Game of Vampire   作:のみみず@白月

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巣立ち

 

 

「ハーマイオニー、その顔はもうやめてよ。心配しなくても僕は自分に死の呪いを使ったりはしないから。……少なくとも今はね。」

 

学期末パーティーが始まる直前の大広間。周囲の喧騒を背にうんざりした表情で言うハリーに対して、アンネリーゼ・バートリは小さく苦笑いを浮かべていた。本人は真剣そのものなのだが、ハーマイオニーのこの顔は確かにうんざりするだろうな。

 

なにせ校長室での話を二人に伝えて以来、ハーマイオニーは常にハリーが『自害』しないかを警戒しているのだ。……うーむ、ハリーの伝え方にもちょっと問題があったな。ダンブルドアよりも自分が死ぬべきだって部分を強調しすぎたのかもしれない。

 

そして、ロンの方はハーマイオニーほど態度に出さないまでも、心情的には彼女寄りのようだ。ハリーが杖を握る度に二人してジッとそれを見る、というのがこの数日間繰り返されているのである。

 

私がテーブルに肘を突きながら面白いやり取りを眺めていると、隣に座るハーマイオニーが若干バツの悪そうな表情で反論を口にした。

 

「そりゃあ、分かってるわよ。そんなこと心配してないわ。……でもね、ハリー? 自分が死ねばいいだなんて言わないで頂戴。私、どうしても不安になっちゃうのよ。」

 

「そうだぜ、ハリー。ダンブルドアがどうとかじゃない。君のことが心配なんだよ。頼むから『そういう提案』をするのはもうよしてくれ。」

 

これは分が悪いな。少し目が潤んでいるハーマイオニー、かなり真剣な表情のロン。二人の懇願を受けたハリーは、勢いを弱めながらも返事を返す。

 

「……悪かったよ。僕だって死にたいなんて思っちゃいないさ。だけど、ダンブルドア先生と僕、どっちに価値があると思う? 誰に聞いたってダンブルドア先生だって言うはずだ。」

 

「前にも言った通り、私はハリーだと思ってるけどね。」

 

「私もそうよ。もちろんダンブルドア先生のことは尊敬してるわ。偉大な魔法使いだし、死んで欲しいだなんて一切思ってない。……でも、どちらかを選べって言うなら私はハリーを選ぶわよ。」

 

「僕もだ。誰に非難されようが、僕はハリーの方に生きて欲しい。そんなの当たり前だろ? 友達なんだから。」

 

そら見ろ、三人中三人がハリーを選んだぞ。得票率百パーセントだ。私たちの答えを聞いたハリーは面食らったように言葉に詰まると、モゴモゴと小さな声で話し始める。顔が赤いぞ、ポッター君。

 

「ん……それは、嬉しいけど。僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ。」

 

「ま、言わんとしていることは分かるさ。そして、こればっかりはキミとダンブルドアの問題だよ。世間の評価なんかさして重要じゃないんだ。また今度二人で話してみたまえ。」

 

「……そうだね、そうするよ。」

 

「なら、この話はこれで終わりにしよう。ダンブルドアとの話が進展するまで二人は『警戒』をやめて、ハリーは『破滅願望』をやめる。……いいね?」

 

私がその場の全員を見回しながら問いかけると、三人ともがコックリ頷きを寄越してきた。よし、これでいつも通りだ。私がうんうん頷いて満足したところで、遅れて到着した三年生二人がそれぞれ私とハリーの隣に座り込んでくる。

 

「よっ! 何の話をしてたんだ?」

 

「他愛もない世間話さ。……それより咲夜、ご褒美は何がいいか決まったかい?」

 

「まだですけど、本当にいいんですか?」

 

「当たり前だろう? 四位は快挙だ。学生時代のアリスにだってあげてたんだから、キミだって貰って然るべきなのさ。」

 

つまりはまあ、学期末テストで咲夜が高得点を取ったのだ。今年は一気に順位を上げて学年四位。これは普通に秀才と呼べる範囲内だろう。悩む咲夜に微笑みかけていると、その向かいの見習い魔女が声をかけてきた。

 

「私には無いのかよ。普通に十位以内だぞ。」

 

「毎年のことだが、キミはもっと魔法史を勉強したまえよ。それさえどうにかすれば一位だって夢じゃないだろうに。」

 

対する魔理沙は唯一魔法史だけで一気に点を落としている感じなのだ。天文学と魔法薬学ではぶっちぎりのトップ、防衛術も呪文学も薬草学も三位以内だし、飼育学と変身術、ルーン文字もかなりの高得点らしい。マグル学はそもそも平均点が低いので無視していいとして、やっぱり勿体無い気がするぞ。

 

私の呆れた声に、当の魔理沙はカラカラと笑いながら返事を返してくる。

 

「別にいいさ。私は私にとって必要なものだけ頑張ろうって決めたんだ。魔女らしく、な。」

 

「ふぅん? ……悪くない考え方だね。キミがそう考えてるなら私から言うことはないさ。」

 

「それで、ご褒美は?」

 

「欲しいならアリスから貰いたまえ。私は知らんよ。」

 

素っ気なく肩を竦めてやると、魔理沙も同じ動作をしてから引き下がった。まあ、別に本気で言っているわけではあるまい。本当に欲しい物があるなら買う金はあるはずだし。

 

とはいえ『ミス・勉強』にとっては看過し難い問題だったようで、テーブルに身を乗り出してお説教をし始める。

 

「だけど、リーゼの言う通りよ? マリサ。貴女がやれば出来るってのは間違いないんだから、わざわざ点を落とすのは勿体無いわ。来年は私が魔法史を教えてあげる。……うん、もっと早くそうすべきだったのよ。再来年は私がイモリ、貴女がフクロウだものね。余裕のある来年こそが勝負だわ。」

 

「あー……ハーマイオニー? ありがたいけど、私は現状で満足してるぞ?」

 

「いいえ、やるべきよ。咲夜もまだまだ伸びるし、私の良い復習にもなるでしょ? 三人で勉強すれば一石三鳥じゃないの。」

 

「へ? 私もなんですか? ……あの、私は自分で何とか出来ますから。大丈夫ですよ?」

 

巻き込まれた咲夜は絶望の表情を浮かべているが……うむ、もう逃げられまい。ハーマイオニーの頭の中では既に授業計画が組み上がっているはずだ。温度差の激しい三人に苦笑を送ったところで、教員席の後ろのドアからダンブルドアとパチュリーが大広間に入ってきた。

 

これはまた、面白いな。歓迎会の時と全く同じ状況だというのに、生徒たちの反応だけが全然違うぞ。今やパチュリーに注がれるのは正体不明の校長代理に向ける不安の視線ではなく、大魔女に向けられる畏敬の視線に変わっている。

 

そんな大魔女どのを背後に引き連れたダンブルドアは、そのまま教員席の中央に軽やかな歩調で移動すると、大広間中に響き渡る大声を放った。ちなみにパチュリーは我関せずと自分の席に座って本を取り出している。無理やり連れて来られたのか? ご愁傷様だな。

 

「久し振りじゃな、諸君。再びこの場所に立ち、君たちの顔を見ることが出来て感無量じゃ。……さて、今年も一年が過ぎた。平穏ならざる一年が、苦難に満ちた一年が。それでも我々は何とか乗り越えることが出来たのじゃ。先ずはそのことに感謝しようではないか。」

 

穏やかな声で語りながら大広間を見渡すダンブルドアは、何人かの生徒に目を向けて続きを話す。

 

「じゃが、我々の平穏を守るためにその命を犠牲にした者も多い。この大広間に座る諸君らの中には、近しい存在と別れることになった者も居るじゃろうて。忘れるでないぞ? 生徒たちよ。忘れぬことこそが彼らに対する最大の礼儀なのじゃから。……さあ、盃を掲げようではないか。英雄たちに!」

 

まるで去年の焼き増しだな。だから今年も寮旗は飾られていなかったわけか。ダンブルドアの言葉に従って、生徒たちが一斉にゴブレットを掲げた。……困惑気味の一年生以外は誰もが神妙な表情だ。一年前の今日のことを思い出しているのだろう。同じようにゴブレットを掲げた日のことを。

 

暫く大広間を静寂が支配した後、生徒たちがゴブレットを下ろしたのを見計らってダンブルドアが演説を再開する。

 

「そう、彼らのお陰でイギリスを覆う闇は晴れたのじゃ。諸君らの聞いている通り、ヴォルデモート卿にはもはや大きな力は残されていない。そして、魔法省は油断なく残る闇をも消し去ろうとしておる。……今年一年に渡る戦争は終わった。次は再生への道を歩もうではないか。」

 

ダンブルドアの言葉を受けて、生徒たちの間に弛緩した空気が伝播した。魔法省の宣言よりも、予言者新聞の記事よりも、ホグワーツに広がる噂話よりも、ダンブルドアの言葉こそが彼らに現実を実感させたようだ。

 

僅かに柔らかくなった空気に微笑みつつも、ダンブルドアは次にマクゴナガルを手で示しながら口を開く。

 

「これを機にホグワーツも新たな時代へと突入することになる。来年の一月以降、ホグワーツを総括するのはマクゴナガル先生となるじゃろうて。……うむ、わしは引退するというわけじゃな。」

 

「おいおい、マジかよ。辞めんのか、ダンブルドア。」

 

「……ビックリね。」

 

途端、大広間を生徒たちの騒めきが覆い尽くした。魔理沙と咲夜も驚きを露わにする中、五年生三人組は何とも言えぬ表情だ。何故その時期を選んだのかをよく理解しているのだろう。

 

ただまあ、実際のところは一月よりも前になりそうだな。計画の大枠を組み立てているレミリア次第になるが、リドルとはもうちょっと早く決着を付けることになるはずだ。……心の準備をさせておこうってことか?

 

何にせよ生徒たちにとっては受け入れ難い言葉だったようで、誰もが……ホグワーツを去り行く七年生までもが何故なのかと困惑している。ダンブルドアはそんな生徒たちの反応に苦笑した後、静かにその理由を語り始めた。

 

「うむ、うむ。別れを惜しんでくれるのは嬉しいことじゃな。わしも寂しくないと言えば嘘になるよ。……じゃが、わしはもう歳なのじゃ。今年一年、わしが居なくともイギリス魔法界は立派に戦えたではないか。老いた英雄などもはや不要じゃよ。新たな時代の幕を開ける時が来たのじゃ。」

 

大々的に戦争に参加せず、うろちょろと要所要所にのみ顔を出していたのはその『言い訳』のためか? 私が呆れた視線を向けるのを他所に、ダンブルドアは吹っ切れたような笑みを浮かべながら高らかに声を放つ。

 

「ほっほっほ、この老人にも遂に巣立ちの時が訪れたというわけじゃな。愛するホグワーツを『卒業』する時が。なに、心配は無用じゃ。マクゴナガル先生はわし以上の偉大な校長になってくれることじゃろうて。……じゃが、少々涙脆くておっちょこちょいなところもあってのう。だから支えてやっておくれ、生徒たちよ。嘗てわしが支えられたように、歴代の校長たちが支えられたように。ホグワーツの新たな時代を、君たちも一緒に作っておくれ。」

 

ダンブルドアの言葉を聞いて、パチュリーの隣に座っているマクゴナガルは照れるように縮こまってしまった。それを見た生徒たちが苦笑しながらパラパラと拍手を送り、徐々にそれは大広間を包み込むほどの大きさになっていく。

 

「ま、悪くない『継承式』だね。マクゴナガルなら誰もが納得するだろうさ。」

 

「そうね、マクゴナガル先生の頑張りはホグワーツの皆が知ってるもの。」

 

「頑張り過ぎてたくらいだけどね。」

 

ハーマイオニーの言葉に、混じりっけなしの同意を返す。これで我らが副校長どのの努力は報われた……のか? 私から見れば、ホグワーツの校長なんぞ更なる苦難にしか見えないんだが。

 

まあ、私の懸念はどうあれ、マクゴナガルにとっては嬉しい拍手だったようだ。立ち上がって拍手を送る生徒や教員たちにお辞儀を返すと、少し赤いお澄まし顔で席に座り直している。

 

それを見て大きく頷いたダンブルドアは、最後に残ったグリフィンドール生たちの拍手が止むのを待つと、再びよく通る声で連絡事項を話し始めた。

 

「それでは、料理で頭がいっぱいになってしまう前に少しばかり事務的な話をさせてもらおう。今年は例年と違って、夏休み中もホグワーツに残ることが出来るようになっておる。希望者は玄関ホールの申請書に必要な事項を記入して提出するように。七月のみ、八月のみといった滞在も可能じゃ。そうしたい者はホグワーツ特急の時刻表もチェックしておくのが賢明じゃな。……そして当然ながら、保護者のサインも必要となる。『家出』には使わぬように。家出して家に戻ってくるなど何の意味もないじゃろう?」

 

そう言ってクスクス微笑んだダンブルドアは、手を振り上げていつもの食事の合図を放とうとするが……直前になって何かを思い出したように動きを止めると、悪戯げな表情で追加の言葉を口にする。

 

「おっと、忘れるところじゃった。歓迎会での『賭け』は覚えているかね? ……ほっほっほ、わしは杖を折らずに済んだようじゃな。では、食事じゃ! 好きなだけ飲み、食べよ!」

 

生徒たちの反応を見て会心の笑みを浮かべたダンブルドアは、今度こそ食事の合図を放つ。それに苦笑したロンが、現れた料理を盛り付けながら肩を竦めてきた。

 

「誰も忘れちゃいないと思うぜ。だってほら、ダイアゴン横丁のお菓子屋ではマカロンが軒並み品切れになってるんだってさ。ジョージが言ってたよ。」

 

「それは重畳。あの陰気魔女も暫く茶菓子に困らなくて喜んでるだろうさ。」

 

「そいつはどうかな? フレッドは『火吹きマカロン』を箱で送ったって言ってたぜ。度胸あるよな、あいつ。」

 

「……双子の片割れ君が正体不明の呪いにかからないことを祈っておくよ。」

 

望み薄かもしれんがな。乗ってきた魔理沙の相槌に適当な返事を返しつつ、ソーセージロールを皿ごと確保するのだった。よしよし、今日のは一段とサクサクじゃないか。こいつは誰にも渡さんぞ。

 

───

 

そして翌日。通算何度目かも分からなくなったホグワーツ特急の退屈な旅も終わり、ホームに降り立った私はハーマイオニーとロンに質問を投げかけていた。……そのうんざりした顔はよしてくれ。私だってしつこく聞いてる自覚はあるんだから。

 

「いいかい? 何度目かの質問になるが、ハリーに付いて来たいって意思は変わらないんだね?」

 

「正確には六回目の質問よ。そして答えはこれまでの五回と一緒、変わらないわ。」

 

「しつこいぞ、リーゼ。意地でも付いて行くからな。」

 

「行動力があるようで何よりだよ、まったく。それならきちんと両親に伝えて、同行する許可を貰いたまえ。……ズルは無しだぞ。後で確認するからね?」

 

特にハーマイオニーの両親なんかはリドルのことなど知らんだろう。だが、きちんと説明すれば間違いなく止めるはずだ。十六歳の娘をテロリスト退治に向かわせる親が居てたまるか。

 

私のこれまた何度目かの注意を受けた二人は、ちょっとだけ怯んだように頷きを返してくる。

 

「……分かってるわ、パパとママにはきちんと伝えるわよ。」

 

「うん、僕も分かってる……けどさ、もしダメだって言われても──」

 

「ダメだと言われたら、ダメだ。それがダンブルドア側からの条件だからね。こればっかりは何があっても覆らないと思うよ。」

 

当然、私としてもそうなって欲しい。楽しい旅行になるはずなどないのだから。ロンの言葉を遮って断言したところで、ホームの奥から件のウィーズリー家の女主人が近付いてきた。……頼むぞ、モリー。息子を止めてくれ。

 

「ロン! そこに居たの! ……それで、残りのバカ息子たちは何処なの? 悪戯専門店を開こうだなんて言う大バカたちは何処に逃げたのかしら? 隠してるなら吐いた方が身の為よ、ロナルド!」

 

「あー……僕は知らないよ、ママ。杖に誓って知らない。別のコンパートメントだったんだ。」

 

「なら、貴方はここに居なさい。決して動かないように。……逃がしゃしませんからね、ジョージ、フレッド! 出てきなさい!」

 

うーむ、悪戯専門店を開く許可はまだ得られていないようだな。怒り心頭で双子を探しに行くモリーの姿を見て、ロンが情けない表情でポツリと呟く。

 

「『あれ』を説得しないといけないのか? ……頼むよ、リーゼ。どうにかならない?」

 

「ならないね。そのうち『家庭訪問』に行くから、嘘は無意味だぞ。付いて来たいなら『あれ』を説得してみせたまえ。」

 

「悪夢だよ。……本当に悪夢だ。」

 

ガックリと肩を落としたロンを尻目に、今度はハーマイオニーが声をかけてきた。何故かちょっと嬉しそうな表情だ。

 

「ってことは、私の家にも来るの?」

 

「そりゃあそうさ。グレンジャー夫妻にも意思確認をしないとね。」

 

「あら、それはちょっと楽しみね。マグルの歯科医についての認識を改めてもらわないと。パパに歯のチェックをしてもらうってのはどうかしら?」

 

「……拷問には屈さないぞ、ハーマイオニー。脅しても無駄なんだからな。」

 

ドリルやら針金やらに恐れをなして引き下がると思ったら大間違いだぞ。ムズムズしてきた歯の裏を舌で舐めながら言ってやると、ハーマイオニーは呆れたような表情で返事を寄越してくる。

 

「ほら、それが間違った認識なの。拷問じゃなくて、治療と予防よ。吸血鬼だって虫歯にはなるでしょ? ……なるのよね? ひょっとしてならないの?」

 

「断じてならない。だから吸血鬼に歯科医は不要だ。……おっと、ハリーが来たぞ。」

 

危ない方向に進み始めた話題を、こちらに戻って来るハリーで逸らす。彼は迎えに来たブラックやルーピンと話していたのだ。一応護衛役らしいが……ブラックはギプス付きの杖腕をアームリーダーで吊っているぞ。あんな状態で役に立つのか?

 

というか、あの状態で変身したらどうなるんだ? ギプス付きの大型犬にでもなっちゃうんだろうか? アニメーガスの不思議について思考を巡らせる私に、近寄ってきたハリーは安心したような声色の報告を放ってきた。

 

「シリウスは大丈夫みたい。あと一ヶ月くらいで治る傷なんだって。」

 

「となると暫くフリスビーはお預けだね。ゴムボールもだ。……さすがに大丈夫だと思うが、家までは二人の側を離れないように。私はちょっと用事があって付いて行けないんだ。」

 

「うん、分かってる。付き添い姿あらわしで一瞬なんだから大丈夫だよ。……それよりさ、分霊箱の話ってシリウスにはしても平気? まだ知らないみたいだったから、ひょっとして隠してるのかと思って。」

 

「まあ、話して構わないよ。ブラックは煩そうだから伝えるのが嫌だったんだが、そろそろ話しておくべきだろうさ。クレームは一切受け付けないとだけ言っておいてくれ。」

 

それに、ブラックもハリーの死など到底望まないはずだ。安全については煩く言ってくるかもしれんが、そこだけは私の味方になってくれるだろう。……いやぁ、親バカは味方に付けると扱い易くていいな。内心の計算を隠して言ったところで、人混みの中からグレンジャー夫妻が近付いてきた。

 

「ハーミー!」

 

「パパ、ママ! ……ただいま、二人とも。」

 

「ああ、無事に帰ってきてくれて本当に良かった。手紙が届くまでは二人で寝ずに心配していたんだよ? 臨時休業の看板を使ったのなんて、ハーミーが生まれた時以来だ。」

 

「そうよ。本当に、本当に心配したんだから。あの動く新聞で『ホグワーツで戦いがあった』って文字を見つけた時の私の気持ちが分かる? 何処に問い合わせたらいいのかも分からないし、迎えに行こうにも場所が分からない。とっても不安だったんだから。」

 

ハーマイオニーをギュッと抱きしめながら言ったグレンジャー夫人は、潤んだ瞳で尚も文句を言い募る。ハーマイオニーの実家でも予言者新聞を取っていたのか。事前情報が少なかった分、余計に心配だったのだろう。

 

「怖かったわ。……帰ったらもっときちんと魔法界のことを教えてもらいますからね。自分たちが勉強不足だってことをパパとママは痛感したの。」

 

「えっと……ごめんね、ママ。私ももう少し詳しく話しておくべきだったみたい。」

 

対するハーマイオニーはちょっと苦い表情だ。例の相談のハードルが上がったと思っているのかもしれない。……いいぞ、グレンジャー夫人。その調子だ。おてんば娘を止めてくれ。

 

皆が家族愛の光景を微笑ましく見る中、私だけが悪どい笑みで大きく頷いていると……おや、モリーが双子を引き連れて戻ってきた。二人揃って両側から必死に説得を続けているが、当のモリーは聞く耳持たぬといったご様子だ。あれは苦戦しそうだな。

 

「さあ、行きますよ、ロン! ……あら、グレンジャーさん。これはこれは、お久し振りで──」

 

厳しい顔から一転、グレンジャー夫妻を見つけて『ご近所付き合いモード』になったモリーを横目に、困り顔の双子に近寄ってそっと囁きかける。

 

「許可が無いなら、土地も無しだ。分かってるね?」

 

「……分かってるさ。お袋はあんな感じだけど、もうすぐ落ちる。問題ないよ。数日で決着が付くから、そのまま準備は進めておいてくれ。」

 

「結局のところ、これが唯一の道だってのはお袋にも分かってるんだ。今は怒ってるけど、それが収まった後に渋々認めるはずさ。」

 

「悪童ここに極まれり、だね。大いに稼いで恩返ししたまえよ?」

 

くつくつと笑いながら言ってやると、双子はシンクロした動作で肩を竦めて頷いてきた。……まあ、モリーの親心はちゃんと伝わっているようだし、この二人ならば無下にはすまい。

 

さてと、モリーとグレンジャー夫妻の『心配談義』が盛り上がっちゃってるし、今年は私たちが先に帰ることになりそうだ。咲夜と魔理沙は……ちょうど同級生たちとの別れを済ませたらしい。こっちに向かって歩いて来ている。

 

近付いてくる金銀コンビを横目に、ハリーたちに向かって声を放った。

 

「それじゃ、私は先に失礼させてもらうよ。ハリーの家には七月の真ん中頃、二人の家には八月のどこかでお邪魔するから、そのつもりでいてくれたまえ。」

 

「うん、覚えとくよ。」

 

「家に来るのを楽しみに待っておくわ。……それまでには何とか説得してみせるから。」

 

「出来れば僕の家は最後に回してくれ。だってほら、ママの説得に時間がかかるのは目に見えてるだろ?」

 

それぞれの返事に頷いてから、駆け寄ってきた咲夜と魔理沙が三人に別れを告げるのを待って……ホーム脇に設置されている暖炉に向かって歩き出す。今年はアリスも忙しいので迎えは無しだ。先ずは魔理沙をダイアゴン横丁の人形店に送り届けねばなるまい。

 

そして、紅魔館に帰ったらすぐさまソヴィエトに飛ばねば。タイムリミットが定まっている以上、『意識革命』に関してはこの二ヶ月が肝となるだろう。ゲラートも近いうちに表舞台に出るわけだし、レミリアも着々と準備を進めている。だったら私も『伝書コウモリ』の仕事をやり遂げようじゃないか。

 

去年に続いて忙しくなりそうな夏のことを思いながら、アンネリーゼ・バートリはフルーパウダーを暖炉に投げ込むのだった。

 


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