Game of Vampire   作:のみみず@白月

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「あー、イライラしてくるぜ。私はどうも延々繰り返すタイプの作業が苦手みたいだ。」

 

目の前の真っ赤なソファで新聞を読んでいる咲夜に愚痴りつつ、霧雨魔理沙はひたすら箒の尾と柄の接続部に紐を編み込む作業を続けていた。レース編みとか、かご作りとかに近いものがあるな。気が滅入ってくるぜ。

 

三月の初旬に入ったホグワーツ城の獅子寮談話室で、私と咲夜は毎度お馴染みの作業を行っているのだ。つまり私は箒作りを、咲夜は勉強をしているのである。二人とも午前中が丸々空きコマだったため、大広間で朝食を食べた後に寮に戻ってきてずっと作業を続けているのだが……そろそろ休憩しようかな。指先が痛くなってきたぞ。

 

うんざりした気分になっている私へと、先に手を休めている咲夜が返事を寄越してきた。さっきまでは呪文学の勉強をしていたのだが、今は休憩がてら朝刊をチェックしているらしい。

 

「拘るからでしょ。本に書いてあった『初級のやり方』の通り、紐でギュッて縛って固定すればいいじゃない。飾りの編み込みを入れようとするからそうなるのよ。」

 

「……だってよ、こっちの方が強度が上がるって書いてあったんだ。」

 

「その箒は練習として作ってるやつなんでしょ? パパッと作って、問題点を把握して、次の箒に進みなさいよ。拘るのは『本番』でいいじゃない。」

 

「練習しておかなきゃ本番で失敗するだろ。……それにほら、編み込みがあった方がカッコいいしさ。」

 

正直なところ、私が惹かれているのは強度よりも見た目のカッコよさなのだ。柄と尾を繋ぐやり方は複数存在していて、単純に紐で縛り付けたり専用の接着剤を使うという楽な手段もあるにはあるのだが……うん、やっぱり複雑に編み込んで一体化させる方法が一番だぞ。

 

事前に柄に細かい溝を彫り込む必要があるし、時間をかけて手作業で編み込まなければならないが、兎にも角にも見た目が良いのだ。量産のメーカー品だと金属の専用パーツで固定することが多いので、編み込みはハンドメイドの証として多くのクィディッチプレーヤーたちに好まれている。折角手作りするなら編み込みの技術は磨いておくべきだろう。

 

それに、我が愛箒であるスターダストやブレイジングボルトも編み込み式の固定方法なのだ。スターダストの方は製造年代的に編み込みでの固定が主流だったからで、ブレイジングボルトは一本一本ハンドメイドの高級箒だからという理由の差はあれど、二本ともが偉大な箒であることに変わりはない。だったら私の価値観の中では、編み込みこそが至上だと言えるだろう。ここは拘るべき部分だぞ。

 

ブレイジングボルトのように編み込みの上から更に金具で補強するか、あるいはスターダストのように剥き出しにしておくかは今後考えるとして、先ず編み込みの技術を一定のラインまで持っていかねば。仮にも魔女を志しているのだから、自身のスタイルを貫くのは重要なはず。接着剤や簡素に縛っての固定など邪道だ。苦労するからこそ良い物が出来上がるんじゃないか。

 

心の中で自己弁護をしながら編み込み作業を続けている私に、咲夜が呆れた顔で肩を竦めてきた。

 

「この前の貴女たちの箒作り談義を聞くに、リヴィングストンは『接着剤派』らしいけどね。こういうのって皮膜派と羽毛派みたいなものなのかしら?」

 

「吸血鬼の価値観はさっぱり分からんが、クィディッチプレーヤーなら大抵拘りがあるもんだぜ。柄と尾の形とか、金具の位置や種類とか、メーカーの好みとかで意見が分かれるのは珍しくもないんだよ。尾の固定方法は長年研究されてるし、アレシアにはアレシアなりの主張があるんだろ。……私は断然編み込み派だけどな。」

 

この前箒作りを手伝ってくれたアレシアは、魔力の通りが良いとされているクリーンスイープ社製の箒用高級接着剤の使用を主張したのだが……接着剤なんかを間に挟むより、直接繋ぎ合わせた方が良いに決まっているさ。リーゼが皮膜派をやめないように、私も編み込み派をやめるつもりはないぞ。

 

作業を進めながら旗幟を鮮明にした私を見て、咲夜はあまり興味なさそうに話題を締めてくる。

 

「まあ、私は別にどっちでも良いんだけどね。細かい点にいちいち拘ってると、全体の進行が遅くなるとだけは忠告しておくわ。……あら、パリでのカンファレンスは成功したみたいよ。絶対にトラブルがあると思ってたんだけど。」

 

「ん? ……ああ、非魔法界対策の地域別カンファレンスか。グリンデルバルドを殺そうとするヤツは現れなかったわけだ。」

 

「『フランス新魔法大臣の事前対策が功を奏した』って書いてあるわ。かなり厳重な警備で開催したらしいわよ。……『フランス当局は明らかにしていないものの、グリンデルバルド議長の暗殺計画自体は存在していたものと思われる』ですって。トラブルはあったけど、フランス魔法省の闇祓い隊が防いだってことなのかしら?」

 

「責任者の新大臣は元隊長なわけだし、闇祓い隊員たちが面子を守るために頑張ったんだろ。あるいは予言者新聞お得意の『根も葉もない懸念』かもだけどな。誰の記事なんだ? スキーターだったら間違いなくそうだと思うぞ。あそこの記者で信頼できるのはジニーだけだぜ。」

 

あれ? またズレているな。編み目のズレを発見してしまって見なかったことにしようかと葛藤している私に、咲夜が返答を飛ばしてきた。……大人しくやり直すか。妥協は良い結果を齎さないのだから。

 

「スキーターの記事ではないわね。……でも、次のマホウトコロでのカンファレンスはスキーターが取材に行くみたい。文末に書いてあるわ。」

 

「変な話だな。スキーターならトラブルがありそうなパリに行きたがると思うんだが……ああくそ、編み方の順番を忘れちまった。数え直さないと。」

 

「マホウトコロでのカンファレンスは二回目だし、今回の参加者はアジア圏の人たちばっかりなんだから、さすがに何も起こらないでしょうね。……リーゼお嬢様は出席するのかしら?」

 

まあ、順当に終わりそうではあるな。アジア圏の魔法使いたちは、ヨーロッパ圏の魔法使いほどにはグリンデルバルドを恨んでいないだろう。それに前回あんなことがあったんだから、マホウトコロ側だって万全を期した状態で開催するはず。

 

編み目を数えつつ頷いた後、咲夜へと応答を放つ。順番に編み方を変えないといけないってのが最大の問題かもしれんな。無心でやれるほど単純な作業ではないが、かといって複雑であるとも言えない。何とも絶妙な『つまらなさ加減』だぞ。

 

「気になるなら手紙で聞いてみりゃいいじゃんか。日本魔法界であれだけ色々やってたんだし、出席しそうなもんだがな。」

 

「わざわざ手紙で聞くほどではないわよ。行くのかなって思っただけ。」

 

咲夜が読み終えたらしい新聞をテーブルに置きながら呟いたところで、談話室の入り口から生徒たちが入ってくる。一コマ目が終了したようだ。……まだそれだけしか経っていなかったのか。時間が長く感じられてしまうな。

 

まあうん、このタイミングで休憩しておこう。箒から手を離して大きく伸びをしていると、私の背中に声が投げかけられた。アレシアの声だ。

 

「マリサ、調子はどうですか? 進んでます?」

 

「おう、アレシア。ぼちぼちってところだな。戻ってきたってことは、次が空きコマなのか?」

 

「いえ、荷物を取りに来ただけです。薬学の教科書を持っていくのを忘れちゃって。……そういえば、昼休みは競技場でいいんですよね?」

 

「あーっとだな、昼練は訓練場でやることになりそうだ。ハッフルパフから競技場を使わせてくれないかって言われちまってな。この前譲ってもらったし、断れなかったんだよ。」

 

スリザリンやレイブンクローのキャプテンはぐいぐい来るからこっちも主張し易いのだが、今代のハッフルパフのキャプテンはセドリック・ディゴリーを思い出すような礼儀正しい好青年なのだ。譲る時は快く譲ってくれるから、いざ要求されるとどうにも弱いものがあるぞ。

 

こういうのもある意味では『相性が悪い』と言えるのかもしれない。頬をポリポリと掻きながら報告した私に、アレシアはジト目で苦言を呈してくる。

 

「……譲っちゃダメだと思いますけど。今年は四寮横並びになってるんですから、他所の寮に遠慮してる場合じゃないんです。強気にいかないと。」

 

「分かってるって。これで貸し借り無しだし、次からはきっぱり断るぜ。」

 

「そうしてください。ハッフルパフは敵なんです。敵。」

 

小さく鼻を鳴らしてそう言うと、アレシアは教科書を取りに女子寮の方へと去っていくが……うーむ、強くなったな。段々とぷるぷるちゃんだった頃が懐かしく思えてきたぞ。たまにはあの頃のアレシアに戻ってくれてもいいのに。

 

『ウッド化』してきた後輩の変化をどう捉えようかと悩んでいる私に対して、咲夜が苦笑しながら話しかけてきた。

 

「まあ、ピリピリもするでしょ。現状だと全寮が揃って一勝一敗だもの。十点だって取りこぼしたくないはずよ。」

 

「私だってそうは思ってるけどよ、ずっと気を張ってても仕方ないだろ。グリフィンドールが首位ではあるわけだしな。余裕を持って臨むべきだぜ。」

 

初戦でハッフルパフに大勝して、二戦目では点差を広げられる前に私がスニッチを捕ってスリザリンに負けたので、同じ一勝一敗と言ってもグリフィンドールがそれなりにリードしているのだ。やっぱり点差のコントロールはシーカーの仕事だな。二戦目でリーグ全体の勝利を目指すために上手く負けられたのは、これまでの経験があればこそだぞ。

 

最終戦でレイブンクローに勝てさえすれば、どんな点差だろうとほぼほぼ優勝できる。だったらそこまで気負う必要はないはずだと考えている私に、咲夜は教科書を手に取りながら助言してきた。

 

「そりゃあ貴女は学内リーグの経験が豊富だから、ある程度余裕を持っていられるんでしょうけど……他のチームメイトはそうもいかないんじゃない? 貴女以外だと一番チーム歴が長いリヴィングストンやタッカーでさえまだ三回目なのよ? 連覇記録のこともあるんだし、そこそこ緊張しちゃうんでしょ。」

 

「ニールはそうだが、アレシアはトーナメントも出てるんだから四回目みたいなもんじゃんか。」

 

間に三大魔法学校対抗試合とクィディッチトーナメントがあったから、私だって学内リーグだけで数えれば五回目だぞ。……いやまあ、五回もやってりゃ充分か。一年生からチーム入りしてたってのがデカいのかもしれんな。

 

うーん、私が変に慣れちゃっているのか? 言われてみれば低学年の頃はもっとずっとそわそわしていた気がするな。色々な厄介事を経験したからってのもありそうだぞ。神経が図太くなっているわけか。

 

成長したと喜ぶべきなのか、鈍化したと嘆くべきなのか。実に微妙なところだなと悩んでいると、同じようなことを考えていたらしい咲夜が意見を送ってくる。

 

「落ち着きっていうのはこうやって獲得していくものなのかもね。経験があるからどっしり構えていられるわけよ。」

 

「んで、最終的には魅魔様みたいになるわけか。……魅魔様の場合、『どっしり』って感じではないけどよ。」

 

「落ち着きってやつを完全に手に入れちゃうと、今度は逆に余計なことをしてみたくなるんじゃない? 何て言うか、『マンネリ化』を防ぐためにね。美鈴さんにもそういう雰囲気があるし。」

 

「……それはちょっとありそうだな。リーゼとかもその域に片足を突っ込んでる気がするぜ。」

 

余裕があるからこそ、他者にちょっかいをかけられるわけか。人間が歳を取ると衰えるのに対して、大抵の人外は長く生きるほどに強力になっていくものだ。その辺の事情も影響しているのかもしれない。

 

何とも迷惑な話だなと苦笑いを浮かべたところで、女子寮から下りてきたアレシアがすれ違いざまに声をかけてきた。

 

「マリサ、言い忘れてました。次のホグズミード行きの時にキャロルの練習に付き合うつもりなんですけど、マリサも良ければ参加してください。ニールもユーインもパスカルも来るらしいので。」

 

言うとすぐに談話室を出て行ってしまったアレシアを見送った後、咲夜と微妙な表情を交わし合う。キャロル・ストークスは今年チーム入りしたばかりの二年生男子のチェイサーなので、その練習に付き合うってのは別段おかしくないのだが……男子勢は全員参加するのか。そこはちょびっとだけ『おかしい』ぞ。

 

「また『アレシア目当て』だと思うか?」

 

「そりゃあそうでしょ。タッカーもピンターもソーンヒルも、貴重なホグズミード行きを蹴ってまで自主練するほど殊勝な性格だとは思えないわ。大方『後輩の面倒を見てますよアピール』をしたいんじゃない? 『面倒見の良い先輩』になることで、リヴィングストンからの評価を稼ごうとしてるわけよ。」

 

「何とも言えない気分になるぜ。結果的には練習に繋がってるんだし、キャプテンとしては喜ぶべきことなのかもな。」

 

要するにこれは、私たちが不得手としている黄色とかピンク色の話題なのだ。ニールとユーインとパスカルは傍目にも明らかなほどにアレシアへのアピールを続けており、私とオリバンダーは日々行われる『アプローチ合戦』を食傷気味の気分で見物しているわけだが……アレシアのやつ、結局気付くことはなさそうだな。少なくとも私の卒業までは膠着状態のままだろう。

 

もちろんアレシアが鈍いってのもあるんだろうけど、相手が『チームメイト』って点も問題なのかもしれんな。クィディッチを挟んだ人間関係だと、どうしてもクィディッチの方に目が向いてしまうらしい。多分アレシアにとっての三人は、男子である前にチームメイトのビーターとかチェイサーなのだろう。健気なアピールを続けている三人が哀れになってくるぞ。

 

どんどん可愛くなっていくアレシアが、クィディッチよりもロマンスを優先する日は来るのだろうかとため息を吐いていると、咲夜が苦い笑みで肩を竦めてくる。

 

「まあ、今年はこういう問題を考えられる余裕があって良かったんじゃない? 残る四ヶ月間も穏やかに過ごせそうね。」

 

「だな、のんびりペースで卒業までたどり着けそうだぜ。……こうなると若干物足りないって思っちゃうのは勝手すぎるか?」

 

「私もちょっとだけそう思うけど、これはこれで新鮮じゃないの。ずっと目指していた『穏やかな一年間』を、最後の年に滑り込みで達成できた。それを素直に喜びましょう。ようやく欠けていたものを経験できたのよ。」

 

「これにてチェックリストに全部印を付けられたってわけか。……七年も通ったのに、『穏やかな一年間』が最後に残っちまうとはな。改めて滅茶苦茶な話だぜ。」

 

『命の危機』や『戦争』だったり、『国際試合』とか『時間遡行』にはとっくにチェックが付いていたんだけどな。私たちにとっての最難関の経験は『平穏』だったわけだ。どうにか達成できそうで何よりだぜ。

 

我ながら奇妙な学生生活になったなと苦笑しつつ、霧雨魔理沙は残りの四ヶ月間も油断できないぞと気を引き締めるのだった。

 


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