Game of Vampire   作:のみみず@白月

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苦悩

 

 

「でも、僕にくらい名前を入れる方法を教えてくれてもよかったじゃないか。……いっつもそうだ。生き残った男の子と、その隣の『平凡な友達』。僕はハリーの金魚のフンだよ。自覚はあるさ。」

 

目の前で自虐的に笑うロンを見ながら、アンネリーゼ・バートリは額を押さえていた。隣のハーマイオニーも全く同じ動作をしている。……思春期ってやつは側から見てれば面白いが、我が身に災難として降りかかる分には全然面白くないな。

 

ハリー・ポッターが『卑怯な手段』で代表選手に名乗り出た。十一月初日、朝食の大広間はその話題一色で彩られている。代表選手の名誉、世間からの注目、そして優勝賞金一千ガリオン。ホグワーツの生徒たちにとってのそれらは、どうやら嫉妬に値する代物だったらしい。

 

私はダンブルドアへの糾弾で忙しかったのでハーマイオニーから聞いただけだが、昨晩談話室に戻ったハリーの対応もマズかったそうだ。名前を入れていないの一点張りで周囲を拒絶した挙句、すぐに自室へと引っ込んでしまったらしい。……まあ、混乱していたのだろう。状況が状況だけに無理もあるまい。

 

あの後三校長とレミリア、バグマン、クラウチが話し合い、その後更にレミリア、ダンブルドア、私の三者で話し合ったが、どちらの話し合いでもハリーを選手として対抗試合に出す他ないという結論にたどり着いた。忌々しいゴブレットの魔法契約力は思った以上に強力なものだったのだ。……まともに選手を選べないくせに、契約力だけは一丁前か? クソったれめ。

 

当然ながら、ハリーがダンブルドアを出し抜いて名前を入れたという可能性は低いだろう。そもそも出し抜ける実力があるとも思えないし、名前を呼ばれた時のハリーの反応から見てもそれは明らかだ。かなり呆然としてたぞ。

 

となれば、何者かが何らかの目的でそれを行ったということになる。例えばそう、死喰い人が生き残った男の子を事故に見せかけて殺そうとしているとか。過去には『夥しい数の死者』が出たような催しなのだ。事故に見せかけて殺すなどそう難しいことではあるまい。

 

それを防ぐためにも犯人探しはレミリア、ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプ、ムーディに任せ、私はハリーの手助けをするという役割分担となったのだが……うーむ、早くも予期せぬ問題が起きたな。目の前のロンは怒っているような、うんざりしているような、少なくともハリーに協力しようとは思っていない表情を浮かべている。

 

「ハリーは自分で名前を入れてないと言ってたそうじゃないか。彼を信じてはあげないのかい?」

 

私の言葉に、ロンは俯きながらポツリポツリと返事を返してきた。彼はどうやらハリーに裏切られたと思っているようだ。そして、それを機に積み重なっていたものが爆発してしまったらしい。

 

「信じたいよ。信じたいけど……今は話す気になれないんだ。馬鹿みたいな嫉妬だってのは分かってる。でも、難しいんだ。……君たちには分かんないよ。リーゼは吸血鬼で名家の才女。ハーマイオニーは学年トップの秀才だ。そしてハリーは言わずもがな。僕だけさ。僕だけがただのボンクラなのさ。」

 

「そんなことないでしょう? 貴方にだって良いところは沢山あるわ。それは私たちが一番良く知ってるもの。」

 

心配そうなハーマイオニーが慰めるが、ロンは首を振って立ち上がってしまう。うーむ、マズいことになった。根が深い問題な分、去年の『飼い主戦争』よりタチが悪いぞ。

 

「ごめん、少しだけ放っておいてくれないかな? 僕、もう行くよ。」

 

「ちょっと待って、ロン。……ロンったら!」

 

ハーマイオニーの引き止めにも応じることなく、ロンはそのままトボトボと大広間の扉を抜けて立ち去って行く。なんとも物悲しい背中ではないか。あそこだけヴィクトル・ユーゴーの世界観だな。

 

それを遣る瀬ない表情で眺めた後、ハーマイオニーが大きくため息を吐いてから口を開いた。

 

「……私、ロンがあんなこと考えてたなんて知らなかったわ。友達失格ね。」

 

「私もさ。……まあ、ロンの言ってることも分からなくはないしね。少し時間を置こう。今私たちが何を言っても逆効果だよ。」

 

「そうね……。」

 

沈むハーマイオニーを他所に、スクランブルエッグを三掬いほど皿に盛る。つまりは、ロニー坊やも男の子だったということだろう。ホームズとワトソン……とは違うな。レストレードあたりか? 何にせよ、スポットライトの傍には常に影があるわけだ。

 

考えながらもそのままソーセージを追加で皿に盛り付けたところで、やおら大広間のざわめきが小さくなった。何事かと目線を扉の方に向けてみれば……おっと、居心地悪そうなハリーがご到着だ。ロンに負けず劣らずのトボトボっぷりでこちらの方に歩いて来ている。

 

突き刺さる批難の視線の中、私たちの向かいまで歩いてきたハリーは……開口一番、困ったような表情で釈明を放ってきた。

 

「僕、ゴブレットに名前を入れてない。本当だよ。」

 

「ああ、そんなことは分かってるさ。だから早く朝食を食べたまえよ。話すこともやることも沢山あるんだ。」

 

「えっと……信じてくれるの? 」

 

おいおい、なんだその顔は。疑うとでも思ってたのか? 信じられないと言わんばかりの顔になったおバカちゃんに、ハーマイオニーと二人で言葉を投げかける。

 

「悪いが、キミがダンブルドアを出し抜けるとは思えないね。それに、トラブルは毎年のことだろう? もう驚かないし、もう慣れたさ。……別に嬉しかないけどね。」

 

「そうね。きっと悪意を持った誰かが貴方を危険に陥れようとしてるのよ。リーゼの言う通り、早く朝食を済ませちゃいなさい。呪文の練習をしないといけないわ。忙しくなるわよ。」

 

ハリーは一瞬だけ泣きそうな顔になった後、コクリと頷いてから満面の笑みで席に座り込む。……この分だとこっちもかなりキツかったようだな。談話室からここまで来る間、針の筵だったのだろう。

 

「ロンは……やっぱり僕とは一緒に居たくないって? 僕が自分で名前を入れたって信じ込んでるんだ。説明しようとしても、話を聞こうともしてくれないんだよ。」

 

「まあ、ロンにもロンなりの苦悩があるのさ。彼はキミに嫉妬してるんだよ。」

 

「嫉妬? 僕に?」

 

私の言葉に驚愕の表情を浮かべたハリーに、ハーマイオニーが噛み砕くように説明を始めた。側から見てればよく分かるが、当人なればこそ理解できないのだろう。

 

「あのね、注目を浴びるのはいつだって貴方でしょう? ……私はそれが一概に良いことじゃないのは理解してるし、羨ましいとも思ってないわ。」

 

ハリーの反論を封じるように後半を付け足したハーマイオニーは、まるで諭すような口調で続きを話す。

 

「ロンは家では優秀なお兄さんたちと比較されて、学校では貴方の添え物扱い……少なくとも本人はそう思ってるの。それにずっと堪えてきた。一度もそんなことを口にしないでね。でも……多分、今度という今度は限界だったのよ。抑えてたものが爆発しちゃったんじゃないかしら。」

 

「そりゃ、傑作だ。……いつだって代わってやりたいよ。毎年毎年知りもしない奴に命を狙われて、夏休みになればプリベット通りに戻される。おまけに何処へ行ってもみんなして僕の額をジロジロ見るんだ。ロンには温かい家庭があるし、何より両親もいるじゃないか! 僕なんかよりよっぽど恵まれてるよ。」

 

難しい問題だな。ロンの英雄願望と、ハリーの『一般願望』。どうやら彼らにとって、隣の芝生はどうにも青く見えてしまうらしい。ハーマイオニーも私と同じ感想を抱いたようで、困ったようにただ苦笑している。

 

苛々とキッシュを一切れ皿に盛ったハリーに、ため息混じりに話しかけた。話を先に進めなくてはなるまい。

 

「ハリー、キミにロンの望みが理解できないように、ロンにもキミの望みが理解できないのさ。こればっかりは正解の無い問いだよ。ロンには少しキミとの関係を見つめ直す時間が必要なんだ。」

 

「その間に僕が死ななきゃいいけどね。そしたらロンにも分かるだろうさ。……あるいはハッフルパフの生徒が僕をリンチにするかも。」

 

うーむ、さすがにリンチにはしないだろうが、ハッフルパフのテーブルを見るにちょこちょこと嫌がらせはしてきそうだな。普段は温厚で知られる黄色い寮の生徒たちは、自寮の晴れ舞台を邪魔されてお怒りらしい。

 

こっちもロンと似たような理由だろう。他の三寮がグイグイ前に出るのに対して、ハッフルパフは常に控え目に振舞っていた。他の三寮の間を取り持つ感じに。そんな彼らが珍しく脚光を浴びそうになったその瞬間、ハリーがそれを掻っ攫っていったのである。……いやまあ、彼らから見ればだが。

 

何にせよ構っている暇などない。手早くスクランブルエッグを片付けながら、ハリーに向かって言葉を放つ。

 

「穴熊どもを気にしているような時間はないぞ、ハリー。キミは三つの試練に向き合わなくちゃいけないんだ。優勝しろとは言わないが、訳の分からん怪物にぺちゃんこにされたくはないだろう? さっさと朝食を終わらせて呪文の練習に移ろうじゃないか。」

 

「うん。……でも、どんな呪文を練習すればいいんだろう? まだ何に挑むのかも知らされてないんだ。課題の内容は秘密だって、バグマンさんが言ってた。」

 

「それなら、汎用性の高い無言呪文の練習をしよう。夏休みの間にアリスに習ったんだ。……こんなことに役立つとは思ってなかったけどね。」

 

もちろん嘘だが、そもそも四年生で無言呪文を教えるつもりではいたのだ。一応計画通りではある。……ただまあ、この分だと多少急ぐ必要がありそうだな。もはやのんびりやってられるような状況じゃないぞ。

 

盾、失神あたりはなんとか覚えさせたいが……ダメだな、時間が無さすぎる。基本的なのをいくつかリストアップして、一番適性のありそうなのを重点的にやるか。この際選り好みはしていられないのだ。

 

課題の内容を探らせるのはダンブルドアとレミリアに丸投げしよう。特にあのおとぼけジジイにだ。年齢線がなんだったのかは結局分からずじまいだが、全然役に立ってないじゃないか。ムーディあたりを徹夜で見張りにつければよかったんだ。あの被害妄想男なら喜んでやっただろうに。

 

苛々しながら脳内に呪文のリストを表示させた私に、驚いた顔のハーマイオニーが話しかけてくる。

 

「リーゼ、もう無言呪文を使えるの? どの呪文? 難しい? どのぐらいかかった? マーガトロイド先生からコツなんかは聞いてないの?」

 

「落ち着いてくれ、質問お化けちゃん。先ずは朝食を終わらせてからだ。」

 

言うと、ハーマイオニーは猛然とした勢いでサンドイッチを片付け始めた。うーむ、生徒が二人に増えてしまったな。ハリーも無言呪文を習えるのは満更でもないようで、手早くキッシュを頬張っている。

 

場所は……よし、咲夜と魔理沙に星見台を借りよう。別に空き教室でもいいが、余人が入ってこない方が集中できるだろう。それにまあ、かの魔術師殿が作った場所なら多少は頑丈なはずだ。爆破呪文とかも気兼ねなく使える。

 

先ずは簡単な衝撃呪文から試そうと考えつつも、アンネリーゼ・バートリはソーセージを噛み千切るのだった。

 

 

─────

 

 

「ハリー、意思だ! もっと強く念じろ!」

 

リーゼの放つ無言呪文を必死に避けるハリーを、霧雨魔理沙は呆れた視線で見つめていた。何してんだよ。避けたら意味ないだろ、それ。

 

星見台での『修行』は五日目に突入しているが、ハリーが盾の無言呪文を成功させる日はまだまだ遠そうだ。リーゼの衝撃呪文に全く太刀打ちできていない。というか、太刀打ちしようともしていない。むしろ避けるのが上手くなってるぞ。

 

ちなみに私と咲夜も盾の呪文を練習中だ。……もちろん有言呪文の方だが。星見台を貸す代わりに、呪文の練習を手伝ってもらっているのである。どうやらリーゼが無言呪文を、ハーマイオニーがちょっと複雑な有言呪文を教えることにしたようで、手が空いた方が交代交代で私たちの教師役をしてくれているのだ。

 

ハーマイオニーの投げるシリアル塗れになりながら、盾の呪文の合間に彼女へと話しかけた。……これ、本当に意味あるんだろうな? こんなバカみたいな練習方法は聞いたことないぞ。

 

「プロテゴ。……有言ですら使えない私が言うのもなんだが、プロテゴ! ハリーに盾の無言呪文は早いんじゃないか? 全然成功してないぜ?」

 

「私もそう思うけど、ハリーがどうしてもって言うのよ。そりゃあ盾の呪文は重要でしょうけど……多分、リーゼが使えるもんだからムキになってるのね。」

 

後半を小声で言ったハーマイオニーに、私の隣で杖を振っていた咲夜が鼻を鳴らす。何故かちょっとドヤ顔だ。

 

「ふん、プロテゴ! リーゼお嬢様に追いつこうなんて百年……いえ、五百年早いです! プロテゴ!」

 

「五百年も経ったらハリーは骨よ、サクヤ。骸骨舞踏団の仲間入りね。」

 

「つまり、無謀ってことですよ。プロテゴ!」

 

側から聞いてるとアホな会話だな。おまけにシリアルが飛び交っているとなれば一入だ。見知らぬ誰かが入って来たら混乱するに違いない。

 

満天の星空の下で無言呪文を撃ちまくっているリーゼと、もはや杖を振ろうともしないで避けているハリー。シリアル塗れの私と咲夜に、自分も無言呪文の練習をしながらシリアルを投げているハーマイオニー。……トレローニーあたりに分析させたら面白いかもしれないぞ、これは。

 

私がどうでもいいことを考え始めたところで、星見台からハリーとリーゼが下りてきた。リーゼは苛々とハリーの脇腹を杖で突っついている。

 

「ハリー、次はキミを柱か椅子にでも縛り付けることにするよ。約束する。必ずだ。」

 

「ごめんよ、リーゼ。つい避けちゃうんだ。こう……反射的に。」

 

「謝っても無駄さ。次までに双子から糞爆弾を大量に仕入れてあげよう。食らうのが嫌なら必死に練習したまえ。」

 

「それは……本気じゃないよね?」

 

それを聞いたリーゼの顔は……本気だな、これは。ニッコリ笑ってるぞ。スクリュートを見守るハグリッドのような微笑みだ。かなり怖い。

 

冷や汗をかきはじめたハリーに、今度はハーマイオニーが時計を指差して声を放った。リーゼが何処からか持ち込んだ立派なホールクロックだ。……『拝借』の腕は私より上だな。

 

「それじゃ、午後の授業に行きましょうか。今日は二コマ続きの魔法薬学よ。遅れたくないでしょ?」

 

「遅れたくないけど、行きたくもないよ。」

 

「行くのよ、ハリー。行かないと更に酷い目に遭うわよ。」

 

ハーマイオニーの大いなる予言に渋々従うハリーに続いて、全員で隠し部屋を出て階段を上る。なんともご愁傷様なこった。今のハリーにとってはどの授業でも楽しくはあるまい。それが魔法薬学ならば尚更だ。

 

現在のホグワーツでは、ハリーの『無実』を信じている人物は多くない。私の知る限りではリーゼ、ハーマイオニー、ハグリッド、そして私だけである。……ちなみに咲夜はカウント外だ。こいつはハリーではなくリーゼを信じているのだから。

 

ハッフルパフはディゴリー支持を高らかに表明しているし、あんまり関係ないレイブンクローですらハリーにかなり冷たく当たっている。グリフィンドールは……微妙な感じだな。自寮から代表が出るのは嬉しいが、他寮の手前大っぴらには応援できないといった具合だ。

 

そしてまあ、スリザリンは言わずもがな。『ホグワーツの真の代表選手、セドリック・ディゴリーを応援しよう!』というピカピカ光るバッジを身に付けて、ハリーが通るたびに冷やかしを送ってきている。……押すと『汚いぞ、ポッター』に変わるバッジを。

 

うんざりしながら天文塔の踊り場に続くドアを抜けると、後ろを歩いていたリーゼが私に歩調を合わせてきた。ちなみにこいつの最近のブームは連中のバッジを『スピュー』と取り替えることだ。毎回楽しそうに取替え呪文を放っている。当然、永久粘着呪文のオマケ付きで。

 

「ロンの様子はどうだい? キミたちとは普通に話してるんだろう?」

 

おっと、その問題も残ってたか。『うんざり案件』に項目を追加しつつも返事を返す。

 

「ありゃダメだな。煮詰まってどうにもならん感じだ。今すぐどうこうするのは無理だと思うぜ。」

 

近頃のロンは双子や、四年生の……フィネガンとトーマスだったか? まあ、とにかくハリーたち以外とよく連んでいる。ハリーは元より、リーゼやハーマイオニーともあんまり喋るつもりは無いようだ。

 

喧嘩の原因についてはハーマイオニーから聞いた。ハリーなんかはそれを理不尽な理由だと思っているようだが……うん、私としては理解出来なくもない理由だ。劣等感と閉塞感。あの置いてけぼりにされるような、自分だけがちっぽけになったような、あの感覚は味わった者にしか分かるまい。酷く惨めな気持ちになるのだ。

 

かつて毎日のように味わっていた陰鬱な感情を振り払う私に、リーゼが螺旋階段の最後の一段を下りながら言葉を放つ。

 

「ま、少し時間が必要みたいだね。私たちにそうされるのは嫌だろうし、キミや咲夜が気にかけてやってくれたまえ。」

 

「ああ、分かった。」

 

何にせよリーゼの言う通りだ。昔の私がそうであったように、ロンもまたハリーを嫌っているわけではあるまい。ただ、自分の気持ちに決着を着ける時間が必要なのだ。

 

そのまま地下通路に向かうリーゼたちと別れて、咲夜と二人で変身術の教室へと歩き出す。もう考えずともトラップを避けれるようになった仕掛け階段を下っていると、咲夜が手すりをリズミカルに叩きながら話しかけてきた。鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。

 

「でも、私たちの練習を手伝ってもらえるのはラッキーだったわね。これで今年の実技の成績はかなり良くなるわよ。リーゼお嬢様とハーマイオニー先輩が教師なんだもの。間違いないわ。」

 

「お前なぁ……ハリーが大変なんだから、私たちの練習は二の次なんだぞ? 迷惑かからん程度に教えてもらうんだからな?」

 

「はいはい、分かってるわよ。」

 

どうだかな。手すりでご機嫌なリズムを奏でる咲夜は、リーゼと一緒に居られる時間が増えてなんともご機嫌な様子だ。コイツにとってはハリーの問題など些細なものらしい。

 

そして対するハリーはといえば、要所要所で咲夜に気を遣っている感じがある。好意というかは保護者のそれだが、ワールドカップの時も屋台のお菓子なんかを頻繁に買ってあげていた。……咲夜は素っ気なく断っていたが。

 

なんかこう、ちょっとだけ心配になるな。紅魔館の暮らしはよく知らんが、レミリアなんかには間違いなく溺愛されて育ったのだろう。ホグワーツでも色々な人に甘やかされてるし、社会に出た後に打ちのめされたりしないんだろうか? ……いや、しないか。コイツはそういうタイプじゃないな。そもそも『社会』に出るかすら不明だし。

 

私が計算して他人との距離を縮めるのに対して、咲夜は意識せずに距離を埋めるのが非常に上手い。天然の……人たらしってやつか? ヴェイユの家名も多少は影響しているだろうが、本人の素質あればこそこういう結果を生むのだろう。

 

まあ、良いことだ。そりゃあ多少は羨ましくも思うが、それこそ他人の芝生は云々ってやつだし……それに、咲夜の場合はあの巫女ほど常軌を逸したものではない。アイツはそれこそ世界そのものに愛されていた。咲夜のは原因が生んだ結果だが、あれは原因の無い理不尽なのだ。

 

いかんな。ロンの一件で思考が余計な方向に流されているらしい。大丈夫だ、魔理沙。去年は空を我がものに出来たし、今年だって着々と魔法の勉強は進んでいるんだ。アリスだって一朝一夕であの場所まで上り詰めたわけではあるまい。努力すれば必ず届くはずだぞ。

 

決意を新たに階段を下り切ると、前方から……ボーバトンの生徒か? 水色シルクの集団が廊下を歩いて来るのが見えてきた。城を見学でもしているのだろうか?

 

「ボーバトンだな。」

 

「そうね。……何をビビってるのよ、魔理沙。ここは私たちの城なんだから、堂々と歩けばいいでしょ。」

 

「まあ、そりゃそうだな。」

 

代表選手のハリーやディゴリーはともかくとして、向こうだって無数のホグワーツ生にいちいち構ってはいられまい。普通に横をすり抜けようとすると……何だよ。私たちを見たボーバトン生がいきなりざわつき始める。フランス語は簡単な単語くらいなら聞き取れるが、こうまで早口だと意味不明だ。呪文にしか聞こえんぞ。

 

「オウ、ヴェイユ……。」

 

唯一聞き取れたのは咲夜の名前だけだ。知り合いか? チラリと横の咲夜を見てみるが、彼女もキョトンとした表情でボーバトンの集団を見つめている。

 

そのままボーバトン生たちと私たちが顔を見合わせたまま、物凄く気まずい沈黙が場を支配するが、やがて一人の女生徒が歩み出て声を放った。代表選手の……デラクールだったか? 僅かに銀の入ったブロンドに、ダークブルーの瞳。近くで見るとすげえ美人だな。

 

「あなーたは、ヴェイユですか?」

 

「あの、はい。サクヤ・ヴェイユです。」

 

「あー……フランスは、あなーたを忘れてはいまーせん。」

 

「へ? えーっと……それは、どうも?」

 

いや、何だこれ? 唐突すぎる上に、あまりにも意味不明なやり取りだ。咲夜はどう受け取ったらいいのかと首を傾げてるし、デラクールの方も思っていた反応と違ったようで困ったようにキョトンとしている。んー、単語を間違えたとかか?

 

そして再び沈黙。まあ、喧嘩を売ってきているわけではないことだけは理解できたな。どう見てもそういう雰囲気ではない。そのままデラクールは何度か口をパクパクさせて何かを言い淀んだ後、結局ぺこりとお辞儀してから別れの言葉を放ってきた。

 

「……では、ヴェイユとそのお友達。おげーんきで。」

 

「えっと、はい。そちらもお元気で。」

 

「あー……頑張れよ、課題。成功するように祈っとくぜ。」

 

何だったんだよ、一体。えらくモヤモヤするやり取りだったな。どうも何らかの行き違いが起きていたようだ。デラクールに続いて一斉にお辞儀をしてから、これまた一斉に去っていくボーバトン生の背を眺めつつ、隣の咲夜にボソリと囁きかける。

 

「何だったんだ? また『ヴェイユ関係』か?」

 

「うーん……ひょっとしたら、遠い親戚とかなのかも? ヴェイユ家はお婆ちゃんの代にイギリスに移ってきたんだけど、フランスだとそこそこの名家だったらしいし。」

 

「へぇ? 結構最近に移ってきてたんだな。んー、レミリアかリーゼに聞いてみたらどうだ? あいつらなら何かしらは知ってるだろ。」

 

「そうね。……変な気分だわ。私は知らないのに、私のことを知っている人が沢山いるの。フランスですらそうなのね。」

 

言う咲夜は、なんとも微妙な表情だ。別に嫌ってわけではないが……そう、奇妙なのだろう。この辺はハリーの葛藤に通じるものがあるのかもしれんな。

 

誰もが『ヴェイユ』を通して咲夜を見ているわけか。……ひょっとしたら、咲夜がリーゼやレミリアに懐く理由もそこにあるのかもしれない。ホグワーツの教師たちは元より、アリスやフランドールですらどこか『ヴェイユ』を通して咲夜を見ているのに対して、あの吸血鬼二人だけは直接『咲夜』を見ているのだ。

 

うーむ、難しい問題だな。別に悪いことじゃないし、咲夜だってそう思ってないからこそ複雑な気分なのだろう。……私も少しは気を付けてやらないと。

 

咲夜、ハリー、ロン、そして私。他人から見れば大したことのないような問題に見えても、本人からすれば苦悩に値する問題ということがあるわけだ。また一つ勉強になったぞ。

 

魔女としてではなく、人間としての知識が増えたことを実感しながらも、霧雨魔理沙は再び廊下を歩き出すのだった。

 


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