【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
王国所属 【高位従魔師】Ⅵ:ルール・キャッスル
いっそのこと、血でも出ればよかったのだ。原形を留めないほど、見るも無残な姿に変わり果ててしまえば、現実と向き合わざるを得ないのだから。
瞼を閉じて淡んだ記憶を辿ることは、もう楽でなくなった。一人ぼっちの逃避行も傍若な速度で迫る現実に追いつかれてしまえば叶わなくなってしまうだろう。
常に意識していなければ、アイツらの鳴き声や手触りが零れ落ちてしまいそうな気がして、それがたまらなく恐ろしい。
最初のジョブに【従魔師】を選んだ時から、こうなる可能性については考えていた。他でもない、ギルドの先輩たちから言われ続けてきたからだ。
モンスターは死んだら復活できない。復活は<マスター>にだけ与えられた特権で、テイムモンスターと言えどもそれには抗えないのだと、耳にタコが出来るほど言われてきた。
俺自身、後輩の【従魔師】にそう言ったこともある。けれども、どこかで自分だけはそんなヘマは踏まないだろうと思っていたことも事実である。
テイムモンスターは復活できない。野良のモンスターと同じように、死んだら光の粒子となって跡形もなく消える。
だからだろうか。知り合いの【従魔師】はある一定のラインを超えた途端に最前線から離れていた。
最初の頃はなんでそんなことをするのかわからなかったが、自分のテイムモンスターたちが一定のレベルに到達したときにその理由が分かった。
テイムモンスターは道具じゃない。家族なんだ。
最初にテイムした<ティールウルフ>や<パシラビット>だって、素質があれば上位種に進化することがある。俺のテイムした奴らは残念なことに1回の進化で終わってしまったが、それでも同種族のモンスターと比べたら歴然とした差が見えるほど強かった。
そして、そんなテイムモンスターと長く触れるうちにわかったことがあった。
奴らは戦うことを望んでいない。
奴らは、ただ生きていたいだけなんだ。
生を望むことは罪だろうか。いいや、そんなことはない。死を恐れるのは生物としての本能だ。死を恐れなくなってしまった存在は、もはや生物の域から逸脱してしまっている。
弔意。哀悼。鎮魂。哀惜。死者に捧げる言葉が数多く存在するのは、俺たちが死を恐れているからこその裏返しだ。
俺はまだ、どれも出来ていない。
最近、同じ夢を見る。
夢の中の俺はルニングス侯爵領の村にいる。収穫の手伝いを終えた俺は村の外れでテイムモンスター達を放牧していた。クエスト等の手伝いをしてもらった後はいつもそうしていた。自由に大地を駆けるアイツらが楽しそうに見えていたからだ。
突然、アイツらの様子がおかしくなる。辺りを警戒し、何かを訴えるように俺に吠えかける。だが、夢の中の俺は少し首を傾げるだけで何もしない。
遠くに映る山の色が変わっていく。辺りから鳥や虫の声が消え、そして……傷一つ無いまま、俺たちは、死んだ。
俺が、アイツらを殺したんだ。
閉じた視界にも関わらず、体調不良を告げるアナウンスが表示された。俺はすぐさまログアウトをする。
ベッドに横たわった状態でもはっきりとわかるぐらい、内容物が食道を逆流する不快感と酸味の強い香りが鼻腔の裏側から襲ってくる。
急いで洗面台に駆け込むが、出てくるのは胃液ばかり。
身体がアイツらのことを考えるのを拒絶しているのがわかる。
だが、夢でアイツらの姿が鮮明に見えることに安心している俺もいる。
少なくとも、デンドロに入ったところでアイツらにはもう会えないんだ。
だったら、もう夢を見続けるだけで良いんじゃないかな。
夢を見続ける限り、俺はアイツらを忘れない。記憶が上書きされることも無い。
何かを取りこぼすぐらいなら、俺はいつまでも、あの日のままで良い。