【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記   作:ナーバス

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天地所属 【影】Ⅴ:エルダーアームズ

   天地所属 【影】Ⅵ:エルダーアームズ

 

 

 あの日、目の前の友人は、その右手に握った彼の相棒の切っ先に深紅の液体が流れていくのを、他人事のように眺めていた。

 当事者であることを理解すれば、心が壊れてしまうからだと、俺は思う。両の腕をだらりと垂れ下げて立ち尽くす姿は、まるで枯れ木だった。

 彼の足元に横たわった少女は右肩から袈裟掛けに斬られ、光を映さぬ双眸と、どどめ色の唇が彼女の容態を如実に物語っていた。

 膨らんだ後悔を映したような色の空から細い雨がぐずつきはじめても、彼は立ち尽くしたままだった。

 

 

 二人が出会ったのは半年も前になるだろうか。山に出た純竜級モンスターの討伐がきっかけだった。

 方や武家屋敷の一人娘。方や瘋癲名乗りの流浪人。共に得物に命を預ける道を選んだ、この国ではよく見る人種だった。

 居合わせた俺が言うのもなんだが、まさしく星の導きだったのだろう。どちらか一方でも欠けていれば、あの山で命を落としていたかもしれない。

 その一件以降、二人は連れ立って行動を共にしていた。といっても、男勝りにして負けず嫌いの彼女が彼を逃がさなかったというのが正しかっただろう。

決して近づくことはないが、離れることも無い。轍のような二人だった。

 

 俺が屋敷を訪れるときは決まって彼女が彼に立ち合いを申し込んでおり、彼はそれから逃げ回っていた。俺を含め屋敷に仕えていた他の武士たちも、彼が屋敷を去らずにいることから、ある程度のことは察している。

 ただ一人、彼女の父親だけは一人娘のことゆえ気が気でなかったようだが、それでも、彼のことを信頼していたように思う。

 

 そうして同じ時を同じ場所で過ごすうちに、二人の関係は一言で表せられないようなものになっていった。

 山賊が出たと知らせを聞けば、誰よりも先に討伐に向かう彼女と、それを支える彼。屋敷の警備という建前もあるが、悔しいことに俺を含めた他の者たちは誰もあの二人に付いていけなかった。

 レベルキャップである500に到達した二人とステータスの面では差異がないはずなのに、否、それゆえに才能がモノを言う。同じステータスであれば、戦闘センスの優れたものに軍配が上がるのが道理ということだ。

 

 

 それでも、悲しいかな。どれだけ強くても、どうしようもないこともあるのだと。思い知った結果が、あの惨状なのだ。

 

 

 誰も悪くなど無い。ただ、彼には役割があった。というだけだ。屋敷を奇襲する為の間者という役割が。

 

 彼には家族がいた。流浪人というていで忍び込むために元々の主人の屋敷に置いてきたが、それは等しく人質であった。

 

 きっと、彼はどうすれば良いのかわからなかったのだろう。本当はあの日、彼女に殺されるつもりだった。だが、染み付いた性分がそれを許さなかった。激情に揺らぐ彼女の太刀筋では、彼を殺しきることが出来なかったのだ。

 

 

 そうしてくたばり損ねた友人が、今、俺の前にいる。

 頼むと。その為にお前を連れてきたのだと。彼は俺に懇願する。

 俺は役割を果たしたのだから、お前もお前の役割を果たしてくれないかと。

 

 

 その手で俺を殺してくれないかと。

 

 

 反吐が出そうだ。他でもない自分自身の在り方が、役割が、よりにもよってこれなのかと。

 瞼の裏に蘇るのは楽しげに笑う彼女と彼の姿。そして、屋敷で彼の帰りを待つ妻と子供の姿。

 

 アンタは、アレを守るために、アレを犠牲にしたんじゃねえのかと。そのつもりであの屋敷にいたんじゃねえのかと。

 だったら、なんであの場所で刀を捨てなかったんだと。彼女は本当に心からアンタのことを思っていたのに、その気持ちを裏切って殺しちまった挙句が死にたいなんて、ふざけたことを抜かすんじゃねえよと。

 

 

 子供みたいに泣きじゃくる男の姿を見てるといたたまれなくなって、とうとう俺はその場を飛び出し、野を、山を、走り、走っても、どれだけ走り続けても、それでも

 

 

 ぐずついた空は決して俺を逃してはくれなかった。

 


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