Game of Vampire   作:のみみず@白月

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悪女の条件

 

 

「やあ、十六歳の誕生日おめでとう、ハーマイオニー。」

 

ベッドから起きた栗毛の友人に笑いかけながら、アンネリーゼ・バートリは自分の黒髪に櫛を通していた。……やっぱり雨の日はダメだな。髪まで調子が悪いときたか。

 

九月十九日。今日はハーマイオニーの誕生日なのだ。例年と同じように一番最初にお祝いを告げる私に微笑んでから、ハーマイオニーはベッドから降りてプレゼントの山を確認し始める。眠気は吹っ飛んでしまったらしい。

 

「ありがとう、リーゼ。わぁ……今年も沢山貰っちゃったわね。後でお礼の手紙を書かなくっちゃ。」

 

「なぁに、キミの人柄の成せる技さ。」

 

「それなら嬉しい限りよ。……うーん、今年も本が多いわ。しばらくは充実した時間を過ごせそうね。」

 

鏡越しに見える嬉しそうな表情のハーマイオニーは、本とそうでないプレゼントを仕分け始めた。……ほぼほぼ本なあたりが皆が彼女のことをどう思ってるかを如実に表しているな。まあ、本人は嬉しそうだし、それで正解なわけか。

 

物音に起きてきたブラウンやパチルからもお祝いの言葉を受ける中、ハーマイオニーはやおら一つの小包を手にして首を傾げる。どう見ても本じゃないな。水色の高価そうな包装紙で、細長い薄い長方形の……ネックレスケースか? それっぽい見た目の包みだ。

 

「誰からなんだい?」

 

やたらと引っかかる髪に苦戦しながら問いかけてみると、ハーマイオニーはちょっと顔を赤くして答えを返してきた。ああ、反応で分かったぞ。朴訥な跪き君か。

 

「あー……ビクトールよ。包みからしてすっごく高価そうなんだけど、いいのかしら?」

 

「んふふ、プロクィディッチプレーヤーどのにとっては大した支出じゃないだろうさ。それにまあ、良い女ってのは遠慮するんじゃなくて喜んでやるもんなんだよ。着けた姿の写真でも撮って送ってやれば大喜びするぞ。」

 

「それは悪女の思考よ、リーゼ。」

 

呆れつつもハーマイオニーが包みを開けると、やはりネックレスケースが現れる。魔法界のブランドについては詳しくないが、明らかに高級店のそれだ。そのままハーマイオニーが少し緊張した様子でケースを開けると……うーむ、やるじゃないか、クラム。

 

一目で高価だとは分かるが、学生が着けていても違和感のない、シンプルな雰囲気のネックレスだ。ハーマイオニーは口をムニムニさせながらそれを眺めた後で、こちらに近付いて話しかけてきた。

 

「リーゼ、着けてくれる? ……ほら、せっかく貰ったんだし。それにまあ、写真を撮った方がいいんでしょ?」

 

「キミが立派な悪女になってくれて嬉しいよ。どれ、貸してごらん。」

 

素直に後ろを向いたハーマイオニーの、ちょっと赤くなった首元にそれをかけてやれば……うん、上々。これくらいならワンポイントの範囲内だろう。マクゴナガルも煩くは言ってこないはずだ。

 

「良く似合ってるよ、私のヘルミオネー。美しさに目が眩みそうだ。」

 

「もう、からかわないで頂戴!」

 

「いやぁ、遠くブルガリアから思念が伝わってきたんだよ。それを代弁したまでさ。」

 

「ああ言えばこう言うんだから……。」

 

可愛らしく照れながらそそくさとベッドの横に戻ったハーマイオニーは、再びプレゼントの仕分け作業に戻る。十六歳か。もうすっかり大人になっちゃったな。来年には成人だと思うと中々感慨深いものがあるぞ。

 

ちょっと前までは小さな女の子だったのに。初めて会った頃とは随分と変わった友人を、なんとも不思議な気持ちで眺めていると……彼女は新たな小包を手に持って声を放ってきた。おっと、私のプレゼントじゃないか。

 

「これ、リーゼからよね? いつもと同じ赤い小包。」

 

「その通り。今年のは結構自信があるんだ。開けてごらんよ。」

 

「あら、それは期待大ね。」

 

丁寧に包装を解いたハーマイオニーは、出てきた物を見て笑顔を浮かべる。よしよし、それでこそ贈った甲斐があるってもんだ。

 

「これって……栞よね? 凄く綺麗。」

 

「かの有名なゴブリン銀製だよ。『朽ちず欠けずのゴブリン銀、世俗の穢れを寄せ付けず』ってね。要するにまあ、縁起物さ。」

 

別段何かの魔法がかかっているわけではない、純粋な工芸品としての銀細工の栞だ。ハーマイオニーがいつも本に羽ペンやらを挟んで誤魔化していたので、小鬼と繋がりのあるレミリア経由で作ってもらった。……少々高くついたが、それはご愛嬌だろう。

 

「……ありがとね、リーゼ。大事に使うわ。」

 

「んふふ、その笑顔で元は取れたよ。」

 

これぞ百万ガリオンの笑みだな。花のように微笑んだハーマイオニーに返事を返してから、目に入った包みを指して口を開く。あれも明らかに本じゃないぞ。クラムのよりも小さい四角形の包みだ。

 

「それはなんだい? その、小さな黄色い包み。」

 

「あら……これ、ロンからだわ。何かしら? 今までは毎年本だったのに。」

 

くっ付いているカードには、『誕生日おめでとう、ハーマイオニー』とだけ書かれている。こっちはいつも通りだ。首を傾げながらハーマイオニーが包みを開くのを見守っていると、小さな黄色い包みの中からは……うーん、頑張ったな、ロニー坊や。可愛らしいブローチが現れた。

 

どう見ても値段ではクラムに劣るだろうし、センスが良いとは口が裂けても言えないが、私たちはロンの金銭事情を良く知っているのだ。随分と色々な物を我慢してこれを買ったのであろうことは容易に想像出来る。きっと長きに渡って、コツコツお小遣いを貯めて買ったのだろう。

 

ハーマイオニーにもそれは良く理解出来たようで、一度クスリと優しげな微笑みを浮かべた後、ブローチをゆっくりと身に着け始めた。

 

「ロンったら、無理しちゃって……どう? 似合ってる?」

 

「ま、及第点だね。ロンの頑張りを加味すれば文句なしさ。」

 

「ギリギリ合格点ってわけね。ロンには『アクセサリー学』の受講を勧めておかなくっちゃ。」

 

皮肉げなことを言いつつも、ハーマイオニーの口元は笑みの形を作っている。いいぞ、ロン。キミの涙ぐましい努力は報われたようだ。これは後でこっそり教えてやったほうがいいな。

 

しかし、うーむ……自覚が無いってのが一番怖いのかもしれない。クラムとロン、二人から贈られたアクセサリーを身に付けるハーマイオニーを前に、ちょっと引きつった笑みを浮かべるのだった。もう立派な悪女じゃないか。

 

───

 

「よう、ハーマイオニー! 誕生日おめでとうな!」

 

「誕生日おめでとうございます、ハーマイオニー先輩!」

 

「ありがとう、二人とも。プレゼントも嬉しかったわ。」

 

そして朝食の席。元気良くお祝いを送ってきた後輩二人の下へと駆け寄って行くハーマイオニーの背を眺めながら、やけにソワソワしている赤毛のノッポ君へと囁きかける。ハリーはまだ到着していないようだ。

 

「やあ、伊達男君。ハーマイオニーはキミのプレゼントを気に入っていたよ。」

 

「それって……本当に? どのぐらい喜んでた? その、僕、どんなのが正解なのか知らなくて、チャーリーに聞いたんだ。いやまあ、特別な意味はないんだけど。でもほら、これまでは毎年本だったろ? だからたまには──」

 

「落ち着きたまえ、ロン。そうだな、一つ言うとすれば……もうチャーリーに助言を求めるのはやめたほうがいいね。」

 

「……やっぱりか。僕もちょっとおかしいとは思ったんだよ。でも、チャーリーが手紙で自信満々に言うから、てっきり僕のセンスがズレてるんだとばっかり思ってた。」

 

ため息を吐きながらウィーズリー家の次男に怨嗟の思念を送るロンに、肩を竦めて慰めの言葉を返す。貶した後は褒めねばなるまい。

 

「ただまあ、キミが頑張ったってのは伝わったようだよ。結構喜んでたし……ほら、ハーマイオニーはちゃんと身に着けてくれてるだろう?」

 

「うん、それは良かったけど……くそ、チャーリーには吼えメールを送ってやる。絶対に送るよ。杖に誓ったっていい。」

 

「ま、次からは私か魔理沙あたりに相談したまえ。ハリーは頼りになるとは思えないし、咲夜はアリス任せだからそういうのは苦手なんだ。」

 

「そうする。……最初からそうするべきだったんだ。チャーリーめ!」

 

えらく次兄に怒っているロンだが……ふむ、半分くらいは照れ隠しだな。顔の色が自慢の赤毛に近付いてるぞ。この分だと怒りの手紙を受け取った次兄にもからかわれるに違いない。

 

面白くなってきた状況にニヤニヤしながら席に着くと、魔理沙が勢いよくポリッジをかっ込んでから席を立った。一年生の時は嫌いだったってのに、こいつも随分こっちの食事に慣れてきたな。

 

「おし、行こうぜ、ロン。」

 

「ちょっと待ってくれ、マリサ。すぐに食べるから。」

 

「おいおい、今日も練習するのかい? 外は雨だよ?」

 

毎日毎日よくもまあ飽きないもんだな。……どうやらロンは今週末に行われる『キーパー選抜』を受けるつもりのようで、最近はハリーと魔理沙にひたすらクアッフルをぶん投げられるという拷問を受け続けているのだ。あれは本当に練習になってるのか?

 

私の呆れたような言葉を受け取ったロンは、ほんの少しだけ嫌そうな顔で窓の外を見るが……ブンブンと顔を振ってから答えを返してくる。

 

「雨でもやらないとダメだよ。もう時間がないんだ。それに……うん、僕はお世辞にも上手いとは言えないからね。せめて練習くらいはしないと。」

 

自虐的な評価じゃないか。若干沈んだ表情でパンを片付けたロンが扉の方へと向かおうとすると、その背に慌てた感じのハーマイオニーが声を投げかけた。

 

「あのっ、ロン、ありがとね。ブローチ。ちゃんと着けるから。」

 

「あー……うん、喜んでくれたなら良かったよ。ハッピーバースデー、ハーマイオニー。」

 

何故か机の上の水差しに目線を合わせて言ったロンは、どう見てもさっきよりもやる気に満ち溢れた様子で歩み去って行く。……なんともまあ、単純なこったな。面白すぎるぞ。

 

「お見事、ハーマイオニー。雨だってのに、これで今日の練習は長引くぞ。……ハリーが来たら訓練場で待ってるって伝えてくれよな。『犠牲者』が一人ってのは納得出来んぜ。」

 

嫌そうな表情の魔理沙がロンの背中に続いて行くと、咲夜が微妙な空気を取りなすように言葉を上げた。この子も恋愛の機微を感じ取れるようになったのか。……レミリアには教えない方が良さそうだな。また『咲夜を狙う馬の骨問題』が浮上しちゃうぞ。

 

「えーっと……とにかく、来年はもう成人なんですね、ハーマイオニー先輩。ちょっとだけ羨ましいです。」

 

「そうね……でも、その前にフクロウ試験があるわ。将来のためには先ずそこを突破しないと。」

 

「何になるんですか?」

 

『何になりたいんですか?』とは聞かないのがハーマイオニーの成績の良さを物語ってるな。確かに望めば何にでもなれるだろう。……ドラゴン使いとか、クィブラーの編集者とかでなければの話だが。

 

咲夜の質問に対して、少し宙空を見ながら考え込んだハーマイオニーは……やがて苦笑しつつも首を振って口を開く。

 

「色々と考えてることはあるんだけど、先ずはフクロウ試験の結果を見てからにするわ。夢を追う前に、今の自分の実力を知らなきゃね。」

 

「ハーマイオニー先輩でもそんなことを考えるんですね……。」

 

感心したようにキラキラした瞳で呟く咲夜を眺めていると、ようやく到着したらしいハリーが向かいに座りながら声をかけてきた。おいおい、髪がボッサボサだぞ。どういう寝方をしたんだよ。

 

「おはよう、みんな。それと誕生日おめでとう、ハーマイオニー。」

 

「ありがと、ハリー。でも、貴方にこそプレゼントを贈るべきね。つまり、櫛を。」

 

「えーっと、この髪……変かな?」

 

おっと? まさかとは思うが、それは意図して整えた結果なのか? 引きつった顔で聞いてきたハリーは、女子三人が即座に頷くのを見て更に顔を引きつらせる。

 

「……僕、これでチョウと会っちゃったんだけど。さっき偶然、廊下で。」

 

「キミにこの言葉を送ろう、ご愁傷様。率直に言えば、寝起きでウロンスキー・フェイントをかましたアホにしか見えないね。」

 

「私なら『故障したドライヤー』って題をつけるわ。」

 

「ドライヤー?」

 

首を傾げて呟いた咲夜にドライヤーの説明をし始めたハーマイオニーを他所に、ハリーは水差しの水をハンカチに浸して髪を直しにかかった。彼はウロンスキー・フェイントもドライヤーも不名誉な言葉として受け取ったようだ。

 

「そういえば、フランから聞いたことがあるぞ。ジェームズ・ポッターもクシャクシャ髪がカッコ良いと『信じ込んで』いたそうだ。周りからしつこく言われても、それだけは直らなかったんだとさ。」

 

「……本当にカッコ良くない? 全然? これっぽっちも?」

 

「坊主頭の方が百倍マシってくらいにね。」

 

私の言葉を聞いたハリーは、ひどく後悔した顔で項垂れてしまった。……これも遺伝なのか? 髪型のセンスまで似るとは、ブラックなんかが聞いたら尻尾を振りまくって喜びそうだな。

 

しかし、チョウ・チャンか。ハリー本人は偶然だと思っているようだが、どう考えても『偶然』が多すぎるぞ。最近頻繁に廊下で声をかけてくるのを見るに、向こうも満更ではないのかもしれない。……まあ、ディゴリーの件が尾を引いているらしいが。

 

いやはや、呑気なもんだな。どこもかしこもピンク色か。四年生の頃にも予兆はあったが、とうとう本格的な『発情期』に入ってしまったらしい。……吸魂鬼だって食わないぞ、こんなもん。

 

見物する楽しみと、見物『させられる』うんざり。均衡を保つ心の天秤のことを思いつつも、アンネリーゼ・バートリはベーコンの皿を引き寄せるのだった。

 


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