Game of Vampire   作:のみみず@白月

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苦味

 

 

「いや、本当に見事な館ですな。深い歴史を感じます。」

 

紅魔館のリビングの中央で周囲を見回すダンブルドアへと、レミリア・スカーレットはちょっとだけ誇らしげに頷いていた。うむうむ、この館の素晴らしさが理解出来たようでなによりだ。何せここはイギリスで最も価値ある場所なのだから。

 

イースターが目前に迫った三月末、急にダンブルドアから紅魔館を訪問したいという手紙が送られてきたのだ。本来ならば人間を招くような場所ではないのだが、長い付き合いということで了承してしまった。

 

それに、わざわざ紅魔館を訪れるということは何らかの理由があるのだろう。調度品を眺めるダンブルドアを見ながら考えていると、彼は壁に掛かっている石版の前でゆるりと立ち止まる。よく分からん象形文字がビッシリと掘り込まれているやつで、五十年前の忌まわしき『リビング半壊事件』でフランが壊しかけた代物だ。

 

「これはまた、ホグワーツでもお目にかかれないような一品ですな。どの時代のものなのですか?」

 

「んー、古すぎてよく分かんないわ。パチェが何かごちゃごちゃ言ってた気がするんだけど……忘れちゃった。とりあえず紀元前なのは間違いないと思うわよ。」

 

「なんとまあ、気の遠くなる話です。ホグワーツが造られた遥か昔ですか。」

 

「館そのものは改築やら増築やらを繰り返してるけど、『紅魔館』っていう建物自体はその頃からあったはずだしね。」

 

ただまあ、今とはかなり違った形の建物だったのだろう。館というか、城に近い形状だったはずだ。昔お父様から聞いたことのある話を思い出していると、廊下に続くドアが開いてエマが中に入ってきた。紅茶を運んできてくれたらしい。

 

「お茶をお持ちいたしました。」

 

「ご苦労様、エマ。……とりあえず座りなさいよ、ダンブルドア。何か話があるんでしょう?」

 

革張りの赤いソファに座ってダンブルドアに声をかけてみると、彼も苦笑しながら対面に座り込む。館自慢も気分が良いが、まさか見学ツアーに来たわけではあるまい。そろそろ本題に入ろうじゃないか。

 

「いえ、訪れてみたいと思ったのも本当なのですよ。……百年近くも親交があるというのに、貴女の住む場所を知らぬままというのは少し寂しいと思いましてね。機会があるうちにとお願いしてみたのです。」

 

「何よそれ。まるで近々死ぬみたいな言い草じゃないの。」

 

反応に困るからやめろよな。老人が言うとジョークにならんぞ。呆れたように返してやると、ダンブルドアは紅茶を淹れてくれたエマに礼を言ってから、私に向かってバツが悪そうに口を開いた。

 

「ううむ……今まで黙っておりましたが、実はその予定でして。いや、自分が死ぬのを伝えるというのはなんとも気恥かしいですな。背中がムズムズしてしまいます。」

 

「あー……んん? 遂にボケたの? 全く意味が分からないんだけど。」

 

「ほっほっほ、幸いにもボケとは無縁ですよ。……わしは死ぬのです、スカーレット女史。ハリーの中にあるトムの魂を破壊するために。」

 

「ちょっと待って。……えぇ? どういうことよ。」

 

何なんだ、一体。明るい雰囲気で自らの死を語るダンブルドアに混乱していると、彼は早足でリビングを出て行ったエマを横目に詳しい説明を語り始める。……エマめ、話が面倒くさくなりそうだから逃げたな? 主人に似て逃げ足の速いヤツだ。

 

「より厳密に言えば、単なる寿命ですよ。わしの命は持ってあと数年でしてな。どうせ長くない命ならば、この際使ってしまおうと思っているのです。……護りの魔法でハリーを護り、魂の欠片だけを破壊しようという計画でして。」

 

護りの魔法? 十五年前のあれか? 急に展開した話に戸惑いつつも、脳内で考えを巡らせながら返事を放った。

 

「つまり、リリー・ポッターと同じことをしようって言うの?」

 

「リリーには及ばぬでしょうが、命を対価にすれば似たようなことが出来るという確信はあります。……詳しくはノーレッジに聞いてくだされ。彼女だけには既に話しておりますので。」

 

「……ああ、そういうこと。合点がいったわ。だからパチェはホグワーツの防衛なんて面倒な仕事を引き受けたのね。あの魔女がそうそう自分の『巣』を出るはずがないもの。」

 

ダンブルドアの、旧友の死。それならさすがのパチュリーも重い腰を上げるだろう。というか、それくらいの事態にならなければあの魔女は己の図書館を出ないはずだ。……いやはや、抜け落ちていたピースがパチリと嵌った気分だな。最近のダンブルドアの動きもそれが原因だったわけか。

 

参ったぞ、これは。あまりに予想外すぎて思考が纏まらん。ソファに寄りかかって呟く私に、ダンブルドアは小さく微笑みながら首肯してきた。

 

「多少小狡い手を使った自覚はありますが、身辺整理のための時間が必要だったのです。ノーレッジにホグワーツを任せられれば、わしは心置きなくそれに励めるという寸法ですよ。」

 

「ってことは、パチェは貴方の『計画』に同意しているのね?」

 

「仕方なしに、という感じでしたが。一応は。」

 

「それなら私が文句を言うべきじゃないわね。パチェに止められなかったのであれば、私が何を言おうと無駄なんでしょう。……そう、死ぬの。意外だわ。貴方が死ぬ場面ってのはちょっと想像出来ないしね。」

 

死ぬのか、この男が。アルバス・ダンブルドアが。本音で言えば引き止めたくはある。イギリス魔法界的にも大打撃だし、私個人としても長きに渡って協力し合ってきた仲なのだ。……だが、パチュリーが是としたのならばもう無理なのだろう。私に思い付く程度の反論は既に彼女がしているはずだ。

 

疲れたように首を振る私の言葉を受けて、ダンブルドアは苦笑を浮かべながら返事を返してきた。

 

「今年の夏で百十五歳。わしは十分過ぎるほど長く生きました。そろそろ『次』へと踏み出すべきでしょう。」

 

「それはどうかしら? 残される者たちの意見は違うと思うけど。……貴方の墓の前で立ち止まる魔法使いは多いはずよ。貴方が思っているよりも、ずっとね。」

 

「それでもいつかは前へと進んでくれるはずです。……それが人間というものなのですよ、スカーレット女史。古き者が死に、残された者が次代を築く。わしもそろそろ『過去』にならねば、輝かしい未来を邪魔してしまいます。」

 

「……ま、私は別にいいけどね。私にとって許容出来ない『人間の死』はただ一つだけよ。それ以外の死に口を出すつもりはないわ。」

 

その『一つ』が誰の死なのかを正しく受け取ったのだろう。ダンブルドアは柔らかな笑みを口元に作ると、身を乗り出して問いを放ってくる。

 

「では、もしもその死が訪れた時、貴女はどうしますかな?」

 

「決まってるでしょう? 運命をひっくり返すわ。……私の持つあらゆる力を使って、他の全てをぶっ壊してでもね。」

 

「……愛ですな。見事な愛じゃ。」

 

そんなもん当たり前だろうが。微笑みながらそう呟いたダンブルドアは、一度紅茶を飲んで一息つくと……深いブルーの瞳を真っ直ぐ私に向けて語りかけてきた。その顔には何故か、勝ち誇るかのような悪戯な笑みが浮かんでいる。

 

「どうやら、わしの『復讐』は成されたようですな。長く時間を掛けた上に、完全にとはいきませんでしたが……まあ、わしにしては上々の結果でしょう。」

 

「……『復讐』?」

 

「アリアナの一件ですよ。……全てが貴女がたの所為であるとは言いますまい。わしにも、ゲラートにも、アバーフォースにも。等しく責任はあったのですから。……しかしながら、貴女がたにも責任はあるはずだ、スカーレット女史。違いますかな?」

 

……なるほどな。今日の本題はそっちか。強い意思を感じる青い瞳と少しだけ睨み合った後で、ゆったりと頷きながら口を開く。いいだろう、受けて立つ。私は末期の問答で下らん嘘を吐くほど落ちぶれちゃいないぞ。

 

「まあ、こんな日が来ることは何となく予想してたわ。貴方ほどの男が何一つ気付かないままなわけがないしね。……いつ気付いたの?」

 

「遠い、遠い昔の話ですよ。ゲラートとの戦いを終え、トムが台頭してくるまで。……明確な確信を得たのはその間だった気がします。」

 

「それじゃ、何処まで気付いたのかしら? 聞かせてごらんなさいよ、ダンブルドア。答え合わせをしてあげるから。」

 

だが、悪びれるつもりはないぞ。私はレミリア・スカーレット。紅魔の館を統べる、邪悪な吸血鬼なのだから。ニヤリと笑って言ってやると、ダンブルドアも静かに微笑みながら返事を寄越してきた。

 

「先ず、貴女がたはわしとゲラートを戦わせようとしていた。何故戦わせようとしていたのか、その確たる理由までは分かりませんでしたが……恐らく、ゲラートの側にはバートリ女史が介入していたのでは? 当時の貴女がわしに介入してきたように。」

 

「大正解よ。……ちなみに、『確たる理由』なんてものは無いわ。細々とした事情はあるけど、基本的にはただの思い付きだから。」

 

「なるほど、確信を得られなかったはずですな。そも答えなどありませんでしたか。……そして、貴女がたはわしとゲラートが決別する切っ掛けとして、あの三つ巴の決闘が起こるように誘導した、と。」

 

「より正確に言えば、犠牲になる予定だったのはアバーフォース・ダンブルドアなんだけどね。アリアナ・ダンブルドアの一件は私たちにとっても完全に予定外だったわ。……これは別に言い訳ってわけじゃないわよ? あの場所で闘いが起こることを誘導したのは事実だし、当時アリアナ・ダンブルドアがあの家に居たのも承知の上だったから。」

 

なんか、やけに饒舌だな、私。皮肉げな表情で語る自分を不思議に感じていると、ダンブルドアは鷹揚に頷きながら続きを語る。……イラつく表情だ。何でそんなに余裕なんだよ。

 

「そこから先についてはお互いの認識に大きな違いは無いでしょう。長い時を掛けてようやくわしが決意を固め、そしてゴドリックの谷でゲラートを破った。無論、細やかな『介入』は多々あったのでしょうが。」

 

「まあ、そうね。色々と苦労させられたわ。そして伝説の決闘から時が流れたある日、貴方はそのことに気付いた、と。……ヒントは沢山あったわけだしね。宜なるかなって感じよ。」

 

「如何にも、その通り。……ここからが貴女の知らぬ話です。アリアナの一件に気付いたわしは、貴女への復讐を誓いました。アルバス・ダンブルドアの『吸血鬼狩り』というわけですな。」

 

「へぇ? 似合わないことをするじゃないの。」

 

この男が『復讐』ね。世界で一番似合わんぞ。肩を竦めて言ってやると、ダンブルドアも肩を竦めて苦笑を返してきた。

 

「おっしゃる通りです。……残念ながら、真っ当に貴女を憎むことは出来ませんでした。わしはあまりにも歳を取りすぎ、そしてアリアナの一件は過去になりすぎていましたから。当時のわしに残っていたのはもはや静かな悲しみだけ。激情に身を任せるほどの若さはとうに消え失せていたのです。」

 

「でも、成されたんでしょう? 貴方の『復讐』は。どういう意味なの?」

 

「……愛ですよ、スカーレット女史。わしは貴女に愛を教えることで、『吸血鬼』たる貴女を殺したのです。……どう思いますかな? 過去の自分が『死んでいる』とは思いませんか? 自分がひどく変わってしまった自覚は?」

 

「……まさか、咲夜を私に預けたのはそのためなの?」

 

そういう意味か。内心の動揺を押し殺して聞いてみると、ダンブルドアは困ったような表情で曖昧な頷きを寄越してくる。

 

「無論、それが全てではありません。フランとアリス。あの二人が居れば咲夜が幸せになってくれるだろうという確信もありましたから。……ですが、そういった考えもあったことは否定しませんよ。」

 

「やけに消極的な『復讐方法』じゃないの。遠回しな上に複雑すぎるわ。単純に私を殺そうとは思わなかったわけ?」

 

「それは正しい行いではありませんからな。わしは長いこと報復の無意味さや、憎しみに囚われることの愚かさを説いてきました。その当人がそれを行うわけにはいきますまい。……それに、わしには貴女を憎むことは出来ませんよ。こう言うと貴女は怒るかもしれませんが、当時の貴女はあまりにも幼すぎた。わしが憎むには子供すぎたのです。」

 

「あのね、私は五百年ほど生きてるんだけど? 貴方の五倍近くの年月をね。」

 

私が思わず放った抗議の声を受けて、ダンブルドアはゆっくり首を振りながら言葉を返してきた。

 

「では、貴女は昔のフランをどう思いますかな? 彼女の年齢はわしのそれを大きく超えていましたが、どうしようもなく『子供』だとは思いませんでしたか? 彼女が失敗を犯した時、貴女は大人として裁かなかったはずです。」

 

「私とフランは違うわ。そして、私にとってのフランと貴方にとっての私もね。」

 

「さて、ここは議論の分かれるところでしょうな。……もし貴女が過去の自分と今の自分の差を感じているのであれば、それは『成長』したからではありませんか? 精神が成熟したのですよ。それが出来ていなかった以上、貴女はどうしようもなく子供だったのです。」

 

「……変化と成長は違うでしょう? 成熟した後にも変化は起こるはずよ。」

 

確かに百年前の私はどうしようもないアホだった気がする。世間を知らず、判断も偏見に染まっていた。だが、今も根本的な価値観は変わってない……よな? 待て待て、分からなくなってきたぞ。私はどこまで変わったんだ?

 

混乱しながら反論を口に出した私に、ダンブルドアは目を瞑って語りかけてくる。

 

「貴女はわしにとって、最も手のかかる『生徒』でした。無論、貴女は今なお強力な吸血鬼ですし、変わらないものも確かにあるのでしょう。この老いぼれには変えられなかった部分が。……ですが、確かにわしは嘗ての貴女を『殺した』はずです。わしだけでは教えられぬ部分を、フランと咲夜が教えてくれましたから。」

 

「それが、貴方お得意の『愛』ってわけ?」

 

「今の貴女は知っているはずです。自身の全てよりもなお重きものを。他者の……人間の価値を。譲歩を、尊敬を。友情を、理解を。そして様々な愛の形を。嘗て知らなかった多くのことを知った今、貴女は昔よりもずっと『人間臭く』なったのですよ。」

 

「……私は未だ吸血鬼よ。残酷で、計算高い上位種。それは変わってないわ。」

 

くそ、上手く反論出来んな。何たって確かに変わってしまった自覚はあるのだ。苦い顔で抵抗する私へと、ダンブルドアは肩を竦めながら続きを話す。やけに余裕のある表情が実にムカつくぞ。

 

「であれば、わしの復讐は失敗でしたな。それはわしではなく、貴女自身が決めることですよ。」

 

「……なら、リーゼは? あの性悪に関してはどうなのよ。」

 

私が話題を変えてみると、ダンブルドアは一転して苦い表情になりながら返事を寄越してきた。

 

「さよう、それが難題でした。わしは貴女から話を聞くまでバートリ女史の存在には気付けませんでしたからな。貴女の『変化』がどうにかなりそうなところに、急に新たな『問題児』が現れた気分でしたよ。それも、貴女よりなお厄介な問題児が。」

 

だろうな。あの頃のリーゼは人間をひどく冷めた目で見ていたはずだ。深い苦笑で呟いたダンブルドアは、次に両手を大きく広げながら口を開く。再び一転、今度は晴れ晴れとした表情だ。

 

「しかし、何とか寿命を迎える前に間に合いましたよ。わしではなく、他ならぬハリーたちの力によって。……正直なところ、予想外でした。まさかあのバートリ女史があれほど変わるとは思いませんでしたから。……あれに関してはわしもまた敗者の一人です。老人のつまらん計画などよりも、彼らの純粋な愛が優っていたということでしょうな。」

 

「……まあ、リーゼが変わったってのには同意するけどね。」

 

冷ややかな目で人間を見下していたバートリ家の当主は何処へやら。今じゃあ未来の魔法界とやらについて、イギリスの舵取りをする私よりも真剣に考えている有様だ。下手すればフランよりも入れ込んでいるぞ、あいつは。

 

ちょろい吸血鬼だな、まったく。私が小さく首を振りながらため息を吐いたところで、紅茶で一息入れたダンブルドアが話を締めてきた。

 

「何にせよ、答えは貴女がたの胸の中にあります。この復讐劇の結末はそちらで記してくだされ。……ですが、わしは折り合いを付けました。もう誰のことも恨んではいませんよ。」

 

「貴方は……歪んでるわね、アルバス・ダンブルドア。今やっと貴方の異常性に気付けたわ。他者を真っ当に憎めないってのは健全なことじゃないわよ。」

 

「ほっほっほ、その自覚は大いにあります。トムが不死を渇望し、ノーレッジが知識に狂い、ゲラートが革命に囚われているように、わしは愛を盲信しているのです。故に皆こんな場所まで来てしまったのですよ。」

 

「業が深いわね、貴方たち魔法使いも。」

 

いつか誰かが言っていた。力ある魔法使いはどこか壊れている、と。……間違いではなかったな。ダンブルドアもまた自分の『ルール』に殉じる者の一人だったわけか。

 

ひどく疲れた頭で思考を巡らせていると、いきなりドアの方から拍手の音が……フラン? 愛しい妹がペチペチと手を鳴らしているのが目に入ってくる。いつの間に起きてきたんだ? どうやら話を聞いていたらしい。

 

「あーあ、負けちゃったね、お姉様。勝負ありだと思うよ。」

 

「……どういう意味かしら? フラン。」

 

「自分が一番分かってるくせに。認めたくないからって人に聞くのは良くないと思うよ。……こんにちは、ダンブルドア先生。それともこんばんは、かな? 私にとってはおはようなんだけどね。」

 

「それはとても難しい問いかけじゃのう、フラン。兎にも角にも、また会えて何よりじゃ。」

 

ダンブルドアに手を振りながら近付いてきたフランは、ソファの前で立ち止まって少しモジモジしたかと思えば、可愛らしくペコリと頭を下げて言葉を放った。金色のサイドテールが一拍遅れて落下している。

 

「あのね、えっと……アリアナちゃんを殺しちゃってごめんなさい、ダンブルドア先生。私もお姉様たちの『ゲーム』に参加してたんだ。……許してくれる?」

 

『殺しちゃってごめんなさい』だって? なんともフランらしい、どこか壊れている感じの謝り文句だな。取り繕う気がゼロすぎるぞ。あまりにも素直な台詞に私が呆れていると、一瞬虚を突かれたように黙り込んだダンブルドアは……やがてとびっきりの苦笑を浮かべながら口を開いた。

 

「これはなんとも……君らしいのう、フラン。反省しているのかね?」

 

「うん、あれはちょっとダメだったって思ってる。悪ふざけが過ぎたよ。私も、お姉様たちもね。……だから、反省してます! ごめんなさい!」

 

うーむ、今初めて分かったが、フランには謝罪の才能というものが全く無いらしい。『悪ふざけ』ね。どこまでも素直で、そしてどこまでも『吸血鬼的』な謝罪の言葉を受けたダンブルドアは、小さく微笑みながら返事を返す。普通の人間なら激昂しかねん場面だが、彼はフランの不器用な真意を汲み取ってくれたようだ。

 

「では、わしは君を赦すよ、フラン。よく勇気を出して謝ってくれたね。」

 

「うん、怖かったけど……ちゃんと謝らないとダメだから。ほら、お姉様も。」

 

むう、こっちに飛んでくるか。ジロリと睨み付けてくるフランに一瞬怯んだ後で、胸を張ってダンブルドアに向き直る。これが政治の場であれば謝ってやり過ごしたかもしれんが、今やっているのは腹を割った話し合いなのだ。本音でいかせてもらうぞ。

 

「謝らないわよ、私は。」

 

「……もう、意地張ってないで謝りなよ。その台詞はちょっと情けないよ、お姉様。」

 

「嫌。絶対に謝らないわ。それが私なりの礼儀よ。」

 

この子にはまだ分からんか。フランが呆れ果てた表情で首を振るのに対して、ダンブルドアは納得するかのように大きく頷いた。私なりに筋を通したのをダンブルドアは理解してくれたらしい。

 

これがレミリア・スカーレットなりのアルバス・ダンブルドアに対する手向けなのだ。真っ直ぐに深いブルーの瞳を見つめながら、ソファに寄りかかって賞賛を送る。五百年を通してあまり口にしたことが無い、混じりっけなしの素直な賞賛を。

 

「見事よ、ダンブルドア。貴方は私が知る中で最も偉大な人間だったわ。吸血鬼殺しのアルバス・ダンブルドア。きちんとスカーレットの歴史に刻んであげる。」

 

「きっと望外の名誉なのでしょうな、それは。」

 

「当たり前でしょうが。……あの世でも誇りなさい。」

 

見つめ合う私たちを怪訝そうな表情で見るフランを横目に、冷めてしまった紅茶に口をつけた。……負けたか、この私が。レミリア・スカーレットが。たった一人の魔法使いに。ただの人間に。

 

いやはや、心の底から敗北を感じたのは生まれて三度目だな。生まれてすぐのフランに一度、遠い昔リーゼに一度。どちらも私だけの秘密にしてあるが、三度目がまさか単なる人間相手だとは思わなかったぞ。

 

人間相手では、きっとこれが最初で最後の経験になるのだろう。久々に感じる敗北の味を飲み干しながら、レミリア・スカーレットは深く瞑目するのだった。

 


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