Game of Vampire 作:のみみず@白月
「だから、私たち自身で学ぶ必要があるわけよ。実践的な防衛術をね。」
午後最後のルーン文字の授業中。トネリコ材の板にルーンを刻むハーマイオニーの提案に、アンネリーゼ・バートリは曖昧な頷きを返していた。石工の次は木工か。恐れ入るな。
ちなみに私は既に作業を放棄している。……より正確に言えば、授業を放棄している。もはやルーン文字の教室にはハーマイオニーの『お付き合い』で来ているだけだ。当然ながら木をゴリゴリ削ったりなどしてはいないし、向こうのハッフルパフ生のようにうんざりした顔で教科書を睨み付けてもいない。
何せこの授業、五年生に入っていきなり難度を増したのだ。ルーンと刻む素材の相性、ルーン同士の相性、果ては刻むための道具と素材の相性。相性、相性、そして相性。……そんなもん知るか! 私は相性診断師になった覚えはないぞ!
とはいえハーマイオニーにとっては非常に『面白い』授業へと化けたようで、黒板の相関図を見ながら熱心にナイフを動かしていたのだが……いきなり何か思いついたように顔を上げると、防衛術を『実践』するための場が必要だと提案してきたわけだ。
ハーマイオニーの生み出した削りカスを圧縮して丸める、というこの世でも有数の無駄な作業をしつつ、輝く笑顔で提案してきたハーマイオニーへと返事を送る。
「『実践』したいんだったらパチェの授業中にやればいいじゃないか。あのバカバカしいカカシを使ってね。……森に捨ててきたはずなのに、いつの間にか戻って来てたよ。忌々しい限りだ。」
「もちろん私たちはそれで充分かもしれないわ。……でも、あの授業に居るのは五年生のグリフィンドールとハッフルパフ生だけよ。他の生徒も参加出来るような仕組みを作らなくっちゃ。出来れば全校生徒が参加出来るような仕組みをね。」
「要するに、二年生の時の決闘クラブみたいなものを作りたいわけだ。……ハーマイオニー、それは教師の仕事だよ。一生徒がやるべき仕事じゃない。」
厳密に言えば、パチュリーの仕事だ。呆れたように言ってやると、ハーマイオニーは義務感に燃える瞳で反論を放ってきた。胸の監督生バッジがキラリと光っている。……パーシーの時といい、なんかヤバい魔法がかかっちゃいないだろうな? それ。優等生の呪い、とか。
「その教師がやってくれないんだもの。生徒がどうにかすべきでしょう? ……特に一年生よ。出だしで躓くと悲惨なことになるのは目に見えてるわ。」
「まあ、今年の一年生が悲惨なことになるのには同意するよ。歴代有数の『大ハズレ』を引かされたわけだしね。しかし……うん、正直に言おう。それは頗る面倒くさいぞ、ハーマイオニー。キミがどの程度の規模を想定してるのかは知らないが、フクロウ試験を控えた五年生にはキツい作業量になるはずだ。」
決闘クラブの時を思い出せばすぐに分かる。あの時は教師三人がかりでもいくらかトラブルが起きてたのだ。アリス、スネイプ、フリットウィックという優秀な教師三人がかりで。あれを生徒が監督するってのは……うーむ、パニックが起きる情景しか浮かんでこないな。
グリフィンドールとスリザリンの誰かが呪いをかけあっている場面を想像する私に、ハーマイオニーは真剣な表情で説得を仕掛けてきた。
「もちろん先生方にも監督をお願いするわ。それに私だけでやるんじゃなくて、監督生集会で協力者を募るつもりよ。……リーゼ、これは今こそやるべきことなの。ある意味では良い切っ掛けじゃない。貴女も組み分け帽子の警告を聞いたでしょ? 近付いてくる脅威に備えるために、四つの寮の連携を強めなくちゃいけないのよ。」
「……これはまた、驚いたね。キミはそこまで考えてたのか。」
四つ揃えば憂いなし、か。防衛術の練習を名目にすることで、他寮と触れ合える場を作ろうということなのだろう。感心した表情を浮かべる私に、ハーマイオニーは少し照れたように早口で言葉を放つ。
「だって、リーゼもハリーも頑張っているんでしょう? ……それに、昨日の夕刊に載ってたドイツの内戦の記事。闇祓いの人たちも命を懸けて戦ってるのよ。例のあの人……ヴォ、ヴォルデモートに対抗するために。」
少し震える声だったが、ハーマイオニーはしっかりとヴォルデモートという名前を言い切った。……その通りだ。『まとも』な方の予言者新聞の記事によれば、魔法省は融和派への支援のために闇祓いや魔法戦士を派遣することを決めたらしい。恐らくアリスも今頃はドイツに渡っているのだろう。
本当は危ない場所に行って欲しくないんだがな。神妙な顔で頷く私を前に、ハーマイオニーは手元の板を弄りながら話を続けてくる。
「だったら、私たちも出来ることをやらないといけないわ。せめてホグワーツの団結を保ったり、自己防衛の手段くらいは自分たちで学ばないと。それは私のフクロウ試験の結果なんかよりも、ずっとずっと大切なことなのよ。だから……そうね。誰かが音頭を取らないといけないなら、私が取るわ。」
「……んふふ、キミは本当に賢い魔女だね、ハーマイオニー。」
うーん、それでこそ私の友人だ。あの組み分け帽子の警告を真摯に受け止め、自らの不利益も無視して行動に移す。それが出来る生徒が果たして目の前の友人以外に居るのだろうか?
大したもんだぞ、ハーマイオニー。私の賞賛を受けて顔を赤くするハーマイオニーを微笑んで眺めていると……おお、ビックリした。いつの間にか近くに立っていたバブリングが声をかけてきた。毎度お馴染みの機械じみた無表情だ。ハーマイオニーも驚いてビクっとしちゃってるぞ。
「ミス・グレンジャー。」
「ひゃっ……あの、バブリング先生。えっと、すみませんでした。お喋りはもう──」
「貴女の提案は私から校長代理と副校長に伝えておきましょう。……それと、貴女の考え方を評してグリフィンドールに十点。」
こいつ、聞いてたのか。バブリングは平坦な声でそれだけを言うと、規則正しい歩みで教卓の方へと戻って行くが……おいおい、バブリングが加点? 初めて見たぞ。というか、誰かを褒めるなんて場面すらこれまでの二年間では一度も見たことがなかったのに。
何事も無かったかのように教卓で沈黙するバブリングを見ながら、ハーマイオニーが首を傾げて話しかけてきた。
「えーっと……褒められたのよね? 私。」
「どうやらそのようだね。いやぁ、珍しいこともあるもんだ。」
まあ、あの無表情な魔女もホグワーツを案じる魔法使いの一人だということなのだろう。しかし……バブリングでさえこれなら、マクゴナガルあたりは感動して泣いちゃいそうだな。今からハンカチを用意しておいた方がいいかもしれんぞ。
───
そしてルーン文字の授業が終わり、美しい夕焼け空を眺めながら談話室に戻ってみると、咲夜が同級生たちと一緒に宿題を片付けているのが見えてきた。
魔理沙の姿が見えないが……ああ、クィディッチの練習か。ここ最近は夕食前にも授業の無い場合は練習しているのだ。もちろん、夕食後にもだが。狂ってるぞ。
つまり、ハリーとロンも練習中なのだろう。ロンはハリーの言によれば『そこそこの成績で』、魔理沙によれば『他が悪かったからギリギリで』キーパー選抜を突破したらしく、最近は降霊術をマスターしたジョンソンにしごかれているのだ。今日も元気にウッドを降ろして演説を放っているに違いない。
なんともご苦労なことではないか。三人に哀れみの念を送りながら空いているソファを探す私へと、暖炉横の貼り紙を見たハーマイオニーが声をかけてくる。
「あら、ホグズミード行きの日程だわ。……一番近いのは十月末、ハロウィンみたいね。どうする?」
「咲夜の誕生日か。……ふむ、今年から咲夜と魔理沙も行けるし、行ってみようか。何だかんだで私は一度も行ってないしね。」
「それじゃあ、三本の箒で誕生日パーティーをして、その後みんなでお買い物しましょうよ。きっと楽しいわ。」
ちょっとご機嫌な様子でソファへと向かうハーマイオニーも、やっぱりお年頃ということか。しかしまあ、ホグズミードね。フランがやけに詳しかったはずだし、良い店が無いか聞いてみようかな。
この前私をモデルにしたとかいう、謎の抽象画を送ってきてくれた妹分のことを思い出していると……おや、咲夜が私とハーマイオニーの下へと駆け寄ってくる。同級生たちから笑顔で送り出されているのを見るに、人付き合いは私より上手そうだ。
「リーゼお嬢様、ハーマイオニー先輩! 貼り紙、見ましたか?」
「ええ、見たわよ。私たちは行こうと思うんだけど、サクヤも一緒にどうかしら?」
「もちろんです!」
ハーマイオニーに答えるその顔は……うーむ、何でも言うこと聞いちゃいそうな笑顔だな。もうそろそろ十四歳だというのに、まだまだ可愛く見えてしまう。
ただまあ、未だにアリスのことも可愛く思えるし、こればっかりは一生のことなのかもしれない。……いや、見た目の問題もあるか? もし咲夜が人間として成長していったら、少し見方も変わったりするのだろうか?
五百年生きて未経験の気持ちを想像する私に、ハーマイオニーが思い出したように問いかけてきた。
「そういえば、マリサの許可証は大丈夫なの? 親御さんはずっと遠くにいるんでしょ?」
「ああ、心配ないよ。こっちで手配したからね。」
……厳密に言えば、咲夜と同じくレミリアのサインで通そうとしたところ、いつの間にか許可証に魅魔のサインが書かれていたらしい。どうやら親バカなのはレミリアだけではないようだ。何かの魔法を使ったのか、はたまた実際にこっちに来たのか。何にせよ弟子に一声かけていけばいいだろうに。
そんな感じで私が呆れる反面、当人たる魔理沙としては嬉しい出来事だったようだ。あんな大嘘吐きの悪霊のどこが良いのかは知らんが、きちんと見守ってくれていたことにえらく喜んでいた。
夏休み中の小部屋で許可証のサインをジッと見つめていた魔理沙を思い返していると、談話室の扉の方から……おっと、ユニフォーム三人組のお出ましだ。何故かロンだけが泥だらけになっている上に、三人の間には気まずい感じの空気が漂っている。
「キミね、そんな格好だとフィルチに追いかけ回されちゃうぞ。
杖を振ってロンの泥を拭い去りながら言ってやると、彼は物凄く情けない表情でボソボソ返事を返してきた。何か良くないことがあったのは確かなようだ。
「僕にはそれがお似合いだよ。……受かるべきじゃなかったんだ、キーパーなんて。酷かった。本当に酷かったよ。僕なんか居ない方が良かったんだ。」
ぐったりとソファに座り込むロンを横目に、事情を知るであろうハリーと魔理沙に目線を送ってみると……二人は気まずそうな顔でポツリポツリと何が起こったのかを語り始める。
「いや、最初は悪くなかったんだよ。普通に飛んでたし、クアッフルもきちんとキャッチ出来てた……というかまあ、殆どはキャッチ出来てた。ただその、途中からスリザリン生たちが見物に来たんだ。」
「それが悪かったな、うん。ほら、私たちはヤジに慣れてるけどさ。ロンは今日が初めてだったから……なんだ、アガっちまったんだよ。かなり。」
「それで、『ささやかな』トラブルが頻発し始めてさ。パスの練習で相手の顔面にぶつけたり、クアッフルを取り損ねて箒から落ちそうになったり、自分からブラッジャーに当たりに行ったり……いや、いつもならそんなことないんだよ? 偶々。今日は偶々そうなっちゃったんだ。」
「結局、最後にはアンジェリーナがキレちまってな。あいつもほら、キャプテンの重責で『不安定』になってるだろ? というかまあ、ちょっとばかし『異常』になってるわけだ。だから……その、結構キツめに怒鳴られちまったんだよ。」
なるほどな。非常に分かり易い説明が終わると、場には痛々しい沈黙が舞い降りた。……誰か何とか言ってくれよ。さすがの私も今は皮肉を言えないぞ。
項垂れるロンを横目に五人で牽制し合った結果、結局一番大人なハーマイオニーが口を開く。……私はまだ十五歳だから仕方がないのだ。十六歳のハーマイオニーが一番お姉さんなのだ。
「えーっと、ロン? 夕食に行きましょうよ。食べた後もまた練習があるんでしょ? きちんと食べておかないと動けなくなっちゃうわ。」
「僕は来なくていいってさ。……『遅れ』を取り戻したいんだって。」
「あー……そうなの。でもほら、それはアンジェリーナなりの喝なんじゃないかしら? それでも来るような根性を見せろってことでしょ? ね?」
ハーマイオニーは最後の部分をハリーと魔理沙に向かって問いかけるが、二人は強張った顔で肯定だか否定だか分からん首の振り方を返してきた。どうやらジョンソンは結構本気のトーンでロンに『宣告』したようだ。
それを見て物凄く困った顔をしたハーマイオニーは、援護を寄越さないその場の全員に抗議のジト目を送った後で、強引な纏めをロンに向かって投げかける。
「とにかく、夕食よ。そうしましょう。……ほら、行くのよ!」
「うん……。」
哀れな。殆ど引き摺られるようにハーマイオニーに手を引かれて行くロンの背を追いながら、同じくその背に続くハリーへとこっそり話しかけた。
「練習のヤジでああなら、本番は絶対に酷いことになると思うんだが……どうなんだい? その辺。」
「祈るしかないよ。……でも、一応今から慰める方法を考えておいた方がいいかも。そうすれば当日に悩まなくて済むでしょ?」
「……なるほど。」
既に諦めてる感じのハリーに虚しい返事を返して、大きなため息を吐きながら談話室の扉を抜ける。……よし、初戦の日は雨になることを祈っておこう。そうすれば少なくとも観戦には行かなくて済むわけだし。
物凄く後ろ向きな願いを胸に秘めつつも、アンネリーゼ・バートリは大広間へと歩き出すのだった。