Game of Vampire   作:のみみず@白月

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アトリウムの戦い

 

 

「このっ……デプリモ(沈め)!」

 

襲い来る大蛇を象った炎を杖なし魔法で打ち払いながら、アリス・マーガトロイドはリドルの足元に向かって沈下呪文を放っていた。……さすがに一筋縄では行かないな。これは長引くことになりそうだ。

 

魔法省での戦いが始まってから僅かな時間が経過した今、アトリウムには激しい戦闘音が響き渡っている。目の前の決闘に必死で戦況を把握する余裕はないが、時折上がるアメリアの指揮を聞く限りではほぼ互角の戦いになっているようだ。

 

ただまあ、私にとっては少々動きにくい。死喰い人を巻き込むことに一切の躊躇がないリドルに対して、『常識人』たる私は味方を巻き込みかねない大規模な魔法を使えずにいるのである。だから地面を崩して戦いの場所を人の居ない九階に移したいのだが……まあ、そう簡単にはやらせてくれないか。

 

リドルは私の放った閃光を空中で打ち消すと、杖を素早く動かしながら問いを投げかけてきた。

 

「忌々しい女だ。この期に及んで何故気付けない? ダンブルドアの言葉など薄っぺらな綺麗事に過ぎないことに! ……愛? 愛だと? そんなものが本当に役に立つと信じているのか?」

 

その言葉と共に床を浸していた赤黒い液体が四方から覆い被さってくるのを、思いっきり杖を振って散り散りに吹き飛ばす。ふん、信じているさ。家族の愛、師の愛、そして友の愛。私はそれらに何度も救われてきたのだから。

 

「人の想いは力を持つのよ。時に堅固な法則すら捻じ曲げるほどの力をね。……貴方だって魔法使いなら分かるでしょう? 何も知らない子供が魔法を使う時のような、とても純粋な原初の力。私の信じているものはそれよ。」

 

「ならば憎しみとて同じことだ。怒りも、絶望も、渇望もな。それが愛である必要などない!」

 

「いいえ、あるのよ。……きっと貴方には分からないんでしょうね。この感情がどれだけ重いものなのかが。」

 

私には分かるぞ。己の全てを擲ってでも誰かのためになりたいという想いの強さが。憎しみや怒りのエネルギーだって否定はしない。確かにそれは人を、魔法を強くするのだろう。……だけど、私は信じているのだ。愛こそが最も重要で、最も強い力なのだと。

 

説明できないだろうな、これは。なんたってこの感情は理屈じゃないのだ。ならば、そもそも『それ』を知らないリドルは理解できまい。心の中の諦めを感じながらも、杖を振って自分の周囲を煙幕で包む。

 

フューモス(煙よ)。……貴方こそ、いつになったら自分の間違いに気付くの? 永遠の命なんてロクなものじゃないっていうのがまだ分からないのかしら?」

 

「それは弱者の言葉だな、マーガトロイド。途中で立ち止まり、諦めた者の言い訳だ。……だが、俺様は違う。どれだけの時を掛けようと、必ず至ってみせるぞ。何を犠牲にしようが、何を対価に捧げようが、必ずその場所にたどり着いてみせる。これまでそうしてきたようにな!」

 

叩き付けるような杖の一振りで私の煙幕を散らせたリドルへと、今度は散った煙幕を白い鎖に変えて巻き付かせていく。人形たちは……ダメか。リドルに寄り添う大蛇の妨害で上手く機能していないようだ。今日持たせているのは戦闘用の刃物なのに、その巨体が傷付いている様子もないし、ひょっとして魔法生物だったりするのだろうか? 何にせよ厄介だな。

 

「そして貴方には何が残るの? たどり着いたその場所で一体何をしたいっていうの? ……行き着く先は独りぼっちよ。仮に成功したところで、貴方はきっと後悔するわ。もう後戻り出来ない道の終点でね。」

 

「だから大人しく受け容れろと? 己の消滅を、消え去ることを唯々諾々と受け容れろと? ……そんなことは認められない。手の届く場所に永遠が在るのに、諦めることなど出来るものか!」

 

自身に巻き付いた白い鎖を無言呪文で焼き払ったリドルは、私に突きつけた杖を捻るように回しながら声を放った。

 

「聞こえの良い『正論』を並べ立てるのはさぞ気分が良いだろうな、マーガトロイド。……だが、誰もがそれに納得できるわけではない! ダンブルドアも、貴様も、何様のつもりだ? 一体何の権利があって人の『望み』に口を出す? 自分たちが納得できたからといって、俺様にも納得して引き下がれと?」

 

声と共に崩れた壁の破片が私に向かって飛んでくるのを、盾の呪文で防ぎながら返答を返す。分からず屋め。私たちがお前を止める理由はそこじゃないぞ。

 

「まるで子供の癇癪ね。ご大層な大義を偽って、人様に迷惑をかけているから私たちはそれを止めるのよ。邪魔されたくないんだったら、一人で勝手に研究して不死を目指してればよかったじゃないの。」

 

例えば、研究のために世を捨てたパチュリーのように。それなら文句など無いのだ。世界の隅っこで不死を目指すなり、トカゲを目指すなり、好きにやればいいさ。呆れたような口調で言い放ってやると、リドルは再び私の方に杖を突き付けて口を開いた。おや、怒ったか?

 

「偽っているのはどちらかな? マグルのために、ヨーロッパのために、魔法界のために。下らんな。本当は魔法族の誰もがマグルの上に立ちたいはずだ。イギリスの誰もがヨーロッパの頂点に立ちたいはずだ。誰かを下にすることで優遇され、優先されたいはずだ! ……だからこそ俺様にこれだけの魔法使いが付いてくる! 『本当の願望』を叶えてくれる俺様にな!」

 

「単なる我儘よ、それは!」

 

リドルの杖先から勢いよく放たれた緑の閃光を、渾身の盾の呪文で何とか逸らす。それが通ってしまえば世の中は滅茶苦茶になるんだぞ。譲り合い、妥協し合わなければ何にも出来ないだろうに。

 

「手に入れるぞ、俺様は! 自らの望むものの全てを! 地位を、力を、不死を! 貴様らのように己の心を偽り、安っぽい妥協などしない! 手を伸ばすことを止めない! それこそが人の本来在るべき姿なのだ!」

 

「原始的に過ぎるわね。純粋で、そして愚かだわ。」

 

あまりにも剥き出しの欲求だ。一切の仮面を被らずに、ただ己が望むままに突き進んでいく。……残念だが、やはり議論の余地は無さそうだな。リドルと私とでは根底を成す価値観が違いすぎる。どれだけ話し合ったところで、もはや分かり合うのは不可能だろう。

 

ならば、もう力で止めるしかあるまい。ほんの僅かに残っていた微かな希望が消え去るのを感じながら、準備していた呪文へと更なる魔力を注ごうとしたところで……アトリウム中に轟音が響き渡るのと同時に、頭上から大量のガラス片が降り注いできた。誰かが各階の窓やら何やらを思いっきり破壊したようだ。

 

「もうっ!」

 

「ちぃっ!」

 

面倒くさいことをしてくれるじゃないか。鏡合わせのようにそれを確認して、これまた同時に杖を振って左右にガラス片を吹き飛ばす。生まれた僅かな隙で周囲を見渡してみると、アトリウムの各所で戦っている顔見知りたちの姿が見えてきた。

 

アメリアはベラトリックス・レストレンジと一対一で均衡。向こうでエバン・ロジエールに押されているのは……ブラックとアーサーか、きつそうだな。やっぱりあの男と対等に戦えるのは魔法省だとムーディくらいのものなようだ。

 

それに防戦一方で斧と杖を持った大男と戦っているロビン・ブリックスと、三対一をなんとか凌いでいるロバーズ。その奥ではビルとチャーリー、それにパーシーのウィーズリー三兄弟が味方の先頭で杖を揮っている。

 

一瞬だけ見えた状況を脳裏に刻んでから、再び目の前のリドルへと向き直った。……厳しいな。未だ倒れている敵味方は少ないが、どこかが崩れれば一気に崩壊するだろう。味方にせよ、敵にせよだ。

 

「そもそも、どうして魔法省なんかに来たの? ロンドンのお馬鹿さんたちはすぐに制圧されるわよ? 勿論、ホグワーツもね。」

 

質より量で無言呪文を放ちながら問いかけてやると、リドルは凄惨な笑みを浮かべて答えてくる。……ふん、別に怖くないぞ。私はお前が子供の頃を知ってるんだからな。不安そうな、でもどこか期待しているような表情で、初めて目にするホグワーツ城を見上げていたあの頃を。

 

「それは貴様がこの場所を選んだからだ。……先ずは貴様を殺さねば何も始まらない。いつまでも俺様の歩みを止めさせてなるものか。ハリー・ポッターや魔法省などその後でどうにでも出来る。」

 

「あら、全部無理だと思うわよ? 最初に終点を選んだのが運の尽きね!」

 

変な順番だな。私の重要度なんか大したことないはずだぞ。疑問に思いながらも床に散らばるガラス片を浮かせて……リドルが私の無言呪文を捌いている隙に、人形と戦う大蛇の方へと殺到させた。このままでは堂々巡りだし、物は試しだ。先に人形たちの優位を確保してみよう。

 

オパグノ(襲え)!」

 

「余計な真似を……デパルソ(退け)!」

 

ふむ? 単なる牽制としてやってみたのだが、わざわざリドルは有言呪文を使ってまでそれを防いだ。妙だな。貴重な一手を使ってまで大蛇を助ける? リドルらしからぬ行動じゃないか。

 

感じた違和感に目を細めながらも、生まれた隙に付け込もうとしたところで……マズいな。視界の隅でロビンが吸魂鬼に押さえ付けられているのが見えてしまった。既に吸魂鬼は顔を覆っていたフードをたくし上げ、その異形の『口』を露わにしている。

 

周りのフォローは……ダメか。周囲の味方は皆余裕がなさそうだ。心の中の冷静な部分が送ってくる制止の声を振り切って、杖をそちらに向けて呪文を唱えた。きっついな、これは。先程の隙を差し引いても、一手リドルに譲ることになるか。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

吸魂鬼に向かってくるりと丸く杖を振る私の視界の端に、嘲るようなリドルの表情が映る。味方を見捨てられない私を愚かだとでも思っているのだろう。だが、これが私なのだ。ここでロビンを見捨ててしまえば、それはもう私ではない。

 

せめてもの抵抗として七体の人形を一斉にリドルへと差し向けつつ、私がライオンの守護霊を生み出した瞬間──

 

「……馬鹿な。」

 

私の隙を突こうと杖を振り上げたリドルがほんの一瞬、刹那の時間だけ動きを止めた。その目を大きく見開き、ロビンの下へと走る銀色の獅子を驚愕の表情で見つめている。まるで信じられないものを目にしたかのような反応だ。

 

「ヴェイ──」

 

何を見ているのか、何を考えているのか。そのままリドルが呆然と何かを呟こうとしたその一瞬の最中、真っ正面から近付いていた赤色の人形が彼の杖腕へと思いっきり剣を振り下ろした。

 

「ぐっ……ベラ!」

 

有り得ない。私はリドルが何らかの魔法で防ぐものだとばかり思っていたし、傍の大蛇にしてもそれは同意見だったのだろう。そうするだけの余裕も、技量も、経験も。彼には充分すぎるほどにあったはずだ。それなのにリドルの右腕は床へと落ちて、彼は焦った表情で血の吹き出す肘先を押さえている。

 

「……人形使い! 貴様!」

 

何が起こったのかと混乱する私の思考を、耳に入ってきたベラトリックスの叫び声が引き戻した。反射的に杖を動かして、飛んできた赤い閃光を弾く。……集中しろ、アリス。よく分からない事態だが、何にせよチャンスだぞ。

 

右手の杖で鬱陶しいイカれ女の呪文を捌きつつも、左手を地面に落ちた青白い腕の方へと向けて、未だ握られ続けている真っ白な杖を杖なし魔法で引き寄せた。

 

「アクシオ!」

 

呪文に従って切り落とされた手の中をするりと離れた歪な杖は、私とリドルを挟む空中で静止する。……リドルも残った左手を杖に向けているのを見るに、あっちも呼び寄せ呪文を使っているらしい。細やかな杖なし魔法は苦手だが、単純な綱引きなら負けないぞ。私を誰の弟子だと思ってるんだ。

 

「マーガトロイドさん! インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

「邪魔をするんじゃないよ、ボーンズ!」

 

アメリアが私に呪文を撃つベラトリックスを妨害するのを横目で確認しながら、全力で魔力を注いで杖を手繰り寄せる。杖なし魔法で最も重要なのは、必ずそうなるのだと思い込むことだ。自分の行使する魔法を信じて疑わないこと。

 

かくして静止していた杖がジリジリと私の方へと動き始め、リドルの顔が焦りに歪んだその瞬間……今度は巨体をくねらせて五体の人形を一斉に叩き落とした大蛇が、私に向かって物凄い勢いで突っ込んできた。

 

「……上海、蓬莱!」

 

「ベラ、ボーンズなどに構うな! こちらに集中しろ!」

 

防御を捨てたか? 受けて立つぞ。残った二体の人形をリドルへの攻撃に当てて、ベラトリックスから再び飛んできた呪文を右手の杖で防ぎながら、空いた左手でありったけの魔力を大蛇に放つ。

 

大蛇が傍に居ない状況では、杖のないリドルも二体の人形への対処で動けまい。残る五体の人形が復帰するか、体勢を崩されているアメリアが復帰するか。どちらにせよ私が僅かな時間を凌ぎ切れば勝ちだ。

 

「くぅっ……。」

 

目の前で巨大な口を覗かせて噛み付いてこようとする大蛇を、必死に杖なし魔法で押し留めていると……へ? びっくりした。今度は横合いから駆け寄ってきた銀色の獅子が、そのままの勢いで大蛇に思いっきり食らい付く。何でだ? 私は動かしてないぞ。

 

強靭さを感じさせる獰猛な動きで大蛇を組み伏せたライオンは、素早く巻き付いてくる大蛇の胴体には構わずに、両の手を使って頭と首を押さえ付けると……もがく大蛇の喉元にその大きな牙を突き立てた。

 

「……テッサ?」

 

「ナギニ!」

 

思い出すのは三年前のあの出来事だ。勢いに押されて倒れ込んでしまった私が呆然と呟き、二体の人形を杖なし魔法で打ち落としたリドルが悲痛な声で大蛇のものらしき名前を叫んだ後、いち早く立ち直ったリドルが地面に転がっていた自分の杖を引き寄せる。

 

飛んできた杖を手にしたリドルは、掠れた吐息と共にボロボロと崩れていく大蛇を一瞥してから、搾り出したような大声をアトリウム中に木霊させた。その顔にはもはや余裕の欠片もなく、ありありと怒りの表情が浮かんでいる。

 

「……退くぞ!」

 

その声を受けて、ふわりと消えていく獅子を見つめていた私も慌てて立ち上がった。色々と疑問はあるが、考えるのは後回しだ。今は目の前の戦いに集中しなくては。……でも、どうする? 分霊箱が残る限り、リドルを殺すことは出来ないぞ。

 

ならば、せめて捕らえる努力をしてみよう。決意を固めて杖を構え直したところで、リドルを追おうとする私を邪魔するように呪文の閃光が飛んでくる。ああもう、どこまでも邪魔な女だな、まったく!

 

「やらせないよ、人形使い!」

 

「邪魔よ、ベラトリックス! 引っ込んでなさい!」

 

先程まであの女の相手をしていたアメリアは、追撃を防ごうとする他の死喰い人に絡まれてしまったらしい。血の滴る腕を押さえながら遠ざかるリドルを横目に、ベラトリックスの呪文を捌いて反撃を飛ばす。今はお前に構っている余裕なんか無いんだぞ!

 

「あんまりナメないで頂戴。十五年前ならともかく、もう貴女如きじゃ相手にならないわ。」

 

「黙りな! よくもあの方の腕を! よくも! アバダ・ケダブラ!」

 

憤怒の形相で撃ち込んでくる呪文を、冷静に受け流して優位を詰めていると……部下を纏めながら暖炉の立ち並ぶアトリウムの端っこまで後退していたリドルが、くるりと振り返って言葉を放った。何気ない調子の、ひどく乾いた声色で。

 

「ベラ、最後の命令だ。俺様のために死ね。」

 

何を……? その声が聞こえた瞬間、ベラトリックスは一瞬だけ無表情になった後、刹那の後には狂気を感じる笑い声と共に杖を振り上げる。嬉しそうな、それでいて悲しそうな。私の人生では見たこともないほどに壮絶な笑みだ。

 

「……私の全てはご主人様のために! ボンバーダ・マキシマ!」

 

マズい、武装解除を……間に合わないか。振り下ろした杖から自身の足元に閃光が向かう瞬間、ベラトリックスはまるで憑き物が落ちたかのような微笑みを浮かべて──

 

「プロテゴ!」

 

私が有言魔法を唱えたのと同時に、ベラトリックスを中心とした大爆発が起こった。個人の魔力で引き起こしたとは思えないほどの爆発だ。吹き飛ぶ瓦礫と爆風をなるべく背後に飛ばさないように防いだ後、杖を振って立ち込める煙を払ってみれば……逃げられたか。緑の炎と共に消えて行くリドルの姿が見えてくる。

 

……これも一つの自己犠牲だな。リドルは気付いているのだろうか? ベラトリックス・レストレンジ。彼女の行動もまた、愛によるものであることを。だからこそあれほどの規模の爆発を起こせたのだろう。

 

「まだ気を抜かないように! 残った死喰い人たちを無力化なさい! 倒れていても油断してはいけませんよ!」

 

指揮を執るアメリアの声を背中で感じつつ、優に九階まで貫通している爆心地を見つめる。……嫌な終わり方だな。いくら友の仇と言えど、こんな最期はあまりに哀れだ。刹那に浮かべたあの微笑みは最期まで役に立てた喜びからなのか、それとも己を縛る愛から解放されたからなのか。

 

徐々に収まっていく戦闘の音を聞きながら、アリス・マーガトロイドは虚ろなその穴を瞳に映すのだった。

 


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