【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
霊国所属 【書記】Ⅴ:アームズ
この手帳を開くのも、これで何度目になるだろうか。
アイツと過ごした旅の記録。
眠りにつくアイツに忘れないと約束したにもかかわらずこれを見なければ旅の記憶を鮮明に思い出せない。年を経てますます酷くなった自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れる。
ランプに照らされた手帳を覗き込みながら、思い出をしたためる。目じりに力が入る。堪え性の無い涙が原稿に染みを生む。
止めようもない張り裂けそうな胸の痛みを抑えながら、手帳に向かう。アイツのいない世界にきている理由。ただ一つやり残していること、だからこそ。
出会いはさほど劇的でなく。間柄が深まる起因も日常の延長線上に属するものだった。
村に立ち寄った一人の旅人とその村一番の狩人。ありていに言ってしまえばそれだけの繋がり。それだけの関わり合い。
そうならなかったのは互いを求めていたから。
アイツは強い用心棒を。俺は土地に詳しい協力者を。
安全を求める俺と、好機を逃すまいと危険を冒すアイツ。
方針を一致させるだけで一日かかったこともあった。
固いだけで味のしない干し肉を奪い合った夜。
アイツの策略と俺の力で森一番の獲物を仕留めた日。
村を出て、一緒に旅をしようと言い出したのは果たしてどちらからだったか。
危険なモンスターの根城も臆さずに挑むアイツの豪胆さに憧れた。
誰かを守るためならと、一つしかないその命を易々と投げ捨てようとする愚かさに憧れた。
アイツとの旅の初めから終わりまで。この手帳にはそのすべてが書き込まれている。
けれど、いや当然のことだが世界はアイツがいなくても回っていく。目の前を横切る誰でもに聞いたところで誰もアイツのことを知らない。
それが事実。
出会った村は、今はもう無い。この世界において村一つが無くなるなんてことは割とよくあることだ。殺されたか、連れ去られたか定かではない。確実なのはアイツとの思い出を共有できる人々を失ったということ。それだけだ。
この手帳に記されているものだけだ。埃かかった俺の頭ではアイツの顔を鮮明に思い出せない。
出会った頃の、俺のことを欠片も信用していない顔。如何にもな差別主義的な言葉遣いをしてきていた頃。何も見ず鮮明に思い返せる記憶は、何故かそんなものばかり。
手帳に記されたアイツの姿が掠れていく。居たかもしれないと、居なかったかもしれないと。そうならないように、指を動かす。
存在証明。この世界に生まれ、そして大地へと還っていったアイツの。
それこそ見届けてしまった者の定め。
最初で最後のアイツの相方として、最後に為すこと。
したためる。記憶の帳をかき分けて。俺が知っているアイツの全てを書き残す。
誰も知らない物語。そこにアイツは居た。俺はアイツに救われた。大したことを為したわけじゃあない。けれど、アイツのいた証を世界に刻む。それだけの、それだけのことだ。