Game of Vampire 作:のみみず@白月
「そういえばよ、マリサ。日本に行ったら『市場調査』をしてきてくれないか? シーズンチケットでワールドカップを観に行くなら、合間に街とかにも出るつもりなんだろ? 俺たちは店が忙しい時期だから行けないしな。」
市場調査? ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのレジカウンターでお釣りの整理をしている霧雨魔理沙は、隣で帳簿をつけているジョージの急な依頼に首を傾げていた。おいおい、まさか極東に『進出』する気なのか?
七月の下旬にたどり着いた今日、私はいつものように資金稼ぎのためのバイトをしているのだ。この前イギリスに遊びに来たゾーイとオルオチに結婚祝いをプレゼントした後、イモリ試験を無事突破した卒業生三人に卒業祝いを贈った結果、私の財布はすっからかんになってしまったのである。
このままだとワールドカップどころか箒を買う資金すら危ういわけだが、それを自覚しているのにも拘らず、数日前に残り僅かになっているのを見て我慢できずに前売りのシーズンチケットを買ってしまった。……咲夜から金を借りてだ。
咲夜にチケット代を返し、箒を買い、その上日本での宿泊費用も確保しなければならないと暗澹たる気持ちになっている私に、ジョージは市場調査とやらに関する説明を続けてくる。
「向こうの魔法界でどんな商品が流行ってるかとか、そういうのを調べてきて欲しいんだよ。ついでに悪戯グッズっぽい物があったら買ってきてくれ。面白そうな物ならマグル界の品物でも構わないぞ。適当に『改良』すれば魔法界向けに出来るだろうしな。」
「日本にまで商売を広げるのか?」
「いや、今回はその逆だ。珍しい品があったらこっちで売りたいと思ってな。イギリスの悪戯グッズは網羅したし、新しいアイディアを探してるんだよ。珍しい物はいつだってウケるだろ?」
「ああ、そういうことか。良いと思うぜ。店先に目新しい品を置いておくのは大事だしな。」
相変わらず商売のこととなると行動力がある二人組だな。他国の悪戯グッズか。ゾンコはそういう方面にまで手を伸ばしていないし、成功すればこの店独自の新たな『売り』になるだろう。
納得した私に対して、ジョージは記入し終えた帳簿をパタンと閉じてから話を締めてきた。
「んじゃ、頼んだぞ。ちゃんとそれ用の資金も出すから、ワールドカップを楽しみがてら新商品の種を探してきてくれ。もし余ったら好きに使っていいからな。ちょっとしたボーナスってとこだ。」
「……ひょっとして、気遣ってくれたのか?」
「何の話だ? 俺は倉庫の整理に入るからレジは任せたぞ。」
ひらひらと肩越しに手を振りつつ、店の奥へと消えていくジョージを見送ってから……うーむ、気を使われたみたいだな。半笑いで小さく息を吐く。恐らく私が金に困っているのを察して、市場調査って名目で『お小遣い』をくれるつもりなのだろう。
いやはや、何だかんだ言っても双子も大人だってことか。スマートな気の使い方に感心しながら、整理を終えた釣り銭をレジに仕舞う。新商品が欲しいって部分は本音だろうし、これは良い品を見つけてこないといけないな。
───
そして夕飯前にバイトが終わり、薄暗いダイアゴン横丁を人形店に向かって歩いていると……おお? まだ店の明かりがついてるな。珍しく夕刻になっても営業中のマーガトロイド人形店が目に入ってきた。
もはやエマのお菓子が売り切れる午前中だけで閉めることすら多くなっているのに、この時間までやっているのは夏休みに入ってから初めてだ。怪訝に思いながら店のドアを抜けてみれば、アリスとリーゼが来客と話しているのが視界に映る。客の方はボサボサのベージュの髪の長身の女性。つまり、情報屋のアピスが訪れているらしい。
「おっす、ただいま。」
「お帰りなさい、魔理沙。」
「ニューヨークの大魔女の弟子さんですか。お久し振りです。お邪魔しています。」
アリスに続いたカウンターの前の丸椅子に座っているアピスの挨拶に、軽く目礼しつつ返事を返す。カウンターには紅茶が三つと茶菓子の皿があるし、中身が減っているのを見るに今さっき来たわけではないようだ。
「おう、久し振りだな。珍しくこの時間まで営業してるから何かと思ったぜ。」
「あ、忘れてたわ。閉店の看板を出してこないと。」
パタパタとアリスが玄関に駆けて行くのを横目にしながら、カウンターに直接腰掛けているリーゼへと疑問を送った。
「何を話してたんだ?」
「アビゲイルの話だよ。こいつ、やっぱり大まかなシナリオに気付いてたみたいなんだ。イラつく話さ。」
「前に言ったでしょう? 情報を売るか売らないかは私の自由なんです。気付いていたからといって教える義務はありませんよ。……それに、熊さんの方は私としても予想外でした。自己を点在させる人外ですか。賢い生存術ですね。」
「私は嫌だけどね。仮に出来るならキミはやるかい?」
ぬう、『ベアトリスたち』についての話か。正直なところ、私はその問題に未だ納得し切れていない。……というか、この場合は理解し切れていないと表現すべきなのか? ベアトリスたちの価値観が独特すぎてついて行けないのだ。
こういうのって哲学の内容なんだろうかと悩んでいる私を尻目に、アピスは一瞬だけ思考した後で返答を放つ。
「合理的で効率的な生存戦略だとは思いますが、吸血鬼さんと同じく私もそれを選択することは出来ないでしょうね。……ふむ、やはり面白いテーマです。スワンプマンの思考実験を知っていますか?」
「知っているし、ベアトリス本人も引き合いに出してきたよ。……しかしだね、スワンプマンのそれとベアトリスのそれはまた性質が違うだろう? ベアトリスのやり方において最も異質なところは、アビゲイルが『自身の完全なコピー』ではないことを理解した上で、それを『自分である』と許容していたって点なんだと思うぞ。」
「同意しましょう。そこは私としても理解に苦しむ部分です。ベアトリスは何を以って『自分である』と認識していたんでしょうね?」
未来のベアトリスも、アビゲイルも、ティムも、過去のベアトリスにとっては『自分』だったわけだ。だけど、未来のベアトリスはアビゲイルを自分であると認めることが出来なかった。一度記憶を失ったことが何かのトリガーになったのか?
ううむ、しっかり考えてみるとクソ難しいな。何故ホグワーツには哲学の授業がないんだ? 幻想郷の魅魔様の家には沢山哲学関係の本があったし、ノーレッジも重要な学問であると断言していたんだから、哲学の授業があったら絶対に受講しているのに。アリスだってある程度は精通している以上、哲学は本物の魔女にとっての『必須科目』なのだろう。
私がホグワーツのシステムを嘆いている間にも、リーゼとアピスの問答は進行していく。参加できないのがちょびっとだけ悔しいな。自分の考えを言葉に変換する技術をもっと磨かねば。
「灰色の魔女は我々とは全く違う観念を持っていたんだろうさ。そればっかりはどれだけ考えても理解できないと思うよ。理解できないからこそ違っているんだ。ベアトリスは……少なくとも『過去のベアトリス』は、人間や妖怪や神や魔女とは大きくかけ離れた別の生き物だったってことだね。人間と蟻が分かり合えないのと一緒さ。別の存在なんだから仕方のないことだよ。」
「重要なことを忘れていませんか? 吸血鬼さん。ベアトリスは人間たちの恐怖から生まれたんです。ならば本質的に人間とかけ離れることは有り得ません。人間が蟻の恐怖を想像できないように、人間が理外の妖怪を生み出すことは不可能ですよ。ベアトリスがそうあれと生まれたのなら、共通している部分は確かにあるはずでしょう?」
「どうかな? 人間ってのはたまに訳の分からん恐怖を抱くものなのさ。ベアトリスが北アメリカで生まれた切っ掛けは、『よく分からない魔女とかいう異質な存在』に対する恐怖だ。キミもよくご存知の通り、妖怪は明確な定義からではなく曖昧な恐怖から生まれるものなんだよ。当時の人間たちは一体『何』を想像していたんだと思う? 『よく分からない何か』を想像していたのであれば、『よく分からない何か』が生まれるのは当然のことだろう?」
「不確かな混沌を皆が恐れれば、不確かな混沌が形を持って生まれるというわけですか。……恐ろしい話ですね。人間は妖怪を恐れるかもしれませんが、私は人間をこそ恐れていますよ。だから惹かれるんでしょうか? 人が強大な存在を崇めるように、私はある意味で人間を崇めているのかもしれません。」
大妖怪が人間を崇める? ……本末転倒というか何というか、立場が逆転しているような話だな。戻ってきたアリスと二人で会話を聞きながら唸っていると、アピスは微かな苦笑を浮かべて話題を締めた。
「まあ、これは確たる結論が出る類の話題ではありません。考え、議論することにこそ価値があるんです。続けていくと長くなりそうですし、今回はここまでにしておきましょう。……魔女さん、明日は道具を持ってきます。よろしくお願いしますね。」
「はい、分かりました。ちなみに道具は市販の物ですか?」
「半分ほどはそうです。残りの半分は時計技師をやっていた頃の物を流用しています。」
「じゃあ、その辺についても明日相談しましょう。私は祖父のやり方を受け継いでいるので、普通の人形作りとは少し道具が違うんです。多分大丈夫だとは思いますけど、もしかしたら道具を作ることから始める必要があるかもしれません。」
んん? アピスはアリスから人形作りを学ぶ気なのか? 玄関の先までアピスを見送りに行ったアリスを見つつ、カウンターから降りたリーゼへと質問を飛ばす。
「今のってつまり、アピスがアリスに人形作りを習うってことだよな?」
「らしいね。多趣味で飽きっぽい情報屋どのは、本格的に人形に興味を持ったんだとさ。近くのホテルに泊まり込んで通いで基礎を教わるんだそうだ。……ま、いいんじゃないか? アリスはアビゲイルの件をまだ少し引き摺ってるみたいだし、ちょうど良い気晴らしになるだろう。私としては文句ないよ。」
「私も別に文句はないけどよ。……勤勉なヤツだよな。興味が湧いたらすぐに取り入れようとするところは尊敬するぜ。」
「キミも六年生になったらそうしたまえ。就職は関係ないし、イモリも受けないんだろう? だったら残りの二年間は興味の赴くままに学べるってことだ。ぐずぐずしてると貴重なモラトリアムが無駄になっちゃうぞ。」
大きく伸びをしながら忠告してきたリーゼは、そのまま階段を上がってリビングの方へと消えてしまう。……その通りだ。五年生までを基礎と考えれば、ここからの二年間が私の『個性』に繋がるものを学べる期間となる。魔女としての主題だって定めなければなるまい。
そのためにも色々なものを見て、色々な本を読んで、色々なことを試してみなければ。それには先ず資金を確保するのが大事だぞと自分に活を入れつつ、霧雨魔理沙は改めて余計な買い食いなんかは控えようと決意するのだった。
─────
「どうするのよ、魔理沙。決断の時だと思うけど。この安いテントで寝泊りするか、あるいはリーゼお嬢様から日本魔法省指定ホテルの宿泊費を出してもらうか、もしくはマグル界の安いホテルを自力で探してみるか。その三択よ。」
ホグワーツの学費だって出してもらってるんだから、意地を張らずにリーゼお嬢様に甘えればいいじゃないか。ダイアゴン横丁にあるキャンプ用品店の中で、サクヤ・ヴェイユは迷いに迷っている親友に対して決断を促していた。
夏休みの半分がほぼ終わり、八月から始まるワールドカップが目前に迫った今、我が意地っ張りの友人どのは未だに日本での滞在方法についてを決めかねているのだ。
魔法省がシーズンチケット購入者に送ってきたパンフレットによれば、この前のワールドカップの時と同じくマホウトコロの領地が存在する島に『テント村』が作られるらしい。だから小さな二人用のテントを購入してそこに宿泊するというのが一つ目の案だ。この案を選択した場合、試合会場までの移動が容易な代わりに日本の本土を観光することが難しくなってしまうだろう。あとは『三週間のテント生活』ってのが楽しくなさそうなのも大きな問題だな。
二つ目は、日本魔法省が他国からの観客のために用意した本土のホテルに泊まるという案だ。パンフレットを読んだ限りではロビーから会場へのポートキーが毎日出るようだし、観光のためのツアーなんかも充実している。複数候補があるホテルの場所はどれも本土の大きな街中らしいから、ふらりと観光に出ることも可能だろう。
そして最後の一つは自分たちでマグル界のホテルを探すという案。これはまあ、一応存在している程度の現実的ではない案だ。この案を選択してしまった場合、姿あらわしが使えない私たちは試合を観るために毎日ポートキーの発着場まで移動する必要があるのだから。嫌だぞ、そんな面倒なのは。
早く二つ目の案にしちゃえと念じている私に、魔理沙は見本として展示されているテントを見つめながらポツリと呟いた。
「……このテントは嫌か? 安いぞ。」
「あのね、トイレが中に無いのよ? この前のワールドカップの時、どれだけの魔法使いがテント生活を選択したか覚えてる? あの時私は混みまくってる共用のトイレを見て、豪華なテントを準備してくれたレミリアお嬢様に心から感謝したわ。……ついでに言えばシャワーも無いの。クローゼットも、ベッドも、キッチンも、ソファも無いし、挙句の果てには鍵すらまともにかからない始末。年頃の女性として嫌だと思うのは当たり前じゃない?」
「普通無いだろ。つまり、マグルのテントだったら。」
「私たちは魔法使いなのよ。ここは魔法界の商店街で、売っているのは魔法がかかったテントなの。マグルのテントを引き合いに出さないで頂戴。……何度も言ってるけど、ホテルにしましょうよ。私、本当に嫌だからね。寝てる間に変な人が入ってきたらどうするつもりなの?」
『アウトドア派』ではない私にこのテントは無理だ。絶対無理。私の断固たる『ノー』の表情を見て、魔理沙は説得は不可能だと判断したのだろう。渋々別のテントを指差して応じてくる。
「じゃあ、こっちのは? キッチンとシャワーとベッドは無いが、トイレと鍵はあるぞ。」
「魔理沙、いい加減に意地を張るのをやめなさい。何でお嬢様から宿泊費を出してもらうのがそんなに嫌なのよ。チケット代は自分たちで出すんだから、それで充分でしょ?」
「……いつまでも甘えてるみたいで嫌なんだよ。」
「やれることは自分でやるけど、やれないことは手助けしてもらうべきよ。それに感謝して、いつか返す。それでいいじゃないの。」
気持ちは分からなくもないが、兎にも角にもテントは嫌なのだ。どうにか説き伏せようとする私へと、魔理沙は葛藤している様子で食い下がってきた。汚いし、不便だし、夏だから虫とかもいるんだぞ。訳の分からん異国の虫が。
「お前が嫌だってんなら仕方ないのかもしれんが……それならよ、せめて安い部屋にしてもらおうぜ。リーゼのやつ、スイートがどうとかって言ってたろ?」
「残念だけど、リーゼお嬢様はそういう面では絶対に妥協しない方よ。私がお嬢様の家人である以上、その私を安い部屋に泊まらせるのなんて許さないと思うわ。」
プライドの問題なのだ。バートリ家の名で安い部屋を取るわけにはいかない。リーゼお嬢様は間違いなくそう主張するだろう。かなりの自信を持って送った予想に、魔理沙は大きくため息を吐いて返答してきた。
「まあ、そうかもな。何となく想像つくぜ。……分かったよ、宿泊費はリーゼに甘えることにする。」
「それでいいのよ、魔理沙。それが正解なの。テントなんかダメなの。」
ギリギリのところで三週間のアウトドア生活を免れてホッとしていると、魔理沙は名残惜しそうな顔付きで店の出口へと向かい出す。その背に続いてダイアゴン横丁の大通りに出た後、次なる目的地へと歩き始めた。
「んじゃ、あとはグリンゴッツで金を下ろすだけだな。」
「そうね。……箒用の資金はどうなってるの?」
「最新モデルは買えないかもって状況だ。その分も下ろして日本に持っていく。クィディッチが盛んな国だから、中古の箒とかヴィンテージ物とかを売ってる店が沢山あるみたいなんだよ。そういう店で掘り出し物を探してみるぜ。」
「焦って買うと銭失いになりかねないわよ。いざとなったら私の箒を貸せるんだから、妥協しないで選びなさいよね。」
私の箒は去年買った物なので、まだまだ第一線で通用するはずだ。そう思って口にした注意に、魔理沙はポリポリと頭を掻いて応答してくる。
「あー……うん、もしかしたら借りることになるかもしれんな。予算云々を抜きにしても、ピンと来る箒が見つからないんだよ。つくづくスターダストが惜しい気分だぜ。」
一年生の頃から随分と大切に扱っていたし、思い出も含めれば『新しい相棒』を見つけるのは大変なのだろう。同情しながらグリンゴッツに入ったところで、ポケットから古い鍵を取り出す。日本に行ったらもう下ろせないだろうから、私も旅行の資金を纏めて下ろしておかなければ。そういえば英ガリオンって日本円にするといくらになるんだ?
「ねね、魔理沙。一ガリオンって円にするといくらなの?」
「私が知るわけないだろ。幻想郷は円じゃないんだから。……下ろすついでに小鬼に聞いてみようぜ。雀の涙みたいな金額を持って行っても仕方ないし、逆も然りだ。ちゃんと調べておこう。」
そっか、幻想郷はまた通貨が違うんだっけ。魔理沙の提案に尤もだと頷いてから、二つある鍵をチェックする。こっちがヴェイユ家の鍵で、こっちが私個人の鍵だな。……そろそろ一つに纏めちゃってもいいかもしれない。私が幻想郷に旅立つ時、『ヴェイユ家の人間』として有効活用するために。
幻想郷にガリオン金貨を持ち込んでも意味がないだろうし、両親や祖父母が遺してくれたお金はきっと魔法界のために使うべきだ。魔法界のものは魔法界に。具体的に何に使うかまではまだ決めていないが、今のうちから人の役に立てるような使い方を考えておかねば。
お婆ちゃんからお母さんに、そしてお母さんから私に受け継がれたヴェイユ家の金庫。その鍵をそっと握りながら、サクヤ・ヴェイユは両替の相談に乗ってくれそうな小鬼を探すのだった。