Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ふらーん! 無事なのね? 怪我してないのね?」
ホグワーツ特急での戦いを終え、紅魔館のリビングに到着したフランドール・スカーレットは、ちょっとだけ気まずさを感じていた。思わず駆け寄ってくるレミリアから顔を背けてしまう。
部屋に居たリーゼお姉様や美鈴は、レミリアのことを呆れたように見ている。つまり、これがいつもの反応なのだが……。
うーむ、やはりコゼットやリリーの反応とそっくりだ。身体中をペタペタ触りながら怪我の有無を確認してきた。フランは怪我なんかしないって知ってるくせに、こんなに慌てているところもよく似ている。
……認めよう。本当は名前で呼び始めた五年生の頃から気付いていたのだ。レミリアはフランのことを心配している。ダンブルドア先生の言うとおり、フランを家族として愛しているのだ。
地下室に閉じ込めていたのもフランのためなのだろう。ホグワーツの七年間を経て、前までのフランが家から出せないなんてことは重々理解した。
それならどうする? 今までごめんなさいだなんて、恥ずかしくって言えないぞ。……呼び方を変えるか? 昔のように、レミリアお姉様? ダメダメ! こっちも恥ずかしすぎる。
「死の呪文がどうたらってヴェイユが言ってたけど……どこなの? どこに当たったの?」
「もう治ってるよ……うるさいなぁ。」
「後遺症があったらどうするのよ! 美鈴と違ってフランは繊細なんだから!」
「えぇ……ナチュラルに悪口を言いますね、お嬢様。」
美鈴の横槍で再び思考を回す。彼女はお嬢様と呼んでいるが……いやいや、ダメだろう。それを言ったらフランだってお嬢様だ。
呆れたようにレミリアを見ていたリーゼお姉様が、未だフランのことを診察している彼女を止めにかかる。
「レミィ、お医者さんごっこはその辺にしときなよ。魔法警察に捕まるよ?」
「ちょっと、変質者扱いはやめて頂戴! 私は心配しているだけよ!」
レミィ。リーゼお姉様もパチュリーもそう呼んでいるが……これもなんか違う気がする。妹じゃなくて、友達の呼び方って感じだ。
黙考するフランを余所に、リーゼお姉様とレミリアの話は続く。
「しかし、パチェが直々に出るとはね。死喰い人たちも不運なことだ。」
「面子を見る限り、死喰い人の中でも過激な連中が起こした事件みたいね。大方『ご主人様』の慎重な姿勢に業を煮やしたんでしょうけど……かなりの数を拘束されたもんだから、リドルも激怒してるんじゃないかしら?」
「マグル生まれを『間引く』ってわけか。発想は良かったが、ホグワーツに手を出すのはマズかったらしい。あそこの卒業生は粒揃いだからね。」
「その筆頭二人がご登場しちゃったってわけね。ご愁傷様だわ。」
言って執務机の上に座り込んだレミリアは、疲れたように首を振りながら口を開く。
「何にせよ、クラウチが勢いづくのは間違いないわね。鬼の首を取ったかのように批判してくるに違いないわ。」
「ここにあるのは吸血鬼の首だけどね。」
リーゼお姉様の微妙なジョークには誰も笑わなかった。彼女のことは大好きだが、時たま変なジョークを言うのは反応に困る。シリウスが冗談を言うときに似ている感じだ。
反応がないのが気に入らなかったのだろう。やれやれと肩を竦めたリーゼお姉様は、まとめるように話し出す。
「とにかく、後始末をするべきだろう。レミィは盛りのついた執行部部長さんを抑えてくれ。私と美鈴は……ふむ、やることないな。なんか食べにでも行こうか?」
「行きます! 行きましょう!」
元気よく手を挙げた美鈴に苦笑しながら、レミリアが机から降りて口を開く。
「取り敢えずムーンホールドに行ってくるわ。ダンブルドアと話し合わなければならないでしょうしね。……フランはどうする? ヴェイユの娘も多分いるわよ?」
コゼットがいるなら否はない。フランも行くよと返事しようとしたところで……ふむ、一度言葉にしてみるか? 物は試しだ。覚悟を決めて口を開いた。
「フランも行くよ、えっと、レミリア……お姉様。」
うえぇ、なんか気持ち悪い。やっぱり変だ。フランが後悔していると、聞いたレミリアが硬直しているのが見えてきた。
リーゼお姉様が興味深そうにそれをツンツンしているが、まったく反応を返そうとしない。
「おーい、レミィ? ……ダメだな、これは。」
ため息を吐いて再起動を諦めたリーゼお姉様を見ながら、フランドール・スカーレットはやっぱりこの呼び方はやめようと心に誓うのだった。
─────
「同乗していた教師たちは……残念です。」
ボロボロのホグワーツ特急を背にしたフランクの報告を聞きながら、パチュリー・ノーレッジは大きくため息を吐いていた。
生徒たちは既に避難を終えている。ロンドンへと順に送り返された彼らは、今は家族との再会を喜んでいるはずだ。
しかし、それが叶わなかった者もいる。生徒九名、教師二名。駆けつけた癒者たちによる必死の治療の甲斐なく、十一名もの命が奪われた。
敵の量に対して死者が少なかったのは、同乗していた教師二人が緊急用の防護魔法を起動させたからだろう。勿論、上級生たちの迅速な行動も影響している。よくやったぞ、後輩。
ダンブルドアは既に遺族への説明に向かっており、残された私が後片付けの指揮を取っているというわけだ。意気消沈している彼に、さすがの私も嫌とは言えなかったのである。
「そうね。でも、悲しむのは後よ。列車が速度を落とした原因は分かったの?」
「内側に協力者がいたようです。つまり……その、恐らく生徒の中に。」
言い辛そうに言葉を発するフランクに、一度目を瞑って深く頷く。覚悟はしていたことだ。父や母に死喰い人を持つ生徒だっているのだから。
「分かったわ。それじゃあ、一応痕跡を調べておいて頂戴。……この様子だと望み薄かしらね。」
「なんとか見つけ出してみせます。」
力強く言って歩いていくフランクだったが、車体は酷い有様なのだ。痕跡を探すのは難しいだろう。
気を取り直して拘束した死喰い人たちのほうに歩いていくと……おっと、トラブルのようだ。ムーディとクラウチが睨み合っている。いつの間に到着していたんだ?
「今更ノコノコやって来て、主導権は寄越せだ? 連絡はとっくの昔に送ったはずだがな。随分と都合のいい話だとは思わんか? えぇ?」
「ムーディ、この件が我々の管轄下に置かれることは既に決定事項なのだ。死喰い人の尋問は我々で行おう。闇祓い諸君は帰ってもらって構わんよ。」
「功績漁りのハイエナめが! たまには自分で戦ってみればどうだ!」
ムーディに従う闇祓いたちと、クラウチに従う執行部職員たちも杖を手に睨み合っている。私ならムーディが勝つ方に全財産つぎ込んでもいいくらいだが……不本意ながら、騎士団の責任者は私だ。止めねばなるまい。
「ちょっと、何をしているのかしら?」
投げかけた声に、その場の全員が振り向く。ムーディは鼻を鳴らして一歩下がり、クラウチは怪訝そうな顔で話しかけてきた。
「君は? 残った生徒かね?」
「騎士団のメンバーで、一応この場の責任者らしいわね。」
「未成年にしか見えないが? 騎士団は人員不足なのかな?」
「これでもダンブルドアと同い年よ。年上に対する礼儀を教えてあげましょうか? 僕ちゃん。」
怯んだように驚くクラウチを見ながら、なるほどレミィが虐めたくなるようなヤツだと納得する。反応が面白そうだ。
「それは……なるほど。では、団員をまとめて撤収していただきたい。ここからの捜査は我々で行います。」
「あの列車はホグワーツの私物で、つまりはダンブルドアの管轄下にあるのよ。どうして魔法省が出てくるのかしら?」
「事件だからですよ。『なんちゃら卿』の対処は我々の仕事では?」
「ホグワーツは独立自治を認められているはずよ。魔法法を勉強し直すべきね。」
厄介な相手だと認識を改めたのだろう、クラウチは顔の表情を消しながらも、再び食い下がってくる。
「そちらこそ、緊急時の特別措置法をご存知ないようですな。有事の際、魔法省はホグワーツに介入する権利を有しているのです。」
「有事の際? 周りを見てみなさい。どこかで死喰い人が暴れ回っているかしら? 既に解決しているのよ。」
「解釈を婉曲したに過ぎませんな。」
「そちらこそ、過大解釈が過ぎるのじゃなくって? 心配しなくても犯罪者どもはきちんとそちらに送るわよ。そうでしょう? ムーディ。」
もちろん情報を抜き取ってからだが。チラリとムーディを見て問いかけると、彼はニヤリと顔を歪めながらクラウチに言い放った。
「無論だ。どこかの無能どもと違って、我々は職務を全うできるんでな。」
「あまり噛み付くな、ムーディ。私は君の上司なんだぞ?」
「貴様の脅しに何か効果があると思っているのか? 俺の半分も仕事ができるようになってから言ってみろ。」
しばらく私とムーディを順に睨みつけていたクラウチだったが、やがて鼻を鳴らすと身を翻して歩いていく。……おっと、捨て台詞が来るようだ。
「明日の朝刊を楽しみにしておくんだな。この事件の責任は追求させていただく。」
「えっと、別れの挨拶はさようなら、よ? 一つ賢くなれたわね、クラウチ。」
その釈明をするのはレミィとダンブルドアなのだ。私は痛くも痒くもない。熾烈な朝刊バトルなど知ったことではないのだ。
姿くらましで消えていくクラウチたちを尻目に、パチュリー・ノーレッジは再び望まぬ後始末の作業に戻るのだった。
─────
「疲れたわね……。」
ムーンホールドのリビングにある大机に寝そべりながら、アリス・マーガトロイドはため息混じりに呟いた。
隣には同じように疲れた様子のコゼットと、ローブの焦げつきを点検しているアーサーがいる。列車前方の戦いは酷いものだったのだ。
テッサはコゼットをここに運んだ後、遺族への説明のためにすぐさま出て行った。守護霊の報せを受けて駆けつけてくれた他の騎士団員たちも、後始末や報告やらでここには居ない。
「参ったな、またローブが使えなくなった。モリーは怒るだろうな……。」
首を振るアーサーを慰めるために、机に寝そべったままで言葉を投げかける。
「生徒たちを守るためだったんだから、モリーだって煩く言わないわよ。」
「まあ……そうかもしれないんですが。モリーはこのところ子育てでピリついてるもんで、すぐ怒鳴りつけられてしまうんですよ。」
「お子さんが多いと大変ね。まあ……自業自得よ、アーサー。」
「そりゃあ、そうですが。ああ……でも、マーガトロイドさんの人形のお陰で随分と助かっていますよ。モリーにもお礼を言うように言われてたんです。」
私の作った『子育てちゃん二号』は役に立っているらしい。当然である。あの子はオムツ変えとミルクを作るのに加えて、なんと自動いないいないばあ機能まで付いているのだ。一号の尊い犠牲は無駄ではなかった。
隣でぼうっと聞いていたコゼットが、呆れたように口を開く。
「アリスさん、そんなのまで作ってるんですね……。」
「コゼットにも作りましょうか? ほら、アレックスだったかしら。相手はいるんでしょう?」
「なっ、やめてくださいよ! そんなんじゃないんです!」
コゼットは顔が真っ赤だ。ちなみに、もちろん冗談である。実際にそんなことになれば、テッサと私が黙っていないだろう。もうちょっと歳をとってからにすべきだ。
赤い顔をぶんぶんと振るコゼットを見て、アーサーが微笑みながら口を開く。
「初々しいもんだ。私とモリーにもこんな時期があったはずなんだが……今やこうだよ。」
「貴方たちのほうが余程ドラマチックでしょうに。駆け落ちだなんて、今時そう聞かないわよ?」
「いやぁ、まあ、若かったんですよ。二人とも、ね。」
照れたように言っているが、かなりの波乱万丈があったらしい。今でこそモリーの実家とも仲直りしたようだが、当時は『アーサー』の名に恥じぬ大立ち回りをしたとテッサが言っていたくらいだ。
お陰で夫婦仲はすこぶる円満だ。子供をポンポン産んでいるし、最近では双子が誕生した。どうやらウィーズリー家は彼の代で一気に発展しそうだ。
「わぁ。駆け落ちだなんて、何があったんですか?」
コゼットはアーサーの武勇伝に興味があるらしい。さすがは年頃の女の子だけある。恥ずかしそうに話すのを躊躇っているアーサーの顔を見て、ニヤリと笑って言い放つ。
「話してあげなさいよ。貴方と『かわいいモリウォブル』のお話を。」
「勘弁してください、マーガトロイドさん。」
降参して話し始めるアーサーの姿を見ながら、アリス・マーガトロイドはひと時の休息を楽しむのだった。