Game of Vampire   作:のみみず@白月

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鈴の魔女

 

 

「どうしよう、どれがいいかな? アリスなら分かる?」

 

怪しげな店内に並ぶ呪符を見比べながら聞いてくる咲夜に、アリス・マーガトロイドは困ったような苦笑を返していた。残念ながら、どれも大した代物じゃないぞ。この品質だと悪戯専門店の商品とあんまり変わらないくらいの効果しかないだろう。

 

香港旅行の五日目、接触を得ることが出来たこの街の有力者たちとの会合に行ったリーゼ様や美鈴さんとは別行動で、咲夜と一緒にショッピングを楽しんでいるのだ。本来こんな事をしている場合じゃないのだが、咲夜を一人にさせられないということでこの割り振りになってしまった。

 

……まあ、仕方ないか。通訳も護衛も兼任できる美鈴さんがリーゼ様に付いて行くのは当然のことだ。正直言って全然役に立ててない感じはあるが、かといって出しゃばったところでどうしようもない。もうちょっと語学を勉強しておくべきだったな。

 

内心で活躍の機会がないことを残念がりながらも、今度はガラスケースに入った呪符を品定めし始めた咲夜へと助言を送る。高級品っぽく置かれてはいるが、こっちも中の下くらいの品質だ。

 

「んー、値段と釣り合ってない品物なのは確かだと思うわよ? このくらいの呪符ならパチュリーの方が上手く作れるんじゃないかしら。」

 

「そうなの? ……魔理沙が興味を持つと思ったんだけど、だったらお土産は何か別の物にした方がいいかな?」

 

「まだ時間はあるんだし、焦らず別の店も見てみましょうよ。これにお金を出すのはちょっと勿体無いわ。」

 

店内にビッシリと並ぶ呪符には、一応呪力が籠っている。籠ってはいるのだが……お世辞にも丁寧とは言い難い作りなのだ。きっと『本職』向けではなく、観光客向けの店なのだろう。他人の商売に文句を言うつもりはないが、お金を落としていこうとも思えないぞ。

 

「うん、そうだね。他の店に行こっか。」

 

私の忠告を素直に受け入れた咲夜は、一つ頷いてから店の出入り口へと歩き出す。その後ろに続いて薄暗い店内を出てみると、ここ数日で見慣れた香港自治区の大通りの雑踏が目に入ってきた。

 

「あら、さっきよりも混んでるわね。お昼時だからかしら? ……逸れないように気を付けてね、咲夜。」

 

「大丈夫だよ、慣れたもん。アリスこそ迷子になったらダメなんだからね?」

 

「余計な心配はしなくていいの。」

 

もうそのイメージは取っ払ってくれ。クスクス笑いながら言ってくる咲夜にジト目で返してから、二人で賑やかな大通りを進んで行く。しかし、本当に騒がしい街だな。この大通りに比べればダイアゴン横丁なんて『お通夜』だぞ。

 

道路にはみ出した飲食店のテーブルで見たこともない料理を食べている小鬼たちや、大声で客引きをしている蒸気の昇る蒸籠が積み上げられた出店の数々。大量のドクシーにリードを付けて散歩している変なおじさんが横を通ったり、店先で小さなお婆さんが居眠りをしている杖屋があったり。

 

リーゼ様によれば裏側は多少物騒らしいが、この大通りだけを見れば賑やかで楽しげな街にしか見えない。……もしかして、ダイアゴン横丁にノクターン横丁が引っ付いているのと同じ理屈なんだろうか? きっと多くの人が集まる街というのは、明るい場所と暗い場所に二極化していくのだろう。

 

明らかに粗悪な箒が格安で売られている店を横目に考えていると、咲夜が私の手を取って引っ張り始めた。また気になる店を発見したようだ。

 

「アリス、あの店はどう? 小物屋さんとかかな?」

 

「どれ? ……うん、綺麗なお店ね。いいんじゃない? ちょっと覗いてみましょうか。」

 

咲夜が笑顔で指差しているのは、何と言えばいいのか……そう、品のある店だ。古いが、汚くはない。木造の壁からは丁寧に使われてきた歴史を感じるし、軒先には美しい風鈴がいくつも吊るされている。建物自体はともすれば見過ごしそうな小ささだが、目に留まれば入らずにはいられないような雰囲気があるぞ。

 

その不思議な魅力に従って入り口の引き戸をカラカラと開けてみれば、美しく整えられた店内が見えてきた。うーむ、絶対に高級店だと一目で分かる陳列の仕方だ。商品同士の間にあるスペースがやけに広いし、統一性のない品物はその殆どがケースの中。ちょっと気後れしちゃうな。

 

「……良いお店だけど、お土産を買うって感じではないわね。」

 

「うーん、そうだね。小物屋さんっていうか、美術品のお店なのかな?」

 

「まあ、入りましょうか。開けちゃったわけだし。」

 

店のドアを開けて入らないというのはさすがに失礼だろう。イメージとの違いに躊躇う咲夜へと肩を竦めて、一歩店内に足を踏み入れた瞬間……ヤバいな、これは。身体が魔力に包まれるぞわりとした感覚と共に、私の中にある魔女の部分が警鐘を鳴らしてくる。

 

「……やっぱりやめましょうか。」

 

どうやら、この店は誰かの『工房』らしい。店として存在している以上、入ったところで一触即発の事態にはならないだろうが、それでも避けるに越したことはないはずだ。今はオフの装備だし、咲夜も一緒。ここは速やかに御暇させてもらおう。即座に結論を出しながらキョトンとする咲夜の手を取って、急いで店を出ようとしたところで──

 

『へっへっへ、そう邪険にするこたぁないだろうに。何も取って食いやしないから、少しくらい覗いていきなよ。』

 

店の奥から嗄れた広東語がかかってしまった。声の出所に素早く視線を送ってみれば……やっぱり『同業者』か。物凄い角度で腰を曲げて、先端に金色の鈴が付いた長い杖を突いている皺くちゃの老婆の姿が目に入ってきた。顔付きこそアジア系だが、私やパチュリーなんかよりもよっぽど魔女っぽい見た目だ。

 

「……勝手に入ったのは謝るけど、縄張りを侵すつもりはないわ。」

 

しかし、最近は魔女に関わることが多いな。厄介なタイプじゃなければいいんだが。とりあえず使い慣れた英語でこちらの言い分を述べてみれば、老婆は皺くちゃの顔を更に皺くちゃにして、独特な訛りの英語で返事を返してくる。どうやら笑っているらしい。

 

「おや、イギリス人かぇ。そりゃあお前さん、ここは店なんだから勝手に入るだろうさ。何を謝る必要があるんだい? ……嫌だねぇ、欧州の魔女は。縄張り、縄張りって喧しいこったよ。どうしてそう協調ってもんを知らないのかね?」

 

どうやら敵意は無いらしいが……むう、耳に痛い言葉だな。こっちの魔女はそうじゃないのか? 私たちの会話を不思議そうに見守る咲夜を背後に隠しつつ、いつでも展開できるように取り出していた人形を仕舞い直しながら返答を口にした。とにかく、戦闘にはならなくて済みそうだ。

 

「ここの魔女は違うってこと?」

 

「そんなもん当たり前さね。足りないものは融通し合うし、知らないことは教え合う。あたしらにとって時間は何より貴重なものなんだから、そっちの方が効率的とは思わんかぇ? ……まあ、勿論対価は頂くけどね。等価交換は物事の基本さ。」

 

うーむ、文化の違いか、それとも『魔女密度』の違いなのか。何にせよ香港の魔女事情はヨーロッパのそれよりも幾分融通が利くようだ。予想外の展開を受けて反応に迷う私へと、老婆は店内を手で示しながら話を続けてくる。随分と奥まで続いているのを見るに、拡大魔法か何かを使っているらしい。

 

「この街じゃあ金さえ払えば誰でも客さ。人間だろうが、妖怪だろうが、魔女だろうがね。ほれ、折角なんだから見て行ったらどうなんだい? そこいらの店みたいな紛い物は置いちゃいないよ?」

 

……どうしよう。先程までの危機感は鳴りを潜め、好奇心の方が上回ってきてしまった。少しだけ逡巡した後、結局は店の中へと歩を進める。魔女は好奇心には勝てないように出来ているのだ。ここで帰ったら後で絶対に後悔しちゃうだろうし。

 

「それじゃ、ちょっとだけ見ていこうかしら。……咲夜、商品には触れないようにね。ジッと見るのもダメよ。あと、もし話しかけてきても無視するように。」

 

「商品が話しかけてきたりするの?」

 

「するの。つまり……そうね、パチュリーのコレクション部屋と同じような場所だと思いなさい。」

 

分かっていただけたようで何よりだ。私の具体的な例を聞いた咲夜が引きつった顔に変わったところで、やり取りを見ていた老婆が片目だけを見開きながら声をかけてきた。

 

「おやおや、そっちのお嬢ちゃんはあんたの弟子かぇ? 可愛いもんさね。私がひよっこの頃を思い出すよ。」

 

「弟子じゃないわ。魔女志望でもないしね。……それより、人形は置いてないの?」

 

刀掛けに掛けられている日本刀、曇った銅鏡、干からびた何かの手首に、青墨で書かれたらしい仏教画。それっぽい店の商品を見回しながら聞いてみると、老婆はこくりと頷いて私たちを店の奥へと先導し始める。うむうむ、あるなら良し。先ずは人形を見なければ始まらないのだ。

 

「それならこっちにいくつかあるよ。……人形、人形ね。真っ先にその質問をしてくる欧州の魔女には二人ほど心当たりがあるんだが、あんたはどっちなんだい?」

 

「英語の発音でイギリス人だって気付いているんでしょう? お察しの通り『まとも』な方よ。あんなヤツと一緒にしないで頂戴。」

 

「へっへっへ、そうかい、そうかい。そりゃあ失礼したね。ってことは、あんたは図書館の魔女の弟子ってわけだ。遠路遥々ご苦労なこったよ。」

 

言いながら店の奥へと歩いて行く老婆を見て、思わず苦い表情が顔に浮かぶ。私が誰なのかはお見通しってわけだ。ケースの中をカサカサと動き回る小指サイズの本を横目に、内心の疑問を言葉に変えて老婆に放つ。

 

「やけに詳しいじゃないの。情報も扱ってるの?」

 

「あたしに言わせてもらえば、あんたらイギリスの魔女はちょっと目立ちすぎだよ。『紅のマドモアゼル』に纏わる話を入手するのは簡単さね。それがこの街ともなれば尚更だ。売れるほどに価値のある情報じゃないさ。」

 

「……あんまり嬉しくない事実ね、それは。レミリアさんはともかくとして、私は一応目立ってないつもりだったんだけど。」

 

「はん、だとしたら考えが甘いよ、小娘。スカーレットは元より欧州じゃあ大物の妖怪なんだ。昔は父親の方が悪名を轟かせてたもんだが、若い今の連中にとっては娘の方が有名さね。魔法界で上手く立ち回ってることを妬んでるヤツも居れば、新しい人外の在り方を示したって尊敬してるヤツも多い。この街で商売してりゃあ、その辺の情報なんかは勝手に耳に入ってくるのさ。」

 

うーん、魔女にとって手の内を知られるというのは結構致命的な事態だ。そりゃあ私にもいくつかの隠し札はあるし、パチュリーともなれば言わずもがなだろうが……幻想郷に行ったらもう少し気を付けた方が良さそうだな。

 

恐らく先達なのであろう老婆の言葉を聞いて、内心ちょびっとだけ反省したところで……おお、美しい。ガラスケースに入っているやや大きめの日本人形が見えてきた。やっぱり黒髪は良いな。綺麗だし、趣があるぞ。

 

「日本人形……というか、市松人形ね。桐塑じゃなくて木製。保存状態も良好。いつ頃作られた物なの?」

 

早足で近付いて人形を調べ始めた私に、老婆は何故か呆れた雰囲気で返答を寄越してくる。その後ろの咲夜も同じ顔だ。……何かやっちゃったか?

 

「あたしは知らないよ。二十年くらい前にふらりと立ち寄った客が二足三文で売っていったのさ。それなりの呪力は感じるが、詳細は不明さね。作者らしきサインもなけりゃ、説明書きも付いちゃいない。だったら人形のことなんかあたしにはさっぱりだよ。」

 

「髪の毛の材質からして江戸後期の作品だと思うんだけど……参ったわ、その辺のことが書いてある本は置いてきちゃったのよね。迷ったんだけど、必要なさそうだったから布人形の資料を優先しちゃったの。」

 

「あのね、普通なら迷いもしないと思うよ。いつも読んでる分厚い本のことでしょ? 『盾』になりそうなやつ。」

 

歩み寄ってきた咲夜の言葉を聞いて、人形をあらゆる角度から眺めつつ返事を送る。でもでも、今まさに必要になってるじゃないか。やっぱりアジア圏全部の国の人形録を持ってくるべきだったんだ。油断しちゃったな。

 

「あれは盾にするには勿体無い一冊よ。……これ、取り出して見せてもらうわけにはいかないの?」

 

後半を老婆に向かって言ってみると、先輩魔女は意地の悪そうな笑みで返してきた。魔女の笑みは万国共通か。

 

「手に取って調べたいなら買うこったね。あんたも魔女なら賢い金の使い方は知ってるんだろう? 自分の『趣味』にこそ惜しむべきじゃないのさ。」

 

「……値札がないけど、幾らなの?」

 

「英ガリオンなら八百ってところさね。魔女の好で両替の分はサービスしといてあげるよ。」

 

「むう……。」

 

悩む、悩むぞ。人形の古さと質、纏っている呪力、保存状態なんかを考えれば適正どころか格安と言ってもいいくらいだ。最近は戦争で忙しくて人形を作れてなかったから、貯金自体はそんなに増えていないが……私の日本人形のコレクションは多くない。手に入る機会そのものが少ないわけだし、ここで逃すのはあまりに惜しすぎる。

 

というかまあ、欲しいもんは欲しいのだ。これが一千ガリオンだったところで、私は結局買ってしまうだろう。理屈で色々な言い訳を積み上げながらも、素直な欲求に従って老婆へと返答を放った。

 

「買うわ。」

 

「へっへっへ、それでこそ魔女だ。ちょっと待ってな。売りに来た時に入ってた木箱が残ってたはずだから、それもオマケで付けてあげるよ。」

 

そう言って店の奥へと歩いて行く老婆を見送りつつも、懐の拡大魔法がかかった小袋から金貨を取り出していると……おや、咲夜が腰に手を当ててこちらを睨んでいる。どうしたんだ?

 

「咲夜? どうしたの?」

 

「さっきは無駄遣いしないようにって言ってたアリスが、全然迷わず八百ガリオンの人形を買うの? 私がお小遣いでナイフを買おうとしたら止めたくせに。」

 

「……これはほら、研究費用みたいなものなのよ。パチュリーが本を買うのと一緒。仕方ない出費なの。」

 

「ふーん? でも、パチュリー様は本を買ったりしないよ。勝手に増えるんだもん。……それに、私だってナイフを買うのは『仕方ない出費』なの。良いメイドになるにはナイフに詳しくなくちゃダメなんだよ?」

 

どこの世界の常識なんだ、それは。ぷんすか怒っている咲夜に詰め寄られて、思わず一歩たじろぐ。昔なら研究費用と言えば素直に納得してくれていたというのに……どうやら咲夜も日々成長しているようだ。もう適当な言い訳じゃ誤魔化せないか。

 

明後日の方向へと目を逸らしつつ、ジト目で覗き込んでくる咲夜へと白旗を振った。この論争は長引けば不利になってしまうだろう。だったら早めに『停戦協定』を結ぶべきなのだ。

 

「……分かったわ、ここを出たらさっきの店に戻りましょう。ナイフは私が買ってあげるから。」

 

「本当? えへへ、アリス大好き。」

 

「……貴女、随分と強かになったわね。」

 

途端に顔を輝かせてご機嫌になった咲夜へと、今度は私がジト目を送る。恐ろしい子だ。年長の扱い方というものをよく分かってるじゃないか。この辺はフランの教育の成果が色濃く出てるな。

 

『甘え上手』を受け継ぎつつある咲夜を戦慄の視線で眺めていると、傍に浮かせた木箱を従えた老婆が店の奥から戻ってきた。使っているのは単純な浮遊魔法だが、見る者が見れば一目で分かる熟練の杖捌きだ。やっぱりかなりの先達らしい。

 

「ほら、これだよ。入れ方は知らないから自分で入れとくれ。」

 

「それじゃ、その間に代金を確認しておいて頂戴。」

 

木箱と交換で金貨を分け入れた袋を渡すと、老婆はそれも浮かせて店の奥へと飛ばしてしまう。確認しなくていいのか? 私の訝しげな視線に気付いたのか、老婆は鼻を鳴らしてから説明してきた。

 

「小鬼じゃあるまいし、一々確認したりはしないよ。大体、こんなところで出し渋るヤツはそもそも魔女になんかなれんさね。相手が魔女なら確認は不要さ。」

 

「まあ、それはそうなんだけどね。」

 

苦笑しつつも展示ケースから人形を取り出し、傷付けないように慎重に箱へと仕舞い込む。市松人形の着ている着物の感触は柔らかな絹だ。塗りもかなり丁寧だし、庶民向けではなさそうだな。当時の富裕層向けに作られた呪具なのだろうか?

 

よしよし、ホテルに戻ったらじっくり調べてみよう。好奇心を抑えながら人形が収まった木箱の蓋を閉じて、金貨を取り出した布袋の中にそっと入れた。

 

「……さて、これで失礼するわ。長居するとまた何か買っちゃいそうだしね。」

 

「あたしとしちゃあ大歓迎なんだがね。ま、今日は充分儲けたさ。続きは今度に取っとくよ。」

 

布袋を懐に仕舞ってから、老婆が先導するのに従って店の玄関へと戻る。途中に並ぶ興味深い商品の数々を見物しつつ、たどり着いた引き戸から外に一歩を踏み出したところで……店に残る老婆がやおら声をかけてきた。

 

「いい取引だったよ、若い魔女。あんたは長生きしそうだし、ご贔屓になってくれたら嬉しかったんだけどね。」

 

「あら、また来るかもしれないわよ? 今度は人形をもっと仕入れておいて頂戴。」

 

「へっへっへ、そりゃあ無理さね。あたしは幻想の郷に支店を出す気はないよ。この街のことは気に入ってるし、見届ける責任もあるんだ。だからあたしはここで生きて、ここで死ぬのさ。」

 

「……貴女も知ってるの? あの場所のことを。」

 

『幻想の郷』。その単語を受けて思わず振り返って尋ねてみれば、老婆は右手に持つ長い杖をコツンと鳴らして答えてくる。今気付いたが、先端の鈴は音を立てていない。中が空洞になっているようだ。

 

「覚えときな、小娘。八雲をあんまり信用しないこった。あの妖怪は大した理想家だが、同時にどこまでも打算的なのさ。あれに比べりゃ悪霊女の方がまだマシさね。あいつの言葉を真に受けると足元掬われるよ。」

 

「それは──」

 

言葉の真意を問いかけようとした瞬間、どこからか綺麗な鈴の音が聞こえたかと思えば……またこれか。古い魔女ってのはどうしてこっちの返答を聞かないんだ? 一瞬にして目の前にあったはずの店は消え去って、コンクリートの古ぼけた壁に変わってしまった。

 

「……どういう意味だったのかな?」

 

「さてね。幻想郷や八雲さん、それに魔理沙の師匠のことまで知ってるみたいだったけど……謎掛けに次ぐ謎掛けでもううんざりよ。早くホテルに戻って人形を調べたいわ。」

 

壁に小さく描かれた鈴の絵。それを見ながらため息を吐いていると、咲夜が私の手を引いて歩き始める。

 

「きっと考えても無駄だよ、アリス。こういうのは直感で受け取るべきなんじゃない? ……それよりほら、早く行こう? 先ずは約束通りナイフを買わないとね。人形を調べるのはその後だよ?」

 

「……本当にもう、強かになっちゃって。」

 

切り替えの早い咲夜に苦笑してから、手を引かれるがままに賑やかな通りを進んで行く。いやはや、世界ってのは本当に広いな。魅魔さんしかり、さっきの老婆しかり、他国にも本物の魔女は確かに存在しているわけか。

 

今なお広がり続ける世界にやれやれと首を振りながら、アリス・マーガトロイドは咲夜の手をしっかりと握り直すのだった。

 


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