Game of Vampire   作:のみみず@白月

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選択

 

 

「……彼らは我々にとって良き隣人であり、良き友であり、良き同僚でした。彼らのような幸せな家族がいなくなるのは、我々にとって大きな──」

 

雨の降りしきる墓地で、アリス・マーガトロイドは俯いていた。お父さんの同僚が弔辞を読んでくれているが、全然頭に入ってこない。まるで遠い世界の言語のようだ。

 

あの日、レストランでの食事の後、私たちは四人で歩いて帰ることになった。お父さんが酔い覚ましに少し歩こうと言って、大通りから少し外れた道を歩きながらホグワーツのことについてを楽しく話していたのだ。

 

しばらく歩くと、暗がりから二人組の男が飛び出してきた。杖を私に突き付けながら、金を寄越せと脅してきたのだ。見たこともない顔になったお父さんは、彼らに落ち着けと言いながら懐からお金の入った袋を取り出そうとした。それで、それで?

 

思い出せない。思い出そうとすると、頭の中がぐちゃぐちゃになる。赤い閃光と、緑の閃光。お母さんの悲鳴と、初めて聞くお爺ちゃんの怒声。そしてお父さんの……。

 

気が付いたら魔法警察の人が居て、私に大丈夫かと聞いてきた。何のことか全然分からなくて、どうしたの? と聞いてみると、悲しそうな顔で毛布を私にかぶせてきた。

 

よく知らない建物に連れて行かれて、椅子に座ってココアを飲んでいると、お父さんの友人がやってきて私を抱きしめて泣いていた。その後、親戚はいないかと聞かれたり、何があったのかと聞かれたような気がするが……どう答えたのかは覚えていない。

 

気付けばこの場所にいた。葬式? 家族の? 全然現実感がない。誰かが冗談だと言ってくれるのをずっと待っている。そして、そんな私を集まった人たちが悲しそうに見ている。

 

棺が三つ。どうして四つじゃないのだろうか? 私だけ仲間外れになるのは嫌だ。

 

……本当は分かっている。何が起きたのか、どうしてここに居るのか。でも、認めてしまえばもう後戻りが出来なくなるようで怖いのだ。足元に大きな穴が空いているような感覚が続く。頬に何かが伝っている。もしかして、私は泣いているのだろうか?

 

 

 

葬式が終わっても、私は墓の前に佇んでいた。遠くでは魔法省の人が私を待ってくれている。申し訳ないとは思いながらも、ここから離れられる気がしない。

 

ふと近付いてくる足音が聞こえる。振り向かずにそのまま墓を見つめていると、足音の主が話しかけてきた。

 

「辛かろう、アリス。きちんと泣いたかね?」

 

優しい声の主を見上げれば、予言者新聞で見慣れた顔がそこにあった。ダンブルドア先生だ。

 

「分かりません。……多分泣いたと思います。」

 

「そうか。……我慢すべきではないよ? 君には大声で泣く権利があるのだから。我々にそれを抱きとめる義務があるようにね。」

 

「よく分かりません、先生。」

 

ダンブルドア先生は青い瞳に労わるような感情を浮かべながら、私のことを覗き込んでくる。そういえば、私はホグワーツに行けるのだろうか? 変だな、こんな時にこんなことを心配するだなんて。

 

「先生、私は……ホグワーツに行けますか?」

 

「おおアリス、君が心配するようなことは決して起こらないよ。君がそれを望んでくれるのであれば、ホグワーツは君を受け入れるだろう。私が約束するよ。」

 

「そうですか。……私は、行きたいです。お父さんもお母さんも、お爺ちゃんも。それを望んでいましたから。」

 

四人での会話を思い出す。楽しそうに母校の話をしていたあの瞬間を。私はまだホグワーツに入れるらしい。三人は喜んでくれるだろうか?

 

「でも私は……親戚がいません。もう、帰るところがないんです。」

 

「アリスよ、ならばホグワーツが君の家になろう。あの城は少々騒がしいかもしれないが、きっと退屈はしないはずだ。」

 

私の肩に手を置きながら、ダンブルドア先生が優しい声で続ける。

 

「魔法省にはそう話しておこう。君は何も心配する必要はないよ。ただ……きちんと悲しみを受け止めなさい。そして発散するのだ。決してため込んではいけないよ?」

 

ダンブルドア先生の話を聞いていると、もう一つの足音が聞こえてくる。魔法省の人かと思ってそちらを向くと……誰だろう? 紫色の髪をした、綺麗な人だった。隣のダンブルドア先生を見れば、驚いたような顔でその人を見つめている。

 

「ごきげんよう、ダンブルドア。四十年振りくらいかしら? そして……お悔やみ申し上げるわ、アリス・マーガトロイド。」

 

「まさか、ノーレッジ? ……本当に久し振りだね。君は、変わらないな。当時のままだ。」

 

紫色の髪の……ノーレッジさん? が挨拶してくる。私も一応ぺこりと頭を下げておいた。お父さんかお母さんの……いや、四十年振りということは、お爺ちゃんの友人なのかもしれない。

 

「そっちは随分とショボくれたわね、ダンブルドア。ああ、これ。貴女のお得意様から預かってきたわ。」

 

言うとお墓に花を供えてくれる。お得意様……アンネリーゼさんだ! もしかして、この人がレイブンクロー出身の秀才さんなのだろうか。ダンブルドア先生は立ち尽くしながら、未だ呆然とした表情でノーレッジさんを見つめている。

 

「まさか君は、賢者の石を? ……いや、何でもない。忘れてくれ。」

 

「あら、別に教えてあげてもいいのよ? まあ、今の貴方にはあまり興味が無いのでしょうね。昔と違って、力を嫌うようになったらしいじゃない。」

 

一瞬ダンブルドア先生に悲しげな表情がよぎるが、気付けば元の表情に戻っていた。興味深そうにそれを眺めていたノーレッジさんはこちらに向き直り、今度は私に声をかけてくる。

 

「さて、貴女のお得意様からの伝言を伝えるわ。もし貴女が望むのであれば、彼女の屋敷で暮らしても良い、だそうよ。勿論そこからホグワーツに通うことも出来るしね。」

 

アンネリーゼさんの屋敷にですか? と聞こうとすると、ノーレッジさんが人差し指を口元に持っていく。名前を言ってはいけないということか?

 

「えっと、あの方の屋敷に私が住めるんですか? ……その、ご迷惑なんじゃ?」

 

「自分で言うのもなんだけど、私も居候させてもらってるの。結構快適よ? まあ何と言うか、パトロンってやつね。少なくとも彼女は貴女の人形をそのくらい評価しているみたいよ。」

 

パトロンだなんて、昔の貴族みたいだ。アンネリーゼさんはやっぱり凄い家のお嬢様だったらしい。考えていると、話にダンブルドア先生が割り込んでくる。

 

「ノーレッジ、待ってくれないか。『彼女』とやらは信用できる人なんだろうね? 無論、アリス本人が望む場所に行けるのが一番だが。」

 

「もちろん信用できるわ。と言いたいところだけど、こっちを見せたほうが早いわね。……ほら、この人が共同で後見人になってくれるわ。」

 

ノーレッジさんがダンブルドア先生に突き出した羊皮紙を覗き込むと、レミリア・スカーレットという名前が見えた。まさか、あのレミリア・スカーレット? 悪い魔法使いと戦う、大陸の英雄?

 

「これは……なるほど、この方が後見人であればどこからも文句は出ないだろうね。少なくとも魔法省は納得するはずだ。」

 

「貴方はどうなのかしら? アルバス・ダンブルドア。『イギリスの英雄』さん。」

 

「やめてくれ、私には……荷が重いよ。」

 

「いつまでそんなことを言っていられるかしらね。……同期の好で忠告してあげるけど、どうせ貴方は戦うことになるのよ。逃げても無駄なら、きちんと立ち向かいなさい。」

 

何やら大事な話のようだ。しかし、私の中ではぐるぐると考えが回っている。アンネリーゼさんの屋敷に行くかどうか。どうすれば良いだろう? もう私には相談する相手はいないのだ。

 

ふと、お爺ちゃんの言葉を思い出す。『自分の作った物を、望む人がいる。それこそが職人の誉れだ。』……その通りだ。自分の屋敷に住まわせてくれるほどに私の人形を望んでくれているのなら、それに応えたい。私が考えを纏めている間にも、ダンブルドア先生とノーレッジさんの話は続いている。

 

「君は……変わったな。見た目ではなく、心が。昔よりも大きく見えるよ。」

 

「貴方も変わったわ、ダンブルドア。見た目も、心もね。学生の頃は貴方を眩しく思ったものよ。……今はあの頃より霞んで見えるわ。」

 

「今では私が君を眩しく思うよ。……老いたかな?」

 

「気張りなさい、ダンブルドア。後ろばかり見ていては、老いがすぐに追いついてくるわよ。……さて、アリス・マーガトロイド。答えは出たかしら?」

 

どうやら二人の話は一段落したようだ。私はノーレッジさんの目を見ながらはっきりと話し出す。

 

「はい、決まりました。あの方の屋敷にお邪魔させてもらいたいです。」

 

「そう、よかったわ。それじゃあダンブルドア、失礼させてもらうわね。あそこにいる魔法省の役人への説明は任せたわよ。」

 

「人使いが荒いな、そういう所は相変わらずだ。何と言うか……会えて良かったよ、ノーレッジ。またいつか会おう。アリス、君にも会えて良かった。ホグワーツで待っているよ。」

 

前半を苦笑しながら、後半を柔らかい笑みで言ったダンブルドア先生が、魔法省の人の方へと歩いて行く。ぺこりとそちらにお辞儀をしてノーレッジさんへと向き直ると、彼女は杖を持ちながらこちらに手を差し出してきた。

 

「さて、行きましょうか。手を取って頂戴。」

 

一度だけ墓を見つめてから、ノーレッジさんの手を取る。付添い姿くらましで移動する瞬間、なんだか家族の笑顔が見えた気がした。

 

 

─────

 

 

「分かってるよ、パチュリー。」

 

本日何度目かの同じセリフを口に出しながら、アリス・マーガトロイドは9と3/4番線のホームに居た。

 

目の前ではパチュリーがホグワーツでの注意事項を繰り返している。この数ヶ月で分かったことだが、この魔女は意外と世話焼きなのだ。

 

「いい? 特殊な魔法をかけたから心を覗かれることはないけど、閉心術の練習は続けること。それと、授業で分からないことがあったらすぐ手紙を送りなさい。あとは……緊急時の連絡法は覚えているわね? 渡したガラス球を強く握りしめながら──」

 

「心の中でリーゼ様の名前を唱える、でしょ? もう百回は聞いたよ。心配性すぎるよ、パチュリーは。」

 

この数ヶ月は私にとって『激動』と言えるほどに多くの出来事があった。リーゼ様の屋敷に着いたその日に、リーゼ様が吸血鬼であることや、私の人形を気に入ってくれている従妹も吸血鬼であること、噂のスカーレットさんはその姉で、勿論ながら彼女も吸血鬼であること……とにかくイギリスには案外吸血鬼が多いことが分かった。

 

おまけに目の前にいるパチュリーは不老で、えーっと、種族としての魔女らしい。この辺は複雑すぎてあんまり理解出来なかった。とにかく凄い魔女だと思っておくことにしている。

 

驚きと共に始まったムーンホールドの生活だったが、リーゼ様もパチュリーも随分と良くしてくれた。最初はちょっと怖かったが、出てくる食事は美味しいし、勿論血を吸われることもない。一度聞いてみたら、吸って欲しいと言われなきゃ身内からは吸わないよ、と苦笑しながら言われた。なんでも吸血される瞬間は物凄く気持ちいいらしい。ちょっと興味があるが、まだ怖いのでやめておいた。

 

ちなみに屋敷の主人ということで、リーゼ様と呼ぶようにしている。私がこの呼び方をすると、本人はくすぐったそうな笑顔になるのだ。パチュリーのこともパチュリー様と呼んでいたが、そんな畏まった呼び方はこあだけで充分よと言われたので今は普通に呼んでいる。

 

リーゼ様はスカーレットさんと色々なお仕事をしているらしい。そのため秘密が多いということで、閉心術を学んでいるところだ。残念ながら欠片も習得できなかったので、応急処置として今年はパチュリーに魔法をかけてもらった。来年までには頑張ろう。

 

「ああちょっと待って、服が乱れてるわ。……うん、これで良し。」

 

パチュリーが服の乱れを直してくれる。お母さんみたいだ。なんだかくすぐったい。

 

ホームに汽笛の音が響く。どうやら出発の時間が来たようだ。トランクを手に取り、列車のドアへと向かう。

 

「それじゃあ、頑張ってきなさい。色々と学んでくるのよ?」

 

「うん、手紙を書くよ。行ってきます、パチュリー。」

 

「行ってらっしゃい、アリス。」

 

パチュリーにさよならの挨拶をして、列車に乗り込む。隣にコンパートメントの並ぶ通路を歩きながら、空いている場所を探す。……おっと、誰も使っていない席があった。

 

コンパートメントに入り、荷物を上の収納に仕舞って、窓からホームを眺める。パチュリーは……居た。手を振ってくれている。手を振り返すと、汽笛と共に列車が動き出す。パチュリーが見えなくなるまで手を振ってから、窓からそっと顔を離した。

 

「ええと、ここは空いてるかな?」

 

びっくりした。いつの間にか、コンパートメントの入り口に少年が立っている。手を振り終わるのを待っていてくれたようだ。ちょっと恥ずかしい。リーゼ様から教わった、『レディの話し方』を肝に銘じて返事をする。

 

「ええ、私だけだから。もちろん空いているわ。」

 

「よかった。もうあまり空いていそうなコンパートメントがなかったんだ。君も……新入生だよね?」

 

「そうよ。貴方も?」

 

「ああ、僕はリドルだ。……トム・リドル。自分の名前はあまり好きじゃないから、リドルと呼んでくれると嬉しいな。」

 

言いながらこちらに手を差し出してくる。黒髪の、賢そうな整った顔立ちだ。しかし、名前が嫌い? 別に悪くない名前だと思うが。

 

「私はアリスよ。アリス・マーガトロイド。私は……まあ、好きに呼んで頂戴。よろしくね、リドル。」

 

握手を終えると、リドルは荷物を仕舞いながら話しかけてくる。

 

「えーっと、マーガトロイド、君はその……こっちの世界の人なのかい? 僕は魔法使いの血筋なんだけど、ちょっとした手違いでマグルの世界で育ったんだ。」

 

「ええ、そうよ。両親は、まあ、もういないのだけれど。二人とも魔法使いだったわ。」

 

「それはつまり……すまない、妙なことを聞いて。でも、凄い偶然だね。実は僕も両親がいないんだ。」

 

労わるように笑うリドルも、どうやら似たような境遇らしい。マグルの世界云々というのは、その所為なのだろうか?

 

悪いかなと思いつつも慎重に聞こうとすると、コンパートメントのドアがノックされる。ガラス窓の向こうでは、笑顔のよく似合う少女がこちらを見ていた。

 

招き入れると、元気いっぱいの声で捲し立ててくる。

 

「いやー、入れてくれてありがとね! どこも満員でさ、ようやく座れそうなとこを見つけられたよ。」

 

蜂蜜色の髪によく似合う、元気な様子で喋る少女に、胡乱げな目付きで見るリドルの代わりに話しかける。

 

「ええ、その、ここは空いてるわ。」

 

「やー、助かるよ。私はテッサ・ヴェイユ! 今年からホグワーツなんだ。二人は?」

 

「私はアリス・マーガトロイド。貴女と同じ新入生よ。」

 

「リドル。トム・リドルだ。リドルと呼んでくれるとありがたい。それに……僕も新入生だよ。」

 

荷物を片付けると、私の隣にテッサが座る。

 

「二人はやっぱりイギリスの人? 私はフランスに住んでたんだけど、向こうはもう危ないからってホグワーツに入学させられたんだ。」

 

「そうなの? 私はダイアゴン横丁で育ったのよ。今はちょっと離れた所に住んでるんだけれどね。」

 

「へえ、リドルは?」

 

「僕もイギリス育ちだよ。あー、ちょっとした事情で、今は……マグルの孤児院に住んでいる。」

 

「ありゃ……なんか悪いこと聞いちゃったかな? ごめんね。私、頭より先に口が出るってよく言われるんだ。」

 

花が萎れるように元気を無くしながらテッサが言う。それを見たリドルが慌てたように、気にしないでくれと言葉をかけた。

 

「うーん、それならグリンデルバルドのことも知らないんだよね? ちょっと待ってて、この中に……あった!」

 

元気を取り戻したテッサが、自分のトランクを漁って新聞を取り出す。何をするのかと眺めていると、やおらその中の一ページを開いてリドルに突き出す。

 

「ほら、こいつがグリンデルバルド。史上最悪の魔法使いで、こいつのせいで私はフランスにあるボーバトンに通えなくなったんだ。パパの友達もこいつに殺されちゃったんだって。」

 

デカデカと新聞に掲載されている写真の中のグリンデルバルドが、不敵な笑みでこちらを睨みつけている。その背後にはこの男の代名詞にもなった、三角の中に丸と棒が入った紋章が刻まれた壁がある。

 

「こいつが……ええと、どんな悪い事をしたんだい? まあ、見た目からして善人じゃなさそうだけど。」

 

「沢山の魔法使いと、もっと沢山のマグルを殺しまくったんだよ。パパが言うには、恐怖政治で新しい魔法界を作り出そうとしてるんだって。大陸の方じゃあ、抵抗してるのは猫の額ぐらいの地域だけだよ。」

 

「そんなに凄い魔法使いなのか……。イギリスは? ホグワーツは安全なのかな?」

 

二人の会話を聞きながら新聞を読む。そういえばスカーレットさんってどんな人……じゃない、吸血鬼なんだろう? リーゼ様が言うには、自分より小さくて可愛いらしい。そんな方がこの男とやり合っているのは……うーむ、想像が付かない。私がまだ見ぬレミリアさんの姿を想像している間にも、二人の話は進んでいく。

 

「ホグワーツは安全だよ。だからこそ私が放り込まれちゃったわけ。なんたってホグワーツにはダンブルドア先生が居るし、レミリア・スカーレットもイギリスに居るらしいしね。」

 

「ダンブルドア先生……あの人か。えーと、レミリア・スカーレットってのは?」

 

「グリンデルバルドがヤバい奴だってかなり前から言ってた人なんだ。でも、昔の魔法省とか連盟の人たちは全然信じてなかったらしいよ。それでもヤツの計画を暴いて知らせてくれたり、危険な場所に警告を送ってくれたりし続けてるんだって。パパは彼女の言葉に最初から従っておけば、大陸がこんなになることは無かったって言ってた。」

 

そんな人と友人のリーゼ様はやっぱり凄い。言っちゃダメだと言われているが、それが無ければ大声で自慢したいくらいだ。

 

「へぇ……もうちょっと読んでみてもいいかい? その、あんまり見たことがないんだ、こっちの新聞は。」

 

「もちろん! 好きに読んじゃってよ。なんなら、グリンデルバルドの顔に落書きしてもいいよ。」

 

言うテッサに苦笑しながら、リドルが新聞を読み始める。彼女はそれを横目にして、今度はこちらに話しかけてきた。

 

「ねえアリス、アリスはどの寮に入りたいかもう決めてあるの?」

 

「そうね……入りたいのはレイブンクローだけど、特に拘ってはいないわ。」

 

「えー? 私は絶対グリフィンドールがいいなぁ。勇敢な魔法使いはみんなそこ出身だって聞いてるよ。」

 

「まあ、どこであろうと学ぶ内容は変わらないはずよ。そういう意味では、正直どこでもいいんじゃないかしら。」

 

リーゼ様と同じような会話をした日を思い出してしまう。瞑目して、考えを振り払う。今は考えるべき時じゃない、忘れよう。

 

「んー、まあ、そうだけどさぁ……。リドルは? 寮については知ってる?」

 

「ん? ああ、四つの寮に別れているってのは知ってるよ。ただ、詳細はよく知らないな。」

 

「教えてあげるよ! えっとね、まずはグリフィンドール。勇猛果敢で、恐れを知らぬ者が属する寮。次にレイブンクロー。英知を求める、頭のいい魔法使いが多い寮。」

 

指折り数えながら、テッサがリドルに説明していく。

 

「そんでもって、ハッフルパフ。温厚で優しい、協調を重んじる寮。それと最後にスリザリン。機知と狡猾さを纏った、団結主義の寮。この四つだよ!」

 

思ったよりも公平な説明だ。魔法使いの家庭で育つと、大体どこかの寮を悪く言うものだが。他国から来たからなのかもしれない。

 

ちなみにパチュリーの説明ではこうなる。向こう見ずで馬鹿なグリフィンドール、頭でっかちの陰険レイブンクローに、間抜けで事なかれ主義のハッフルパフ、最後に被害妄想で純血狂いのスリザリンだ。テッサの説明と比べると天と地だ。

 

「ふむ……その中だと、そうだな、レイブンクローかスリザリンがいいかな。」

 

「ありゃー、人気ないのかなぁ、グリフィンドールって。」

 

「そんなことないわよ、件のダンブルドア先生もグリフィンドールだしね。」

 

パチュリーが言うには、学生時代のダンブルドア先生は気取り屋で自信過剰だったらしい。まさか嘘を言っているとは思わないが、少々信じ難い話だ。

 

「まっ、今日の夜には決まるわけだしね。心配しても仕方がないか。」

 

「えーっと、もしかしてテストみたいなのが有るのかい?」

 

心配そうに聞くリドルにパチュリーからの情報を伝えてやる。

 

「なんでも、公開精神鑑定みたいなことをするらしいわ。特に準備は必要ないんだって。」

 

「テストじゃないのは良かったが……公開精神鑑定?」

 

「一緒に住んでる卒業生が言うにはね。まあ、ちょっと皮肉屋な魔女だから……そこまで酷いことにはならないはずよ。」

 

残念ながらリドルの不安は払拭されなかったようだ。むしろ、さっきよりもひどくなっている。

 

 

 

教科書の内容について三人で話していると、コンパートメントのドアがノックされて声が聞こえてくる。

 

「車内販売です。よろしければいかがですか?」

 

すぐさまテッサが反応し、ドアを開いて物色を始める。隙間から覗き込んで見るが……お菓子ばっかりだ。

 

「おおー、イギリスのお菓子も美味しそうだねぇ。これと……これも下さい。」

 

買いまくるテッサを横目にリドルを見れば、彼も案外興味がありそうだった。お菓子云々ではなく、魔法界の物が珍しいのかもしれない。

 

テッサが私を見たので、瓶入りの水だけを買う。どう見ても小悪魔さんが用意してくれたお弁当のほうが美味しそうだ。リドルは奇妙な色の飴の詰め合わせを一つだけ買ったらしい。

 

猛然とした勢いでお菓子を食べ始めるテッサを見ながら、お弁当を開く。小悪魔さんは私の大好きなベーコンとトマトのサンドイッチを詰めてくれたようだ。取り出してみれば何かの魔法がかかっているのか、まだ温かくてパリパリだ。サンドイッチを頬張ると……やっぱり美味しい。

 

リドルを見れば、駅の構内で買ったのか、紙袋に包まれてべちゃべちゃになったハムサンドを頬張っている。彼の孤児院は、どうやら弁当を持たせてくれるような場所ではないらしい。

 

少し迷った後、おずおずとランチボックスを彼のほうに差し出す。

 

「お一つどうかしら? 嫌いでなければだけど。量が多くて、食べ切れなさそうなの。」

 

「あ、ああ……ありがたく頂くよ。」

 

リドルは驚きながらも一つ掴み取って口に運ぶ。目を見開いているところを見るに、お口に合ったようだ。

 

「美味しいな。マーガトロイドの……えっと、親戚? 孤児院ではないんだよな? その人は料理が上手いんだろうね、羨ましいよ。」

 

「ええと、メイドみたいなものかしら? とにかく私を引き取ってくれた人は凄いお嬢様で、その家の使用人の一人が作ってくれたの。その人に美味しく食べてもらえたって伝えておくわ。」

 

「何というか……複雑だね。マーガトロイドもそのお嬢様? に仕えてるとか?」

 

「仕えてるという感じではないんだけど……そうね、職人として雇われている感じかしら?」

 

言ってはいけないことが多すぎて、いまいち説明が難しい。さっさと話題を切り上げたほうがいいかもしれない。

 

「職人? なにかを作っているのかい?」

 

「ええ、ちょっと待って……これよ。」

 

トランクから人形を取り出す。最近作った中では一番いい出来だ。従妹さんにあげようかとも思ったが、次の人形の参考にするために取っておいてある。

 

「これは、凄いな。」

 

「うっわ、何それ? すっごい可愛いね。」

 

一心不乱にお菓子を食べていたテッサが、私の取り出した人形に反応してくる。

 

「私の実家は昔から人形を作ってた家系なのよ。そういえば……フランスの血も入ってるらしいわよ。」

 

「うっそ? じゃあ、私とアリスは遠い親戚かもね。まあ、今じゃ血の繋がりがない相手を探す方が難しいだろうけど。」

 

「見事な技術だね。それで、そのお嬢様に雇われてるわけだ。大したもんだよ。」

 

リドルは人形の可愛さではなく、技術的な面で感心してくれているようだ。男の子なんてそんなもんだろう。ともあれ、屋敷の話題からはうまく方向を逸らすことができそうだ。

 

 

 

その後もくるくると話題を変えながら、アリス・マーガトロイドは列車がホグワーツに到着するまで二人と話し続けるのだった。新たな学校生活に想いを馳せながら。

 


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