Game of Vampire   作:のみみず@白月

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第一の課題

 

 

「まるで闘技場だな、これは。」

 

禁じられた森の近くに設置された楕円形の競技場を見ながら、アンネリーゼ・バートリは呆れた口調で呟いていた。実に趣があるじゃないか。あるいはまあ、時代錯誤とも言えるが。

 

今日は遂に訪れた、第一の課題が行われる当日だ。朝食を終えたハリーは既にマクゴナガルに連れていかれてしまっている。恐らく競技場に併設されているテントのどれかに居るのだろう。

 

そしてゆっくりと朝食を終えた私、ハーマイオニー、咲夜、魔理沙も生徒の群れに紛れて競技場へと向かっているのだが……誰もが課題の内容を楽しげに予測する中、ハーマイオニーと魔理沙だけが不安そうな顔で歩いている。この二人はハリーが挽肉にされないかが心配なようだ。

 

「この前見たときは骨組みだったのに、いつの間にあんな風になったんでしょうか?」

 

一人だけ平時通りの咲夜の言葉に、歩調を合わせながら返事を返す。彼女は別にハリーが心配ではないらしい。きっと私とレミリアを信頼しているのだろう。……さすがにハリーが死んでもいいと思ってるわけじゃないよな?

 

「魔法で突貫工事をしたのかもね。ハリボテ建築は魔法ゲーム・スポーツ部のお家芸だ。……ハリボテすぎてドラゴンが観客に襲いかからなきゃいいんだが。」

 

「いくらなんでも防衛魔法くらいかけてあるでしょ。プロテゴ・トタラムとかの。」

 

「それで防げればいいけどね。」

 

話に参加してきたハーマイオニーに、一切信頼してないことを口調で表現しながら応える。実に心配ではないか。バグマンが強度の計算をまともに出来てるかは怪しいところだぞ。

 

まあ、さすがにその辺はホグワーツの教師陣が黙っていまい。バグマンのアホがそのことを完璧に忘れていたとしても、教師全員で協力すればドラゴンの炎くらいは防げるはずだ。……防げるよな?

 

ちょっとだけ不安になりながら木造アーチの入り口を抜けて、そのまま急拵え感丸出しの階段を上っていけば……おいおい、まるっきりコロッセウムだな。中々に物騒な見た目のフィールドが見えてきた。

 

黒ずんだ木組みの観客席が囲む楕円形のフィールドには、巨大な物から小さな物まで大量の岩が転がっている。観客席がフィールドから十メートルほど上に設置されているせいで、選手たちから見れば巨大な壁が囲んでいるようにしか見えまい。つまり、逃げ場なしの広い岩場だ。

 

そしてフィールドの中央には、何かありますよと言わんばかりに鳥の巣のようなものが設置されている。……十五メートルクラスの鳥が存在すればの話だが。間違いなくドラゴンの巣を象ったものなのだろう。

 

「見てよ、リーゼ。あの入り口からドラゴンが入ってくるに違いないわ。」

 

最前列へと進みながらハーマイオニーが指差す方向を見ると、いかにもな感じの巨大な鉄の落とし格子が見えてきた。逆側の小さな入り口と比べれば巨人と小人の差だ。うーむ、見てるだけで絶望感が湧いてくるな。

 

「ああもう、本当に大丈夫なのかしら?」

 

「予想はしてたことだろう? ……大丈夫さ。作戦は立てたじゃないか。」

 

「そうだけど、実際目にすると別なのよ。こんなのおかしいわ。狂ってる。」

 

「それに関しては同感だがね。バグマンが聖マンゴに入る日も近そうだ。」

 

不安いっぱいのハーマイオニーを励ましながら、予定通りに城側の最前列を確保する。左手のちょっと高めに設置されている天幕付き審査員席にはレミリアとダンブルドアが、真逆の禁じられた森側にはムーディが、そして右手にはマクゴナガルが位置することで、均等にフィールドを囲む予定だ。

 

ハリーの出番には能力で透明化して側に付くつもりだが、他の選手の時だってさすがに黙ってるわけにはいくまい。私にも体面というものがあるのだ。いざ介入する時を考えて競技場を見回している私を他所に、咲夜の向こうに座っている魔理沙が声を放った。ちなみにハーマイオニー、私、咲夜、魔理沙の順だ。

 

「これってさ、飛ぶのに制限はないよな? そりゃあ走り回るなら十二分な広さだけど、ファイアボルトで飛び回るとなれば話は別だぜ? もし全速力で飛ぶとしたら、スピードがスピードだけにどうやったってはみ出しちまう。」

 

「確かにクィディッチ競技場よりは狭いわね。今ルールが伝えられてるのかしら? ポッター先輩、絶望してなきゃいいんだけど。」

 

素っ気ない咲夜の台詞に、ハーマイオニーが祈るように答える。

 

「もしそうだったらバグマンさんをぶん殴ってやるわよ。ドラゴンと徒競走がしたいなら、先ず自分がやってみればいいんだわ。」

 

中々物騒なことを言うじゃないか。……まあ、心配の裏返しなのだろう。元気付けるように二の腕をポンポンしながら何となく後ろを振り返ってみれば、ちょうどロンが階段から上がってきたところだった。

 

いつものようにフィネガン、トーマス、ロングボトムらと観客席に入ってきたロンは、物騒すぎるフィールドを見て顔を強張らせると、慌てて私たちとは離れた位置の最前列に陣取る。どうやらハリーが心配になってきたようだ。そりゃそうか。この競技場は心配に値するような見た目なのだから。

 

それは他の生徒たちも同様らしく、応援旗を持ったハッフルパフの集団や、固まってヒソヒソ内容を予想しているレイブンクロー生たちは元より、『汚いぞ、ポッター』バッジをピカピカさせているスリザリン生ですらちょっと不安そうに観客席からフィールドを見ている。もはや『ワクワク』という感じではなくなってしまったな。

 

そのまま徐々に埋まっていく観客席を雑談しながら見ていると……おっと、ポンコツ吸血鬼たちがご到着だ。審査員席に審査員たちが座り始めた。各校の校長と、無表情なクラウチ、そして我らがチビコウモリ。バグマンの席だけが埋まらんな。イカれ男は未だ準備中らしい。

 

そっちは万全かとアイコンタクトしてくるレミリアに、大丈夫だという目線を返したところで……これはまた、想像以上じゃないか。巨大な格子の向こう側に、それに見合うだけの巨大なドラゴンが見えてきた。

 

「おいおい、マジかよ。」

 

魔理沙の呟きが全てを物語っているな。字面で見るのとは段違いだぞ、これは。八メートルほどの身体は銀青色の鱗で覆われ、巨大な皮膜付きの腕をブンブン振り回してドラゴン使いたちを威嚇している。

 

そりゃあ全長で言えばバジリスクの半分くらいだろうが、腕やら脚やらが引っ付いていると全長以上にデカく見えてしまうもんだ。口元から漏れ出る青い炎が『私は危険です』と物語っているぞ。

 

「スウェーデン・ショートスナウトだわ。一番飛ぶのが速くて、三番目の大きさのやつ。」

 

「あれで三番目ですか。……おっきいですね。頭も大きいですし、ポッター先輩くらいなら丸呑みできそうです。」

 

「そうならないように祈るのよ、サクヤ。」

 

ハーマイオニーと咲夜がちょっとズレた会話を繰り広げたところで、ようやく審査員席に姿を見せたバグマンが競技場に響き渡る声を放った。拡声魔法を使っているらしい。

 

『ごきげんよう、三校の生徒の皆様! 大変長らくお待たせしました。これより第一の課題を開始したいと思います。とはいえ……ワクワクしているところを申し訳ありませんが、先ずは競技内容の説明を聞いていただきたい! なに、すぐ終わりますとも!』

 

もう誰もワクワクはしてないぞ。下級生は格子越しにドラゴンを見て泣いてるのがチラホラいるし、上級生たちはこれから起こるであろう『殺戮ショー』を予測して戦々恐々としている。そして何人かの最上級生などは、使命感を感じる顔で杖を抜き始めた。いざという時は介入しようというつもりらしい。大人がダメだと子供が育つな。

 

まあ、残念ながらバグマンには会場の空気が伝わらなかったようだ。ニッコニコしながら説明とやらを話し始めたのだから。

 

『これから順に入ってくる選手たちには、クジで引き当てたドラゴンの守る『宝』……ああ、今用意されたあれですな。あの金色の卵を奪ってもらうことになります!』

 

話の途中でドラゴン使いによって巣に置かれた金ピカ卵を指しながら、バグマンは『凄いでしょ?』という表情で話を続ける。ダミーの卵もいくつか置いてあるようだ。

 

『おっと、ご安心ください。ドラゴンが選手に見向きもしないなんて事態にはならないことを保証しますよ。今回用意したドラゴンは全て営巣中の雌なのです! 卵を守るために必死になってくれることでしょう!』

 

会場ウケを狙ったらしいその台詞に誰一人として反応してないことを確かめると、バグマンはちょっと残念そうな顔で説明を締めた。

 

『……さて、審査員はここにいらっしゃる五人に私を含めた六人です! 一人の持ち点は十点。故に各課題の満点は六十点となります。早さ、使う呪文、スマートさ、そして『宝』を傷付けないこと。そういった内容を総合的に評価してくださることでしょう!』

 

説明が終わるとガタガタという音と共に格子が上がり、ドラゴン使いたちに引っ張られたドラゴンがノシノシ巣の方へと歩き出す。いやぁ、現代の恐竜だな。今や最前列は最も人気のない席になってしまった。

 

『ああっと、心配ご無用! 観客席には強固な防衛呪文が張り巡らせてあります! 一切の心配はいりませんよ!』

 

慌ててバグマンが説明するが、当然ながら誰一人として戻ってこようとはしない。賢い生徒たちはバグマンの説明よりもドラゴンの迫力を信じることにしたようだ。お見事、大正解。

 

と、巣に近付いたドラゴンは自主的にそちらに移動して行った。デカい体に小さな脳みそか。卵の真贋を見極めるほどの知能はないらしい。巣に到着すると、大事そうに巨体で囲んで卵を守り始める。

 

ドラゴン使いたちが決して背中を向けないように格子の向こう側へと戻っていったところで……いよいよだな。バグマンがホイッスルを吹くと同時に逆側の小さなゲートが開き、ドラゴンへの挑戦者が姿を現した。

 

杖を手にしてゆっくりとフィールドに入ってきたのは……ディゴリーだ。卵を守るドラゴンを見て、引きつった表情で固まってしまっている。

 

「よかった。ハリーじゃなかったわ。」

 

「となれば、ディゴリーが空を選ばないことを祈ろうじゃないか。ファイアボルトでほぼ等速なら、間違いなくディゴリーの箒よりも速いだろうしね。」

 

「そうね。ハリーじゃなくたって、誰かが死ぬのは見たくないわ。お願いだから上手くやって頂戴、ディゴリー……。」

 

私がハーマイオニーと話している間にも、ディゴリーはハッフルパフ生の掲げる応援旗を見て、固唾を飲んで見守るホグワーツ生たちを見回すと……覚悟を決めた表情でゆっくりとドラゴンの方へと歩き出した。大した度胸だ。少なくともゴブレットはホグワーツ代表の人選は間違えなかったらしい。

 

『さあ、最初の挑戦者はホグワーツ代表、セドリック・ディゴリー選手です! 対するはスウェーデン・ショートスナウト種! ゆっくりと歩み寄るディゴリー選手に、ドラゴンは……気付いた! 気付きました! ジッと彼の方を見つめています!』

 

およそ二十メートルほどか。ドラゴンが巨大なせいで恐ろしく短く感じる距離を挟んだディゴリーは、やおら小さな岩に杖を向けて呪文を放つ。……変身術か? 閃光を受けた岩は、途端に毛並みの良いゴールデンレトリバーに変身して走り出した。ブラックとは大違いの毛並みだな。

 

「陽動かしら? 悪くないわね。」

 

ハーマイオニーの呟きに同意するかのように、バグマンの実況が放たれる。嬉々とした声色だ。

 

『素晴らしい! ディゴリー選手、見事な変身術です! さあ、ドラゴンの目線は犬の方に向かいました! ディゴリー選手はその隙に岩に隠れて近付いています!』

 

犬コロに夢中なドラゴンの隙を窺いながら慎重に巣へと近付いて行くディゴリーは、その距離を順調に縮めていく。そのまま巣まで後十メートルほどになったところで……。

 

「マズいぜ。」

 

魔理沙がポツリと呟いた瞬間、チラリとディゴリーを見たドラゴンが彼に尻尾を振るった。おいおい、ここまで大きな風切り音が聞こえてくるぞ。

 

『おっと、これは……無事です! ディゴリー選手、見事な反射神経でこれを避けました! いやぁ、良かった!』

 

何が『良かった!』だ、大間抜けが! ギリッギリだったぞ、今のは。岩から瞬時に離れたから無事だったものの、ディゴリーの判断が一瞬遅ければ尻尾で挽肉か、岩の破片で穴あきチーズかのどっちかになっていたはずだ。

 

ダンブルドアとマクゴナガルは杖を構えたままで大きく安堵の息を吐いているし、観客席の生徒たちはこれでもかというくらいに悲鳴を上げている。これは思ってたよりもキツいな。……妖力ではなく杖魔法を使った方がいいかもしれない。距離が離れている以上、遠くでも即時に干渉できる方法を使うべきだ。

 

何にせよいいテストケースになった。思い直して杖を手にした私を他所に、ディゴリーは立ち上がって杖を振る。その顔が鋭さを帯びているのを見るに、彼の闘志は未だ折れてはいないようだ。

 

『さあ、ディゴリー選手、再び岩に向かって杖を振り、変身術を使って二匹の犬を追加します! そちらに注目が向くのを待って……動き出しました! 卵までの距離は八メートル、七、六、五──』

 

「もうダメ。見てられないわ。」

 

ハーマイオニーが抱きつくように私の肩で目を覆ったところで……ドラゴンが再びディゴリーの方を向いた。おいおい、同時にディゴリーも突っ込んで行ったぞ。組分け帽子はどうやら彼の所属すべき寮を間違えたようだ。勇猛果敢ななんとやら、だな。

 

会場の全員が……実況のバグマンでさえもが息を飲んだその一瞬で、ドラゴンの振るった腕をギリギリで避けたディゴリーが黄金の卵を手にする。転がるようにドラゴンの股下を潜った彼は、そのまま全力で背を向けて走り出した。腕のローブが大きく切り裂かれているのを見るに、本当に紙一重だったようだ。

 

くるりと振り返ったドラゴンはディゴリーを追う姿勢を見せるが、途端に三匹の犬たちが巣に向かって走り出す。上手いな。連中に対処している間に離れようという魂胆か。

 

『これは、これは……なんという。見事。実に見事な結末です! 犬たちがドラゴンを翻弄している間に、ディゴリー選手は悠々とゲートへ戻って行きます! ディゴリー選手、課題達成です!』

 

実況の声が響き渡った瞬間、観客席から洪水のような拍手が沸き起こった。……まあ、これはバグマンの言う通りだ。見事な結末じゃないか。この拍手に文句を言うヤツなど会場に居まい。

 

「すげえぞ、ディゴリー!」

 

「うん、凄いわ。」

 

興奮する魔理沙とポカンとする咲夜が拍手をするのに倣って、私も気持ち大きめの拍手を放つ。魔法の肝は使い方なのだ。ディゴリーはそれを良く実践した。簡単な変身術だけでドラゴンを出し抜いたのだから。

 

「成功したの? ディゴリーは生きてる?」

 

「ああ、どうやら腕を怪我したらしいが、ポンフリーならすぐに治せるさ。顔を上げてご覧よ。上々な結末だ。」

 

私の肩から顔を離したハーマイオニーに言うのと同時に、ドラゴン使いたちがフィールドへと入ってきた。出したり引っ込めたりであいつらも大変だな。それを見ながらのバグマンが、拍手に負けない大声を放つ。

 

『さあ、勇敢な青年が急いで治療を受けられるように、手早く審査を終わらせてしまいましょう! 審査員の方々は得点をどうぞ!』

 

言いながらバグマンは自身の杖で数字を浮かび上がらせた。八点か。悪くないな。減点は恐らく腕の傷を考慮した結果なのだろう。

 

ダンブルドアも八点。レミリア、クラウチ、マクシームは揃って七点、そしてカルカロフは……これはまた、物議を醸しそうだ。彼の前には『3』とだけ浮かび上がっている。

 

「おいおい、ふざけんな! 不当だぞ!」

 

魔理沙のヤジが聞こえたのは恐らく私たち三人だけだろう。何故なら観客席にいる殆どの生徒が同じような文句を叫んでいるのだから。唯一ダームストラングの生徒たちだけが居心地悪そうに身を縮めている。

 

「有り得ないわ。幾ら何でも公正さに欠けてるわよ。あれが三点ならどうやって十点を取るの?」

 

「一瞬でドラゴンを殺すとかですかね?」

 

ハーマイオニーに対する咲夜の答えもあながち間違いとは言えまい。どう否定的に見たって三点はやりすぎのはずだ。信じられないほどの辛口審査なのか、それとも自校を勝たせるために形振り構っていられないのか。どちらにせよカルカロフは訂正する気は無いようで、数字を浮かべたまま仏頂面で沈黙している。

 

『あー……出揃いました! ディゴリー選手の得点は四十点となります! さあ、退場する選手に大きな拍手を! 勇敢な姿に相応しい拍手で送りましょう!』

 

強引に纏めたバグマンの言葉で、無事な方の手を振ってゲートの奥へと消えて行くディゴリーに再び盛大な拍手が送られた。何にせよ、これで一人目は生きて帰れたわけだ。

 

「ああ、ハリーが心配だわ。お願いだからウェールズ・グリーンに当たって頂戴。なんならもう二度と宿題を出来なくなってもいいから。」

 

「だとすれば、次に出てくることを祈った方がいいな。そら、見てみろよ。」

 

手を組んで勉強の神か何かに意味不明な祈りを送るハーマイオニーに対して、フィールドの方に身を乗り出して答える魔理沙の指差す方向を見てみれば……なるほど。格子の向こうに先程よりちょっと小さいドラゴンが見えてきた。五、六メートルくらいか? いやまあ、それでも充分にデカいが。

 

爬虫類にありがちな緑の体皮で、さっきのが恐竜だとすればこっちは翼の生えた巨大なトカゲといった感じだ。皮膜は腕に繋がっておらず、私たちと同じように独立した翼として生えている。ただ、さっきと違って四足歩行なのがむしろ危うさを感じさせるな。歩くのが速そうだ。

 

「一番マシなのであれか。全くもって悪夢だね。」

 

「まあ、予想通り飛ぶのは苦手そうな見た目じゃない。お願いだから次はハリーであって頂戴。お願いだから……。」

 

ハーマイオニーが再び祈り始めると同時に、格子が開いてドラゴン使いたちが緑のドラゴンを引っ張ってきた。……うーん? 思ったより遅いぞ。やっぱりこいつが一番の当たりっぽいな。

 

あんまり抵抗無しのドラゴンがいそいそと巣を守り始めたところで、バグマンがホイッスルの音を響かせる。どうやら二人目の挑戦が始まるようだ。

 

小さなゲートから入ってきたのは……残念、デラクールか。端正な顔を強張らせたフランス女が入場してきた。彼女もまた、緑のオオトカゲを見てびくりと身を竦ませている。

 

「くっそ、ハリーじゃなかったか。」

 

「こうなったらチャイニーズ・ファイアボールに賭けるしかないわね。」

 

残念そうな魔理沙とハーマイオニーの会話を他所に、バグマンの実況が競技場に木霊した。

 

『さあ、二人目の挑戦者はボーバトン代表、フラー・デラクール選手です! 対するはウェールズ・グリーン普通種! 彼女は一体どんな手段を選ぶのでしょうか!』

 

ディゴリーより僅かに長めに立ち竦んでいたデラクールだったが、やがて大きく深呼吸するとジリジリとドラゴンの方へと近付き始める。当然ながら彼女もマクシームから課題の内容は聞いていたはずだ。何か策があるのだろう。

 

徐々に距離を縮めていくデラクールを見ながら、咲夜がポツリと呟いた。

 

「うーん、ちょっと不利ですよね。ディゴリー先輩のを見た後だと、なんだか迫力に欠けちゃいます。」

 

「確かにそうだね。バグマンは本当にアホだな。順番をもっと考えるべきだろうに。」

 

苦笑いで深く頷く。こうなるとちょびっとだけ可哀想だ。緑トカゲだって強大な相手には違いないだろうに。……ま、審査員はそれに流されるような連中ではあるまい。もちろんカルカロフ以外の話だが。

 

その距離が十数メートルほどまで縮まったところで、いきなりドラゴンが伏せていた身体を起こして威嚇らしき唸り声を放ち始める。つまり、あの辺がボーダーラインか。どうする? デラクール。

 

『獰猛に唸り始めたドラゴンに……おっと、デラクール選手が呪文を放ちます! しかし、効いていない! 全く効いていません!』

 

何だ? 無言呪文はその悉くが体皮に弾かれているが、デラクールは構わず閃光を飛ばし続けている。呪文が効かないのは知っているはずだぞ。……これも作戦のうちなのだろうか?

 

「何かしら? あんまり強い呪文じゃなさそうだし、あれじゃあ怒らせるだけだと思うけど……。」

 

そしてハーマイオニーの心配は現実になったようで、ドラゴンは数回デラクールに吼えた後……ブレスだ。細い噴射炎を彼女に放った。遠くから見ると、真っ赤な舌が伸びてるようにも見えるな。

 

『おっと、ブレスを……避けました! 間一髪!』

 

バグマンの言う間一髪というほどギリギリではなく、予測していたような動きでデラクールは近くの大岩の陰へと逃げ込んだ。あんまり迫力のないブレスだったが、当たった部分の岩が真っ赤になって凹んでいるのがその威力を物語っている。人体なら間違いなく貫通することだろう。もう『燃える』とかいうレベルじゃないな。『溶ける』だ。

 

そのまま再び大岩から飛び出したデラクールは……おいおい、また同じことをやり始めたぞ。意味のない閃光をビュンビュン撃ち込み始めたのだ。

 

「さすがに効かないのを理解できてないはずないよな? 何がしたいんだ? あいつ。」

 

「ひょっとして、巣から引き離したいんじゃない?」

 

可能性はあるな。魔理沙と咲夜の会話を聞きながら眺めていると、ドラゴンは再び大きく息を吸ってブレスを……おっと、今度はタイミングを合わせたデラクールがカウンター気味に呪文を放った。ドラゴンのブレスをデラクールが避けるのと同時に、彼女の放った呪文が口内へと飛び込んでいく。こりゃ凄い。お見事。

 

鮮やかな一連の流れを見たハーマイオニーが、感心したような声を上げた。

 

「上手いわ。あれを狙ってたのね。」

 

「みたいだね。一回目はタイミングを計るためだったんだろう。……問題は、何の呪文を使ったかだ。」

 

口内も目と同じく呪文が通じる箇所なのだろう。ドラゴン使いたちが感心したように頷いているのからもそれは明らかだ。とはいえ、目ではないということは結膜炎の呪いではないだろうし……そもそも口でも結膜炎の呪いは効くのか? 口内炎になったりするのだろうか?

 

私がアホな予想をしている間にも、バグマンの実況が答えを見つけ出した。

 

『素晴らしい! デラクール選手が見事に呪文を『喰ら』わせました! そして呪文を受けたドラゴンは、あー……これは、まさか眠らせ呪文でしょうか? ゆっくりと丸まって……遂には目を閉じてしまいます。』

 

どうやらそれで正解らしい。マイナーで地味な呪文に拍子抜けしたような観客に対して、ドラゴン使いたちは拍手喝采を送っている。彼らの間ではよく知られている方法のようだ。……恐らく拍手を送るほど難度の高い方法として。

 

「眠らせ呪文って、赤ちゃんとかを寝かせる時に使うやつでしょ? 大人だとちょっと眠くなるだけのやつ。あんなのが効果あっただなんて……。」

 

「単純な獣なればこそ効果があるのかもね。何にせよ悪くない選択だった。後はこっそり卵を奪って終わりだろうさ。」

 

「ドラゴン使いも知ってたみたいだし、事前調査で上を行かれたわね。どの本に載ってたのかしら? 図書館にあるドラゴン関係の本は全部読んだはずなんだけど……。」

 

ハーマイオニーが少しだけ悔しそうに言うのと同時に、デラクールは余裕の表情で眠るドラゴンの下へと歩いて行く。そして誰もが第二の挑戦者の勝利を確信した瞬間、誰一人として予測していなかったことが起こった。……ドラゴンがイビキと共に吹き出した炎が、デラクールのスカートに燃え移ったのである。

 

『あーっと! デラクール選手、これはいけません! 慌てて消そうと叩いていますが……ようやく杖を取り出した!』

 

まあ、誰もデラクールのことを責められまい。私だって予測出来なかったし、当のドラゴンにしたってそれは同じだろう。驚いて対処が遅れても仕方がないはずだ。

 

『さあ、さあ。大きな怪我は無いようです。そのままデラクール選手は慎重に卵の方へと進み、今卵を……手にしました! そのまま安全圏へと走り出す! デラクール選手、課題達成です!』

 

消火呪文ではなく水を生み出したせいで全身ずぶ濡れだし、スカートはコゲて端っこがボロボロになっているが、それでも観客席からは大きな拍手が巻き起こった。ディゴリーの時が驚嘆と感服の拍手だとすれば、こっちは労りと賞賛の拍手といった感じだ。

 

「まあ、見事だったわね。作戦も悪くなかったし、最後の失敗だって仕方がない部分が大きいわ。」

 

「そうだな。度胸あるじゃん、あいつ。」

 

ボーバトン生に否定的だったはずのハーマイオニーと魔理沙も、お見事と微笑みながら惜しみない拍手を送っている。どうやら友好を深めるという部分については順調に進んでいるらしい。

 

とはいえ、本番はまだこれからだ。残るはチャイニーズ・ファイアボールとハンガリー・ホーンテール。どちらにしたって楽な相手ではあるまい。ハリーが生きて帰るまでは油断できないのだ。

 

『さあ、それでは審査員の皆様、点数をお願いいたします!』

 

競技場に響くバグマンの実況を他所に、アンネリーゼ・バートリは気を引き締め直すのだった。

 


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