Game of Vampire   作:のみみず@白月

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母の苦悩

 

 

「有り得ません! 絶対に、絶対に有り得ませんからね! 私の目の黒いうちは決して許しませんよ!」

 

杖を振って食器を清めながら激怒するモリーに、アリス・マーガトロイドは困ったような苦笑いを浮かべていた。まあ、母親だったら当然の反応だと言えるだろう。それがモリー・ウィーズリーなら尚更だ。

 

リーゼ様と咲夜、それにパチュリーが紅魔館に帰って来てから数日が経過した今日、咲夜や魔理沙を連れて隠れ穴を訪れているのだ。昼食がてら相談があるとの手紙を受けて、軽い気持ちで遊びに来ちゃったわけだが……参ったな。どうやら厄介な事態に巻き込まれたみたいだぞ。

 

既に咲夜と魔理沙はジニーと遊びに行ってしまったし、アーサーとビルとパーシーは仕事で、チャーリーは食事を終えた直後に上階へと避難済み。残る双子はダイアゴン横丁の出店予定地に泊まり込んでいるらしい。結果として大きな食卓に残されているのは困り顔の私と、決然とした表情を浮かべるロンだけだ。

 

つまり、モリーとロンが先程から激論を交わしているのである。その議論は完全に平行線。『ハリーに付いて行く』と主張するロンと、それに反対するモリーの間に挟まれてしまったわけだ。

 

「僕は、絶対にハリーと一緒に行く。絶対にだ。」

 

「あら、それであなたに何が出来るのかしらね? バートリさんや、ダンブルドア先生のお邪魔になるだけでしょうが! 弁えなさい、ロナルド・ウィーズリー! あなたはまだ子供なんです!」

 

「ママはまた四年生の時みたいにハリーを一人にしろって言うのか? ……確かに足手纏いかもしれないけど、それでもハリーの隣には誰かが居るべきなんだよ。それはリーゼでも、ハーマイオニーでもなく、僕の役目なんだ!」

 

「いいえ、お母さんは許しません。……そもそも、ハリーが例のあの人を探すだなんて部分にも納得してないんですからね! バートリさんもダンブルドア先生も一体全体何を考えているんだか。……マーガトロイドさんは何かご存知なんですか?」

 

ありゃ、矛先がこっちに飛んできたか。困惑半分、心配半分の表情で聞いてきたモリーに、一つ頷いてから返答を返す。うーむ、そうしている間にも食器がどんどん片付いているのが熟練の技を感じさせるな。

 

「必要なことなのよ、モリー。私だって行かせたくはないけど、どうしてもそうする必要があるの。予言のことは貴女も知っているでしょう?」

 

「それは、そうですけど……でも、あんまりです。あの子は充分すぎるほど辛い思いをしてきたっていうのに、最後の最後までこんなことに付き合わせるだなんて。……どうにかならないんですか? ダンブルドア先生や、ノーレッジさんでも?」

 

縋るような表情で問いかけてきたモリーへと、力なく首を振って返事に代える。私だって全てに納得しているわけではないのだ。ハリーの運命、そしてレミリアさんから聞いたダンブルドア先生の自己犠牲。可能ならば別の道を選びたい。

 

だけど、図書館に戻ったパチュリーは既に決心しているようだった。そしてリーゼ様や、レミリアさんもその道を是としているらしい。それならきっと、もう私が口を出せるような段階ではないのだろう。

 

だったら私も覚悟を決めてそれに付き合わなければ。リドルに関して一番責任があるのは他ならぬこの私なのだ。それなのに何もかもをダンブルドア先生たちに任せるわけにはいかない。

 

無意識に杖の柄を撫でながら考えていると、食器を片付け終えたモリーがロンに向かって言葉を放つ。厳しい母親の表情だ。

 

「とにかく、あなたはダメです。ハリーに関しては私に口出しできることじゃありません。でも、あなたは私の息子なの。だからあなたが何と言おうと、そんな危険な旅に付いて行くのなんて断じて許しませんからね。」

 

「どうしてさ! ママだってハリーのことは心配だろ? 僕はそれよりもずっと、ずっと心配なんだ!」

 

「そして、私はあなたがハリーを心配する以上にあなたのことを心配しているの。……あなたよりも遥かに優秀な魔法使いが、何人も何人も例のあの人に殺されてきたんですよ? それなのに自分の息子を向かわせる母親が居ると思う? ……さあ、話は終わりです。上に戻って宿題をなさい。」

 

「……僕は諦めないぞ。ママがなんと言おうと、ハリーと一緒に行くからな!」

 

最後にそう宣言したロンは、勢いよく席を立つと二階への階段を上って行った。……ロンの気持ちも分かるが、今回ばかりは私もモリーに賛成だ。戦場は子供を向かわせるような場所じゃない。

 

ドスドスという荒々しい足音が響いた後、天井からドアがバタリと閉まる音が聞こえたところで……モリーが大きなため息を吐きながら席に着く。毅然とした顔から一転、ひどく疲れた表情だ。

 

「本当にもう、どうしてあんなことを言い出すのやら。……頑固なのはウィーズリーの血ですね。ビルが呪い破りになった時も、チャーリーがドラゴン使いになった時も、パーシーが良い就職先を蹴った時もあんな感じでしたよ。」

 

「まあ、それには同意するけどね。双子の方も自分の道を貫いてるみたいじゃないの。八月には店を開くんでしょう?」

 

「ええ、今じゃ悪戯専門店なんてのは些細な心配事ですよ。ロンの問題に比べれば遥かにマシです。……こんな風に思う日が来るとは思いもしませんでしたけどね。」

 

弱々しい苦笑を浮かべて言うモリーは、壁にかかった時計へと目をやっている。九本あるうちの二本……件の双子の針は、アーサーやビル、パーシーなんかと同じように『仕事中』を指しているようだ。

 

うんうん、頑張ってるじゃないか。早くも夢を叶え始めた双子の努力に微笑みつつも、物憂げなモリーへと慰めの言葉を送った。

 

「困った事態なのは確かだけど、それだけ大切な友達が出来たってことでもあるわ。貴女の子育ては見事の一言ね。揃いも揃って自慢の子供たちじゃないの。」

 

「こうなってしまっては素直に喜べませんけどね。……サクヤも良い子に育ってるじゃありませんか。礼儀正しくさせるコツを教わりたいくらいです。」

 

「んー、あの子も家だともう少し騒がしいのよ? 今日は『余所行きモード』みたい。」

 

「それを使い分けられるっていうのが重要なんですよ。うちの子たちはそこが全然ダメなんです。」

 

やれやれと嘆息するモリーに、頰を掻きながら曖昧な笑みを返す。なにせさっきの咲夜は必要以上に美しいマナーで昼食を取っていたのだ。もうちょっと加減ってやつを教えるべきかもしれない。がっついていたチャーリーなんかは謎の生命体を見る目になってたし。

 

反面、魔理沙は『我が家の如く』という表現がピッタリの食事風景だった。あっちにはもう少しマナーを教えるべきだな。その中間くらいのジニーが一番自然に見えた気がするぞ。

 

うーん、足して割れば完璧なんだけどな。対照的な二人の食事の仕方を思い出していると、モリーが食卓に置いてある調味料なんかを整えながら話しかけてきた。もう片付けが癖になっているようだ。

 

「コゼットやアレックスもきっと喜んでますよ。あんなに立派に育ってるんですもの。」

 

「……そうだと良いわね。」

 

風に揺れる銀髪と、嬉しそうに細められた青い瞳が脳裏によぎる。本当に、そうであることを願うばかりだ。あの二人に恥じないようにと育ててきたつもりだが、ちょっと変わった趣味を持つようになってしまったのも事実なのだから。

 

喜んでいるというか、苦笑している可能性も大いにありそうだな。二人の反応を想って微笑んでいると、モリーが塩の入った容器を弄りながら口を開いた。

 

「あと少し、あとほんの少しで決着が付くんですよね? それが終われば、ハリーは普通の人生を取り戻せる。……そうなんですよね?」

 

「そうしてみせるわ。今度こそね。」

 

もう終わらせなければならない。でないとハリーも、そして私も前に進めないのだから。悲しげな表情で頷くモリーを前に、机の下の手をそっと握りしめるのだった。

 

───

 

そして空が赤みがかってきた頃に隠れ穴を御暇した私たちは、煙突飛行で私の実家へと戻って来ていた。魔理沙を送るのと同時に、開店前の双子の店を見に行ってみることになったのだ。組合に口利きをしたのは私なんだし、様子くらいは確認しておかねばなるまい。

 

変な外観になってなければいいんだが……まあ、悪戯専門店に『落ち着き』を求めるのは不毛か。若干の諦めを感じている私へと、暖炉の煤を払っていた魔理沙が声をかけてくる。

 

「んで、モリーと何の話をしてたんだ? 私たちが戻った時には世間話になってたけど、そもそも相談を聞きに隠れ穴まで行ったんだろ?」

 

「まあ、ちょっとね。子育てについて話してたのよ。」

 

もう使われていない店の方へと歩きながら答える私に、魔理沙は肩を竦めながら話を続けてきた。ちなみに咲夜は移動しつつも床に落ちた洋服なんかを手早く畳んでいる。もちろん散らかした張本人にジト目を送りながらだ。

 

「大体の内容は分かるけどな。ロンのことだろ? ……咲夜、後で片付けるから放っといてくれ。それに私は無造作に投げ捨ててるわけじゃなくて、取り出し易いように置いてるだけだ。一見すると汚れてるように見えるかもしれんが、実はこれで完璧な状態なんだよ。」

 

「へえ? 貴女は下着をこんな場所に『置いておく』の? 不思議だわ。いつ活用するのかしらね。」

 

「……よし分かった、私の負けだ。だからもう勘弁してくれ。」

 

年頃の乙女としてそれはさすがに問題だぞ。素直に降参の言葉を口にした魔理沙へと、未だ人形が並ぶ店内に入りながら答えを返す。生活スペースよりもむしろこっちの方が綺麗だな。埃もあんまり無いし、わざわざ掃除してくれてるらしい。

 

「ロンの『主張』を知ってたの? ……それなのに貴女は何も言わないのね。」

 

「おっと、意外か?」

 

「まあ、そうね。意外だわ。貴女は真っ先に付いて行くって言うタイプでしょう?」

 

玄関を開けて涼やかな風を感じながら問い返してみると、私の背に続く魔理沙は苦笑してから頷いてきた。

 

「よく分かってるじゃんか。……でもよ、去年は色々あったんだ。無責任に首を突っ込むことの恐ろしさを実感したんだよ。痛い目を見た、ってやつだな。」

 

「パチュリーとの個人レッスンのこと?」

 

「いや、それとは別件だ。……だから、今後はもう少し慎重になろうと思ってな。後先見ずに突っ走ったりはもうしないさ。」

 

ふむ? 最後に出てきた咲夜が若干心配そうな表情に変わっているのを見るに、よほどの『痛い目』に遭ったようだ。内心で少しだけ心配しつつも、ドアの施錠を確認してから大通りに向かって歩き出す。

 

「パチュリーからは随分と強力な力を手に入れたって聞いてたから、ちょっとだけ心配だったんだけど……その様子なら大丈夫そうね。」

 

「ああ、ノーレッジからも色々と学んだぜ。魔道具の使い方だけじゃなく、魔女としての在り方なんかもな。」

 

それはそうだろう。私もパチュリーから同じ事を学んだのだから。私の横に並んでそう言った魔理沙は、左右の店々を順繰りに眺めながら言葉を続ける。

 

「だからまあ、付いて行きたいとは言わないさ。頼まれれば迷わず頷くけどな。」

 

「ロンにも反対ってこと?」

 

「いやいや、それはまた別の話だ。私はロンの覚悟を知ってるから応援してるけど、同時に止めるヤツが正しいとも思ってる。……ってことで、賛成も反対もしないってわけさ。そもそも私が口を出すべきことじゃないしな。」

 

「驚いたわね。やけに大人になったじゃないの。」

 

女子、一年会わざれば刮目して見よ、だな。微笑みながら感心していると、魔理沙は首を振って否定してきた。やけに苦々しい表情を浮かべながらだ。

 

「残念ながら、私は自分が子供だってのを実感しただけだ。大人には程遠いさ。」

 

「そう言えるってこと自体が確かな成長なんだと思うけどね。……ちなみに、咲夜はどうなの? ハリーたちに付いて行きたいと思う?」

 

続いて魔理沙とは反対側に並ぶ咲夜に聞いてみれば、我らが一人娘はかっくり首を傾げながら返事を寄越してくる。

 

「もちろん思わないよ。だって、私が行っても邪魔になるだけでしょ? リーゼお嬢様の邪魔になるのは嫌だもん。」

 

「そりゃあそうなんだけどね。でも、心配ではあるんでしょう?」

 

「ちょっとだけね。」

 

むう、何だかドライな感じだな。内心の照れを隠しているという様子ではなく、本心からそう思っているという表情だ。疑問に思って魔理沙の方に問いかけの目線を送ってみると、彼女は苦笑しながら答えを送ってきた。

 

「咲夜はハリーのことが……あー、苦手なんだよ。」

 

「別に苦手じゃないわ。嫌いでもないしね。単に好きじゃないだけよ。」

 

「ほらな? こんな具合さ。」

 

これはまた、意外な新事実だ。仲が良くないってことか? 全然知らなかったぞ。ちょっとだけ混乱しながらも、咲夜に向かって質問を飛ばす。

 

「だけど、リーゼ様は六人で居ることが多いって言ってたわよ?」

 

「それはリーゼお嬢様や魔理沙が居るからだよ。それに、ハーマイオニー先輩やロン先輩のことは友達だと思ってるし。」

 

「じゃあ、ハリーは?」

 

「んー、表現するのは難しいけど……知り合い、とかじゃない? あるいは顔見知りとか?」

 

ええ……そうなのか? ハリー本人が聞いたら悲しみそうな答えに顔を引きつらせたところで、魔理沙が苦笑を深めながら口を開いた。

 

「リーゼがハリーにかかりっきりなのが不満なんだろ? 咲夜は。それだけの話さ。別にハリー当人がどうこうってわけじゃないと思うぜ。」

 

「違うわよ! ……そんな子供っぽい理由じゃないわ。」

 

「どうだかな。何にせよ、アリスの考えてるほど深刻な問題じゃないだろ。もっと『思春期っぽい』アレだよ。」

 

「違うって言ってるでしょうが!」

 

なんだ、そういうことか。咲夜が顔を赤くしながら魔理沙を追っかけ始めたのを見るに、かなり正解に近い答えなようだ。それならまあ、放っておいても平気かな? 咲夜がこのまま成長していけば解決するだろうし。

 

しかし、ハリーも大変だな。あっちもあっちで咲夜の境遇には思うところがあるようだから、この状況は彼にとって複雑なはずだ。そして、この関係を自覚していないリーゼ様のなんと罪深いことか。

 

隠れ穴でジニーが言っていた、『女ったらし』の称号にもそれなりの理由があったわけだ。……うーん、私としても複雑だぞ。初恋の相手が女ったらしか。どういう顔をすればいいんだ?

 

元気良くダイアゴン横丁の大通りを走り回る二人の姿を眺めながら、アリス・マーガトロイドは小さなため息を吐くのだった。

 


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