【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
黄河所属 【大盗賊】Ⅵ:ラビリンス
流されるまま生きることの何が悪いことだろうか。
自分で何かを選択することの恐ろしさを想像するだけで、胸が鎖で雁字搦めになる。
責任を負いたくないのは誰だってそうだ。だからこそ、僕は何をするのにも誰かの意見を求める。そして、そんな自分が恨めしくて仕方がない。
だからだろうか。この世界が本当の意味で自由なのだと知ったとき、僕は知らず知らずのうちに開けてはいけない扉を開けてしまっていたのだろう。
この世界でどんなことをしでかしても、現実世界の僕は何も害を被らない。自分の安全が保障された状態であれば、僕はなんだって出来るのだと、その時はじめて知った。
この世界にいれば、僕は勇気が湧いてくる。僕は英雄にでも、魔王にでも、王にでも奴隷にでも、善人にでも悪人にでもなんにでもなれるのだと。出来ないことは無いのだと。もちろん困難ではあるかもしれないが、それでも最初の一番高い壁を乗り越えた先は間違いなく自由な世界だ。
始めにやったのは窃盗だったと思う。【盗賊】という文字に魅かれた僕はジョブに着くや否や知らない人から盗みを働いた。
現実では絶対に出来ないことだ。
だって、リスクが高すぎる。それに、もし成功したとしても、それが永遠にバレないでいる保証なんて塵に一つも無い。一度やってしまえば、後の人生ずっと、バレないかどうか怯えながら暮らすことになるだろう。
でも、この世界ではそんなことを気にしなくて良い。むしろ【盗賊】なんてジョブがある時点で、公式が盗みを推奨しているみたいなものだ。
そう。僕は悪くない。ルールに則って遊んでいるだけだ。
寝ぐせのようなものだ。一度付いてしまえば、それを直すのは難しい。曲がり曲がった心根という寝ぐせは、そのまま個性として定着していた。
窃盗。殺傷。強盗。殺人。不思議なことに一つのハードルを乗り越えるたびに、僕の中で次の行動に対する欲求が広がる。次は何をしようか。他にこの世界でしか出来ないことは無いだろうか。今まで何一つ為せなかったことへの反動か、それとも、やりたいことが出来る素晴らしい自分に対する期待なのかはわからないが、そうした欲求が雪だるま式に大きくなっていった。
そうして、一度付いた汚れを洗い流すのはもはや不可能となっていた。悪事と言う名の泥で汚れた僕の四肢はもう自分のものではなくなってしまったようで、もう自分の意志では止められなくなってしまっていた。
それは間違いなく僕自身が求めていたもののはずだった。
自分で意思決定をせず、ただ流されるままに事を為す。
僕が行っていることはこの腕が勝手にやっていることで、そこに僕の意思は存在していない。そう言い切れてしまうほど、この腕が為す惨劇を止める術を僕は持たなかったのだから。
でも、この世界を出れば大丈夫。そう思っていた。
現実の僕にはエンブリオは付いていないし、おぞましい犯罪者のジョブにも付いていない。
そのはずだ……
どうかしているのだと思う。いや、そうに違いない。本当の僕は臆病なのだから。虫も殺せないような存在なのだから。大それたことなんて出来るはずがないのだから。
部屋の中に買った覚えのない商品が無数に散らばっているのだから、今の僕はデンドロの世界にいるんだよね?