Game of Vampire   作:のみみず@白月

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英雄の葬儀

 

 

「おやまあ、大盛況じゃないか。屋台でも出せば儲かりそうだね。」

 

天文台の縁から見たこともないほどの大量の椅子が並ぶ校庭を見下ろしながら、アンネリーゼ・バートリは皮肉げな笑みを浮かべていた。『英雄』の葬儀ってのはいつの世も同じだな。多くの悲しみと僅かな打算。参列者の中には偽りの泣き顔を被っている連中も居るのだろう。

 

十一月一日の朝、我らがアルバス・ダンブルドアの葬儀がそろそろ始まる予定なのだ。校庭に敷き詰められた数千もの椅子の上には、多種多様な格好の魔法使いたちが犇めいている。昨日生徒総出で準備を手伝った時はさすがに多すぎると思ったのだが……うーん、むしろ足りなくなりそうだな。どんだけ来てるんだよ。

 

椅子の大群の先にはエボニーで作られた『メインステージ』が設置されており、その脇にはマクゴナガルとボーンズ、エルファイアス・ドージが座っているようだ。あの三人が弔辞か何かを読むつもりなのだろう。

 

しかし……ふむ、役者が足りていない感は拭えないな。ゲラートは気を使って欠席だし、唯一の肉親であるアバーフォース・ダンブルドアは喪主役を固辞したらしい。そして我が家の司書どのは背後で揺り椅子に座りながら本を読んでいる。私は普通に生徒に交じって参加する予定だったのだが、彼女に誘われてここから見ることになったのだ。

 

ホグワーツの生徒が座る区画からハリーたちの姿を探し出そうとしている私に、本に目を落としながらのパチュリーが相槌を寄越してきた。

 

「屋台なんか出しても不謹慎だのなんだのって撤去されるのがオチでしょ。……ダンブルドアは怒らないでしょうけどね。むしろ喜ぶんじゃないかしら。」

 

「まったくだよ。あの爺さんがこんな厳粛な雰囲気を望んでいたとは思えないね。安エールでも飲みながら、盛大に騒いで送り出すべきなんじゃないか?」

 

昨日の朝にマクゴナガルからの報告があって以来、ホグワーツを包む鬱々とした空気にうんざりしながら言ってやると……目の前の紫しめじからではなく、踊り場に続くドアの方から返事が返ってくる。残る『送別会』の参加者たちが到着したらしい。

 

「そうもいかないのが世の中ってもんなのよ。……天幕を準備して頂戴、パチェ。そこの図太いのとは違って、私たちのお肌は繊細なんだから。」

 

「私はリーゼお姉様の案に賛成だけどね。主役はダンブルドア先生なんだから、『ホグワーツ風』にパーっとやるべきじゃない?」

 

大きな日傘に二人で入りながら現れたのは、我が幼馴染の吸血鬼姉妹だ。レミリアの指示を受けたパチュリーが杖なし魔法で布屋根と大きめのティーテーブル、ついでに三脚の椅子を出現させたのを見て、私も椅子の一つへと座り込む。

 

「三対一だよ、レミィ。多数決の原理に従って、今すぐ下に行って葬式をパーティーに変えてきたまえ。キミが騒げば皆聞くだろう?」

 

「そんなことしたら頭がおかしくなったと思われるでしょうが。……ダンブルドアが生きてた頃は何をするにも常識外れだったんだから、葬式くらいは常識の範疇でやるべきなのよ。」

 

「死んでようやく常識の型に嵌められるってわけかい? 実に悲劇的な話じゃないか。死者の要望も少しは聞くべきだと思うよ。」

 

「そもそも葬式ってのは死者のためじゃなく、生者のためにやるもんなのよ。知らなかったの?」

 

席に座りながら私の冗談に鼻を鳴らして答えたレミリアは、オーク材の無骨なティーテーブルに肘を突いて大きくため息を吐いた。翼の動きに元気がないし、見た目以上に疲れているようだ。

 

「眠いわ。ヌルメンガード攻略の下準備の時点で忙しかったし、下手すると六日は寝てないわよ。もうベッドに入りたい気分だから早く終わってくれないかしら?」

 

「嘆かわしいね。キミはダンブルドアを利用しまくったんだから、葬式くらい真面目に見届けたまえよ。祟られるぞ。」

 

「私はダンブルドアの死に場所を整えて、葬儀の手配をして、墓石まで選んでやったのよ? もう充分貢献したと思わない? これで祟られるんなら怒鳴り返してやるわ。」

 

「それでもキミはここに来て、葬式が終わるまでは帰らないつもりなんだろう? ……んふふ、素直じゃないね。この面子相手に強がっても無駄だろうに。」

 

ニヤニヤ笑いながら言ってやると、レミリアはムスッとした顔でそっぽを向いてしまう。図星を突かれてご立腹のようだ。それを見て更に笑みを強める私を他所に、天幕ギリギリに立って校庭の様子を眺めているフランが口を開く。

 

「でもさ、本当にレミリアお姉様は下で参列しなくていいの? 天幕くらい言えば用意してくれるっしょ?」

 

「今日はいいのよ。後日行われる対外向けの葬儀の時にそれらしい弔辞を読むから。……ここならわざとらしい表情を取り繕わないで済むしね。」

 

問い詰めても口には出さないだろうが、それがレミリアなりのダンブルドアに対する礼儀ということなのだろう。人間のように粛々とではなく、私たちは姦しい妖怪の流儀で送る。その方がダンブルドアも喜ぶはずだ。

 

不器用な幼馴染の横顔を見て苦笑していると、フランも同じような笑みで話を続けてきた。

 

「それならいいんだけどさ。……アリスは呼ばないの? ホグワーツには来てるんでしょ?」

 

「あの子は私たちほど『常識』ってやつを棄ててないからね。久々に会う知り合いとも話したいだろうし、下で参加すべきだよ。」

 

「そっか。……うー、夜だったら私も下に行ったんだけどなぁ。騎士団のみんなと話したかったよ。」

 

「式が終わったら旧騎士団員はブラック邸に集まるらしいから、その時に好きなだけ話せるさ。」

 

恐らくダンブルドアを偲んで酒でも飲み交わすのだろうが……うーむ、ブラック邸でダンブルドアを偲ぶってのもちょっと皮肉な話だな。残念そうに呟いたフランに肩を竦めて返したところで、微かに聞こえていた騒めきが急に静まる。いよいよ葬儀が始まるようだ。

 

席を立ってフランの隣で下を覗いてみると、椅子の大群に囲まれた一筋の道を進んでいる奇妙な集団の姿が見えてきた。紫のビロードに包まれた大理石の棺をホグワーツの教師たちが壇上へと運んでいるらしい。精一杯腕を伸ばしているフリットウィックと、中腰になっているハグリッドの対比がなんとも珍妙だな。本人たちは大真面目なのだろうが、若干の『ホグワーツらしさ』が漏れちゃってるぞ。

 

「……なんだかヘンな感じ。いきなり棺が開いて、ダンブルドア先生が生き返っても誰も驚かないんじゃないかな。『ほっほっほ、見事に騙されたようじゃのう』とか言ってさ。」

 

それはさすがに大ブーイングだろうが、確かに現実感がない光景だな。死ぬ瞬間を目撃した私ですらそうなのだから、参列者たちなど言わずもがなだろう。フランがポツリと謎の感想を漏らしたところで、風に乗って奇妙な歌声が耳に届く。独特なリズムの透き通るような音色だ。

 

「……水中人ね。死者を送る歌だわ。」

 

未だ本を読みながらのパチュリーの解説に従って、湖の方へと視線を送ってみると……おお、うじゃうじゃ居るな。湖面ギリギリで水中人たちが歌っているのが目に入ってきた。寄り添うように湖中を漂っている大イカの姿も見える。

 

不思議な歌声に参列者たちが戸惑う中、足を止めずに棺を運んでいた教員たちは、やがてたどり着いた壇上に置かれた安置台の上にそれを置いた。口元が微かに動いているのを見るに、それぞれ別れの言葉をかけているようだ。

 

そんな教員たちの姿を目にした参列者たちもダンブルドアの死を実感し始めたようで、校庭の空気が一気に厳粛になっていく中……席に座ったままのレミリアが軽い感じで声を上げる。

 

「……んじゃ、こっちも始めましょうか。パチェ、ショットグラスを出してくれる? ワインじゃ格好が付かないし、最初だけはスコッチでいきましょ。良さそうなのを準備してあるから。」

 

「はいはい、食器は私が出すわ。つまみは誰が持ってきてるの?」

 

「私だよ。エマと美鈴に頼んで色々作ってもらっちゃった。……待ってね、バッグに入れて持ってきたから。ひっくり返ってないといいんだけど。」

 

「私はブラッドワインを持ってきたよ。1945年産のね。正直言ってちょっと惜しいんだが……まあ、開けるなら今日だろうさ。」

 

四人でテーブルの上に持ち寄った品を並べつつ、パチュリーが出したショットグラスにレミリアが持ってきたスコッチを注ぎ合う。……これがイギリスの妖怪流の『葬式』なのだ。手土産持参で集まって、飲んだり食べたりしながら騒ぐだけ。

 

その辺の木っ端妖怪ならいざ知らず、私たち大妖怪にとっては死など一つの通過点に過ぎない。だから名目上は死者を送るためとして、宴会目的で人外たちが集まるわけだ。それが形骸化してこんな感じになっちゃったらしい。

 

ダンブルドアも半分妖怪みたいなもんだし、こういう送り方でも文句は言ってこないだろう。校庭から聞こえてくるボーンズのそれらしい演説を背に、グラスを掲げながら四人同時に声を放った。

 

「ダンブルドアに。」

 

揃った言葉の後でカチンとグラスを合わせ、ショットグラスの中のスコッチを一気に飲み干す。……さてさて、エマお手製のジャーキーはどこだ? あれがないと始まらんぞ。

 

「……おい、レミィ。ジャーキーを返したまえ。それは私のだぞ。」

 

「あんたに渡すと全部食べちゃうでしょうが。フラン、先に必要な分だけ取っちゃいなさい。早くしないと性悪吸血鬼に持ってかれちゃうわよ。」

 

「私、ジャーキーはいいや。その代わりドライフルーツ多めにちょーだい。」

 

「レーズンは要らないけど、無花果は私も食べるわ。あと、マカロンも残しておいてね。」

 

マカロンをつまみにするのなんか紅魔館で一人だけだろうが。無用な心配をし始めたパチュリーを横目に寝不足吸血鬼からジャーキーを奪い取って、ブラッドワインを注いだグラス片手に天文台の縁へと移動する。湿っぽい空気を肴にしてやろうじゃないか。

 

「ふむ、まだボーンズが話してるのか。よくもまああんなに話すことがあるもんだね。」

 

「どれどれ? ……こっからだとよく聞こえないね。パチュリー、どうにか出来ない?」

 

私の『実況』を受けて近付いてきたフランの頼みに、マカロンを厳選しながらのパチュリーが返事を返す。たまにチョコレートなんかと一緒に飲んでるヤツも見るが、酒と一緒に甘いものを食べるってのは未だに理解できんな。ちなみにフランは甘いつまみ許容派で、レミリアは否定派だったはずだ。

 

「個人じゃなくて魔法大臣としての弔辞なわけだし、大した内容じゃないと思うけど……はい、これで聞こえ易くなるはずよ。」

 

パチュリーがちょちょいと手を振った途端、テーブルの中心あたりからボーンズの声が聞こえてきた。なんでも出来るな、こいつ。利便性だと本能で操る妖術より体系化された魔術の方が上か。

 

『ディペット校長の退任後、四十年に渡ってホグワーツの校長職を務め上げ、イギリスを襲った悲劇からもこの城を守り抜いた功績は歴代校長の中でも随一のものと言えるでしょう。今のイギリス魔法界を担う魔法使いたちは皆ダンブルドア校長の背を見て──』

 

「こんな話より靴下の話でもした方がいいんじゃないか? あの爺さん、魔法を使うにあたって適した靴下は何かって論文を出してるらしいぞ。」

 

ボーンズの真面目な話に茶々を入れてやると、持ってきたらしい蜂蜜酒をグラスに注いでいるパチュリーが素っ頓狂な相槌を打ってくる。

 

「あの論文は良く出来てたけど、素材の入手難度を考慮していないのはいただけないわ。論文ってのは学術的な利益を提示する場なんだから、理論上の最適解と現実的な答えの両方を示すべきよ。」

 

「それはそれは、ダンブルドアも冥府で喜んでいるだろうさ。あんなもんを真面目に読んでる物好きが居るとは思わなかったしね。」

 

どの層に向けての論文だったのかは定かではないが、読者が片手で数えられる程度なのは間違いないだろう。呆れた口調で言ったところで、今度はワインを飲んでいるレミリアが演説の感想を口にした。今はヨーロッパ大戦のことを話しているようだ。

 

「あら、上手いわね。グリンデルバルドを貶さずにダンブルドアの功績を際立たせてるわ。原稿を作る時間はそんなに無かったでしょうに、ボーンズも中々やるようになったじゃない。」

 

「昔は引っ込みがちだったのにね。エドガーさんが死んでから一気に立派になっちゃった気がするよ。……そういえばさ、姪っ子が今ホグワーツに居るんじゃないっけ?」

 

思い出したように問いかけてきたフランに、首肯しながら返答を送る。友人と言えるほどには親しくないが、顔見知り程度の付き合いはあるのだ。

 

「スーザン・ボーンズだね。ハッフルパフの同級生だよ。確か、クィディッチの代表選手でもあったんじゃないかな。他寮のチームはうろ覚えだから自信はないが。」

 

「おー、ハッフルパフなんだ。どんな感じの子なの?」

 

「穏やかだけどはっきりしてる、ってタイプかな。ハッフルパフ生にしては珍しく、授業でも積極的に発言してるよ。」

 

「へー……イギリス魔法界って狭いよねぇ。それが良いことなのか悪いことなのかは分かんないけどさ。」

 

絡み合う繋がりを柵と取るか、利益と取るかで変わりそうだな。しみじみと言いながらのフランが席に戻ったところで、ボーンズの演説も終わったようだ。彼女が舞台を下りる代わりに、今度はエルファイアス・ドージが椅子から立ち上がる。

 

「どんなヤツなんだい? あいつは。『ドジのドージ』って渾名くらいは聞いたことあるが。」

 

ゆっくりと壇上に上る爺さんを眺めながらテーブルに疑問を投げると、フラン、レミリア、パチュリーの順で三人それぞれの人物評を寄越してきた。元騎士団員らしいし、パチュリーにとっては同級生だ。私以外は全員ご存知なわけか。

 

「んっとね、気の良いお爺ちゃんって感じかな。ムーンホールドが拠点になってた頃はよくお菓子をくれたんだ。杖魔法もそこそこ上手かったと思うよ。」

 

「実力はともかくとして、ドージは陣頭に立って杖を振るタイプじゃないけどね。私としては……そうね、可もなく不可もないって印象が強いわ。妙な癖もなければ目立った功績もない。そんな男よ。」

 

「能力的な評価はレミィに概ね同意だけど、私はあまり好きな人物じゃないわね。学生の頃からダンブルドアに負んぶに抱っこの男だったわ。」

 

ふむ、綺麗に分かれたな。フランは好意的で、レミリアは中庸の評価を、そしてパチュリーは否定的なようだ。魔法で聞こえてくるドージの演説を耳にしながら、マカロンを頬張る魔女へと質問を放つ。

 

「『ダンブルドア信者』がお嫌いかい? パチェ。」

 

「ダンブルドアもドージもお互いのことを『友人』と表現するでしょうけど、私には依存する子供と親にしか見えないもの。ドージが在学中からダンブルドアに頼りっきりだったのに対して、ダンブルドアがドージを頼っているところはあまり見たことがないわ。それが健全な関係だと言えるかしら?」

 

「だが、ダンブルドアはドージを遠ざけはしなかったんだろう? 卒業旅行も一緒に行く予定だったそうじゃないか。」

 

「反面、卒業以降は必要以上に関わらなかったわ。彼はダンブルドアにとってのグリンデルバルドにも、私にもなれなかったのよ。……一応言っておくけど、能力云々の話をしてるんじゃないからね。ダンブルドアはドージを対等に見ようとしたけど、ドージはそれに応えなかった。そこが納得できないの。」

 

うーん、ドージのことを語るパチュリーはどこか怒っているようにも見えるな。百年以上もダンブルドアの側に居たのにも関わらず、彼を支えるどころか負ぶさっていたことが気に食わないらしい。

 

珍しく身内以外の評価に『感情』という要素を含ませたパチュリーに驚いていると、フランがドライフルーツを弄りながら反論を飛ばした。

 

「だけどさ、仕方ないんじゃない? ダンブルドア先生の同級生で『対等』になれるのなんてパチュリーくらいのもんじゃん。ドージさんは騎士団にも迷わず参加したし、よくダンブルドア先生と二人で楽しそうに話してたよ? ……ダンブルドア先生をヨイショしすぎってのには同意するけど、ちゃんと友人ではあったんじゃないかな。そういう形もあるんだよ、きっと。」

 

「……一方的な期待は時として重荷になるのよ、妹様。ドージはそれを理解していないわ。」

 

「でも、救いにもなるでしょ? 絶対に味方でいてくれる人が居るっていうのは支えになると思うよ。ダンブルドア先生だって完全無欠の存在じゃないんだし、ドージさんが居て助かった部分も確かにあるんじゃない?」

 

おお、フランとパチュリーの論戦ってのはかなり珍しいぞ。普段の司書どのはフランに対して遠慮がちだし、我が妹分もパチュリーに深く干渉することはない。決して仲が悪いというわけではないのだが、お互いのテリトリーを侵さないような関係を保っているのだ。

 

ちょびっとだけワクワクしながらやり取りを見守っていると……ええい、余計なことを。パチュリーが抗弁する前にレミリアが間に入ってくる。

 

「貴女たち、ダンブルドアにしか分かり得ないことを議論しても仕方がないでしょう? ドージに関しての真実は壇上の棺の中よ。である以上、わざわざ葬式の日に暴こうとするもんじゃないわ。」

 

ワイン片手に大人の意見を語っているが、多分こいつは二人の『喧嘩』に焦って止めに入ったのだろう。ヘタれている翼が内心を表しているぞ、心配性吸血鬼め。こういう議論をやってこそ相互理解が進むんだろうに。

 

何にせよレミリアの仲裁は効果があったようで、パチュリーとフランは互いに議論の席から離れてしまった。うーむ、勿体無いな。私としてはパチュリーにもいつかは『妹様』以外の呼び名を使って欲しいのだが。

 

「まあ、そうね。私に私の価値観があるように、ダンブルドアにもダンブルドアなりのそれがあるんでしょう。そこは否定しないわ。」

 

「……そだね、ダンブルドア先生にしか分かんないなら私たちがとやかく言っても無駄だもんね。」

 

そして、こちらの議論が終わったタイミングでドージも弔辞を読み終わったようだ。畳んだ原稿を懐に仕舞った後、ドージは僅かな間だけダンブルドアの棺を見つめてから、意気消沈したどんより顔で舞台を下りて行く。……パチュリーの評価はともかくとして、少し物悲しくなる光景だな。百年来の親友の死ね。あの男はどんな気持ちで今日という日を迎えて、どんなことを考えながらこの場所に来たのだろうか?

 

両親や知り合い、使用人の死は何度か見てきたが、私は未だ親しい友人の死というのを経験したことがない。こればっかりは想像できない感情だな。……いやはや、やっぱり葬式は好かん。こういう光景を見てしまうと、嫌でもハリーたちの旅の終わりを考えてしまうのだ。

 

紅魔館の面子は滅多なことじゃ死にそうにないし、ゲラートは友人という感じではない。私にとって最初に訪れる『友人の死』は彼らの中の誰かになるはず。その時のことを思うと今から憂鬱になってくるな。

 

だが、今じゃない。その点は本当に感謝しているぞ、ダンブルドア。いつかその日が来るとしても、私たちにはまだまだ時間が残されているのだ。嫌な方向へと流れる思考をワインと一緒に飲み下したところで、ドージに続いて壇上に上がったマクゴナガルが弔辞を読み始めた。

 

「……頑張ってるじゃないか、マクゴナガルのやつ。泣くと思ったんだけどね。」

 

毅然とした表情で原稿に目を落とさずにハキハキと喋るマクゴナガルを見て、ボトルからワインを注ぎ直しつつ言ってやると、椅子に座ったままのフランもキッパーを噛み千切りながら感想を述べてくる。美鈴がよく作るちょびっとだけ辛いやつか。後で私も貰おう。

 

「無理してるんじゃないかな? 少し心配かも。」

 

「立場は人を強くするものよ、フラン。マクゴナガルはダンブルドアの長年の教え子としてではなく、ホグワーツの新校長としてあの場に立っているんでしょう。彼女にとっては痩せ我慢すべき時で、私たちはそれを邪魔すべきじゃないの。だから後で顔を合わせた時は無理に慰めちゃダメよ?」

 

「……よく分かんないけど、そうするよ。レミリアお姉様ったら珍しくまともなことを言ってる顔だもんね。」

 

「……ちょっと待ちさない。いつもは? いつもの顔はどんな顔なの?」

 

唐突に始まった姉妹漫才を尻目に、マクゴナガルの弔辞はどんどん進んでいく。……ところで、グリフィンドールの寮監はどうなるんだろうか? 今年のマクゴナガルはめちゃくちゃ忙しいだろうし、今後もそのままとはいかないはずだぞ。

 

教師陣でグリフィンドール出身となると……フーチかバーベッジ、あるいはハグリッドってことになるな。まあ、その三人ならフーチが妥当だろう。来年はハリーたちの就職に関わる重要な年だし、出来れば上手いことやってもらいたいもんだ。

 

それに、防衛術と変身術の担当の問題も出てくるぞ。変身術はもしかしたら今学期一杯マクゴナガルで持たせるのかもしれないが、防衛術はそうもいかないはずだ。長年の悪評に加えてダンブルドアの後任か。少なくともイギリス魔法界の魔法使いは誰一人就きたがらないだろうな。

 

「……そういえば、結局ダンブルドアも一年持たなかったことになるわけか。」

 

ふと考え付いたことを口に出してみると、姉妹漫才を無視して蜂蜜酒をちびちび飲んでいるパチュリーが応じてきた。

 

「防衛術の呪いのこと? だったらダンブルドアの死は無関係よ。アリスも私も続けようと思えば続けられたはずだしね。」

 

「そんなことは分かってるさ。ただ、諧謔のある結末になったと思ってね。……呪いに抵抗し得た魔法使いがどれだけ居たのかは知らないが、結果だけ見れば二年以上続けたのはテッサ・ヴェイユだけだったわけだろう? キミでも、ダンブルドアでも、アリスですらもなく、ヴェイユただ一人だ。」

 

「……偶然に意味を持たせたがるのは貴女の悪い癖よ。そこに意味なんてないわ。」

 

「偶然に意味を持たせてこその人生じゃないか。それが酒の席なら尚更だ。『たわ言』も突き詰めれば真実になる。私がダンブルドアから教わったことの一つだよ。」

 

ぱちりとウィンクしながら言ってやれば、パチュリーはやれやれと首を振って返事に代えてくる。そりゃあ私だって百パーセント本気で言っているわけではないが……リドルの呪いに真正面から食ってかかったのはヴェイユだけだぞ。それは紛うことなき真実なのだ。

 

美鈴がジョークとしてフランに持たせたらしい炒り豆を床にぶん投げながら考えていると、マクゴナガルが弔辞を締めたのが聞こえてきた。これで全員終わりか。次は何をするのかとレミリアに問いかけようとしたところで、参列者たちのどよめきが耳に入ってくる。

 

「どうしたの? トラブルじゃないでしょうね?」

 

同じことに気付いたらしいレミリアの声を背に、縁に戻って校庭の様子を確かめてみると……おや、ケンタウルスたちだ。禁じられた森から弓を携えたケンタウルスが大量に出てくるのが見えてきた。

 

「ケンタウルスたちのお出ましだよ。ダンブルドアを弔いにきたか、あるいは集まった魔法使いを皆殺しにしようとしているかのどっちかだね。」

 

「私は前者に賭けるわ。皆殺しにするつもりならもっと上手く奇襲するでしょ。」

 

パチュリーが私の冗談を素っ気なくあしらったのと同時に、ケンタウルスたちは一斉に矢を番えた後、参列者たちから遠く離れた位置へとそれを放った。弓なりに飛んでいった大量の矢が校庭の地面に刺さったのを確認すると、森の守護者たちは波が引くように木々の奥へと戻って行く。

 

「……えっと、あれがケンタウルス流のお葬式ってこと? ヘンなの。」

 

「弔砲ならぬ弔弓ってことなんじゃないか? 私もよくは知らんが。」

 

「まあ、弔意は伝わったでしょ。参列者たちはちょっとビビっちゃってるみたいだけど。」

 

騒つく校庭を見下ろしながら推理する私たちへと、いつものように頼れる司書どのが答えを教えようとした瞬間……おおう、びっくりしたぞ。パチュリーの目の前の空間が燃え上がったかと思えば、炎が形を持つかのように真紅の不死鳥が出現した。ダンブルドアが飼っていた焼き鳥だ。

 

「……あら、フォークス。もう行くの?」

 

さほど驚いた様子のないパチュリーに短い鳴き声を返した後、不死鳥は彼女のコップから蜂蜜酒を一口飲むと、紫の大魔女の手に頭を擦り付けてから翼を広げて校庭へと飛んで行ってしまう。別れを告げに来たってことか?

 

どこか悲しげな鳴き声を響かせながら参列者たちの上空を一周した焼き鳥は、一度空高く舞い上がってからダンブルドアの棺へと一直線に急降下していき……壇上を覆い尽くすように純白の炎が燃え広がったかと思えば、刹那の後には何事も無かったかのようにそれが消え去った。不死鳥の姿も忽然と消えている。

 

「……まさか、死んだのかい?」

 

おずおずとパチュリーに声をかけてみると、彼女はテーブルに残された真紅の尾羽根をくるくると弄びながら返答を寄越してきた。先程抜け落ちた……というか、焼き鳥が意図的に置いていったらしい。

 

「フォークスの種族名を思い出してごらんなさい。『不死』鳥がそう易々と死ぬわけないでしょうが。ホグワーツを去って行っただけよ。……恐らくもう二度と誰かに仕えることはないでしょうね。不死鳥は永い生の中、たった一つの忠義を全うする生き物だから。」

 

「ふぅん? 羽毛派にしては中々やるじゃないか。」

 

「そうね、気高い生き物だわ。」

 

言いながら真紅の羽を懐に仕舞ったパチュリーは、グラスの中の蜂蜜酒を飲み干してから立ち上がる。スタスタと踊り場に通じるドアへと歩いて行くその背に、レミリアが疑問げな表情で問いを投げかけた。

 

「ちょっと、どこ行くの? 埋葬はこれからよ?」

 

「もう帰るわ。弔辞が終わった以上、ここから先は宗教の領分よ。魔女が居たって仕方がないでしょう? ……天幕やらテーブルやらは勝手に消えるから放置しておいて頂戴。」

 

「えぇ、本当に帰っちゃうの? 花くらい供えてけばいいのに。」

 

フランの呆れたような声を受けたパチュリーは、ピタリと立ち止まって小声で返事を口にする。

 

「……花はまた今度供えに来るわ。約束だからね。」

 

約束? 謎の台詞を残してドアを抜けて行くパチュリーの背を見送ってから、最初の一杯以降誰も手を付けようとしないスコッチをグラスに注ぐ。……まあ、確かにこの先は形式的な儀式が続くだけだろう。棺を埋めて、墓石を置いて、参列者が一人一人別れを告げていくわけだ。

 

……いや、全員は無理か。数が数だけに何時間かかるか分からんぞ。それとも一日かけてやるつもりなのだろうか? 今後の展開について考えている私を他所に、レミリアとフランも自分たちの予定を話し始めた。

 

「レミリアお姉様は魔法省に戻るんでしょ? 私は校長室でスネイプの記憶を確認した後、シリウスの家で騎士団の人たちと会うから……んー、今日は帰るのが遅くなるかも。」

 

「ああ、それは心配しなくても大丈夫よ。陽が落ちたら迎えに行くわ。」

 

「私、一人で帰れるんだけど? っていうか多分アリスも来るから、お姉様は来なくていいよ。」

 

「それでも行くわ。元騎士団員に事情を説明するって約束を……ねえ、フラン? どうしてそんなに嫌そうな顔になっちゃうのかしら? 反抗期なの? また反抗期になっちゃったのね?」

 

再開した姉妹漫才を横目に、アルコールが喉を灼く感覚を楽しみながら校庭を見下ろす。……ま、私はもう少しここで飲んでおくか。アリスが頃合いを見てフランのことを迎えに来るだろうし、それまでは適当にのんびりしていよう。

 

悲しみが支配するホグワーツの校庭を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリはジャーキーをあむあむ齧るのだった。

 


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