Game of Vampire   作:のみみず@白月

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しもべ妖精福祉振興協会

 

 

「──ですから、我々はこの状況を変える必要があるのです! 全てのしもべ妖精はお給料を貰っていません! 無給による労働、それはかつて行われていた奴隷労働と何一つ変わらないではありませんか!」

 

ハーマイオニーがおかしくなっちゃったぞ。談話室で『選挙演説』をしている栗色の髪の友人を見ながら、アンネリーゼ・バートリは頭を抱えていた。どうやら一過性のブームとはいかなかったらしい。

 

九月末。同級生たちは対抗試合のことを気にしながらも、日々の授業をやり過ごすので精一杯だ。マクゴナガルは一年先のフクロウ試験の為にと膨大な量の宿題を出し、フリットウィックは一度の授業で二つ以上の呪文を教えるようになった。スプラウトは意味不明な謎植物ばかりを扱い、スネイプは……まあ、あの授業は大して変わらんか。毎年難しいし。

 

他に変わらんのはビンズとバブリングくらいだ。片や蓄音機のように教科書を読むだけで、片や石工の真似事を続けている。あの無表情女は今年は二十四文字のゲルマンルーン文字を扱うなどと言い始めたのだ。クソったれめ!

 

そんな中、ハーマイオニーのしもべ妖精解放熱は衰えるどころかその勢いを増してしまったのである。先日『S.P.E.W.』なる謎の協会を立ち上げ、活動資金を得るためにバッジを売り捌きながら啓蒙活動を始めたのだ。どうかしてるぞ。

 

「なあ、止めてくれよ、リーゼ。頭がおかしくなりそうだ。」

 

薬草学のレポートを書きながら言う魔理沙に、ソファに深く沈み込んで答えを返す。もう試したし、もうやりたくない。吸血鬼というのは学習する生き物なのだ。

 

「嫌だね。止めようとするとディベートを仕掛けてくるんだよ。それに、もうすぐ昼休みは終わる。それまでの辛抱さ。」

 

「……私もハリーとロンの方に行けばよかったな。ちょこっとボールで遊ぶだけでも、きっといい気分転換になるぜ。」

 

「ダメよ、魔理沙。レポートは今日やるって言ったでしょ。最近ずっとクィディッチごっこをしてたんだから、今日は真面目にやるの!」

 

「へいへい。」

 

咲夜に怒られた魔理沙は、項垂れながらも再びレポートへと向き直る。ワールドカップの熱は未だ冷めやらぬようで、対抗試合のため今年のクィディッチは中止だと聞かされたハリー、魔理沙、ロンは、休み時間になると飛行訓練場で『スーパープレイごっこ』を楽しんでいるのだ。

 

一度だけ見に行ったが、ウロンスキー……なんちゃらとかいうのを超低速でやっていた。どれだけ難易度の高い技なのかは知らんが、私の見る限り飛んでた蝶の方が速かったぞ。あれだけ遅いとそれはそれで見事なのかもしれんが。

 

『チョウチョ以下』のスーパープレイを思い出している私に、咲夜が膝の上の毛玉ちゃんを撫でながら声をかけてくる。羨ましいヤツめ。その膝は価値が高いんだからな、毛玉。貴賓席だぞ。

 

「でも、ハーマイオニー先輩の言うことにも一理ありますよ。このままずーっと、ずぅーっと『しもべ』のままでいるなんて、ちょっと可哀想じゃないですか?」

 

「んー、私にはよく分からんな。しもべ妖精を見たのは一回こっきりだ。……リーゼはどう思う?」

 

「そうだね……現代の価値観から見れば、確かに真っ当な関係ではないんじゃないかな。一方的な奉仕と享受。かなり中世的な考え方だとは言えるだろうね。」

 

そこで一度言葉を切って、ロワーのことを思い出しながら続きを話す。彼は私に惜しみなく忠義を尽くし、そして私はそれを余すところなく受け取った。昔はそれが『美しい』と言われる関係性だったわけだが……うーむ、世代の差だな。かつての『常識』が今や『非常識』になっているわけか。

 

「だが、しもべ妖精はそうあれとこの世に生を享けた生き物なんだ。彼らにとって己が忠誠に値段をつけられるのは酷い侮辱なのさ。しもべ妖精の待遇を理不尽に思うってのは……そうだな、カゲロウの短命を嘆いたり、アリの階級制度を改善しようとするようなもんだよ。」

 

「変えられない定めってことか?」

 

「変えられなくはないだろうけどね。生物っていうのはそうやって進化してきたんだ。……ただまあ、そこまでいくとかなり難しい議論になってくると思うよ。そもそも、今の魔法族はそこまで種として成熟していないんじゃないかな。格差の改善なんかはマグルの方でもようやく認知されてきた問題なんだ。純血問題やらスクイブの差別なんかがある以上、魔法使いたちがしもべ妖精に向き合うのは遥か先の話さ。」

 

私の言葉を聞いて、咲夜と魔理沙は首を傾げて考え込んでしまった。無理もあるまい。十二歳の少女が向き合うような問題じゃないし、十五歳にしてこの問題に向き合っているハーマイオニーの方が珍しいのだ。

 

ちなみに私としては、『興味がない』という単語が一番しっくりくる。この歪な共生関係が問題であることは理解できるが、私は他人の庭に口を出すほどお人好しではないのだ。隣の庭がどれだけ荒れ果てていようが、自分の庭さえ美しいのなら文句などない。

 

ま、何にせよそろそろ次の授業に向かう時間だ。未だ演説を続けるハーマイオニーに近寄って、時計を指差しながら声を放った。

 

「ハーマイオニー、時間だよ。防衛術に遅れたくはないだろう?」

 

「──から、今こそ声を上げる時なのです! しもべ妖精たちの声なき思いを代弁して……あら、もうそんな時間? それじゃ、続きは今夜に回しましょうか。」

 

「ああ、そうした方がいいね。それと、バッジをもう十個ほど買うよ。残ってるかい?」

 

ついでに補充を済ませておこう。小銭を渡しながら言うと、ハーマイオニーは嬉しそうにバッジの詰まった空き缶を取り出して返事をしてくる。

 

「勿論よ! ハリーもロンも全然配ってくれないんだもの! 少しはリーゼを見習って欲しいわ。……でも、無理はしないでね? 売れる分だけでいいの。」

 

「心配ないよ。無理なんかしてないさ。」

 

ハーマイオニーには内緒だが、当然ながら私も配っているわけではない。ここ最近はスネイプのローブに永久粘着呪文で貼り付けてやろうと頑張っているのだ。……あの陰気男がローブに『スピュー(反吐)』なんてバッジを貼り付けてる姿だぞ。誰だって見てみたいに決まってる。

 

しかしスネイプもさるもので、私のバッジ攻勢の悉くを凌いでいるのだ。あれほどの杖捌きができるとは思わなかった。間違いなく二年生の決闘クラブの時よりも本気を出していたぞ。

 

透明化してこっそりというのは味気無いし、なんとか正攻法でくっ付けたいもんだ。私が陰気男への次なる一手を考えている間にも、一足先に準備を終えた魔理沙と咲夜が声をかけてくる。ハーマイオニーは……まだ演台の片付けに手間取っているらしい。早めに声をかけておいてよかった。

 

「よう、私たちは先に行くぜ。」

 

「リーゼお嬢様、行ってきますね!」

 

「ああ、次は飛行訓練だろう? ハリーとロンが遅れそうだったら尻を叩いてやってくれ。」

 

フーチも一緒になってはしゃいでいる可能性は大いにあるのだ。少なくとも前例はあった。二人にも思い当たる節があったようで、苦笑して頷きながら談話室の扉へと歩いて行く。

 

それを見送ってしばらくソファで待っていると、ようやく準備を終えたらしいハーマイオニーが近付いてきた。ポケットがパンパンに膨らんでいるのを見るに、今日も誰彼構わずバッジを売りつける気のようだ。

 

「さ、行きましょう、リーゼ。授業が待ってるわ。」

 

「……ああ、行こうか。」

 

何も言うまい。私はとっくの昔にハーマイオニーを止めるのは諦めた。まあ、確かにどんな改革も最初は馬鹿にされるものなのだ。人権運動も、奴隷解放も、共和政の確立も。……いやまあ、ハーマイオニーの運動もそうなるとは口が裂けても言えないが。仮にどっちに賭けるかと言われれば、間違いなく失敗する方に賭けるだろう。

 

革命家と、それに倍する失敗者たちのことを考えながら一階の教室へと歩いて行くと……おや、ハリーとロンだ。廊下の中途半端な位置で熱心に何かを話し合っているのが見えてきた。チョウチョと競争して授業に遅れるのは免れたらしい。

 

「やあ、二人とも。間に合ったようで何より──」

 

「リーゼ、ハーマイオニー! 遅いぞ! 君たちは偉大な光景を見逃したんだ!」

 

「あー……偉大な光景?」

 

くるりと振り返って捲し立ててくるロンに問い返してみれば、彼は目を瞑って『偉大な光景』とやらを思い出すように語り始める。

 

「ケナガイタチだよ。マルフォイがケナガイタチになったんだ。君たちは人生において最高の光景を見逃したんだぞ。」

 

マルフォイが、ケナガイタチ? 恍惚とした表情で言っているが……なんだこいつ。ヤバい薬でも飲んじゃったのか? もしくは錯乱呪文をかけられたのかもしれない。

 

私とハーマイオニーが胡乱げな表情になっているのを見て、多少冷静なハリーが慌てて補足を伝えてきた。

 

「さっきちょっとした口喧嘩があってさ。それでマルフォイが去り際の僕に呪いを撃ってきたんだ。つまり、背中に向けて。そしたら偶々通りかかったムーディ先生がそれに怒っちゃって……あー、マルフォイをケナガイタチに変えて、ビタンビタンしちゃったんだよ。」

 

「ハリー、それって……大丈夫なの?」

 

ハーマイオニーの『大丈夫なの?』が誰に掛かっているのかはよく理解しているようで、ハリーは曖昧に頷きながら困ったように口を開く。当然ながら『ビタンビタン』された方ではあるまい。した方だ。

 

「ムーディ先生は全然気にしてなかったけど、人間に戻った後のマルフォイはお父様がどうだのって言ってた。……ちょっと心配かな。」

 

「心配ないさ。あの男がイカれてるのも、関わるとヤバいのもイギリス魔法界の常識だ。ハロウィンにゾンビの仮装をして、ムーディに『愉快なサプライズ』をしようとした魔法使いの逸話を知ってるかい? 多分マルフォイの父親は知ってるはずだ。そして知ってれば絶対に関わろうとはしないよ。」

 

哀れなゾンビは聖マンゴの『粘着科』に三ヶ月入院したと聞いている。それ以来ムーディにサプライズを仕掛ける者はいなくなったし、『ムーディの格好で』サプライズを仕掛ける魔法使いが増えたのだ。魔法使いたちはゾンビよりムーディの方が余程に怖いということを学習したらしい。

 

「まあ、そうね。いくらマルフォイの親でもムーディ先生に食ってかかるほどバカじゃないでしょ。……ほら、行くわよ! ロン!」

 

「ちょっと待ってくれよ、ハーマイオニー! 君は見てないからそんなことが言えるんだぞ。あの光景を僕の脳みそに刻み込まなくっちゃ。……ドラコ・マルフォイ。驚異の弾むケナガイタチ。」

 

ダメだな、これは。脳みその容量を無駄遣いしているロンを放って、三人で教室に向かって歩き出す。……まあ、今日の防衛術は多少『抑えめ』の内容になるかもしれない。ムーディも憎っくきルシウス・マルフォイの息子をイタチに変えられてご満悦だろうし。

 

───

 

「今日はお前たちに対して実際に服従の呪文をかけさせてもらう。木偶人形に成り下がるのが嫌ならば、必死に抵抗した方がいいぞ? ぇえ?」

 

うーむ、微妙なとこだな。死やら磔の呪文を選ばなかったことを喜ぶべきか、それとも魔法法を完全に無視していることを悲しむべきか。少なくとも『抑えめ』にはならなかったようだ。

 

生徒たちがドン引きする中で、私の隣のハーマイオニーだけがイカれたグルグル目玉に立ち向かうために声を上げた。頑張れ、ハーミー。悪しき狂人をやっつけるんだ。正義はキミにあるぞ。

 

「あの、それは……法律違反です。ヒトに許されざる呪文を使うのは魔法法で重罰に処されます。ムーディ先生ご自身がこの前の授業で説明してくださいました。」

 

「その通り。しかし、ダンブルドアはお前たちがこれに備えておくべきだと思っておるようだ。わしと同じようにな。いざ闇の魔法使いに使われてからでは遅い。そうは思わんか? グレンジャー。」

 

「それは……はい。そうですけど。」

 

いや、ハーマイオニーの言っているのはそういうことじゃないと思うんだが……まあいいか。私としては大賛成のやり方なのだ。当然文句などない。

 

「それでは、一人ずつ名前を呼ぶ。前に出て抵抗してみせろ。いいか、意思だ! 自らの意思を保ち続けろ! わしの命令なんぞ拒んでしまえ! それでは……フィネガン! 最初はお前だ。」

 

こうして始まった服従の呪文ショーだったが、やはりというか当然というか、四年生のガキが熟練の闇祓いの支配を拒むのは至難の業らしい。次々と失敗していくのが見える。

 

ブラウンはエア・なわとびを披露して、ロングボトムは新体操を、ロンはパントマイムでハーマイオニーはお歌の時間だ。見てる分には愉快だが……なんだってこんな時だけユーモアのセンスを発揮するんだ、こいつは。全部ムーディの選択だと思うとかなり滑稽だぞ。

 

うーん、どうしようか。当然ながら私はお歌を披露するのは御免だし、新体操だってやりたくない。となれば、また吸血鬼特有のなんちゃらかんちゃらを追加する必要がありそうだな。せめて一人くらい抵抗してくれれば言い訳するのも容易いのだが……。

 

「次は……ポッター! お前だ!」

 

おっと、遂に生き残った男の子の番か。ご指名に応じて前に出たハリーは、強張った表情でムーディの呪文を受ける。

 

「いくぞ、インペリオ(服従せよ)!」

 

……ほう? これまでならばすぐさま『お遊戯』を披露しているところだが、ハリーは固まったままで動かない。つまり、ムーディの支配とハリーの抵抗が鬩ぎ合っているようだ。こんなところでも生き残った男の子は謎の適性を発揮したか。

 

「いいぞ、ポッター! 全員見ておけ! ポッターが抵抗しておるぞ!」

 

ハリーに杖を向けながら歪んだ笑顔で言うムーディに従って、生徒たちがハリーへと注目する。何の命令をしたのかは知らんが、ハリーは油の切れた機械のような動きで教壇に向かって……うーん、微妙な終わり方だな。

 

「ぐぅっ……。」

 

恐らくムーディは教卓に飛び乗れと命じたのだろう。そしてハリーはそれに抵抗しようとした。結果としてハリーは中途半端な高さに飛び、膝を教卓の角に激突させることになったわけだ。痛いぞ、あれは。今も膝を抱えながらプルプルしちゃってる。

 

「よし、立て、ポッター。その感覚を忘れんうちにもう一度だ。次は抵抗してみせろ。」

 

「えっと……でも、リーゼがまだです。僕ばっかりじゃ──」

 

「ふん、吸血鬼に服従の呪文など時間の無駄だ。あの生き物にこの呪いは効かん。だからこそスカーレットが頼りにされてたんだろうが?」

 

私を生贄に実験台を逃れようとしたハリーだったが、ムーディによってその企てを封じられてしまった。途端に注目してきた教室中の目線に、訳知り顔でうんうん頷く。……まあ、ムーディにしては中々上手い説明だったな。これなら及第点だろう。レミリアを引き合いに出したあたりに多少の説得力を感じる。

 

そして、実験台継続の知らせを受けたハリーだけが引きつった顔だ。中途半端に抵抗しちゃうからそうなるんだぞ。嫌そうな顔で再びムーディの前に戻ったハリーへと、イカれ男が服従の呪文を放った。

 

「インペリオ!」

 

うーむ……またしても不自然にガクガク動き出したハリーは、この後に魔法薬学があることを覚えているのだろうか? 彼にとっての厄日はどうやら今日だったようだ。ムーディのちスネイプ、ときどきケナガイタチか。

 

哀れな生き残った男の子に同情の視線を送りつつ、アンネリーゼ・バートリは欠伸を一つ噛み殺すのだった。

 


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