Game of Vampire   作:のみみず@白月

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正しい本の選び方

 

 

「……あら、どうしたの? こんな所で。」

 

朝霧に霞むホグワーツ大橋の真ん中で、パチュリー・ノーレッジは姿を消しているリーゼへと話しかけていた。こいつは本当に神出鬼没だな。吸血鬼ってのは明け方に出会うタイプの妖怪じゃないだろうに。

 

くるりと振り返る私の問いかけを受けた性悪吸血鬼どのは、虚空から滲み出るようにその姿を現しながら口を開く。ちょっと苦笑しているのを見るに、大方驚かせようとでも思っていたのだろう。……レミィといい、リーゼといい、どうして吸血鬼ってのはどこか子供染みてるんだ?

 

「うーん、参ったね。後ろからでもダメか。ムーディと同じく、キミにサプライズを仕掛けるってのはかなりの難題だな。」

 

「どうだか。本気で隠れようともしてないくせに。」

 

「んふふ、よくご存知じゃないか。」

 

正味の話、リーゼが本気で忍び寄ろうとすれば私は気付けないだろう。気配を消し、妖力を消し、光を操って実体をも消す。来ると分かっている状況であればともかくとして、平時にそれをやられたら私でも厳しいのだ。普通の吸血鬼と違って昼夜も関係ないし。

 

それに、今は環境も良くない。朝霧ってのはこいつの強力な味方だ。実際出来るかどうかは知らないが、光の反射を操れば色々な虚像を生み出すことだって難しくないだろう。

 

というか、リーゼ自身はどこまで細かく光の動きを計算して姿を消しているのだろうか? あるいは妹様しかり、咲夜しかり、リーゼもまた直感で操作しているのか? ……どっちにしろ『能力』ってのはズル過ぎるぞ。羨ましい限りだ。

 

生得の強大な力。私もそういうのが欲しかった。ジト目で見ている私を気にすることもなく、リーゼは石橋の欄干に立って質問を放ってくる。眼下に広がる湖を眺めているようだ。

 

「それで、キミこそこんな時間に何をしているんだい? 私はお散歩の途中で見つけて来てみたわけだが。善良な吸血鬼としては、悪しき魔女を見過ごすわけにはいかないだろう?」

 

「善良の意味を辞書で確認し直すべきね、貴女は。……防衛魔法の点検をしてたのよ。ここのは複雑な魔法だから、余人に任せるわけにはいかなかったの。」

 

「防衛魔法? この橋にも魔法がかかってたのかい?」

 

「正確に言えば、ホグワーツに魔法がかかってない場所なんか無いわよ。何処も彼処も魔法だらけで干渉しまくり。うんざりするわ。」

 

こればっかりはホグワーツの教育課程に問題があるな。『魔法の相性』というのをもう少し詳しく教えるべきだぞ。この学校じゃ精々反対呪文についてちょこっと教えるくらいで、呪文を組み合わせることの危険性に関しては知らぬ存ぜぬだ。……よし、今度マクゴナガルあたりに提案してみよう。

 

杖を取り出しながら決意する私に、リーゼがどうでも良さそうな表情で空返事を返してきた。私にとっては許し難いことでも、彼女にとっては大した問題に感じられなかったようだ。

 

「ふぅん? ……それで、この橋にはどんな魔法がかかってるんだい?」

 

「ちゃんと最後まで聞くなら説明してあげるけど? 途中で逃げたり、寝たり、文句を言ったりしないって約束するならね。」

 

「……一応、最初にどのぐらい掛かるのかを聞いておこうか。」

 

「簡略化すれば一時間、詳しく話せば三時間よ。」

 

やっぱり結構歪んでるな。ダンブルドアは細かい部分の整備をサボりすぎだぞ。杖を振って防衛魔法の綻びを繕う私に、リーゼはレタス喰い虫でも噛み潰したような表情で肩を竦めてくる。

 

「それじゃ、やめておこう。私は時間の貴重さというものを良く知ってるんだ。……しかしまあ、改めて見ると良い景色だね。惜しむらくは殆ど誰も使わないって点かな。歩いて来ないとこの橋を通る機会はないわけだし。」

 

「霧で何にも見えないけど?」

 

「それが良いんじゃないか。風情ってやつだよ、パチュリーちゃん。キミにはまだ早かったかな?」

 

「悪かったわね、リーゼお婆ちゃん。私はまだ百歳そこらの『少女』なのよ。風情を理解するのは老後に回すわ。」

 

皮肉を返しながら杖を仕舞って、城に向かって歩き出す。これで後数年は持つだろう。その後までは知らん。私が義理を果たすべき相手はダンブルドアであって、他の校長の苦労など知ったこっちゃないのだから。精々マクゴナガルに頼まれれば不承不承やるってくらいだ。

 

遠くで揺らめく大イカの影を横目に歩いていると、隣に歩調を合わせたリーゼが声をかけてきた。

 

「ところで、アンブリッジはどんな感じで『監査』をするんだい? 今年から始めるんだろう?」

 

「知らないわよ。なんか怖がられちゃってるみたいで、私には全然会おうとしないのよね。やり取りは全部マクゴナガルがやってるわ。」

 

「……キミね、このままだとマクゴナガルは本当に過労死するぞ。あの副校長だってもういい歳なんだから、少しは気遣ってやりたまえよ。」

 

「私は更に『いい歳』でしょうが。仕事を下にぶん投げられるのは老人の特権なの。大体、マクゴナガルもそろそろ誰かに仕事をぶん投げることを学ぶべきよ。」

 

まあ、そうなると誰にぶん投げるかという問題が浮上してくるわけだが。一番若いスネイプは任務で居ないし、他はどいつもこいつもベテランばかりだ。それなりに若くて使えそうなのはバブリングやベクトルくらいじゃないか? ……魔法の学校で高齢化問題ね。ジョークにもならんな。

 

「ま、それもそうだね。あの教授どのは責任感が強すぎていけない。もうちょっと適当さってのを学ぶべきだろうさ。……そういえば、分霊箱の分析はどうなったんだい? あの悪趣味なロケット。」

 

城門を抜けながら思い出したように聞いてくるリーゼに、小さく首を振って返事を返す。

 

「あれが四個目に作られた分霊箱だってのは分かったわ。残念ながら、新しい情報はそれだけね。今は分霊箱そのものを壊さずに中の魂だけを破壊出来ないか調べてるところよ。」

 

「おっと、それは大事な実験だね。ハリーに死なれるのは宜しくない。……目処は付いているのかい?」

 

「……現状、厳しいと言わざるを得ないわね。もう少し研究すればロケットに関してはいけるかもしれないけど、ハリー・ポッターの場合はかなり難しいと思うわ。生物と無生物じゃ勝手が違うのよ。」

 

そこで一度言葉を切って、思考を回しながら続きを語る。悔しいが、現状ではダンブルドアの提案が一番現実味を帯びているだろう。その他の方法は確実でなかったり、ハリー・ポッターの『人間性』に影響を与えすぎるのだ。

 

「そうね……物凄く脆いコップの中で、混ざり合う黒と白の液体をイメージしなさい。その中から黒の液体だけを蒸発させるようなもんよ。強引な手段を使えばコップが壊れちゃうし、そもそも完全に混ざって灰色になってる部分だってあるの。」

 

「コップの中の水を『分離』させるのは無理なのかい?」

 

「出来るけど、その場合もコップが壊れるわ。……お手上げよ。こうなってくると、違う方向を目指すしかないわね。」

 

むしろ、ダンブルドアのアプローチをなぞるべきかもしれんな。彼がやろうとしているのは、コップと白い水だけに伝播する護りの魔法を使おうという方法だ。その上で黒い水を吹き飛ばす、と。

 

つまり、護りの魔法を何か別の手段に置き換えればいいのだ。選択的にハリーの身体と魂だけを守り、リドルの魂には干渉しないような魔法に。……むぅ、思い浮かばないな。やるとすれば新しい魔法を構築するしかないか?

 

思い悩む私へと、リーゼがまた違った意見を放ってくる。

 

「ふぅん? ……黒い水を引きずり出すってのは無理なのか? ほら、一応はリドルの『本体』と繋がってるんだろう? その糸をこう、引っ張るみたいな感じに。あくまでイメージだがね。」

 

……ふむ、面白いな。意外なところから第三のアプローチが出てきた。ダンブルドアのように白い水を選別して保護するのではなく、私のように黒い水だけに影響する方法で蒸発させようというのでもなく、端から引き離してしまおうというわけだ。

 

だが、それもまた難しい。思考に没頭しながらも、自分の考えを整理するために口を開く。

 

「先ず、糸の方が耐え切れずに千切れる可能性が高いわ。引っ張る魂の総量に対して糸が細すぎるのよ。癒着してるってのも影響するでしょうしね。……次に、手段の問題が出てくるわ。『魂の繋がり』ってのはかなり概念的な存在なの。それに影響するための手段っていうのが今の私には思い浮かばないから。」

 

「そりゃ残念。……まあ、あくまで素人目線のたわ言だ。そんなに真剣に受け取らないでくれたまえ。」

 

「でも、一つの方向性としてはアリよ。とにかく手当たり次第に試してみないと。」

 

不確実な方法ならいくつか思い付くのだが、ダンブルドアはそれを採るくらいなら自分のやり方を貫くだろう。……それに、別の方法を編み出したところでダンブルドアは遠からず死に向かうのだ。

 

ままならないな。玄関ホールへと足を踏み入れながらため息を吐いていると、階段の方に進路を変えたリーゼが声を放ってきた。

 

「そうそう、閉心術はもう大丈夫そうだし、ハリーの本格的な呪文の練習を再開しようと思うんだ。去年もちょこちょこやってたから基本的な部分は終わってるんだが、次に何をやれば良いかと迷っててね。実戦向けの呪文が載ってる本を貸してくれないか?」

 

「構わないけど、どんなのが良いの? 一言で実戦向けって言っても色々あるわよ?」

 

そもそも何を習得済みなのかも知らないし、『実戦』というのは正確には何を指しているのかが分からないじゃないか。呆れたような私の問いかけに、リーゼはパチリとウィンクをしながら返事を寄越してくる。

 

「キミの一番のオススメを、一冊だけ。」

 

「……上手い言い方じゃないの。」

 

「んふふ、キミのことは誰より知ってるからね。みんな気付いてないのさ。図書館で本を探すなら、司書に頼むのが一番なんだ。」

 

悪戯な笑みを浮かべながら言うリーゼに、肩を竦めて言葉を返した。そう言われてしまえば司書のプライドに懸けて選ばざるを得ない。ズルいヤツめ。

 

「はいはい、後で選んで送っとくわ。」

 

「どうも、頼れる司書さん。それじゃ、私は寮に戻るよ。研究の方も頑張ってくれたまえ。」

 

肩越しに手を振りながら階段を上っていくリーゼに、やれやれと首を振ってから歩き出す。……そっちこそ気付いてないぞ。私が本を選んでやる存在なんて極々僅かなんだからな。

 

何故か浮かんできた笑みをそのままに、パチュリー・ノーレッジは朝の静謐な廊下を歩き始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「アンブリッジの糞婆め! ハグリッドにあんな、あんな……失礼だよ!」

 

魔法薬学の教科書をテーブルに叩きつけるロンを見ながら、アンネリーゼ・バートリは小さく苦笑していた。トレローニーが虚仮にされた時とは大違いの反応じゃないか。

 

五年生の生活も一月の半ばに入り、いよいよ迫ってきたフクロウ試験に誰もがピリついている中、魔法薬学の教室に入ってきたロンが……というか、三人ともがぷんすか怒りながら席に着き始めたのだ。どうやら一コマ前の飼育学にアンブリッジの『茶々入れ』が入ったらしい。

 

つまりはまあ、例の『監査』である。私は未だに遭遇したことはないが、アンブリッジは時折思い出したように授業に顔を出して、質問やらなんやらで授業を妨害して去って行くそうだ。……いよいよ何をしたいのかが分からんな。

 

アンブリッジ自身が何を思って行なっているのかはさて置き、基本的には生徒も教師もある一致した感想を抱いている。それは『迷惑』だ。この一点に関してはグリフィンドールとスリザリンの意見ですら一致するだろう。

 

そもそも意味のない行動なのだ。もはやウィゼンガモットにホグワーツの自治権に介入するような力は残されていないだろうし、失点探しにしたって遅きに失する。生徒を使った人体実験でもやってる証拠を掴まない限り、今の盤面をひっくり返すのは不可能だろう。

 

双子が教職に就いてたら人体実験を糾弾するチャンスはあったかもな。とうとう悪戯グッズの『テスター』を雇い始めた悪童たちのことを考える私を他所に、怒れる三人組は口々にアンブリッジを罵り始めた。どうやらよっぽどのことがあったらしい。

 

「抗議すべきだよ。何処かは知らないけど、アンブリッジを送り出した場所にね。半ヒトだの、危険な巨人の血だのって……あんまりだ。そんなこと言ったらあいつだって『半カエル』なのに!」

 

「その通りよ、ハリー。絶対に抗議してやるから。してやりますとも。何だったらスキーターに『タレコミ』するところまで身を落としたって構わないわ。」

 

「いいな、それ。毒には毒をだ。スキーターは最近まともな記事を書いてるし、アンブリッジを上手いこと追い出してくれるかもしれないぞ。」

 

うーむ、あの『プロパガンダ』がまともな記事かどうかは判断しかねるところだな。微妙な気分で騒がしく議論する三人を眺めていると、地下教室に今日もご機嫌な表情のスラグホーンが入ってくる。去年のバグマンを彷彿とさせるニコニコ顔だ。

 

「さてと、揃っているかな? ……よろしい! では今日も楽しい調合を始めようか。今日は少し難しい内容だから、ペアを組んでくれるかい?」

 

どこか大振りな動きで促すスラグホーンに従って、グリフィンドールとスリザリンの生徒たちが素直にペアを組み始めた。当然私はハーマイオニーと、ハリーはロンとだ。

 

もはや授業を真面目に受けるつもりなど一切ないとはいえ、ハーマイオニーの調合を邪魔するわけにはいかない。それにまあ、今までずっとペアを組んでいた私が居なくなるのも困るだろう。結果として今もこういった形式の授業では、きちんと作業に参加しているのだ。

 

「ほっほー、早いね。素晴らしいやる気だ! では、今日行う調合について軽く説明しておこう。今回作るのは、安らぎの水薬。フクロウ試験には頻繁に出てくる魔法薬だから、集中して調合に臨むことをオススメするよ。」

 

スラグホーンの説明を聞いたその瞬間、生徒たちのやる気が目に見えて一段上がる。フクロウ試験云々の部分は、五年生をやる気にさせるには充分すぎるほどの効果があったらしい。上手いじゃないか、スラグホーン。鼻先にフクロウをぶら下げたわけだ。

 

今や身を乗り出さんばかりに集中し始めた生徒たちを前に、スラグホーンは満足げに頷きながら説明の続きを語り出した。

 

「なに、心配はいらない。今までやってきたことの集大成なんだ。正確な手順で加工した素材を、これまた正確な順番で鍋に入れ、正しい方向に正しい回数掻き回し、定められた温度で定められた時間加熱する。……ほら、今まで通りだろう? 慎重に手順を確認すれば出来ないはずがないんだよ。君たちなら出来る。私が保証しようじゃないか。」

 

言うと、スラグホーンは杖を振って黒板に手順やら注意点やらを浮かび上がらせる。……毎度のことながら、この辺はスネイプとの違いが出てるな。スネイプは注意力を磨くためだかなんだか知らんが、意図的に黒板には最低限の情報しか書かなかった。

 

スラグホーンはその対極だ。物凄く細かく注釈やら確認事項やらを入れて、教科書よりもなお詳しい手順を黒板にビッシリと書き連ねている。……この辺は意見の分かれるところだな。失敗する痛みで学ばせるか、成功の喜びで学ばせるかということなのだろう。

 

何にせよ、私の周りの意見は大概同じだ。ハリーは当然として、他の生徒の殆ども『スラグホーンの方が良い』と断言していた。……ちなみに数少ない例外を挙げると、魔理沙なんかはスネイプの授業の方をより高く評価しているらしい。魅魔にやり方が似てるとかなんとかって。

 

「──ということだね。では、早速調合の準備に移ろうか。分からない箇所があったら遠慮なく聞きに来るように!」

 

私が生存確認された陰気男のことを考えている間にも、スラグホーンの長ったらしい説明は終わったようだ。ハーマイオニーが教科書と黒板を交互に見ながら、猛然とした勢いで必要な器具や素材をリストアップしている。

 

「何が必要なんだい? 賢者ハーマイオニーどの。無学な吸血鬼に大いなる啓示を与えてくれたまえ。」

 

「大鍋と……えっと、三型の小鍋を二つね。あとは秤とすり鉢と、細身のナイフにクリスタルの小瓶をいくつか。それにサラマンダーの尻尾もよ。微妙な火加減の調整に必要みたい。素材は私が持ってくるわ。」

 

「それじゃ、私は戻るまでに器具を準備しておこう。」

 

状態の良い素材を入手するために小走りで素材棚に駆けて行ったハーマイオニーを見送って、杖を振って鍋やら秤やらを机に並べていく。しかし、こういう魔法薬って卒業した後に役立つのだろうか?

 

おできを治す薬やらニキビ取り薬やらはギリギリ家庭でも使えるだろうが、安らぎの水薬ってのは……うーむ、微妙だな。不安を鎮めて動揺を和らげるってとこまでは良いが、正確に調合しないと眠ったままで目覚めなくなるってのはいただけない。

 

他にも専門職以外じゃ絶対に役に立たない魔法薬は沢山あるぞ。……この辺は昔の名残りなのかもしれんな。まだ易々と魔法薬が購入出来なかった、自分で作る必要があった頃の教育課程をそのまま引き継いでいるのだろう。

 

ふむ、度々文句を言っているパチュリーの言にも確かに理がありそうだ。ホグワーツはそろそろ科目や授業内容を見直すべき時なのかもしれない。……まあ、無理か。きちんとしているホグワーツなど想像できん。こういう部分がホグワーツのホグワーツたる所以なのだろうし。

 

私が準備を進めながら益体も無いことを考えている間にも、ハーマイオニーが両手いっぱいの素材を抱えて戻ってきた。どうやら状態の良いものを根こそぎ独占してきたようで、ご満悦のニコニコ顔だ。強かさも賢者の秘訣だな。

 

「全部持ってきたわ。先に月長石を粉にしてくれる? 私はお湯を沸かして、バイアン草のエキスを絞っておくから。」

 

「粉末状でいいんだね? ……それで、飼育学では何があったんだい? アンブリッジがハグリッドのことを罵ったっていうのは分かったが。」

 

手順には薬品で脆くして砕くと書いてあるが……面倒だな。吸血鬼の腕力でゴリ押そう。手でベキベキと月長石を砕きながら問いかけてやると、ハーマイオニーは苛々とした表情で飼育学で起こったことの詳細を話し始める。

 

「罵ったっていうか、延々バカにし続けたのよ。まるでハグリッドが言葉を理解出来ないみたいに、身振り手振りで会話したり……あとはご丁寧にも簡単な単語を選んだりね。まるで幼稚園児に話しかけてるみたいだったわ。」

 

「そりゃまた、物凄く面白い光景じゃないか。私も呼んで欲しかったくらいだ。文字通り飛んで行ったのに。」

 

「全然面白くないのよ、リーゼ。不愉快なの。スリザリン生はずっとクスクス笑ってるし、ハグリッドはハグリッドでアンブリッジをちょっと『おかしな』人だと思っちゃったみたいで、何故か馬鹿正直に応答し始めちゃうし……イライラさせられる光景だったわ。」

 

「尚更面白い光景に思えてきたけどね、私は。」

 

パントマイムで話すカエル女と、困ったように応対するハグリッドか。うーむ、見たかったぞ。かなり愉快な喜劇だったに違いない。頼んだら夕食時にやってくれないだろうか?

 

ニヤニヤし始めた私をジト目で見ながら、ハーマイオニーは尚もアンブリッジに対する文句を続けてきた。

 

「しかも、しつこく巨人のことについて聞くのよ。本当にしつこく、授業の間中ね。イギリスに入ってきたことをどう思うかとか、亡くなった犠牲者に何か思うところは無いのかとか、うんざりだわ。ハグリッドは何も関係……無くはないけど、それは彼のせいじゃないのに。」

 

途中でハリーたちから聞いた任務の話を思い出したのだろう。後半ちょびっとだけ語気が弱くなったハーマイオニーに、サラサラになったムーンストーンを小瓶に入れながら言葉を放つ。

 

「ま、アンブリッジは『半ヒト』がお嫌いだからね。人間至上主義者なのさ。おまけに考え方は純血派寄り。ハイブリッド差別主義者ってわけだ。」

 

「イギリス魔法界の問題を濃縮したみたいな存在じゃないの。……あの人、本当にいつ居なくなるのかしら?」

 

「少なくとも来年度はもう来ないだろうね。アンブリッジは……そう、糸の切れた凧なんだよ。自分じゃもう制御出来ないだろうし、放っておけば風に吹かれて何処かに飛んでくさ。」

 

「早く何処へなりとも飛んでいって欲しいわよ、まったく。」

 

ぷんすか怒りながらも、ハーマイオニーは見事な手際で調合を進めていく。実際のところ、今年度いっぱい持つかすら微妙なところだろう。ウィゼンガモット内部では着々と駒がひっくり返っているようだし、議長の解任決議が行われるのも遠くはあるまい。

 

しかし、ウィゼンガモットは思ったよりも長持ちしたな。正直言ってアズカバンの脱獄の一件で崩れるかと思っていたのだが、曲がりなりにもここまで耐えきったのは割と凄いことなのかもしれない。議長は確か……チェスター・フォーリーだったか?

 

孤軍奮闘でここまで持たせたのには拍手を送りたいが、さすがにそろそろチェックメイトだろう。そうなればイギリス魔法界は晴れて吸血鬼の支配下に陥ちるわけだ。……いやぁ、冷静に考えると変な状況だな、これ。

 

イギリスでは吸血鬼が政治機関の権力を握り、ソヴィエトでは世紀の大犯罪者が裏側から議会を操り、そして大陸では無差別テロが起こりまくっている、と。滅茶苦茶じゃないか。

 

うーん、面白い。二、三百年先の歴史研究家がこれをどう評価するのかを楽しみにすべきだな。その頃には一体誰が悪人扱いされているのだろうか? レミリアか、ゲラートか、リドルか。きちんと確認しなければ。

 

「ねえ、リーゼ? 『強めの弱火』ってどのくらいの火加減なのかしら? つまり、中火より少し弱いってこと? ……でも、それだと『弱めの中火』よね?」

 

「……哲学だね。ちょっと考えさせてくれ。」

 

気の長い娯楽を脳裏に刻みながらも、アンネリーゼ・バートリはハーマイオニーから投げかけられた哲学問答に思考を移すのだった。

 


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