Game of Vampire   作:のみみず@白月

223 / 566
嵐が去って

 

 

「いやはや、実に愉快な状況じゃないか。」

 

出発直前のホグワーツ特急の中で、アンネリーゼ・バートリは大きなため息を零していた。目の前の日刊に『統一』された予言者新聞の一面には、『魔法省、巨人への警戒を呼びかける!』との文字がデカデカと踊っている。

 

波乱のクリスマス休暇も終わり、列車に揺られてホグワーツへと戻る日が訪れたのだ。……クリスマスパーティーまでは良かったんだがな。年末からは私、美鈴、レミリア、アリスが全然紅魔館に居なかった所為で、隣に座る咲夜はちょっと寂しそうな表情を浮かべている。彼女にとっては不完全燃焼の休暇になってしまったらしい。

 

つまりはまあ、予言者新聞の文言を見て分かるように、結局イギリス魔法省はリドルの『輸送』を完全に防ぐ事は出来なかったわけだ。主な理由は二つ。一つは単純に船の数が多すぎたことである。

 

海沿いの各国、ソヴィエト海軍、そしてイギリス魔法省。それぞれが連携を取り、個々の勢力は皮肉屋の私から見ても見事な働きをしたのだが……この辺は受け手の苦労だな。それでもなお足りなかったのだ。

 

戦後処理の段階で明らかになったことだが、リドルは大多数の船を端から『捨て駒』として扱うつもりだったらしい。イギリス各所のマグルの町に近い港へと、次々と少数の巨人を載せた大型船を突っ込ませることで、こちらの処理能力を削ぎにかかったようだ。

 

レミリアもボーンズもその段階で陽動であることには勘付いていたのかもしれないが、それでもマグルが背中に居る以上、忌々しいデカブツどもを無視するわけにはいかない。結果として、人里離れた場所に上陸した『本命』のいくらかを取り逃がしてしまうことになったのである。

 

とはいえ、マグル側の人的被害は殆ど無く、大多数の『本命』も水際で食い止められたのだ。何よりソヴィエトの介入はリドルにとっても予想外の出来事だったようで、かなり多くの巨人や亡者、死喰い人たちが為す術なく海中へと沈んでいったらしい。

 

まあ、ここまではある程度予測出来ていた。失った戦力を単純に比較してみれば、大勝利であるとすら言えるだろう。問題なのはもう一つの理由の方である。……我々が完全に警戒していなかったルート、海底トンネルを使われたのだ。なんだよ英仏海峡トンネルって。初めて知ったぞ、そんなもん!

 

フランスのカレーと、イギリスのフォークストンを繋ぐ海底トンネル。マグル界でも僅か一年前から使われているらしいそのトンネルを使って、リドルは秘密裏に戦力を送り込んできたわけだ。……マグルも余計なものを作ってくれるじゃないか。何がユーロスターだよ。

 

それを魔法省の誰もが見落としていた。間抜けなことに、事態が判明したのはマグルの首相からの連絡があったからだそうだ。フォークストン駅が滅茶苦茶に壊されて、訳の分からない『そちらの』生物が暴れ回っている、と。

 

その時の指揮所の混乱っぷりといったら、伝え聞くだけでゾッとするほどのものだったらしい。慌てて部隊が急行した時にはもう遅く、マグルを襲う亡者、駅を壊す巨人、そして空に浮かび上がる闇の印。調子に乗ったバカが少数残るだけで、大多数は既に姿を消してしまっていたのである。

 

そこからは地獄だ。リドルの兵隊どもの足取りを追いつつ、フォークストン駅や各地の港の修復、膨大な量の記憶処理、マグル界の報道とのすり合わせ。世界各国の魔法省に平身低頭で忘却術師を借りまくり、魔法省職員総出で『後始末』を行う羽目になったらしい。

 

いやぁ、本当に愉快な状況じゃないか。これでイギリスは晴れて大量の吸魂鬼と巨人、亡者なんかが隠れ潜んでいるという愉快な国に生まれ変わることが出来たわけだ。レミリアも睡眠時間が削られて喜んでいるだろう。……後はまあ、年明け早々騒動に巻き込まれたマグルの首相もだな。

 

しかし、マグルへの理解不足か。ゲラートの言っていた言葉の意味を痛感する出来事だった。……海の下にトンネルだと? 一体全体何をどうすればそんな発想に至るんだ? 私だったら絶対に通りたくないぞ。

 

鼻を鳴らして予言者新聞を座席に放り投げた私へと、向かいに座るルーナが話しかけてくる。行きの列車でも一緒だった彼女は、先程私たちを見つけて合流してきたのだ。

 

「ン、私はあんまり愉快じゃないと思うな。巨人は本当は凄く賢い生き物なんだよ。バカなフリをして魔法族を油断させてるんだ。……もしかしたら今度こそイギリスを征服するつもりなのかも。例のあの人も利用されてるんだよ、きっと。」

 

「どうかな。あの連中が足し算を出来るようになるまでに後千年はかかると思うけどね。トロールといい勝負だよ。」

 

「よく聞きますけど、トロールってそんなにおバカなんですか?」

 

「あの生き物に比べれば、妖精メイドですら不世出の天才さ。少なくとも彼女たちは障害物を避けられるが、トロールだとどっちに避けようか迷ってぶつかるからね。」

 

『知能』って単語から最も遠い生き物だぞ、あれは。おまけに自分からぶつかった障害物に怒り狂って攻撃し出すのだから堪らない。岩だろうが木だろうがお構いなしだ。トロール使いがいかに優秀なのかがよく分かる逸話ではないか。……バカにしてて悪かったな、クィレル。

 

咲夜の疑問に私が適当な返事を放ったところで、ルーナが読んでいたクィブラーから顔を上げて口を開いた。その顔は興味一色に彩られている。

 

「妖精メイド? それってどんな生き物なの?」

 

「えっと……見た目は小さな女の子で、背中から羽が生えてるの。虫みたいな。それに消滅しても一日くらいで復活しちゃうし、いつの間にか増えたり減ったりしてるし……あれ? 何なんでしょうか、妖精メイドって。」

 

解説の途中で質問者になってしまった咲夜の問いに、肩を竦めて答えを返した。あの生き物の本質を表現するのは難しいが、ある程度解明されている部分もあるのだ。

 

「自然現象の一つだよ。風とか、春とか、土とか、雨とか。そういう『自然』が形を持った存在なのさ。だから死んだりはしないし、そもそも生きてるとも言えないわけだ。」

 

「それって……スッゴイ面白いよ、アンネリーゼ。『妖精メイド』は何処に住んでるの?」

 

「我が家にうじゃうじゃ居るよ。妖力が濃い環境だから居着いちゃってるんだろうさ。どうやってメイドの格好をさせたのかは謎だけどね。……多分、紅茶かクッキーなんかで釣ったんじゃないかな。」

 

「そのこと、パパに話してもいい?」

 

キラキラした瞳のルーナに頷いてやると、彼女は猛然とした勢いでクィブラーの裏表紙に妖精メイドのことを書き始める。喜んでくれたようで何よりだ。それをぼんやり眺めていると、隣の咲夜がこっそり囁きかけてきた。

 

「あの……聞いた私が言うのもなんですけど、良いんですか? 妖精メイドのことをあんなに詳しく話しちゃって。それに、妖力のこととかも。」

 

「別に構いやしないさ。クィブラーに載ったことを信じる魔法使いがどれだけ居ると思う? また一つ新たな都市伝説が増えるだけだよ。」

 

「それは……まあ、そうですね。大丈夫そうです。」

 

魔法界の伝説上の生き物リストに『妖精メイド』の項が追加される日も近いな。納得した咲夜が席に座り直したところで、出発の汽笛と共にコンパートメントのドアが開いて……おや、ハーミーちゃんだ。少し疲れた顔のハーマイオニーが入ってきた。

 

「やっと見つけた。……中央から乗り込んだんだけど、最初に後ろの方を探しちゃったのよね。お陰で引き返す羽目になったわ。」

 

「んふふ、ご愁傷様、ハーマイオニー。」

 

ここは列車の中でもかなり前方に位置するコンパートメントだ。つまり、ハーマイオニーはトランクを抱えて列車を一周半してきたということになる。……年明けからいきなり不運なことだな。

 

疲れた様子のハーマイオニーが私たちと挨拶を交わしながらトランクを荷物棚に上げたところで、列車はゆっくりとホグワーツに向かって動き始めた。

 

「それで、スイスはどうだったんだい?」

 

流れ出す車窓を見ながら何の気なしに質問を飛ばしてみると、ハーマイオニーは嬉しそうに手をパチリと合わせてから口を開く。少なくとも私たちよりはマシな休暇だったらしい。

 

「とっても楽しかったわ。思ってたよりも寒くなかったし、氷河ツアーでは崩れるところも見れたの。こう、ガラガラーって。物凄い迫力だったのよ?」

 

うーむ……身振りで氷河が崩れる光景を説明するハーマイオニーは、なんか幼く見えて可愛いな。よっぽど楽しかったのだろう。そんなに喜ぶならいくらでも私が崩してやるのに。

 

氷河に向かって妖力弾を撃ち込む光景を想像をする私を他所に、咲夜が興味津々で質問を放った。

 

「飛行機はどうだったんですか? 墜落しませんでした?」

 

「サクヤ、何度も言ってるけど、飛行機はそうそう落ちないのよ。凄く安全に設計されてるの。もちろん落ちなかったわ。」

 

「でも、鉄なんでしょう? 絶対におかしいですよ。しかも、何百人も乗ってるのに……変です。異常です。どうやって飛んでるんでしょうか?」

 

「んー……私も詳しいわけじゃないんだけど、揚力が関係してるのよ。いい? 翼の上下の空気の動きが違うから──」

 

ああ、これは長くなるぞ。説明し出したハーマイオニーの得意げな表情を見て、咲夜もしまったという顔をしているが……まあ、賢く育ってくれるのは良いことだ。是非とも飛行機が飛ぶ原理を学んでくれ。そしたら私は知らないで済むし。

 

未だ妖精メイドについてを熟考しているルーナを一瞥した後、アンネリーゼ・バートリは目を瞑ってハーマイオニーの『子守唄』に身を委ねるのだった。

 

 

─────

 

 

「ってことは、完全に失敗ってわけじゃないんだろ? 被害を減らせたってことじゃんか。」

 

禁じられた森の縁に建てられた小屋の中で、霧雨魔理沙は小屋の主人に慰めの言葉を放っていた。比率で言えばささやかなものかもしれんが、戦力で言えば相当削れてるはずだぞ。

 

休暇で家に帰っている生徒たちがホグワーツに戻ってくる今日、それより一足先にホグワーツの森番が帰ってきたのだ。小屋でお茶をしないかという手紙での誘いを受けて、早速ハリーとロンと三人で話を聞きに来たというわけである。

 

そして私たちの訪問を受けたハグリッドは、嬉しそうにこの半年間何をしていたのかを語ってくれた。どうやら彼はヨーロッパの巨人たちの集落を巡り、マクシームと一緒にひたすら『和平交渉』を続けていたらしい。魔法族は巨人と敵対するつもりはない、だからヴォルデモートの陣営に加わらないように、と。

 

北はスウェーデンから南はギリシャまで。最初はマクシームとの『スケールの大きな』旅を楽しそうに語っていたハグリッドだったが、話題がイギリスに上陸した巨人たちのことになると、無念そうに頭を抱え始めてしまったのだ。彼はどうやらイギリスに巨人を上陸させてしまったことに責任を感じているらしい。

 

私の言葉を受けたハグリッドは、なおも無念そうな表情のままで返事を返してくる。

 

「オリンペもそう言っちょった。俺たちは充分な成果を上げたって。……だがなあ、俺たちが思い留まらせたのは精々三個か四個の集落だけだ。こんなんじゃダンブルドア先生やスカーレットさんに顔向け出来ねえ。こんなに時間を掛けたっちゅうのに。」

 

「ハグリッド、感覚がおかしくなってるよ。巨人の集落四個ってことは、十人そこらじゃないんだろ? 僕は充分な成果だと思うけど。」

 

全くもってロンの言う通りだ。巨人がどんな存在なのかには詳しくないが、予言者新聞に載っていた捕らえられた巨人の写真はクソ怖かった。あんなもんを数十頭……じゃなくて数十『人』も引き留めたのであれば、それは充分すぎるほどの成果のはずだぞ。

 

それについてはハリーも同感だったようで、ロンの言葉にこれ幸いと乗っかり始める。

 

「そうだよ、ダンブルドア先生やスカーレットさんだって褒めてくれるよ。……多分ね。」

 

「でも、それだけじゃねえ。俺たちは新年に年越しのディナーを楽しんどった。闇祓いや魔法戦士たちが必死に戦っちょる時に、呑気に飯を食っとったんだ。……本来なら俺らが真っ先に報せを送るべきだったのにな。大間抜けの木偶の坊だ、俺は。」

 

情けなさそうな声色で言うと、ハグリッドはゴミバケツの蓋ほどの両手で顔を覆ってしまった。……まあ、それは確かにあんまり上手いことやったとは言えないな。知らぬことだったとはいえ、件の巨人に近い場所にいたからこそ責任を感じてしまっているのだろう。

 

気まずい沈黙が訪れてしまった小屋の空気を、ロンが無理矢理な感じの話題転換で破る。

 

「あー……でもさ、ホグワーツは大丈夫なのかな? 二ヶ月前に吸魂鬼が裏切って、今度は巨人。ここはマグルの街からもずっと遠くにあるし、襲いやすい場所だろ?」

 

「ん、そいつは心配いらねえ。今のホグワーツにはノーレッジさんが居るからな。」

 

うーむ、またこの反応か。ハグリッドの微塵も疑っていないような断言に、私たち三人はちょっと首を傾げてしまう。……咲夜、リーゼ、レミリア、ダンブルドア、そしてハグリッド。世間や他の生徒たちの不安げな反応とは裏腹に、ノーレッジをよく知る者ほど彼女のことを高く評価しているようだ。

 

そりゃあ私だって凄い魔女だってのは理解出来てるさ。初めてあの魔女の瞳をまじまじと見た時の感覚は今でも思い出せるし、杖なし魔法を軽々と使う姿だって何度も見ているのだ。ただ……そう、確たる実感がないのである。

 

ダンブルドアは一目見ただけで底知れない雰囲気を感じさせた。その穏やかな中にも、ピリピリと伝わってくるような『威』があったのだ。周囲の味方を安心させて、敵を畏れさせるような威が。

 

だけど、ノーレッジは違う。彼女は静かなのだ。揺蕩っているというか、ふわふわしているというか……そんな感じの。『強い』んじゃなくて、どちらかと言えば『深い』感じ。戦士ではなく賢者のそれだ。

 

疑問符を浮かべる私たちのことを見て、ハグリッドは苦笑しながら口を開いた。困ったような、少し面白がるような笑みだ。

 

「そうだな……十五年前、ホグワーツが襲われたのを知っとるか? あのハロウィンの日、襲われたのは魔法省だけじゃなかったってことを。」

 

「それは……そうなの? 全然知らなかったよ。」

 

「無理もねえ。あんまり広まっとらん話だからな。巨人や亡者、死喰い人たちが襲ってきたんだ。……だが、今の魔法界の殆どの人間がそれを知らねえ。当時の学生すらも詳しくは知らんだろう。分かるか? そのくらい鮮やかに解決しちまったんだ、ノーレッジさんが。」

 

ハリーに向かって自信たっぷりに言ったハグリッドは、暖炉にかけていたヤカンを取ってティーポットにお湯を注ぎながら話を締める。

 

「なに、その時が来たらすぐに分かる。本当は来ない方がいいんだが……それでも、もし来たら分かるはずだ。ダンブルドア先生やスカーレットさんがどうしてあの方を信頼するのかがな。……ほれ、紅茶だ。しばらく家を空けちょったからな。ロックケーキが腐ってなけりゃあいいんだが。」

 

言いながらケーキを探しに行ったハグリッドを横目に、残された三人はよく分からんという表情で顔を見合わせた。『その時が来たらすぐに分かる』、か。とりあえず今のところは、そんな物騒な事態にならないことを願うばかりだ。

 

「まあ、とにかくここは安全ってことみたいだな。フクロウ試験が中止にならなくて残念だよ。」

 

「……そうだね。変身術の宿題もまだ終わってないし、ハーマイオニーが見せてくれるといいんだけど。」

 

「無理だと思うぜ、それは。私は怒られる方に賭けるけどな。」

 

ただまあ、最終的にはぶつくさ言いながらも見せてくれるだろう。我ながら呑気な会話をしていることを自覚しつつも、霧雨魔理沙はロックケーキが見つからないことを祈るのだった。冬場だし、きっとカチンコチンになっちゃってるぞ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。