ用の非殺傷弾を一気に放ちながら、高らかに命令を下す。……まあ、人間相手だと死ぬかもしれんが、それは不可抗力だ。事故なら仕方がないのだ。

 

「今よ! 人質を確保した後、死喰い人どもを拘束なさい!」

 

うーむ、素晴らしい光景じゃないか。紅、紅、紅。かつてのハロウィンの時と同じ、膨大な量の紅い弾幕が死喰い人たちに襲いかかるのと同時に、今まで守勢に回っていた魔法使いたちが一気に攻勢に出た。

 

前面からはオリンペを中心とした魔法使いたちが失神魔法の奔流を放ち、後方からは……なんじゃありゃ。チーターやらヒョウやらが待ってましたとばかりに死喰い人へと襲いかかっている。実にワイルドな風景だ。野性を感じるな。

 

どうやら人質も無事に確保できたらしい。アーサーたちが合力してキャッチしたマグル一家は、ゆっくりと後ろの方の地面へと降ろされていった。……この後は忘却術のオンパレードだろう。哀れな。

 

そして騒ぎが徐々に収まってくると、倒れ伏す黒ローブの馬鹿どもが見えてくる。中心に近い位置にいた連中はいくらか取り逃がしたようだが、少なくとも四分の三くらいは拘束できたようだ。うんうん、上々の成果だぞ。吸魂鬼どもは大喜びだろう。アズカバンがまた賑やかになるのだから。

 

ヒョウに首根っこを押さえつけられている死喰い人を眺めていると、オリンペがこちらに近付きながら挨拶を放ってきた。最前線で戦っていたのにも関わらず、擦り傷一つ負っていない。

 

「マドモアゼル・スカーレット。お会いできてこうえーいです。」

 

その巨体を限界まで屈めてスカーレット家の紋章が刻まれた指輪にキスしてくるオリンペに、私も手を限界まで上げながらフランス語で返事を返す。平時ならオリンペが合わせるべきだろうが、今回はイギリスの問題に協力してくれたのだ。私がフランス語に合わせるのが筋というものだろう。

 

『私も会えて嬉しいわ、オリンペ。それに、協力してくれてありがとうね。後でイギリス魔法省からも正式な感謝状を贈らせるわ。』

 

『まあ、滅相もございません。貴女と戦えただけで生徒たちに自慢できます。……そういえば、対抗試合の審査員も引き受けてくださったそうで。生徒たちも非常に喜んでいましたわ。』

 

『そう? 今の子たちにとっては過去の話でしょうに。あんまり知らない子も多いんじゃない?』

 

ヨーロッパ大戦は五十年前の話なのだ。二世代経てばもう遠い昔だろう。イギリスでグリンデルバルドの名前が過去の遺物となったように、ヨーロッパでも私の名前は廃れていっているはずだ。

 

ところがオリンペは慌てて首を振りながら、早口なフランス語で否定の言葉を放ってきた。

 

『とんでもございませんわ! 今の保護者の方々の殆どは、マドモアゼルがいなければ生まれてもこれなかったのです。少なくともフランスの子たちは貴女の活躍を子守唄に育ってきました。グリンデルバルドの恐怖も、マドモアゼル・スカーレットの活躍も。フランスは今なお忘れてはおりませんの。』

 

『それはまた、嬉しい言葉ね。苦労した甲斐があるってもんよ。……それじゃ、対抗試合でも期待させてもらおうかしら? フランスの生徒たちがどこまでやれるのか楽しみにしておくわ。』

 

『間違いなく優勝してくれるはずですわ。ボーバトンの力、とくと示させていただきます。』

 

力強く頷くと、オリンペは優雅な足取りで去って行く。……うーむ、ホグワーツは大丈夫なのか? 見たところボーバトンは結構気合いを入れているようだぞ。のほほんとしているダンブルドアとは大違いだ。

 

一向に見えなくならない大きな背中を眺めていると、死喰い人を拘束し終わったらしいアーサーが話しかけてきた。役人たちもようやく集まってきたようだ。……だから闇祓いに警備させろと言ったのに。部署の面子だか何だか知らないが、お気楽ゲーム・スポーツ部と頭でっかちな国際協力部に戦闘など無理なのだ。

 

「ほぼ拘束が終わりました。大臣たちも無事なようです。……あー、ワガドゥの生徒たちが剥ぎ取った仮面を所望してるんですが、差し上げてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、くれてやりなさいな。一種のトロフィーみたいなもんよ。首を要求されなかっただけ、向こうも譲歩してくれてるわ。」

 

「なるほど。独特な文化ですな。」

 

「向こうから見ればこっちが珍妙らしいわよ。杖を大事にする文化とか、あとはまあ……純血主義とか、スクイブの差別とかもね。」

 

向こうじゃ部族丸ごと家族なのだ。魔法を使えない者も一切差別されず、細工師や調理師などとして重宝されるらしい。……イギリスもちょっとは見習うべきだな。

 

どうやらアーサーも同感のようで、感心したように頷いている。

 

「それはまた、他国を見下している連中に聞かせてやりたい話ですね。今のイギリスなんかよりよっぽど進んでいる。」

 

「その通りよ。純血主義者どもをアフリカに送り出せばみんなハッピーになれるかもね。向こうでリンチにでも遭って、作物の肥料になってくれることでしょう。」

 

あるいは家畜の餌か、もしくはそのまま食料にされるかもしれない。人食い部族も存在しているようだし……うーむ、吸血鬼とは結構話が合いそうだな。今度行ってみるか?

 

『純血主義者と吸血鬼のアフリカ見学ツアー』について真面目に考え始めたところで、遠く離れた場所に久しく見ていなかったものが浮かび上がるのが見えてきた。

 

緑色の煙で形作られた、蛇が巻きつく巨大な髑髏。ヴォルデモートの掲げる紋章……『闇の印』だ。少なくとも紋章作りに関してはグリンデルバルドに分があったようで、リドルはあのバカみたいな紋章を勢力の旗印としたのだ。

 

「あれは……行きましょう、スカーレット女史!」

 

「付添姿あらわしをお願いできる? 真下で構わないわ。」

 

「はい!」

 

アーサーの腕を取って移動を任せながら、直後の戦闘に身構える。彼が焦るのも無理はあるまい。あの印が前回の戦争で浮かび上がったのは、大抵の場合誰かが殺された時だったのだから。

 

アーサーが杖を振り、ヌルリと管を抜けるような感覚の後……おっと、いきなり失神呪文の閃光が襲いかかってきた。それも複数だ。

 

「あら。」

 

アーサーをべちりと地面に押し付けて、自分に当たりそうなのは手で弾く。閃光の光に目を細めながら辺りを見渡してみると……おいおい、ハリー・ポッターか? ここ数日で見慣れた三人のガキどもが、木々に囲まれた小さな広場で呆然と身を屈めているのが見えてきた。キャンプ場からはかなり距離があるぞ。なんだってこんな場所に居るんだ。

 

「何者だ! ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

「よせ! アーサー・ウィーズリーだ! 攻撃を、プロテゴ! 攻撃をやめてくれ! 私の息子たちがいるんだ!」

 

「それに、レミリア・スカーレットもいるわね。誰を失神させようとしてるか理解できたかしら?」

 

アーサーと共にガキ共を守りながら声を放つと、茂みの奥から杖を構えた複数の人影が歩み寄ってくる。おっと、我らがクラウチ閣下もいるぞ。

 

状況確認のためにクラウチへと声をかけようとしたところで、杖を構えたままの大柄な男が先に言葉を寄越してきた。知らん顔だな。誰だ?

 

「君が闇の印を生み出したのか?」

 

その視線は……ハリーたちか? それともアーサーか? まさか私に問いかけてるんじゃないよな? だとしたら史上最大級のアホだぞ。クラウチですら珍しく呆れた表情を浮かべている。

 

何にせよアーサーにとってはかなり失礼な発言だったようで、普段の温厚さをかなぐり捨てて怒りの声を放った。

 

「エイモス、頭がおかしくなったのか? この方を誰だか理解して喋っているんだろうな? スカーレット女史だぞ! 事もあろうに、君はスカーレット女史に闇の印を生み出したかと聞いているのか? どうかしてるぞ!」

 

「ああ、いや……違う。違うよ、アーサー。まさかそんな、そんな事があるはずがない。有り得ない。私が言っているのはそこの子供たちのことだ。決してスカーレット女史を疑ったわけではないのだ。」

 

「それなら君はやはりどうにかなっているな。この子はハリー・ポッターだ! ハリー・ポッターが闇の印? このまま聖マンゴに連れて行かれてもおかしくはないぞ!」

 

「ハ、ハリー・ポッター? それは……うん、その通りだ。確かに有り得ん話だな。」

 

どうやらこのアホどもは相手が誰だか確かめる前に呪文を撃ちまくっていたようだ。額を押さえて呆れてますのポーズをしながら、今度こそ闇の印を眺めているクラウチへと言葉をかけた。

 

「クラウチ、誰何する前に呪文を放つのは貴方の悪い癖よ。ムーディとやってることが一緒じゃないの。」

 

「さすがにあの男と一緒にされるのは心外ですな。あの男なら今なお貴女に対して呪文を放っていることでしょう。……しかし、確かに間違いだったようだ。ハリー・ポッターが闇の印など冗談にもならん。」

 

「最悪のジョークね。犯人はとっくに姿くらまししてるんでしょ。そこに運悪く避難してきたこの子たちが居合わせたんじゃなくって?」

 

「そのようですな。大方、何処ぞのバカが度胸試しにでも打ち上げたんでしょう。……忌々しい限りだ。デリトリウス(消えよ)!」

 

納得したクラウチが杖を振って闇の印を消したところで、ションボリしていた大柄な男が再び喚き始めた。

 

「いや、確かに呪文の手応えはありました。向こうの茂みに……。」

 

言いながら茂みの方へと歩いて行くが……だったら最初からそう言え、間抜けめ。こいつはグリフィンドールの出身に違いない。直情的でアホっぽいところがそのまんまだぞ。

 

「誰なの? あいつ。」

 

「エイモス・ディゴリーですよ。魔法生物規制管理部の職員です。プライベートで観戦に来ていたのでしょう。」

 

「ふーん。」

 

男を見ながらアーサーに聞いてみると、端的で分かり易い説明が返ってきた。つまり、小物か。あそこの部長とは何度か話した事があるが、そこで紹介されなかったということは現場の魔法使いなのだろう。要するに、珍妙な魔法生物を泥だらけになりながら追いかけているような連中だ。

 

私が脳内の『小物フォルダ』に新たな名前を書き加えている間にも、ディゴリーは茂みから出てきて……おや、しもべ妖精を抱えているぞ。恐らく失神呪文を食らったのだろう。巨大な瞳はぴったりと閉じられている。

 

「『これ』が犯人です!」

 

高らかにディゴリーが『これ』を持ち上げながら宣言するが……しもべ妖精が闇の印? なんかこう、ピンとこないな。そもそも杖なしじゃ打ち上げられまい。

 

困ったような沈黙が場を包む中、ハリーの驚いたような声がそれを破った。

 

「ウィンキー? その子はウィンキーです! さっき逃げてるのを見ました。その、クラウチさんのテントから逃げてきたみたいで……。」

 

おいおい、何だって? 思わずクラウチの方を振り返ってみれば、彼は顔を蒼白にしながらしもべ妖精を睨みつけている。……そういえば決勝戦の貴賓席にいたような、いなかったような。しもべ妖精の違いなんてよくわからんぞ。

 

場の視線を集めたクラウチはゆっくりと前に歩み出ると、寝かされているしもべ妖精を見下ろしながら絞り出すような声を放った。

 

「確かに我が家のしもべだ。……だが、しもべが闇の印を作り出せるはずがない。あれを作るには杖が必要のはずだ。」

 

「それがだね、クラウチ。持ってたんだ。このしもべは杖を持ってたんだよ。ほら。」

 

ディゴリーが差し出した杖を見て、再びハリーが声を上げる。あらゆる物事に関わってるな、このガキは。今度何かあったら最初にコイツに喋らせよう。

 

「それ、僕の杖です! その、何処かに落としちゃって。探してたんです。」

 

魔法使いが杖を落とす? ホグワーツではもう少し杖の重要性を学ばせるべきだな。落としたり、折ったり、今度は繋げて傘に隠してみたり。年がら年中杖の手入れをしているアリスが聞いたら激怒するぞ。……ああいや、彼女も杖を折られたんだったか。

 

こうなるともうホグワーツの伝統だな。ダンブルドアに文句を言うことを誓いながら、件の杖を指差して提案を放つ。

 

「直前呪文を使ってみなさい。誰でもいいわ。……まさか全員杖を『落としちゃって』はいないでしょう?」

 

「では、私が。プライオア・インカンタート(直前呪文)!」

 

唯一頼りになるアーサーが杖に向けて呪文を放ってみれば……決まりだな。杖からはあの忌々しい印が飛び出してきた。

 

「……デリトリウス!」

 

アーサーが印を消すと、しばらくの間静寂が広場を包む。実に気まずい沈黙だ。誰もがクラウチを恐る恐る見つめる中、やがて彼は怒りを秘めているような声でポツリと呟いた。

 

「……まさか、私が疑われているのですかな?」

 

「いや、そうは言わないよ、クラウチ。そうは言わないが……しもべが闇の印を打ち出す呪文を知っているのは、その、妙じゃないか?」

 

「つまり、私が日常的に闇の印を生み出していたと? あるいはしもべにそれを教えていたと? そう言いたいのかね? ディゴリー。」

 

「いや、その……。」

 

おお、怖い。ディゴリーを睨みつけるクラウチに、クスクス笑いながら声をかける。気に食わない男だが、闇の魔術を憎む気持ちだけは本物なのだ。さすがに無理のある話だろう。

 

「その辺にしときなさい、クラウチ。誰も貴方を疑ってはいないわ。私やハリー・ポッターと同じくらい、貴方に闇の印が似合わないのは皆がよく知っているもの。……ただし、しもべ妖精は別よ。起こして話を聞いた方がいいんじゃなくって?」

 

「貴女に庇われるとは……今日はつくづく奇妙な日のようだ。いいでしょう。エネルベート(活きよ)!」

 

蘇生呪文を受けて目を覚ましたしもべ妖精は、ぼんやり周りを見回して……クラウチの顔までたどり着くと、身を縮こまらせて目を覆ってしまった。

 

「しもべ! 私はテントで待っていろと言ったはずだ。そのお前が何故ここにいる? 何故杖を持っていた? ……答えろ!」

 

「ご、ご主人さま、あたしは何もご存知ありません! あたしは杖をお拾いになっただけです! あたしは……その、怖くてお逃げになっただけでございます!」

 

「では、闇の印を打ち上げたのはお前ではないのだな? 正直に答えろ、しもべ。」

 

「あたしはなさっていません! あたしは、ウィンキーめは闇の印などをお作りになりません! 良いしもべ妖精はそのやり方をご存知ありません!」

 

まあ、そりゃそうだろうさ。しもべ妖精が闇の印ってのはいくらなんでも信じ難い話だ。大方ハリーが落とした杖でどっかのバカが印を上げて、それをこの哀れなしもべ妖精が拾ってしまったのだろう。

 

誰もが納得の表情を浮かべる中、諦めの悪い大男が声を放った。言わずもがな、ディゴリーだ。

 

「しもべ、お前は誰かを見なかったのか? つまり、印を打ち上げた犯人をだ。」

 

ディゴリーの声を受けたしもべ妖精は、ぷるぷる震えながらディゴリーを見て、クラウチを見て、もう一度ディゴリーを見ると喉を鳴らして口を開いた。

 

「あたしは、ご覧になっておりません。誰も、誰もご覧になりませんでした。あたしは杖をお拾いになっただけでございます。……ただそれだけでございます。」

 

震えながら泣きそうな顔で言ったしもべ妖精に、尚もディゴリーが問いを放とうとするが……その前にクラウチの冷たい声が場に響く。

 

「もういいだろう? ディゴリー。後は主人である私に任せてもらおう。心配せずともそれなりの処罰はするつもりだ。……主人の命を無視して逃げ出したのは、『洋服』に値する。」

 

「まあ、他にもやるべきことはうんざりするほどあるしね。……アーサー、貴方はハリーたちを送って頂戴。ジニーのことも心配でしょう?」

 

『洋服』と聞いた途端にしもべ妖精は絶望的な表情を浮かべるが、他人の使用人の『しつけ』に口を出す趣味などない。それに、現場は今なお混乱しているのだ。纏め上げる人間が……吸血鬼が必要だろう。

 

私の言葉に頷いたアーサーがガキどもを連れて行くのを見送って、クラウチに声をかけながら夜空へと浮かび上がる。

 

「『しつけ』が終わったら貴方もさっさと来なさいよね。私は騒動のあった南側を処理するから、貴方は北側の混乱を鎮めて頂戴。」

 

「承知しました。すぐに終わらせて向かいましょう。」

 

大いに結構。冷徹な了承の声を背に、未だ炎の上がっているキャンプ場へと向かって空を舞う。……これは面倒くさいことになりそうだな。警備責任を盾に架空の賠償を請求してくるヤツが出てくるぞ。付け入る隙を与えないためにも、現場を完全に保存せねばなるまい。

 

別に魔法省の財政が心配なわけでもないし、クレームの対応をする職員を哀れんだわけでもない。当然ながら、私の評判のためである。現場における迅速な対応ってのは世間体がいいのだ。それにまあ、そういう二次被害を防げば魔法省職員の株も上がるだろう。小さなことからコツコツと。それが政治の基本なのだから。

 

久々の自由な飛行を堪能しつつも、レミリア・スカーレットは対応策について考えを巡らせるのだった。

 


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