Game of Vampire 作:のみみず@白月
「奴隷労働!」
ハーマイオニーが放つ独特な朝の挨拶に苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリは大広間の長椅子へと腰掛けていた。狂ったオウムみたいでちょっと面白いな。
新学期が始まってからは既に数日が経過しているが、四年生の難易度を増す授業に適応する間もなく、我らが『ミス・勉強』は新しいブームを見つけてしまったのだ。その名も、しもべ妖精解放運動である。
ハリーやロンの話によれば、クラウチのしもべ妖精が不遇な扱いを受けているのを見て以来、彼らのことを気にする様子はあったとのことだが……ホグワーツでも雇っているという話を誰かから聞いてからというもの、『気にする』が『放ってはおけない』にランクアップしたらしい。ハーマイオニーはしもべ妖精たちの解放者として生まれ変わってしまったわけだ。
「やあ、ハーマイオニー、奴隷労働! 今日も新大陸の偉人が乗り移ってるようでなによりだよ。北軍は勝てそうかい?」
「ふざけてる場合じゃないのよ、リーゼ! この朝食を見て頂戴。これだけの量を作るのはとっても大変な作業よ。それなのに……無給! 無休! 許されないことだわ! 奴隷労働よ!」
おっと、今度はパチュリーの生霊が乗り移ったか。むきゅむきゅ言うハーマイオニーを無視して肉はどこかと探していると、うんざりした様子のロンがハーマイオニーへと話しかける。今日もめげずに彼女の解放運動を止めようとしているらしい。人それを無謀と言うんだぞ、ロニー坊や。
「いいか、ハーマイオニー。何度も言ってることだけど、しもべ妖精はそれが楽しくて仕方がないんだ。無給で、無休なことがな。休みを与えるなんて言ってみろよ。あいつらきっと泣いて許しを乞うぜ。」
「それは正しい教育を受けていないからだわ! 自分たちに都合がいいからって、しもべ妖精たちを無知なままでいさせてるのよ。イギリス魔法界に蔓延る悪しき慣習なの。」
「あー……『しもべ妖精専門学校』を開校する前にとりあえず一度話してみろよ。僕の言ってることが正しいって分かるさ。」
「いいえ、ロン。間違ってるのは貴方よ。イルヴァーモーニーで働いているパクワジはきちんと給金を受け取ってるわ。カステロブルーシュのカイポラも正しい対価を受け取ってる。未だに奴隷労働を認めているのはホグワーツだけよ! イギリスだけが遅れてるの! ここだけが前時代的な考え方を改めないままなのよ!」
どうやらハーマイオニーは他の生徒たちが対抗試合に夢中になっている間にも、きちんと世界各地の魔法学校について調べていたようだ。素晴らしい行動力ではないか。それもワールドカップに行ったお陰か? もう勘弁してくれ。
ロンが処置なしとばかりに匙を投げたところで、ハリーがオートミールをスプーンで突っつきながら口を開いた。賢いポッター君は奴隷労働に関しての一切を無視することに決めたようだ。イギリス人の鑑じゃないか。
「でも、本当にどうやって代表選手を選ぶんだろう? ダンブルドア先生は公明正大な審査員って言ってたけど……。」
「ゴブレットだろうさ。ハーマイオニーが言ってたじゃないか。」
「でも、ゴブレットをどうするの? ……まさか頭に被るんじゃないよね。組み分け帽子みたいに。」
「安心したまえ、ハリー。幸いにもキミはまだ十四歳だ。どれだけ馬鹿げた選び方だとしても、キミはやらなくて済むのさ。」
私は間に合わなかったので又聞きだが、歓迎会の夜にダンブルドアが話した内容によれば、残りの二校から生徒が合流してから選抜を始めるらしい。十月末とのことだったので、何にせよもう少し先の話だ。先の話なのだが……。
「よう、ハリー、リーゼ! お前らは老け薬の予約はいいのか? 老いマスクは? 加齢ガムは? 割引するぞ。」
「あー、僕はいらないかな。リーゼは?」
「私も不要だよ、双子のどっちか君。それに、ダンブルドアを老け薬なんぞで出し抜けるとは思えないしね。」
この有様だ。商機を決して逃さない双子が怪しげな薬やら魔道具やらを売り捌いているのである。被ると老人になれるマスクだの、老け薬だの、日跨ぎ草だの。試供品を配りまくってるお陰で談話室が老人ホーム状態だぞ。見渡す限りジジババだらけだ。
ホグワーツの少子高齢化を凄まじい速度で押し進める赤毛は、さして気にした様子もなく肩を竦めた。
「なに、数撃ちゃ当たるさ。ダンブルドアがどんな方法を用意するのかは知らないけど、大人を出し抜くのは俺たちの得意分野だ。絶対にやってみせ──」
「ウィーズリー! それとハッフルパフのテーブルにいるウィーズリーも! 来なさい!」
おっと、秩序の守護神、プロフェッサー・マクゴナガルのお出ましだ。途端に引き摺られて行く双子を見ながら、ホグワーツに戻ってきたことを実感する。……ほら、今もロングボトムがフォークを刺し損ねてプチトマトを吹っ飛ばしたぞ。これでこそホグワーツだ。あとはマルフォイがキャンキャン吠えかかってくれば完璧だな。
ソーセージの盛り合わせを独占しながらうんうん頷いたところで、ハーマイオニーの相手に疲れたらしいロンが私とハリーに話しかけてきた。
「でもさ、今日は防衛術の初授業だ。『凄い』授業みたいだぜ。受けたヤツはみんなそう言ってる。」
「どうかな。尻尾爆発……なんとかを超えるのはさすがに厳しいと思うよ。」
「スクリュートだよ、リーゼ。尻尾爆発スクリュート。」
ハリーが名前を訂正してくれた謎の生き物は、初日の飼育学で出てきた生物のことだ。凄まじいネーミングに興味を惹かれて見に行ってみたが……なんというか、なんというかな生き物だった。危険であることはヒシヒシと伝わるものの、現存する生き物には似ても似つかない生物だったのだ。
針があって、牙もあって、お腹の吸盤から血を吸うし、名前通り尻尾を爆発させたりもする。ハグリッドが何かと何かを交配させて生み出したらしい。……きっとバジリスクやマンティコア、キメラやコカトリスなんかもこうやって生み出されたのだろう。好奇心のなんと罪深いことか。
木箱で蠢いていた謎生物のことを考えていると、うんざりした様子のロンがフォークで皿を引っ掻きながら口を開く。彼もスクリュートのことはお好きではないようだ。
「ハグリッドは授業であの生き物を一年通して育てる気なんだよ。……あれって犯罪じゃないよな? スクリュートが裁判にかけられても、僕は弁護を手伝わないぞ。」
「残念ながら法では裁けない悪なのさ。魔法で『くっつける』のはアウトだが、くっついて生まれてくるのはセーフなんだ。魔法法を考えたヤツは底抜けのアホだね。」
「ハグリッドには悪いけど、次の授業までに全滅してくれることを祈るよ。餌が合ってなかったとかで。」
ロンは一切期待していない感じで、儚い願いを口にした。無理もあるまい。スクリュートはハグリッドが与えた物を全て食べていたのだ。あの悪食っぷりから察するに、そうそう死ぬことはないだろう。
あれだとゴキブリの方がまだ可愛げがあるぞ。もし選択を迫られれば、少なくとも私は木箱いっぱいのゴキブリの方を選ぶ。気持ち悪いスクリュートの姿を頭から追い払いつつ、二本目のソーセージにフォークを伸ばした。
───
「教科書は不要だ。杖だけあればいい。」
そして最初の防衛術の授業。ルーピンと同じような台詞を全く違うトーンで言ったムーディは、義足をコツコツと鳴らしながらドアから教壇へと歩いて行く。最初の威圧は百点満点だな。全員ビビってるぞ。
出席を取り終わったムーディは、自己紹介も前置きも一切なしで自身の『教育論』を語り始めた。うーむ、この辺はスネイプに似てるな。今年もあいつは初授業で『演説』をかましてきたのだ。毎年内容を考えるのは苦労するだろうに。ご苦労なこった。
「お前たちがこれまでどんなことをしてきたのかには目を通させてもらった。想像以上に進んでおる。一昨年はマーガトロイドにより防衛術の基礎を学び、去年はルーピンが闇の怪物どもへの対処を教えた。……しかし、致命的に理解が遅れておる部分がある。呪いそのものへの理解だ。」
そらきた。『呪いそのものへの理解』ね。私の予想通り、クィレルの存在を完全に無視したムーディは、これまでのような生温い授業をする気はないようだ。……まあ、悪くはないな。そろそろ実際の呪いについて、『本物の』呪いについてを知るべき時期だろう。毒を知らねば薬も作れまい。
「呪いだ。この世には多くの呪いが溢れておる。わしに与えられた時間は一年。その期間でお前たちに呪いの何たるかを叩き込んでやろう。魔法省の日和見主義者どもに言わせれば、教えるべきは反対呪文だの防衛呪文だのということだが……ふん、くだらん。そんなものは現場を知らん者の妄言に過ぎん。」
言いながら杖を抜いた……というか、持っていた巨大な杖を構えたムーディは、緊張する生徒たちへとなおも話を続ける。
「わしはお前たちに最悪の呪いを見せる。実際に、今、ここでだ。……失望させるなよ? ダンブルドアはお前たちがこれを見るのに耐え得ると考えておるし、わしも同じ考えだ。見知らぬ呪いに立ち向かうことなどできん。今日この場で、お前たちは自らが立ち向かうべきものを知るのだ。」
今や生徒たちはピクリとも動いていない。アリスやルーピンの柔らかく導くような授業ではなく、スネイプと同じ強制的に押し付けるようなやり方だ。……んふふ、結構悪くないじゃないか。恐怖は人を育てるものだ。ムーディはそれをよく知っているらしい。人を成長させるためには、飴ではなく鞭こそが必要なのだから。
頬杖をついてニヤニヤ笑っている私に気付いているのかいないのか。ムーディは険しい顔のままで唸るように問いを放った。
「魔法法によってその使用を厳しく罰せられる呪文が三つある。最悪の呪いと呼ばれる三つ。許されざる呪文と呼ばれる三つだ。……どうだ? 知っている者はいるか?」
いつも通り最速でハーマイオニーが手を挙げるのに続いて、教室のあちらこちらで恐る恐る手が挙がる。ムーディはまともな方の瞳でジロリとそれを睨め付けると、やおら一人の生徒を指名した。……おや、珍しくロニー坊やが挙手をしていたようだ。
「お前は……アーサー・ウィーズリーの息子だな? その赤毛ですぐに分かった。言ってみろ。」
「はい。えーっと、一つだけ。服従の呪文です。」
「……ああ、その通り。服従の呪文。十五年前にわしらが随分と手こずらされた呪文だ。わしはその呪文を良く知っておる。嫌というほどにな。」
私なんかは大した思い出がないが、レミリアやアリスはムーディの台詞に深く頷くことだろう。古くは裏切りの呪いと呼ばれたこの呪文は、かけられた者を意のままに操るという厄介な呪文だ。
ちなみに私たちの使う魅了とは少し違いがある。服従の呪文が多幸感や酩酊感のようなもので操るのに対し、魅了は忠誠心や盲目的な信頼感を与えるのだ。……まあ、破る方法は基本的に同じだが。強い自我と意思。確固たる精神が必要になる。
かけられているのかいないのか。操られているのか自分の意思なのか。その判断が非常に難しいせいで、前回の戦争時には合言葉やら秘密のジェスチャーやらが大流行りだった。おまけに戦争後には、捕縛された誰もが服従の呪文にかかっていたせいだと主張し始めたのだ。モルガナも実に厄介な呪いを作ってくれたもんだな。吸血鬼のオリジナリティが薄れちゃうじゃないか。
教室中の注目が集まる中、ムーディは教卓の引き出しから……蜘蛛か? 途端にロンが身を引いちゃってるぞ。小瓶に入った三匹の蜘蛛を取り出すと、そのうちの一匹を手に乗せながら呪文を放つ。
「
おやまあ、ちょっとはユーモアのセンスもあるじゃないか。途端に蜘蛛は曲芸を披露し始めた。糸を使っての空中ブランコ、縄跳び、あやとり。そして最後には八つの脚を器用に動かしながらのタップダンスだ。魔法使いはともかくとして、マグル相手ならさぞウケることだろう。
殆どの生徒が笑う中、顔を強張らせているのはハーマイオニーと……おっと、ロングボトムもか。珍しいことに、彼もムーディのやっていることの意味が理解できているようだ。ちなみに私は未だニヤニヤしている。理解した上で楽しむのが吸血鬼ってもんだ。
「面白いか? それじゃあ次は机から落としてみるか? それとも水に溺れさせてみるか? 自分の脚を捥がせてみるか? そしてそれを食わせてみるか? ……どうだ? わしがお前たちに同じことをしたら、それでも笑っていられるか?」
ムーディが歪な笑みで言う度に、教室の温度が急激に下がっていく。今や誰もが笑みをかき消し、喉を鳴らしながら蜘蛛を見つめ始めた。お通夜ムードだ。
「完全なる支配だ。そこに自分の意思などない。愛する者が、信頼する友が、血を分けた家族が、いきなり杖を向けてくるかもしれない時代があったのだ。そして同時に、自分が気付かぬ間に誰かを殺しているような時代がな。……さて、あと二つ。誰か知っている者はおらんか?」
ムーディの言葉を受けて、先程よりもずっと少ない数の手が挙がる。どうやら十四歳の子供たちには少々刺激が強すぎたようだ。
「では、ロングボトム! 言ってみろ。」
「僕も一つだけです……その、磔の呪文。」
「その通り。……見やすいように少々大きくしてやろう。」
ロングボトムの答えを受けたムーディは蜘蛛を取り出すと、肥えらせ呪文で大きくしてから磔の呪文を放った。なんとも気遣いに溢れてるヤツだな。全員迷惑そうだぞ。
「
たちまち蜘蛛は脚をバタつかせながら、身を捩って苦しむように痙攣し始める。……いやはや、便利な呪文だ。杖一本あれば拷問できるし、後片付けも不要。惜しむらくは与えられる苦痛に制限があることだろうか。呪文の使用者にもよるが、耐える奴は耐えてしまうのだ。前回の戦争でそのことを実感した。
っていうか、蜘蛛に痛覚とかってあるのか? 人間のそれとはまた違った意味での『苦痛』なのかもしれんな。私がのたうち回る蜘蛛を見ながらどうでもいいことを考えていると、隣のハーマイオニーがあらぬ方向を見ながら声を上げた。
「もうやめて!」
懇願するように叫ぶ目線の先では……ロングボトムが蒼白になりながらギュっと手を握りしめている。両親のことを思い出しているのだろう。時折見舞いに行っているアリスの言葉が確かなら、ロングボトム夫妻は今もおかしくなったまま、聖マンゴで夢うつつの日々を送っているはずだ。
チラリとロングボトムを見たムーディは言葉を発することなく、縮ませ呪文で蜘蛛を小さくしてから小瓶に戻した。……ちょっと待て、その二匹の蜘蛛は別の授業にも再利用されてるんじゃないよな? だとすればさすがに同情に値する話だぞ。
もしくは弱ったヤツを三つ目の呪文に回しているのかもしれない。曲芸をして、拷問されて、最後に処刑か? 私が瓶詰めの蜘蛛たちを哀れんでいる間にも、ムーディは磔の呪文についての説明を語り始めた。
「苦痛だ。純粋な苦痛、耐え難い苦痛。ほんの一言唱えるだけで、それが全身に襲いかかる。この呪文に屈した者は少なくない。そして、それは恥ずべきことではないのだ。磔の呪文を食らえばそれが分かる。その瞬間に、この呪文の意味をようやく理解できるのだ。」
試してみるか? と言わんばかりのムーディから、教室の誰もが目を逸らした。唯一私と目が合うが、ムーディは鼻を鳴らして無視してしまう。……うーむ、どうやら彼は私に対して『スネイプ式』の対応をすることに決めたようだ。楽だが、つまらんな。
「さて、最後だ。分かる者はいるか? 誰でもいい、言ってみろ。」
三度投げかけられた質問に応えたのは、とうとう弱々しく手を挙げるハーマイオニーだけになってしまった。他は残りの蜘蛛を見ながら沈黙している。恐らく知っていて手を挙げない者も多いのだろう。
「言ってみろ、グレンジャー。」
「……アバダ・ケダブラ。死の呪いです。」
強張った顔に震える声。言うのも罪といった様子で答えたハーマイオニーに、ムーディは頷きながら最後の蜘蛛を小瓶から出して机に乗せた。
「そうだ。最後にして最悪の呪文。死の呪い……
見慣れた緑の閃光が直撃すると、蜘蛛はコロリと動かなくなる。あっさりだな。この呪文の良くないところは、あっさりすぎることだ。あまりに単純な分、対処のしようがない。死。純然たる死なのだ。
「……っ!」
「おっと。大丈夫だよ、ハーマイオニー。」
女子は声にならない悲鳴を上げ、男子たちも顔を蒼白にして動かなくなった蜘蛛を見ている。隣のハーマイオニーが縋るように私の手を握ってきたのに応えていると、ムーディが両目でハリーを見ながら言葉を放った。
「死だ。分かるか? ただ死ぬのだ。反対呪文は存在しない。盾の呪文で防ぐのも至難の業だ。これまで多くの命を奪い、そしてこれからも多くの命を奪うであろう呪文。……これを受けて生き残った者はただ一人。その者は、今わしの目の前に座っておる。」
うーん、残念。吸血鬼はムーディのカウントに含まれなかったようだ。フランがペチペチはたき落としているのを、この男は少なくとも一度は見ているはずなんだが。
ハリーはムーディには何も答えず、ただ動かなくなった蜘蛛をジッと見ている。恐らく両親と、そしてリドルのことを考えているのだろう。ムーディはこの短時間で二人の生徒のトラウマを抉り、それ以上の生徒にトラウマを植え付けたらしい。お見事。
「さて、お前たちは対処法が存在しないなら何故見せたかと疑問に思っていることだろう。……油断大敵! それはお前たちが知っておかねばならんからだ! 備えろ! 想像しろ! 最悪の状況に陥った時のことを! この呪文を目にした時のことを!」
……業腹だが、認めよう。ムーディはこの科目に限っては間違いなく教師に向いている。死の呪文を見た時、足を竦ませるのでは死ぬだけだ。少なくともハリーには怯えず前に出て反撃する魔法使いになってもらわねば困る。この傷だらけの男のように、ゲラートのように、ダンブルドアのように、アリスのように。
生徒たちが身を竦ませるのを前に、ムーディは鞭打つように怒号を放った。
「学んでもらうぞ! 他人事などとは思うな! いつか必ずその日が来るのだ! 甘えは一切許さん。弱音も吐くな。怯えて死ぬか、杖を手に立ち向かうかだ。選べ、ひよっこども! そして立ち向かうことを選ぶのなら、わしの話をよく聞くことだ。空っぽの頭にこの言葉を刻み込め! 油断大敵! ……さて、羽根ペンを出せ。わしが今から言うことを書き取るんだ。一言一句、間違わずにな。」
かつてここまで私語の少なかった授業があっただろうか? 誰もお喋りなどしていないし、誰も余所見などしていない。ムーディのグルグル回る青い目玉に怯えながら、必死になって羊皮紙と羽ペンを取り出している。うーん、悪くない。これぞ『闇の魔術に対する』防衛術だな。
そのまま許されざる呪文についての説明を始めたムーディの声を聞き流しながら、アンネリーゼ・バートリは今年の防衛術も『当たり』なことを確信するのだった。