【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
王国所属 【剛剣士】Ⅴ:アームズ
ぼんやりと、南の空を見上げていた。
目の前に広がる青空には大小様々な雲と太陽、そして幾匹かの怪鳥が群れをなして飛んでいる。
恐らくは亜竜級のモンスターだろう。幸いにも温厚な種族なようで、敵意を持っているようには感じられない。
ギデオンの南方、レジェンダリアの方に巣でもあるのだろうか、怪鳥達は悠々と南の空へ消えていった。
こうしてなにも考えずに空を見ていると、自分が随分とちっぽけな存在に思えてくる。いや、事実ちっぽけな存在なのだろう。闘技場から逃げてくるような男にはおあつらえ向けの事実である。
そう。また逃げてしまった。これで何度目になるだろうか。
活動の拠点を決闘都市ギデオンにしているマスターの中でも、俺ほど情けないマスターはいないだろう。
今日もまた、俺は突きつけられた現実と向き合えず、この名もない小高い丘でただ一人、空を見上げてしまっている。
アルター王国決闘ランキング97位。
それが俺の実力を証明する唯一の指標だ。
けして低いランクではない。だが、高いランクかと言われれば口が裂けてもそうだと言えない。
たしかに、記録上では王国の中で97人目に強いマスターと言えなくもない。だがそれは過ちだ。
決闘ランキングに乗っていなくても討伐ランキングに乗っているマスターは大勢いるし、上位クランに所属しているマスターはそもそも決闘に参加していないことの方が多い。
はっきり言って、戦争参加権を得られない30位以下の決闘ランカーなんていうのはクランに所属する気もない三流ソロプレイヤーという認識で正しいくらいだ。
けれども、大多数のマスターなんてそんなものだ。主義も主張もなく、ただ他にすることが無いからデンドロをしている。そんなマスターは大勢いる。俺も含めて。
けれども、そんな有象無象にだって人並みの感情はあるし、劣等感に苛まれることだってある。いや、それしかない。
最初はそんなんじゃなかった。上位ランカーの戦いを見る度に、俺もあんな風になるんだと夢見ていた。互いに切磋琢磨しあうランカーたちに憧れてこのギデオンを活動の拠点にした。
けれど、続ければ続けるほど自分と彼らの差に絶望する。頭でどれだけシミュレーションしても、ここぞというときの判断も、覚悟も、冷静さも、全てが俺には足りなかった。届かなかった。
その結果を受け入れながらも懸命に前に進んだ結果が97位だ。
別に、それを恥だと思ったことは一度もない。
苦しい思いをしながら勝った試合は忘れられない財産となっているし、決闘を通して多くの友人もできた。
だが、それでも第一線で戦っている彼らを見ていつも思うのは、無限に膨らんだ劣等感だ。
超音速軌道を可能とする翼が羨ましい。自身を炎に変える必殺スキルが妬ましい。超級職が、戦闘センスが、彼らの持つ何もかもが憎らしい。
そして何より、この黒い感情に簡単に支配される自分自身が情けない。
きっとエンブリオが第Ⅵ段階に進化しないのも、必殺スキルが芽生えないのも、この性根が原因なんだろう。
わかっている。彼らを妬んだりするのは間違っていると。だって実際そうだ。俺のプレイ時間は彼らに比べて短い。彼らほどデンドロに入れ込めていない。リアルの方が重要なのは当然だ。
だけど、だからと言って何になる。
俺が逃げ出したところでなんになる。
俺はただ、楽しくゲームがしたかったんだ。
……以前は、俺もクランに所属していた。と言っても、そのクランだってランキングに入っていない小さなクランだ。それでも、一緒に王国中を回ったり、まだ見ぬアイテムやモンスターを求めたりするのは楽しかった。
けれど、ある事件をきっかけにクランは自然消滅した。
……俺達は護衛クエストに失敗したんだ。
13人のティアンが死んだ。
子供は2人いた。
ここがゲームだとわかっていても、年端も行かない子供が、何の罪もない人達が強盗に襲われて死んでいくのを見てなにも思わないはずがない。
俺達が失敗したせいで、俺達が弱かったせいで、あの人達は死んだんだ。
事件以降、クランオーナーはデンドロで見かけていない。ひょっとしたら王国を出て何処かに行ったのかもしれない。けれど、もう俺には関係の無いことだ。
……俺は、どうしてデンドロを続けているんだろう。
見上げていた青空は、いつの間にか赤い夕焼けに移り変わっていた。