Game of Vampire 作:のみみず@白月
「
机の上のハツカネズミを消失させながら聞いてくるハリーに、アンネリーゼ・バートリは無言で首を横に振っていた。尻尾しか消えてないせいで、哀れなネズミがバランス感覚を失っちゃってるぞ。
本日最後の変身術の授業中。他の生徒たちが熱心に小動物への消失呪文を練習する中、ハリーだけはそれどころではないといったご様子だ。リドルとの繋がりを断ち切るべく、彼は今閉心術に対して並々ならぬ努力を向けているのである。
つまるところ、ハリーにリドルとの繋がりに関してを説明したわけだ。あのハロウィンの集団脱獄の後、パチュリーと話し合ってハリーに伝えることを決めた。ある程度閉心術が形になってきた今なら、むしろ知っておいた方が対策に繋がるという判断である。
妙な気を起こさせないためにもハリーが分霊箱である部分は省いてあるが、リドルと『何らかの理由で』魔法的な繋がりがあること、それを通した開心術を防ぐために閉心術を練習していたことなどを伝え終えたのだ。
……最初に繋がりのことを話した時はむしろ歓迎的ですらあった。嬉しいか薄気味悪いかはさて置き、リドルに対して一種の『スパイ行為』が出来ると思ったらしい。自分が役に立てるかもしれないことを喜んでいたくらいだ。
しかし、詳細を話すにつれてハリーの意見は変わっていったのである。一方通行ではなく相互通行。こちらの情報がリドルに伝わる可能性があるという事実は、彼にとっては充分すぎる脅威に感じられたのだろう。一時は『僕が居ることで危険になるなら、閉心術を使えるようになるまでホグワーツを離れる』とまで口にしていたほどだ。
そこからは一緒に話を聞いていたハーマイオニー、ロン、私での必死の説得が始まった。ハリーの持っている情報だけでホグワーツが危険に陥るということは有り得ないこと、現状リドルに気付かれている様子は無いのでまだ猶予はあること、既にあと少し訓練すれば十分に侵入を防げる段階まで進んでいること。小一時間に及ぶ説得の甲斐あり、ハリーは渋々ながらも考えを翻したのだ。
そして、今現在はこれまで以上に熱心に訓練へと取り組んでいるわけだが……うーむ、ちょっと頑張りすぎだな。目の下には濃い隈が出来てしまっているし、心なしか顔も白い気がする。睡眠不足か、気疲れか。何にせよ少し休ませるべきだろう。
私の無言の否定を見て、ハリーは小声で文句を放ってきた。ちなみにハーマイオニーとロンは私に大賛成のようで、ネズミに向かって杖を振りながら援護の目線を送ってきている。……どうせなら言葉で援護してくれよ。
「どうしてさ? 毎日やるべきだって言ったのはリーゼじゃないか。一刻も早く習得しないと、情報がヴォルデモートに渡っちゃうんだよ?」
「偉大なる闇の帝王閣下はネズミの消し方をもう知ってるだろうし、双子が新しい悪戯グッズを開発したことにも興味がないはずだ。もし興味があるなら双子に頼んで試供品でも送ってやるさ。……つまりだね、現状ではそこまで心配することじゃないんだよ。焦りすぎだぞ、ハリー。」
「そうだけど……でも、どんな情報が向こうの助けになるかは分からないじゃないか。なら、急ぐべきだよ。もっと開心術の感覚を身体に覚えさせて、反射的に防げるようにならなくちゃ。」
「ああ、夏休みに練習を嫌がっていたキミが懐かしいよ。……大体、クィディッチの練習はどうするつもりなんだい? 試合は今週末だろうに。」
説得の『切り札』を出してやると、ハリーは勢いを失くして黙り込んでしまった。シーカーとしての責任と、リドルの脅威の狭間で揺れているようだ。……なんかそう考えると大したことないように思えてくるな。少なくとも彼にとっては、トカゲ男とクィディッチは同レベルの問題らしい。
「リーゼの言う通りだ、ハリー。……早めにスニッチを捕ってくれないと負けちゃうぞ。キーパーは僕なんだから。」
「それ以前に、練習をサボったらアンジェリーナに殺されかねないわよ。一昨日の練習に罰則で来られなかった双子の末路を見たでしょう? 危うく中央階段の四階から突き落とされるとこだったのよ? ……厳密に言えば、三階までは落ちたわけだしね。偶然フリットウィック先生が通りかからなきゃ、今頃あの二人は医務室だわ。」
ロンとハーマイオニーの援護を受けて、ハリーの心の天秤はクィディッチの練習へと傾いたらしい。渋々ながらも頷いている。彼も精神が不安定になっているジョンソンに追いかけ回されるのは避けたいようだ。
「エバネスコ。……ともかく、キミはもう技術的にはほぼ問題ないところまで来てるんだ。覗き趣味の『なんとか卿』が如何な開心術の使い手だとしても、細い繋がり越しのそれを防ぐってのはそう難しいことじゃないからね。……だから、後は開心術に対して反射的に対応出来るかどうかさ。要するに慣れだよ。その場合必要なのは日常的な心構えであって、短期的な集中訓練じゃない。」
手慰みに目の前の実験動物を完全に消し去ってから言ってやると、ハリーは曖昧に頷きながら呪文の練習へと戻った。……まあ、こっちの件に関しては正直そこまで心配しちゃいない。ハリーに渡す情報は制限しているし、何より今のホグワーツにはパチュリーが居るのだ。リドルに何か出来るとは思えん。
それよりも問題なのは、分霊箱としてのハリーをどう『破壊』するかの方だ。当然ながらハリーを殺すことなど承諾しかねる。というかそもそも、ハリーが死ねばリドルを殺す手段が無くなる。個人的にもゲーム的にも、ハリーごと分霊箱を破壊するというのは有り得ない選択肢だろう。
である以上、何らかの方法でハリーの魂にくっ付いているリドルの魂の破片だけを破壊する必要があるわけだが……残念ながら、その辺は私にはさっぱりだ。何とも情けないことに、この問題に関してはパチュリー、アリス、ダンブルドアに任せる他あるまい。今度進捗を確認してみるか。
「……さて、今日はここまで! まだネズミが少しでも『残っている』者は、次回までに小動物への消失呪文を練習してくるように。フクロウ試験には無生物ではなく、生物が出てきますからね! ……それと、消失呪文に関してのレポートを四十センチ提出してもらいます。筆記の対策も怠らないように!」
マクゴナガルの無慈悲な宣告を聞きながら、私も他の生徒たちと同様にため息を吐くのだった。そっちはまだいいじゃないか。私たちの『宿題』はフクロウ試験どころじゃないんだぞ。
───
そして大広間。いつものように肉だらけの夕食を取る私の周囲には、四人の唸り声が響いていた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、そして魔理沙の唸り声だ。なんとも気が滅入る四重奏ではないか。
ハリーは閉心術、ロンはクィディッチ、ハーマイオニーは防衛術クラブ、魔理沙はパチュリーの宿題。少年少女たちはそれぞれに『難題』を抱えているわけだ。咲夜も場の雰囲気に引きずられているのか、ちょっと大人しくなっちゃっている。
ハリーを除けば一番順調なのはハーマイオニーだろう。先日の監督生集会で防衛術クラブに関して提案したところ、全寮一致の賛成をもらえたようだ。……意外だったのは、スリザリンもさほど躊躇わずに賛成したという点だな。パチュリーの授業は私の想像以上に学生たちの危機感を煽っていたわけか。
細かい形式もある地点まではサクサク決まったらしい。基本的には毎週末に大広間で行われて、上級生が下級生を指導するような感じになるそうだ。上級生は教え合ったり下級生に教えることで復習をして、下級生もまた教わったり教え合うことで防衛術への理解を深める、というわけである。
現状の参加希望者の割合を鑑みて、一から三年生が六人、四から七年生が六人の十二人一グループでお互いに協力して教え合う……とまあ、この段階までは簡単に決まったわけだ。
だが、問題はここからだった。ハーマイオニー率いるグリフィンドール、ハッフルパフの監督生連合は友好を深めるための『全寮ランダム方式』を掲げ、レイブンクロー、スリザリンの監督生たちはあくまで『各寮での』ランダム方式に留めるべきだと主張したのである。
そこからは喧々囂々の泥沼議論だ。友好とホグワーツそのものの結束を重視する前者と、学習の効率と各寮内の結束を重視すべきだと言う後者。結局その日の集会では決着が付くことはなく、今週末にある集会へと持ち越されてしまったらしい。
お陰でハーマイオニーは『ディベート』のための原稿作りに夢中になっている。屋敷しもべ妖精へのトラップの製作を停止してまでも、というあたりが彼女の覚悟を物語っているな。
「ねえ、魔理沙? 食べないと死ぬわよ? 貴女、昼食もまともに食べてなかったじゃないの。」
「んー……食べるぜ。でも、ちょっと待ってくれ。もう少しで切りの良いところなんだ。」
「それ、さっきも言ってたわよ。昼も、朝も言ってたし、なんなら昨日だって言ってたわ。『ちょっと』って何日間のことなのよ?」
咲夜の若干心配そうな呆れ声に思考から復帰してみれば、皿に盛った料理が全然減ってない魔理沙の姿が見えてきた。……それでもハーマイオニーが『一番順調』と言える理由はこれだ。魔理沙は咲夜風に言うと、『パチュリー様になっちゃった』のである。
つまり、最近の魔理沙はあらゆる時間を削って本を読んでいるわけだ。それこそ気でも狂ったかのようなレベルで。寝食を削って同じ本を繰り返し、繰り返し読んでいたかと思えば、いきなり羊皮紙に謎の記号を書きまくったり……本当にパチュリーが乗り移ってるんじゃないよな? 行動があの魔女そっくりだぞ。
パチュリーは『簡単』な宿題を出したとか言ってたが、どう見たって『簡単』という様子じゃない。……まあ、宿題とやらを完遂出来るかはともかくとして、そこまで心配するようなことでもないか。この感じのパチュリーやアリスは何度も見たことがある。魔理沙もまた、魔女としての登竜門をくぐろうとしているのだろう。
とはいえ、やっぱり咲夜としては友人の奇行が心配なようで、かなり強引な手段で食事を摂らせ始めた。
「ほら、食べさせてあげるから。あーんして。あーん。」
「ん。」
咲夜がミネストローネをスプーンで掬って差し出すと、上の空の魔理沙は抵抗なくそれを受け入れる。普段なら絶対に嫌がるだろうに……ちょっと面白いな。今度アリスが同じ状態になったらやってみよう。
甲斐甲斐しく食事を与える咲夜の姿をニヤニヤしながら眺めていると、今度は食事をかっこんでいたロンが立ち上がって口を開いた。
「それじゃあ、練習に行ってくるよ。」
「ちょっと待って、僕も……よし、行こう。」
声を聞いて慌てて食事を済ませたハリーと共に、ロンはトボトボとクィディッチ競技場へと歩いて行く。……あっちはやっぱり順調とは言えないな。
このところのロンは明らかに練習を嫌がっている……というか、怖れている。自身の失敗が怖いのか、それともジョンソンの罵声が怖いのか、近付く試合が怖いのか、はたまたスリザリン生のヤジが怖いのか。確たる詳細は不明だが、唯一分かるのは彼がハリーや魔理沙ほど才能に溢れてはいないということだ。
数回練習を見に行った感想としては……まあ、普通だった。別に悪いわけではなく、良いわけでもなく、普通なのだ。そしてそれはハリーや魔理沙などのクィディッチに詳しい人間からしても同感らしい。
問題なのは、対抗試合のあった四年生を抜いたこれまでの三年間、新しく入ってきたのがハリーと魔理沙だけだということである。常勝のシーカーであるハリーは言わずもがなだし、魔理沙にしたってかなりの才能を持ったプレーヤーだ。たまにしか見ない素人にもそう思えるのだから、毎日一緒に練習しているチームメイトは言わずもがなだろう。
そんな中、チームを引っ張っていたキャプテンと同じポジションに入ってきた『普通』のプレーヤー。そりゃあ多少は見劣りするだろうさ。……こればっかりはロンの責任ではないし、チームメイトが悪いとも言い切れまい。
強いて言えば、これまで少数精鋭を貫いてきたグリフィンドールチームの伝統の所為だろう。……今年がこれなら、来年なんてどうするつもりなんだろうか? チェイサーとビーターから四人も抜けるんだぞ。魔理沙の分を引いても三人が新メンバーってことか?
まさに悪夢だな。どうやら来年の優勝杯は他寮の手に渡りそうだ。……いやまあ、今年もそうなるかもしれんが。ため息を零しながらステーキを片付けたところで、熱心に何かをメモしていたハーマイオニーが話しかけてきた。
「ねぇ、リーゼ? やっぱり毎週ランダムにグループを決めるんじゃなくって、月毎にするのはどうかしら? そしたら週末以外にも会話が生まれると思わない? ほら、来週は何をやるかとか、先週の習った呪文のコツを聞いたりとか。」
「その方が良いと思うよ。見ず知らずのヤツと組まされても会話にならないだろうしね。ある程度打ち解ける時間も必要だろうさ。」
「そうよね。となると、難しそうな子は監督生が担当した方がいいかしら。後は知り合いで面倒見の良さそうな人にも声をかけて……リーゼも手伝ってくれない?」
「おいおい、ハーマイオニー。私は参加しないぞ?」
まさか参加すると思ってたのか? キョトンとした顔で返事を返すと、ハーマイオニーは驚愕の表情で疑問を放ってくる。
「へ? ……ど、どうして? 私、てっきりリーゼも参加するもんだと思ってたわ。」
「あのね、私が参加したらスリザリンの連中が参加出来なくなるだろう? そういう『怪しい』連中の帰属意識を強めるのが目的なんだったら、警戒されてる私が参加するわけにはいかないだろうに。」
「それは、でも……そうね。その通りだわ。貴女が『見張って』たら防衛術の練習どころじゃないわね。」
その通り。悪い吸血鬼はお呼びじゃないのだ。呆然と呟いたハーマイオニーは、やがて机にべったりと倒れ込んでしまった。危ないな、髪に料理がくっ付いちゃうぞ。
「参ったわ。いざトラブルがあれば貴女にどうにかしてもらおうと思ってたの。……甘えね。無意識に頼ってたみたい。」
「んふふ、甘えてくれるのは嬉しいんだけどね。今回ばかりはそっちで頑張りたまえ。……なぁに、いざとなったら監督するマクゴナガルやフリットウィックが黙ってないさ。あの二人なら上手いこと調整してくれるはずだ。もっと伸び伸びやってみなよ、ハーマイオニー。」
「うー……分かったわ。」
ふわふわの栗毛を撫でながら言ってやると、ハーマイオニーは少しだけ唸った後に顔を上げて頷いてくる。随分と大人になったと思ったんだが、ちょっとは子供っぽい部分も残ってるらしい。微妙なお年頃ってやつだな。
しかしまあ、今年は各々やることが盛りだくさんのようだ。例年とは真逆だな。疑わしい人間も居ないし、校内では大きな事件も起こっていない今、むしろ私こそがヒマになってしまった。授業の宿題とかも一切無くなったのがそれに拍車をかけているぞ。
ま、たまにはこういう年があってもいいだろう。安全なホグワーツでゆったり過ごすのも悪くないさ。というか、これこそが本来在るべき姿なのだ。トラブル満載の四年生までがおかしかったんだぞ。
ちょっと楽しそうな表情で魔理沙に食事を運ぶ咲夜を見ながら、アンネリーゼ・バートリはもう一つステーキを皿に盛るのだった。