Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ニンジンはどこへ消えた?

 

 

「ふぅん? 我らが監査員どのはようやく仕事をする気になったようだね。」

 

昼休みの玄関ホールに貼り出されている『魔法教育なんちゃら委員会』からのお知らせを見ながら、アンネリーゼ・バートリは至極どうでも良い感じに呟いていた。どうやら長きに渡る設備調査は終わり、来年度の授業からようやく監査が始まるようだ。……今や巻き返しの目は無いだろうに。なんともご苦労なことではないか。

 

十二月も半ばに入った今、イギリス魔法界の勢力図はかなり奇妙なものに変わってきている。アズカバンからの集団脱獄で魔法省は叩かれているが、同時にリドルの復活を否定する連中は消え去りつつあるのだ。正に怪我の功名だな。物事には二つの側面があるわけか。

 

聞くところによれば、予言者新聞社ではこれを好機として一種の『政変』が起こったらしい。これまで復活を肯定していた夕刊の編集長が、日刊の編集長の座に収まったのである。要するに主流派が入れ替わったわけだ。……絶対にレミリアあたりが裏から何かしたな。単なる社内闘争にしては交代劇が鮮やかすぎたぞ。

 

そして、結果としていよいよ窮地に立たされたのがウィゼンガモットの老人どもだ。自らの管轄故にアズカバンの一件を大っぴらに叩くことが出来ず、逆に魔法大臣からは管理責任を毎日のように追及され、ダメ押しに『盟友』だった予言者新聞の改革。評議員の上層部がそっくり入れ替わるのも時間の問題だな。

 

そんな中、沈み行く船に取り残されたアンブリッジは弱々しい抵抗に打って出たらしい。今更ホグワーツの粗探しをしたところで何かが起きるとも思えんが、かといって他に何も出来ることがないのだろう。

 

役職に実行力は無く、後ろ盾は崩壊寸前。にっちもさっちも行かないわけだ。……ここまでくるとさすがに哀れに思えてくるな。先頭に立ってレミリアを批判していた以上、もはや『仲直り』するわけにもいかないだろうし。

 

袋小路に追い詰められたガマガエルに哀れみの思念を送っていると、ハーマイオニーもまたどうでも良さそうな感じで私を急かしてきた。

 

「今更すぎるわね。もう行きましょうよ、大した意味は無いでしょ。……っていうか、今までは何をしてたのかしら? 『設備調査』してるところなんか見たことないわよ?」

 

「一部のスリザリン生の『相談』に乗ってたみたいだね。まあ、それを私に掴まれてる時点でもう三流だが。」

 

「何にせよ、早く居なくなって欲しいわ。あの人、防衛術クラブにも来るのよね。練習中の生徒に質問をしたりとか、無用な『指導』をしたりとか……とにかく邪魔なの。」

 

「その後、怒れるマクゴナガルに追い出されたんだろう? 双子が『叙事詩』にして詠ってたよ。秩序の守護神、悪しき魔蛙を討伐せり、ってね。」

 

バカバカしいことをやらせれば天下一だな、あいつらは。半笑いで色とりどりの昼食が並ぶグリフィンドールのテーブルへと向かう私に、ハーマイオニーが清々したと言わんばかりの頷きを返してくる。防衛術クラブの進行にピリつく彼女にとっては許せない事件だったようだ。

 

「ええ、本当に助かったわ。アドバイスするフリをして、ネガティブなことを囁きかけるんだもの。」

 

「ネガティブなこと?」

 

「生徒に課外活動を強いるような授業は改善すべきだとか、ノーレッジ先生は教師に相応しくないだとか、そういう……あー、『正論』をね。防衛術クラブなんかを開く前に、世間に授業の酷さを知らしめるべきだって言うの。」

 

「大いに正しいじゃないか。反論する余地はゼロだね。」

 

こういうのを『ぐうの音もでない正論』って言うんだろうな。かなり呆れた表情で言う私に、ハーマイオニーは席に着いて取り皿を掴みながら同意してきた。

 

「まあ、そうね。正しいわ。……でも、ノーレッジ先生はホグワーツの防衛のためには必要な方なんでしょう?」

 

「その通り。でなきゃとっくに追い出されてるよ。ダンブルドアや教師たち、それに私やレミィが紫しめじに期待してるのはその一点なんだ。そしてその一点に関しては、パチェ以上の人材はこの世に居ないのさ。」

 

「なら、アンブリッジに好き勝手させるわけにはいかないわ。……参ったわね。正論を潰そうとするだなんて、悪役のやることじゃないの。」

 

「んふふ、これぞ必要悪ってやつだね。『より大きな善のために』なるのであれば、小さな悪は肯定されるべきなんだよ。また一つ大人になれたじゃないか、ハーマイオニー。」

 

世には為すべき悪というものがあるんだぞ。私はそれをよく知っているのだ。クスクス笑って言ってやると、ハーマイオニーは口をモニョモニョさせながら曖昧な首肯を寄越してくる。

 

「ん……そうね。ゲラート・グリンデルバルドはある意味で正しい格言を残したわ。ある意味ではね。」

 

「そういうことさ。……ただまあ、概ね順調ではあるんだろう? 防衛術クラブは。」

 

十二月に入ってから既に四回開催されているが、予想されていたほどのトラブルもなく、防衛術クラブは結構上手いこといっているらしい。少なくともグリフィンドールとハッフルパフ、そしてレイブンクローではかなり好意的に受け止められているようだ。

 

間違いなく脱獄事件の影響もあるのだろう。ハーマイオニー以外の賢い生徒たちも徐々に気付き始めたわけだ。『今のイギリスは仲違いをしていられるような状況ではない』と。

 

野菜を除けてポトフを掬う私に、ハーマイオニーは勝手にニンジンやら何やらを追加しながら答えてきた。……ジャガイモと玉ねぎは構わんが、ニンジンだけは絶対に食わんぞ。絶対にだ。

 

「野菜も食べないとダメよ、リーゼ。これには大切な栄養が詰まってるの。……そうね、思ってたよりはずっと順調だわ。スリザリンの一部が参加してくれないのだけが気がかりね。」

 

「そればっかりは仕方がないだろうさ。これからだって何度も開催されるんだ。徐々に増えるのを祈るしかないよ。」

 

「うん、そうなんだけど……まあ、もう少し慣れてきたら何か考えるわ。後はノーレッジ先生の授業が『改善』されちゃわないかだけが問題ね。そしたらクラブを開催する必要が無くなっちゃうもの。」

 

「安心したまえ。それだけは絶対に、絶対にないから。」

 

私が力強く百パーセントの断言をしたところで、いきなり私たちの向かいにハリーとロンが座り込んだ。……ふむ? どうやら午前の占い学は楽しい授業とはいかなかったらしい。二人は明らかに沈んだ表情を浮かべている。

 

「やあ、二人とも。どうしたんだい? また死の予言でも食らったのか? 先週は出血死だったから……今週は圧死とか? 落下はこの前出ちゃったしね。」

 

「そんなんじゃ今更落ち込まないよ。……宿題が出たんだ。かなり面倒くさくて、完璧に意味不明なやつがね。クリスマス休暇の間、毎朝タロットで占いをしてその内容と結果を記録しろってさ。」

 

うんざりしたように言うハリーに続いて、ロンも渋い顔でサンドイッチを掴み取りながら説明してきた。

 

「トレローニーは休暇って単語の意味を分かってないんだ。休暇ってのは、つまり宿題をせずに休むってことだろ? 余計なことしてくれるぜ。」

 

「でもね、ロン。他の授業でもどんどん出てくると思うわよ。そしてそれは至極真っ当なことなの。だって今年は──」

 

「フクロウ試験の年だから、だろ? もう分かってるよ。百回は聞いたさ。……悪夢だよ。何でこの世には試験なんてものがあるんだ?」

 

「個々の能力を測定するためよ。それを鑑みて進路を決めるの。」

 

律儀に説明したハーマイオニーにジト目を送った後、ロンは何も言わずにやけ食いを始めてしまう。いっそ占い学など捨ててしまえばいいだろうに。あんなもん絶対に役には立たんぞ。

 

しかしまあ、ロンもかなり調子を取り戻してきたな。次の試合までは日があるからかもしれんが、徐々に練習に慣れてきたってのもあるのだろう。慰めの言葉が尽きないうちに回復してくれて何よりだ。

 

三つ目のサンドイッチを手に取るロンを見ながら考えていると、私の隣に咲夜が、ロンの隣に魔理沙がそれぞれ座り込んできた。三年生組も午前の授業が終わったらしい。

 

「疲れたぜ。……飼育学だったんだけど、何でかユニコーンが纏わり付いてきたんだ。鬱陶しいくらいにな。」

 

ユニコーンが? 苛々と言う魔理沙の声にその場の全員が疑問符を浮かべていると、隣の咲夜が首を傾げながら追加の説明を放ってくる。

 

「グラブリー=プランク先生もビックリしてました。十頭くらい用意してくださったんですけど、全部魔理沙の方に行っちゃうせいで授業にならなかったんです。」

 

「嫌になるぜ、あのバカ馬どもめ。あいつら、自分の額に角があるってことを全然理解しちゃいないぞ。アホみたいに頭を擦り付けてくるから、ローブに角が引っかかってボロボロになっちまった。」

 

情景を想像するに物凄くメルヘンなんだが……まあ、現実なんてそんなもんか。あらゆる場所が解れたローブを見るに、そう楽しい経験でもなかったようだ。

 

「不思議ね。どちらかといえば魔女を好むっていうのは有名な話だけど……マリサにだけ? 良い匂いでもしたのかしら?」

 

「あるいは、好みの魔力だったのかもね。ユニコーンの角は魔力を感知する器官なんだろう? ひょっとしたら頭じゃなくて、単に角を擦り付けてたのかもしれないぞ。」

 

私とハーマイオニーの言葉を聞いた魔理沙は、鼻を鳴らしてから荒々しく食事を盛り付け始めた。どっちにしろ迷惑だったらしい。そりゃそうか。

 

「ふん、どうでも良いぜ。何にせよ私はあの馬のことが嫌いになった。……そういえば、みんなはクリスマス休暇はどうすんだ? 私はホグワーツに残るけど。」

 

「僕も当然残るよ。シリウスも忙しいみたいだし、プリベット通りに帰るなんて有り得ないでしょ? マルフォイとクリスマスを祝うダンスをする方がまだマシだよ。」

 

「私は帰ることになったわ。今年はパパとママがスイスに連れて行ってくれるみたいなの。良い感じのバンガローを予約出来たんですって。……寒くないといいんだけど。」

 

「僕とジニー、それに兄貴たちはホグワーツに残る予定だ。ママが校長代理の居るホグワーツの方が安全だから、今年は帰ってくるなってさ。ジニーのやつ、ビルとチャーリーに会えなくなって悲しんでたよ。」

 

ハリー、ハーマイオニー、ロンが計画を発表したのに続いて、私もニンジンをより分けながら口を開く。味も、食感も、色も嫌いなのだ。だから食べない。死んでも御免だ。

 

「私と咲夜も帰るよ。パチェが残る以上、ホグワーツの防衛は問題ないだろうしね。それに、帰らないとレミィが煩いんだ。『咲夜欠乏症』で乗り込んで来かねんぞ。」

 

「今年のクリスマスパーティーはパチュリー様抜きですか……残念です。なんか毎年揃わないですね。」

 

あー、そういえばそうだな。二年生の時は私とアリスが不在で、三年生の時はパーティーの前に私がホグワーツに戻ってしまった。去年はホグワーツでダンスパーティーに参加してたし、今年はパチュリーが城に残る。クリスマスに全員揃ったのは一年生の時が最後になるわけだ。

 

私としてはさほど気にならないが、咲夜が残念そうにするのはいただけない。来年こそは全員揃えてみるかと考え始めた私を他所に、魔理沙が魚のフライにフォークを突き立てながら提案を放った。

 

「それじゃあさ、三人でホグズミードに行ってみないか? ハロウィンの時は結局中止になっちまったし、行ってみたいんだよ、私。」

 

「いいね、行こうよ。何だかんだで結局僕も行けてないんだ。……ロンは行ったことあったよね? 案内してよ。」

 

「もちろんさ。三本の箒とか、ゾンコのいたずら専門店とか、叫びの館とか……うん、色々回ってみようぜ。」

 

ま、ホグズミードくらいの距離なら問題あるまい。後でパチュリーに話を通しておくか。途端に元気いっぱいで相談し始めた三人を、私とハーマイオニーは微笑ましげに見ているが……おお、ジェラシー咲夜だ。きっと初めてのホグズミードは魔理沙と一緒に行きたかったのだろう。ちょびっとだけ羨ましそうに三人を見ている。

 

「……咲夜も残って一緒に行くかい? なんならレミィには私から言っておくよ。」

 

煩く反対してきたらフランに『説得』を頼めば何とかなるはずだ。こっそり囁きかけてみると、咲夜は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら首を横に振ってきた。

 

「いえ、紅魔館にはきちんと帰りたいんです。それは本音なんですけど、ただ、その……いえ、やっぱり何でもありません。」

 

「んふふ、そうかい? ……まあ、ホグズミード行きの日はまたあるさ。その時一緒に行きたまえよ。」

 

「……そうします。」

 

うーん、お年頃だな。むず痒いような、微笑ましいような、見てる分には楽しい反応を堪能した後、ちょっと明るい顔になったハリーに向かって注意を投げかける。

 

「ハリー、楽しむのは結構だが、クリスマス休暇中も寝る前の鍛錬は欠かさないように。心を空っぽにして、平静を保つんだ。いざ波が起きた時に気付けるようにね。」

 

「うん、分かってる。……けどさ、これってテストすることは出来ないの? ほら、寝てる僕にリーゼが開心術をかけてみるとか。」

 

「そればっかりはどうにもならないよ。私だと目を見ないと術をかけられないからね。……なぁに、大丈夫さ。少なくとも今のキミなら侵入に気付かずグースカ寝てるってことは有り得ないはずだ。」

 

「そう願うよ。……本当に。」

 

ハリーはちょっと不安そうだが……まあ、問題なかろう。技量的にはもう充分実用レベルに到達しているのだ。ハロウィンの時はリドルとの繋がりのことを知らなかったから疑問にも思わなかっただろうが、今のハリーなら夢の中で違和感に気付けるはず。そして気付けたなら、そう易々と侵入されることはあるまい。

 

しかし……ハリー、ロン、ハーマイオニーはそれぞれの問題に一段落を付けたわけだが、魔理沙はどうなのだろうか? このところは『パチュリー化』も鳴りを潜めているものの、目の下の隈は相変わらず残っているぞ。

 

ただし、落ち込んでいる感じはゼロだ。むしろハイになっている雰囲気すらある。……うーむ、今度パチュリーに会った時にでもそれとなく聞いてみるか。引き合わせちゃったのは私だし、一応あの世間知らずがやり過ぎないかを監視せねばなるまい。

 

脳内の『やることリスト』に新たな項目を記入しつつ、アンネリーゼ・バートリは残ったニンジンに向かってこっそり消失呪文を放つのだった。エバネスコ(消えよ)っと。

 


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