Game of Vampire 作:のみみず@白月
「変じゃないか? ……っていうか、変だろ? 変だよな?」
絶対に変だぞ。連盟本部の控え室の中、黒いドレスに着替えた霧雨魔理沙は鏡の前でそう呟いていた。姿見の中に立つドレス姿の私は……何かこう、女性的すぎる。普段の私とはかけ離れた雰囲気じゃないか。
結局最後まで盛り上がりはしなかった昼食会が終わり、控え室で手持ち無沙汰に二時間ほど過ごした後、暇を持て余し始めた頃にスーザンが着替えようと言い出したのだ。
だから男子四人を廊下に追い出し、女子三人で協力し合ってドレス姿に変身してみたわけだが……ぬう、やっぱり変だぞ。落ち着かない気分で自分の服装を確認する私へと、テーブルで化粧をしているスーザンが返事を寄越してきた。
「どこが変なの? 普通に似合ってるわよ。」
「どこがって言うか……慣れてないんだよ、こういう格好に。これじゃあまるで『女の子』みたいじゃんか。」
「私が知る限り、貴女は純度百パーセントの女の子だったはずだけど。……アレシア、そっちは大丈夫? ちゃんと着られる?」
意味不明だという顔付きで私に突っ込んだスーザンの問いに、まだ着替えを終えていないキャミソール姿のアレシアが答えを返す。
「あの……えっと、よく分かりません。この紐は何に使うんでしょうか?」
「紐? ……ああ、それはただの飾りよ。全部着た後に首の後ろで縛ってワンポイントにするんじゃないかしら? 着たらこっちにいらっしゃい。私がやってあげるから。」
「はい、お願いします。」
アレシアのは比較的シンプルな深い紅のワンピースタイプのドレスだ。美しいというよりも可愛らしいと表現すべきそのドレスは、まだ十二歳のアレシアによく似合っている。私もああいうので良かったんだけどな。
対して私のドレスは黒を基調とした肩が丸出しの一品だ。所々に付いているレースの部分が擽ったいし、何よりこの……胸を強調する感じがどうにも恥ずかしい。身体のラインがはっきり出る服を着たのは初めてかもしれないな。
いつもより三割増しくらいの大きさに見える自分の胸を見て、こういうのって案外簡単に『かさ増し』できるんだなと感心していると、黄色のドレスを着ているスーザンが私に向かって口を開いた。ちなみにこいつのは肩がきちんと隠されている。アリスめ、何故丸出しにしたんだ。
「マリサ、髪を整えてあげるからここに座って頂戴。」
「私はこのままでいいんだが……。」
「ダメよ、下ろしただけだとドレスに合わないわ。一つに纏めて前に垂らすべきよ。そうすれば落ち着いた雰囲気になるでしょう?」
「……まあ、任せるぜ。私はもうダメだ。ソワソワして何も考えられん。」
兎にも角にも恥ずかしいぞ。こんなに肌を出すのであれば、咲夜かハーマイオニーあたりからクリームを借りてくればよかったな。肩がスースーするのにムズムズしながらスーザンの前に座ると、彼女は手慣れた動作で私の髪を纏め始めた。
「そういえば貴女、対抗試合の時のダンスパーティーには出なかったの? 随分と慣れてないみたいだけど。」
「ん、出なかった。格式張ったパーティーは苦手だからな。」
「出てもいないのに苦手にしてどうするのよ。……気持ちは分かるけどね。何度経験してもフォーマルなパーティーは気疲れするわ。」
「多分参加する全員がそう思ってるよな? なのに何でやるんだ? もっとカジュアルなパーティーでいいじゃんか。」
その方がみんな助かるだろうに。髪を縛られながら根本的な疑問を放ってやれば、スーザンは苦い笑みで肩を竦めて端的に応じてくる。
「そういうものだからよ。……はい、おしまい。次はアレシアね。」
「あの、はい。お願いします。」
うーむ、これが私か。着替えたアレシアと交代してもう一度鏡の前に立ってみると、まるでイイトコのお嬢ちゃんみたいな姿になっている私が見えてきた。これなら箒屋のおっちゃんも『お嬢ちゃん』って呼ぶだろうな。
あー、本当にダメだ。何故か湧いてくる羞恥心に身悶えする中、廊下に続くドアがノックされると同時にマルフォイの声が耳に届く。
「そろそろいいか? 僕たちも準備をする必要があるから、早くして欲しいんだが。」
「女の子を急かさないでくれる? マルフォイ。そういうところはまだ学生ね。……まあいいわ、入って頂戴。着替えは終わってるから。」
呆れたような声色のスーザンの許可に従って、バツが悪そうな表情のマルフォイが部屋に入ってくる。続いて入室してきたハリー、シーボーグ、ロイドと共に、それぞれ私たちへと『褒め言葉』を投げかけてきた。
「似合っているぞ、三人とも。それならホグワーツが侮られることはないだろう。」
「うん、良く似合ってる。見違えたって言うと失礼かもしれないけど、普段よりずっと綺麗に見えるよ。」
「あー……そうだな、良いと思う。俺は服装には詳しくないが、良い感じだ。それは分かるぞ。」
「色が……良いね。合ってる気がする。だからつまり、似合ってるってことなんじゃないかな。」
差があるな。こなれた様子でスラスラと褒めたマルフォイやハリーに対して、シーボーグとロイドは照れ臭そうにボソボソとお世辞を飛ばしてきたわけだが……それを聞いたスーザンが四人に『評価』を下す。至極微妙な顔付きでだ。
「マルフォイは事務的すぎて減点だけど、ポッターとシーボーグはまあまあ良かったわ。ロイドはもう少し褒め言葉を勉強なさい。『色が良い』はいまいちよ。」
「……そうですね、今のは自分でもちょっとダメだと思いました。精進します。」
情けない顔でお手上げのポーズをしたロイドを尻目に、マルフォイは自分の着替えをするために部屋の隅のカーテンで仕切られたスペースへと入っていく。荷物片手に文句を言いながらだ。
「思うに、女性陣もここで着替えれば良かったんじゃないか? そうすれば一気に全員着替えられただろう? ……覗くようなヤツが居ないのは分かっているはずだ。」
「ダメに決まってるでしょうが。そういうのは気持ちの問題なのよ。アレシアも嫌よね?」
「あの、私は……ちょっと恥ずかしいかも、です。」
これは破壊力があるな。僅かに頰を染めて呟いたアレシアの発言を受けて、マルフォイは自分の負けを悟ったらしい。無言で着替えスペースに入ると、苦い表情でカーテンを閉めてしまった。
敗退した御曹司どのを然もありなんと見送ってから、仕上げにアクセサリーを着けようとアリスから渡された小箱を開けてみれば……おい、なんだこりゃ。昼食会の時に見れば着け方は分かるって言ってたじゃないか。嘘吐きめ。
謎の装飾過多な布切れや、どこに着けるんだか分からないブローチらしき物体。これまでの人生には必要なかったそれらの小物を前に、今後は少しくらい『お洒落』も勉強しようと反省するのだった。
───
「こちらが会場になります。校長とキャプテンを先頭にお進みください。」
そして慌ただしい準備が終わり、『挨拶回り』に励んでいたマクゴナガルが合流した午後五時ちょっと過ぎ。渡り廊下を通って本部の下にある建物の前まで移動した私たちは、ここまで案内してくれたレンダーノの指示で会場に入場するための列を作っていた。
キャプテンたるマルフォイの作戦曰く、慣れている者と不慣れな者がペアになった方が良いということで、私にはハリーが、スーザンにはロイドが、アレシアにはシーボーグがそれぞれエスコート役として付くことになっている。それならちょうど男女のペアになるし、各校のキャプテンは何かやることがあるらしい。妥当なペア分けだと言えるだろう。
そんなわけでハリーの横に並んだ私へと、スーツ姿の生き残った男の子どのは肘を差し出してきた。……うおお、こういうのって本当にやるのか。気恥ずかしいぜ。
「悪いな、ジニーじゃなくて。今日は私で我慢してくれ。」
「ちゃんとエスコートしないとそのジニーに叱られちゃうからね。慣れてはいないけど、何とかやってみるよ。」
「任せるぜ。私は慣れてないどころか何にも分からんからな。」
いつもよりちょびっとだけ頼もしく見えるハリーに応じたところで、レンダーノの合図を受けた職員がドアを開けて大声を張り上げる。余計なことをしないでくれよ。静かに入ればいいじゃんか。
「ホグワーツ代表の皆様がご到着です!」
その言葉と共にマクゴナガルとマルフォイに続いて厚めのドアを抜けてみると……良かった、暖かい。過ごし易い室温に保たれている広いホールの光景が目に入ってきた。天井には高価そうなシャンデリアが並び、真紅の絨毯の上には白いクロスがかけられたいくつもの丸テーブルが置かれている。無理に奇を衒っていない、伝統的なパーティーの会場って感じだな。
既に会場に居た沢山の人たちが注目する中、歩き方に気を使いながらホグワーツに割り当てられたテーブルへと移動していく。会場の一番奥には胸くらいの高さの壇が設置されており、その後ろの壁には七校の校章が描かれた旗がかけられているようだ。
左から順にカステロブルーシュ、イルヴァーモーニー、マホウトコロ、ダームストラング、ホグワーツ、ボーバトン、ワガドゥかな? 参加校は奇数なんだから、どっかが中央になるのは当たり前だが……ダームストラングか。
意外な選択を怪訝に思いながらテーブルに到着すると、ハリーが私の椅子を引いてくれた。くそう、余裕があるな。シーボーグも同じ行動をしているが、ロイドなんかは一度座ってしまってから慌てて立ち上がってスーザンの椅子を引いてるぞ。
「あんがとよ。」
「どういたしまして。……僕たちは五番目だったみたいだね。まだ到着してないのはイルヴァーモーニーとダームストラングかな?」
会場を見回すハリーに倣って、私も参加者たちのことをチェックしてみれば……うん、そうみたいだな。あのいかにも何か行なわれそうな壇に近い七つのテーブルが、参加校に割り当てられた物なのだろう。
各テーブルに着いている正装姿の代表選手たちを眺めていると、同じ方向を見ているスーザンが口を開く。どこか残念そうな表情でだ。
「着物じゃないのね、マホウトコロの正装って。ちょっと見てみたかったんだけど。」
「ワガドゥのも思っていたのと違いますね。どちらも昼間に着ていた制服の方がよっぽど『それっぽい』です。」
マホウトコロの生徒は普通にスーツやドレスを着ており、ロイドが指摘したワガドゥの生徒はピタッとした……何て呼ぶんだ? あれ。襟付きの軍服のような服を着ているな。とはいえ色使いがカラフルなため、重苦しい雰囲気は出ていない。
色々な礼服があるんだなと一人で感心していると、マクゴナガルが少し離れたテーブルを示して解説を寄越してきた。
「あのテーブルにいらっしゃるのが今回出席する上級大魔法使いの方々ですね。一人だけスーツ姿の男性は現在の連盟の議長です。」
「上級大魔法使いが連盟の指導者なんだよな? 議長ってのはそれとは別なのか?」
「上級大魔法使いは言わば国際魔法使い連盟の『象徴』です。細かい規則は多々ありますが、分かり易い表現で説明すれば実務を担当するのが議長で、それを承認するのが上級大魔法使いという関係ですね。……魔法史をもう少し真面目に勉強することを勧めておきますよ、マリサ。この辺りのシステムは間違いなくフクロウ試験に登場することでしょう。」
「まあうん、覚えとくぜ。」
濃い紫色のローブを着た気難しそうな顔の爺さんと、黒ローブ姿の穏やかに微笑むお婆ちゃん、そしてキチッとしたスーツを着ている初老の男性。なんだか知らんが、冷めた雰囲気のテーブルだな。明らかに談笑している様子のないテーブルを見ながら、あれが連盟のお偉いさん方かと大した感慨もなく納得したところで──
「……マリサ、ホームズだ。あっちのテーブル。」
何? 鋭い口調でハリーが教えてくれた方向に目を向けてみると、確かにホームズが座っているのが視界に映る。同席しているのはマクーザの議員か?
「だな。……リーゼはまだ来てないのか?」
「到着してないみたいだね。ホームズとトラブルになったりしないかな?」
「分からんが、リーゼだってホームズが来ることは知ってるわけだし、迂闊なことはしないだろ。」
同じテーブルの連中と談笑しているホームズは……ふん、嘘くさい笑みだな。リーゼのように皮肉げな感じでも、ぽんこつ賢者のように裏がある感じでも、レミリアのように深みがある感じでもなく、無機質な仮面を貼り付けたような愛想笑いだ。『アリスの敵』って先入観があるからかもしれんが、それ抜きにしたって好きにはなれない笑い方だぞ。
人形じみた笑みの男に鼻を鳴らす私へと、話を聞いていたらしいマルフォイが警告を飛ばしてきた。
「あまりジロジロ見るな、キリサメ。気持ちは分かるが、あの男に対処するのはバートリやフォーリー議長の仕事だ。今日は我慢して代表選手として振舞ってくれ。」
「……おう、分かってるさ。」
「それに、心配することはないはずだ。僕が知る限り、現状焦るべきはホームズの方だろう。連盟はイギリス側に傾きつつあるからな。」
「何の話? ……ああ、アルバート・ホームズね。マルフォイの言う通りよ。あの男はもう長くないわ。」
会話に参加してきたスーザンもホームズのことが好きではないようで、ざまあみろと言わんばかりの顔で冷たく言い放つ。国際的な動きについては私より知ってそうだな。
「二人とも詳しいんだな。」
「マルフォイ家としてもフォーリー議長に協力しているからな。……あの男の初手はイギリスに見事に防がれ、今度はこちらが斬りかかる番だ。おまけにゲラート・グリンデルバルドが身を守るための盾を取り上げようとしている。内心は穏やかではないだろうさ。」
「そうね、先手を耐え切ったイギリスが優位に立ったわけ。なりふり構わない攻撃だったから、いざ反転して攻められれば弱いはずよ。」
うーん、政治に関わる人間ってのは比喩表現が好きだな。まあ、分かり易い説明ではあったぞ。私が納得して頷いた瞬間、急に会場が静まり返る。何事かと周囲を見回してみると、異常を発見する前に高らかに響いた声が原因を教えてくれた。
「ゲラート・グリンデルバルド中央魔法議会議長のご到着です!」
ホグワーツ代表の到着を知らせた時より、多少緊張しているような職員の声。釣られて入口の方に視線を送ってみれば……あれがゲラート・グリンデルバルドか。新聞で何度も目にした老人が入場するのが見えてくる。
百歳を超えていることなど一切感じさせないピンと伸びた長身と、真っ赤なアスコットタイが特徴的なスリーピースのダークスーツ。気品を感じるお洒落な格好の老人は、左右に銀朱のローブを着た護衛を付き従えながら堂々と割り振られたテーブルへと向かっていく。会場中から集まる好奇の視線など、気にも留めていないご様子だ。
しかし、凄いな。ただ歩いているだけなのに目を奪わせるようなあの雰囲気。まるで一瞬にしてこのパーティーの主役の座を奪い取ってしまったかのようだ。ある者は興味深そうに、ある者は好意的な表情で、またある者は嫌悪を滲ませながら。反応こそ様々だが、会場の魔法使いたちは一人残らずあの男に注目しているぞ。
つまり、これが『カリスマ』なわけか。ダンブルドアが、レミリアが、そして魅魔様が持っていた資質を、グリンデルバルドもまた持っているらしい。確かな理由は説明できないものの、そこに在るだけで何故か場を支配できてしまう力。形容し難い圧倒的な存在感。それがあの男からピリピリと発されている。
後ろに流した真っ白な髪の下にある顔付きからは……うーむ、ダンブルドアのように穏やかな指導者ではなく、むしろ冷徹な支配者であるという印象を受けるな。とはいえ、同じように支配者然としていたレミリアともまた違う気がする。レミリアが細く鋭い絢爛な短剣なら、グリンデルバルドは歴戦を戦い抜いた実用的な大剣といった雰囲気だ。にっこり笑いながら背後に隠し持つのが前者で、あえて構えて見せ付けることで威圧するのが後者って感じ。
既知の人物との違いを考察しながら離れたテーブルに着くグリンデルバルドを眺めていると、私の隣に座っているハリーがポツリと呟きを漏らした。
「……なんかさ、ヌルメンガードで見た時よりも大きく見えるよ。あの時も存在感はあったけど、それよりもっとがっしりしてる感じ。どうしてなんだろう?」
「私には分からんが、グリンデルバルドが大したヤツだってのは一目で理解できたぜ。多分直に見たことがなかった他の連中も同じだろうな。写真だとあの雰囲気は伝わらないだろうさ。」
従うか、歯向かうか。こちらにその選択を強いてくるような男だな。少なくとも無視することだけは出来ないだろう。あの存在感がそれを許してくれまい。何をするにしたって目を向けてしまうはずだ。
リーゼがやたらと褒めていた理由を実感しながら、霧雨魔理沙はロシアの議長のことをジッと見つめるのだった。