Game of Vampire   作:のみみず@白月

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「おお、アリス。急に呼び出してしまって申し訳なかったのう。」

 

冬のカフェテラスに一人で座っているダンブルドア先生の言葉を受けて、アリス・マーガトロイドは苦笑しながら頷いていた。店内から店員さんたちが心配そうに見ているのが……うん、何とも言えない状況だな。

 

今日はダンブルドア先生からの便りを受けて、ロンドンの中心街にある大きなカフェへと会いに来たのだ。誰もが寒そうに身を縮めながら店内に入って行く中、ダンブルドア先生だけが閑散としたテラス席で寛いでいる。スーツを着こなしてるから傍から見れば普通のおじいちゃんだし、そりゃあ皆心配するだろう。

 

「いえ、呼び出しは全然構わないんですけど……店内には入らないんですか?」

 

テラス席に近付きながら聞いてみると……ああ、なるほど。魔法でテーブルの周囲だけを暖かくしているらしい。コートを脱いで向かいの席に座る私に、ダンブルドア先生はちょっとだけバツが悪そうな顔で返事を寄越してきた。

 

「ううむ、先程から心配そうに見られている自覚はあるのじゃが、ロンドンの景色を堪能したくてのう。……相変わらず良い街じゃ。古く、そして同時に新しい。マグルの進歩というものを感じさせてくれる場所じゃな。」

 

「でも、随分と変わっちゃいましたね。人の格好も、街並みも。新しい物にはワクワクしますけど、そこだけは少し残念です。」

 

昔よりも明るく、煌びやかに、騒がしくなってしまった。もちろん今のロンドンも嫌いではない。嫌いではないのだが……そう、少しだけ寂しいのだ。私の思い出の場所がどんどん減ってしまうことが。

 

遥か昔、両親とお祖父ちゃんに連れられて行ったデパート。テッサと一緒にご飯を食べたパブ。まだベビーカーに乗っていたコゼットに、マグルのオモチャを買ってあげた小さなお店。どれもこれも今は無く、過去の思い出に残るばかりだ。

 

お前は我儘なヤツだな、アリス。もうずっと昔の思い出ばかりなのに。自身の理不尽な思考に苦笑する私を見て、ダンブルドア先生は目を細めながら口を開く。慈しむような、悲しむような、何とも曖昧な表情だ。

 

「じゃが、変わらないものもある。そして、変われないものもね。それが良い事なのか、悪い事なのか……難しいのう。この老骨にも結局答えは出せなんだ。」

 

「えっと……?」

 

謎かけのような台詞に目をパチクリさせていると、店内から出てきた店員がメニューを差し出しながら話しかけてきた。ドアからは僅か数歩の距離だが、それでも随分と寒そうだ。マグル界では冬の寒さも少しだけ遠ざかってしまったらしい。

 

「ご注文は? それと……その、店内の席もご用意できますが。」

 

「いえ、ここで大丈夫です。私は……カフェラテをホットで。」

 

「わしにもエスプレッソのお代わりをお願いするよ。」

 

「……かしこまりました。すぐにお持ちいたします。」

 

これは、絶対に変な人だと思われちゃってるな。首を傾げながら店内へと戻って行く店員を尻目に、ダンブルドア先生がやおら本題を切り出してきた。

 

「さて、今日君に来てもらったのは他でもない。わしの推理の答え合わせに付き合って欲しくて呼んだのじゃ。」

 

「答え合わせ、ですか?」

 

「さよう。……残り二つの分霊箱についてのね。」

 

いきなり出てきた重要な単語に、思わずリラックスしていた身を正す。分霊箱。リドルを守る存在であり、私たちにとっての目の上のたんこぶだ。少し緊張する私へと、ダンブルドア先生は微笑みながら続きを話し始める。

 

「トムは分霊箱にするものを慎重に選んだはずじゃ。ホグワーツの創始者たちの遺品、自らの家系に伝わる指輪。……ただし、日記帳だけは少し違うのかもしれんのう。あれだけは確たる目的があって作られた分霊箱だったからね。秘密の部屋の後継者を選ぶ、という目的が。」

 

「それに、あれは最初に作られた分霊箱でもあります。実験的な意味も多少あったんじゃないでしょうか?」

 

「うむ、その可能性もあるじゃろうて。……しかしながら、残りの分霊箱はトム自身を表現する『シンボル』として作られた側面が大きいと思っておる。トムは自らの偉大さを表現するため、自身にとって相応しいと感じる物を選んだはずじゃ。」

 

「……分かる気がします。リドルはそういう所に拘りますから。」

 

多くの力ある魔法使いがそうであるように、リドルもまた『拘り屋』の一人なのだ。その辺に転がっているような物を分霊箱にするのはリドルのプライドが許さないだろう。それに、そもそも思い入れが強くなければ分霊箱には出来ない。

 

「お待たせしました。カフェラテと、エスプレッソです。」

 

「どうも。」

 

しかし、『シンボル』か。言い得て妙だな。会話の途中で店員が運んできてくれたカフェラテに口を付ける私へと、ダンブルドア先生がいきなり質問を放ってきた。

 

「アリスよ、君にとって英知を表現するものとは何かね? 直感でいい。知識、知恵、英知。これらの単語から連想するものとは?」

 

「えーっと……パチュリーです。」

 

「ほっほっほ、わしと同じ答えじゃな。……では、トムにとってはどうだと思うかね? もし彼に同じ質問をしたら、どんな答えが返ってくると思う?」

 

「リドルにとって? 難しい質問ですね、それは。スリザリンとか、レイブンクローとか……つまり、ホグワーツ、とか?」

 

私にとっても、パチュリーの次に思い浮かぶものがそれなのだ。何せホグワーツは私たちの学び舎なのだから。私の返答を聞いたダンブルドア先生は、我が意を得たりとばかりに大きな頷きを返してくる。

 

「うむ。そして、そのホグワーツには髪飾りが隠されておったわけじゃな。英知を体現する、ロウェナ・レイブンクローの髪飾りが。……聡い君ならばわしの言いたいことに気付いたじゃろう?」

 

「えっと、リドルはそれぞれの分霊箱を『相応しい』場所に隠したってことですよね? ……ゴーントの指輪は分かります。ゴーント家はリドルのルーツであり、同時に棄て去った場所ですから。その廃屋に指輪を隠すのは分かりますけど……でも、スリザリンのロケットは? 何故洞窟なんかに?」

 

「わしも確実と言える真相にはたどり着けなんだ。……じゃが、あの洞窟はトムが幼少期に訪れた場所なのじゃ。どうも孤児院の遠足で足を運んだようでのう。わしはそこでトムが魔法に目覚めたのではないかと考えておる。……トムにとっての魔法は自らの力であり、誇りであり、他者とは違うことの証明なのじゃ。どうかね? どれも彼の内に流れるスリザリンの血に通ずるものじゃろう?」

 

……納得は出来る。もしダンブルドア先生の言う通りなのであれば、非常にリドルらしい隠し方だと言えるだろう。しかし、それならハッフルパフのカップは? 誠実さ、献身、フェアプレー、優しさ。リドルはそれで一体何を連想するんだろうか?

 

「その説でいくと、ハッフルパフのカップは何処に隠されたんでしょうか? ハッフルパフが表現するものは、どれもリドルからは……その、遠いものです。」

 

全然思い浮かばない。あまりにも今のリドルからかけ離れてしまったそれらは、彼を通して考えるには難しすぎる題目だ。思い悩む私に、ダンブルドア先生は少しだけ悲しげに俯きながら返事を寄越してきた。

 

「わしの予想が正しければ、それは君もよく知る場所に隠されているはずじゃ。……行こうか、アリス。手を取ってくれるかね?」

 

「よく知る場所? ……はい、分かりました。」

 

コートを羽織っていくらかのポンド紙幣をカップの下に置いたダンブルドア先生は、杖を右手に私の方へと左手を伸ばしてくる。私も自分のコートを掴んでから、差し伸べられた手をゆっくりと握ると……付添い姿あらわしでたどり着いたその場所は、確かに私がよく知る場所だった。

 

ロンドン郊外にある、慎ましくも美しい墓地。目の前にはテッサと、旦那さんと、そしてコゼットとアレックスの墓が並んでいる。良い事があった時、落ち込んだ時、悩んだ時、それが解決した時。何かがあった時に私が必ず訪れて、報告している場所だ。

 

「……テッサの、お墓。」

 

「さよう、君の親友の墓じゃ。そして同時に、『彼』のよく知る人物の墓でもある。」

 

杖を一振りして薄く積もった雪を優しく除けたダンブルドア先生は、屈み込んでテッサの墓に手を当てながら口を開いた。

 

「愚かしいことかもしれんが、わしはまだ信じているのじゃ。あれほど深みに溺れたトムでさえ、愛を完全に棄て切れはしないのだと。彼は君とテッサに確かに友情を感じていたのだと。……わしにとって、これは賭けなのじゃ。トムは完全に『ヴォルデモート卿』になってしまったのか、それとも『トム・リドル』を何処かに残しているのか。」

 

「……それで、何が変わるわけでもありません。もう取り返しはつかないんです。」

 

もう遅すぎる。ここにリドルの『友情』が残されていたところで、私はそれをどう受け止めればいい? 今更知ったところでどうにもならないのに。立ち尽くしながら墓を見つめる私へと、ダンブルドア先生が背中越しに静かな声を放った。

 

「そうかもしれん。じゃが、それでも……わしは信じたいのじゃ。」

 

ひどく疲れた声色のダンブルドア先生が杖を振ると、墓石がゆっくりと浮かび上がり、その下の土が独りでに脇へと動き出す。……私は、ここにカップがあって欲しいんだろうか? それとも別の場所に隠されていて欲しいのだろうか?

 

自分でも分からない。ぐちゃぐちゃになってしまった頭で、どんどん深くなる穴を見つめていると……やがて現れた棺の上に、ポツリと金のカップが置かれているのが見えてきた。ダンブルドア先生の推理通りの、ヘルガ・ハッフルパフのカップが。友誼を表す創始者の遺品が。

 

穢れなき金色に輝く、穴熊の彫刻が刻まれた小さなカップ。棺に刻まれた獅子に寄り添うように置かれたそのカップを見て、ギュッと両手を握り締める。ふざけるなよ、リドル。どうして今になってそんなことをするんだ。

 

「……嫌な気分です。本当に嫌になります。それなら、どうしてこんなことになったんでしょうか?」

 

今更知りたくなどなかった。もう何もかもが遅いのに。俯きながらポツリと呟いた私の肩に、ダンブルドア先生が柔らかく手を乗せて声をかけてきた。

 

「すまぬ、アリス。……それでも、君には知っておいて欲しかったのじゃ。知らぬままで全てを終わらせて欲しくはなかったのじゃ。」

 

「私には、分からなくなってきました。……リドルが本当に望んでいたものは何なのかが。」

 

不死への渇望、力への執着、権力への欲望。ただそれだけを持った、分かり易い『敵』でいて欲しかったのに。そうすればこんな気持ちにはならなかったのに。……今だけはダンブルドア先生が恨めしい。知らなければ、もう迷わずに済んだのかもしれない。だが知ってしまった今、私は迷わずにはいられないのだ。

 

ああ、テッサが居れば。ほんの一時でも彼女が側に居てくれれば、ずっとずっと楽になれるのに。……でも、本当の意味で私の悩みを理解して、一緒に悩んでくれる親友はもう居ない。だから私は一人でこの問題に決着を付けるしかないのだ。

 

テッサの墓の横に取り出されたカップを見つめる私に、墓を元に戻しているダンブルドア先生が言葉を送ってきた。

 

「トムは、きっと彼は……いや、これはわしの語るべきことではないのう。わしは結局のところ、彼を真の意味で理解することは出来なかったのじゃから。情けない限りじゃ。……オーキデウス(花よ)。」

 

草臥れたように呪文を唱えたダンブルドア先生は、綺麗に整え直された墓へと杖の先に生まれた花を供える。黄色いフリージアだ。テッサが好きだった花。

 

「すまなかったのう、テッサ。少し騒がしくなってしまった。……ゆっくりお休み。」

 

呟きながらテッサの墓石をそっとひと撫でしたダンブルドア先生は、そのまま横に並ぶ三つの墓の雪も除け、それぞれに別の花を供えると……最後に杖を手にして、立ち尽くす私に質問を放ってきた。

 

「アリス、君は残るかね?」

 

「……はい、話したいことがありますから。」

 

「そうか。では、カップはわしがノーレッジに届けておこう。……今日は付き合わせてしまって申し訳なかったのう。」

 

いつもよりずっと弱々しい声で言ったダンブルドア先生は、ゆっくりと杖を振り上げると……僅かに躊躇った後、穏やかな口調で言葉を投げかけてくる。そのブルーの瞳を静かに揺らしながら。

 

「じゃが、忘れないで欲しい。ここにカップがあったということを。トムがこの場所を選んだということを。……それだけは覚えておいて欲しいのじゃ。」

 

悲しそうな表情でそれだけを言うと、ダンブルドア先生は今度こそ杖を振って姿くらましで消えていく。それを見送った後、ホルダーからイトスギの杖をそっと抜いて墓石にコツリと当てた。何かの奇跡で反応を送って欲しい。理屈じゃない出来事を起こして欲しい。そんな魔女らしからぬ、有り得ない願いを込めながら。

 

「……寂しいよ、テッサ。」

 

親友の名が刻まれた墓石の前でしゃがみ込んで小さくなりながら、アリス・マーガトロイドはただ墓地の静寂を耳にするのだった。

 


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