Game of Vampire   作:のみみず@白月

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愛と恋

 

 

「見事な桜でしょう? この歳になってようやく気付くことが出来ました。私は自分の名前が『桜』だから桜が好きなのだとずっと思っていましたが、実際はそんなことなど関係なしにこの花に焦がれているようなんです。」

 

マホウトコロ領内の小さな中庭に面する、板張りの落ち着いた雰囲気の応接室。その場所のソファの上でシラキの話を聞きつつ、アンネリーゼ・バートリは庭の中心に立っている一本の桜の木を眺めていた。季節を無視して満開の花を咲かせる八重桜か。確かに美しくはあるが、同時に僅かな不気味さも孕んでいるな。

 

九月二十五日の午後、私はシラキとカンファレンスの件を話し合うためにマホウトコロ呪術学院を訪問しているのだ。昨日の昼前に会った西内親子を通して打診してみたところ、都合良く今日の午後なら空いているということで、三バカの世話をアリスに任せて来てみたわけだが……まさか校長閣下が直々に案内してくれるとはな。日本魔法省からポートキーで移動してきた私を出迎えて、この部屋まで案内したのはシラキ当人だったのである。

 

いやはや、礼節もここまで来ると立派な武器だな。『こっちがこれだけやっているんだから、そっちも相応の行動をしろ』という無言の牽制にも感じられてしまう。そういえばこいつは前回のカンファレンスの時も、去年のクィディッチトーナメントの時も直接客人を出迎えていたっけ。単純に善意や礼儀から来る行動なのかもしれないが、深読みが好きな吸血鬼としてはある種の『先制攻撃』に見えてしまうぞ。

 

先んじて礼を示すことで、相手の行動や発言を制限するわけか。ルールに則った正攻法ではなく、外交における不文律を利用するようなやり方だな。魔法で出された緑茶を飲みながら考えている私に、大きな窓の前に立っているシラキが話を続けてきた。ここは中庭に面する壁がそっくり一枚のガラスになっており、中央に向かい合わせの三人掛けの黒いソファが二台と、それに挟まれた白いテーブルだけがぽつんと置かれているだだっ広い部屋だ。応接室ではあるらしいが、家具の量の割に部屋が広いから何だか空虚な印象を受けるぞ。

 

「バートリ女史は桜の異名をご存知ですか? 桜は徒名草や夢見草とも呼ばれているんです。儚く、脆く、刹那的で、夢であったかのように散っていく花。本当に美しいですね。」

 

「ここの桜はどれも咲き続けているようだが?」

 

「あら、痛いところを突かれてしまいましたね。……我慢できなかったんです。春のほんのひと時しか見られないだなんて、どうにも寂し過ぎるでしょう? だから魔法で咲き続ける桜を作ってしまいました。つまり、業ですよ。太陽の光でも大地の栄養でもなく、私の欲がこの桜を咲かせているわけですね。」

 

「その台詞を聞いた後だと、とてもじゃないが素直に『美しい』とは思えないね。散らない花なんて気味が悪いだけさ。」

 

人の欲が咲かせた花か。一気に不気味さを増したな。『死体を栄養にしている』の方がまだマシだぞ。鼻を鳴らして言ってやれば、花と同じ薄桃色の着物を纏っているシラキがクスクス微笑みながら応じてくる。上品だが、それでいて冷たい皮肉を感じるような笑みだ。皮肉というか、自嘲しているのかもしれない。

 

「私が死ねば散りますよ。この桜だけではなく、マホウトコロの領内にある全ての『万年桜』が。そうなるように魔法がかかっていますから。……バートリ女史の言う通り、散らない花など不気味なだけです。終わるからこそ美しいのでしょうね。永遠に続くものほど醜いものはありません。」

 

「その点に関しては同意するがね、私はここに禅問答をしに来たわけじゃないぞ。カンファレンスのことを話しに来たんだ。」

 

「ああ、そうでしたね。……もしマホウトコロを再び会場に選んでいただけるのであれば、こちらとしては否などございません。グリンデルバルド議長にもどうぞよろしくお伝えください。」

 

「……詳細も聞かずに了承されるとはね。この展開は予想していなかったよ。」

 

うーむ、いきなりオーケーしてくるとはな。日本魔法界で派手に動いてゲラートと細川派との関係を取り持った以上、議長閣下と私の繋がりが透けてしまっているのは仕方がないことだし、非魔法界問題の意見交換のためのカンファレンスを開きたいという意思は約束を取り付ける際に伝えてある。しかし詳細はまだ知られていないと思っていたぞ。

 

この女は何をどこまで知っているのかと訝しむ私に、未だ窓の近くに立っているシラキは桜を見つめたままで快諾の理由を語ってきた。

 

「前回のカンファレンスでは失態を演じてしまいましたので、挽回の機会をいただけるのは願ってもないことです。更に言えば、私は昨今国際魔法界で広まりつつある非魔法界問題を重要な問題だと認識しております。そのお手伝いが出来るのは個人的にも歓迎すべきことですよ。」

 

「キミはあまり非魔法界問題に興味がないのかと思っていたよ。『無関心』という姿勢を明確にしているようじゃないか。」

 

「賛成はしていますが、興味はありません。非魔法界問題は私が主導すべきことではありませんから。私の日本魔法界での『役目』は既に終わりました。この上未来の問題にまで手を出すつもりはないんです。……古い役者が舞台に上がれば、新たな役者を迎えるための席が減ってしまうでしょう? 求められての手助けはすれど、自らしゃしゃり出ようとは思いませんよ。私にはグリンデルバルド議長ほどの『滅私奉公』は出来ません。先の短い老人らしく、積み上げてきたものを守るので精一杯なんです。」

 

「今日は随分と心の内を晒してくるじゃないか。私相手にそんなにペラペラ喋って大丈夫なのかい?」

 

『滅私奉公』ね。言い得て妙だな。明け透けに語ってくることへの若干の呆れを滲ませながら問いかけると、シラキはこちらに振り向いて戯けるように返答してくる。

 

「さて、何故なんでしょう? 今日はそんな気分なんです。……加えて、バートリ女史が話し易い相手だからかもしれませんね。」

 

「私が?」

 

「貴女は私にそれほど興味を持っていないでしょう? だから気負わずに話せるんですよ。日本魔法界の人間が相手ではそうも行きませんから。……貴女からは『所属』というものを感じません。スカーレット女史にはヨーロッパ魔法界やイギリス魔法省という色が、グリンデルバルド議長にはロシア中央魔法議会や非魔法界対策委員会という色が、ダンブルドア前校長にはホグワーツ魔法魔術学校という色が付いていました。しかし貴女は何度話しても無色のままです。」

 

独特な表現で私を評価してきたシラキは、対面のソファに歩み寄って腰掛けながら会話を続けた。マイナスの評価ではないようだが、かといってプラスでもなさそうだな。それに、私の『比較対象』としてその三者を挙げてくるのか。ピンポイントにも程があるぞ。本当に油断できない女だ。

 

「バートリ女史は恐らく組織や集団のためではなく、理念や信念のためでもなく、何よりも先ず『自分』が行動の規範になっているのでしょう。故に私も社会的な立場をそれほど気にせずに、ただの白木桜として話せるわけです。」

 

「……要するに、私は自分勝手な吸血鬼だと言いたいわけか。」

 

「責めているわけではなく、羨んでいるんですよ。ひらひらと飛び回ることが出来る貴女を責めるのは、背負ったことを後悔して身軽さを妬む者だけでしょう。私は貴女の生き方を羨ましいとは思いますが、背負ったことを悔やんではいませんから。そんな生き方も良かったかもしれないと想像はすれど、今の生き方を否定することはありません。」

 

「ふぅん? ……キミが『背負った』のはマホウトコロ呪術学院なのかい?」

 

私の質問を受けて、シラキは穏やかな笑顔で頷いてくる。ゲラートも、ダンブルドアも、そしてレミリアもこいつと同じく後悔はしていないだろう。お前らは私の身軽さを羨むかもしれないが、私だってお前たちが『背負える者』であることがちょびっとだけ羨ましいぞ。

 

「その通りです。私にとって大切なのは日本魔法界ではなく、魔法族でもなく、マホウトコロなんですよ。伴侶も子も居ない私にとってはこの学校こそが唯一の愛すべき対象ですから。これまでの人生の全てを捧げてきましたし、残った僅かな時間も余す所なく注ぎ込もうと考えています。」

 

「なるほどね、ようやく分かったよ。キミが派閥問題に積極的に介入しないのも、非魔法界問題に深く関わろうとしないのも、つまりは『どうでも良い』からなのか。マホウトコロこそがキミにとって最も重要な存在であって、その他の事象なんぞどうなろうが構わないわけだ。……キミの欲があの桜を咲かせているように、キミの執念がマホウトコロを支えているわけだね。」

 

ゲラートにとっての魔法族が、この女にとってはマホウトコロなわけか。そこに通う生徒たちや教育というシステムではなく、『学校そのもの』を重視しているってあたりが何だか薄気味悪いな。ダンブルドアもホグワーツを愛していたものの、あの爺さんからは感じなかった『執念』をこの女からは感じるぞ。

 

「そういうことですね。……残念なことに、日本魔法界の皆さんには中々それが伝わらないんです。私をまるで日本魔法界を憂う『烈士』のように扱うものですから、期待に応えられずいつも困っています。」

 

「三派閥のシステムを変えようという気は全く無いのかい? ……そりゃあ今は問題ないだろうさ。キミが見事にマホウトコロを空白地帯にしたからね。しかしだ、キミが死んだ後はどうなる? キミが居ないマホウトコロはこのまま中立の場所でいられるのか?」

 

「そんなことは知りませんよ。私が死んだ後のマホウトコロになど興味はありません。私の死と共にマホウトコロも散る。それもまた一興でしょう。……他の誰かが私以上の校長になるくらいなら、その前に潰れてしまった方が好都合かもしれませんね。そうすればマホウトコロと白木桜の名は永久に共に在れますから。私を差し置いて他の名前が隣に置かれるのなど我慢なりません。」

 

「キミは……あれだぞ、少しおかしいぞ。自覚はあるかい?」

 

この女、マホウトコロと別の校長の名がセットになることに『嫉妬』しているのか。『マホウトコロといえば白木桜』じゃないと気が済まないわけだ。やはりダンブルドアとは全然違うな。ホグワーツを我が子のように愛していたあの爺さんと違って、こいつはまるでマホウトコロに恋をしているかのようだぞ。

 

『横恋慕は許さない宣言』に私がドン引きしながら送った確認に、シラキは困ったような苦笑で返してきた。我が子を手元から離せない母親だとも言えそうだ。どっちにしろ歪んでいるな。

 

「校長として相応しくないことを言っている自覚はありますよ。本来ならば私はマホウトコロが永く栄えることを祈るべきであり、そのために死ぬ前に三派閥の問題をどうにかして、マホウトコロの自治を保てるような優秀な後任を探さなければならないのでしょう。……ですが、心のどこかで他人のものになる前に壊れてしまえとも思うんです。私が死んですぐに騒動が起これば、『やはりマホウトコロには白木桜が必要だった』となるでしょう? それを望んでしまうのは悪しきことなんでしょうか?」

 

「どう考えても『悪しきこと』だろうが。吸血鬼たる私でも分かるレベルだよ。……まあ、言わんとすることは理解できるさ。共感は欠片も出来ないものの、キミがマホウトコロに対して『歪んだ愛情』を持っているってのはよく分かった。その上で聞かせてもらうが、何だってそんなにマホウトコロに拘るようになったんだい? 無論興味本位の質問だがね、ここまで語ったのであれば答えも聞かせてくれたまえよ。」

 

「それがですね、分からないんです。私もこればかりは不思議でなりません。私がマホウトコロに拘る確たる理由が、私自身にも分からないんですよ。」

 

「……いよいよ以て意味不明だね。そんなことは有り得ないだろうが。理由も無しに人生を捧げたのか? キミは。」

 

訳が分からんという顔で突っ込んでやれば、シラキはとびっきりのジョークを語るような表情で返事を口にする。

 

「私も若い頃は三派閥のシステムを憂い、それを変えたいという改革の意志を持っていました。マホウトコロに一教師として赴任してきた当初は、生徒たちを立派に育て上げねばという理念に燃えていた記憶もあります。御国のために日本魔法界を良くしようという考えも抱いていたはずです。……しかし、ふと気付いた時にはそれら全てが過去のものになっていたんですよ。三派閥の圧力からこの学校を必死に守っている間に、マホウトコロ以外の物事など目に入らなくなっていました。手元にただ一つ残ったこの学校に縋ったのかもしれませんね。私としても私の心の変遷を把握できていないんです。」

 

「……やっぱりこれっぽっちも理解できんね。キミと私は相容れないようだ。他人の生き方を軽々に否定するつもりは更々ないが、どうにも私とは性質が違い過ぎる。唯一分かるのはダンブルドアがホグワーツを愛していたのと違って、キミはマホウトコロに恋焦がれているってことだけさ。」

 

ダンブルドアのように対価を求めず惜しみなく与えるのではなく、シラキは与えた分だけ求めている感じだ。とはいえ別にそれが悪いことだとは思わないし、どちらかと言えば人間として『異常』なのはダンブルドアの方だろう。無償の愛ってのは道理に反しているからこそ価値があるわけか。

 

しかしまあ、その対象が『学校』ってのは中々特殊なケースだと思うぞ。行き過ぎた『仕事人間』ってことなのか? ダンブルドアがホグワーツというシステム全体を重んじていたのに対して、シラキはもっと表層を重視しているというのも違和感を加速させていそうだな。中身ではなく、箱そのものを大事にしているという印象だ。

 

私が共感を放棄したのを受けて、シラキは上品な微笑で小さく首肯してきた。

 

「恋、ですか。その言葉にたどり着いている以上、貴女は私のことをしっかりと理解しているのだと思いますよ?」

 

「何れにせよ、この話はもういいよ。面白いっちゃ面白かったが、ワイン無しでは味がくど過ぎる。続きは酒がある場でやろうじゃないか。今日はもう結構だ。」

 

ひらひらと手を振って『参った』をしてやれば、シラキは口元に手を当てて笑みを強めながら応じてくる。『重い女』ってのはこういうヤツを指す言葉なわけか。一つ勉強になったぞ。

 

「あら、次の機会があるんですね。それなら今日はここまでにしておきましょう。……カンファレンスに関しては進めてしまっても問題ありませんか? 警備を魔法省に依頼しなければならないんです。」

 

「最終的な決定権は私には無いから、話を詰めるのは少しだけ待っておいてくれたまえ。細かいことが決まったらまた連絡するよ。日程とかもその時になりそうだ。……それじゃ、失礼させてもらおうかな。」

 

本題自体は予想を遥かに上回るスピードで纏まったが、それ以外の余計な会話で胸焼け気味だ。さっさと帰ろうと席を立ったところで、思い出した疑問をシラキに放つ。

 

「そういえば、細川京介は大丈夫なのかい? 早苗から……東風谷早苗から随分とおかしな行動をしていたと聞いたんだが。」

 

「細川先生ですか? ……ああ、去年バートリ女史の案内を担当したのは細川先生でしたね。どうも精神的なストレスによるものだったようです。近いうちに復帰しますよ。」

 

「もう仕事に戻すのか。」

 

「私としてはゆっくり休んで欲しいのですが、細川先生本人が早めの復帰を強く希望しているものですから。こういう時は本人の要望を優先した方が良いでしょうし、先ずは担当してもらう授業を減らして様子を見るつもりです。」

 

私は強引にでも休ませるべきだと思うけどな。まあ、ここで意見するほどの興味はないし、そんな立場でもないか。軽く頷いてから背を向けて、ドアへと歩きながら口を開く。

 

「ま、お大事にと伝えておいてくれたまえ。見送りは結構だ。勝手に帰らせてもらうよ。」

 

「またお越しくださいね、バートリ女史。『善き魔法の在る処』はいつも貴女をお待ちしておりますから。」

 

兎にも角にも、ここに来た目的は果たせた。あとはゲラートに報告して、カンファレンスの詳細を詰めていくだけだ。ついでにシラキが私と早苗との繋がりを認識した上で、細川との関係を把握していないことも分かったな。だからといって何に利用できるわけでもないが。

 

予想外に濃かった話の後味に顔を顰めつつ、アンネリーゼ・バートリはマホウトコロの廊下を歩くのだった。

 

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