Game of Vampire   作:のみみず@白月

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今回、かなり長めになっちゃってます。申し訳ございません!


ハリー・ポッターと炎のゴブレット

 

 

「違う! 私は何も知らない! 私はただ……ただ、逃げようとしただけだ! ここから、イギリスから! これを見ろ!」

 

ブラックに押さえつけられているカルカロフが自身の左腕を捲り上げるのを、レミリア・スカーレットは冷め切った表情で見つめていた。その左腕には真っ黒な闇の印が浮き上がっている。……前回の戦争時と同じ濃さに。リドルが『生きて』いた頃と同じ濃さに。

 

混乱。それがこの場を表すのに最も適した単語だろう。状況を把握できない観客席の生徒たちは不安そうに騒めき、バグマンはそれを必死になって制御しようとしている。……まあ、残念ながら彼も状況を把握してはいないはずだ。あの慌てっぷりを見る限り、容疑者候補からは外して良さそうだな。

 

原因は二十分ほど前にリーゼから齎された報告にある。曰く、ハリーとディゴリーが優勝杯に触った瞬間に『消え失せた』らしい。消え方からしてポートキーの可能性が高いとも言っていた。……あいつのあんなに焦った表情は久々に見たぞ。一瞬本気で『器材担当』のムーディを殺すんじゃないかと思ったくらいだ。

 

ここで一番厄介な点は、『ポートキーによって消えた』という点である。姿くらましでもなく、飛翔術でもなく、煙突飛行でもなく、ポートキー。つまり、一番追い難い方法を使われたということだ。クソったれめ!

 

姿くらましならリーゼが跡追いくらましで追えるし、飛翔術は目で、煙突飛行は煙突ネットワークから移動先を割り出せる。しかし、ポートキーだけはどうにもならんのだ。イギリス魔法省が把握出来るのは国内でのポートキーの『作成』であって、『使用』ではないのだから。

 

一応、国境を跨いだ場合のみ特殊な魔法で魔法省に警告が入る仕組みになっているが、そこに反応が無かったことは真っ先に確認している。要するに、今分かっているのは移動先が国内であることだけだ。詳しい移動先を特定するには件のポートキーそのものが必要で、当然ながらそれは今ここに無い。

 

事態を知らせ終わったリーゼと、報告を聞いたマクゴナガル、ムーディはそれぞれ紅魔館、魔法警察、闇祓いへと連絡を入れに行った。移動先を特定出来ない以上、人海戦術で片っ端から探すしかあるまい。……まあ、どう考えても望み薄なわけだが。

 

唯一、パチュリーだけは痕跡を追える可能性があるだろう。リーゼが紅魔館に連絡を入れに行ったのもその為である。ダンブルドアでさえ不可能な以上、可能性は低いかもしれないが……それでも何もしないよりかはマシなはずだ。

 

そんな混乱の中、ブラックは私たちの慌てる様を疑問に思ったようで、観客席から降りて来て何があったのかを問いかけてきたのだ。そしてダンブルドアからハリーが消えたと聞いた瞬間、猛犬のようにカルカロフへと襲いかかったのである。……いやまあ、あながち間違った行動とは言えまい。この場で最も怪しいのはこの男なのだから。

 

必死に弁解するカルカロフに杖を突きつけながら、ブラックは尚も詰問の言葉を投げつけた。

 

「黙れ! 知っていることを話さないと後悔することになるぞ! ハリーは何処だ! ポートキーの行き先は何処なんだ!」

 

「だから知らんと言っているだろうが! 私はもう死喰い人とは何の関係もない! ……その手を離せ、ブラック。理解できるだろう? この印が浮かび上がった意味が。帝王が復活したのだ! 闇の時代がまた──」

 

「どうでもいい! ヴォルデモートなど知ったことか! 私はハリーの居場所を聞いているんだ! あの子は今何処にいる!」

 

「耳が聞こえないのか? 私は、知らない! 本当に知らないんだ!」

 

堂々巡りだな。指を順番にへし折ってみるか? 苛々しながら口を開こうとしたところで、やおら近付いてきた……スネイプ? ひどく冷静な表情のスネイプがカルカロフに声をかける。

 

「嘘を吐くべきではないな、カルカロフ。吾輩のものと違って、貴様の印は呼びかけを受けているではないか。であれば、帝王の下へと姿あらわしが出来るはずだ。」

 

「セブルス! その意味が分かっているのか? 行けば私は殺される! 分かりきったことではないか!」

 

ほう? 良い事を聞いたぞ。本当にリドルが『復活』したのか、そしてハリーが消えたのと関係があるのかは定かではないが、この状況で無関係と断ずるのはバカだけだ。

 

「ダンブルドア、姿くらまし妨害術を解除出来る? 一瞬だけ、この場所だけでいいから。」

 

「難しいですが、やってみましょう。お任せください。」

 

結構、結構。ダンブルドアの了承を得たところで、地面に押さえつけられているカルカロフへと冷たい口調で言葉を放った。

 

「……やるのよ、カルカロフ。ダンブルドアと私がすぐに後を追うわ。」

 

「嫌だ! 貴女は帝王のことを分かっていない! 行けば私は死ぬのだぞ!」

 

「選びなさい。今すぐ私の手によって死ぬか、それとも万に一つもヴォルデモートから逃げ切れる可能性に賭けるかよ。……言っておくけど、別の場所に姿あらわしなんかしたら地の果てまでも追いかけていって殺すからね。目の前の吸血鬼と遠くのトカゲ人間、どっちが怖いかしら?」

 

「あああ、クソ、クソが! 最悪だ! こんな事ならダームストラングから離れるんじゃなかった! ……他に選択肢は無いんだろう? すぐに来てくれるんだろうな?」

 

情けなく懇願してくるカルカロフに、今度はダンブルドアが話しかける。良い警官と悪い警官か? 何でもいいからさっさと説得してくれ。

 

「無論じゃ、イゴール。わしらを案内してくれるだけでよい。そうしてくれれば、もう君を疑う者は現れまいて。……分かるじゃろう? 贖罪の日が来たのじゃよ。」

 

「……分かった。杖を返せ、ブラック。」

 

「返すが、余計な事はするなよ? もし妙な真似をすれば──」

 

「分かったと言っているだろうが! しつこいぞ、野良犬めが!」

 

杖を受け取って立ち上がったカルカロフを尻目に、スネイプに向かって囁きを放った。この男を連れて行くわけにはいくまい。もし本当にリドルが復活したとすれば、彼には彼の役目があるのだ。

 

「リーゼとマクゴナガル、ムーディが戻ったら後から追って来るように伝えて頂戴。貴方は待機よ。……理由は分かるわね?」

 

「把握しております。お任せください。」

 

「結構。それじゃあ、行きましょうか。ダンブルドアはともかく、ブラックは用心しなさいよ? 足手纏いは要らないからね?」

 

「その時は見捨ててもらって構いません。何よりもハリーの安全を最優先に……ハリー!」

 

ハリー? 言葉の途中で驚愕の表情を浮かべたブラックは、叫んだ後に迷路の入り口の方へと走って行く。私も振り返ってそちらに目を向けてみれば……良かった、生きていたか。優勝杯とディゴリーをそれぞれ両の手で掴んだハリーが、蒼白な顔で芝生の上に倒れ込んでいるのが見えてきた。

 

「ハリー! 無事か? 怪我は? 何があった?」

 

ハリーは捲し立ててくるブラックを見て、駆け寄る私とダンブルドアを見て、そしてピクリとも動かないディゴリーの方を見ると、悲壮な表情でダンブルドアに向けて言葉を放つ。絞り出すような、掠れた声だ。

 

「ヴォルデモートが……あいつが復活しました。セドリックは、彼は、殺されたんです。ヴォルデモートに殺されたんです!」

 

瞬間、場の空気が凍った。……これで確証が得られたな。遂に来るべき日が訪れたわけか。魔法省の改革、大陸との連携、そして戦争への備え。こちらもやるべき準備は終わっている。完璧ではないにせよ、ギリギリで間に合ったはずだ。

 

いやはや、何がどう転がるか分からんな。アンブリッジの所為で時計の針を強引に進めた結果、リドルの『復活』に魔法省の改革が滑り込みで間に合ったわけか。後であの女にはハエ料理の詰め合わせでも送ってやらねばなるまい。

 

魔法省の事を考える私を他所に、ディゴリーを見たダンブルドアは一瞬だけ辛そうにその顔を歪ませるが……数瞬後には真剣な表情に変わり、目線を合わせるように屈みこんでハリーに言葉をかけた。

 

「よくぞ生きて戻ってくれた、ハリー。よくぞセドリックを連れて帰ってきてくれた。疲れておるじゃろう、悲しんでおるじゃろう。……しかし、今は時間が惜しいのじゃ。どうか城で話を聞かせておくれ。」

 

「でも、僕、セドリックを両親の下に連れて帰るって約束しました。だから先ずはセドリックを連れて行ってあげないと。早く両親のところに──」

 

「分かっておる。……ポモーナ!」

 

呼ばれたスプラウトが小走りで駆け寄って来ると、ダンブルドアは彼女へと神妙なトーンで指示を送る。

 

「ポモーナ、済まぬがセドリックのことを頼む。ご両親に彼の死を伝える必要があるじゃろう。……わしも必ず後で謝りに行こう。じゃが、今はどうしても時間が足りないのじゃ。」

 

「死を、伝える? 校長、一体何を……死? ディゴリーは、セドリックは……死、死んでいるのですか? 私の寮の生徒が死んだと? そんな、それは……。」

 

「ポモーナ、頼む。」

 

訃報を受けて呆然とディゴリーを見つめるスプラウトだったが、呼びかけたダンブルドアの表情を目にすると……言葉を飲み込んで頷きを返した。さすがに前回の戦争の経験者だけあるな。彼女は事態をボンヤリと認識したようだ。

 

「……分かりました、ダンブルドア校長。為すべきことがあるのですね? ご両親には私が責任を持って伝えておきます。」

 

「すまぬな、辛い役目を任せる。……行こう、ハリー。急ぐのじゃ。」

 

「でも……スプラウト先生、セドリックをお願いします。彼は、彼は両親のところに戻りたがってるんです。帰してあげないと。彼を、帰るべき場所に。」

 

「任せておきなさい、ポッター。私が必ず、責任を持ってご両親の下へと連れて行きましょう。約束します。」

 

未だディゴリーの手を掴んだままのハリーは若干躊躇する様子を見せたが、スプラウトが言葉と共に力強く頷くと、彼女にディゴリーを預けて立ち上がる。それを少し悲しげな表情で見つめた後、ダンブルドアはハリーの手を引いて城へと歩き始めた。

 

私、ブラック、スネイプもそれに続き、観客席の間を抜けて城へと向かう。……咲夜もあの戸惑う生徒たちの中にいるはずだ。後できちんと声をかけてやらねばなるまい。

 

後ろ髪引かれる思いで校庭を歩いていると、競技場から少し離れたところでダンブルドアがハリーへと質問を投げかけた。

 

「ハリー、歩きながら説明できるかね? 何が起こったのか最初から話しておくれ。焦らず、ゆっくりでよい。」

 

「はい。あの……僕とセドリックは同時に迷路の中央に到着したので、二人一緒に優勝することにしたんです。二人ともホグワーツだから、その方がいいだろうって。それでセドリックと一緒に優勝杯に触れて……そしたら、急に何処かへ移動したんです。見たことも無い墓地に。セドリックは優勝杯がポートキーだったんだって言ってました。その後二人で何が起こったのかを確認していたら、急に死の呪文が飛んできて、それで……。」

 

ディゴリーが死んだわけだ。魔法使いの常ながら、なんとも呆気ない最後だな。一度言葉を切って俯いたハリーだったが、やがて蒼白な顔を上げて続きを語り始める。

 

「その後、僕は杖を奪われて墓石に縛り付けられました。その……ペティグリューに。ヴォルデモートと一緒にペティグリューが居たんです。」

 

「ピーターが? 本当にピーターだったのか?」

 

「うん。僕は顔を知らなかったけど、ヴォルデモートはペティグリューって呼んでた。小男で、ずっとオドオドしてたよ。」

 

「……あの、クソったれの大馬鹿野郎め! 事もあろうにハリーを危険に晒すなど……情けない! あいつと友人だったというのは私の恥だ!」

 

ふむ、ペティグリューはやはりリドルの下へと戻っていたわけか。……まあ、無理もあるまい。今や彼はブラックに代わる広域指名手配犯なのだ。もはや魔法界でまともに生きていくのは不可能だろう。

 

激昂したブラックに代わり、城への勝手口を抜けながらのダンブルドアが質問を続けた。

 

「トムは……ヴォルデモートはどんな姿だったかね?」

 

「とても、とてもおぞましい姿でした。物凄く目の大きい赤ん坊みたいな見た目で、大きな蛇がずっと咥えてたんです。とても大事そうに。それで、ペティグリューと二人で何かの儀式みたいなことを始めて……大鍋に色々なものを入れていきました。」

 

「色々なもの?」

 

「父親の骨と、ペティグリューの……手首、それと僕の血です。血縁者としもべの一部、それに敵対者の血が必要だって言ってました。より強くなるために、僕の血を選んだとかって。」

 

聞いた瞬間、ダンブルドアの表情が刹那の間だけ変わる。……笑み? ほくそ笑むような、してやったりという表情だ。ハリーの血を選んだことに何か意味があるのだろうか?

 

一瞬だけ浮かんだ表情はすぐに消え、どうやら気付いていないハリーは続けて説明を語り出す。

 

「そして最後にヴォルデモートが大鍋に入っていって、出てきた時には人間の……『人間のような』姿に変わっていました。青白くて、冷たい……爬虫類みたいな見た目の人間に。」

 

「かつての姿を取り戻したわけじゃな。……そして、死喰い人たちを呼び戻したと。」

 

「はい。ペティグリューの左腕を通じて何かの合図を送ったみたいで、二十人くらいの死喰い人がすぐに姿あらわししてきたんです。」

 

「誰だか分かるかね? 無論、覚えている範囲だけでよい。」

 

「ヴォルデモートはずっと自分を助けなかったことを責めてたんですけど……でも、あまり名前は口にしなかったんです。顔も仮面で見えませんでした。あとは、雰囲気の違った人たちも交じってて……ヴォルデモートは『新たな朋輩たち』って呼んでいました。」

 

ふん、誰だかは予想がつくさ。大方、マルフォイやらエイブリーやらヤックスリーやら……『間違いなく純血の血筋』な連中なのだろう。サラブレッド・ゴキブリどもめ。ご主人様の帰還を知って、慌てて巣穴から這い出してきたわけだ。魔法省を掌握したら燻し出してやるからな。

 

しかし、『新たな朋輩たち』ね。ヨーロッパで作った新しいお友達か? 私の疑問を代弁するかのように、今度はブラックが質問を放った。

 

「新たな朋輩? どんな見た目だった?」

 

「えっと……顔は隠してなかった。マグルのスーツみたいなのを着てたし、死喰い人とは全然違う雰囲気だったかな。二十人の中の十人くらいはそうだったんだけど、僕が会ったことがある人は居なかったと思う。……それからヴォルデモートは巨人や亡者たちを呼び戻すとか、大陸の新たなる秩序がどうだとかって演説をした後、僕と決闘をするって言い出したんだ。」

 

七十近いジジイが十四歳の少年に決闘を挑んだわけか。悲しくなるな。ハリーがそう言ったところで医務室に到着した私たちは、とりあえず彼をベッドに座らせて……ああ、そういえば血を採られたとかって言ってたっけ。ダンブルドアが杖を当てて腕の切り傷を治しながら質問を続ける。

 

「それで、どうなったのかね? トムは君を殺そうとした。そうじゃな?」

 

「はい。最初はいたぶるような感じで攻撃してきました。死の呪文じゃなく、磔や、服従させようとしてみたり……。」

 

「あのクソ野郎め。」

 

毎度お馴染みの『示威行為』をやってたわけか。そしてハリーが今ここにいるということは、またしてもあの間抜けはポカをやらかしたようだ。易々とハリーを連れ出された私たちも間抜けだが、毎度毎度詰めが甘いアイツも大概だな。

 

ブラックの怨嗟の声を背に、ハリーは『決闘』に関しての続きを語り始めた。

 

「僕、必死に戦って、それで……ある時たまたま呪文同士が激突したんです。僕の武装解除と、ヴォルデモートの死の呪文が。そしたら、不思議なことが起きて……。」

 

「不思議なこと?」

 

私の問いかけを受けたハリーは、その光景を思い出すように俯きながら返答を返してくる。

 

「僕の杖と、ヴォルデモートの杖が金色の光の糸で結び付いたんです。それが少しずつ解けていって、僕とヴォルデモートの周りをゆっくりと囲みました。金色の……光のカゴのように。死喰い人たちは慌てふためいて、ヴォルデモートは怒りながら手出しをするなと怒鳴っていました。そして……歌が聞こえてきたんです。美しい、力が湧いてくるような歌が。本当に美しい旋律が。」

 

それはまた、確かに不思議な情景だな。陰惨な場に相応しくない、なんとも神秘的な雰囲気じゃないか。ダンブルドアだけが何かに気付いたように目を見開く中、ハリーはポツリポツリと続きを話す。

 

「暫くすると、杖を繋ぐ糸に光の玉がたくさん生まれてきました。それが近付いてくると杖が震えるんです。まるで触れたら耐えられないと言わんばかりに。だから絶対に杖に触れさせちゃいけないって、そう思って……それでヴォルデモートの方に必死に押し返しました。強く念じたんです。気力の全てを振り絞って、本当に強く。そしたら玉を押し返すことが出来て……玉が自分の杖に近付くと、あいつは怯えているような表情を見せました。そして玉がヴォルデモートの杖にぶつかった瞬間……セドリックが、彼がヴォルデモートの杖から飛び出してきたんです。」

 

「セドリックが? ……どんな姿だったかね?」

 

「ゴーストみたいでしたけど……でも、ゴーストよりもずっとハッキリしてたんです。ふわふわ浮いている以外は、本当に生き返ったみたいでした。セドリックは僕に近付いてくると、励ましてくれたんです。頑張れ、決して糸を切るな、杖をしっかり持つんだって。……その後、玉がヴォルデモートの杖に触れるたびに次々とゴーストが出てきました。みんな僕のことを励ましてくれて、ヴォルデモートのことを罵っていたんです。あいつの顔は恐怖で歪んでいました。」

 

ゴースト? ちんぷんかんぷんな話だ。杖に何か関係しているらしいが……こういうのは私の領分じゃないな。ダンブルドアは何かを掴み取っているようだし、そっちに任せるとしよう。

 

私が一歩引く間にも、ハリーはまるで吐き出すように語り続ける。

 

「そして、そして……最後にママとパパが出てきました。二人が時間を稼いでくれるって言ったんです。他の人たちと一緒に、ヴォルデモートや死喰い人たちを足止めしてくれるって。それで最後にセドリックから彼の身体を両親の下へと運んでくれって頼まれた後、僕は糸を断ち切って必死に走りました。最後は呼び寄せ呪文でポートキーを呼び寄せて、それで──」

 

「ここへ戻ってきた、と。……よくぞ話してくれた、ハリー。これを飲みなさい。君は今日、わしの期待を遥かに超える勇気を示した。大人に勝るとも劣らぬ、一人前の魔法使いとしての勇気を示したのじゃ。」

 

杖を振って湯気の出るホットココアを出現させたダンブルドアは、それをハリーに渡しながら立ち上がった。

 

ホットココアを飲むハリー、そのハリーに毛布をかけているブラック、そして勝手に椅子を持ってきて座る私。何かを考えながらウロウロし始めたダンブルドアに全員が注目する中、これまで発言していなかった男が声を上げる。話にリリー・ポッターが出てきた瞬間から思い詰めた表情をしていたスネイプだ。

 

「校長、一つお聞きしたい。リ……『ポッターの両親』はゴーストとしてこの世界に留まっているということですか? それとも、帝王の杖から出てきたのはゴーストとはまた違った存在なのですかな?」

 

口調や表情こそ冷静さを取り繕っているが、滲み出る焦りがスネイプの内心を表しているかのようだ。彼にとってはリドルの復活よりも、ディゴリーの死よりも、ハリーの帰還よりも、リリー・ポッターの『ゴースト』が出てきたという一件の方がよほどに重要なことらしい。

 

問いかけを受けてピタリと立ち止まったダンブルドアは、己が考えを整理するかのように話し始めた。

 

「恐らく、ゴーストではなかろう。つまり……そう、『木霊』のようなものじゃよ。ハリーの杖とトムの杖には同じ芯材が使われておる。不死鳥の尾羽根。フォークスの尾羽根じゃ。そして、兄弟杖同士を戦わせると様々な現象が起こる。お互いを傷つけたくないが故にの。今回起こったのは……ふむ、直前呪文のような現象なのではないかのう。」

 

「直前呪文? ……呪文巻き戻し効果ですか。」

 

「その通りじゃ、セブルス。トムが命を奪った者たちの『木霊』がハリーを救ったのじゃ。……因果じゃよ。トムは自らの業によって、ハリーを取り逃がすことになったわけじゃな。もしもハリーが糸を繋ぎ続けていれば、もっと沢山の人が出てきたことじゃろうて。」

 

「『木霊』、ですか……。」

 

安心したような、それでいて残念そうな表情でスネイプが黙り込む。安らかに眠っていて欲しい反面、想い人にまた会えるかもしれないと僅かに期待したのだろう。……しかしまあ、自業自得の代表例みたいな現象だな。リドルはさぞ悔しがっているはずだ。

 

いい気味だと私が鼻を鳴らすのを他所に、今度はブラックがダンブルドアと私に向けて言葉を放った。その瞳は獰猛な輝きでギラついている。

 

「どうしますか? ダンブルドア先生、スカーレット女史。指示をください。私はすぐにでも動けますし、その覚悟も出来ています。」

 

「うむ、先ずは各所に知らせを──」

 

ダンブルドアが真剣な表情で何かを指示しようとした瞬間、医務室のドアが開いて……おや、コーネリウス? 我らが能無し魔法大臣どのが部屋に入ってきた。そういえばこいつが表彰をする予定だったか。賞金の入った皮袋を重そうに両手で抱えている。

 

「ダンブルドア! 何があったんだ! 誰も彼もが混乱していて全く話にならん。一体全体何の……スカーレット女史。貴女も居ましたか。」

 

「ええ、ごきげんよう、コーネリウス。早速だけど悪い知らせとすっごく悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

 

私が肩を竦めながら言ってやると、コーネリウスは不安そうな表情で答えを返してきた。つまりはまあ、いつも通りの表情だ。

 

「ふざけている場合では……いいでしょう、悪い知らせとは何ですか?」

 

「生徒が一人死んだわ。セドリック・ディゴリー。ホグワーツの代表選手よ。」

 

「何を、何を……私の責任ではありませんぞ! 私は反対したのだ。対抗試合など復活させるべきではないと、危険だと!」

 

うーん、この感じだともう一つのお知らせには堪えられそうにないな。……しかし、子供の死を聞いて最初に出てくるのが自身の保身とは。堕ちるところまで堕ちたじゃないか、コーネリウス。

 

「そうね、貴方の責任じゃないわね。だって貴方は『何にも』してないんだもの。なーんにも。」

 

「その通りです! 私は何もしていない! 何も! 何一つ!」

 

残念ながら私の皮肉はコーネリウスには通じなかったようだ。あまりにもバカバカしいやり取りに苦笑しつつも、もう一つの知らせをプレゼントする。『すっごく悪い』方の知らせを。

 

「ああ、それと、ヴォルデモートが復活したわよ。」

 

「ヴォ……何? 復活? その名前は、その名前は……何を言っているのですか? さっぱり意味が──」

 

「だから、ヴォルデモートよ。ヴォ、ル、デ、モート。あんまり言わせないで頂戴。こんなバカみたいな名前は連呼したくないのよね。」

 

「何を、何を……有り得ない。有り得るはずがない! だって、だってそうでしょう? 例のあの人は死んだのです! あのハロウィンの日に死んだのです!」

 

最初は呆然と、次第に顔を真っ赤にしながら叫ぶコーネリウスに、今度はダンブルドアが穏やかな声を投げかけた。イギリスの英雄に相応しい、厳かな雰囲気を伴った声で。

 

「君の気持ちはよく分かる。信じ難いことじゃろうて。しかし、真実なのじゃよ、コーネリウス。ヴォルデモート卿は帰ってきたのじゃ。……そして、今宵一つの尊い命が奪われた。今こそ魔法省は団結し、彼に対して──」

 

「有り得ないと言ったはずです! ……どうかしてしまったのか? ダンブルドア。それに、スカーレット女史まで。……死んだのでしょう? 例のあの人は。死んだ者は生きて帰ってきたりはしないのです! どうかしている! 本当に、本当にどうかしている!」

 

ダンブルドアの言葉を大声で遮ったコーネリウスは、やがて私とダンブルドアを交互に見ながら恐怖の表情で罵声を浴びせかけてくる。そら見ろ、赤ん坊の許容量を超えちゃったみたいだぞ。

 

「……ドローレスの言っていた通りだ。あなたがたは私を引きずり降ろすつもりでしょう! そんな、そんな意味不明なたわ言を振りかざして! 私を大臣から引きずり降ろすつもりだな!」

 

うーむ、アンブリッジは『やんわり』としか伝えていないようだが、実際はもう引きずり降ろされるのは決定済みだぞ。どうやらコーネリウスは魔法省の状況を全く理解していないようだ。

 

唾を撒き散らしながら喚くコーネリウスへと、ダンブルドアが尚も説得の言葉を放とうとするが……手でそれを遮って口を開いた。今は無駄なことに構っている時間などないのだ。

 

「コーネリウス? 私はずっと貴方を利用してきたわ。だから一度だけ、たった一度だけチャンスをあげる。……私とダンブルドアを信じて、今すぐイギリス魔法界に報せを出しなさい。ヴォルデモートが復活したと。再び戦いが始まるのだと。もしそれをしたなら、貴方の名前はイギリス魔法史に永遠に刻まれることになるでしょう。危機に対して迅速な対応をした、勇敢で有能な魔法大臣としてね。」

 

そら、掴め、コーネリウス。お前の頭上に垂らされた一本の蜘蛛の糸だぞ。お前は優秀な犬ではなかったが、それでも私は報いる義務を放棄したりはしないのだ。退任前、最後に華を咲かせてみせろ。

 

私の提案を聞いたコーネリウスは……うーん、残念。親の心子知らずだな。彼は私の垂らした糸を振り払うことに決めたらしい。私を指差しながら怒鳴りつけてきた。

 

「ふざけるな! 騙されんぞ、もう騙されん! そんなことをすれば私はイギリス魔法界の笑い者だ! ……いいか? 例のあの人は復活などしていないし、私は魔法大臣の席をまだ明け渡すつもりはない。私はあなたがたの妄想などに付き合うつもりはないからな! ……優勝賞金はここに置いていこう。では、失礼させてもらう!」

 

一千ガリオンの詰まった袋を床に放り投げると、コーネリウスは荒々しい足取りで部屋を出て行く。ハリーを含めた全員が苦々しい視線でそれを見送る中、唯一乾いた顔の私が言葉を放った。ふん、予想はしてたさ。

 

「まあ、問題ないわ。既に賽は投げられたのよ。ヴォルデモートに関しても、魔法大臣に関してもね。……それじゃ、さっさと動き出しましょうか。ブラックは旧騎士団員にこのことを知らせまくりなさい。なるべく多くね。」

 

「つまり、騎士団を再結成するのですか?」

 

「そこまでは未定よ。……再結成までは必要ないかもね。魔法省の主導権さえ確保すれば公の立場として動けるでしょうし。そのための緊急法案も準備してあるから。」

 

「では、とにかく復活のことを知らせればいいのですね? 分かりました。行ってきます。……ハリー、後で必ず戻ってくる。だから今はゆっくり休むんだ。」

 

ハリーに一声かけてから去って行くブラックを見送っていると、ダンブルドアがハリーに聞こえないような声量でスネイプに囁きかけているのが聞こえてくる。

 

「セブルス、頼めるかね? ……非常に危険な任務になるじゃろう。無理にとは言わん。」

 

言葉を受けたスネイプはゆっくりとハリーの方を……違うな。ハリーの『瞳』を見てから、ダンブルドアに向かってしっかりと頷きを返した。

 

「お任せください。」

 

たった一言。短い返答だったが、ダンブルドアにはその覚悟が充分に伝わったらしい。ほんの僅かに口惜しそうな表情を浮かべた後で、スネイプに向かって疲れたような声で言葉をかける。

 

「……そうか。では、頼む。」

 

「かしこまりました。……詳細については予定通りに。」

 

言ったスネイプは私にも一つ黙礼を寄越すと、足早に医務室を出て行った。……彼は死喰い人への潜入を試みるつもりなのだ。これは恐ろしく難しい任務になるだろう。裏切り者と認識されている可能性が高い以上、もしかしたらすぐさま殺されるかもしれないのだから。

 

だが、同時に潜入できれば大きな強みとなるはずだ。……こればっかりはスネイプの頑張りに期待するしかあるまい。何にせよ、こちらからは一切の連絡が取れなくなるのは間違いなかろう。後でダンブルドアから詳細を聞く必要があるな。

 

「それじゃあ、私も……ああ、忘れてた。優勝おめでとう、ハリー。何にも嬉しくはないだろうけど、一応言っておくわ。貴方が頑張ったのは確かなんだしね。」

 

「ありがとうございます、スカーレットさん。……あの、僕に何か出来ることはないんですか? 例えば魔法省で証言するとか。何だったら真実薬を飲んだって構いません。」

 

「今の貴方がすべきなのは休むことよ、ハリー。先ずはゆっくり休みなさいな。いいわね?」

 

「……はい。」

 

渋々といった声を背にして、ダンブルドアと一緒に医務室を出る。……さて、忙しくなるぞ。魔法省のこともそうだが、リドルが復活したならば『声』の一件を優先すべきだな。後でホグズミードに出向かねば。

 

「魔法省に関しては私がやるから、そっちは城の防備を強化なさい。暫くは『色塗りゲーム』になるだろうけど、前回やってきたみたいにホグワーツを狙ってくる可能性だってあるんだからね。」

 

「それについては前々から考えていた計画がありましてな。そう心配するようなことにはならないでしょう。」

 

「結構よ。それなら先ずは……人形娘?」

 

話を続けようとしたところで、ダンブルドアの背中越しに廊下を歩いて来る謎の一行が見えてきた。先導するマクゴナガルと、人形をふわふわ浮かせたアリス、そして見知らぬ男をふわふわ浮かせたデュヴァルだ。……最後のが一番意味不明だな。人形娘に弟子入りでもしたのか?

 

どうやら、今宵の混乱はまだまだ終わってくれないらしい。こちらに向かってくる奇妙な一団を前にして、レミリア・スカーレットは小さくため息を吐くのだった。

 


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