Game of Vampire   作:のみみず@白月

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吸血鬼というコイン

 

 

「ふぅん? ゲラートの残党ねぇ……。」

 

向こうでフランからのプレゼントを嬉しそうに貰う咲夜を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは吐き捨てるように呟いていた。気に食わん話だな。もちろん残党が存在することがではなく、残党を『騙る』ヤツが存在することがだ。

 

ハロウィンの昼。紅魔館では咲夜の誕生日パーティーの真っ最中である。夜には私と咲夜、レミリアがホグワーツに戻らなくてはならないので、今年は昼の開催となったのだ。吸血鬼の館で昼下がりのパーティーか。酷いジョークだな。

 

エマが飾り付けてくれた紅魔館のリビングには、毎度お馴染みの館の住人たちと、これまでよりも少し増えたプレゼントがズラリと並んでいる。ハリーたちや魔理沙からのは当然として、ハグリッドやブラック、ルーピンなんかからも届いているらしい。咲夜へのプレゼントは年々増え続けているようだ。

 

……この分だとマクゴナガルが自制出来なくなる日も近そうだな。今は職業上控えているようだが、そのうちダンブルドアよろしく匿名で送ってくるぞ。そして彼女が陥落すれば他の教師も我先にと送ってくることだろう。後で賭けの対象にでもしてみるか。

 

そんな中、リビングの隅でチビチビとワインを楽しんでいたところ、ふと隣に座ったレミリアから非常に苛つく写真を渡されたのだ。『より大きな善のために』だと? それはその辺のチンピラが使っていいような言葉じゃないんだぞ。

 

「どう思う? グリンデルバルドがヌルメンガードに居るのは確認済みだし、私としては彼は関わっていないと思うんだけど……一応『専門家』にも聞いておこうと思って。」

 

今度は小悪魔からのプレゼントを貰っている咲夜を見て、柔らかい微笑みを浮かべる幼馴染に、私も同じ方向を見ながら返事を返す。答えるのは簡単だ。分かりきっていることなのだから。

 

「有り得ないね。これはゲラートのやり方じゃないし、ゲラートならもっと上手くやるさ。無駄なく、スマートにね。どちらかと言えばリドルのやり口に近いぞ、これは。」

 

目的が先か、恐怖が先か。大義か、利益か。ゲラートとリドルは私から見れば正反対の人物だ。この事件はゲラートには……そう、相応しくない。あの男にはあの男なりの矜持があったのだから。

 

リドルに足りないのはそれだ。悪には悪なりのプライドがあることを、あのトカゲ男は全く理解していない。残虐で結構。恐怖による支配だって構わんさ。だが、美しさがないのはいただけない。眩しいだけの光が迷惑なように、暗いだけの闇など退屈なだけだろうに。

 

故にゲラートやダンブルドアは人を惹きつけて止まないのだ。ゲラートは苛烈な中にも一本筋の通った主義を掲げていたし、ダンブルドアは完璧でなくどこか人間味を感じるからこそ親しみやすい。そして形は違えど、どちらも他者の為に己が人生を捧げていた。自らの利益を度外視してまでもだ。

 

対するトカゲマンは単なる利己主義者じゃないか。死にたくない、力が欲しい、権力が欲しい。あんなもん駄々をこねる子供と一体何が違う? 幼稚で、薄気味悪くて、残虐なだけだ。クソつまらん。……何だって運命の女神はあんなバカを愛したんだ? えらく趣味の悪い女だな。

 

鼻を鳴らして言う私を見て、レミリアは苦笑しながら写真を懐に仕舞った。彼女にとっては予想出来ていた反応だったようだ。だったらこんな不愉快なもんを見せるなよな。

 

「ま、こっちの予想も同じよ。模倣犯……というか、愉快犯ってことでよさそうね。少々大規模なのだけが気にかかるけど。」

 

「不愉快犯と名付けるべきだね。やらかした馬鹿どもは捕まってないのかい?」

 

「この事件以来うんともすんとも言わないんだもの。フランス魔法省じゃ面子を賭けて事に当たってるけど、この分だと長引くかもしれないわ。」

 

「……ふん、さっさと捕らえてもらいたいもんだな。こういうヤツがいるからゲラートの主張が捻じ曲げられるんだ。信じられないほどの馬鹿どもだよ、まったく。」

 

苛々とワインを呷る私を見て、レミリアはくつくつと笑いながら話題を変えてくる。何を愉しそうにしてるんだ、ポンコツ。人の不幸を笑うだなんて失礼なヤツだな。私なら絶対にそんなことはしないぞ。

 

「それにしても、今年は他国との関わりが多い年ね。ワールドカップに対抗試合、ボーバトンとダームストラング、おまけにこれよ。気疲れしちゃうわ。」

 

「心にもないことを言うなよ、レミィ。キミはこういうのが大好きなはずだぞ。今も昔もそれは変わらんだろうに。」

 

一体何が楽しいのかは知らんが、間違いなく楽しんでいるはずだ。私から見れば面倒くさいだけの政治ゲームも、レミリアにとっては励むだけの価値がある代物らしい。

 

……思えば昔からそうだった。私は退屈な社交が大っ嫌いだったが、レミリアはいつもおめかしして私を引っ張っていったものだ。私の手を引いて、心底楽しそうに。

 

あっちへこっちへと会場をウロついたかと思えば、どうやって仕入れてきたのか見当もつかない噂話をこっそり教えてくれていた。そして私がそれを基に『悪戯』を仕掛けるというわけだ。

 

いやはや、変わらんな。大規模にこそなれど、やってること自体は昔と一緒じゃないか。パチュリーから本を渡されている咲夜を見ながら苦笑していると、レミリアも苦笑いで言葉を投げかけてくる。

 

「当ててあげましょう。昔クドラク翁の『入れ牙』を、二人でブラッドアイスクリームに埋め込んだのを思い出してるわね?」

 

「いや、マダム・モルモのカツラを窓からぶん投げた時のことを思い出していたのさ。あれは愉快な経験だった。今でも胸がスッとするよ。」

 

やれイギリスの吸血鬼は礼儀がなってないだの、やれ幼い美少年の血しか飲みたくないだのと鬱陶しいババアだったのだ。だからレミリアがお喋りで気をそらしている間に、能力で姿を消した私がこっそりカツラを奪い取って、火を点けてから外へと思いっきりぶん投げたのである。私がまだ本当の意味で『リーゼちゃん』だった頃の、なんとも可愛らしい悪戯というわけだ。

 

あわあわしながら頭を隠す妖怪ババアを思い出してニヤついていると、呆れたような表情に変わったレミリアが文句を放ってきた。

 

「貴女は楽しかったでしょうけどね、私はお父様に怒られたのよ? そっちは姿を消しっぱなしだったし、結局二人分怒られちゃったわ。」

 

「逃げるまでが悪戯だろうに。キミがその場で大爆笑してたのが悪いのさ。私は安全な場所に移動してから思いっきり笑ったよ。」

 

「いっつもそうだったわ。貴女はすぐに逃げちゃって、私だけが取り残されたのよ。……だから言い訳やら嘘やらが上手くなったのかもね。」

 

「そして私は逃げるのが上手くなったというわけだ。これぞ分業制の利点というものだよ、レミィ。適材適所って言うだろ?」

 

レミリアから教えてもらった、マクシームとの話を思い出す。一枚のコイン。しっくりくる言葉じゃないか。スカーレットとバートリの関係を表すにおいて、これ以上の言葉はあるまい。

 

思えば永い時を一緒に過ごしてきたもんだ。なんと表現したらいいのか分からんこの関係。単なる友情とも違うし、愛すべき家族って感じでもない。とはいえ知り合いほど遠くはないし、ライバルってほど安っぽくもない。……そうだな、共生関係って感じか? 仲良く同じ方向を見るのではなく、背中合わせで見えない箇所を補い合っているような関係だ。

 

「いや、キミが幼馴染でよかったよ、レミィ。お陰で私は好き勝手やれる。今も、昔もね。」

 

「あのね、そんなセリフじゃ絆されないわよ? もう少し私の苦労も慮って頂戴。」

 

「なぁに、キミなら大丈夫だ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。コウモリのように飛び続けたまえよ。そうすれば、誰もキミを捕えられないさ。」

 

「ま、いいけどね。今はちゃんとした止まり木があるし。」

 

誰をというよりかは、レミリアはリビングの光景そのものを見て言っているようだ。……止まり木ね。確かにここは居心地がいい。少々騒がしくなってしまったが、それもまた乙なもんだ。

 

咲夜のことを肩車してはしゃいでいる美鈴と、それを止めようとしているアリスを見ながらポツリと呟く。人形が腰を棍棒でぶん殴ってるのに、美鈴は楽しそうにケラケラ笑うばかりだ。紅魔館じゃなければイカれた光景だな。

 

「咲夜はどの道を選ぶと思う? 私たちと同じ時間を選んでくれるだろうか?」

 

「……分からないわ。でも、それは咲夜に決めさせましょう。あの子には自由に育ってもらいたいの。吸血鬼、魔女、そして人間。どれを選ぼうが愛するまでよ。それが私たちの責務でしょ?」

 

「まあ、そうだね。こればっかりはあの子の選択次第だ。私たちが決めるべきことじゃない。」

 

パチュリーも、そしてアリスも自分の意思で決めた。ならば咲夜にもそうさせるべきだ。……昔なら長命の方を迷わず薦めていただろう。人間など矮小なものだし、魔女や吸血鬼になるのは『進化』だと断じていたはずだ。

 

今は少し違う。今でも吸血鬼は人間に優ると思ってはいるし、大多数の人間は愚かだとも思ってはいる。しかし……しかし、人間としての生き方を貫くことの意味も理解できなくはないのだ。

 

パチュリー、ダンブルドア、そしてゲラート。魔術師、吊るされた男、皇帝。三人の才気溢れる若者たちは、それぞれ全く別の道を選んだ。一人は英知を、一人は調和を、一人は理想を。結果としてたどり着いた場所こそ違うが、どの魔法使いも私をして偉大だと言わせるだけのことを成し遂げた。少なくともその辺の吸血鬼では相手にもならんようなことを。

 

そしてアリス、ヴェイユ、リドル。あの三人も同じ場所で学び、違う結果を残した。魔女に至った者、人として世代を繋いだ者、そして外法に堕ちた者。一つの道は次代へと継がれ、残りの二つはもはや交わることはないだろう。

 

フランとコゼット、四人の忍びたち。スネイプとリリー。何より私とハリー、ロン、ハーマイオニー。そして咲夜と魔理沙。……うーむ、不思議だな。人間というのは本当に不思議な生き物だ。死ぬまで度し難いほどの愚かさを貫く者がいれば、僅か十数年生きただけで私を驚嘆させる者もいる。

 

たった百年で数多の人間と出会ったが、知れば知るほどに意味不明な生き物だ。何と言うか……不条理なのだ。ほんのちっぽけなものの為に己が命を懸けたり、逆に他の全てを犠牲にしてでも自分の命を守ろうとしたり。いくらなんでも個性豊かすぎるぞ。これほど個々で性質が違う種族など他には在るまい。

 

「……私は変わったと思うかい? レミィ。」

 

思わず漏れ出た私のぼんやりした問いかけに、レミリアは薄く微笑を浮かべながら答えてきた。

 

「ええ、変わったわ。『私たち』はね。……弱くなったけど、その分だけ強くなったの。分かるでしょう?」

 

リビングの光景を手で示しながら、レミリアは吸血鬼らしからぬ笑みで続きを話す。

 

「あの頃とは違う強さを手に入れたのよ。少しだけ失った強さもあるけどね。……どうかしら? リーゼ。貴女は今の自分と過去の自分。どちらがより強大だと思う? どちらがより強いと思う?」

 

「……んふふ、強大なのは過去だが、強いのは今だろうね。いやぁ、父上に怒られるかもしれんな。これは吸血鬼の強さじゃないぞ。」

 

「ふん、構いやしないわよ。私たちだけが時代に適応できたってことでしょ。他のバカどもとは違ってね。……少なくとも私は後悔してないわ。貴女だってそうでしょう?」

 

「まあ、そうだね。やり直せるとしても、きっと同じ道を選ぶだろう。」

 

クスクス笑いながらワイングラスを傾けるが……む、空か。いつの間にか飲み干してしまったようだ。結構な長話になってしまったな。

 

「ワインも無くなったし、咲夜のお祝いに戻ろうか。今のうちに咲夜を『補給』しておきたまえよ。色々と忙しくなるんだろう?」

 

「ん、そうね。欲しいものは手に入ったわけだし、後はさっさとゲームに勝たないと。その為には努力、努力よ。」

 

「リドルの方はともかく、キミのやってるゲームには終わりが無さそうだけどね。」

 

「勝ち逃げすればいいのよ。ニヤニヤ笑いながらね。それが吸血鬼ってもんでしょ? ……さくやー! 私にも抱っこさせなさい!」

 

咲夜に走り寄る親バカ吸血鬼に苦笑しながら、私も賑やかな方へと歩き出す。……まあ、その通りだ。ゲームを終わらせるためにも頑張らねばなるまい。モヤモヤしたままイギリスを離れるのは御免被る。

 

あの三人にも多少の情は湧いているし、死なれたら後味が悪いのだ。……駒を犠牲に出来なくなった操り手か。酷いハンデを背負ったもんだな。それでも何故か悪い気はしないが。

 

勝ってみせるさ。望むものを望むだけ手に入れる。それが吸血鬼の在るべき姿だ。最高の結末以外はこの私に相応しくあるまい。妥協の二文字など私の辞書には存在しないのだ。

 

ワインのボトルを持って走り寄ってくるアリスに微笑みながら、アンネリーゼ・バートリは止まり木へと足を進めるのだった。

 


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