Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……一年生が襲われたの?」
ホグワーツの教員用休憩室で、アリス・マーガトロイドは沈痛な表情のフリットウィックへと問い返していた。
事件が起こってからは数時間が経過しているが、クィディッチ競技場の安全点検をしていた私は未だに全貌を把握していない。生徒たちを寮へ送ったり、防衛魔法の確認をしていたりでなかなか話を聞く時間が作れなかったのだ。
ようやく全ての作業が終わり、休憩室に居たフリットウィックに話を聞いたところ、朝食に向かおうとしていた一年生が三人襲われたとのことだった。ハッフルパフの男子生徒三人組。……いつも授業で元気な様子を見せてくれていた子たちだ。想像するだけでも心が痛む。
私の質問を受けたフリットウィックは、疲れ果てた表情で頷いてきた。
「その通りです。既に聖マンゴに搬送されましたが、内二名は意識が戻らず、一名は酷く錯乱しているようで……。」
「……パーシーの時と同じ犯人かしら?」
「外傷はありませんでしたが、明らかに闇の魔術を受けた様子でした。その可能性は十二分にありますな。」
「忌々しいことをしてくれるじゃないの。一年生を襲うだなんて、余程のクソ野郎ってことね。」
全くだと言わんばかりにフリットウィックが頷くのを見ながら、脳内では思考を回す。
侵入者の形跡は一切なかったし、秘密の部屋の入り口や各所のパイプにかけておいた警戒魔法も無反応。監督生たちが生徒から不審者の情報を集めてくれているが、そっちでも有力な情報は上がらなかったようだ。いよいよ訳が分からなくなってきたぞ。
しもべ妖精の可能性は残っているものの、彼らはそもそも闇の魔術なんか使えるのか? ……どうもピンとこないな。大体、しもべ妖精はハリーを狙っていたはずだ。無関係な一年生を襲う理由などどこにもない。
ぐるぐると回る思考は、どんどん深みに嵌っていく。思い悩む私に向かって、フリットウィックが元気付けるように声をかけてきた。
「しかし、これでハグリッドの疑いは晴れましたな。彼は魔法省の監視下にあったのです。事件など起こせるはずがない。」
「それは……そうね。これでルシウス・マルフォイも大人しくなることでしょう。」
ハグリッドはアズカバンに閉じ込められているのだ。脱獄してホグワーツに戻り、一年生を襲う? そんなこと出来るはずがない。これでようやく彼をホグワーツに戻すことができる。
とはいえ、こんな方法では嬉しくもなんともない。被害に遭った子たちも勿論心配だが、残された一年生たちは大丈夫だろうか? 怯えていなければいいのだが……。
思わず額を押さえていると、ドアからマクゴナガルが入ってきた。彼女もかなり疲れた表情を浮かべている。
マクゴナガルは私たちの近くの椅子に座ると、大きなため息を吐きながら口を開いた。
「理事会からの突き上げがありました。何処から嗅ぎつけたのかは知りませんが、ルシウス・マルフォイが今回の責任を追及してきています。」
「まあ、一年生が犠牲になったんだもの。さすがに文句を言ってくるのは分からなくもないけど……今回はどんな『改善案』を提案してきたの? 次は誰をアズカバンに入れたがってるのかしら?」
うんざりだ。鬼の首を取ったかのように騒ぎ立てているに違いない。首を振りながらマクゴナガルに問いかけてやると、彼女は珍しく苛ついた表情を隠そうともせずに答えを返してくる。
「校長先生の退任ですわ。」
「それはまた、気でも狂ったような提案ね。」
「有り得ませんぞ!」
私とフリットウィックの反応を見ながら、マクゴナガルは我が意を得たりとばかりに捲し立ててきた。
「その通りです!彼らは校長先生がバジリスクの問題を見事に解決したのをもう忘れてしまったようですね。校長先生がホグワーツを離れたら犠牲者が増えるとは、露とも考えていないのですよ!」
「余計なことを思い付くのだけはお得意らしいわね。考え得る中でも最悪の提案よ、それは。」
クソったれのルシウス・マルフォイめ。この状態でダンブルドア先生をホグワーツから引き離すなど狂気の沙汰だぞ。名実共にダンブルドア先生はホグワーツを守る最大の盾だろうに。
席を立ち上がって、ドアへと向かって歩き出す。行動せねばならない。ダンブルドア先生抜きのホグワーツなど考えたくもないのだ。
「何処へ行くんですか?」
「レミリアさんに連絡を入れてくるわ。多分もう動いているでしょうけど……念には念を入れておくべきよ。」
背中にかかったマクゴナガルの声に、振り向かずに返事を返してドアを抜ける。レミリアさんがこの短時間で何処まで掴んでいるかは分からないし、詳細を報告するのは悪くない選択のはずだ。
長距離連絡用の人形が置いてある自室に向かいながら、アリス・マーガトロイドは謎多き事件について再び思考を巡らせるのだった。
─────
「……やってくれるじゃないの、ルシウス・マルフォイ。」
紅魔館の執務室で手紙を読みながら、レミリア・スカーレットは吐き捨てるように呟いていた。理事会への根回しに遅れを取ったのだ。
高価そうな刺繍入りの手紙には、『ダンブルドアの退任に賛成する、そちらに賛成出来なくて申し訳ない』というようなことがつらつらと書かれている。同じ内容がこれで四通目。つまりは盤上をひっくり返されたわけだ。
これで十二人のうちダンブルドアの退任に確実に反対するのは自分を含めて三人だけ。ルシウス・マルフォイも含めて確実に賛成するのが六人。……しくじったな。相手を過小評価しすぎた。
残りの三人に連絡を取るまでもない。間違いなく過半数を取られているのだろう。弱みを握ったか、金をチラつかせたか。手段は分からんが、こちらがハグリッドの対処に手を取られている間にあの男は着々と準備を進めていたらしい。
ドブネズミのようにコソコソ逃げ回るだけが得意な男だと思っていたが、なかなかどうして政治もできるじゃないか。……ふん、つくづく前回の戦争で殺しておけばよかった。
前回の失敗点をまた一つ追加しながら、対応策について考える。ダンブルドアの退任はハグリッドの収監とはわけが違うのだ。ハグリッドが居なくなってもアリスが悲しむだけだが、ダンブルドアが居なくなればホグワーツの防備は半減する。想像もしたくないような状況だ。
ハリー・ポッターの保護も勿論だが、来年は咲夜が入学するんだぞ! ダンブルドア抜きのあの学校など、危なくって行かせられない。可愛い我が子のためにも、なんとしてでも阻止する必要があるのだ。
一度『外交用』の考えをリセットして、『吸血鬼』の思考に切り替える。……私をナメるなよ。そっちがダーティーな手段を取るなら、こっちにだって考えがあるからな。
「めーりーん! 来なさい!」
紅魔館の便利屋を呼びつけながら、戸棚にしまった書類を取り出す。この百年で集めた有力者の情報だ。弱みを握っているのが自分だけだと思ったら大間違いだぞ、ルシウス・マルフォイ。
先ずは……うん、この手紙を送ってきたバカどもだな。支持する者を間違えたらどうなるかを教えてやらねばなるまい。私は賛同者に飴を惜しむつもりはないが、裏切り者には寛容でないのだ。
いくつかの書類に目を通していると、麦わら帽子を被った美鈴が入室してきた。……おいおい、まだ春だぞ。
「お呼びですかー?」
「お呼びよ。この場所に行って、ガキを攫ってきなさい。適当な場所に監禁するの。……もちろん見られないようにね。」
「わぁお。久々に妖怪っぽい仕事ですねぇ。」
「死なせちゃダメだからね。」
「あいあーい。了解です。」
私が突き出した書類を受け取って、美鈴がご機嫌な様子で部屋を出て行く。これで一人転ぶはずだ。大事な息子を人質に取られれば考えを変えることだろう。
もちろん人を選んでの対処だ。ここまでせっせと築き上げてきた『ヨーロッパの英雄』の肩書に傷をつけるわけにはいかない。発言力の少ない、取るに足らない小物には強硬策を。重要な人物には柔らかい政治で当たればいい。
私はリーゼほど苛烈ではないが、ダンブルドアほど優しくもないのだ。パンやペンを使うこともあるが、剣や拳も使える。彼らはそのことをよく理解できることだろう。
次は……コイツだ。二十年前の不祥事を思い出させてやる。その時手助けをしたのが誰だったかを思い出せば、くるりと考えを変えるはずだ。そうでなければ予言者新聞に同じ手紙を送ってやるさ。
必要な書類を選び取りながら、レミリア・スカーレットは久々の『楽しい』仕事に胸を踊らせるのだった。
─────
「……おや。」
トランクの小部屋の中に響く警告音を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは運び込んだふかふかのベッドの上で目を覚ましていた。
すぐさま服を着替えて部屋を出る……前に、鏡の前で身嗜みのチェックをする。寝癖、なし。服装、よし。翼のシワ、なし。完璧だ。いかに緊急時だとしても、バートリの令嬢は無様な格好を晒すわけにはいかないのだ。
うんうん頷きながらも部屋を出てトランクの扉を開く。アリスの部屋に出ると、彼女も既に準備を整えていた。……いや、寝癖がついちゃってるぞ。
「リーゼ様、行きましょう!」
「そうだね。」
急いで飛び出すアリスに続いて、私もグリフィンドール寮へと走り出す。先程の警告音はハリーの身に着けている魔道具が使用された時に鳴る音なのだ。つまりはようやくしもべ妖精の尻尾を掴めたのである。
明け方のホグワーツの廊下をアリスと一緒に走り抜けていると……うーむ、アリスの寝癖がぴょこぴょこしてるのがどうにも気になるな。なんかちょっと可愛らしいぞ。こう、ひょいっと掴みたくなるような感じだ。
物凄く関係のないことを考えているうちにも、グリフィンドールの談話室へと到着した。アリスが迷わず合言葉を告げているのを見るに、教員は全寮の入り方を知っているらしい。
意外な発見をしながら男子寮へと足を進め、ハリーのいる部屋へと向かうと……これはまた、パチュリーの魔道具は大活躍だったようだ。チェーンで雁字搦めになった見覚えのあるしもべ妖精と、どうしていいか分からない顔のハリーが見えてきた。
同室のロン、フィネガン、ロングボトム、トーマスはぐっすりとお休み中だ。ハリーは起こさなかったのか? もしくは意味不明な状況に混乱していたのかもしれないが。
アリスが杖を構えながら、呆然とこちらを見るハリーに囁きかける。
「ハリー、談話室まで来て頂戴。」
そっとそれだけを言うと、アリスは人形にボンレスハム状態のしもべ妖精を運ばせながら談話室へと歩き出した。うむ、身動きどころか口もきけないほどに縛り付けられている。さすがはパチュリーの魔道具だ。やりすぎ感が強いところが彼女らしい。
なおも疑問符が浮かんでいる様子のハリーだったが、私が人差し指を口に当てながら目線で促すと、コクリと頷いてからついて来た。うんうん、素直が一番だ。
無人の談話室に下りたところで、ハリーがおずおずと説明をし始める。
「僕、何が起こったのかわかんなくって。いきなり首のチェーンが外れて目が覚めたら、ドビーが転がってたんだ。つまり、あー……その状態で。」
巨大な目をパチクリさせながら、必死に指を鳴らしているしもべ妖精を指差しているが……それはまた、頗る意味不明な状況だったろう。目が覚めたらボンレス妖精が目の前にいたのか。ちょっとしたホラー体験だな。
まだ少し混乱しているハリーに向かって、説明のために口を開いた。
「キミに渡した魔道具の効果だよ。そいつが動作したって知らせを受けて、アリスを連れてきたってわけさ。」
「しもべ妖精を『どうにかする』魔道具だって言ってたけど……うん、思ってたのとかなり違ったかな。」
「まあ、言わんとすることは分かるよ。私にとっても少々意外な展開なんだ。」
話が一段落ついたところで、アリスがチェーンをちょっとだけずらし始める。お陰でなんとか口がきけるようになったしもべ妖精は、いきなりキーキー声で喚き始めた。フリットウィックの倍はキーキーしている。
「ハリー・ポッターはホグワーツに居てはならないのです! ハリー・ポッターは家に帰らなくてはならないのです!」
「あー……なるほど? キミは──」
「ドビーめがあんなに頑張ったのに、ハリー・ポッターは学校に留まったままでした。このままではハリー・ポッターの身が危ないのです! それなのに、ここの屋敷しもべは邪魔をいたします! ハリー・ポッターはここにいてはいけないのに!」
「落ち着いてくれ、キミの目的──」
「このままでは歴史が繰り返されてしまう! ハリー・ポッターに闇の魔法使いが……ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」
なるほど。今改めてわかったが、ロワーは一級品の屋敷しもべ妖精だったらしい。少なくとも理性的な会話が可能だったし、自分の頭を床に打ちつけようとビタンビタンしたりはしなかったのだ。
しばらくしもべ妖精……ドビーは頭を地面に激突させようともがいていたが、拘束でそれが叶わないと理解すると、床にぐりぐりと頭を押しつけ始めた。なんとも珍妙な生き物ではないか。
まあ、多少は分かったこともある。少なくともドビーはハリーを殺そうとしていたのではなく、救おうとしていたようだ。それが何だってブラッジャーで箒から突き落とすことになるのかは不明だが。
私の内心の疑問を代弁するかのように、アリスがやんわりとドビーを止めながら彼に話しかける。
「落ち着いて頂戴。貴方の目的はハリーを家に帰すことなの? それならどうしてブラッジャーをけしかけたりしたのかしら?」
「ああ、お優しいお嬢様。ドビーめはハリー・ポッターが怪我をすれば家にお帰りになると思ったのです。ここにいるよりはその方がよいのでございます! ハリー・ポッターはホグワーツにいてはならないのです!」
「僕を箒から突き落とそうとしてくれてありがとう、ドビー。」
ハリーが皮肉たっぷりにお礼を言うと、ドビーは巨大な瞳に涙を浮かばせながらさらに興奮し始めた。
「ああ、ハリー・ポッターがおわかりくださればいいのに! 貴方がどんなに偉大なことを成し遂げたのか、貴方はおわかりになっていないのです!」
そう言うと、ドビーは今やボロボロと涙を零しながら、絞り出すような声でしもべ妖精について語り出す。
「例のあの人が権力の座についていたとき、彼らに従うしもべ妖精たちは害虫同然の扱いだったのです! 毎日のように鞭で打たれ、許されざる呪文の『練習台』になっていたのでございます! しかし……しかし、ハリー・ポッターが彼を打ち倒した! 例のあの人を打ち倒した!」
容易に想像できる話だな。死喰い人どもがしもべ妖精を丁重に扱うはずがあるまい。ビタンビタンと跳ねながら、ドビーの大きな瞳はしっかりとハリーを見つめている。
「それは私どものような存在にとって福音でございました。多くの仲間たちが解放され、正しいご主人様を得ることができたのでございます! だからこそ、ドビーめはハリー・ポッターを助けなければならない! ドビーめはよいしもべ妖精だからでございます! ハリー・ポッターはここにいてはならないのです!」
ドビーの『大演説』は、ハリーとアリスの心を打ったらしい。二人とも神妙な表情でドビーの話を噛み砕いているが……そんなことより情報が欲しいのだ。床のカーペットで涙を拭くドビーに向かって言葉を投げかけた。
「キミがハリーのことを大好きなのはよく伝わったよ。それじゃあ、手紙を差し止めたのはキミ。ブラッジャーもキミ。駅のホームについてはどうなんだい?」
「それもドビーめでございます、吸血鬼のお嬢様。おかげでドビーめは……後で自分の手にアイロンをかけなくてはなりませんでした。」
「あー……なるほどね。それじゃあ、校内で起きた切り裂き事件や、昨日の一年生襲撃はどうなんだい?」
私がそう問いかけると、ドビーは聞くのも恐ろしいと言わんばかりにぷるぷる震え始める。いや、ブラッジャーの件も相当だと思うのだが……。
「ドビーめにはそんなことは出来ません! そんなこと、考えるだけでも罪でございます! ドビーは悪い子! とっても悪い子!」
再びぐりぐりし始めたドビーを、アリスとハリーが慌てて止める。ふむ、その可能性は高いと思っていたが、ようやくハッキリしたな。二つの襲撃事件を起こした犯人は別にいるわけだ。
これでドビーがハリーを助けようとしていたことも、その理由も分かった。しかし……一つだけはっきりしないことがある。ドビーはそもそもどこでハリーの危険を知ったのだ?
私の浮かべた疑問を、今度はハリーが代弁してくれた。
「ねえ、ドビー? 僕が危険っていうのはどういうことなの? それに、君はどこでそのことを知ったの?」
ハリーに問いかけられたドビーは、ぎゅっと目を瞑りながらイヤイヤと首を振る。
「聞かないでくださいまし、ドビーめには言えないのでございます。言ってはいけないのでございます!」
ふーむ、無理やり聞き出してみるか? 杖に手を伸ばそうとしたところで……む、アリスがジーっとこちらを見始めた。ちょっとだけ非難じみたジト目だ。『まさかそんなことしませんよね?』という言外の問いかけがビシビシ伝わってくる。
ジーっと……ああもう、わかったよ。両手を上げて降参のポーズをとってやると、アリスはニッコリ笑って頷いた。この子には勝てん。
アリスはドビーの拘束を解いてやりながら、ゆっくりと彼に語りかける。
「ドビー、貴方が話せないのはわかるわ。しもべ妖精だものね。……でも、少しでいいの。何かヒントをくれない? ほんの少しでいいから。」
アリスの優しげな声に、ドビーは逡巡している様子だったが……やがて覚悟を決めたかのような表情で口を開いた。
「お優しいお嬢様、ドビーめは多くを語れないのです。でも……そう、『同じ』なのです! 前回と今回は『同じ』事件なのです。ドビーめは、ドビーめは忠告いたします! みなさまは勘違いをしていらっしゃるのです!」
必死の表情でそう言ったドビーは、一瞬ブルリと震えた後に、猛烈な勢いで暖炉のレンガに自分の頭を打ちつけ始めた。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子! ドビーは──」
「やめなさい、ドビー! エピスキー。」
慌てて癒しの呪文を唱えたアリスは、ドビーをしっかりと掴みながら語りかける。その間にハリーは暖炉の火かき棒をドビーには絶対に届かない高さへと運び始めた。
「充分よ、ドビー。無茶をさせちゃってごめんなさいね。」
「お優しいお嬢様、どうかハリー・ポッターをお帰しになってくださいまし。ハリー・ポッターは……いけない、ドビーめは行かなくては!」
白み始めた窓の外を見てドビーがいきなり慌て始める。最後に彼はハリーの方を見ながら、真剣な表情で言葉をかけて消えて行った。
「どうか、どうか家に帰ってください、ハリー・ポッター! 貴方は死んではいけない。貴方はしもべ妖精たちの希望なのでございます!」
パチンという音とともに消え失せたドビーを見ながら、三人ともが沈黙する。ハリーはそっと自分の額に手を当て、アリスは目を閉じて何かを考えている。そして私も……。
前回と今回は『同じ』事件、か。同じように秘密の部屋が開けられ、同じようにバジリスクが犯行を行った? ……いや、違う。そういうことではないだろう。ドビーは私たちが勘違いしていると言っていた。つまり、現状の情報に齟齬があるということだ。
バジリスク、切り裂き事件、一年生への襲撃。頭の中で事件の記憶を手繰り寄せながら、どこかに落とし穴がないかと探していく。
三人ともが黙ったままの談話室にゆっくりと朝日が差し込んでくるのを、アンネリーゼ・バートリは静かに感じたのだった。